桃のお節句

3月3日、桃のお節句、叡と結婚して55年。

昨年の3月3日。笠井叡新作・天使館ポスト舞踏公演『牢獄天使城でカリオストロが見た夢』世田谷パブリックシアターで初日を迎えた日。それは新旧の天使館メンバー17人が出演した天使館として初の記念すべき公演だった。いつもは制作側にいる私も、その日は出演者のひとりとして車椅子に乗って舞台上にいた。忘れがたい思い出の日。

同じ日、拙著『畑の中の 野うさぎの滑走 一匹のトカゲが 焼けた石の上を 過った』が上梓され、パブリックの楽屋に真新しい本が届く。制作してくれた若い編集者たちの温かい心がこもっている本。何と嬉しいことだろう!

アートディレクター榎本了壱さんが『畑の中の〜』を、3月28日のFacebookで拙著を紹介してくださった。

「………笠井久子さんの日記。2008年3月からのものだけれど、何度も過去の記憶にフィードバックするから、久子さんの全記録(抄)に近い。夫で舞踊家の叡さん、3人の息子(爾示、禮示、瑞丈)たち、大野一雄、土方巽らの舞踏家、舞踊家、数多のアーティスト、文化人たちとの濃密なエピソードの数々。ドイツでの出来事。叡さんの舞踊活動を支える協働の日々。雲母の上に描かれた手紙のように、透明に重層的に綴っていく驚き。表紙カバーには小さな扉がくり抜かれている。これは笠井さんの国分寺のお家の扉で、その原型は、北鎌倉の澁澤龍彦邸にある。3月3日の発行日は、久子さん、叡さんの結婚記念日。恥ずかしながら偶然にも、私の結婚記念日でもある。」

そして、今日の3月3日。あの日も、春の光が満ちあふれた暖かい日だった。羽織袴の大野先生と留め袖姿のチエご夫妻に結婚の証人になっていただき結婚し………式に参列くださった澁澤龍彦さん、矢川澄子さん、土方巽さん、吉岡実さん、加藤郁乎さん………もう疾うに、みなさま旅立たれ………あれから55年………私は今日も水平・垂直(半分寝たきり)生活をしながら、春の美しい青空を眺めている。

さまざまな事おもひ出す桜かな   芭蕉

 

三月一日

三月一日。四谷二丁目にある実家の菩提寺愛染院に、ミツの車に乗って、アキラとなおかと一緒に四人でお墓参り。卒塔婆をあげてもらい、持っていった花をいけて………親不孝な娘の私。次はいつ会いに来られるだろうか………? 帰り久しぶりに祖父母の代から続いている老舗「天ぷら 船橋屋」(今は4代目)で昼食。お隣の、やはり老舗喫茶「ローレル」でお茶。私の娘の頃と少しも変わらない昭和の雰囲気。懐かしい!
去年、水平生活になった時には、もう二度といけない、と諦めていた新宿の街………望外のよろこびの春の一日。

夜、ネットで、共同通信の速報記事を読む。「広島市教育委員会が、市立小中高校の平和教育の教材から漫画「はだしのゲン」を削除する方針を決めた問題で、69年前の3月1日に米国のビキニ水爆実験で被ばくした第五福竜丸の記述もなくすことが1日、市教委への取材で分かった。」1954年3月1日に第五福竜丸の久保山愛吉さんは被爆した。

私たちの国は、どこに向かっているのだろうか?

 

「白バラの祈り」ゾフィー・ショルの言葉………私のノートの覚え書きから

「So ein herrlicher, sonniger Tag, Ich soll gehen.

Was liegt on meinem Tod,

wenn durch unser Handeln Tausende von Menschen aufgerüttelt und geweckt werden.」

Sophie Scholl    1921 —1945

 

 

歩いて行く………

朝、目が覚めると、外はほんのり白みかけているが、天井はまだ闇が勝っていた。2階の書斎で謡の稽古をしているアキラの声が聞こえ……うとうとして、再び目覚めると、天窓をの向こうに2月末の真っ青な空が見えた。

お昼前、リハビリのミルノさんが来る。血圧を測ったもらうと異常に低いという……朝からカラダがだるいのはこのせいかしら?少々ふらつくけど、ミルノさんにサポートされて外に出る。お向かいの家の路沿いに小さな黄色い水仙の花が並んでいる。その先は出来上がり寸前の新築の家………その先の家の前には、色とりどりのすみれが溢れているプランター………毎日歩くところは同じだけど、毎日新しく初めて出会うものばかり………歩いて行く………歩いて………行く………

 

あれから一年……まだまだ続く。

今日で、ロシアによるウクライナ侵攻1周年。あれから、信じがたいこと、痛ましいこと悲しいことが多くありすぎる………みんな、日本人、ウクライナ人、ロシア人、トルコ人……何々人、何々人なんて、イチ辞めた!と一斉に叫んで………みんながみんな地球人だぁ〜いのちに区別・差別なし。みんな同じだぁ〜………と大声で叫んでいる自分を、ベット上でうとうとしながら夢想していたら、玄関からリハビリのヤマダさんが元気に入ってきた。あっ、忘れていた、今日はリハビリの日だった。私の要介護5の生活ももうじき一年。

花ぐもりのなかを、史跡公園から七重の塔、桜の園(私が勝手につけた名前。桜の芽が膨らんでいる)を一巡り、ヤマダさんと歩く。私の娘と言っていいくらいの若いリハビリの先生が、歩きながらボッソと「どうして人は戦争するのでしょうね?誰も望んでいないのに………」と言った。私が心の中で(そうね、どうしてでしょうね……)と呟いていると、「はい後ろから車が来ましたよ」と言って、そっと私の肩に手を置いて、注意を促してくれる。背中に温かいぬくもりが広がった。

夜、藤村の『夜明け前』の続き(皇女和宮の降嫁から)を読む。まだまだ夜明けは遠い。

 

 

 

 

 

燃える窓枠

天窓から夜明けの光が差し込む。昨日の朝の光とはまったく違う。窓枠が燃えるような朱色の光で照らされている。空気は冷たい。首と肩が冷え切っている。布団が重たい。窓枠の燃えるような朱色の光は決して優しくない。鋼鉄のような意志で私を見ている。私は粘土の塊のような自分のカラダを探るように、首を伸ばし、頭を左右に曲げ、氷のような足の指先を動かしてみる。光の意志が私に起きる力を与えてくれる。

 

 

 

藤村『夜明け前』をのろのろ読みながら………。

午前中、チアキさんからメール。アキラのオイリュトミー初伝講座(何年経っても初伝だ)に天使館にくるから、ちょっと顔を見にくるという。どんな情報が聞けるかな?

午後、ヘルパーのオガサワラさんが庭を見て「椿が咲いてる……あれはボケかしら?」と言っている。ベットにいる私からは見えない。あっ、鳥が2羽飛び去った。

チアキさんがシフォンケーキを持って、玄関から入ってきた。フェミニストの彼女の話はいつも刺激的。昨今の情けない日本の政治家たち……防衛費増額から外交問題まで、彼女の頭の回転についていくのがやっとだ。今は、錠剤での妊娠中絶を認可するように運動していうとか。小柄で優しい彼女のどこにそんな熱いエネルギーが隠されているのだろうか?

私はノロノロと藤村の『夜明け前』をまだ読んでいる。私の頭は100年以上前の日本を彷徨っている。いつになったっら夜が明けるのだろうか……?

雪の日の翌日、相模湖までドライブする。

春の雪の翌日は、いつも快晴。わぁ〜何処かいきたいなぁ〜、と思わず自分のカラダを忘れる。暖かいベットの陽だまりで寝そべっていると、ミツがやってきて「20分ぐらいしたら、ドライブに行こう」と誘ってくれたので「丁度、散歩に出ようと思っていたところなの」と言うと「絶対にひとりで外に行ってはダメ」ときついお達し。

本当に不便なカラダになってしまったなぁ………嘆きいじけて哀しくなる、でもグットタイミング、ぐずぐずしてはいられない。新鮮な外の世界に向かって、エィ!と、でんぐり返しをする。

国立インターから相模湖方面へ………フロントガラスの前方に見える山並み、ガラス窓の細い隙間から入ってくる風………早すぎる春の陽気に包まれて、カラダをリクライニングした車の助手席に委ねていると、心の中で………不便なカラダになってしまった、なんていじけた自分が恥ずかしくなってくる。

もうじき、お雛様。桃の節句だ。亡き母が座敷に桐の箱を持ち出して、赤い毛氈の段々に一つ一つ丁寧に箱からお人形出して並べるのを手伝った嬉しく楽しかったあの頃。

今ドイツはファシングフェストが始まる頃。復活祭に向けて40日間の受難週(断食)に入る前に、大人も子ども、老若男女みんな一緒になって飲んで食べて仮装して、春の到来をお祝いするカーニバル。レイジとミツに大きな水玉模様のピエロの衣装を作ってあげたのを、つい昨日のことのように懐かしく思い出す。

『青いチョウチョウ』  ヘルマン・ヘッセ / 高橋健二訳

小さい青いチョウが

風に吹かれてひらひらと飛ぶ。

真珠母の色のにわか雨のように

きらきらとちらちらと光って消える。

 

そのようにたまゆらのまばたきで、

そのようにふわりと行きずりに、

幸福が私をさし招き、きらきたと

ちらちらと光って消えるのを、私は

見た。

 

 

 

 

落ち込む

春めいた穏やかな日。午前中、ヘルパーのヤマウチさんが掃除、洗濯干し、ゴミの整理………諸々の介助に来てくれた。今まで私がやってきたことをやってくれる。ありがたい………私がやるべきことなのに!と思うが、できない。ヤマウチさんが働く側で 私はベッドに寝てiPadで藤村の『夜明け前』を読んでいる。こんなことをしていていいのだろうか……と落ち込みかけていると、ヤマウチさんが「はい、お水を飲んで。お隣さんの白梅、咲き始めましたよ」と氷入りの冷たい水を持ってきてくれた。

あゝ美味しい!…………私のやるべきこと⁉︎…………今や世界は昏くなりつつあり……だから、日々を美しく愉しく生きていかねば。

「よろこびと苦しみとが、同じくらいの感謝の思いを生じさせるならば、神への愛は、純粋である。」    シモーヌ・ヴェイユ/田辺保訳

 

 

 

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新しいカラダ

立春………春めいて………と言っても、私の生活は変わらない。外歩きは、リハビリの介護士さんと週2回、アキラが時間がある時に一緒に歩いてくれる。何時も45分から1時間。1人で外出することはできない………不便なもんだ! でも、天使館で行うダンス公演には5メートルも離れていないので観に行く。他の公演や展覧会も、家のものが車で行く時は、お願いして便乗する。何と贅沢なことだろう、と思う。

去年の春まで、やりたいことは自分でできた。自分で自分を支えられなくなり、次第にカラダがでんぐり返って立てるようになると、カラダも心も新しくなっていた。慣れ親しんでいた風景も、詩も、音楽も、踊りも、人々も………初めて出会ったかのように新鮮に心に入ってくる。頭の中もスッキリとシンプルになり………今、私は、多くを人に委ねて生きている、感謝を込めて。

 

 

 

 

『川口隆夫 大野一雄について』を観る

私は、いつもアキラに怒られる「人は、そんなに自分の思い通りにならないんだよ」と………心の中で、そんなことは分かっている、と思わず言いかけるが、待てよ、自分のことは分かっているようで分からないものだ、と思い直す。

先日、諏訪淳「眼窩裏の火事」展覧会場にて特別開催『川口隆夫 大野一雄 について』を観に、なおかさんが車で府中美術館に連れて行ってくれた。雑木林の遥か遠くの空が茜色に染まるころ、美術館前の林の中に、川口さんが出没。戸外と屋内とたっぷり2時間。物質的カラダを失っても尚、おどり続けられる大野一雄先生の魂は、ひたすら大野先生の動きをコピーして差し出す川口さんのカラダに、彼方の領域から降りて来て、するりと入った。ナンシーの舞台で聴いた壮大なパイプオルガンの響き。懐かしいピアノ曲の数々………当時の観客の熱気のこもった拍手……でも、今私の目の前で次々と踊られる隆夫さんの踊りに熱気あふれる生々しさはない。張り詰めた静寂の空気の中で、ただひたすら美しい!不可思議な舞台。

会場で懐かしい方々にお会いできたのも嬉しかった。なおかさんありがとう。

今日は1時間アキラと外歩きする。もう春の香りがいっぱい。言葉を探し、歩いて、読んで、音を聴いて………みんなに支えられて………感謝して………おやすみ………。

 

 

 

 

 

美しすぎる冬の日は…………

今日は、リハビリの日。11時にミルノさんが来てくれる………美しい晴れ日なのに、美しすぎて、外に出たくない………朝から背中に根が生えて、ベッドから起きられない……どうしよう。

グズグズしているうちに、玄関に明るい声「こんにちは」………あっ、ミルノさんだ。今日は、体が重いので……疲れているので……心の中の囁きを聴きながらも、一方で、明日という日は無い、と囁いている。よし、勇気を出して………。。

外に出ると、あぁ気持ちがいい光と風 ミルノさんありがとう、と心の中で呟く。

午後、最近ヘルパーのお仕事を始められたミナコさんが電話をくれた。規則正しく静かに暮らす100歳の一人暮らしの老婦人のことを話すミナコさんの声を聞いているうちに、からだの中で固まっていた私の心がだんだんほぐれてくる。ミナコさんありがとう。

寝る前に、ヘッセの詩を読む。

「慰め」 Glück                    高橋健二訳

数多くの生きて来た年々が

過ぎ去り、何の意味ももたなかった。

何ひとつ、私の手もとに残っているものもなく、

何ひとつ、私の楽しめるものはない。

 

限り知れぬ姿を

時の流れは私のところへ運んで来た。

私はどれ一つとどめることができなかった。

どれ一つとして私にやさしくしてくれなかった。

よしやそれらの姿は私からすべり去ろうと、

私の心は深く神秘的に

あらゆる時を遥かに越して、

生の情熱を感じる。

 

この情熱は、意味も目あても持たず、最近の一切を知り、

戯れている時の子どものように

瞬間を永遠にする。

 

 

 

 

大寒

目が覚めると、天窓から朝日が差し込んでいた。雪ではないのね……昨夜の天気予報では、都内でも夜半には雪……日本中が厳しい寒さに見舞われる……と。

長男が生まれた1970年の1月も極寒の日々だったのを思い出す。出産予定日は、モーツアルトの誕生日1月27日とあって、ぜひその日に、と密かに期待していたのに見事に外れ、アキラも出産のためにオフにしたキャバレーの仕事も致し方なく再開し、立春の日に東北に出かけてしまうと、その夜、やっと陣痛が始まった。以前、義母の君子さんが「障子の桟が見えなくなるくらいまで我慢して……」と、言われていたのを思い出し、波のようにやってくる痛みに、不安と頑張りがないまぜになった極寒の冬の一夜を過ごし、しらじらと夜が明ける頃、近所の産院で男の子が生まれた。

節分の日。春の始まり………とはいえ、さあそれから1ヶ月が大変。寒い夜中の慣れない授乳。寒さと眠さとの闘い。子育てってこんなに大変なんだ……春が待ち遠しいな………でも、私の体内にいた赤ちゃんは、世界を全幅に信頼して私の隣で眠っている。今、全く無力のこの子を護ってあげられるのは、私だけと思うと愛しい気持ちが私の体を満たす。

昔も今も、戦争時でも平時の時でも、命の誕生の痛みと喜びは変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

27年前の今日

コロナウイルスが世の中に浸透し始めてから3年経つ。初めは……緊急事態宣言……外出自粛……ディスタンス……ディスタンスの日々。外に出るのが怖かったけど、今は人間が怖くなってきた。

食事介助のヘルパーさんが「今日は、阪神・淡路大震災が起こった日です。あれからもう27年経つんですねぇ」と考え深げに教えてくれた。そうか、あれは27年前のことか。

その時、私は、アキラとレイジと女性ダンサー1人と4人で、ドイツのザクセン州大学都市ゲッティンゲンに滞在中だった。ホテルのテレビの画面から次々と流れてくる映像を観て、何やら日本が凄いことになっている⁉︎………初め、ホテルの部屋の椅子に座ってテレビを観ている日本人である自分と日本の阪神地方を映す凄まじい映像が、私の中で結びつかなかった。

それから3ヶ月後の3月に地下鉄サリン事件が起こった。その時も、私はドイツのシュツットガルトのホテルの部屋でテレビを観ていた。次々と地下鉄の階段から担架で運び出されてくる人々………毒ガスが空から撒かれるのでは………家族は大丈夫だろうか?………一緒に同行した私たち日本人は、いろいろなことを想像しては、ドイツと日本のディスタンスはどうにもならず、ひたすら家族の無事を祈ることしかできなかった。

あれから27年。世界はどう変わっただろう。自然災害、テロ事件、民族戦争、難民問題……地球を覆うコロナ禍………闇に向かって傾いた地球星………何処に向かっていくのだろう。

今年の大寒は1月20日……続いて……立春、雨水、啓蟄、春分………季節は巡り………今、我が家の中庭の草木は、じっと我慢して春の光を待っている。

 

 

 

心の中にさまざまな時間が流れている。

朝が明けるのが日に日に早くなる。

昨日の午前中、ニューヨークのヒメナとシゲさんがやってきた。何年振りだろう。アキラの舞踏学校に入学するために、初めて日本に来たヒメナは、確か22,3歳だったから……もうあれから20年経っている。彼女のパートナー・シゲさんがアメリカに渡ったのは、30年前だそうだ。コロンビア人のヒメナと日本人のシゲさんは、当時全くの無法地帯だったブルックリンでダンススタジオ“CAVE ”を立ち上げ、以来、2人でダンス活動を精力的に続けている。私たちも”CAVE”に何度訪ねたことか。

シゲさんに「最近のブルックリンは如何?」と聞いた。「僕が住み着いた頃は、酷くて、怖くて、汚くて。アキラさんたちが来てくれた頃は、カジュアルな街で住み易かったけど、今は、お金持ちの街。高層ビルがバンバン建ち、”CAVE”はその谷間で30年前のまんまです」。まるで絵本の『ちいさいおうち』みたいだね………最初、ヒメナと国分寺であった時、彼女は「私の想っていた東京は、こんなじゃなかった」と、大粒の涙を流して泣いていたっけ……ずいぶん時間が経ったけど………気持ちはあの頃と変わらない。また会えて嬉しいかった。

今日は3月の陽気とか。アキラは名古屋のWSに出かけ………レイジから「ジェフ・ベックが死んだ!ショック」とラインが入る。レイジの嘆きは如何許りか。78歳。私と同い年。

夜、藤村の『夜明け前』の続きを読む。あれやこれや心の中にさまざまな時間が流れている。

 

『シュタイナー哲学入門』を読む。

美しい日。朝食後、アキラが私の枕元に、少年合唱団の曲を入れた小型CDラジカセをおいて、市役所に出かけたので、しばらくの間、ガラス窓を通して差し込む冬の暖かいひだまりの中で、手、脚、頭………を動かし………あぁ気持ちいい、と思った時、気がついた。今日は成人の日。市役所はお休み! アキラは市役所に着くまで、今日の祝日に気がつかないだろうなぁ〜。でも、暖かい晴れ日だし、歩くことは何より良し。心配無用。

静かな時間。何度も読み返してきた高橋巖先生の『シュタイナー哲学入門』を、再び読了する。

2023年が始まって、いよいよノロノロになっていく私の体と頭の働き。でも『シュタイナー哲学入門』の新入生になる度に、心の内で新しい自分と出会うことができるから、何度でも入門する。

夜は、藤村の『夜明け前』の続きを読もう。今を生きるのにこんがらがってしまう私の頭を、19世紀末に生きた人々が見えない光で私の道を照らしてくれる。嬉しい。

生きるって素敵なことだ!

 

 

 

 

 

七草爪

今日は七草。朝食に生協で注文しておいたインスタント七草粥セットを食べる。

YouTubeで、シュッツの「十字架上の七つの言葉」を聴きながら新聞を読む。聴覚がどんどん怪しくなってきた。幸い、器械から流れる音は鮮明に届く。視覚も全くもって自信がない。だから、新聞を読むのも大変だ。おまけに、私のマシュマロのようにフニャフニャで幼児のように小さい手には、大きな新聞紙面は手に余る。大きく広げた一枚の紙をガサガサと床に落とす。でも、面白そうな見出しが目に入ると読みたくなるので、自分で自分が可笑しく思うような格好で、読む。

今日の記事から………「レンタルなんもしない人」というサービスがあることを教わり………今日は「七草爪」の日。爪の「切り始め」で邪気を払う日。グットタイミング、きょうは、私のサボテンさんの棘のように伸び切った爪を訪問看護師さんが切りにきてくれる日。

七草粥も食べたし、爪も切ったし………ふにゃふにゃの小ささな自分の手の形を眺めていると、なんと愛らしく可愛いことよ!と、愛おしさにみたされ、だんだんカラダが春めいて………明日も美しい日がやってくるだろう。

 

今年の私の課題『踊り子になる』

お正月ですもの、せめてお餅が食べたくて……小さく刻んでお雑煮に入れて、ちょこっと食べたら(もちろん内緒で)、老人介護の経験のあるレイジに「毎年お正月、喉にお餅を詰まらせてなくなるご老人が何人いると思うの!」と言われ、こっぴどく叱られた。 初春早々初黒星。

昨日、訪問看護医の佐藤先生が今年初の定期検診に来て下さった。長年服用してきたリウマチ薬をやめて、足のステップ、腰をくねらせたり回したり、背中を反らしたり曲げたり………体を動かすこと、という指示をいただく。そこで、今年の私の課題は『踊り子になる』に決めた………できるかな!?

指先から次第に力が失せていく。包丁が握れない、青菜が刻めない、じゃがいもの皮が剥けない………料理ができない………できない尽くしの私に代わって、80歳を前にアキラがまな板の上で青菜を刻み、慣れない料理をしている。ヒサコは居間で、バッハの「ゴールドベルク協奏曲」に乗って………踊っている。

 

 

 

やっぱりノロノロ!

やっぱりお正月から私のリウマチ車は、ノロノロだぁ〜。

今日のやったこと。日頃欠礼している方に年賀はがきを15枚書く。一人一人のお顔を思い浮かべながら、筆で住所を書いた。変形した指には、万年筆、ボールペン、鉛筆、すべてダメ。字を書くなら筆ペンがベスト、と分かったときは嬉しかったな。自分の書いた字を見て……ナカナカ、イケルジャン⁉︎………と自画自賛する。下手な字でも心を込めることができる.楽しいことが増える。

藤村の『夜明け前』の続きを読む.半蔵の結婚の祝儀のところ。脱線して、妻籠と馬籠の地図を調べる。面白い。まだまだ序の口。最後のページまで行き着くだろうか?

 

 

 

 

2022年から2023年へ。

暮れの29日に、すべてを放ったらかして、家族全員7人が2台の車に分乗し、2泊3日の旅行に出る。行き先は箱根仙石原。キッチン付きの貸別荘。3日分の食料、寒さ対策の毛布、小型ストーブ、レイジのギター………私の車椅子。

3年前のStuttgart 旅行が初めての家族旅行。その時、再び7人全員で旅行できるとはよもや思わなかった。その後世界はコロナ禍とウクライナ戦争………世界はだんだん暗くなり………でも、また家族旅行が実現した.楽しかった、面白かった、嬉しかった!………でも、また次があるだろうか?

キット、アルヨ、ヒサコサン。

そして今日.新しい年がやってくる。自分の体が崩壊していくのを自分で見つめながら愉しく生きるって、どうしたらいいの?と自分に問いかけていたら……ジブンニショウジキニ………と言う声が、ふっと頭の中を過った。

カーテン越しに差し込んできた元日の清々しい光を眺めながら、ぬくぬくと暖かいおふとんからなかなか出られなぁ〜い。相変わらず、弱虫だなぁ。でもいいの、私は私のペースで。ノロノロいこう。

すべての人に美しい日々が訪れますように。

明けましておめでとう!

 

お日さまと追いかけごっこ

大晦まであと4日。冬至、クリスマス………お日さまと追っかけごっこの毎日。私は何時も、みんなより3周くらい遅れてノロノロ歩いている。

クリスマス前、友人に小さなシュトレンをプレゼントしたいと思い、ネットで注文。送信したつもりが届かなかったことが判明。理由はわからない。楽しいことを思いついても実行できない………カナシムコトナイヨ、ヒサコサン………。

23日、キャブでアキラと鎌倉文学館の『高丘親王航海記』展に。お亡くなりになる直前まで、澁澤さんが奥さまの龍子さんと交わされた筆談メモ「サトイモがたべたい……ポテトサラダもいいな………」続いて、次の小説の構想、主人公の名前などなど。それから間も無く、読書中に一瞬にして彼方の世界へ。「生」がそのまま「死」に移行して、今も生きている澁澤さん。あの懐かしいしゃがれ声を聞いた。会えてよかった。嬉しかった。

25日。二人の知り合いから、お身内の訃報が届く。

26日。リハビリの看護士ミルノさんと史跡公園を一周り。小鳥の声、カラスの鳴き声………陽射しの中は暖かい………日陰は冷たい………あっ、突風。おお寒い………。

今日。前から気になっていた島崎藤村の『夜明け前』を青空文庫からiPad に入れて読み始める。面白い。私の頭のなかは、150年前日本の未来に向けて揺れ動く木曽路の人々の心と一緒にいる。

 

 

 

 

チカコ先生の本「ひとりのときに」

昨日、高橋茅香子先生から新しく出されたご著書「ひとりのときに」を頂いた。早速、読み始める。一つ一つの言葉が私の体の隅々に、真っ直ぐに入ってくる。

茅香子先生の翻訳塾の扉が開くと、目の前に広大な大海原が広がっていた。その大海原に向かって、先生は自由に楽しげにスイスイと泳ぎだす。気がつくと、私もふわふわユラユラとあちこちに目をとられながら泳いでいる。私にとって初めての海。深く、温かく、冷たく、優しく、厳しく、穏やかな、時に、荒海。随分長いこと泳いでいたなぁ。毎回の課題提出に悪戦苦闘。でもいつも新しい海に飛び出すドキドキ感が好きだった、嬉しかった。楽しかったなぁあの頃。私は先生から、何と多くの宝物をいただいたことだろう。言葉にするのは難しい。

私がいただいた宝物の一つ。生きることは、真に言葉に向かうこと、決して疎かにしないこと。

美しいご本「ひとりのときに」に感謝と愛を!

 

いつの間にか歳を重ねて………。

一昨日、すんなり77歳を通り過ぎて、今日はもう78歳になっている。

その前の前の日、上村なおか(ダンス)×島岡多恵子(ピアノ)『of 』を観る。動きと音……純な青と茶……混ざらず…溶け合って………思い切って来てよかったな。冬の夜空にコールドムーンが静かに浮かんでいた。

そして昨日、禮示の初の舞踏公演『一つの魂、二つの受肉』を天使館で観る。オイリュトミーとダンス……混ざらず溶け合って………。

今日。お昼前、サンルームのように暖かい部屋から、えい!と心の中で気合を入れて外に出る。冷たい風がスゥーと体を通って吹き抜ける。カートにつかまり歩き出すと、高みから冬の暖かいお日さまが私の体を包んでくれる。

静かな、冬の一日。

 

サッカーの話

サッカーについては全く無知の私でも、ベッケッンバウワー、リットバスキー、ルメニゲ、シューマッハ………などの名前ぐらいは知っている。1980年代、家族でStuttgart に住んでいた頃、3人の息子たちのお喋りによく登場した名前だからだ。彼らも、今や、50歳前後のオジサンたち。でも、3人よると、何時も子どもに戻る。

先日、珍しく我が家に集った3人。サッカーの話題で盛り上がった。

………週末になると、よく、ネッカースタジアムに行ったよね………そうそう、1番安い3マルク席…………5ペニッヒ(5円)の辛子パン(1番安い、ソーセージ無しのホットドック)を食いながら…………ヘェ〜そんなパンあったの?(と私)………結構美味いんだ、これが…………サインをくださいと手紙を書いて、受付のおばさんに渡すと、忘れた頃に、チーム全員のサインとアドレス入りの写真がきた!………早速、3人でリットバスキーの家に行って玄関のベルを押すと、奥さんが出てきて………そうそう、本人はいないけど、ぼくたち一人一人にサイン入り写真をくれ………嬉しかったよね………それから、ネッカースタジアムの試合後に、外に出てきたベッケンバウワーにバッタリ。覚えてる?思わず手を出し、握手しちゃたね。おまけにサインも貰った。けどあの時レイジはいなかった。なぜ?……ぼくは、学校でバイオリンの発表会だったんだよ。家に帰って話を聞いて、ぼくだけサインをもらえなくて、悔しくて悔しくて、一晩中ゴネたら、アキラさんが出てきて、どうしたと思う………よし、オレがサインしてやる、と言って、紙にーFranz Anton Beckenbauerーと、スラスラと書いてくれた。それでぼくのゴネは収まった……さすがアキラさん「太陽がいっぱい」のアラン・ドロンばりだ!………と、チカシとミツと私、今初めて聞いた話に呆れたり、笑ったり、話は尽きない。

今年は、初めて日本がドイツに勝ったとか。サッカーファンにとって、それがどれほ凄いことなのか、私には分からないけど、みんなの話はこよなく懐かしく、愉しく、嬉しい。

そこで思い出した生前の澁澤龍彦さんのこと。「戦争の勝ち負けは、スポーツとかジャンケンがいい」と、言われていたとか⁉︎   アキラ父さんの偽サインの発想もさることながら、戦争の勝敗をスポーツとかジャンケンで、という発想も面白い。さすがシブサワさん!

悲しいことに、今日のスポーツ界も何もかも暗雲飛び交う曇空。全き青空にお住みのシブサワさん、さぞかしお嘆きだろう。

 

 

2022年12月1日

今年4月中旬、突然、水平生活を余儀なくすることになった時、あゝこれで全ておしまい………もう舞台で踊りを観ることはないだろう………と、諦めてみたものの、私の命を運ぶリウマチ車は修理不可でも、命はまだまだ………と、どこかで誰かが言っている。よし!では、すこしづつ、水平から垂直を練習して………ついに、私は、諦めていた11月の公演『DUOの會』と『カルミナ・ブラーナ』を観ることができた。嬉しかった。とは言うものの、コロナのおかげで、アキラは出演を降板せざるを得なかった。

半世紀に渡っての公演活動で、アキラが舞台を降板したのは初めて。何が起こっても致し方ないとはいえ、それもコロナ故とは、さぞかし無念なことだっただろう。自然界も人間界もすべてが病んでいく………崩壊していく…………。

そして、今日は12月1日。今年最後の月。やがて、クリスマスがやってくる。深い闇のなかに温かく、美しい光りが灯りますように。

 

濃密な時間

いよいよ今週、来週と、吉祥寺シアターで二つの天使館主催公演が始まる。

笠井叡『DUOの會』と新作『カルミナ・ブラーナを踊る』の二つ。いやはや、半世紀以上前からアキラの公演に携わってきた私にとって、私のリウマチ車が崩壊寸前の今になって、こんな濃密な時間がやってくるなんて………!

毎日、私の水平・垂直生活とアキラのダンス生活が同時並行で動いている。同じ時空間(つまり私のベットがある居間で)の中で、ヘルパーさんがいたり、ダンサーがいたり、家族がいたり、看護医の先生がいたり、インタヴューの記者がいたり、食べたり飲んだり、話し合ったり……だんだん動きが鈍くなっていく情けないヒサコサンだが………先月MRIの結果、私の物質体はこれ以上修理修正は不可能という判断されて、何故か、心のうちがスッキリ、明るくなり……今からは、自分に最もふさわしいことをすること、と自分に言い聞かせた。

弱い自分と強い自分。水平から垂直へ。濃密な時間。今を深く生きること………頭の中がぐるぐる回り………眠くなる。いつも、美しい日でありますように。おやすみ

 

 

濃密な時間。長くではなく深く生きる。

 

 

 

 

 

 

「片山 健の油彩画展」に行く。

11月になってから、穏やかな暖かい秋の日が続いている。雑草だらけの中庭も植木のイノウエさんがすっかり綺麗さっぱりにしてくれた。葉っぱを落とし剪定した杏の木には、早速、シジュウカラが番いで飛んできて、何やら、チュチュと啄んでいる。明るい日差しを浴びて楽しそうだなぁ。

11月3日の祝日の朝、前から私が是非いきたいと心で願っていた「片山健の油彩画展ー濃密な記憶と懐かしい匂い」……でもひとりでは行けない………と心のなかで泣きべそをかいていたら、葛城真さんが一緒に連れて行ってくれると、車で迎えにきてくれた。わぁ〜うれしい!

ほんのり色づき始めた井の頭公園の木々を眺めながら武蔵野市立吉祥寺美術館へ。その日は片山中蔵さんのトーク「油彩画としての片山健を語る」がある。中蔵さんは、4年前、美しい言葉だけをそっと残して、サヨナラはいらないと言って、サッサッと青空の住人になった詩人片山令子さんと健さんのご子息。中蔵さんのトークを聞きながら………令子さんが会場に来ている………濃密な記憶と懐かしい匂い! 健さんの絵は、私の体をマグマのように熱くしてくれる。

この春「畑の中の野うさぎの滑走 一匹のトカゲが焼けた石の上を過った』という私の本を企画編集して出版してくれた葛城真さん。その本に光がこぼれるような美しい装丁を施してくれた片山中蔵さん。令子さぁ〜ん みんな一緒に歩いていますよぉ〜。

「この春の 花粉は、いつもの30倍といわれています。花粉彗星が地球に衝突するような騒ぎです。閉め切った私の部屋にも花粉は侵入し、私の水彩画にも花粉は塗り込められました。    片山 健 」

 

 

 

 

10月

10月の最後の一日。暖かな秋日和、キャブに乗ってアキラと相模原国立病院まで行く。今月3回目。1回目は一年前に予約した日。この予約日の半年前の4月、突然水平生活になった時は………あぁ、もう10月の予約日には行けない。もう膝関節を入れてくれた先生に診てもらくことはできない………いよいよ私のリウマチ体も終末期………などと、寝たきりで、悲しんだり、諦めたり、心細い日々を過ごすうちに………どうしても、体の中の命が動いて……3ヶ月後には、ひとりでヨチヨチ歩き出し………一年前の予約日に先生に診てもらいに行くことができ………でも、診察後「2週間後、頚椎のMRIを」と言われ………2週間後、再びアキラと相模原に………MRIの結果……水平生活がベスト………でも、カラダはどんどん水平生活に慣れ親しんで衰弱していく……でも、リウマチによる頚椎の変形を手術するのは不可能に近い………要するに、ヨチヨチ歩きでもカラーをしっかりつけて、細心の注意をもって、水平生活と垂直生活を続けること。というわけで、3回目の今日は、前回採寸した装具(カラー)の出来上がりと、一年後の予約日を決める。

思いがけず、アキラと一緒の相模原までの3回のドライブ。いつのまにか色づいていく街路樹を眺めながら……澄み切った秋空を遠くに望みながら………動くことは生きること………などボンヤリと想い巡らしながら我が家へ……

明日から11月………世界中に美しい温もりの日々が訪れますように。

 

 

 

八巻美恵さんの『水牛のように』を読む。

久しぶりの秋の青空。朝まだき、よちよちと歩いてキッチンまで出掛けていき、先日頂いた八巻美恵さんの『水牛のように』開くと、「塩をつける」という文章がとびこんできて………

「食べようと手に持っただけで、すでに酸っぱい。すぼまった口の中には唾液が充満しくる。梅干しではありません。夏みかんです。」

………えっ、夏みかんに塩をつけて食べるって?とビックリした。先を読み進めると、美恵さんは、7、8歳の頃「超」がつくほど夏みかんが大好きで、小皿にもった塩をたっぷりなすりつけて、一個まるまるひとりで食べて「唇は真っ白に膨れあがり、歯はギンギンに………でも、少女の想像上の麻薬の効果のように全身は爽快に」なったそうだ。わぁ、すごい! 美恵さんらしいなぁ。私とさほど歳が違わない美恵さん。温かくて、優しくて、ちょっぴりクールで、いつも私を安心させてくれる。

美しく、可愛らしく、温かい手触りの美恵さんのご本『水牛のように』。読んでいると美恵さんの日々のかけらが呼吸するように私の体に入ってきて、全身爽快になる。これから毎日、ねぐらを抜け出し、よちよち歩いて出かけていき、キッチンで美恵さんに会える。うれしいなぁ❣️

 

「バラ色ダンス」を観る。

昨日急に、青山のゲーテ・インティトゥートに川口隆夫さんの構成・演出の「バラ色ダンス」を、ミツが誘ってくれたので観に行くことにした。ぜひ観たいなと思っていたが、すっかり諦めていた。車での往復、車椅子に長いこと座っていられるか………いろいろ不安はあったけど、行ってしまった。なんといっても、タイトルが「バラ色ダンスー純粋性愛批判ー序章」ですもの!

私が土方巽さんの「バラ色ダンス」を信濃町駅の隣の千日谷公会堂で観たのは、私がまだ二十歳そこそこの頃。舞台で繰り広げられるダンサーの一つ一つの行為を、ただただ魅入っていた自分を思い出す。会場入り口に大鴉がいる籠があったり、舞台の袖では、裸体の男の背中に、絵師が色鮮やかに女陰を描き始めたり………何も何かもびっくり仰天。意味はわからないけど何かが深く詰まっている未知の芸術世界……世の中は、安保闘争、ベトナム戦争、学生運動……熱気あふれた時代だった………観る方も演じる方も真剣そのもの………まだ学生だった私が観た土方さんの「バラ色ダンス」面白かった。

そして昨夜、78歳を前にして、今日の「バラ色ダンス」を観ることができ、再び、舞台で繰り広げられるダンサーの一つ一つの行為に、びっくり仰天……いつのまにか習慣化していた私のものの見方に、バラ色の照明をあててくれた舞台。やっぱり、思い切って観に来てよかった。面白かった。

ローマから、レイジ3人組の本番無事終了とのラインが来た。いつでもどこでも新しいものが生み出されている。

静かな夜………「カラマーゾフの兄弟」の続きを読む。さまざまな思いが、こころのうちに去来してくる。

 

 

 

 

神さまのことを考える。

曇天の寒い日。リハビリのはるかさんに見守られながら、桜の園から史跡公園………国分寺の山門………お鷹の道……家まで、40分歩く。

スベェトラーナ・アレクシェーヴィチの『亜鉛の少年たち アフガン帰還兵の証言 増補版』(奈倉有里訳)を読む。1979年から89年まで「国際友好」という善意の言葉のもとにアフガン侵攻に志願したソ連の少年たちの証言。79年から89年といえば、ほぼ同じ時期私たち家族はドイツにいた………

同じ頃『ベオグラード日誌』の著者山崎佳代子さんは、旧ユーゴースラヴィアの民族紛争下のベオグラードでNATOの空爆を家族と共に体験し………

今年2月24日に始まったウクライナの戦争は、日に日に空爆と報復が過激になり……今日まで続いている。いつでも何処でも殺しあっている。

「来る日も来る日も、人が奈落へと転落していくのを目にする。上昇するのはまれだ。ドストエフスキーの作中でイワン・カラマーゾフは言っていたー『獣は決して人間ほど残酷にはなれない、これほど巧みに、これほど芸術的には』と」          「亜鉛の少年たち/手帳から(戦地にて)」から

レイジ、ヒロコ、なおかのトリオは、目下ローマ、明日本番。アキラは、カリオストロとジャンヌと「カルミナ・ブラーナ」の稽古。冷たい雨が降っている。

神さまのことを考える。明日も美しい日でありますように………。

 

 

 

 

 

鎌鼬の里まで行ってしまった!

朝からキラキラした秋の日。キッチンの窓を開けると、ホンダさんのお庭を通って、涼しい風がやってくる。子どもたちの下校時間を知らせるチャイムと見守りのお願いのアナウンスが遠くに聞こえる。静かな夏の終わりの昼下がり。

先週の週末は、秋田の鎌鼬の里にいた。飛行機に乗って、大雨の中を秋田まで行ってしまった。自分もビックリ、周りもビックリ。

今も私のカラダのなかに鮮明に残る鎌鼬の里の情景。色、匂い、雨の音、刈り入れの済んだ畑、深緑の針葉樹の森、がっしりとした立派な古民家、出会った人々の素朴で純な心の温かさ。

かつて、この地に忽然と現れ、農家の主婦や娘さんたちの間にちゃっかり座って、細江英公さんのカメラにおさまった土方さん。目の前に降ってきた怪しげで、おかしげな男の立ち振舞いに、さぞかし農家の人たちは、驚き、ビックリしただろう。こうして、細江英公写真集『鎌鼬』が生まれ……秋に行われる1年に一度の「鎌鼬芸術祭」………懐かしい人にも会えたし………来てしまってよかった!

今日9月30日、11月の吉祥寺シアターの2公演(笠井叡『DUOの會』・新作「カルミナ・ブラーナを踊る」)のチケット発売日。

明日から、新しい時が始まる。

 

 

台風シーズン

9月の台風シーズンがやってくると、いつもアキラのお父さんを想い浮かべる。昭和29年9月25日の朝、学校の行きがけに書斎の窓の下からチラッとガラス窓を通して写る父親の影を見たのが、自分が父を見た最期だった、と随分前にアキラが話してくれた。

そのあと、札幌高等裁判所の判事だったお父さんは、出張のため函館に向い、洞爺丸に乗り…………台風による海難事故に遭い……亡くなった。享年41歳。

法律家の義父とらおさん。厳格で正直で超頑固オヤジ。飲み会で大声で安来節を歌うので、同伴の義母きみこさん、冷や汗たらたら………会いたかったな。天使館も我が家も、生前とらおさんが用意しておいてくれた土の上に建っている。

夜「カラマゾフの兄弟」の続きを少し読む。イワンとアリョーシャの会話から……

「ねばねばする春の若葉、青空が、おれは大好きなんだ。そうなんだよ! 知恵や論理なんて関係ないんだ。はららたと魂で愛するんだ。この生まれる力、この若い力を愛するんだよ………」

「はらわたと魂で愛するんだ」なんて、すごい! 私もそうありたいな………美しい日々でありますように。おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

太陽の恵み

朝方、目が覚めると、カーテン越しに秋の光が差し込んでいる。わぁ〜嬉しいな……何が嬉しいのか、さっぱり分からないけど………太陽の光は、壊れていく体に大きな恵みをもたらす。

水平生活も5ヶ月目になり、今では、昼間は長いこと垂直生活ができるようになり、自分でも驚いている。40年も前から、知らず知らずのうちに自分の物質体が壊れていくのを見てきて、遂に、もうダメだ、と思った時、何故か、目の中にピラネージの「幻想の牢獄」の版画が浮かんだ。吹き抜けの大広間の至る所に上方に向かう螺旋状の階段や梯子、橋が描かれているが、どれもどこかで切断されて……大広間の天井の小さな穴から、光が差し込んで………うろ覚えの版画が、その時の私の身体の内部の様子を写しているように思った。階段も梯子も橋も、上と下、横と横を繋ぐもの。光の差し込む広間は明るい。

あちこちと繋がらない体ではあっても、お日様を見ると嬉しくなるよ。

 

「これは世界にあてたわたしの手紙です」ディキンソンの詩

初秋の青空。洗濯日和。チアキさんがメーrで「ヒサコさんは懐が深い」ですって。とんでもない、チアキさん!  せめて、今からでも懐深い人間になりたいと希い、日々右往左往しながら青空を眺めている、私です。

陽が沈むと、天使館の窓が明るくなる。今夜は、11月のアキラの新作「カルミナブラーナを踊る」の稽古。

夜、エミリー・ディキンソンの詩を読む。

 

「これは世界にあてたわたしの手紙です

わたしに一度も手紙をくれたことのない世界へのー

やさしい威厳をもって

自然が語った簡素な便りです

 

そのメッセージをゆだねます

自然への愛のためにもー気立よいー同胞のみなさん

やさしく裁いてくださいーわたくしを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝の外歩き

朝、カート押して外歩きする(もちろん、アキラの監視付き⁉︎))。5ヶ月ぶり。あぁ、気持ちがいい! 涼やかな風が身体を通り抜けていく。二度と会えないと思っていた路端の花たち。残暑の光に向かって健気に首を傾け………「こんにちわ、お久しぶり」と声をかけると「ワタシタチハ、イツモ、コウシテ、ココニイルノヨ」と、おすまし顔で応えてくれる………嬉しいな………前方から軽トラがくる。アキラの小学校の先輩ホンダさんだ。私の横でスゥーと止まり、横目でにっこり。一言「元気かい?気をつけなよ」とボソッと言って、走り去る……ホンダさんの言葉のなかには、いつも温もりがある。人と出会うって、素晴らしいな。アキラに促されて、外歩きしてよかった!

夜、キッチンで、山﨑佳代子さんの『黙然をりて』から、詩一編を読む。

「春のこども、鎮魂」

小さな人が帰ってくる

つめたい海の群青を渡り

はらはらと雪の花となって

春まだ浅き森の道に舞いちり

その魂の名前となってよき言葉

として震える母の乳房をあたため

樹木に宿る精となり獣道を生き急ぐ

父のこごえた耳に旧い歌をかえすため

水底の暗い国から幼い子供が還ってくる

闇の中に、天使館の窓の明かりが見える。アキラのオイリュトミー初伝講座の時間。遠く異国に住み、言葉に命を注ぎ続ける詩人を想う。ウクライナの戦争はまだ終わらない。秋の虫の音を聴きながら、明日も、詩一編読もう。

山崎佳代子さんの言葉を想いながら……。

台風は過ぎたというのに、秋の空は……? 秋の長雨……?

キッチンまで出掛けて、山崎佳代子『そこから 青い闇が ささやき』ーベオグラード、戦争と言葉ー を読む。

「戦争が始まるというのは。私たちを取り巻く空気が一度に汚れて重たくなっていくことだ。どこを向こうが、この空気に晒される。呼吸を止めるか、ここを去るしかない」

初めて、山崎佳代子さんにお目にかかった時のこと。彼女は、ふらっと、京都で公演中のアキラの楽屋に入ってきた……ほのかな春の花の香りを纏って微風のように。嬉しかった。

「…………詩とは、静かな光に身を捧げること。そうでしょう?………」山崎佳代子『ベオグラード日誌』より。

……ことばは光、光はいのちだよね……と思う。

彼女の新しい詩集『黙然をりて』(書肆山田)の中から、

「 みえない水」

山の頂から流れ / 長い旅をした水は / 紙のコップに注がれ / 遠い国から歩き続けた / こどもの瞳をうつしている

ああ美味しい / 無垢な言葉に / みずは息還り

はじめて聞いた / 異国の言葉に震え / 桃色の喉を通りすぎ / きゃしゃな身体の中を / 歓びながら下っていった

灰色の空を眺めながら、旧ユーゴスラビア崩壊から今もなお、ベオグラードに住む山崎佳代子さんを想いながら………今なお続くウクライナの戦争………あれこれ想いながら………心の中の言葉の水が枯れないように………細くて小さい流れでも………止まらないように……私の今日の一日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つくつく法師

9月3日昼下がり。やっと青空が見えてきた。太陽の位置が傾いたので、私の巣にも陽射しが伸びてきて………次第に夜の時間が長くなり……地球は新しい今日を生み出しながら、ゆっくりと回っている、というのに………私の心は、行きつ戻りつ滑らかに回らない。困ったもんだ、と思いながらぼんやりキッチンから中庭の季の木を眺めていると、オーシンツクツク オーシンツクツク、とツクツホウシが、季の木の幹の葉影から………ヒサコサン、ボヤボヤするな!もう夏は戻らないよ……と告げている。

晩夏から初秋へ。光から闇へ。ボヤボヤしてはいられない。いつも、何かが(人間以外の)、本当のことを、教えてくれる。

 

 

 

 

 

 

明日から九月

昨日の朝日新聞一面の見出しに「絶滅危惧種出品 ヤオフク禁止へ」とあった。オオクワガタやメダカなど4000種類以上が絶滅の危機に瀕しているそうだ。

息子たちが子どもだったころ、暑い夏の遊びは、もっぱら国分寺の杜のくぬぎ林でクワガタやカブトムシを捕まえること、泉から流れる冷たい清流に足をつけて、メダカやザリガニを網でとること、夜になる小川に沿って蛍狩りに出かけること、だった。ある時、子どもらが話しているのを耳にした。「このクワガタた売れるんだってよ。これがお金になるなんて!売られるなんてちょっと可哀想。くぬぎ林に放しにいこうぜ」と、3人揃ってバタバタと走って消えた。ついこの間のことのように思い出す。

中庭の季の木に、大きなカラスが季の実を啄みにきた。 続きを読む “明日から九月”

ナマケモノのヒサコさんの今日の一日

今日と明日、天使館でアキラの「金鱗の鰓を取り置く術」の東京・京都合同ワークショップを行う。東京では、もう月に一回で、5年も続いている。最初、私も参加していたけど、3時間座っていると首が痛いのとか、なんのかんのと言って、早々と落ちこぼれた。今日は午前中から、京都から、名古屋から、新潟から、東京の参加者も含めて、20数名が集った。

天使館に一番近距離に住む落ちこぼれの私はといえば、天使館の窓から流れてくる、霊学に真摯に向かう人たちの熱いエネルギーをカラダに受け、向こうの世界とこっちの世界を行ったり来たり………落ちこぼれを自己反省したり、これでいいのだ、と自分勝手に自己満足したり………あいも変わらず ナマケモノのヒサコさんの 今日の一日。

天邪鬼のヒサコさんの一日

今日も、すっきりしない曇り空。午前中、アキラは、天使館でスウェーデンからやってきた大植真太郎さんに新作「カルミナ・ブラーナ」の振り付け。

私は、iPadに入れた亀山郁夫訳「カラマーゾフの兄弟」第一部第一編を巣の中で読了。以前、原卓也訳で読んだ時、何故だかとても惹かれて、もう一度読む本と決めていたのに、今や文庫本を持つことができない。幸いKindle版があったので再度挑戦してみたものの、今回は何故か惹かれない。視覚が怪しくなった私にとって、Kindle本は活字を大きくできるのは嬉しいが、行間から何も見えてこない。広大なロシアの大地の闇の深さ、温かさ、冷たさ…あまりにも人間的な愛憎、信仰………熱、匂い、煌めき、色合い………が浮かんでこない。あまりにも明快すぎて分かりやすすぎる。紙の本で読んだ「カラマーゾフの兄弟」は、難解だけど深くて面白かったのに。もう時間切れ。

相変わらず天邪鬼のヒサコサン。明日も美しい日でありますように。おやすみ………。

電子書籍ばかりでなく、紙の本が読みたくなる。

KuuKuuさんから「ハールハル ・マハ デープ」という本が届いた。呪文みたいなタイトルだなぁ。面白そう………と巣から起き出して、ヨチヨチとキッチンまで歩く。テーブルの上に本を置いて(指の力が失せて、紙の本が持てないので)その呪文みたいなタイトルの本を開いてみると、見開きページ毎にシンプルだけど力強い、人や動物、さかな、草花………のシックな風合いの色彩絵が現れ、時々、シンプルなことばが絵のなかで唄っている。

「天にも 地にも ため息は あふれている つつみきれず」

今日は、ここまで。明日またヨチヨチとキッチンまで歩いて、続きのページを開いてみよう。

つい先頃まで、夏の光の風に任せて誇らかに揺らいでいた紅紫の百日紅の花も、今日は力が失せて夕暮れの空気の中で小さく見える。夏から秋への移り変わりは、いつも素早い。 続きを読む “電子書籍ばかりでなく、紙の本が読みたくなる。”

眠れない夜に

いよいよ、秋に向かって様々な舞台活動が動き出す。今日は、午後私の巣の部屋で、ミツタケの「花粉革命」韓国公演のスタッフミーティング。

明日は、スエーデンから大植真太郎さんがアキラの新作の稽古のため国分寺にやって来る。

9月初めから、レイジとヒロ子となおかのトリオが、ローマ公演の稽古に入る。

明日は、川口隆夫さんとミツタケの「DUOの會」の通し稽古。

なおかの「朝の会」 ミツタケ×なおか企画「ナイトセッション」の会 その他諸々。

私の巣の周りはフル回転。

さて、私は何ができるだろうか?何もできない……巣の中で、ミンミンゼミの最期の鳴き声を耳にしながら、晴れない空を眺めていると………カラスさんが飛んできて、私の沈んだ心を見透かして、嘴をチョと傾けて、飛んでいってしまった…… 何もできない自分を責めても仕方がないよ。できないことはできない………ともかく、生きること、生きること。マルテのように。

今日は、私のところに一つも言葉がやってこなかった。

眠れぬ夜、ゲーテの美しい詩句をみつけ………おやすみ。

バラの季節過ぎたる今にして、

はじめて知る。バラのつぼみの何たるかを。

遅れ咲きの茎に輝けるただ一輪

千紫万紅をつぐないて余れり。

 

 

 

 

ユミちゃんのこと。

今朝目覚めると直ぐ、光のなかに秋の匂いがするぞ……灰色つづきで止まったままの秒針が僅かに傾き、もう後戻りはしないだろう。

小学5年生以来の友だち、ユミちゃんが電話してきた。

「ヒサコちゃん、あんた、歯がなくなったんだって? 今マーケットに来ているの。美味しそうなお粥さんがあるの。送るからね」

ユミちゃんと友だちになって70年近くなるが、今まで何回会っただろうか。どんな話をしただらうか。結婚し、子育てし、お姑さんに仕え、家計のために働き………時々、とんでもないところ、例えばアフリカのサバンナから絵葉書が送られくる。いつも一人でツアー旅行に参加する人。私へのお土産は決して忘れたことがない。会う機会のない私たちなので、会える折には、数回分の旅のお土産を持ってくる。私にはとてもできないなぁ、と思いつつも、お互いの生活には触れず、いつも心のどこかでお互いを案じながら、同じ時間、時代を歩んできた。

今でも、「ユミちゃん」「ヒサコちゃん」は変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

8月の今頃、いつも思い出すこと。

8月の今頃、いつも思い出すこと。

37年前の、あの痛ましい御巣鷹山飛行機墜落事故が起こった日の数日後、私は、成田空港まで送りに来たアキラとミツタケに「じゃあね、おばあちゃんの言うことをよく聞くのよ。またね………」といってから………果たして「またね」があるだろうか? 不安が過ぎる………でも仕方がない。決めたことは決めたこと………エィ、前に向かって進め!と心を決めて、できるだけ元気にいつも通りに「国分寺まで、車の運転、気をつけてね」と言い放ち、レイジを連れて、チカシのいるStuttgart に発った。

その日のフランクフルト直行便の機内は、バカンスをヨーロッパで楽しもうという日本人客で溢れていた。およそ12時間の飛行。フランクフルト空港にランディングすると、共に同じ時間を共有した運命共同体の仲間たち。大きな拍手と安堵の空気が機内いっぱいに広がった。私はその時、ふっと、見知らぬもの同士の命の繋がりを感じたのを今でも覚えている。

今日は終戦記念日。鳥のように大空を飛びたい、という人間の夢から人間が作った飛行機が、神風特攻隊の零戦機となって、多くの人間の命を奪うとは!

1944の暮れに生まれた私は、いつもこの日になると、亡くなった母がよく言っていたことを思い出す。

……空襲警報がなり、ヒューと焼夷弾が落ちる音が聞こえてくると、生まれたばかりのあなたと寝たきりのお父さんのお母さんを布団に寝かして、上のお姉ちゃんは下のお姉ちゃんの手を引いて、私は下のお兄ちゃんをおんぶして、上のお兄ちゃんの手を引いて、庭に作ったちっぽけな防空壕に逃げたの。お父さんは、徴用でいないし………あなたもおばあちゃんもあなたと一緒だったら淋しくないだろうと………。

後日、その時お隣の家に焼夷弾が落ち全焼したと聞かされた。幸い家の人たちは無事だったという。

今や地球星は大混乱。人と人の命のつながりも次第に感じなくなり、人間の夢から作った物体から逆襲され………空飛ぶカラスさん、どうすればいいのぉ〜? と聞いてみた。カラスさんは飛びながら何か言っている………そのままでいいんだよ〜。77年間、よく無事に生きてこられたことに感謝しながらね……と、言っているように私は思い込む。

 

ミンミンゼミが近くで鳴いている。カナカナが聴こえてくると、さぁもう秋だ。 続きを読む “8月の今頃、いつも思い出すこと。”

今日は、白い雲を眺めながら過ごす。

静かな日。もっぱら、雄大に広がる夏の青空を眺めて過ごす。一瞬もとどまらない白い雲。あそこはどこにあるの?…………あるの、ないの?…………恐ろしくなったので、考えることをやめて、ベットに私を置き去りにして、あの青空の白い雲と一緒にふわふわ浮いてみよう。

あそこはどこにあるの? あるの、ないの? その答えは、一向わからないけど、雲と一緒にふわふわ浮いた時の私の心は、喜び、生き生きし…………あの恐ろしさは、どこにいったのだろうか………と、私の巣でぼんやり横たわっていると………友だちになったカラスさんが………ヒサコサン、ヒサコサン、相変わらず、自分勝手なお思い込みが強いね。早くおやすみ。もう直ぐ、あなたの嫌いな夜の闇がやってくるよ…………とカゥカゥと鳴きながら、西に向かって飛び去っていった。

「白い雲」  ヘルマン・ヘッセ/高橋健二訳

おお見よ、白い雲はまた

忘れられた美しい歌の

かすかなメロディーのように

青い空をかなたへ漂って行く!

 

長い旅路にあって

さすらいと悲しみと喜びを

味わいつくしたものでなければ、

あの雲の心はわからない。

私は、太陽や海や風のように

白いもの、定めのないものが好きだ。

それは、ふるさとを離れたさすらい人の

姉妹であり、天使であるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

思い込んで………。

二日前の笠井瑞丈「喜びの詩」(セッションハウス)に行けるなんて……ましてや、作品に参加するなんて………でも、公演前の劇場稽古と本番の長時間、2回も国分寺から神楽坂へ……周りのみんなに支えられて、どうにかクリアできた。自分でもびっくり!

翌日は真っ青な夏空。目覚めと同時に、気分が真っ逆さまに落ち込みかけた時、電線のカラスさんがいつもはこちらに首を傾げてくれるのに、どうしたのか、その日はそっぽを向いて、さぁっと、中庭を低空飛行で飛び去った………自分の面倒は自分でみてね……と言ってるみたいに。

今朝、もうカラスさんが電線に止まって「おはよう。気分はいかが? 昨日は昨日。今日は今日。新しく始まるよ」と、言っているみたい……ほとんど私の思い込み………でも、枯れ木のカラダにしがみつく重たい心に朝の光が差し込んできた。

見ると、カラスさんはもういない。

 

 

 

 

カラスとともだちになる。

自分の巣に寝ながら、自分の両腕を上に伸ばして眺めてみた。カラカラでスカスカのねじれた細い枯れ枝の先に、奇妙に成長したサボテンみたいな手がついている。ずいぶん身勝手に酷使して結果だ。今まで私のためによく働いてきてくれたなぁ、と急に愛おしくなってももう遅い………と自己否定に落ち込みかけると…………さぁ、足を上げて、足首を回して………無心になって、枯れ木のような体を動かし始めたヒサコさん。

数学者の先生が「一」について…………人が立ち上がると、四百幾らかの筋肉が、とっさに統一的に働く。それが「一」というもの。「一つのまとまった全体」というような意味。「一の中に全体があるとみています。あとは言えないのです」…………と言っていたっけ………などとぼんやり思い浮かべながら…………ああ、そうか。私の体の中に全体があるのだ………私の体の中に宇宙がある………なんて凄いことか…………いつの間にか、自己否定から浮かび上がって………カラダの体操をしている。

また、電線に止まったカラスがこっちをみている。

悪魔の使いか、天使の使いか知らないけど、カラスさん、私の水平生活のおともだちになってくださぁ〜いね。

 

 

私の人智学

今日は全く自信がない。何に対して………生きることに? メソメソしないで、ヒサコさん、さぁベットで体を動かして…………おかげで、曲がっていた頚椎が少し真っ直ぐになってきて………心の空白に微かに光が差してくる。

『本当の人智学は生き物なのだ。それを生き物にするのは、一人ひとりの問題……』 『私の人智学』 「シュタイナーの人生論」の高橋巖先生の言葉より。

半世紀以上前に高橋先生に出会って、私は今まで何を学んできたのだろうか?

今からでも、私の人智学を今生きよう。

また、カラスが電線に止まって、私を見ているよ。

 

 

 

 

 

失敗

ようやく書いた文章が一瞬のうちに消えた。よくあることだ。とはいえ、ショック!

書いてどうなると言うような、自分勝手な思いを綴ったものだから、また書けばいいようなものだ……とすっかり諦めて、水平生活のねぐらから外を見上げると、電線に大きなカラスが止まっている。

カラスさん、首を傾げて何を考えているの?

ヒサコサン ヒサコサン もう直ぐ日が暮れる。くよくよしないで、おやすみなさい。新しい明日が来るよ。