来年5月に、目出度く100歳を迎えるアキラのお母さんのキミコさんは、毎日朝と晩、今住んでいる老人ホームから私の携帯に電話をして来る。
「ちょっと、お声を聞きたくて。ここではお友だちがいないの。何時来て下さる?えっ?何日?私、ダイアリー(キミコさんはカレンダーのことをダイアリーと言う)を持っていないから、日にちが分からないの。今度来る時、ダイアリーを持ってきて下さる?それと、甘いお菓子。見つかると取られてしまうから、あなたのポケットにそっと入れて。それから、私の部屋のずっと向こうに、オーケストラの人がいて、その人と話すのがとても面白いの。私はマーラーが好き。だからマーラーの話しをするのよ。ウイーンに行った時、私マーラーの家に行ったの。彼が作曲するときの机を触ったわ・・・・。私の部屋から、大きな木が見えてとても美しいわ。それであなたは今どこ・・・?私ひとりで彼の部屋に行ったの。静かでステキなお部屋。繪が飾ってあったわ・・・」と脈絡のない話しに「そうね。この次はダイアリーを持って行くわ。一口羊羹をポケットに隠してね。待っててね」と私は返事をする。
そして、大きな羽飾りのついた帽子を冠り、世紀末のウィーンの街をグスタフ・マーラーと腕をくんで歩く淑女を夢想するキミコさんを想像する。今や、半分イメージ世界の住人になったキミコさんは、時空を超えて何処へでも飛んで行く。キミコさんの携帯電話のおしゃべりはつきない。
イマジネーションの力は、素晴らしい!!