ヘルパーさんと私

食事介助をしてくれるヘルパーさんが、私の昼食を介助した夕方に発熱。コロナに罹ったので、直ぐに事業所の人が私の抗体検査をしてくれた。結果は陰性。よかった!

煌めくような夏日というのに、心は晴れない。

要介護5の私は、週に2回清拭、週1回家事援助、1週間毎日遅い昼食を食べさせてもらう。みんな、さまざまな人生を歩んで来られた私と同年代のヘルパーさんたち。食べ物をスプーンで私の口元に優しく運んでくれる。一瞬一瞬の動きから温かさが私の体に流れてくる。そんな時、私は心から嬉しい気分に満たされると同時に、深い悲しみにおそわれる。なぜだろう?

今まで、一瞬でも見知らぬ他者を無心になって支えたことがあるだろうか。自分を無にして、全てを他者に委ねることができただろうか。

美しい日ほど、心は悲しく………薄墨色に日がくれると、心の内で小悪魔たちがチョロチョロ………動きだす。

「アマノジャクのヒサコさぁ〜ん、まだまだね。神さまの前には出られないよ」

と誰か何処かで呟いているのが聞こえる。

夕方の悪魔

真夏の昼下がり。キッチンの椅子に座って、中庭の杏の木が風に揺れているのを、いつまでも眺めている、飽きないで。

いつの間にか、壊れかかった私のカラダも、揺れる杏と一緒に揺れている。

揺れる 揺れる 揺れる……囁くように 笑ってるように お喋りしているように‥…

気がつくと、もうずいぶん光が薄くなり。杏の木も黙って静かにしている。

昼と夜の間。幽かな風が一枚の木の葉を吹き落とし………、

神の不在ー杏の木の中に小さな悪魔が見え隠れ…………

突然、あきらの声「こんなに暗い所で何してるの? さあさあ、パンがゆを作ってやるから、食べろ! 腹減っただろ」ですって。

杏の木とダンス。お腹が空いた。枯れ木のカラダに美味しいパンがゆ。嬉しい。感謝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツゥーブロック」という髪型にする。

今朝の目覚め。真っ青の青空、白い雲。夏が来たぁ………ひまわり、スイカ、朝顔、かき氷、ミンミンゼミ、蚊取り線香の匂い、田舎のおばちゃんの家で従姉妹たちと遊ぶ、鎮守の森の夜祭、海の家で食べる大きなおにぎりとたくわん…………夏休みの絵日記と宿題………瞼の中に次々と夏の光景が浮かぶ。

水平生活になって美容院に行けなくなった。さて困った。iPadで検索したら、美容院に来られない人専用の訪問美容があり、ホットした。

いよいよ訪問美容のその日「ツゥーブロックにしてください」と、ミツに教わった言葉通りに若い女性の美容師さんに言うと、手際よく鋏を入れて、30分くらいで出来上がり。

あぁ サッパリ、風通しよく、軽くて、何より、カッコいい、と美容師さんが翳してくれた手鏡に映る自分の髪型を見て、大満足。嬉しい!

でも、この髪型禁止の学校があるそうだ。どうして? さっぱりわからない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洗濯干し

夏の青空と白い雲。洗濯だぁ〜、と心が弾んだところで、自分の体に気がつく。主婦業の一つとして洗濯干しなど当たり前にやってきたのに、三ヶ月前突然100パーセント主婦業ができなくなり、何から何まで人の手を煩わせなくてはならないとは!

と思いつつもついつい、ベット上から「誰か、早く洗濯物を干してよぉ〜」と大声を出してしまった。

続きを読む “洗濯干し”

止まらないで!

雨降りの憂鬱な天気が続いている。時がストップしているかのよう。

私の「畑の中の野うさぎ………」を制作してくれたカツラギさんとヒトミさんがひまわりの花を持って来訪。グレーな部屋がグッと明るくなり、若い二人の屈託のない話し声で、止まっていた時が動き出した。よかった!

チアキさんがアキラのオイリュトミー初伝講座に出る前に、私のところに顔を見せてくれた。お久しぶり。いつも清々しい風に乗って現れるチアキさん。曇り日のしょぼくれた今日の私をすっかり吹き飛ばしてくれる。美味しい水を飲んだ感じ。

カズコさんから、ラジオ語学講座一覧表をいただいた。面白そう! 英語は何年もチカコ先生に朝日カルチャーで教えていただいたのにナマケモノのヒサコさん。また初めからやってみようかな。ありがとう!

相変わらず、外は雨の音。世の中は暗雲としたニュースばかり………でも、 続きを読む “止まらないで!”

今日の私。

水平から垂直へ、垂直から水平へ…………何回繰り返しただろうか。

自分のこころの中に微かに差し込む光を求めながら…………。

内面からひとつの言葉(自分の言葉)を生み出せたら……………

明日に向かって、止まらずに一歩でも前に進めるだろうに……

三ヶ月一歩も歩けなかった私は消えて、今日の私は、My nest(ねぐら)とキッチンの数メートルを行ったり来たりして過ごす。

百日紅の花が咲いて………

いつも朝目覚めると、青い空と白い雲が「おはよぉ〜」と微笑みかけてくれるのに、今日は、空も雲も「私たちは私たち。あなたは勝手にやって」と言ってる。空々しく、冷たい。どうしてなの?……悲しくなって…。キッチンまでヨチヨチと出ていき、椅子に座って中庭を眺めていると………。

光の粒子を孕んだ夏風が、すっかり大人になった杏子の木の枝振りを通り過ぎて行く。時期を過ぎた紫陽花の後ろに、赤紫色の百日紅の花が咲いている。

いつの間にか、気分は光のほうに向いて……夏の一日が過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

「Traurigkeit 」 ー悲しみー ヘッセの詩

七月。夏が一気にやってきたというのに、戦争はまだ続いている。あまりの暑さに、草も花も人間もぐったり。新聞の一面記事を読んでも「困ったもんだ」で済ませてしまう。みんな一生懸命に生きているのに…………誰も殺し合いなんか望んでないのに………

「悲しみ」  ヘルマン・ヘッセ/高橋健二訳

きのうはまだ命の火に燃えていたものが、

今日は死の手にゆだねられている。

花が一枚一枚、

悲しみの木から落ちる。

花の落ちつづけるのが見える。

雪が私の小みちに落ちるように。

足おとはもはやひびかない。

長い沈黙が近づく。

空に星がなく、

心にはもう愛がない。

灰いろの遠いかなたが沈黙し、

世界は老い、空虚になる。

こういう悪い時勢に

だれが自分の心を守ることができよう?

花が一枚一枚

悲しみの木から落ちる。

 

私の持っているヘッセ詩集は、「悲しみ」の次に「平和に向かって」一九四五年復活祭、バーゼル放送局の休戦祝典のためにー という詩で終わっている。1950年10月新潮社から出版されたこのヘッセ詩集を16歳のときに買ってから、いつも机の片隅にある、いまでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梅雨明け

梅雨が明けたらしい、まだ六月だというのに。ヘルパーの山内さんが「今日は暑いですよ。どこの紫陽花も、ぐったり萎れてかわいそう。少しは雨に打たれねければねぇ」と言いながら、パリッとした真っ白なエプロンをかけて仕事にかかる。

清々しい風が巣の中の私のカラダを通り抜け……私は重たい体を起こして巣を抜け出し………ヨチヨチとキッチンまで散歩する………高みから中庭に降りそそぐ太陽の光。立派に成長した濃緑の杏の木………垂直に立ってガラスの向こうを眺めると………草も木も花も鳥も虫も風も光も………懐かしい仲間たちの楽しげなお喋りが聞こえる………いつか再び、私もお仲間になれますよう………と思いつつ巣に戻り………水平生活に………夏の青空が私の頭上を覆う。

巣の中で眠れない時は、美しい、懐かしい詩を読みながら………夢の中へ………

 

「青いチョウチョウ」  ヘルマン・ヘッセ/高橋健二訳

小さい青いチョウが

風に吹かれてひらひらと飛ぶ。

真珠母の色のにわか雨のように

きらきらとちらちらと光って消える。

そのようにたまゆらのまばたきで、

そのようにふわりと行きずりに、

幸福が私をさし招き、きらきらと

ちらちらと光って消えるのを、私は見た。

 

 

 

 

 

 

 

そして自分の重荷の下で

 

 

 

 

 

 

私の巣

今、私は1日の大半を、階下の居間に置いた介護用ベット上で過ごしているので、ベットが私の生活圏であり、ねぐらであり、私の巣である。私は、親鳥を巣で待つ雛鳥のように、巣で毎日ヘルパーさんの食事介助を待っている。私の巣の周りは忙しい。訪問看護医の診察、訪問薬剤師の来訪あり、ある時はアキラがCDを聴きながら振付の構想を練ったり、秋に向かっての舞台制作の打ち合わせなどなど、私の巣は、四辻の真ん中にある。私の行動範囲は、居間からキッチン、玄関までの6メートルにも満たない。でも、私は、散歩と称して巣を抜け出し、1日数回よちよちと歩く。散歩のついでにキッチンの椅子で一休み。初夏に向かう中庭の緑が一斉に、私のカラダに「お久しぶり、ヒサコサン!」話しかけてきた。風に物干し竿の洗濯物がひらめいている。そこは、かつての私の古巣。過去の時間は戻らない。今、私は新しい時間を生きよう。さぁ、巣に帰って、夕暮れの懐かしい優しいひと時に身を委ねよう。

 

 

 

 

 

夢の中で踊っている

あぁ美しい青空と白い雲! いつまでも眺めていたい………いっときも止まらない………今日の光と青空と白雲のダンス。水平生活の私は、my nest(私のねぐら)から抜け出して、窓ガラスをするっりと通り大空のダンスに仲間入り…………重力を持たない私の壊れたカラダが自由に踊っている………夢の中で…………目を開けると、窓際のガラスの向こうに、濃紺の青空と白い雲を、私の巣の中から眺めていた。

夏日のような今日の始まり。横から縦に、縦から横に、少しづつ。死に向かい、生に向かい………。

 

「春のことば」 ヘルマン・ヘッセ/高橋健二訳

どの子どもでも知っている。春の語ることを。

生きよ、伸びよ、咲け、望め、愛せ、喜べ、新しい芽を出せ、

身を投げ出し、生を恐れるな!

どの老人でも知っている。春の語ることを。

老いたる人よ、葬られよ、

元気な少年に席をゆずれ、

身を投げ出して、死を恐れるな!

 

 

 

 

 

夏至も過ぎて

吹き抜けの居間に置いたベットが私の居場所になり、水平生活を始めてから二ヶ月。夏至も過ぎて梅雨も明けたのかな、と思うような蒸し暑い夏日。介護保険で要介護5に認定され、今週から毎日食事介助にヘルパーさんが来てくれる。

午前中、ミツがシャワーに入れてくれる。あぁサッパリ!
仙台のお園さんがラインで「近頃は、猫でも出産前妊婦検診があるそうで、家の猫が受けたら、3匹生まれますって」と送ってくる。へぇ〜、随分時代が違うね………。

午後、長男のチンが前触れなしに現れる。「ヒサコサン、どう?カリフラワーのスープを作ってきたよ。それと、アイスクリーム」早速、一口。あぁ美味しい!

夕方、ヘルパーさんが食事の介助に来てくれる。まず、嚥下訓練から。

一年の半分が過ぎ………美しい夕暮れ。淡い青空に小さな真綿の塊が浮かんでいる。

わたしの周りで、静かに時間が進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あわい」オイリュトミー公演の映像を観て想う

オイリュトミストのノリちゃんが送ってくれた、5月の「あわい」オイリュトミー公演の記録映像を観た。美しい! オイリュトミーを観ると、いつでも「美しい」と感じるは、なぜかしら?

私が、初めてオイリュトミーなるものを目にしたのは、1979年の早春だった。Stuttgart のオイリュトメイムから、ゲイルさん(女性)とレーバーさん(男性)が来日してオイリュトミーを披露してくれた。その時「わぁ美しい」と感じた不思議な気持を今でもよく覚えている。それ以来、私の生活には、いつもオイリュトミーを学ぶ人たちがいる。上手く動ける人、動けない人、器用な人、不器用な人………さまざまな人がオイリュトミーを学んでいくうちに、知らず知らずのうちに各々のカラダが美しくなっていく。各々の内面の美しさが、カラダを通して現れてくるのかもしれない。

「あわい」公演の映像を観ながら、5人のオイリュトミストの「あわい」にながれる美しい空間に心からの拍手をした。

今日「あわいの空間創り」は、至難の業。翻って、今日こそ「あわいの空間創り」は、緊急課題。

 

 

 

生と死へのベクトル

物質体が壊れたら、元には戻らない。新しい物資体を作らなくてはならない。

私が、自分の体を自分で支えられず、水平生活になって2ヶ月経った。砂浜に流れついた痩せた流木のようにベッドに横になり、ついに私の体は修正不可能となり、枯れ木が朽ちるにまかせて土に還るように、静かに死者の国に赴こう、などと思ったけど、そう美しい小説風にはならない。2階から階下に居場所を移して、ベット生活を始めて一週間もすると、なんとかして体を水平から垂直にしたいという気持ちが湧いてきた。主治医の先生は、頚椎が脱臼しかかっているので、もしカクッと頚椎が滑ったら、首から下は麻痺、あるいは、即死。でも、首、肩、背中………身体中の筋肉を鍛えて、座る、立つ、歩く を練習すれば、垂直生活が出来るようになる、と言われた。

そこで、よし、少しでも垂直に、を目指して練習を始めたが、変形した頚椎が重たい頭部を支える時の、耐え難い神経の痛み………やっぱり、朽ちていく体を水平にして、静かに無為の時間に身を委ねようか……と自分で決めた生と死へのベクトルがくるくる変わる。

生きるって大変! それにしても、早く梅雨が明けないかな……太陽の光が恋しい。

「処世のおきて」  ゲーテ/高橋健二訳

気持ちよい生活を作ろうと思ったら、

済んだことをくよくよせぬこと、

めったに腹を立てぬこと、

いつも現在を楽しむこと、

とりわけ、人を憎まぬこと、

未来を神にまかせること。

 

 

 

 

 

「自転車泥棒」を観る。

一日中、灰色の空。時間も空間もひっそりとして動いてくれない。

iPadでイタリア映画の「自転車泥棒」を観る。白黒の映像が流れ出すと、体がすっぽりローマになった。あぁ 懐かしいローマの街。テベレ川沿いの遊歩道。路上電車。バス停。石畳の坂道。たまご型の松。石造りの建物。広場の噴水。中世から今日までのローマの原風景は変わらない。

頑固で、温かくて、怒りっぽくて、陽気で……愛すべきイタリア人気質。可愛い 可愛い息子ブルーノ。真面目で頑固なお父さんのアントニオ。素敵な映画!

イタリアに、また行けるかしら? 行きたいな…………。

いつの間にか、外は闇に覆われていた。

 

 

生きること・踊ること

ミツタケ×なおか企画の天使館公演「バッハのフーガの技法を踊る」も、昨夜無事に終わってホッとした。4月からの稽古、本番前の通し稽古、続いて4回の本番。その全てを、私は天使館から中庭を挟んで5mの母家の居間に天使館と並行に置いたベット上にいたので、観客やダンサーやスタッフと生の舞台を共有できなかった。でも、1日遅れの映像を観ることができた。こんなことは初めて。

今年の初めから、アキラも私も見事にカラダが壊れ、母家で老々介護生活が始まった。

生きること……生活すること……動くこと………踊ること………止まらないで…………。

天使館と母家は、いつも一緒に進んで行く。

 

 

初夏の夕暮れ

初夏の夕暮れ。ベットから空の色の移り変わりを眺めているうちに、瞼が重くなって、うとうとと………そう、今日の午後、2人がかりで支えてもらって、ひさしぶりにシャワーを浴びることができたのだ。あぁ、さっぱりした! ありがたいこと。

うとうとから目を覚ますと、空の色は一面灰色に変わっていて、みるみる間に昏くなり、外のものは、すべて夜の闇に深く沈み………やがて、新しい光が昇ってくる。

「太陽は、昔ながらの節で、

兄弟たちの星の群と歌い競い合い、

その定まった旅の軌道を、雷鳴の歩みで、

今日もまた動いていく。

天使らは太陽の神秘を究べくもないが、

それを見ただけで勢いづけられる。

不可解で崇高な宇宙の営みは、

天地創造の日と同じに壮麗だ。」 ゲーテ「ファウスト」ー天上の序曲ー高橋義孝訳

 

薔薇の季節

6月といえば、June Bride、妖精たちの祝祭「真夏の夜の夢」、ヨーロッパは薔薇の季節………美しいだろうなぁ〜、いきたいなぁ〜…………子どもたちと森で遊んだ、懐かしいStuttgart の日々を思い出しながら………。

昨日、訪問医の佐藤先生の診察を受けて………座る、立つ、腕をまわす………毎日、無理せずに体を動かすこと(痛みをともなっても)………  動くと痛むは生きてる証拠……リハビリは裏切らない………さぁ、前に向かって………少しずつ、ゆっくりと。

私のベットから真っ青な空と白い雲(羊さんのよう)が見える。夏至に向かって、どんどん昼の時間が伸びてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

純白の紫陽花

今日は、2002年、黒姫で亡くなられた矢川澄子さんのご命日。ちょうどその日、亡き吉岡実さんの13回忌の法要が巣鴨のとげぬき地蔵院の真性寺で行われ、お墓にお参りした後、故人のお気に入りのお蕎麦屋さんに親しい詩人や絵描きや編集者たちが集って吉岡さんを偲ぶ和やかな宴がもたれ、梅雨前の美しい夕陽を見ながら帰宅した。出がけに食卓に置いた新聞を広げると、三面の片隅に「矢川澄子さん自死」という記事が目に飛び込んできた。えぇ……………自死ですって? 数ヶ月前に黒姫のお宅に伺って、二人で清々しい新緑の林の中を散歩し、夕食は、庭の春草を摘んできて、澄子さんの天ぷらの手料理。食後は、黒々と深い闇の黒姫の森へ蛍狩りに………夜明けまで、何を話していたのだろうか、すっかり忘れてしまったが………「あなたが結婚した日に、私は澁澤と別れたの。だから、あなたが結婚何年めか、すぐ分かるのよ」と、にこりとした澄子さんの笑顔は忘れられない。翌30日、アキラと共に黒姫に向かった。白い棺の前に純白の紫陽花が一輪置かれていた。生前の燈子さんが挿木をした紫陽花が、今年初めて咲いたのです、と家人の方がそっと教えてくれた。

その日から20年、昨日に引き続き今日も、梅雨入り前の爽やかな夏日。

天使館では、昨日から平山素子さんとアキラの「フーガの技法を踊る」が始まっている。

映画鑑賞

寝ながらiPadアームスタンドという代物をベットに取り付けてくれたので、早速、iPad miniを付けてVideo配信されている往年の名画「カサブランカ」を観た。愛、恋、信頼、信念、裏切り、虚栄心、嫉妬、差別、貧富、人情………戦時下にあっても、人間臭さがいっぱいの美しいラブロマンス映画。

主演のハンフリー・ボガードの男の渋さも素敵だけど、なんといっても光のオーラに包まれた気品あるイングリット・バークマンの美しさに魅了される。

なんとこの作品は、1942年に制作された。私が生まれる2年前のこと。今日でも充分、新鮮で新しい。

それにしても、寝ながら映画鑑賞できるなんて! 私の女学校時代の楽しみの一つは、日曜日に友だちと西銀座の封切館に行って、洋画鑑賞することだった。親は、何故か西銀座の封切館だったら、昼間の時間だったら、帰りに不二屋のレストランでハンバーグのランチを食べるのだったら、高校一年生の女学生の仲良し二人だけで、銀座に映画鑑賞に出かけるのを許してくれた。テレビも携帯も、コンピュータもないあの頃の遊びは、映画、しかも洋画、を観ること。あぁ 懐かしい。

 

 

 

 

時間も空間も動かない。

すっかり、太陽から見放されてしまったのかしら? 私のベットから少しも青空は見えない。

時間も空間も、息をひそめているかのように動かない。

午後、訪問薬剤師の二人の女性が、私の薬を届けに来てくれた。お医者さまが処方した薬を家まで届けてくれるなんて、アキラも私も、これまでの人生で初めてのことなので、いささか、もったいなくもあり、申し訳なくもあり、でも、ありがたかった。おまけに、玄関の扉が開き風がスゥーと入って来ると、それまでじっとしていた時間空間が動き出し………「ごめんくださぁ〜い」と言う人の声を聞いて、あぁ軽くなった!

ある時「歳とるって、大変なことなのよ」と呟いた、亡くなったアキラのお母さんの言葉を思い出し、まったくその通りと共感する。今頃になって共感するなんて、遅すぎるよ、ヒサコサン。きっと空の向こうで、お母さん ニコニコしてるだろうな。

星のごとく 急がず、しかし、休まず………ゲーテの言葉を拝借しながら………

さぁ 立つ・座る・歩く・足踏み の練習をしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

私の時間は私の時間

いつかは読もうと思いつつ読み過ごして来たゲーテの「若きウェルテルの悩み」を読んでみた。リルケが「マルテ」を書き始めたのも20代後半、「ウェルテル」もゲーテの20代半ばの作品。

体の機能は、ますます衰えていくというのに、今まで見えなかったものが、見えてくるから恐ろしい。時間切ればかりだ!
もっと早く出会えばよかったのに、と思ってみても仕方ない。私の時間は、私の時間………頭の中を空にして、ゲーテの「ウェルテル」に耳を傾けているうちに………生きること、死ぬこと、愛すること、かけがえのない自分自身を生きること、意志すること………人間の純粋な魂の言葉が、今この時、私のカラダに静かに響いてきた。

まさしく滑り込みセーフ!

午後、50年来途上の友であるカヨコさんが、美味しいプリンを持っておしゃべりに来てくださった。去年、長いことヨルダンでペトラ遺跡の博物館建設に貢献してこられたご主人を亡くされ………話は自然に、紀元前1200年のペトラ神殿のことに………大きな流れの中で、みんな途上を生きている………カヨコさんのお話を聞きながら、砂漠の中で長い時を経た太古の遺跡が、今、日没の燃えるような朱色の太陽を背にして、私の頭の中に忽然と浮かび上がった。

今日の練習

「今日の練習」
水平から垂直。座る。立つ。足踏み100回。支えてもらいトイレまで歩く。

一ヵ月振りに、中庭の杏、桜の緑が、曇天ばかり眺めていた私の目に飛び込んでくる。
あぁ美しい! 
部屋の中の乱雑に置かれた物たちー机、椅子、コップ、新聞、手紙、紫陽花の鉢、本ーなどなどが、突然、それぞれの存在を主張し始め、にぎやかになる。

立つということは、すごいこと。

あれこれと思い巡らす

今日はヘルパーさんの日。洗濯は今日、明日からまた雨らしい、と言って、手ぎわ良く、洗濯、掃除…にとりかかる。ありがたいこと。

約100cm×200cmの方形が、私の生活空間になってから、およそ一ヵ月余り。二か月前世田谷パブリックの「カリオストロ〜」の舞台に出演していた私は、何処に行ってしまったのだろう。

あれこれ、思い巡らしているうちに、西の空が薄らと茜色に染まってきたのが、広いガラス窓の向こうに見える。

お隣の奥さんが、お庭に咲いたマ-ガレットの花を持ってきてくれた。

なんと、清楚で美しいのだろう。

「麗しき五月」

うるわしい五月なのに、曇天の日々。
天道虫さん お陽さまを連れてきてくださいな。

 「いと麗しき五月」
       ハインリッヒ・ハイネ
            片山敏彦訳

 なべての莟 花とひらく、
 いと麗しき五月の頃
 恋はひらきぬ
 わがこころに。

 諸鳥の さえずり歌ふ
 いとも麗しき五月の頃
 われうち明けぬ、かの人に
 わが憧れを 慕ふ思ひを。

『マルテ…』の続きを読む。

朝早く、みな子さんが、今日の蓼科の様子を収めた映像をLINEで送ってくれる。
遠く蓼科山の上に広がる青空、白い雲。
鳥の囀り、芽吹きはじめた美しい樹々。
風は、まだ冷たいかしら?

YouTubeで、モ-ツァルトのクラリネット協奏曲を聴く。

「マルテの手記」の続きを読む。
ボ-ドレイルの名前がでてきたので、「悪の華」の、かの『腐肉』に寄り道。更にランボーに。いつまでたっても「マルテ」は、進まない。

それにしても、枯れ木のようなカラダでベットに横たわり、視覚聴覚機能も衰えつつある今になって、多くの人が若い頃、とっくに通過したであろう詩人たちのコトバにびっくりしている私自身に、びっくり⁈

でも、本物のコトバに出会った安心感で、密かにうれしくなりながら、白い天井を眺めている。

『マルテの手記』

子どもの日 端午の節句 鯉のぼり 柏餅

外は静か。また、リルケの「マルテの手記」を読もう、アイホンの小さい画面で。
何度も何度も読んだのに……何時も、どの行も、初めて触れるコトバばかり。何時、読み終わるのだろう……何時、読み終われるのだろう。

記憶の層

五月晴れ。南の方に目を移すと、ガラスを通して紺碧の青空。ああ 気持ちがいい‼︎
朝早く、ミツとなおかは、チャボと一緒に清里へ。

思いつくまま勝手気ままに記述した、雑草の庭のような私の「畑の中の野うさぎの滑走 一匹のトカゲが焼けた石の上を過った」を読んだ方から感想のお便りが届いた、

曰く「笠井さんが泣いた年は、僕の生まれた年。久子さんの『畑の中の…』の詩句は、私のた誕生日に書かれた。私たちも、3月3日に結婚しました」などなど。

雑草の中の小さな花々に、記憶の層が重なり、広がり、深まり……やがて、見えない流れになり…我が雑草の庭に美しい光が差し…記憶に新しい命が吹き込まれる。

人々と同じ時間を共に生きている。
なんと、素晴らしいことか!

「日曜に想う」の記事を読んでもらう

朝食を食べさせてもらった後、アキラに、昨日の朝日の記事「日曜に想う」を読んでもらう。編集委員吉田純子は「戦争が芸術上の選択を支配する。そんな時代は過去の出来事と思っていた」が、今日のウクライナとロシアの紛争でも、同じことが繰り返されるのを憂いて「そもそも『個』の尊厳を踏みにじる戦争において、いったいどこまでその責任を『個』に負わせるのが可能だろうか」と続けた。全く、の通りだと思う。

随分前に友人から、井筒俊彦の「ロシア的人間」を貰って、すっかりハマってしまった。漆黒の大地の温かなぬくもり。あまりにも人間臭い魂の悦び、苦悩、祈り……。

私のカラダを導く西欧で学んだ美しい認識の光。
私のカラダに熱を与えてくれるロシアの魂。
私の内で二つが溶け合っている。

内と外

久しぶりに太陽の光。南に面した広間の大きなガラス扉を通して、美しい青空が見える。水平状態の私には、我が愛しい雑草の庭は、見えない。ダヴォスのサナトリウムでハンス・カストルプくんが勤しんだ横臥療法の気分。

スマホホルダーをベットに付けてくれたので、専ら、外のことは、小さなアイホンの画面から。
FBが「ハンナ・アーレント」の期間限定の無料配信を教えてくれたので、観た。少々誇張しすぎかな、と思ったが、まあまあ、面白かった。何しろ、悪は、目下の私のテーマ。ゆっくり、考えなくては……。

若いダンサーのカホちやんが、私の本のお礼にと、美しいラッパスイセンの写真をラインで送ってくれた。嬉しい!

外の時間は、どんどん速く過ぎていく。

新しい流れ

それまでの我が家の生活の流れが、突然、ストップしてから二週間、次第に新しい水が流れ出した。
うれしいことだ!たとえ、私の幼な子のような、ベット上生活は変わらないにしても。
 
五月になろうというのに、曇り空の日々が続いている。
キッチンから、別棟に住むなおかさんが「筍ご飯ができましたよ」と言って、入ってきた。
水平に寝ながら、ふと中庭に目を移すと、大きな鳥が素早くよこぎり飛び去った。

復活

「Ich kann nicht auferstehen!」と、私がちょっと呟いたら、すかさずレイジが「えぇ、ヒサコサン、復活できないの?」と言うので「起き上がれないだけよ」と言った。たまにカッコ付けやてドイツ語なんか口にするから、間違える。

auferstehenは復活. aufstehen は立ち上がる.

突然。寝たきり状態になるとは、私自身が驚いているのだから、周りの人たちは、もっとびっくりしただろう。致し方ないが、急遽介護ベットを借り、一階の居間にいれ、二階から四人がかりで、マットに包んだ私を運び、無事に寝たきり生活が始まる。

78年生きて来て、再び、幼な子に…⁉︎

なんて、麗しい日々は来ない。10日前の日常生活が、180度ひっくり返ったのだから。天井を眺めながら「洗濯機のボタンは」とか「切手の引き出しは」などと、家族のみんなに指示を出す日々が続いている。

あぁ、もうすぐ ”麗しの5月”    聖霊が降りてくる月。

明日も、美しい光がさしますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

HISAKO kann nicht aufstehen

ヒサコサン 起きられない…! 10日ほど前から、ベット上から、居間の白い天井を、一日中眺めている。夜があけ始め、朝日が居間の高窓から差しこむと、漆喰の白い天井が、白とグレ-に一直線に分かれる。 今日は朝から 、シルバーの清水さんが草取りに来てくれた。 今は、夕暮れ。音もなく静かな時。 …かぎりなく優しいひと時….懐かしい詩句が心に浮かび…  高窓から夕闇が忍び込たみ、白い天井が灰色に沈んでいく。 やがて、新しい明日がやってくる。

ヒサコサン ますますノロマになっていく。

夏日のような陽気。もう桜は終わってしまった。

2日前、カズコさんが「史跡公園の枝垂れ桜、綺麗よ。今日が最後かもね」と教えてくれた。でも、史跡公園まで歩いていけるかな⁉︎。

つい7日前までは、史跡公園の一本松からその先の、ぶんバスの停留所まで行けたのに………。

相変わらずノロマのヒサコサン。ますますノロマになっていく。はて、困ったものだ! と思いつつも、ココロは意外に明るい。

私の主治医は「痛いのは生きている証拠」といつも言う。そうだよね、と、単純な私はすぐ納得。頭の中でマルグリット・ユルスナールに教わったピラネージの牢獄の版画と自分のカラダを重ねたり………それにしても、骨が壊れていく痛みに付き合っていくのは耐え難いなぁ。

爽やかな芽吹きの季節がやってきたというのに、毎日毎日、多くの人の命が失われていく。カラダをもって、やっとこの世に生まれてきた幼い子たちの命までも。辛いなぁ……痛ましいなぁ………。

朝、重たい頭をやっと持ち上げ、そろりそろりベランダに出ると、

ピィーピィピィピィ………ホーホケキョ ホーホケキョ ………

聴覚が怪しくなってきた私の耳にも、はっきり聞こえる。嬉しい。

みんなに似たり寄ったり……みんな同じところに行くのですから

どこかで誰かが呟いた。そうだよね。自分の命は死に至るまで自分のもの。

殺されたくない。

さあ今日も一日、たのしく、美しく、ゆっくり、止まらないこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何処に行くの  私たちの地球星?

朝から、冷たい雨。花冷え……貧しい庭で、やっと咲き出した水仙やクロッカスが震えている。

ウクライナとロシアの戦争は、まだ続いている。

どうして人は、線引きするのが好きなのだろうか?
民族と民族、国と国、宗教と宗教、内と外…………。

昔読んだことがある。パレスチナは土地の名前。そこに住んでいる人はみんなパレスチナ人ーアラブ人もユダヤ人もー。共に共存していたという。世界大戦後、土地を線引きし、国境ができ、イスラエルとアラブの争いはいつまでも終わらない。

3月3日から6日まで、50年前に我が家の庭に手造りで小さな稽古場を建て「天使館」と名付けた。以来初めて、天使館の床で稽古した人たちが16人集い、天使館ポスト舞踏公演『牢獄天使城でカリオストロが見た夢』を行った。世田谷パブリックシアターの、一つの舞台空間の中で、即興で、振付で、ブトウで、コンテンポラリーで、オイリュトミーで、みんなそれぞれが自由にカラダに向かって、自分を踊った。

これから、地球星はどうなってしまうのだろうか? 共食い星になっていくのだろうか⁉︎

毎日、曇空のような気分の中で、びっくりするような嬉しいことがあった。長年、勝手気ままに書き散らしてきた雑草のような私の文章が一冊の本になったのだ。制作、編集、装丁、全てを引き受けてくれた、マコト、ヒトミ、モッズ、ナカゾウは、若い有能なクリエーターたち。『カリオストロの夢……』の初日に合わせて、楽屋に出来立ての本を持ってきてくれた。

タイトル『野うさぎの滑走   一匹のトカゲが 焼けた石の上を 過ったー昭和・平成・令和を笠井叡と共に生きる』     笠井久子

若い人たちの温かさに触れて、わたしの心に美しい光が差し込んで………。

装丁のナカゾウさんは、詩人片山令子さんのご子息。

そして、 今日は、2018年の春「さよならはいらない」と言い残して、ひかりの国の住人になってしまった令子さんのご命日。

あれから毎日、私は、空の白い雲で旅する令子さんとおしゃべりしている。

ひかりと微風と白い雲、小鳥たち、花々、小さな虫たち………人々の温かい心………みんな一緒に歩んでいる。

戦争が早く終わりますように。

明日から三月。春がやってくるというのに、何故か心が縮こまっている。暖かな昼下がり、散歩に出る。小鳥も草花も雲も風も、いつものように私の心を温めてくれる。

ロシアとウクライナの戦争が早く終わりますように………。

家に戻ると、玄関に世田谷武術館に注文しておいた「グランマ・モーゼス展」のカタログが届いていた。うれしいな。さっそく開いて見る。穏やかで、温かい、人々の姿。呼吸するように聞こえてくる人々の会話。いつの間にか、芳しい花の香りに包まれて………。

金子文子と金子みすゞのことを想う。

金子文子と金子みすゞは、ともに1903年に生まれ、文子は、1926年二十三歳の時、獄中で縊死し、みすゞは、1930年二十六歳の時、服毒自殺する。

一方は、大逆事件で死刑宣告を受け、自死するまでも自分自身を生きぬいた「おんなのこ」。

一方は、小さな動植物や幼い子たちの魂を深く慈しみ、悲しみをともに、真の言葉に生きた「おんなのこ」。

私の孫ともいえる歳の若い二人は、訳がわからない今日の状況の中で、ぐずぐず自分の中で空回りして途方に暮れる七十七歳の私を、少しも囚われのない澄み切ったことばで、力強く引っ張ってくれる。一人は、人間存在を客観的に見つめる眼差しを持って。一人は、深い透明な愛の眼差しを持って。この二人の衒いのない生きたことばは、私をホッとさせてくれる。ありがたいこと。

立春とはいえ、今日は真冬の寒さ。夕方散歩に出る。冷たい風の中を、私の壊れていくカラダが、歩く、歩く………生きていることを実感しながら……歩く、歩く…………彼方から若い二人が、私の魂を引っ張ってる………茜色の美しい日没の空に向かって、ひたすら歩こう。

それにしても、二人は同い年に生を受け、苛酷な人生を送り、二人とも若くして自死するとは!

もう一つ。昨年出会ったマルグリット・ユルスナールも1903年生まれ。まだまだ、私には知らないことが多すぎる。

「お互 朽葉のように 地に落ちて行きましょう」

横浜に住む建築家 の村山雄一さんからお便りが届いた。

「去年 ヨチヨチ歩きの道すがら 拾い集めた落ち葉をば、もう捨てちまえと思いきや、チョットマッテクダサイ、と、ヨリ集マリテ 何トヤ ガサガサ ゴソゴソ コレハ ドウデスカ ⁉︎⁉︎ ……………………」

と、毛筆で書いた言葉と落ち葉を重ねて印刷したお手製の便箋に、ペンで「久子さんは末期とありましたが、お互い朽葉のように 地に落ちて行きましょう」と添えてあった。

筆もペンもままならない私は、心の中で「お久しぶり!40年前、Stuttgart でお目にかかって以来かしら……。長い道のりでしたけど、本当にお互い、美しい色を纏った落ち葉のように、風の中をひらひらと、たのしく自由に舞いながら、地に落ちて行きましょうね」とお返事しながら、冷たい風のなかに、春の予感を思いながら、カートを押して散歩に出た。

ゲーテとカリオストロ

ぼぉ〜としていたら、もうそこまで春が来ている気配がある。はやいなぁ〜、時間がどんどん飛んでいく。52年前の今頃、我が子が生まれる日が、モーツァルトと同じ誕生日1月27日でありますようにと真剣にを祈っていた若かった自分を思い出す。祈りは叶えられず27日を通り越して、節分に男の子が生まれ、チカシと名付けた。写真家になった彼は、今年1月25日私を被写体にして撮った写真集『Stuttgart 』を出した。長い道のりだったようだけど、時間は消えて、全ての記憶が美しく私のカラダの内側を満たしている。世の中は、相変わらず、オミクロン オミクロン………。散歩もままならない日は、本でも読んで………。

パレルモでゲーテがカリオストロの家を訪ねる箇所。何度読んでも面白い。大嘘つき(?)のカリオストロに負けず劣らずゲーテも大嘘つき⁉︎ イギリス人に成り済ましたゲーテが、カリオストロの家族の中に入って、カリオストロの母親に、堂々と嘘を言う場面。それを涙ながらに聞き入るカリオストロの母親。ラテン人のオーバーな仕草を観察するゲーテ先生。聖なる涙とちゃらんぽらんな陽気さ。ラテン民族とゲルマン民族とアングロサクソン人が一緒にお芝居をしているのを観ているようで、嬉しくなる。大文豪ゲーテのお茶目な人間性! 好きだなぁ〜。

愛おしいヒサコサン

生まれて初めて、お餅なしのお正月。お雑煮、磯部焼き、きな粉餅……ウゥ〜ン、食べたいなぁ………遥か昔亡くなった実家の母の紅白なます、干し柿がたっぷり入って……煮物は、大きな椎茸、筍、八つ頭、蒟蒻、にんじん………塗りのお重じゃなくて、大皿にどっさり。いつも豪快。元日玄関を開けると「さあさあ早くあがって、どっさりお食べ」と、お年始の挨拶もそこそこに………農家出の母さんらしいなぁ、懐かしいなぁ、美味しかったなぁ、食べたいなぁ……なんだかんだと言いながらも、食いしん坊のヒサコサン。
新しい年が無事に動きだし………食いしんぼうのヒサコサンが、限りなく愛おしくなってくる。

「石の夢」

令和3年大晦。携帯が壊れた。いよいよ外界との繋がりもフェイドアウトしていくのかな……⁉︎ 新しい年がやってくる……それもいいだろう………でも、倒れたら自力で起き上がれないし………今や、携帯は私の命綱(少々オーバーかな……) と、あれこれ思い巡らしていたら、私の携帯が繋がらないと言って、心配して電話をくれた方がいた。そうだよね、私の携帯は必需品だ。という訳で、やっと稽古なしの日がやってきたアキラがauショップにかけつけてくれた。ありがたいこと!
さて、どのような新しい年がやってくるのだろうか。
年の終わりに、また、ユルスナールの「ピラネージの黒い脳髄」の、私のカラダをワクワクさせてくれるあの文章を読みたくなる。
 
 さて、問題の《牢獄》を見つめてみよう。…………夢の特徴とはつまり、時の否定、空間のずれ、空中浮揚状態の暗示、不可能と和解した、あるいは不可能をのりこえた陶酔感、外側から幻視者の作品を分析する以上に恍惚に近い恐怖、夢のもろもろの部分および人物のあいだの目に見えない接触ないし関係の欠如、そして最後に、宿命的かつ必然的な美。さらに、ボードレール的公式にもっと具体的意味をもたせるとして、これはまさに「石の夢」なのだ。
来春3月世田谷パブリックで行う天使館公演「牢獄天使城でカリオストロがみた夢」を頭の中で夢想していると、まもなく、新しい年が巡って………。

キリスト降誕祭の思い出

今日は、キリスト降誕祭。自分の部屋にすっぽりと入り、静かに目を閉じると懐かしいドイツのクリスマスの情景が、頭の中にいっぱい広がる。漆黒の夜、外気の冷たさ、静けさ、星々の輝き……毎年、雪山にクリスマスツリーを伐りに行く近所のパゾットさんが、日本人の学生家族である私たちに、新鮮なツリーをプレゼントしてくれたり、お向かいのバーバラ・ベルガーさんが、手作りのシュトーレンやマルチパンを持ってきてくれたり……。早速、ツリーのまわりに子どもたちと一緒に座って、頂いたお菓子を食べながら、子どもたちの大好きな絵本「さむがりやのサンタ」を読んであげ………。遠い記憶が、今の私にリアルに蘇り、壊れていくカラダを温めてくれる。

「やれやれまたクリスマスか!」……「なんてこったい いやなゆきだよ」……「さあ あともういっちょう」……「よーし よし はたがあがっとる じょうおういっかは ございたくだ」……「ばんざーい! うちについたぞ」……「ふろよりらくはなかりけり」………
「やれやれまたクリスマスか!」……「なんてこったい いやなゆきだよ」……「さあ あともういっちょう」……「よーし よし はたがあがっとる じょうおういっかは ございたくだ」……「ばんざーい! うちについたぞ」……「ふろよりらくはなかりけり」………

一日一日が祝祭でありますように。

今日は冬至……クリスマス……大つごもり……そして、新しい年が………。それにしても、あまりにも痛ましく、悲しい出来事が多すぎるよ。
今までずーっとキッチンが私の居場所だったが、この度、キッチンから玄関脇の私の部屋に引っ越した。どうして、そういう気分になったのかな。今まで、ガラス戸を通して中庭に差す陽の光の移ろいを眺めたり、素早く飛び交う小鳥や、のっそりと現れるノラ猫を見て面白がっていたのに。でも、引っ越して小さな箱のような自分の部屋におさまるとホッとするような温かさに包まれ、よかったね、と自分で自分のカラダに話しかけた。
書架から、読み忘れの本を引っ張って読み始める。
「春の盛り、日曜日の午前だった。河沿いに背の低い、粗末な造りの家々がつづ 
  いて………」 カフカ短篇集から『判決』池内紀訳  
面白そう! と、よかったね、とまた自己満足。
一日一日が祝祭でありますように。

福山知佐子画集『花裂ける、廃絵逆めぐり』

福山知佐子さんから、画集「花裂ける、廃絵逆めぐり」を頂いた。チューリップ、タンポポ、アネモネ、スイセン、コスモス………が、朽ちていく様を描い素描が、ページをめくるごとに次々と現れる。花弁は縮れ、葉は捩れ、茎はくねくね曲がっている。彼女が描く鉛筆の線の一本一本を丁寧に見ていると、不思議に私の壊れていくカラダが踊り出す。死に向かって、私は永遠の時間を生きている。凄いな! 
 花とは何か? 花は、生けるものが世界に向けてかくも開かれてあるところ、生けるものが我を忘れているところにある
                    ージョルジュ・アガンベンー 
                    「花ー福山知佐子の絵画のために」より
                 
        

頚椎がずれる

数日前の朝、起きようと思っても、頭が重く、体を垂直にできなかった。前から医者に言われていた通り、いよいよ頸椎の何処かがずれたらしい。ずれた骨が神経に当たって、首を動かす度に強烈な痛みが走る。とりあえず、座薬で痛みを止めて、既に運命共同体的に私のリウマチを診てきた主治医の所に、アキラと一緒に行った。診察の順番がくると、先生は、ベット上にうつ伏せになった私の首から肩にかけて、骨格の位置を矯正し始めた。その間1時間以上、次の患者さんは待ちきれず帰ってしまうし、訃報を知らせる電話はくるし、そばで見ているアキラはヤキモキ、私はトンカチで叩かれているような痛さで、イタイ イタタ………と悲鳴を上げっぱなし。やっと荒療治⁉︎が終わったら、体がスッキリした。とはいえ、頚椎の変形が治ったわけではない。骨は次第に脆くなって行くだろう。
今日の夕方、重い頭をカラーで支えて、カートを押して散歩に出た。西空に低く浮かぶ黄褐色の太陽に向かって………史跡公園も、一本松も、国分寺の森も、重たい私の体と一緒に、歩いている。

鳥の声を聴きながら散歩する

昼下がり、鳥の声を聴きながら散歩する………ピィピィ・・・ピイピィィィ・・・ジィジィ〜ジィィィ・・・ピィ〜〜〜ピィピ! カォ〜カォ〜……………愉しそうなお喋り。かあさん鳥たちの井戸端会議かな? 道端の小さな白い花が、前屈みに頭を下げてカートを押して歩く私に………コンニチハ、ゴキゲン イカガ。オヒトリ? ワタシモ ヒトリ。デモ サミシクナイワ。アナタニ アエタカラ………と可愛い笑顔を私に向ける。
後ろからブゥブゥゥ・・・と軽トラックがやってきて、私の脇で止まって、………ひとりで散歩かい? 気を付けてね………と、アキラの小学校の時の一年上級ホンダのおじさんが、窓から首を出した。みんな一緒に動いている………
家に戻ると、長いこと、音沙汰がなかったアキコさんから、焼き芋が届いた………ツメタイママデモ ヤキイモアイスデモ オイシイ⁉︎………早速食べてみる。ねっとり甘く、美味しい〜。
やっぱり、前を向いて、みんな一緒に歩いている………穏やかな今日という日。

昼下がりの散歩道
昼下がりの散歩道

吉増剛造「詩とは何か」

アキラの78歳の誕生日も過ぎた。日が経つのがどんどん早くなる。うっかりすると、いつの間にか、自分の存在が消えているかもしれない。2日前に会った友人は、誰れにも知られず、泡のように消えたい、と言ったので「消える少し前に、消えるわね、と言ってね、お引き留めしないから」と言った。
急激に体の機能が壊れてきた。まだ、頭の中はいろいろな言葉が蠢いている。もし、次の瞬間、体が崩壊したら、この言葉の蠢きはどこにいくのだろう?
先日、詩人の林浩平さんに、吉増剛造さんの新刊「詩とは何か」を頂いので、読み始める。凄い!どんどん吸い込まれて行く。どこまで行くのだろうか。言葉がはじけ生まれるところを覗いてみたい。消えるのはまだ早い。

私のまわりには 愛だけがあるのです。

急に寒くなった。これから冬に向かって心細いなぁと、少々落ち込み気味。
半世紀近く、私の命をのせて、一緒に走ってきた私のリウマチカラダも、いよいよ終末期に向かって、生きるための基礎ー食べること、歩くこと、話すことーが難しくなってきた。自分の十字架は自分で背負うべし、と勢いよく宣っていた、いつものヒサコサンは何処へやら……自然に訪れる老化+リウマチカラダの機能崩壊……はて、どうしよう、と思い倦ねていたら、千葉に住む50年来の知古舞踊家のキョウコさんから、ベニアズマのさつま芋が沢山届いた。歯を失った私にとって、嬉しい食べ物。ありがとう! 
早速、ホクホクの焼き芋を食べる。すると、落ち込み気味のヒサコサンは何処へやら⁉︎
ユルスナールの「ピラネージの黒い脳髄」を読みながら、肉体は牢獄?なんてあれこれと思い巡らして………そうだ! 久しぶりに、色遊びしよう と閃いた。

「私のまわりには 愛だけがあるのです」
「私のまわりには 愛だけがあるのです」

10月になってー日々の雑感

お馴染みの美容院で、7月中旬「夏の間は暑いから、次は10月、秋になったらね」と約束したので、 10月初め、早速、店に予約の電話を入れると「彼は亡くなりました。申し訳ございません」という女性スタッフの返事。えぇ⁉︎……突然頭の中に〈伸びましたねぇ〜短くしましょう〉という彼の明るい声が聞こえ、目の中に、いつも私の髪のカットをしてくれる、息子と同い年の、彼のニコニコ顔が現れ………。
台風一過の翌日、3年前に手術した人工関節の定期検診で、美しく晴れ渡った秋空の下、キャブ(障害者用タクシー)に乗って、アキラと相模原の病院に行く。一年前に予約した日がきたからだ。レントゲン写真を見ながら主治医の先生のお話に耳を傾け、お終いに「では、次は一年後の今日に」と言われ………そうかぁ………一年先かぁ………果たしてその時、私はいるかな?
倉庫にあった段ボール箱の中から、1982年2月にStuttgart 市で取得した、私の身体障害者証が出てきた。38歳の時のこと。楽しそうに笑っている写真が貼ってある。若かったね。間もなく77歳になる今でも身体障害者は続いているけど………思い煩うことなし。毎日祝祭。今日を生きれば、時は向こうからやってくる………なんて、コロナ禍でも、相変わらず、ケセラセラの日々。

Schwerbehindertenausweise  für Kasai Hisako  geboren am:10.12.1944
Schwerbehindertenausweise für Kasai Hisako / geboren am:10.12.1044

夏の終わり

8月の終わり天使館で、アキラがヨハネ黙示録のテキストで踊った。音楽は、ヨハン・セバスチャン・バッハ作曲「ヨハネ受難曲」
夕方、アキラと散歩に出た。雨の後の空気が、しっとりと重たい。灰色の雨雲が、国分寺の森一帯に垂れ込めている。横にいたアキラがーあぁ 終末の風景だーと、ボソッと呟いた。
雨が降り出した。西の空が真っ黒………早く帰らなければ………私たちは家の方に向かって、急いだ。
 「子羊が、第七の封印を解いたとき、天は半時間ほど静寂に包まれた」
                      (ヨハネによる黙示録 8章1節)
明日から9月。新しい月が始まる。