鈴木ユキオ solo 『incomplete live』評1 笠井 叡

  ダンス現在 in Tenshikan  2020年 7月5日(日曜日) 19:30~20:30

鈴木ユキオのダンス的光景に初めて出会ったのは、2015年8月5日、草月ホールで催された「室伏鴻のお別れの会」の時であった。その時、彼も含めて3人の男性ダンサーが追悼として室伏鴻にダンスを捧げた。鉄と氷の原野に立つ三つの黑いオベリスクが、猛烈な勢いで時間を先取りしながら、大地の上に倒壊するまでの時間、舞台上で立ち尽した。その不動の凝縮した時間は、ダンス行為に特有のものであるというよりも、この世に存在するもののすべての根源の中に流れている虚無そのものである。室伏鴻はカラダとコトバの出会いの中で、常にコトバに対して、NON,NEIN,否を投げかけ続け続けたダンサーである。生命の根元においてコトバとカラダが本質的に一つであり、融合しているものであるという前提に立ってダンスを作ることを拒絶し続けた。それがダンスにとって、普遍的な方法論であるからそうしたのではなく、ダンスの一瞬一瞬のフォルムと形態が、この融合を拒絶している証しであり続けようとしたからである。

師の室伏鴻と鈴木ユキオを結ぶ核は、このコトバとカラダの融合を拒絶する意志においてであるかもしれない。と同時に、彼は室伏鴻が突然の「死」によってやり残した、或いは、開示しようとしたところの領域にまなざしを向けているのかもしれない。それは今回、天使館というスペースで行われた『ダンス現在』において、彼のダンスに立ち会った時の最初の印象である。それは、室伏鴻と共有された部分と、もはや共有されえない、鈴木ユキオ自身のカラダの中から出てくるものの相違である。
天使館は縦5メートル、横7メートルほどの長方形の空間であり、その5m のところは高さ2メートル弱の鏡面である。普段はその鏡面は開いているが、このパフォーマンスにおいては、前半部、白い布で覆われ、天使館の全壁面の漆喰の白と共に、全体が白の空間である。床面は生の桜の木。15名ほどに限定された観客は、横の7メートル幅の面のところに間隔を持って座る。観客から見ると左側が鏡面の壁で、右側には、小型のグランドピアノが置かれ、コロナのために部屋はクーラーを効かせ冷え冷えとしている。ほとんど暗転状態の中を上手より入り込み、正面の7m 壁面の中央に板付く。ダンサーは透明の生灯りに、うっすらと照らし出される。

右手、左手、脚、足、首の、鋭い輪郭を持った動きが、断続的にカラダから放射される。足の爪先が下方空間を突いた瞬間に、それは後方に引き戻され、その途中で、引き戻された足を中心に180度向きを変え、途中で素早く二つの肘が別々の方向に向けて、空間を撃つ、と同時に体がふっと浮かびあがって、1メートル先に滑るように無音で着地する。右膝が空間を下方より突き、下すと同時に左足が左の空間の中に切り込む込むように蹴り上げられ、その脚を下ろすと、全身、天に打ち込まれる荒々しい釘のように垂直に伸び、そのまま緩やかな雷光のように全身が二重,三重鋭く曲げられ、床にしゃがみ込んで、瞬時、凍結する,,,

これは私の印象記であって、個々の動きの正確さは、全く問題にしていない。ただそのように私のカラダの中で、ダンサーの動きが現在も動き続けている。空に打ち上げられる花火が、薄明かりの天使館の中に突然、打ち上げられたかのようである。鈴木ユキオの体全体が、等身大の止むことのない、時間を消去した凍結した花火を、銅版画のような空間の中に刻み続ける。それらの動きは時間とともに、強さを増してゆくように見える。私の眼といえば、もうすでに左眼は加齢黄斑症のため、ほとんど見えず、節穴から世界を右目でのぞきこむように、ダンサーの動きを追っているに過ぎない。だから目に見えるものは、大ざっぱな輪郭以上のものではない。にもかかわらず、私の心臓はその動きの鋭さにことごとく反応する。彼の顔と目の表情をもっと正確に見たいと思う。その時には、眼を細め、視力を5倍ほど強め、その一点に力を込めると、一瞬、彼のまばたきと黒目、白目の動きが私の網膜に焼きつけられる。彼は目を見開いていた。ほとんどが白目で、わずかに上瞼のところに半分黒目が見えている。その表情は土俵際で力士が最後の力を振りしぼる瞬間に似ている。相撲であるならば、それは短時間のうちに終わる。勝ち負けがない、勝負事でもないダンサーの顔の表情は、外には向いていない。そのダンサーの眼の動きは、全身の動きをのみ込むようなブラックホールである。

それにしても、一体彼はなぜ、あの1時間動を動き続けたのであろうか。あの『不完全なライブ』で現れ出た運動の中には、何かを成し遂げるという目的が込められていたのであろうか。農夫が田を耕すのは、そこに野菜や果物や穀物が育つという、収穫とひとつに結びついているはずである。あの1時間の動きが一体どのような収穫への思いを込めて、動かれたのであろうか。それとも、あのソロダンスの動きは収穫を求めない、単なる純粋運動の連続なのであろうか。

10人の人間が同時に一つの的に向かって弓を絞って矢を放つ。当たる矢もあれば当たらない矢もある。しかしそこで共通しているのは「弓糸をはじくという行為」であり、そのことによって、一つの的に矢を打ち込むという結果である。もし、この10人の人間が弓に矢をつがずに、弓糸を引いて、ただ弾いただけであるなら、そこに八つの振動が、妙な八つの音による「不協和音的なメロディ」を生み出すだけである。人を殺害する弓も、矢をつがなければ、音楽を生み出す一つの契機ともなる。鈴木ユキオは矢をつぐことを断念した弓糸による振動体験だけを求めたのであろうか。あるいは最終的には、そこに矢をつぐうとしているのであろうか。彼の1時間の動きは、そこに弓矢をつぐるなら、十分に何者かを殺害するだけの凶器ともなりうる。弓に矢をつかずに、はじく行為そのものの中に何者かを発見しようとしているのであろうか。
ダンスという純粋運動に、ある種の物語性をまぶしたり、或いは音楽体験をまぶせたり、或いは感情の表出と結びつけたりするならば、ダンスは身体の振動という弓に、矢をつぐことになるであろう。

弓に矢を継がない、純粋な振動を体験としての身体とは、一体何なのであろうか。私見によれば、土方巽というダンサーが生涯の半分を賭けたのは、弓であるならば振動をする弓の「糸そのもの」を切断し、もはや一切の存在性から、振動性を抜きとる行為であったと思う。なぜそうしたかといえば、ダンスをダンス以前のところから始めるには、無為の根源から始めなければならなかったからであろう。しかし、土方巽がそれを試みたのは『肉体を反乱』という彼のソロ公演までのことだとである。このことはしかし、土方巽を師と仰ぐ室伏鴻においては、どうだったのであろうか。ある意味で室伏鴻は土方巽以上に、土方巽たらんと、意志したダンサーである。土方巽はタンゴ、ルンバ、サンバを踊るならば、それをものの見事にやってのける。ショパン踊るならばショパンの音楽の本質を的確に掴むダンサーである。しかし室伏鴻が土方巽に見たのは、弓糸を切ることによって、ダンス以前のダンスの、一切の音楽性を排除した鉱物質なオブジェ的身体であった。晩年、室伏はば磨き上げられたアルミ板とデュエットを繰り返し行った。しかし鈴木ユキオはその切れた弓糸を、自分の手で結び直した。なぜそうしたのか。室伏鴻の身体の中に存在した、振動という可能態を一つの事実体に変えることによって新しいダンスの地平を開こうとしているのではないのだろうか。

四足の猿人から、直立の二本脚て歩く類人猿に移行するまでに、例えば、アウストラロピテクスは4千5百万年の時を、生きた、いわばタンスし続けた。この「直立に立つ」という一つの「振付」を完成させるために、4千5百万年をかけたのだ。これほど貴重なことがあろうか。弓から矢を外した身体から生まれるものが、そこにある。なぜなら、それによってホモサピエンスは地上に新しい生を見いだすことができたからである。アウストラロピテクスの四千五百万年がなければ、現在のホモサピエンスは存在し得ない。ホモサピエンスはこれから。4千5百万年かけて、もう一つの「振付」を完成させなければならないのである。鈴木ユキオの『不完全なライブ』とは、その一つの先駆けである。