胸骨が痛い!

10日ほど前、胸骨にヒビが入ったのか、痛みがだんだん強くなる。もしかして骨折?…………コマッタモンダ…………日に日に痛みの範囲が広がっていく………今、水平生活に逆戻りしたら………もう、垂直生活は戻ってこないだろう。

「壊れていくカラダを恐れるな」と自分が言ったコトバを口の中で、呪文のように呟いてみる。

春の前触れのように暖かい一日。落ち込でいる私を、何処かでニコニコ笑って見ているヒトがいる。案外ノー天気なんだな、私というヒトは………明日はまた新しい自分にあえるだろう。

桜の園

北新宿に住むみな子さんから、朝のお散歩で撮った遠くに見える新宿の高層ビルと「円照寺」さんの枝垂れ梅の素敵な写真と、「桜の園」はどんなだろうと添え書きしたLINEをいただいたので、朝歩きで撮った「桜の園」の写真とお返事を打って(コレがたいへん。あちこち打ち間違い、文章半ばでスゥーと消え去ったり、ゴメンネ)送信できた。うれしい!

我が家から5分の私の好きな「桜の園」(私の勝手に命名)も年を追うごとに整備され美しくて手が加えられ、植樹した頃の自然な趣が失せてきた。きっと、桜が満開になっても、花の下で子どもたちがボール遊びしたり、家族みんなでお弁当を広げたり、花びらを集めておままごと遊びをしたり…………できないだろうなぁ。

ハイウッドの高樹さんが、拙書「畑の中の野うさぎの滑走 焼けた石の上を1匹のトカゲが過った」の………未来から記憶の風が吹いてくる………という私の言葉………記憶は過去なのにどうして未来から吹いてくるの? とはいえ、この言葉、気に入ったと言ってくれた………うれしいな。

子どもの頃、みんなで光の国に住んでいて、たのしかったよね………今のグレーの地球を生きる私たちに、きっと未来から記憶の風が吹いてくるよ、きっと。

いつまでも美しい「桜の園」でありますように…………おやすみ…………。

大きな地図帳を買った。

大きな地図帳を買った。重たくて………ツルツル滑って………手からすぐに落ちてしまう。目的地を探すまで………拡大鏡を使わなくてはならないし………キッチンの狭い机の上において………背を丸くし………頭を前に突き出して………私の身体には最もよくない姿勢!

Rose Ausländerの詩の中に出てくる「Czernowitz」って何処?「Pruth」って川の名前? 何処からどこまで流れているの?………Bukowina,Tannenberg,Dorna—Vatra………ドイツ語だったり、ポーランド語だったり、ルーマニア語だったり、ハンガリー語だったり、ウクライナ語だったり………。私が行ったことのないところばかり。

私の体に余る大きな地図帳。でも、買ってっ良かった。Rose Ausländer が私のカラダのなかに少しづつ入ってきた。

ローザさん………また明日会いましょう…………美しい夢をみますように…………。

四つの言語

雪の翌朝の光線………強すぎる………わたしのカラダを露わにする………すこしの間、わたしのカラダを心のなかに隠しておきたいと、いつも思う。どうしてだろう?………ヨワムシヒサコサン!

ローゼ・アウスレンダーは、自分が生まれた土地ブコヴィナのチェルノヴィッツについて書いている。

「あの特別な風景、特別な人間たち。空気の中に物語や神話が漂い、人はそれらを呼吸していた。四つの言語を持つチェルノヴィッツは一つの音楽都市だった。多くのアーティスト、詩人たち、芸術の、文学の、哲学の愛好家たちに場所を提供した」

Czernowitz vor dem Zweiten Weltkrieg (ローゼ・アウスレンダー詩集から)

Friedliche Hügelstadt
von Buchenwäldern umschlossen

Weiden entlang dem Pruth
Flöße und Schwimmer

Maifliederfülle

um die Laternen
tanzen Maikäfer
ihren Tod

Vier Sprachen
verständigen sich
verwöhnen die Luft

Bis Bomben fielen
atmete glücklich
die Stadt

第二次世界大戦前のチェルノヴィッツ

自由な丘の街
ぶなの森に囲まれた
Pruth川に沿った牧草地
筏と泳ぐ人

ライラックが咲き誇る5月

ガス灯に群がる
Maikäfer(黄金色)
死の舞踏

四つの言語
互いに通じあう
甘い風

爆弾の落下まで
生きていた 幸い
の街       (久子訳)

18歳の時にアウシュヴィッツ強制収容所で殺されたSelma Meerbaum-Eisingerも1970年パリのセーヌ川に身を投じて亡くなったパウル・ツェランも共にブコヴィナのチェルノヴィッツの生まれ!
ブコヴィナのドイツ語名はウクライナ………色々調べているうちに知らないことが多すぎる………Meerbaumの詩も読んでみたいな………ナチスに殺されなかったら、先日の2月5日が100歳のお誕生日だとFacebookが教えてくれた………。

雪が溶けたら、お日さまに向かって朝歩きをしなくては。

今日は立春

朝、ベランダが濡れて………見えない雨が降っている。でも、昨日は外歩きをサボったから………今日は歩こう……
見えない雨だから大丈夫………蜂蜜ひと匙、お白湯一杯………カートを押して歩き出す(もちろん、独り歩きは禁止)見守り役のアキラと一緒に…………すぐ近くをカラスの家族かな?………春がくるのを喜び合って合唱しながら飛んでいく。時折白いものが目の前をよぎっては消えていく。

一つ一つの行動が日々スローになっていく…………ノロノロデモイイヨ、と誰かが呟いている………キッチンで再読している吉増剛造著『詩とは何か』を夢中になって読んでいる時、ふっと目を上げて中庭の杏の木を見ると、つがいの小鳥が飛んできて膨らんできた裸の枝のあちこちを啄んで飛び去っていった。

今日は立春。新しい自分になれますように。

久しぶりのミツ

春近し………お昼過ぎ、めずらしくミツタケがわたしの外歩きに付き合ってくれたので、月末の忙しいゴタゴタ気分も一掃され、わたしの好きな如月が始まった。

都内の画廊で、チカシの写真展が今日から始まったらしい。テーマは「川」。Facebookで知った。
レイジは、今月中旬に行われる藤野のシュタイナーシューレ上級生のオイリュトミー発表会の作品指導で忙しいらしい。
ミツタケは、週末金沢でナオカさんとダンス公演を行う。

先日、ポロリと奥歯が取れた。痛くもない。残りの歯はあとわずか。どんどんカラダが枯れていく。
眠る前、ローゼ・アウスレンダー詩集『雨の言葉』を読む。深く眠れますように……………。

私は誰/Wer bin ich 加藤丈雄訳

絶望に陥ると
私は詩を書く

うれしいと
詩が自ずとわく
この私の中に

私は誰
もし
詩を書かないのなら      

一月の最後の日に思ったこと。

多摩総合医療センターの整形外科、松谷先生の予約日。ヘルパーの原さんに同行してもらいお昼前にタクシーで……明るい陽射し、もう春だ!病院行きなんてもったいないぞ………でも……予約票に従って、レントゲン室から………次は松谷先生の診察室へ………全て済ませて家に戻る………やれやれ家に戻り………疲れたなぁ。

ベルリンでビジョーから貰ったRose・Ausländerの詩集を開いて、序文「Alles kann Motiv sein」を読んでみたくなる………「Warum ich schreibe?」(なぜ、わたしは書くの?)で始まる文章…………書く・言葉を引き出す………何処から?………自分の内側から………外の世界から………。

病院の診察室で、先生に聞いてみる「喉に山があって、そこを食べ物が乗り越えていくんですけど、山が大きくなって道を塞いでしまったらどうなるのでしょう?」と。先生は「口から食べられなくなったら、胃に直接食べ物を入れる方法・胃瘻ですね………」とおっしゃった。

明日から、少しずつAusländerのドイツ語に挑戦してみよう。
一月の終わりの日に思ったこと。あたたかい1日。

冬のひかり

今日の日差しは美しい。キッチンからその美しい光を眺めていると、頭の中に「Nobody is here」ということばが浮かんかできた。アキラが三東瑠璃さんと大植真太郎さんに振付たダンス作品のタイトルだ。

今、吉増剛造『詩とは何か』を再読している。初めて読んだ時の新鮮な感動が蘇ってくる。

「詩作とか芸術行為というのは、「わたし」が主役ではないのです。自分が気がつかないことを、ふっと、………そんな仕草の中にこそ、おそらく「詩」というものは、少しだけ感じられるものでしょう。」

前読んだ時に赤線を引いた箇所。また、初めて出会った文章のように緑の色鉛筆で線を引く………少しずつ深く入っていく。

ヴィスワヴァ・シンボルスカの『終わりと始まり』を本棚から持ってきて開いたら、2012年2月7日の朝日の夕刊の切り抜きがでてきた。ロシア・ポーランド文学者 沼野充義の「ポーランド詩人・シンボルスカを悼む」という追悼記事。詩人は、2012年2月1日八十八歳で肺がんのためクラクフで亡くなった。

「クラクフ」って何処?ネットで調べてみると、東はウクライナ、西はドイツ、南はチェコとスロヴァキア、北はバルト海に囲まれた自然豊かな「平原」(クラクフの意味)で、ポーランドの南に位置していて、アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所もあり………。

「詩の好きな人もいる」   ヴィスワヴァ・シンボルスカ/沼野充義訳

そういう人もいる
つまり、みんなではない
みんなの中の大多数ではなく、むしろ少数派
無理やりそれを押しつける学校や
それを書くご当人は勘定に入れなければ
そういう人はたぶん、千人にふたりくらい

好きといってもー
人はヌードル・スープも好きだし
お世辞や空色も好きだし
我を張ることも好きだし
犬をなでることも好きだ

詩が好きといってもー
詩とはいったい何だろう
その問いに対して出されてきた
答えはもう一つやふたつではない
でもわたしは分からないし、分からないことにつかまっている
分からないことが命綱であるかのように

明日は、ドイツの友人ビジョーから貰った、ネシンボルスカと同時代の詩人、ローゼ・アウスレンダー(ドイツ系ユダヤ人)の詩を読んでみよう………ネリー・ザックス………パウル・ツェランの「誰でもないものの薔薇」も……………動乱の時代、他民族国家の中で生きた詩人たちの言葉に触れてみたい。

おやすみなさい…………明日も美しい日でありますように。

吉祥寺シアターに『ヘルマン』を観に行く。

昨夜、ミツタケの車で、川村毅 構成・演出「ヘルマン」を吉祥寺シアターに観に行った。
久し振りに………芝居?演劇?ドラマ?………ポスト・ドラマ!………というのかな、川村毅さんの大きな頭のなかから飛び出したヘルマン・ヘッセ。言葉あり、ダンスあり、映像あり………吉祥寺シアターの純白の舞台空間にヘルマンがいっぱい拡まって、おもしろかった。観にこられてよかった。

終演後、老いたノーベル賞作家・ヘッセ役の麿赤兒さん、新船洋子さん、川村毅さん、プロデューサーの平井佳子さん、世田パブの三上さおりさんらに、直接お目にかかることができた。みなさんお元気、なにより、なにより。嬉しかったな!

『編輯部からの手紙』   ヘルマン・ヘッセ/片山敏彦訳

「われわれに深い印象を残された
貴作の感動的な詩に対し厚くお礼を申します。
さて洵に遺憾ながら、当方の刊行物には
あの詩は多少不向きと存じます」

こんなふうにどれかの編輯部が
ほとんど毎日のように書いてくる。手紙は次第に積み重なる。
なんだか秋の匂いがする。そしてこの漂泊の子は
はっきり悟る、自分にはどこにもふるさとのないことを。

それで唯、自分のためにだけ、目的なしに私は書き
枕元のランプに向って読んで聞かす。
ランプもおそらく耳を籍さぬ。
しかし明かりをくれて黙っている。それだけでも有難い。
“ Brief von einer Redaktion”

大寒

今日は大寒。やっぱり朝から冷たくて寒くて………布団にくるまって灰色の空模様を眺めていて、いつまでも起きられない………コマッタモンダ………頭の中に、昨夜眠る前に想いえがいた「明日やりたいこと」が並んでいる。ベットの側の机の上には、読みたい本が積んであり………冷たい雨模様だから外には行けない………などと自分に言い訳してグズグズ怠けながらも………外歩きをしたい………と矛盾している。

去年の暮れに頂いた林浩平さん『全身詩人 吉増剛造』(論創社)。川崎三木男さんの『わが魂の航海術』(水平社)。榎本パソン了壱さんの『桃源紀』(螺旋社)………どれもこれも早く読みたい。

数年前、吉増剛造著『詩とは何か』を読んでびっくりした、すごい! 何が凄いのか、言葉にできないけど、わたしのカラダが喜んだことは確かなこと。今でもその時の感覚は忘れていない。

雨が降り出した………今日は稽古場も静かだ。「全身詩人」素敵な言葉………さぁ、ゆっくり読み始めよう。

陽が落ちる頃、霙に…………

食べ物(それも歯を失って入れ歯になってからは柔らかい食べ物)が食道を通る時、ヒョイと小さな瘤を越えて胃の方に向かうことが多くなってきた。以前は感じなかったことだ。瘤は少しずつ成長していく。これからどうなるのだろう。食べ物の通り道が塞がれてしまうのだろうか?………頭部は重たい。垂直になると首はどんどん前のめりになる。

水平生活が一番楽だけど、脚の筋力は落ち、寝たきりになり、食欲は失せ………あぁ、私のカラダのこの矛盾律………なんて、心配してもどうにもならない。

そうだ、昨日ヘルパーさんが明日は雪になるかもしれない、と言っていたのを思い出した。
ぬくぬくと怠けていないでお日さまのある今のうちだ。ダウンのオーバーで身をかため、外に出ると…………暖かな柔らかい陽差しに包まれて、私の行く手にうららかな春があった……あぁ、懐かしい曲……頭のなかにモーツァルトのクラリネット協奏曲第二楽章が聴こえてきた。美しい記憶の風がカラダを通り過ぎていく。

陽が落ちる頃、外は霙に………天使館の窓に灯りがつき、アキラの「金鱗の鰓を取り置く術」の講座が始まった。

1月11日の私

新年明けて、あれよあれよという間に時間が過ぎて今日はもう1月11日。3日前に神奈川KAATでの『魔笛』公演も無事に終わり…………寒い今日、一日中家の中で………空気が抜けたゴム風船のように………落ち込んで………さてどうしよう⁉︎………これが私の現実………この現実を肯定し、肯定し、肯定し………この現実の上の私を肯定し………あたまの迷宮の彼方に………飛んでいく自分を見た…………その時、アキラが「いちごミルクを作って食べない?」と言いながら2階から降りてきた…………いちごミルク!いいねえぇ〜突然胃が動き出す。

おおつごもり

去年の12月の末は、家族全員で旅行に行った。今年の大晦はアキラと二人。チカシはどうしているかな?レイジとヒロコは実家の片付けに。ミツとナオカは3日前から3人娘(チャボの姉妹)を連れて、車でどこへやら………。みんな自由に拡散したり収縮したり………というわけで、我が家はいたって静かな大つごもりを過ごしている。

以前、ドイツ人のプロデューサー・ビジョーから頂いたRose Ausländer 詩集からー

「Gemeinsam I 」 Rose Ausländer

Vergesset nicht
Freunde
wir reisen gemeinsam

besteigen Berge
pflücken Himbeeren
lassen uns trage
von den vier Winden

Vergesset nicht
es ist unsre
gemeinsame Welt
die ungeteilte
ach die die geteilte

die uns aufblühe
die uns vernichtet
diese zerrissene
ungeteilte Erde
auf der wir
gemeinsam reisen

「いっしょに」 加藤丈雄訳

忘れないで
皆さん
私たちはいっしょに旅してることを

山に登り
木苺をつみ
四つの風に
運ばれる

忘れないで
これは私たち
みんなの世界
分け隔てのない世界
ああ 区分されてはいても

それは私たちの花を咲かせてくれる
それは私たちを葬り去る
この引き裂かれた
分け隔てのない大地
そこに私たちは
いっしょに旅をしている

新しい年は、分け隔てのない大地を皆んないっしょに旅ができますように………。

『Müßige Gedanken』ー閑な思想ー

ティーファクトリーから来春の一月公演 川村毅 構成・演出「ヘルマン」のお知らせを頂いた。
チラシに「なぜ、今、ヘルマン・ヘッセかー ぼくの魂の、ほんとうの居場所を探してる」とあり、麿赤兒さんが出演………場所は吉祥寺シアター。これは面白そう………観にいきたい………いや観に行こう………あきらの公演『魔笛』も終っているし………ハンディーキャブを予約すればいけないことはない。嬉しい予定!

わたしがヘッセの詩と出会ったのは、昭和37年5月にみすず書房から上梓された片山敏彦訳『ヘッセ詩集』。
『ヘッセ詩集』が本屋に並んだ直後、300円で購入した。当時、詩を読む習慣があまりなかったわたしが、ヘッセの言葉になぜか惹かれ、今でも………そう。

「閑な思想」    

やがていつか、これらはすべてなくなるのだ。
愚かしく天才的な 数々の戦争も
敵の中へ悪魔のように吹きつける毒ガスも コンクリート製の沙漠もそして
荊の刺ではなく針金の緻密な刺を持っている森、数えきれない人間が
苦しみに顫えながら倒れている死の揺籠
たくさんの智能を絞り おびただしい骨折を支払って案出され
無数の卑劣な機智を用いて編み作られた死の大網
地の上に 空中に 海の上に張られた死の大網ーやがてこれらはなくなるのだ。
それらのものがなくなったとき 山々は青空に聳え
星々は 夜毎に光るだろう。
双子座・カシオペア・大熊座
それらは悠々といつまでも運行をくり返し
樹の葉 草の葉 朝露の銀にきらめいて
明けゆく日に向かい 緑の色を増すだろう。
そして永久に吹く風の中で わだつみは
巌と 蒼白い砂丘へと 幾重の波を打ち寄せる。
しかしそのとき 世界歴史はもうすんでいる。
血と痙攣とごまかしとの莫大な大河とともに
ほら吹きの世界歴史は
濁った塵芥の流れのように消え失せて
世界歴史の数々の表情は消え
その限りない貪欲も静まり 人間が忘失される。

われらが心をこめて魅惑的に
われらが倦むことを知らず数多く発明した
心を奪う珍奇ないろいろな代物も その時には 忘れられる。
編み作ったわれらの詩
従順な地球の周りに われらの愛が刻みつけたすべての形象
われらの神々や聖所や清祓の式
そしてABCも「一かける一」も その時にはすでにない。
われらの大オルガンのフーゲが与える神々しい大歓喜も
ほっそりと鋭い塔をもつわれらの堂宇も われらの書籍や絵も
言語も 童話も 夢も 思想も
そのときにはもはやなく 地にはもうどんな光輝もないだろう。
おぞましいすべてのもの 美しいすべてのものの没落を
静かに見まもった創造者は
すっかり空(くう)になった地上を永らく見つめる。
晴れやかに 彼をめぐって星々の
円舞の歌が鳴りひびき 星々の
きららかな光の中を ささやかな
われらの地球は陰鬱な地球として泳ぎつづける。
思いに耽り創造主は そこばくの粘土を取って捏ねる。
再び彼は 一人の人間を造るだろう。
彼に祈る一人の小さな息子
その笑いと仕草と七つの道具とに
創造主は 楽しみを賭ける。
その指は嬉しげに意のままに粘土を捏ねる。彼は喜びながら 形(かたち)を作るのだ。

上記の詩は、「ヘッセ詩集」(みすず書房刊)の冒頭にあげられている。訳者の片山敏彦の「序にかえて」によると、第二次世界大戦たけなわ以前にスイスに住むヘッセから直接に送られてきた「Müßige Gedanken」を訳したものだという。

19歳の私がこの詩を読んだ時、ヘッセの言葉がどれだけ私のこころに響いただろうか。
それから79歳の今もなお、私のこころにヘッセは住んでいる。

冬至が過ぎて。

午前中、和子さんがチョコレートのクリスマスプレゼントを持って訪れてくださった。いつもいつも優しく温かい和子さん。嬉しいな………ありがとう。

陽があるうちにと2人で散歩に出る。静かな真昼時………お喋りしながら朝歩きのコースをゆっくりゆっくり………和子さんは「キッチンに座って中庭を眺めていると、時々わたし、生きていたくない!と思うの。死にたいと少しも思わないのにね」という私の自分勝手なとんでもないな愚痴を黙って聞いてくれる………和子さんは「時々、思い出したくない嫌なことがフゥと出てくるの。そんな時はモグラ叩きでポンと叩くの。だからグラ叩きの毎日よ」と軽やかに応える。

和子さんとはビックリするほど長いこと同じ時間を歩いてきた………同じ方に向って。混じり合ったり、溶け合ったりしない。いつもとなりを歩いている途上の人………きっと、これからも。

4時にヘルパーのオガサワラさんが食事介助に来てくれる。ベッドを16度まで起こし、まず、口の嚥下体操から。ゆっくりゆっくりスプーンで食べ物を口に運んでくれる、誤嚥しないように注意して。食べ始めた時はまだ西の空が明るかったのに、終わる頃は日が落ちてすっかり暮れている。わたしと同年輩のオガサワラさん、すっかり暗く寒くなった夜のなかを次の仕事に自転車で向かう。ご無事でありますようにと心のなかでつぶやく。

冬至が過ぎて、これからは一日一日と日が延びて、ふたたび新しい季節がめぐってくる。

フランシス・ジャムの詩

久しぶりに実家の義姉と電話で長話をする。わたしとほぼ同年の彼女はクリスチャンホームで育ち、兄と結婚して環境も人間関係の作り方も考え方も異なる商家に嫁ぎ、妻として3人の子どもの母として舅・姑を送りわたしには想像できない苦労を重ね今がある。その商家の五人姉弟の末っ子として育ったわたしは、実家を飛び出してプロテスタントの親のもとで育ったアキラと結婚し、どうにか今までやってきた。

義姉は「結婚した時は、自分の育った環境とあまりにも違うのでビックリ!それからいろいろ大変なことがあったけど、信仰がわたしを救けてくれたの。祈りがあったの」と話してくれた。

信仰か! 思い返すと、わたしは迷宮空間を彷徨って今に至り、まだ、彷徨いつづけて心が定まらない。今まで何をしてきたのだろう。

  「序 詩」    フランシス・ジャム / 堀口大學訳

神さま、
あなたは私を人界に呼び出しなされた。
それで私は参りました。
私は、苦しみ 愛します。
あなたが下さった声で私は語りました。
あなたが私の父と母におおしえになり
両親が私に伝えた文字で私は書きました。
私は私の道を行きます、
子供たちに冷笑されながら、
頭を下げて通る重荷を背負った驢馬のように。
あなたの御都合のよい時
私はあなたの御心のままの所へ参ります。

寺の鐘が鳴りまする。

冬至に向かって………夜の闇は深くなり…………。

何故こんなに井筒俊彦著『神秘哲学』に惹かれるのだろうか。再読し始める。二度三度同じところを繰り返し読む。分かったつもりで読んでもすぐ忘れる。本文の至る所に赤や朱や紫や黄の色鉛筆で線が引いてある。

「神秘主義は……………かぎりなく遠く、しかもかぎりなく近い神、怒りの神と愛の神ー神的矛盾の秘儀を構成するこの両極の間に張り渡された恐るべき緊張の上に、いわゆる人間の神秘主義的実存が成立する。故に神秘主義は一つの根源的矛盾体験である。……………」序文から。

今日も1日暖かい穏やかな日。朝から植木の井上さんが中庭の伸び放題の植木の枝や雑草を瞬く間に刈り取ってくれた。あぁさっぱり! 天使館は『魔笛』の稽古。時々ダンサーたちが稽古の聖域から、中庭を通って日常空間キッチンにやってくる。ほっとした表情で………美しい。
食事介助のヘルパーさんがポストから新聞を持ってきてくれた。
イスラエル軍が「ハマス地下トンネルに注水開始」という記事。トンネル内には人質がいるらしい。胸が苦しい。

冬至に向かって、どんどん日が短くなり夜の闇が深くなり…………。

メフィストテレスのことば

先日、ガスの検針票と一緒に「検針票のペーパーレス化および書面(検針票・払込書)の有料化について」というチラシが一緒にポストに入っていた。紙の検針票は2024年10月まで。以降は、税込165円の払えば紙の書面を郵送してくれるという。やれやれ、また小さな長方形の文字盤にパスワードやら数字を打ち込んで会員登録をするのか………簡単便利といっても、指がふにゃふにゃ、おまけに視力の衰えた私にとっては便利とは 程遠い。登録完了までに恐ろしい時間が奪われる。銀行も買い物もチケット購入も………何もかも携帯の小さな長方形で事足りるらしい…………とはいうものの、こんな事に時間を費やすなんてバカらしい。いち辞めた、外に出よう。

戸外は師走とは思われない陽気。こよなく心地いいお日和でわたしのカラダは嬉しいけど………どこか狂っている。さぁ、いつものように………エム、エヌ、エム、エヌ………心に風を通して………エム、エヌ、エム、エヌ………どこからか力がながれてきた…………。

Grau,teurer Freund, ist alle Theorie
Doch grün des Lebens goldner Baum

「ねえ君、およそ理論なんていうものは灰色だ。ところが、生命の黄金なす樹木は緑したたるごとしさ」   井筒俊彦著『神秘哲学』 「第二章 プラトンの神秘哲学」

もうじきクリスマス

昨日も今日も1時間朝歩きした。クリスマスが近いというのに異常に暖かい。こんな日が続くとありがたいなと思うけど、なんとなく物足りない。

Stuttgart に住んでいた時、お向かいのバーバラはこの時期になると、毎日シュトーレンやクッキーを焼いてポーランドの親戚や友人に送っていた。まだ東西が冷戦中だった。バーバラは「あちらからくる手紙は、必ずどこか破られているのよ」と怒っていた。

2009年の春1ヶ月フランスのアンジェに滞在して、CNDC(国立ダンスセンター)でアキラがWSを行なった。集まったWS生の中にポーランドの女性がいた。彼女にはフランス人の養子になったポーランド人の恋人がいて、その彼と結婚しようかどうか真剣に悩んでいた。彼女は私に「このWSが終わっても私は国には帰らない。ポーランドは今とても貧しいの。私には兄妹がいっぱいいて食べていけないの。彼はフランス人の養子になったからお金にはこまらないわ」と話してくれた。
WS生にはイスラエル人もアラブ人もいた。2008年12月から2009年初頭にかけてイスラエルはガザ地区に空爆し多数の犠牲者が出た。そんな不穏な世界情勢のなか、復活祭の日アキラのWS生たちはみんな肩を寄せ合って卵に色付けをしてキリストの復活をお祝いした。

あれから、もうずいぶん経ったけど、みんなどうしているかなぁ〜。無事でありますように。

どんどん地球星は闇に向かって堕ちていく。

初冬の日差しのなかで、ちょっと独り歩き………。

朝9時にシンタロウクンが中庭からキッチンに入ってきた。公演のために2ヶ月ほどスウェーデンから帰国して日本に滞在中。この間にアキラの『魔笛』公演とミトウルミさんとのデュオ公演『nobody is here』で踊る。お家はスウェーデン。中庭に差し込む初冬の朝の光を背に、まずは珈琲一杯。そして、アキラと一緒に稽古場へ。リハーサルが始まった。

昼間の暖かい陽射しのうちに外歩きをしよう。ゴトゴトカートを押して一人で出かける。風もなく穏やかなお昼時。人の気配もなく静かだ。M、N、M、N………いつの間にか、MとNが歩いている。私はみえない。

カートに入れた携帯がなっている………アキラだ………一人で出てきたので心配しているのだろう………小さな長方形の奥から微かに音楽がきこえてくる………振り付けの真っ最中らしい………ゴメン、ゴメン、あまり気持ちがいいのでちょっと独り歩きがしたくなった………とモゴモゴいって一方的に携帯を切る………。

今日は今日。明日はわからない。生きることは素晴らしい!

もうじき79歳がやってくる。

メイ・サートンの『終盤戦 79歳の日記』(幾島幸子訳/みすず書房刊)の訳者あとがきに「著者は前々から八〇歳の誕生日に、生まれて七九年目の一年前の日記を出したいという思いがあったと書かれており、その望みどおり、七八歳の誕生日から書きはじめて七九歳の誕生日で終わっている。………」と、この本にたいするメイ・サートンの想いが書いてある。

私の生まれて七九年目があと十日後にはじまる。七八年目の終盤11月30日『今、ショパンを踊る』のリハーサルを見に、いずみホールに車で連れて行ってもらう。その前の三日間、歯痛でお多福さんになったワカメちゃん状態で外歩きができなかった。

今日から十二月。もうじき七九歳になる。今日の午後、キッチンからベランダにおりてみた。薄青の空に白い雲が綿毛のように浮かんでいる。我が家の杏の木の葉は上の方の枝にかたまってフラフラ風に揺られている。
あぁ、気持ちがいい!と思わず伸びをすると、稽古場から来春のあきらの新作『魔笛』の稽古にきていたトモくんがでてきて、同じように伸びをした。穏やかな初冬………もうじき私の七九歳がやってくる。

「夕ぐれの時はよい時」

「夕ぐれの時はよい時」   堀口大學

夕ぐれの時はよい時、
かぎりなくやさしいひと時。

それは季節にかかはらぬ、
冬なれば暖炉のかたはら、
夏なれば大樹の木かげ、
それはいつも神秘に満ち、
それはいつも人の心を誘ふ、
それは人の心が、
ときに、しばしば、
静寂を愛することを
知つてゐるもののやうに、
小声にささやき、小声にかたる…………

夕ぐれの時はよい時、
かぎりなくやさしいひと時。

若さににほふ人々の為(た)めには、
それは愛撫に満ちたひと時、
それはやさしさに溢れたひと時、
それは希望でいつぱいなひと時、
また青春の夢とほく
失ひはてた人々の為には、
それはやさしい思ひ出のひと時、
それは過ぎ去った夢の酩酊、
それは今日の心には痛いけれど、
しかも全くわすれかねた
その上(かみ)の日のなつかしい移り香(が)。

夕ぐれの時はよい時、
かぎりなくやさしいひと時。

夕ぐれのこの憂鬱は何所(どこ)から来るのだらうか?
だれもそれを知らぬ!
 (おお! だれが何を知つてゐるものか?)
それは夜とともに密度を増し、
人をより強き夢幻へとみちびく………

夕ぐれの時はよい時、
かぎりなくやさしいひと時。

夕ぐれ時、
自然は人に安息をすすめるやうだ。
風は落ち、
ものの響き(ひびき)は絶え、
人は花の呼吸をきき得るやうなきがする、
今までかぜにゆられてゐた草の葉も
たちまちに静まりかへり、
小鳥は翼の間に頭(かうべ)をうづめる………

夕ぐれの時はよい時、
かぎりなくやさしいひと時。

        
             

スクラップブック

11月25日のアキラの誕生日の夜から、のこりわずかになった歯のうちの奥歯が腫れだして、三日間ほど外歩きができなかった。お多福のように膨れたほっぺを氷で冷やし一日家の中………秋たけなわの日々なのに、外に出られず残念。

10月7日以来のパレスチナガザ地区の記事の切り取りが大学ノートにいっぱいになった。私の手に余る大きな新聞誌面をガサガサ広げて、気になる記事をハサミで切り取るのはかなり大変な作業ではある(鋏は重く曲がった指で誌面をまっすぐ切り取るのは難しい)。でも、絶望と悲しみの記事が続いていたが、双方が少なくとも人質解放に向かったという記事をスクラップできることはうれしい。いつもそのノートは私の枕元にある。今日は、解放された子どもたちが瓦礫の上にのって楽しそうに遊ぶ写真を貼ろう。うれしいね………よかったね………。

お多福さんのようなほっぺも、今日は大分元に戻って元気が出てきた。温かい紅茶を淹れて、先日頂いたシュトーレンを食べよう。

明日からまた寒くなるらしい………おやすみ。

 

 

 

 

 

うつくしい朝の空気

二日間、朝歩きをしなかったので、今日こそ歩かなければ………と歩き出すと、あぁ気持ちがいい……桜はすっかり葉をおとし、銀杏の葉は真っ黄色に染まって、柿の木は真っ赤な実で重たそう。ピッピッピッピッー………カウ〜カウ〜、カーウ〜カー………私は、エムエヌエムエヌと唱えながら、まわりと一緒に動いている。晩秋の朝の空気はクリスタルのように冷たくて透明。光は物の輪郭を際立たせる。

あぁ、全てはこんなに美しいのに…………!

小春日和の日

小春日和のような暖かな日差しが、吹き抜けの部屋に差し込む。ありがたいことに、昼間はストーブがいらない。洗濯機が止まったので、洗濯物を引き出して、陽が高いうちにベランダに降りて、物干し竿に干したい、と思うのだが、キッチンから外に出るのは禁止されている(実は、時々内緒で干しにでる………カラダの中に確実なものを感じる時は)。外は時折旋風のような突風が吹いている。危ない!確実に私のカラダはバランスを失うだろう。今日は、あきらに干してもらおう。

フェミニストの友人千章からメールが来た。いろいろな情報を教えてくれる。生きるのはしんどいなぁ~などとぶつぶつ言っている私は、贅沢者、怠け者だ!と反省する。

午後、訪問美容師さんに髪をカットしてもらう。サザエさんのわかめちゃんorちびまる子ちゃんのようにと注文。出来上がりを鏡で見て、わぁ〜可愛いじゃん。嬉しい、気に入った。ありがとう。

夕暮れ時は、いつも落ち込む。そっと鏡を覗いて、自分で自分んを呼んでみる「ワカメちゃん ちびまる子ちゃん。美しい夢を見ながら、明日までカラダを忘れてゆっくりおやすみ………」。

 

 

 

毛糸の手袋を編みながら想ったこと

朝日新聞の切り抜きから:

11月5日(日) 逃げる子、叫ぶ男性………「これは虐殺」/今にも泣き出しそうな小学生の男の子や「神よ!」と叫んで天を仰ぐ男性………/

11月14日(火) ガザの病院 機能停止/「未熟児ら15人死亡」報道………/スーダン 住民800人超死亡………/パリ「ダビデの星」落書き相次ぐ………/ヒズボラ、米に停戦対応要求………/

11月15日(水) 暗闇 消えゆく赤ん坊の声/ガザ 包囲されたシファ病院の医師 薬もない でも見捨てない………/

 

おしりにムツキを着けた小さな命たちが青いシートの上に転がっている写真。握りしめられた小ちゃな手……大きな頭部と萎えた脚………(生きることを知らないで、このまま死んでいくのだろうか? あまりにも可哀想……痛ましい!)

「神よ、救いたまえ」と祈るイスラム教徒のパレスチナの人々/ユダヤの人々にとって、イスラエルは神から与えられた約束の地。

楽園で知恵の実を食する前の、善も悪も知らない無垢な幼な子も贖う世界、そんな世界を創った神の世界は認められないという、イワン・カラマーゾフの無神論について、神っているの、いないの?

さまざまなことを想いながら………冬の朝歩きのために、マシュマロのようにふにゃふにゃの奇妙に変形した我が手にはめる毛糸の手袋をやっと編めた。不細工な出来だけどあったかい。でもまだ右手だけ。冬が終わる前までに左手が出来上がるだろうか、自信がないなぁ………!

 

 

 

 

 

 

 

 

急に、冬が来た。

急に寒くなった。夏のギラギラの太陽を、やっと、のりこえたのに………次は、冬の木枯らしかぁ………心細くなる。冬は着る物が多くなるし………とりわけ寒い朝はカラダが重いし…何をするにも時間がかかる………ぬくぬくと着替えもなしで、布団の中に居続ければ、確実に水平生活に逆戻りするだろう………などと想う前に起き上がり………動け!

外は、おお冷たい! 道傍の桜と楓の朽葉を拾って朝日に透かしてみる。葉一面に繊細な幾何学模様の線がはしっている。なんと美しいのだろう。

足早に走っていく中学生たち。ママチャリに我が子を乗せ風にむかって小学校に急ぐお母さんやお父さんたち。始業のチャイムが遠くで鳴っている。

気がつくと、私の口は「エム、エル、エム、エル………」と唱えている。なぜ「エム、エル」なのかわからない……全てが愛おしく感じる瞬間………。

晩秋から冬へ………クリスマスから新年へ………光と闇をくり返しながら螺旋状に時は進んでいく。

 

私のカラダは一つの宇宙

立冬を過ぎたとはいえ、朝の陽の光は肌に温かく、風は穏やかで過ごしやすい日。こんな日が続くといいなぁ〜。

今日は、午後からヘルパーさんに付き添ってもらい都立三多摩総合医療センターの整形外科を受診。かれこれ50年前、慢性関節リウマチの診断を下された病院。当時は都立府中病院といって、旧式な木造建の総合病院だった。まだリウマチ科がなかった。リウマチ患者の多くは女性が占め、朝起きるのが辛いけど、なんとか頑張ると昼からは家事育児はこなせる。もし男性の多くがリウマチに罹ったら朝の出勤に支障ができるから、リウマチ研究がもっと早く進んだ………などといわれていた時代。

約半世紀の間、山あり谷ありしながら、徐々に骨の崩壊と一緒に歩いてきて、遂にまた振り出しに戻ってきた。大きな立派な建物の中には、総合病院ならではの便利な機能を備えていて、病院内に一歩入ると、そこは日常空間とは切り離された時空間があり、病気という共通項を持った人たちが行き交い、細分化された診察室に向かって吸い込まれていく。

今日私が向かったのは、整形外科でも頚椎の手術の専門の先生のところ。私が右膝の関節や左肘の具合について口にすると、それはまたその専門医に………といわれ……早々に病院を退散したくなった。

病院を出ると、まだ穏やかな日差しが残っていてた。西空がオレンジ色に染まってゆっくりと日が暮れていく。私のカラダも一緒に暮れて……夜、ぐっすり眠って、新しい時がやってくる。

 

 

 

 

 

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子どもたちのコトバを奪わないで!

今日の朝日新聞朝刊一面の記事から…………「米国のアフガン戦争では、20年間で民間人4万7千人が犠牲になった。ガザではわずか4週間で死者が9千人を超えた。4割は子どもだ。」………毎日痛ましいニュースが伝えられる。

もうじきお酉さまがやってくるというのに、連日25度の暑さ!何処かおかしい。

文化の日の昨日、レイジが車で相模湖周辺のドライブに連れていってくれた。紅葉にはまだ早いけど、狭い車道の両側の樹々の葉は、落葉するのを待っているかのように秋風に揺れている。ゆく道に映る木漏れ日がうつくしい。

運転しているレイジに「小さい時、あなた、夜は暗くてこぅえ〜よ。と言ったのを覚えている?」と聞いてみると「覚えているよぉ〜。チカシは、どこまで行っても闇ダァ〜、って言ったね」すかさず私が「そうそう、ミツは、お味噌汁が天井に反射して映るゆらゆら動く光溜まりを見て、クミヒン、クミヒンと言ってた」というと、レイジ「アキラさんが、あれはドイツ語の“komm hin”(こっちにおいで)だ、と言ってたけどホントかなぁ?」などと楽しくおしゃべりしているうちに、私の頭の中に幼い子どもたちの懐かしい情景が浮かんでくる。

でも、大人になったレイジとこんな楽しい会話ができるのは、全くの幸運なのだ、と思わざるを得ない今日の世界の状況は、なんとかなしいことだろう。

幼い子どもたちからコトバを奪わないで‼︎

 

 

一年ぶりに病院に行く。

一昨日、レイジの運転するキャブで、叡に付き添ってもらい相模原の病院に行った。一年ぶりの診察。フロントグラスの向こうに、薄青色(み空色)が広がり、翁の髭のような白い雲が動いている。おもわず「あぁ、いやだな」と呟くと、隣で運転しているレイジが「大丈夫だよ」と言った。朝7時30分に家を出て、9時に病院に着く。

車椅子で、レントゲン撮影からMRI室。あのとんでもない音の塊を20分強制的に聴かされて、クタクタになって、主治医の先生の診察を受けに整形リウマチ科に。

名前を呼ばれて診察室に入ると、先生がいつもの元気のある声で温かく迎えてくれた。去年「では、来年また」と言われて時は「一年先、またここに来られるだろうか?」と心に過ったけど、今また私はここにいる。そして、何が変わったのか? 私の心をのせて走ってきたポンコツ車も、ついに修理不可能に。最善の注意をして運転することとのこと。

全てを済ませ昼過ぎに、レイジの車で病院を後にする。夏に戻ったかなような紺碧の青空を眺めながら、夢心地で家に戻る。ああ、疲れた! とりあえず、今朝起きたっぱなしのベットに。

一山乗り越えたように新しい風景がみえる。見慣れているはずの部屋の様子が新しくみえる。不思議! 心を軽くして、ノロノロ運転、まだ走れる。嬉しい!

 

 

 

 

 

 

まとまりのない日々

ヘルパーさんが「あそこに金木犀が咲いてる」と私の食事介助をしながら言ったので「ほんと?」と聞き返すと「オレンジ色の花が溢れていますよ」と中庭を指差した。ベットに寝ている私には見えない。でも嬉しい。数日前、やはりヘルパーさんが、紫式部が咲いているのを見つけてくれた。紫とオレンジ色かぁ………。目の悪い私には、どこにあるかわからない。ちっぽけな庭でも、近づいて見にいくことは禁じられている(雑草や石ころだらけで危険ゆえ) 。

素晴らしい秋晴れだった昨日、朝歩きをサボったので、今朝は張り切って外に出て歩きだすと、過ぎ去った1日は戻らない………カラダが重い。

インターネットバンクの操作に失敗。問い合わせのヘルプデスクに助けを求めて時間を失った。残念。何をするにも携帯でできる便利な世の中になったというが、何をするにも機械を通さないとできないのは、私にとっては不便極まりない!と、怒って見ても始まらない。

数日前、テレビで観た袋に入って並んでいるガザの子どものことを思い出した。爆撃にやられた兄妹だという。痛ましく、悲しすぎる。

まとまりのない日々。頭の中を掃除して………澄み切った秋空を映さなくては。

 

ブレヒト『子供の十字軍』

毎日、イスラエルとパレスチナのニュース。あの奇怪な壁に囲まれて、爆撃あとの瓦礫の中で生きている、子どもたちやお年寄り、体が不自由な人、重篤な病人………どうやって退避できるだろう……食べるものもなく、水もない、クスリも………生きていくための何もかも不足した状態で………。

今から50年前、1973年10月に第4次中東戦争が勃発した。その翌月に次男禮示が生まれ、私は可愛い我が子を胸に抱き幸せに包まれている最中、何やら騒がしくなってきて「トイレットペーパーが無くなる………」という噂がサッと病室中に広がった。我が子を抱えながら、どうしよう、と不安だったが、どんなことがあってもこの子を守るぞ、と心の中で言っている自分を覚えている。

パレスチナとイスラエルの争い、ウクライナとロシアの争い、人間同士の争いはいつ終わるの? いつも犠牲になるのは幼い子どもたち、弱い者。心が痛む。

ベルトルト・ブレヒトの悲しく、美しい『子供の十字軍』は「1939年 ポーランドにむごたらしいいくさがあった。」と始まる。安らぎの国を求めて「砲声もなく 銃火もなく すてた土地とは別天地ー / 行列はかぎりなくふえて」55人の子どもたちが、あてどもなくさまよい、つかれはて、おしまいに「ポーランドでは その正月 / 犬が一ぴきつかまった。 /   やせこけた首に一枚の  /  紙の札がかかっていた。/  助けてください! と書いてある。 /  ぼくたち道にまよっています /  みんなで五十五人です /  この犬についてきてください。/  撃ち殺さないで。 この犬だけが /  ぼくたちの居場所をしっています。 /  犬が死ねば  /  ぼくたちもうおしまいです。 /  字は子供の手で書かれていた。 / 百姓たちがそれを読んだ。 /  一年半もまえのこと  /  犬は飢え死寸前だった。」 (矢川澄子訳)

1939年9月1日ドイツがポーランドに侵攻して、第二次世界大戦が始まった。ウクライナ、パレスチナ………十字軍の昔から今もまだ戦争は続いている。

 

 

 

 

 

 

 

『カルゼル橋』 リルケの詩

押しても引いてもどうにもならない自分がいる………サア、カタノチカラヲヌイテ ユックリコキュウシテ ヒサコサン………と、遠くから聞こえる。

キッチンに座って中庭を眺めながら、昨日視聴した高橋巖先生のオンライン講座を思い返す。2時間の前半は、先生がシュタイナーコレクション「照応する宇宙」第8講を丁寧に読み砕いてくださり、後半の1時間は、講座参加者たちが感想をそれぞれ述べて、みんなで共有する。

日常の自分から離れた自分を素朴な言葉で語り、他者の言葉に耳を傾ける時間。

こんがらがった自分のなかに、空気をいっぱい吸って………と伸びをしていると、新潟から訪れた厚子さんが「うちの庭のイチジクで作ったジャムを一口どうぞ」とテーブルの上にかわいいジャムの瓶を置いてくれた。嬉しい。

明日も、紛争地域に生きる子どもたちに美しい光がさしますように………💤

「カルゼル橋」   リルケ/高安国世訳

橋の上に立つ盲目の男、

名もない国の境の標石のように灰色に、

この男はたぶん、遠くからくる星々の時間が

まわりを流れる中にみずからは常に変わらぬある物、

星辰の静かな中点なのかもしれぬ。

一切の物が彼をめぐって彷徨い流れ華美を競うている

 

この男こそは、混乱の道のあなたこなたに立つ

不動の正義者かもしれぬ。

表面ばかりの時代に

地下に通じる暗い入り口かもしれぬ。

 

 

 

 

 

秋の日ー夏の実り

澄み切った秋空の下、秋桜の花が一面に広がり一斉に風に靡いている風景を思い描いていたら、朝歩きの時間を逸してしまった。でも、もう極暑の夏は過ぎ去った。昼の太陽のもとで歩いてみよう。

午前中は、ウイークリィ・コープの宅配あり、ホームヘルパーのヤマウチさんが洗濯干し、冷蔵庫の整理、家の掃除などなど………来年一月八日(月・祝)神奈川芸術劇場でのポスト舞踏派公演モーツアルト『魔笛』のチラシが届いたり………何かと忙しい。

午後、『魔笛』の稽古が始まったので、ひとりでカートにつかまり外に出て歩き出すと、今回の衣装担当のミドリさん、亡き君子さん(アキラの母)のピアノの愛弟子のお向かいに住むケンジさん、歩行リハビリに励むサトウさんに出会い……向こうから「こうもりクラブ」のミカミさんが11月に行うオイリュトミーの会のチラシを持ってやってきた。

12月5、6、7日には、あきら振り付けの『今、ショパンを踊る』を笠井瑞丈、上村なおか、浅見裕子、川村美紀子が西國のいずみホールで踊る。

確実に、夏の実りが秋に向かって熟し始めた。

 

 

ディキンソンの詩を読む。

朝寝坊してしまった。急げ!  蜂蜜ひと舐め、チョコレートをひとかけら口に入れて、外に出る。今朝は昨日より寒い。どんよりした曇り空の何処かで小鳥たちが囀っている。起きたての重いカラダが透けてきて、歩くカラダを感じている。不思議な感覚。

イスラエルとパレスチナの紛争はいつ終わるの? 今朝の新聞にも両国の死者の数が載っている。ベルリンでアキラの作品に参加したあのパレスチナの女子学生、あのユダヤ人のダンサー………遥か昔のようだけど、今どうしているかしら……無事でありますように。

音もなく冷たい雨が降ってきた。天使館は「今、ショパンを踊る」のリハーサル。

昨夜、ずいぶん以前古本で購入して本棚の隅に忘れられていた井筒俊彦著『神秘哲学』(人文書院刊)の二巻本を読み終えた。ほとんど哲学とは縁のない私が夢中になって読んだのは、著者の読者に届けたいと願う魂の奥底から発することばに導かれ、惹かれたのだと思う。内容は難しすぎる、私には!

今日は、誰もいない静かなキッチンでディキンソンの詩を読もう。

「大声をあげて戦うことは、とても勇ましいー」

大声をあげて戦うことは、とても勇ましいー

だけど思う、さらに雄々しいのは、

心の中で突撃をする

悲哀の騎兵隊ー

 

勝利を得ても、どこの国民も気がつかぬー

倒れてもー誰も注意も払わないー

その死んでゆく目を、どの国も

愛国者への愛をこめて見つめてはしないー

 

わたしはたち信じる、羽根で身を飾って

そういう人のために、天使は行進するとー

つぎつぎと列を組み、足並みそろえー

雪の制服を身につけて。     (アメリカ詩人選(3) 亀井俊介編)より

 

 

中庭に紫式部が咲いている。

急に秋がやってきた。衣替えをしなくては! 去年の夏物から冬物への衣替えは「取り敢えず」だったが、今年は「慣例の」衣替えとなってしまった。1日一回朝歩きする他は家の中で過ごしている者に、多くの着る物は必要なしとは思うけど、秋から冬に向かって、素敵なコンサートや舞台公演のお知らせをいただくと、行ってみたいな、あの服を着て行こう、と頭の中で夢を描く一方で、猛暑の夏に着た私の好きなTシャツを仕舞いながら、来年またこれを着られるかしら?などと思ったりしながらの衣替え、一向に進まない。困ったものだ!
シンプルに生きたいと希うのも自分、複雑な世の中で嫌だなと思うのも自分。日々、矛盾した自分が一緒になって生きている、いつまでも成長しない自分を見ながら。

食事介助のオガサワラサンが「あっ、お庭のあそこに紫式部が咲いている」と教えてくれた。私の大好きな紫式部。やっぱり咲いてくれていた。残念ながら、視力が衰えた私の目には見えない。嬉しい!

美しい夕暮れの秋空を眺めながら、シュタイナーの「幼児の祈り」を心の中で唱える。

わたしの頭も足も

神さまの姿です

わたしは心にも両手にも

神さまの働きを感じます

わたしが口を開いて話すとき

わたしは神さまの意志に従います

どんなもののなかにも

お母様やお父様や

すべての愛する人の中にも

動物や草花や

木や石の中にも

神さまの姿が見えます

だからこわいものは何もありません

わたしのまわりには愛だけがあるのです。   (高橋巖訳)

 

 

 

『さんびきのくま』

とりわけ今夏は熊の出没が多いという。暑い暑い夏の間、森の木の実もみのり少なく、きっと食べ物を求めて里に出てきたのだろう。人の家のテーブルの上のピザを食べる熊の映像を見た。熊の世界も食糧難で命がけ。熊に遭遇した人間も襲われないように命がけで避難……ハラハラする………無事でありますように………。

森に迷い込んだ小さい女の子が小さいお家を見つけ………絵本『さんびきのくま』。読むとかなりドキドキする怖いお話。でも、父さんグマ、母さんグマ、小さいクマ、小さい女の子、みんな可愛くて、好きだ。今でも、絵とお話しを思い浮かべると心が温まる。

三人の息子たちが好きで、寝るときによく読んであげた絵本を思い出してみよう。その頃、我が家にはテレビがなかった。

『ぐりとぐら』『ぞうのババール』『さむたがりやのサンタ』『ちいさいおうち』『はじめてのおつかい』『だるまちゃんとかみなりちゃん』『ごろごろ にゃ〜ん』………『大きな木がほしい』『おしいれのぼうけん』………『ハイジ』『夕鶴』………。

綴じ糸が切れボロボロに壊れかかった絵本たちが、私の本棚の隅にまだ在る。

懐かしい時代!

 

言葉が出てこない!

朝夕が急に冷えてきたとはいえ、昼間は相変わらず30度の蒸し暑さ………湿気にすっぽり包まれた夜の闇。

一昨日、アキラが指導するダンス学校の公開練習+発表の会があった。年齢も仕事もまちまちの男女総勢16名が、テーマの「感覚器官とダンス/触覚・味覚・嗅覚・運動感覚・視覚・聴覚」に取り組んでいる姿をみた。

その日の日記に「哲学・形而上学と神秘学・霊学 その接点にダンスがある」と分かったようなことを書いている。

翌9月26日(火)は、朝日新聞を読んで「ベルギー人男性(30) AIチャットと会話し、イザイラ(人工頭脳)に魂を吸い取られ、妻子を捨てて自殺。ショック🤯 こういうBeispiel が地球上のどこかで起こることが怖い」と書いた。

今日は、何を書こう………言葉が出てこない………ボォーとしていたら………アキラが『今 ショパンを踊る』の振り付けを終えて、稽古場と中庭の闇の中から戻ってきた。

振り付けられたダンサー3人は、まだ稽古しているようだ。稽古場の窓に灯りがあり、ピアノの音が聞こえる。

 

 

 

 

 

 

今日の新聞記事

秋の夜長………みんなで払って………久しぶりにひとり………今日はお彼岸のお中日。お母さんのおはぎが食べたいなぁ………なんて想いながら………朝日新聞を読む。

先ず一面から。北海道知床で川を上ってくる鮭を待つ痩せ細ったヒグマの写真を見る。故郷に帰る鮭の数も少なく、冬眠に入るヒグマも食糧難。

「耕論」欄 『AIと私たち』……人工知能は人間を超えるか、という議論。人間は肉体という物質体を通して体験し知性が開かれていく。果たしてAIという物質は体験できるの?というのが私の疑問。

「多事奏論」編集委員 ・高橋 純子さんの胸がすくような意見! 今日のおじさん政治家の体たらく……「絶望『感』ではなく絶望」という見出しがいい! 同感。

「そよかぜ」欄 「『小さな物語』にこそ」ウクライナの戦争で日常を奪われ避難民となった人たちとの対話の記録。「息子を戦場で亡くした芸術家の女性………苦痛の表情で、涙を流しながら………それでも『自分の心に憎しみを入れたくない』と語った………」

明日の朝も歩こう………美しい日になりますように………🌙

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴァージニア・ウルフのことば

朝寝坊する………時間を見るためiPadを開くと……昨夜読んでいたバージニア・ウルフ『自分ひとりの部屋』が出てきたので、暫く続きを読む……時間を見ると8時20分………ヒェ〜、もう暑く外出禁止時間になってしまう………急いで蜂蜜ひと舐めして外に出ると、風はひんやり秋風だ………ホッとして歩きだす………今日は敬老の日………どこの家も微睡んでいるように休んでいる………1羽のカラスが道を横切ってヨタヨタ歩いている……仲間から外れてしまったの?………突然、さっき読んだウルフの言葉が浮かぶ………「女性は鏡の役割を務めてきました。…………」その先はなんだったっけ………思い出せない………ひたすら歩くことに集中して………家までたどり着き『自分ひとりの部屋』を開いて読んでみる。

「過去何世紀にもわたって、女性は鏡の役割を務めてきました。鏡には魔法の甘美な力が備わっていて、男性の姿を二倍に拡大して映してきました。………」

100年前に生きた女性の言葉………今でも、聞こえる。

 

 

 

 

私の速度で………。

記録的に猛暑が続いた今年の夏(もう九月半ばというのにまだ続いている)の間、1日も休まずに朝歩きしたのよ………と、人にいうと………みんな、すごい意志力!………と褒めてくれる………確かに今思うと………よくやったよね ヒサコサン………と自分を褒めてやりたいけど………そう単純な問題ではない………もし夏の間朝歩きしなかったら………いつものナマケモノのヒサコさん………今頃確実に歩く力を失い………水平生活に後戻り………もはや垂直生活は夢物語に………。

と、ここまで書いた時「金鱗の鰓をとり置く術」のワークショップを終えたアキラが、「受講者がヒサコサンにとくれたよ」とまん丸い黄金色のダリアを2本持ってきくれた。花瓶にさしてテーブルの上に置くとキッチンが急に明るくなった。ジィージィージィーと中庭の闇の中で虫が鳴いている。

暮れの『ショパンを踊る』いずみホール公演の、来春のKAAT芸術劇場大ホールで行うモーツァルト『魔笛』の二つの稽古が、並行して始まった。何もできない私の役は、キッチンに座って、忙しく出入りするダンサーたちの交通整理係。もう何年この役をやってきただろう。やっぱり、自分を褒めてやろう「よく暑い夏を乗り切ったね。ナマケモノのヒサコさん」と。

歩く、見る、聴く、感じる、私の速度で。おやすみ😘

 

 

朝によみがえるいのち

昨日は一日中、熱帯性低気圧(?)のせいで、私の唯一の効き指・右手人差し指がプンプクリンに腫れて、絶望のどん底に落ち込んだが、長年リウマチカラダと付き合ってきたわたしなので、そういうことはよくあることで絶望するに値しない、と思うのだが、指を動かすたびに身体中が痛む/響く………なんとも説明できない辛さがある。寝れば治るだろうと早寝して、今朝起きたら、少し指が動かせる。ゆるゆると外歩きしよう。

歩き出すと……少しずつ頭の中も動き出して………気がつくと昨日読んだむずかしいアリストテレスとプラトンのことばを思い浮かべている………チッチッチッ……小鳥の鳴き声がすると………耳が全開して鳥の声を聴きいている………犬のお散歩の人に出会うと挨拶する………車は来る、自転車は来る(自動車がなかったゲーテ、シラー時代は羨ましいなぁ)、転倒は絶対できない………凸凹道を注意しながら………足だけは前に前にと動いていく………誰に動かされているのだろうか………また自分の心の中を覗き込んでいると………近くで鳥たちが私を呼んだ(わたしの勝手な思い込み⁉︎)………半ば疲れて倒れそうになっても頑張っている真っ白なライラック………わたしもあなたたちのように自然に美しく枯れるにまかせて………と、呟きながらやっと家に辿り着くと、アキラがポストの中からレターパックを取り出した………誰から、何が入っているのだろう………高橋茅香子さんからだ!………開封するのが楽しみ………いつの間にか、指はすっかり自由になっている………さぁ汗を流して………アキラが作ったフレンチトーストにタップリ蜂蜜をかけて朝ごはんを食べよう。

 

 

大宇宙に包まれて………。

グレーな日々が続いて……桜の樹々、道端の草花、シジュウカラ、カラス……ご機嫌伺いに行けない………このグレーな気分を払拭しなければ………。

「アリストテレスの思想傾向全般に通じる根本的特徴は、どのような問題を取扱うに際しても、常に必ず我々にとって最も身近な、具体的事実の観察から出発するということであった。………」井筒俊彦著『神秘哲学』

なぜか安心できる文章だなぁ………と中庭に降る静かな雨を眺めながら……著者の魂をぶつけるような真摯な言葉に触れながらも………うつら うつらゆめ心地。

久しぶりにシンポさんがやってきて、光があたると七色にキラキラ光る小さな透明のガラスの飾りを持ってきてくれた………宇宙みたい………美しいな。彼女は、これから高橋巖先生の講座に……わたしもいけたら………と思い………iPadで彼女が教えてくれたオンラインの巖先生の講座申し込みに挑戦。あちこち間違いを指摘され、なかなか最後まで辿り着かず、いつの間にか、雨も上がり日も暮れて、天使館であきらの講座が始まる頃………遂に、オンラインの申し込みに成功した………やれやれ😥………うれしい。

『神秘哲学』の続き「アリストテレスは宇宙いたるところに一瞬も停止することのない動きを見る。……運動は始まりも終わりもなく永遠的で………永遠不動の動が存在界の実相である。………」

フムフム………むずかしいな………マクロコスモスとミクロコスモスを行ったり来たり………大宇宙につつまれて眠くなる…………おやすみ⭐

 

 

雨だ!うれしい………。

雨だ!………桜の大木たち…我が中庭の雑草たち…史跡公園の櫟木、銀杏の木…路端の小さな草花たち…乾いた大地もみんな大喜びだ……さぁ、雨ガッパを着て外に出よう。

色とりどりのTシャツ、半ズボン……カラフルなランドセルに、いっぱい布袋をぶら下げて……赤や青やピンクや紫の小型の傘をさした子どもたち………飛んだり跳ねたり……お喋りしながら………学校に向かって………たのしそうだな………わたしも負けじと大降りのなか、わたしの体をすっぽり包むビニールのポンチョに容赦なく降りそそぐ雨の音を聞きながら………歩いて……歩いて………。

昨日、バッハ『フーガの技法』硬いダイヤモンドのような音の一粒一粒の響きのなかで……クリスタルの迷宮に迷い込んだように………素子さんとアキラが踊った………終わりのない夏日に観た………あの終曲の祝祭のダンスはいつ終わるのだろう? お願い、終わらないで。

今朝の外歩き。大きな樹々たちも道端の草花たちも、久しぶりに雨に打たれて愉しそう………遠くで母カラスが子どもたちを呼んでいる………飼い主に連れられた仔犬ちゃんたちも嬉しそう………わたしの壊れたカラダも外のみんなといっしょに悦んで………。

日々、悲しいこともいっぱいあるけど、愉しいこともいっぱいある。

 

 

 

夏の終わり……リルケのことば

8月もあと僅か……とは言え、天気予報では、今後も相変わらず30度以上の日々が続くらしい。

わたしの子どもの頃の今頃は、夏休みの宿題に追われ………絵日記の空白を埋めるのに頭を悩ませたり………夕方一雨降って涼しくなった戸外に、近所の子どもたちが自然に寄ってきて………夏休み最後の線香花火をして遊んだり………たのしかったな。

コロナ禍から引き続き後期高齢者は不要不急の外出は控えるように、とはいえ、水平生活から垂直生活に戻りつつあるわたしは、朝の外歩きは欠かせない。暑い日中は、クーラーが適度に効いたキッチンで……本を読んだり………絵を描たり………周り中が忙しく働き回っている中で………なんと贅沢な時間を過ごしていることか!と思ったり………何もできない自分を思い、ひどく落ち込んだり………。

「人々のあいだに、またあなたとのあいだに、なんら共通に生き得る余地がないとしたら、事物に近く在(あ)るように試みて下さい、事物は決してあなたを見捨てることはないでしょう。そこにはまだ夜があるではありませんか、木々のあいだを吹き抜け……………それに子供たちはやはりあなたが子供だった時のまま、悲しくもまた幸福でいますよ。-そしてあなたの幼年時代のことを思い出されれば、あなたはまた彼らのあいだで、孤独な子供たちのあいだで生きればいいでしょう。………」

リルケの『若き詩人への手紙』(高安国世訳)の一節。赤鉛筆で線が引いてある箇所を、今日もまたを読んた。

最初に読んだのはいつ頃だったのか? 赤や青や紫の線がいっぱい引いてある。今日は何色の線を引こうかな………。わたしの孫と同い年のような歳のリルケのことば。いつも新しい出会いがある。

 

ヘッセの詩集

だんだん地球が汚れていく………原発汚染水を海に流したり………山火事、異常な暑さ、ゲリラ豪雨………人災、天災………いつの間にか人間の魂までも蝕まれていく………誰も望んでいないのに。

朝、今日も外歩きした………エム、エヌ、エム、エヌ、と口の中で唱えながら………家の前の道に戻ってくると………お隣さんとお向かいさんが、花の水やりをしながらお喋りしている………お二人から「お帰りなさい」と声をかけらる。心も体もホッとする。

『ヘルマン・ヘッセ詩集 片山敏彦訳』(みすず書房刊)を開くと、セピア色に変色した中表紙の下方に「With all my heart    Hisako」とわたしの拙い字で書いた英文と1962.8.26と本を買った日付が記してある。奥付を開くと、昭和37年5月10日 第1冊発行 ¥300………随分安かったな。

1962年は昭和37年。私はこの詩集を本屋で手にして直ぐ求め、結婚し、子育てし、ドイツに持って行き、帰国して………わたしのどこかにあった。

本の冒頭の「閑な思想」は、第二次世界大戦がたけなわだった頃、ヘッセから手紙で送られてきたことを「序に代えて」で訳者片山敏彦が1945年12月に記している(その時、私は一歳)。続いてヘッセ詩集が編まれている。

あれよあれよと黙示録のように進んでいく世の中を生きている78歳の今の私に、簡潔で、嘘のない、易しく率直な、詩人の言葉は、今もな力強く響いてくる………。

「盛夏の省察」  ヘルマン・ヘッセ 片山敏彦訳

丘の斜面には 雑草の花々ひらき

褐いろの箒の形して えにしだの樹は硬(こわ)ばる。

五月の森の あのふくよかな緑のさまを

今はもう鮮やかに思い浮かべるよすがはない。

 

つぐみの歌 かっこうの声を ありありと

思い出でるよすがもない。

人の心を動かしたあれらの歌が

もう忘れられ 消えた。

 

森の夕べの 夏の祝祭

高い山の端の満月を

誰が記し留めたか、誰が今も持っているか?

それらはすべて もう消えた。

 

やがてまた 僕のこと君のことをも

誰一人知らなくなり語らなくなるだろう。

ここには別の人らが住むだろう、

僕らがいなくても、誰も惜しくも思うまい。

 

僕らは待とう 昇って来る夕星を、

また、初めてたなびく夕霧を。

悦んで僕らは花咲き そして枯れて行こう

神の大きな園の中で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水たまりに映った青空と白い雲

朝9時からアキラが稽古場に入るというので、5時半に起きて6時過ぎに外歩きに出る。ムッと暑い。太陽が雲から出たり入ったりしている………またゲリラ豪雨がくるのかな………突き当たりの角を曲がると、黄茶色の桜の葉っぱが風に吹かれて道の所々に散っている………今日は蝉たちが鳴いていない、どうしたの?………わたしのカートのすぐ前を山鳩が、あたりをキョロキョロ見ながらチョコチョコ歩いている………どうしたの、仲間とはぐれてしまったの?………前方から、王者の風格をしたレドリバー2匹を連れた小柄な女性がやってくる「おはようございます」と挨拶を交わす………史跡公園から南に真っ直ぐ……凸凹した天平の道の大きな水たまりに、真っ青な空と白い雲が映っている……靴で水に映った美しい天を踏みしめ………家にもどる。