苺のように丸い字

今朝、未明の地震……あれから今日でもう12年。薄闇の天井を見つめていると、瞼のうちに、あの日の昼過ぎの、あの春のひかりが………未だ、時が止まったまま、地の底、水の底に眠る人々が………いつの間にか、天窓から真っ赤な朝の光が差し込んでいる。

昼間はコートを着ないで外に出られるから楽。桜はもう直ぐ……梅はおしまい………。

澁澤さんの最晩年の名著『フローラ逍遥』を本棚から引っ張ってきて開いてみる。

水仙、椿、梅、菫、チューリップ、金雀児、桜………目次に並ぶ25の花々。花の色から、形から、香りから、ギリシャ神話から、芭蕉、小学唱歌まで………澁澤さんならではの、植物・博物誌。面白い。引き込まれる。

若い頃、ある春の日アキラと二人で、静岡県登呂遺跡に遊びに行った帰り、真っ赤で大きな石垣苺と小さなプリムラの鉢植えをもって、北鎌倉の澁澤邸を訪ねた。携帯などない時代、急に思いついて人を訪ねても許されるようなのんびりした時代だった。あいにく澁澤さんはお出かけ。お家の人に持ってきたイチゴとプリムラを預けて、ついでに明月院などをぶらぶらして帰った。

後日、澁澤さんから、留守したお詫び、苺の美味しかったこと、かわいいプリムラのことなどに感謝の言葉を添えた葉書が届いた。和紙の葉書の上に書かれた字は、大きく太く力強く、まるで、私たちがプレゼントした石垣苺みたいだった。温かく懐かしい想い出。