手紙(1981.1.9) ミツの災難

ドイツ語もままならないうちに、Stuttgartに住み始めてまず困ったことは、子どもが病気になった時だ。羊のように温かく優しい目をしたフラウ・ブルーメ(近所に住む老女医さん)に、「で、どんな具合なの?」と聞かれて、どう言っていいのか、私の方がドキドキする始末。Kopfweh(頭痛)とか、Bauchschmerzen(胃痛)などの単語は、勉強して覚えていたが、どの様に痛むのかを伝えられない。日本にいる時は、お腹が「キリキリ痛い」とか「キューっと痛い」とか、頭が「ガンガン痛い」「ズキズキ痛い」、背中が「ゾクゾクする」などと言って、お医者さまに、ある程度痛みの状況を分かってもらっていた。その時、日本語の痛みを表す豊富なオノマトペの存在の素晴らしさに、初めて感謝した。果たして、ドイツ語にもその様なオノマトペがあるのだろうか?ドイツ滞在中、ドイツ人の友人が「頭が、ズキン、ズキン痛い」とか「肌がヒリヒリする」などと言っているのを聞いたことがない。
1981.1.9。
全く慌ただしく、クリスマス、お正月が過ぎてしまいました。お母さんも随分と忙しい暮れのスケジュール、大丈夫でしたか?大晦日の日、日本の真夜中の12時を目がけて、こちらの夕方5時にお電話しようと思っていました。その日の昼、日本人の友だちが来られて、豆腐とか、ひじきとか、切り干し大根とかを煮て、みんなで昼食を頂いていたら、ミツタケがもの凄い声で泣き出して、足の裏に縫い針が刺さったと言って、自分でその縫い針を抜いて持ってきました。見ると、3センチ位の長さの針の頭の方の1.5センチ位のところで折れていて、その先が見当たりません。みんなで懸命に探しましたが、見つからず、アキラがミツの足裏を押してみると、どうやら、残りの1.5センチは足の中にあるようです。大晦日の夕方ですし、何所の病院に行っていいかも分からず、途方に暮れていましたら、アキラが、メッサーを消毒してミツの足裏を切開するなどと、恐ろしいことを申します。そこで私は、迷うことなく幼稚園の先生・フラウ・マイヤーに電話で病院を聞きましたら、直ぐに、先生の息子さんが飛んできて下さり、救急病院に連れて行ってくれました。やれやれです。一緒に行ったアキラによりますと、レントゲンの結果、骨まで針が届いているけど、幸わい骨の中まで入っていないので、直ぐに麻酔をして切開することになったのですが、大量の血が噴き出して、針の在処が探れないので、遂に、足の内部を映すカメラを通して針の影を追いつつ、医者がモニターテレビを見ながら無事に針をとったそうです。アキラがメッサーで切開したら、どうなっていたことか、ぞっとします。その時アキラもかなり動転していたのです。そんなこんなで、みんなで年越しそばを食べたら、すっかり疲れてしまい、お電話するのを忘れてしまったのです。
夜中の12時に、子どもたちを起こして、ジルベスターの花火をご近所さんと楽しみました。ミツも針を抜いたら痛みもなくすっかり元気になり、お正月から飛び回っています。私の方は、お正月休みで気が緩み、時々寝込んだりしていますが、きっと怠け病で、朝、是非子どもたちを起こして学校に出さなくては、という意気込みがあると、リウマチの朝の痛みも何とか乗り越えられるようです。最近、ドイツでも全てが値上がりして、ますます生活は厳しくなり、その上、外国人に対する圧力が強くなり、日本人が寄ると、話題は一つ、滞在許可の問題です。外国に住むということは、自分の家ではなく、他所の家に住まわせてもらっているということ。日本にいた時には、思いもしなかったことが、だんだんと透けて見えてきて、様々なことを考えさせられます。ではまた。久子