土方さんの思い出

私が初めてアンジェに来たのは、2010年の春のことだ。アンジュ城の近辺の路地には、小さな商店が並んでいて、お気に入りの店(小さな小物の店とか、文房具屋さんなど)を見つけると、何度も足を運んで、お土産選びを楽しんだものだ。今回もまた、おなじ店に行ってみたが、何故か様子が違う。細かい品物が多くあり、どれもこれも日本で見るのと同じ様なもの。つまらないなぁ。
昨日、我々の屋根裏部屋の食堂で、アキラがエマニュエルとマチュウの3時間のインタヴューを受ける。通訳のユウコさんが、「パリは4度だったけど、アンジェは暖かいわね」と言いながら入ってきた。食堂の四角い窓ガラスを通して、久しぶりに淡い陽の光が差し込んで、窓辺に置いた黄色のチュウーリップが美しい。静かな日曜日の昼下がり、インタヴューが始まった。
「犯罪ダンス、暗黒ブヨウ、暗黒ブトウ、ブトウ、マルキ・ド・サド、ジャン・ジュネ、アンドレ・ブルトン、ロートレアモン、フランス革命、ヒジカタタツミ、オオノカズオ・・・・」
エマニュエルのフランス語とユウコさんの日本語を聞きながら、遠くに見えるブルーの空を眺めていたら、急に、50年前にタイムスリップ。
その日、私とアキラと土方巽さんは、虎ノ門ホールで高井富子さんの舞台を観た後、銀座のコックドールの2階にいた。大工さん刈りの土方さんは、白いワイシャツを着ていた。アキラはその日、高井さんの舞台で一緒に踊ったので、空腹に任せて、早速ビフテキを注文すると、すかさず土方さんは「ボク、サラダ」とウエイトレスに言った。「さすがにダンサー。自分のカラダのこと考えている」とその時私は大いに感心したのだが、実はその時お金がなかったのだと、後で判明した。土方さんがまだ30代の後半で、私たちが20代の若造だった頃のこと。あの頃は、お金がなくてもよく遊び、よくしゃべり、よく呑んだ。たのしかったな。
銀座通りに面したコックドールの店の、白いレースのカーテンの向こうの夜の銀座の光。金が無くても「王者の雰囲気」の土方巽。