チンのだし巻き玉子

入院生活も今日で二週間目。久し振りにチンが顔をみせた。チンとはイヌの呼び名ではない。長男の爾示(ちかし)のこと。我が家では、三兄弟の間で、お兄ちゃんとか、ちいにいちゃんとか呼んだ試しがない。幼い頃から、ちかしはチン。れいじはレイボウ。みつたけはミツ。
ドイツに住み始めて直ぐに、お向かいに住むベルガー家と親しくなった。その家のひとり息子クヌーツが、れいじと同い年(8才)ですぐに仲良しになった。クヌーツのお母さん、バーバラは、突然日本から来た言葉も知らない三人の男の子たちを、温かく優しく受け入れてくれてた。
ある日、クヌーツがわがままを言った時、バーバラが「クヌーツ!私の言うことを聞きなさい」ときっぱりと言った声を今でも覚えている。その時とっさに、私は幼い我が子に向かって、自分のことを「ワタシ」とはっきり言うだろうか?と心の中で思った。きっと私だったら「おかあさんの言うことを聞きなさい!」と言うだろう。また、クヌーツが自分のことを「クヌーツはね…」と言ったのを聞いたことはなかった。さすがドイツ人と感心したがけど…。日本のお母さんである私には、なかなか出来ないことだったのを思い出す。
さて今日、チンは手製のだし巻き玉子を見舞いに持って来てくれた。どこでどう覚えたのか、意外と美味しい。
〜 私は、あなたに、だし巻き玉子をおしえたことはありません〜のに。
あれ以来、バーバラは私にとってかけがいのない友人で、地球の反対側から私のリウマチを案じて、毎年電話をくれる。
クヌーツは、内科のお医者さまになり、スイスで開業している。