杏子の実

 

すぐ近くで………ギャギャギャ………という鋭い鳥の声………すると、中庭の杏の木に鳥が集まって来た「早く来い。ここに美味しいものがあるぞぉ〜!人間に取られちゃうぞぉ〜」と仲間を呼んでいるのだろう。

ヘルパーさんが朱色に熟れた実を拾って来てくれたので一緒に味見をする。やわらかく甘くて美味しい。鳥さんたちもたくさん召し上がれ。

中庭で四年制のオイリュトミー学校を始めたのは1990年。その第1期生が植えた小さな杏の若木。今では立派な大木に成長し、初夏の風にわさわさと揺れている。今年は杏子の実がいっぱい実った。

一人歩き禁止令を言い渡されている私は、一日キッチンに座って、汗を流したダンサーたちが中庭の杏の木影で愉しげに会話しているのを眺めたり、杏の木に映される想い出に耽ったり………無私無欲の杏の木、なんと崇高なんだろう!………とても足元に及ばないな、と心のなかで思っていると……茜色の西陽の熱が一瞬杏の木を貫き、静かに木は闇にまぐれていった。