「この大地にあって」 マフムード・ダルウィーシュ/四方田犬彦訳
この大地にあってまだ生に値するもの、
四月の躊躇い、夜明けのパンの匂い、女から見た男の品定め、アイスキュロスの作品、
愛の始まり、石の上の雑草、笛の悲しみに生きる母親、侵略者の記憶への恐れ。
この大地にあってまだ生に値するもの、
九月の最後の日、四十を過ぎて杏の実が熟れきった女、獄舎に陽が差し込む時間、生きものたちを真似る雲、
微笑を浮かべ死に向き合う者への賞賛、独裁者の歌への恐怖。
この大地にあってまだ生に値するもの、
女なる大地、全ての始まりと終わりを司る大地。かつてパレスチナと呼ばれ、のちにパレスチナと呼ばれるようになった。
わがきみよ、汝がわがきみであるかぎり、われに生きる価値あり。
『パレスチナ詩集』(ちくま文庫)より