夜明け前のトイレ

夜明け前のトイレはつらい……布団の中で砂袋状態になっている体を起こし………ボーリングの球のように重い頭を湾曲した首で支え………体の重心を危うく保って……寒さのなかを尿意をこらえトイレまで辿り着かなければならない………歩くことに精神を集中して……決っして急いではならない。

歳をとるということはこういうこと、と納得した。そのことを公立保育園の保母さんを勤め上げた義姉のとし子さんに話すと「あぁ〜ら、歳取ったらお漏らしなんて恥ずかしいことではないのよ、そんな時リハパンを履くといいわ」と教えてくれた。力強いアドバイス。ありがたい。

今日の朝日の「折々のことば」はきもの研究家の中谷比佐子のことば『使い捨ておむつは便利ですが………汚れたというのがないのね。』

私の子育て時代は………紙おむつがなかったので………布おむつ………幸い……布おむつで赤ちゃんのお尻の汚れ感覚は目覚めていき………わぁ〜わぁ〜泣いてお母さんに気分の悪さを訴えた。

幼な子→成人→歳取った幼な子。天→地→天………ということかな!

今朝も「アブラカダブラ」の呪文を唱えながら……幼児の気分で外歩きをする。鳥の囀りを聴きながら………道端に恥ずかしげに咲いている小さな花にあいさつしながら………気持ちのいい朝だった。

 

 

 

買い物

今日から師走……といっても麗らかな小春日和………久しぶりに国分寺街道沿いにある「ダイソー」まで車椅子を押していく。店の中に入り………キラキラピカピカのクリスマスグッズ満載の棚を横目で見て………定員さんに手芸用品の在処を尋ねて……真っ直ぐ向かう。月曜日の午前中のせいか店内に人気はない。欲しいと思っていたズボンのゴム紐と毛糸をカゴに入れ………レジに行くと……あれあれ……人がいない………タッチパネルが並んでいる。あきらも私もモタモタしていたら……店員さんが代わりにやってくれたので助かった。

何年振りだろう……自分の目で見て自分の欲しいものを買ったのは……大成功だ!…………「でも、毛糸なんて買ってどうするの? ヒサコサン マシュマロのサボテンのような指で」いいじゃん………不細工なものでも……生まれてくるものは………なんでもいいじゃん……と自分に言い聞かせ……嬉しい気分で車椅子に座り……叡に押してもらい帰る。

玄関に、先日注文した横尾忠則の新刊『昨日、今日、明日、明後日、明々後日、弥の明後日』(実業之日本社刊)が届いていた。わぁ〜すごい!『聖書』と同じくらい厚い本。

「絵だってとっくに飽きてる。この日記だけでいいや。日記が終わった日が死」(帯の言葉より)

今日やったこと

昨日は、小春日和の日差しが中庭に溢れているのを………ガラス越しに横目で眺めながら………グタグタとベットに潜り込んで………カノン訪問マッサージの施療を受けて過ごしたおかげで………今朝は前向きの気分で外にでて………デニーズで朝食を……と歩き始めると………オートバイに乗ったレイジが前方からやってきたて………どうやら一緒に朝食を食べに行くことになったらしい………私は車椅子を押しながら「アブラカダブラ ブラダカラバ………」の呪文を唱えて歩くことに集中する。

湾曲した背に朝日を受け………ひたすら自分の影を見つめながら「アブラカダブラ………」と呪文を唱えながら歩いていくと………次第に影のなかに私が移り住み………車椅子を押す私は消えていく!………何故だかわからない………思い込み?………それにしても……このアラム語の呪文は摩訶不思議。

こんなことを人に言ったら「ヒサコサンいよいよボケて………」と思われるかも。

午後は中上健次の短編『十九歳の地図』を読んで、びっくり。面白かった! 続きを読む “今日やったこと”

晩秋

またまた大失敗! やりたいことがうまく運ばなくなってきた………ほとんど自分の不注意から………少々ボケてきたかな?………黄色く染まった杏の朽葉が………洗濯干し場のコンクリートのに落ちていく………キッチンから眺めながら………美しいなぁ………と、ほっとして………心のうちで………失敗してもいいのだ………と自己肯定し………ここ一週間のハードな日々を想い浮かべ………愉快な気分になってくる………出会いがあり………温かい言葉があり………未来から美しい記憶がやってくる…………。

 

 

冬空の下で………。

「甘藷の効果 ばつぐんと にっこり微笑む 老女の笑顔 かわゆい」目覚めの一句

午前中、叡が小学校の同窓会に出かけるので……朝歩きナシと勝手に決め込むが(のろまのわたしは、いつもたっぷり時間を欲しがる)………そうはいかない「時間なんて永遠にあるよ」と叡に促されて………外に出る。

空の高みから小鳥たちが迎えてくれた。冷たい空気の中を叡の出かける時間を無視して歩く……前に向かって歩く(「行くところはみな同じ」と言ったユルスナールの言葉を思い浮かべながら)………車椅子をおして……ひたすら前に向かって歩く……。

「曇り空で 愉しく囀る小鳥たちよ 何処にいるの」

 

 

 

 

 

 

新しい手帳

朝と晩、6種類以上の薬を………(きっとこれからも続くだろうが)………薬漬けのわたしの体………幸い胃が丈夫なので………体は懸命に耐えてきてくれたが……ついに胃が悲鳴を上げ始め……このところ食欲がなく………今日は、朝食後布団に潜り込みねてしまう。

目を覚ますと……キッチンのテーブルの上に………ヘルパーさんが用意してくれた…………お粥さんに海苔の佃煮少々、細かく刻んだ豚の角煮をいれて、卵豆腐、リンゴのすりおろしにヨーグルト、スープ少々、大根のすりおろしを一口………などなど、レンジで温められるようにして置いてあった。美味しそう!温かいなぁ。

のそのそ起きだして………今年も注文した「ペイジェムリバティープリントA6」2026年版の手帳を開けてみた。何も書かれていない真新しいページ。ドキドキする。はじめは用心深く失敗のないように………ひねくれた指でペンを持つのは一苦労。思うようには書けない。字を書き始めた幼子のようなる。

2025年版のペイジェム手帳は一年間わたしと一緒に歩いてくれた。手帳には、わたしの生きたカラダが詰まっている………。一年後再び「ペイジェムリバティプリントA6」2027版の手帳を注文し、ドキドキしながら開けられるだろうか?……わたしの机の上に花柄の手帳が何冊も積まれている。

夢みる赤ちゃんを温かく迎えられる世の中になりますように。

 

死の練習

昨日は朝から雨。歩けなかった………寒かった………宮古、陸前高田……秋田地方……朝から頻繁に地震情報が携帯に入った………気が滅入る1日だったけど………今日は光がさしている………うれしい!

熟知した路面だけど一瞬も意識を外せない………バランスを崩したら転倒する。不思議なことに………頭のなかはいつも何か考えている………足の裏に意識を集中し……頭は思考している………鳥の鳴き声がする………。叡に「左に」と言われ、私の後ろに数台の車が控えているのに気づく………「ごめんなさい」優しい運転手さんたち!

マルグリット・ユルスナールが言うには、人間には二つの種類があるという。「より良くより自由に生きるために、死をその頭のなかからおっぱらってしまう人間」と「逆に肉体の感覚や外部世界の偶然を通して、死が自分に送ってくれる一つ一つに死を感じれば感じるほど、ますます自分が賢明に強く生きていることを自覚する人間」だ。「この二つの種類の人間は混じり合わない、前者が病的偏執と呼ぶものは、後者にとっては英雄的な訓練なのである。………」ユルスナールは「どちらをお選びになるかは」あなたのご自由よ………。(『三島由紀夫あるいは空虚ののヴィジョン』からの抜粋)

そう言われても難しい。とりあえず、体がある限り、感覚を開いて、自由に、明るく、楽しく、穏やかに……。ゆっくり死の練習をしていこう。

 

四方田犬彦著『三島由紀夫を見つめて』を読みながら………。

なかなか秋空が続かない。今日もどんよりと曇り空の1日。

11月25日の三島由紀夫の命日をまえにして10月末に、四方田犬彦著『三島由紀夫を見つめて』(発行:ホーム社 発売:集英社)が刊行された。

面白そう………読みはじめよう………この世に三島由紀夫がまだ生きていたら……今日の曇天のような世の中でも………東大生を前にして「カァッ、カァッ、カァッ」と大声で明るく笑ったように笑うだろか………と55年前の11月25日の出来事をリアルに思い浮かべながら……読みはじめよう。

四方田犬彦さんの著作は、わたしに多くを与えてくれる。二十数年前のこと、ある会で四方田犬彦さんにお目にかかり………つい一言「四方田さんて文章がお上手ですね」というと………間髪いれず「もの書きですからね」とかわされてしまった………なんとバカなことをいってしまったことか……プロのオペラ歌手に「あなた、歌お上手ですね」と話しかけたようなものだ………と無作法を内心恥ずかしかったが、言い訳がましいことを言えば、丁度その時『見ることの塩』という四方田さんの、パレスチナやイスラエルの紛争地域の旅行記を夢中になって読んでいたので。でもそれ以来、わたしの頭の中の地図が大きく広がり、今日のガザとイスラエル紛争までつながっている。

11月25日は、アキラの誕生日。1970年は、長男・爾示が生まれた年。あの日の出来事は、わたしの頭の中に克明に残っている………。あの日のことを知る人、口にするひとがだんだん少なくなっていく。

 

東京で木枯らし1号

東京で木枯らし1号が吹いたとか……もう、そんな時期!………子どもの頃の花園神社のお酉様を懐かしく思い出す………70年以上前のこと。

朝8時過ぎに家を出て………一時間ほど歩く。途中、軽トラに乗った農家の本多さん「寒いと歩くのが遅くなるな」と声をかけてくれる……日ごろ無口のおじさん、いつも優しく温かい……見ると荷台にはいっぱい柿が載っている。

昼下がり……中庭に秋の淡い光が広がり………辺りは静か………ここには連休の賑わいはなく………どの家も眠っている。時折、突風が杏の木を大きく揺さぶる……木枯らし1号かな?

今年は三島由紀夫の生誕100年、没後55年……静かなキッチンに座って………叡に入れて貰ったコーヒー牛乳を飲みながら……マルグリット・ユルスナールの『三島由紀夫あるいは空虚のヴィジョン』澁澤龍彦訳を読もう。

光は上方に 重力は下方に

もう11月! やがてくる冬を越せるかなぁ………寒い朝の外歩きを続けられるかなぁ………夏が来る前は……夏が越せるかなぁ……と心配していたけど……。

右脚と左腕の筋力が見事に落ちていく。転倒したらヤバイゾ。

歩くときの意識をもっと慎重に………歩くときの呪文「南無阿弥陀仏」から「光は上方に 重力か下方に」に変えよう………頭のてっぺんを空の向けて引っ張り上げ……重心を大地に向けて下す………光を背骨の中心にまっすぐに通す……と、イメージしながら歩く………すると視線が前方に向かい………湾曲した首が少し伸びる………これってオイリュトミーの基本だ!今ごろになって気づくなんて遅い………兎も角にも歩けなったらおしまい………ムリするなよ……と自分に言い聞かせ………やってみよう。

イメージできるとカラダはついてくる……と思っている………とはいえ、リウマチ車の崩壊はドンドン進んでいく………。

 

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昨日は忙しかった。

忙しい昨日一日……日米同盟の黄金時代が始まり………安倍元総理大臣を銃撃した山上徹也被告の初公判が開かれ………秋田県知事が日々増していく熊出没の対策として自衛隊の派遣を要請し………天皇皇后両陛下主催の秋の園遊会が赤坂御苑で開催され………(かつて新宿御苑で総理大臣主催の「桜を見る会」なんてあったのを思い出す)

我が家では、早朝からシルバーの清水さんがやってきて、草茫茫の中庭、家周り………隅から隅まで草取りをしてくれた………あゝさっぱり!

今朝、清々した中庭に秋の光が差し込んでいる。あぁ、何処かに飛んで行きたい……と思うけど、そうはいかない………一人歩き禁止令が出ているから。

キッチンに座って………日を追って色づいていく杏の木を眺めながら………ヘルパーさんがすりおろしてくれた林檎を食べる。あぁ美味しい!

今日も静かに暮れていく………天使館の窓に明かりが灯った………誰か稽古してる………。

 

 

タクシーのなかに秋が来る。

いつも失敗ばかりしている。何でも落っことす。あちこちに向いて変形した指。指紋が消えてスベスベの指先で物を掴むのは至難の業。顎関節が落ち込み、口に入れた食べ物の受け皿ががなく、ボロボロ口からこぼす(離乳食がはじまった赤ちゃんみたい)。歯を失い言葉をきちんと発音できない………数え上げたらキリがない。

今日は年に一度のリウマチ外科の検診日。去年と同じ、身体中の関節をレントゲン写真におさめ、待合室で長いこと待って、やっとドクターの診察(?)。穏やかな会話の後、来年の予約日を決める。

やっと解放され、叡と病院のレストランでひと息。叡はカツ重、私はクリームあんみつ。帰りタクシーのシートにぐったり重たい頭をもたせ………フロントガラスの向こうをぼんやり眺めていると………美しい淡青色の空に白い雲が浮かんでいる………失敗の多いヒサコサンでもいいんだよ………という声が聞こえた………密かににっこり笑って愉しくなる。秋が来た!

アンナの言葉

急に寒くなった………冬並みの気温とか。昨日は小雨が降っていたので、朝歩きは途中でカット………今朝は歩かねば………と外に出る(叡の見守り付き)………コートは羽織ったけど………袖口から冷たい空気がヒューヒュと体を通り過ぎ………およそ1時間歩けた。

日本初の女性首相(高市新内閣)発足をテレビのニュースを聴き、停戦中でも続くイスラエルのパレスチナ自治区ガザへの空爆で破壊された難民キャンプの写真を新聞で見る。

時代は進んでいるの?遡行しているの?………私はキッチンから中庭の杏の木が寒そうに風に揺れているのを眺めながら………ポーランドで通訳してくれたアンナさんを思った「騙されないようにね」とそっと囁いたアンナさんの言葉。リトアニアからポーランドに逃れ、ポーランドでも何度も裏切られ痛い目を潜り抜けてきた体験をもつアンナさんの言葉は、ずつしり重い、

夜、ブレヒトの『子供の十字軍・一九三九年』ブレヒト 暦物語 矢川澄子訳 を読みながらベットに入る。

「三十九年 ポーランドに/激しい大戦争があった。/多くの町や村々が/いちめん荒野原になった。…………ポーランドからは手紙一本/新聞一つこなかった。/けれど 東の国々には/ふしぎな話が伝わった。………雪のふるころ東では/町の人たちが噂する。/……子供ばかりの十字軍が/ポオランドからやってくる………」

明日は今日よりも寒くなるそうだ…。

 

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日々さまざま

仙台のお園さんから………街に熊が出た………とラインがあった……今年はどんぐりが凶作だったらしい………それにしても………街に熊とは!

人から聞いた話。立てなくなった老猫をイヌネコ病院に連れていったら………手術に100万円 、MRI 一回15万円かかると言われて………保険に入っていれば、と嘆いて………次は猫の整体師を探すそうだ………見つかるかなぁ……ネコに整体を施す施療師なんて⁉︎

叡の『金鱗』講座に新潟からきた厚子さんが、お庭のイチジクの果実をジャムにして持ってきてくれた。あまくて美味しい! ありがとう。

今日は寒くて雨模様。気分も落ち込みぎみ。ヘルパーの山内さんが作ってくれた昼食をいただいて………そのままキッチンでうつらうつら………目が覚めると、目の前にナスの煮物があった……山内さんが煮てくれたんだ、きっと。出汁が効いて柔らかく美味しい!ありがとう。

今日も滞りなく暮れていく………。

 

 

 

ポーランドに行く。

ポーランドに行ってきた。9月29日の夜中に成田から飛んで約18時間9月30日のうっすら夜が明ける頃、ショパン空港に着陸。叡の「今、ショパンを踊る」公演の主催者アニータさんが車椅子を携えて迎えてくれた。

国分寺の家で、毎日キッチンに座って中庭の杏の木を眺めて暮らしているヒサコサンは遥かなたに消え去り、今、私はワルシャワにいるんだ!と確信する。

タクシーの車窓から見える木々………葉っぱの一枚一枚が何と柔らかい色合いなんだろう! ふっと、懐かしいな……という想いが心によぎる。

短い滞在期間の間に、叡の公演、森下隆さんの土方巽「疱瘡譚」の映像と講演、ショパン博物館見学(折しもショパンコンクールが始まった)。クラクフに移動し「マンガ館」見学(偶然、アンジェイ・ワイダ夫人に出会い、みんなで記念撮影)、夕闇迫るクラフクの旧市街の石畳を車椅子で散策。翌日の早朝6時マイクロバスでクラクフを出発、アウシュヴィッツ=ビルケナウ(Das Konzentrationslager Auschwitz-Birkenau)に向かう。

ポーランドに着いた時は、まだ色付いていなかった木々の葉も美しく色づき、垂れ込めた灰色の雲の下で、私はダウンのコートに身を包む。「白樺の谷」(Birkenau)美しい地名だ。

その昔、ドイツに移住した年の夏、子供たちをKinderlagerに入れた。日本の林間学校のこと。強制収容所・子ども収容所……その時、ドイツ語って凄いなと思った記憶が蘇る。映像でヒットラーの演説に熱狂するドイツ人たちを観たことがある。まるでアイドルを見る眼差しで。

「ことば」の力は善にも悪にもなり得る!

あっという間にポーランドから戻り、相変わらず、我が家のキッチンの椅子に座って杏の木を眺めている私。言葉にできない何かが自分の体に流れはじめたのを感じる。

アウシュヴィッツを訪ねて、ちょうど1週間経った。今日は1時間朝の外歩きをして、叡とデニーズで朝食を摂る。私の何かが変わった………。

 

 

 

 

 

ゼルマの言葉

朝、雨はあがっていた。湿った空気のなかに秋があって、少し嬉しい。1時間ほど歩いても汗にならないのも嬉しい。

乱雑きわまる私の小部屋。涼しくなったら片付けようと、一日延ばししていたら………この乱雑さのなかで生きていくしかあるまい……と覚悟し………私の来し方がよくみえるわぁ………と唖然と眺めるていると………重なった本の間から『ゼルマの詩集』を見つけ嬉しくなった……ゼルマの言葉に触れたかったから。

「夕暮れ I」  (秋山宏訳)

空の青、かぎりなく澄み、/ 白い雲もほほえんでいる。

黒い、あるいは緑のたおやかな木々が  / おまえを見つめ、声もなく言うー「ごらん!」

なにもかも、メルヘンに聞き入っているように静かな、/やさしい空気につつまれている。

小鳥たちもみな、うっとりしたように耳を澄ませている/香りしか聞こえない。

勿忘草のうえに落ちた雪のように、/白い雲きらめく。

やわい痛みも青々として、/木々のうえに降りそそぐ。

 

あの木たちは黒か、緑か?/おそらく、木自身もよくわからないだろう。

一つの窓の中で、青から浮き出た/一滴の赤がふるえる。木々が花咲く。

1941年7月14日 16歳10ヶ月

シオニスト運動に熱心だったというユダヤ人少女ゼルマは、1942年12月16日、ナチスの東欧ミハイロウスカ強制収容所で死亡。

憎しみ合いはいつまで続いていくのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の弁証法的生活

今月末、ポーランドに行く。叡が当地のディレクターから招聘を受け、数ヶ月前から着々と計画が進んできた。ポンコツ車のヒサコサンも当然一緒………と計画に加わっている。一人で着替えも出来ない………全てお任せのヒサコサン………ほんとうにいくの?自分でもポーランドまで飛んでいく、いける、というリアリティーがまったく持てない。行きたいとは思うけど………。

役立たずのポンコツ車・ヒサコサンは………いつもヘーゲル大先生の弁証法的生活だ。

「動く」・「動かない」/「行く」・「行かない」→アウフヘーベン

心の中でグズグズ思い悩んだ末、ヨイショと重たい体を持ち上げると………どうにかなるさ………一人ではないし………と心も軽く、明るくなってくるから不思議。アウフヘーベンのおかげかな!

 

 

何が起こっても不思議ではない。

先週末の日曜日、府中街道にぶつかるT字路交差点のコンクリートの歩道で………あれあれ……と転倒した………ごつんと頭がコンクリートにぶつかる音が聞こえた………目を開けると………三人の男性が上から見下ろしている………心配げな三つの顔の間から遠く青空が見えた。

先を歩いていた叡………ゴツンという音、頭から血を流している私を目撃し………びっくり仰天。偶々その場に居あわせた男性三人が………道路脇に私を運んだり……救急車を手配したり………素早く処置してくれ(心の中で只々感謝)………私と叡が救急車に乗り込むまで見守ってくれた。お礼の言葉も届けられず………救急車は走り出した。

救急病院で早速CT検査………脳に異常なし……傷口を四針縫って無事終了。迎えに来てくれた家族の車で帰宅………あぁお腹がすいた!と私。

美礼さんからいただいた瑞々しいマスカット………ゆうかさんから頂いたどら焼き………嬉しそうに美味しそうに食べる私をみて………家族はみんな唖然とし………食欲だけはあるんだ……と安心した様子………(そうです、朝食を食べにデニーズに向かっていた時にアクシデントが起こったのですから)。

何が起こっても不思議ではない。平和のようだけど平和ではない昨今。微妙なバランスを保って、一人一人歩いている。

「アスファルト敷き詰めたる路上にて かぼそき命手放なすきみか」 (アキラ)

 

秋に向かっての言葉

英国に住む方から、拙著『畑の中の野うさぎの滑走 一匹のトカゲが焼けた石の上を過った』の注文のメールが来た。どんな方かしら? 早速送って差し上げたいのだが、情けないことに………どうやって………英国に………と、はたと考えてしまった。郵便局には行けないし……と悩んでいたら………本を出版してくれた「蛤」の葛城さんが代行してくれると言ってくれた……あぁ、温かい、よかった、ありがとう!

片山中蔵さん装丁の、あの美しい純白の本が英国まで飛んでいく………たのしいこと、うれしいこと。

何度も海外ツアーに出かけたけど、何故か英国だけは縁がなかった。私の中での英国は、何と言っても、レイモンド・ブリッグズの『さむがりやのサンタ』がいちばん。子どもたちに読んであげてボロボロになった絵本が、今も本箱に収まっている。

今日も雨が降ったり……陽がしたり……秋はまだこなかったけど……草花や小さな虫たちは人間たちより刻を確実に先取りして、前進しているようだ。

 

砂袋と闘いながら……。

晴れ!太陽の光は、やっぱり、後向きの私を前向きにしてくれるから嬉しい………といっても、巢から飛び出す小鳥のようにはいかない。夜のうちにすっかり砂袋のように重たくなった体を、よいこらしょ、と持ち上げて………よちよちとまずトイレへ。

車椅子を押して外に出る………砂袋の私と、砂袋と闘う私が一緒に歩きだす。各地で大荒れだった台風一過。木陰を入ると体のなかにひんやりとした風が通り抜ける。ひと回りして家の前まで戻ると……よっこらしょ………と背を伸ばして………青空に浮かぶ白い雲を遠くに眺め「私は私」と頷く。

何も生まれてこなかった日

1日があっという間に過ぎていってしまった。私は今日何をしたのだろうか? 昨日は?

昨日は訪問看護医の佐藤先生の診察日。助手のさかたさんとお二人で、私のポンコツリウマチ車の運転のしかたを具体的に指導してくださる。いつも「安心」と「勇気」をくださる………(お二人ともいつまでもお元気で………私も頑張りますから)………と心の中でお祈りする。

まもなく4日から5日に………明日は、読みかけの本を読もう。

早くおやすみヒサコサン………。

 

「介護と仕事」

暑い!お隣の府中市では40度を記録したらしい。明日から9月というのに………とはいうものの、私は朝の外歩きの他は外の熱風を被ることなく、クーラーを適度に効かせたキッチンで中庭を眺めているという贅沢者。暑さが極まる午後に食事介助に来てくださるホームヘルパーさん(ほとんど私と同世代の後期高齢者の方たち)は、お仕事とはいえ感謝して余りある。

千章さんがメールをくれた開いてみると、添付つき………開けてみると………

こんばんは。
NPOグレースケア柳本です。
本日も猛烈な暑さでした。主に自転車で移動しているまちなかのヘルパーは、過酷な環境下何とかしのぎながら、日々のケアをつないでいます。
今回、ケア社会をつくる会では、訪問介護や移動支援で働くヘルパーさんに以下のとおり、緊急アンケートを行うことにしました。
昨日から始めて、すでに60件近く回答があり、70.2%のヘルパーは熱中症の症状を経験し、96.5%は身体がつらいと感じています。
ぜひ訪問系のお仕事をされている方や、お知り合いのヘルパーさん・事業所さんらにご紹介いただき、現場の実態を集めて次に活かすべく、ご協力のほどお願いいたします。
柳本
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炎天下の訪問介護・移動支援について
緊急アンケート ご協力のお願い【拡散歓迎】
連日の猛暑で命の危機さえ感じる今夏、たゆまぬ訪問サービスに心より敬意を表します。
ここ数年、これまでにない異常な高気温が続き、とりわけ移動を伴う介護サービスの従事者には過酷な状況となっています。

そこで訪問介護や移動支援をされている皆さんに現状と課題をお聞きし、国や自治体に対策を求めるために、緊急アンケートを実施することにしました。

訪問サービスの過酷な実態を伝え、介護職・ヘルパーの報酬と労働環境改善につなげるため、ぜひともご協力をお願いいたします。

アンケートフォームはこちら
タイムリーなメール。早速、今日のヘルパーさんに読んでもらうと………過酷な実態を分かってもらえる人がいるだけでも嬉しい、と。身につまされる。
今日の朝日のフォーラムのテーマは「介護と仕事」。アンケートを実施している柳本文貴代表の話も記載されている、と千章さんが追記のメールをくれた。ありがとう!

旧約聖書から読んでみよう。

幸いにもコロナ禍の声が聞こえ始めた頃の2019年10月、102歳で天国に召された君子さん(叡の母であり、私の姑)は、プロテスタント教会のオルガニスト、教会の合唱団の指揮者、教会の長老のひとりでもあり………土方巽さんの舞台でリードオルガン奏者として出演したり……近所の悪ガキ(失礼!今では立派な社会人)どもにピアノを教え…教えがない時は必ず新聞広告の海外パック旅行を申し込み………サッサとひとりで出かけ………誰とでも友だちになれる全く自由な飛んでる女性(私は密かにダンプカーみたいな女性だったと思っている)。

晩年、老人ホームのお部屋を訪ねると………ベットに座って……日本聖書協会の新共同訳の真っ黒な分厚い聖書を背を丸くして読んでいた………今、その聖書が私の手にある。

君子さんが食べ物を食べるようにして口に入れていた言葉………私も食べてみよう。

90歳頃の君子さん。

府中街道沿いのデニーズまで、よく二人でおしゃべりしに。いつも帽子をかぶってお洒落なおばあちゃん………懐かしい思い出。

 

 

 

あるく……おもう………。

朝7時50分。重たい体をひっぱって外にでる……すこし光の力が弱くなった………いつものように車椅子を押して歩きだす………元気がない………道端に桜の朽葉がちらほら重なっている………一本松(私が勝手に言っている、じつは櫟木の大木)の木陰でチョコを一片と冷たい水を補給する……さあ天平の道だ………南に向かって行くぞ!

歩きながら………昨日読んだ本のこと、子供たちが幼かった頃のこと、ひろみさんのこと、文子さんのこと、先日亡くなられたことを知ったケイコさんのこと………次から次と浮かぶ表象をリアルにみつめている自分に歩く自分が気づく………だんだんたのしくなって、嬉しくなってくる。

世の中は、どんどん複雑になり、暗くなり………私は、重たいものをどんどん捨て………シンプルにシンプルに歩くだけ。

気がつくと、今日の絶望的な状況を静かに受け止める力が体のなかに少しずつ流れている。感謝!

 

自己満足

右膝がグラグラしてきた。背骨はS字に曲がって………右足の踵は直角に固定されて………手と指はマシュマロみたいにふにゃふにゃ………視覚聴覚味覚の衰えは自分勝手の思い込みでのりきり………先行き光が「ある」のだろうか?……「ある」……「ない」はない………と、こっそり笑顔をつくって………これでよし………と自己満足している。

人間同士の争いが終わらない………私もその仲間の一人…………日々の出来事に痛む自分の心をのせて………自己満足というガソリンを満タンにして………光の方に向かって………私のリウマチ車はノロノロ走り続けねばならない………いつまで?

眼科に行く。

三日前に、都立多摩総合医療センターの眼科で、左目の後発白内障YAGレーザー切開術を受け、三日後の今日、術後の診察のために「タマソウ」に。

私の眼のproblemは父親譲り。治療の始まりはドイツに住み始めた頃からだ。ドイツ人の女医さんに「このまま放っといたら、あなたはBlind(盲目)になります」随分はっきり自信ありげな言い方にビックリ! さすがドイツ人だ。

さて困るのは、私の顎が検査の顎台に乗らないこと。頭部が前に傾いているので、眼科の検査は何をするにも大変。先生もナースも、もちろん私も必死。レーザー光線治療の間は戦闘開始の緊張感がある。

今日も三日前に取りきれなかった曇りにレーザーをあてたので、クタクタになる。

光にむかったり、闇にむかったり………私であって私でないものが私のなかにいる。

 

農家の本多さん

先日、小雨の降るなかを車椅子を押して歩いていたら、後ろから、泉のそばに住む農家の本多のおじさんが軽トラでやってきて、車の窓から首を出して「首が曲がっているから辛えだろう、いつも観察してるんだ」という声が聞こえた。咄嗟に私は「辛いの」とおじさんの方に顔も向けずに言ってしまった。

朝の外歩きで、史跡公園の周囲を歩き始めてもう何年になるのだろう? 初めは一人でカートにつかまり………今は車椅子を押して見守り付きで、ほぼ毎朝、外歩きをする。「散歩」と言わず「外歩き」と言うのは、1日一回外の空気に触れながら、ひたすら道路だけを見つめて歩くのみで「お散歩」とはちょっとちがうので………あとの時間は家の中から中庭を眺めて暮らす。

史跡公園の近くに無農薬の畑を持つ本多さんは、叡の小学校の一年先輩。朝、軽トラの荷台に朝の収穫物の新鮮な野菜を積んで、土地の人に安価で分けるために何度も往復している。私の外歩きに出会うと、いつも声をかけてくれる。

「首が曲がっているから辛えだろう。いつも観察してるんだ」という、ほんとうの言葉の温かさ。大切に心にしまっておこう。

 

山の日に………。

失敗……寝坊してしっまった……曇り空………時々日がさし………時々雨粒パラパラ………早く外に出て歩き出そう………蝉時雨のなかにヒヨドリの鳴き声がピィーョ、ピィーョと甲高く響く………生ぬるい風のなかに冷んやりした空気が………朝食はデニーズで。

旧約聖書「創世記」を読む。

「まことにあなたは、正しい者を悪い者と一緒に滅ぼされるのですか。あの町に正しい者が五十人いるとしても、それでも滅ぼし、その五十人の正しい者のために、町をお赦しにはならないのですか。正しい者と悪い者と同じ目に遭わせるようなことを、あなたがなさるはずはございません。全くありえないことです。全世界を裁くお方は、正義を行われるべきではありませんか。」主へのアブラハムの問いかけ。

「もしソドムの町に正しい者が五十人いるならば、その者たちのために、町全部を赦そう。」主のコトバ。

アブラハムは引き下がらずさらに主に問う…………「主よ、どうかお怒りにならずに、もう一度だけ言わせてください。もしかすると、十人しかいないかもしれません。」主は言われた。「その十人のためにわたしは滅ぼさない。」(新共同訳「聖書」より)

山の恩恵に感謝する休日は、静かに暮れていく………。

 

 

 

立秋

昨日、みな子さんから、久しぶりにLINEが来た……/立秋を過ぎたら途端に涼しさのなかに寒さを感じるように/とある………えっ!もう立秋?……送ってくれた写真を見ると、確かに刻は秋に向かって傾きはじめ……爽やかな風が吹いてくる。嬉しいな。

みな子さんの「立秋」というコトバが………暑さでバテ気味の私の体に力を授けてくれたのをリアルに感じながら………中庭の杏の木の葉が微かに風に揺れるのを眺めて………新しい自分が歩き出すことができそう………ありがとう みな子さん!

文藝誌『甕星』

文藝誌『甕星』の創刊の思想

『甕星』(みかぼし)は、創造するという行為から少しずつ「人の温度」が失われている現代において、敢えて「人の手による創造」に拘る者達によって創刊された雑誌です。その名前は『日本書紀』に登場する星の神「天津甕星」からとられました。日本神話において星に関する神の記述は、ほぼこの神のみに限られ天津神が葦原中津国を平定する際、最後まで服従を拒否し戦い続けた邪神・悪神とされるのに特徴があります。一説には金星の神格化とされるこの神からは、冷たい夜に輝く星のイメージが想起されます。時代に流される事なく、信念を元にした活動を発信していく事。また、年齢、性別、所属、表現方法を越え、自由な価値が交差する場所となる事。文藝誌『甕星』創刊の思想です。

今朝の外歩き……外にでると………小鳥たちがいち早く、あるく私を見つけてくれたと思い込む私………頭のなかは………『甕星』創刊の思想が………冷たい夜に輝くみかぼしの光……美しいだろうな………ともすると、行手の途が見えなくて不安になる近ごろの私に………若い人たちが清々しい光で行手を明るく照らしてくれる………ありがたいこと………風がひと吹き私の体のなかを通り抜ける……あぁ、涼しい……ぱっと意識は外に………6時50分から8時まで1時間10分歩いた。よくやった!と心の中で自己満足する。

時間の流れ

熱中症+冷房病……身の置きどころがない日々………午前7時〜8時まで朝の外歩き………体は木陰に入ったり………次第に高くなる日の光の中に入ったり………体の内側は自然に浮かんでくるさまざまな風景を見ながら………歩いている………。

今日の朝歩きでみた風景…………富岡幸一郎さんと話したスイスのBasel………懐かしかったなぁ……Basel美術館にあるホルバインの「墓の中の死せるキリスト」………石のような哀れなキリスト像………私も見た………ドストイエフスキーがBaselにやって来て………この「キリスト」を目撃して………てんかんを起こしたという話を冨岡さんがし 続きを読む “時間の流れ”

手紙

 

ゆみちゃんから暑中見舞いの葉書が来た。淡い色合いの風鈴が涼しげに風に揺れている絵の上に………「ひさこちゃん 元気? 熱中症にくれぐれも気をつけて、この夏を乗り切ろう………お互いにもう歳だからね!」と相変わらず達筆だ。新宿区立大久保小学校以来の友だち………1944年生まれの私たちは、今でも、ゆみちゃん、ひさこちゃん、と自然に出てくる。ゆみちゃんは年賀状、暑中見舞いはもとより、海外旅行のお土産は必ず忘れずわたしに送ってくれるのに………わたしの方は何も応えられず甘えっぱなしで………気がついたら、葉書を書くペンも持てなくなってしまった………お互いに歩いてきた途はちがうけど………いつもゆみちゃんは一緒だった。ありがとう❣️

欧州では郵便ポストが消え……郵便配達サービスもやがて消えるらしい………だんだんつまらない世の中になっていく………手紙や葉書がパソコンの中の記号に閉じ込められたら……時間空間も………歴史も断絶し………情報だけは均一的に残っていくのでは?

「しきしまのやまとの心を人とはば 朝日ににほふ山ざくらばな」本居宣長

 

 

土曜日の朝

30度以上の日が続いている………熱中症警戒アラートがとまらない………でも1日一回は外歩きしなければ不安になる。

今朝は9時に外に出て、車椅子を押し出発………すでに陽射しは容赦なく降り注いでいる………それでも、夜のうちすっかり冷え切った私のリウマチ車は暑い🥵というより暖かいと喜んでいる………時折の風が気持ちよくカラダを通り過ぎていく………口に入れた一片のカカオのチョコレートが口内で溶け出した……私であって私でないものが歩いている…不思議な時間………昨日の体は消え去り、今日の体に出合う………小鳥の鳴き声……風のそよぎ……今日は土曜日………いよいよ日が高くなって………人影もなく………静かだ。

 

 

選挙の日

参議院選挙の日。朝のうちに車椅子を押し………叡と選挙会場の四中に向かう………蝉の鳴き声がしきりに聞こえる………校庭から野球の練習に余念のない生徒たちの元気な声が聞こえてくる………投票を済ませ会場を出ると………陽射しは高くなり……日陰はなく………いよいよ暑さが増している………心のうちで、これでよし!………とスッキリした気分で………近場の府中街道沿いにあるファミレスまで朝食を食べに足を延ばす………店内は祝日でもあり、投票帰りの人もありで賑わっていた。

お気に入りのオンボロサリーノ(!)の帽子にオニヤンマをつけて。

夕ぐれの時はよい時、かぎりなくやさしいひと時。

今日も1日荒れ模様………雨、陽ざし、突風………明日にも梅雨が明けるとか………ギラギラ輝く太陽の夏がやってくる……恐ろしい。

昼下がり、ヘルパーさんが用意してくれる昼食を1時間かけてゆっくりと頂く……美味しい………ヘルパーさんとの会話も楽しい………食欲が落ちれば………目に見えてわたしのリウマチ車は壊れていく………。

贅沢な食事の時間(!)が過ぎ………夕暮れが迫るころ…………なぜか悲しい気分になる………そんな時、堀口大学の美しいことば…………「夕ぐれの時はよい時、/かぎりなくやさしいひと時。」…………と口ずさんで、ひそかににっこり笑っている。

今週末は参議院選挙の日。政治に期待はできないけど、こうあって欲しいと願う自分がいる。のろのろ運転しながらでも選挙会場に行かねば!
少しでも美しく、やさしくなりますように。

 

右膝が危ない

六時前に目覚め………すぐに起き上がり………歩き出そうとしたが………右膝に力が入らない………どうしよう!
いよいよ右膝関節が崩壊してきた………慌てることはない………予定されていたことだもの。
2017年8月に左膝関節を入れた時、岩澤先生に「右膝は85歳ぐらいまで頑張ってもらい、それから車椅子だな」と言われた。85歳まであと2年数か月。
再びベットに横になって………だんだん枯れ木のようになっていく自分の体の内側を想像しながら………iPadに入っている日記のサイトを開いてみると、すっかり忘れている日々が急に目の前に現れた。

「2024年5月19日(日)曇りのち雨
キッチンから 中庭を眺めて
考えている なにを? なにかを…………
でも見つからない
でも 考えることは やめられない
では 考えていることを そのままことばにしたら
そんなに上手いことは いかないの………………なぜ?
一言を 生みだすのは たいへん
昨日の せつ子さんの 踊る姿は 美しかった
時が ひとつひとつ 積み重なって こつこつと
磨かれて行った体………

明日はもっとうつくしく………」

壊れていく自分の体といつも一緒に生きてきた、ヨワムシヒサコとノーテンキのヒサコサン。
体と言葉と格闘している限り、どうにかなるさ!

梅雨の終わり

風のないじっとりとした蒸し暑い日。ホームヘルパーのヤマウチさんが「降るかと思ってカッパを持ち歩いているんだけど」と言いながらやって来て………早速冷蔵庫の中身を点検「やだぁ、スカスカじゃないの。でも大丈夫」と言って………何やら刻んだり………温めたりして………わたしの前に、食べやすいように細かく刻んだお惣菜が並んでいく…………「さあこれがメインですよ」と…………まるで手品のように。
食器の片付けを終えたヤマウチさん「これからですよ、夏が始まるのは。食欲を落とさないように今年の極暑の夏を乗り切りましょうね」といいながら帰って行った。

夕方になって、一瞬、中庭が茜色に染まった………美しい!

手元にいつもある覚書ノートから………わたしの好きなことば。

「朝起きて台所に降りて火を点し、小鳥たちに餌をやり、テラスから太陽を見上げる、それは一種の祭儀であり、最後には完全に個人を超えるものになるのです」 
                     マグルリット・ユルスナール

ガニ股歩き

今朝の朝歩きは………ほどよい風に吹かれながら………久しぶりに汗をかかずに歩けた………毎日こうであってほしいなぁ〜。
左膝に人工関節を入れたのは今から8年前………その時、右膝はもう少し頑張って………と言われたその頑張りがいよいよ怪しくなってきた………左膝の関節が滑っていつ脱臼してもおかしくない状態になってきたのだ。X脚の私の歩き方はガニ股歩きがいいらしい。もともと右足の踵は直角に固定され、右足首はペンギンさん歩きになり、左右の足の長さも違う。頭が前に傾き………右足はペンギン歩き………そのうえガニ股で歩く姿を想像してみると…………あっ、お猿さんだ! 自分で可笑しくなって笑ってしまった。
子どもの頃の愛読書「サザエさん」の一コマ………洗濯竿にガニ股の形のまま干されているジーパンが、夏の青空にひらめいているのを思い出し、もう一度クスッと笑ってしまった。

歩くことと言葉の結びつき

朝目覚めると、まず、歩こう……と自分に言い聞かせる………そこで息を抜くと………身体は重力の法則に従って………だらだらとベッドに沈みこんでいく………枕に頭をのせているとなんでもできる気になる………頭のなかで思っているだけなら重力はいらない…………どこまでも自由だ。
思い切って「く」の字に傾いた頭部を持ち上げ………ずどーんと重たい自分の体が転倒しないように細心の注意を傾け動きだす………思っているだけの体が思う体になっていく。

何か書きたいと思う………書きたいと思っているだけなら………さまざまなことが心に浮かぶ…………どこまでも自由に。
いざ書こうと思うと言葉がでてこない………でてくる言葉はいつも嘘っぽい………以前に書いた文章を読むと………よくこんなにスラスラと書けたもんだ、と自分で自分に感心する。

思う体になって歩いていると………言葉が自然におりてくる………歩くことと言葉がリアルに結びついていることを実感する。

子どもの頃

友人から無農薬のトマトを頂いた。真っ赤に熟したそのトマト………ずっしりと重く………果肉がしっかり詰まっている……「わぁ〜美味しそう。丸かじりしたい〜」というと……北海道出身のヘルパー、オガサワラさん「子どもの頃はよく畑からとってきて、そのまま丸かじり、たっぷりお砂糖をつけて」……えぇ〜トマトにお砂糖をつけるですって! 初めて聞いた………果肉をひとかじりすると、甘酸っぱく、青っぽい、果汁が口にジュヮ〜野生的な香りが漂う………そこに砂糖とは!?………次の日、ヘルパーのマツモトさんに聞いてみた「トマトにお砂糖つける?」………「そう、つけて食べるの………」とそっと言った。そういえばマツモトさんのお里も北海道。
オガサワラさんもマツモトさんも私もみんな同じ子ども時代を過ごした。住んでいた所は違っても「何もなかったけど、毎日思いっきり楽しかった」という思いは一緒。懐かしい空気に包まれる。

少年タルホがいる神戸

神戸の市民ホールでのポスト舞踏派『魔笛』公演から帰って3日たっても……相変わらず、蒸し暑い夏日が続いている………まだ梅雨は明けてないらしい。2024年1月のKAATでの初演後、暫くして決まった今回の神戸公演………果たして一年先の自分を想像できなかったけど………何事もなく、リハーサル・ゲネプロ・本番に立ち会うことができ………七夕さまも過ぎ………今日朝の外歩きを歩きながら………数日前の神戸の街………夜道で星を拾ってポケットにそっとポケットに入れるタルホ少年の街………大正モダニズムの香りがほのかに漂っている神戸の街が………自然に頭の中に浮かんでくる。

史跡公園の天平の道をまっすぐに下り東に向かうと、容赦なく夏の暑い太陽の光が壊れかかった私のリウマチ車を直撃してくる………頭の中から雑念を追っ払い、ひたすら「na mu a mi da b tu」無言で呪文を唱えながら歩く………あふれる汗が目に沁みる………速度が落ちたノロノロリウマチ車が我が家に着く。

記憶の層から浮かんでくるもの、未来から聞こえてくる使者たちの声に耳を澄まし、今生きていることを実感する日々。

七月一日

7月になった。いよいよポスト舞踏公演『魔笛』(再演)の稽古も大詰め。明後日には神戸に移動する………全てお任せの私も車椅子で一緒に移動……見届けることが肝要だ!と張り切るけど…………この蒸し暑さ、恐ろしい。

今朝、びっくりするほど鳥たちが杏の木にバタバタと集まってきた。何があるのかな?
午前中、雑草が伸び放題の中庭に光があふれている。家事援助のヘルパーさんが玄関に届いた生協の食料品を手早く冷蔵庫に収納………洗濯干し、トイレ、バスルーム、居間……汗を拭き拭きお掃除を済ませ………次の仕事場に自転車で急ぐ………お気をつけて!………。

鳥も草花も人も、みんなこの異常な蒸し暑さのなかで、ぐるぐる動いている……

中庭が急に翳りだした。紫陽花の花が上に下に揺れ動いている。朝の鳥たちの姿は消えた。遠くに遠雷が聞こえる。稽古場で『魔笛』の最後の稽古がはじまったらしい。

梅雨明けが待ち遠しい。

お喋り

夜分、和子さんから電話………珍しいな、と思ったら………今日のオイリュトミー初伝講座(いつまでたっても初伝!)で、ノート一式忘れたそうだ……折角、お声聞いたので、しばらくお喋りすると……周りに辛い人がだんだん多くなってきて辛いね……癌になって働けず、生活保護を受ける人とか、次第に認知症になっていく一人暮らしのお友だちとか……世の中も暗いニュースばかり……楽しい気分になれないよね……はやく向こうに行きたくなるよね……などなど。

お喋りはいいもんだ! 沈んでいるものを浮かび上がらせてくれる。

 

 

「死を選ぶ権利」朝日の記事を読んで。

蒸し暑い!突然、雨が降り出したり、急に中庭に明るい陽が差し込んだり………忙しい。

今日から神戸のポスト舞踏公演『魔笛』再演(初演2024年KAAT)の通し稽古がはじまる。忙しく活躍しているダンサーたち、スタッフたちが天使館に集まってきた。私はキッチンに座って、雨や日差しで草臥れて項垂れている紫陽花を眺めている。稽古が始まったようだ。

朝日で、数年後「死を選ぶ権利」が英国で法制化されるという記事を読んだ。「余命が半年未満と見込まれ、正常な判断能力をもつ18歳以上の成人であれば、自らの意思で致死薬を飲むことが合法」となるらしい。国民の7割超が賛成している。法案が英議会で可決したことを喜ぶ人びとの写真が載っていた。

自分の「死」を自己決定する………そんなこと果たしてできるだろうか?正常な判断能力をもっていることを誰が決めるのだろうか????

私が今、そんなことで思い悩むことはない………としても………50年連れ添ったリウマチ車から降りたい時もあったりして……そんな日もあるさ、と直ぐ自己肯定したり………今日の天気のように落ち着かない一日。次第に自分の言葉も身体も薄まっていくようで恐ろしい。

晴れたり、曇ったり、雨だったり………いつの間にか雨は上がり、集中稽古を終えたダンサーたちが、キッチンに座っている私にサヨナラの手を振って夕闇の中に消えていった。明日またね………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

島崎藤村『夜明け前』

夏至……昼下がり、明るい光が中庭に溢れている。暑さに草臥れた青紫の紫陽花が、微かに風に揺れている。ここは静かだ………殺し合いがあちこちで起こっているというのに!

藤村の『夜明け前』うんざりするほどの長編にもかかわらず、なぜか引き込まれて目が離せない。あまりにも長いので、途中でほったらかして別の本に目を移し、忘れた頃に再び木曽路、馬籠の庄屋青山半蔵さんのところに戻っていく。すると、私はすんなり山の中に楚々として暮らす木曽路の住人になっている。不思議な小説だ。

幕末の混乱から明治維新の文明開化までを藤村は『夜明け前』と言ったが、20世紀から21世紀の今日まで、果たして世は開けたのだろうか?

「木曽路はすべて山の中にある」という書き出しとはほど遠い、地球規模のグローバルな世界の今日。ますます夜明けから遠のいていく………。

 

 

 

 

 

 

 

暑い、エアコンの出番だ!

遂に今日はエアコンのスイッチを入れる………まだ6月なのに………これからの日々が恐ろしい。

半世紀前、水道橋の大学病院でリウマチ科を受診した時、医師から「絶対に冷房は使わないこと。冷房の部屋に入らないこと」と念を押すように厳重に言われた。その頃は、かろうじて、その禁止事項を守りことができた。確かに、クーラーの部屋に入ると気持ちがいいが、関節が異常に冷えるのを感じ………暑い外に出てギラギラの太陽の熱にあたると、その熱の暖かさに関節がほっと喜んでいるのを感じた。

50年経った今、特に高齢者はクーラーを使用して、暑い日は外出を控え、水分を絶やさず………と厳重注意の呼びかけが聞こえてくる。確かに、今日はせっかく咲き始めた中庭の紫陽花も真昼の太陽にぐったり項垂れてかわいそう。自転車でやってきて食事介助をしてくれるヘルパーさんも仕事とはいえ、大変だ!

地球温暖化は、だんだん激化していく人間の争いと共に速度を増していく………自分の食事も用意できない私は、クーラーの効いたキッチンに座って食事介助のヘルパーさんを待っている。

2024年6月18日にヘルパー原さんが用意してくれた食事の写真。美味しかった。私と同年の原さんは今は来ない。どうしているかな………。ご無事でありますように。

 

 

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ルドンと私

現金書留を送って注文した『PARALLEL MODE   オディロン・ルドン 光の夢、影の輝き』を郵便屋さんが届けてくれた。16日の注文締切日に間に合ったんだ!

オディロン・ルドンについて私はほとんど知らない。ただ二十歳の時、たまたま銀座の画廊で観たルドンの石版画(まさしく”影の輝き”)に魅せられて以来、その時画廊が出した「REDON」という小冊子をいつもそばに置いて、ドイツに移住しても持ち歩いていた。Stuttgartの本屋で分厚いルドンの画集を見つけた時は嬉しかったけど、分厚い画集のページにぎっしりと埋まったドイツ語、読めないし、重たいし、貧乏留学生家族の経済担当の私としては、色々の理由からじっと我慢した自分が懐かしい。

私がなぜルドンに惹かれるのかわからない。生の絵と対面した瞬間の感動さえあれば、理解しなくてもいいのかもしれないが、今日届いた本の図版を観ていると解説を読まなくても少し何か分かってきた。ますますルドンに惹かれていく。なぜだろう?

 

 

オディロン・ルドン

今年の春先、2025年上半期の美術館情報をみて、観に行きたいと思う展覧会を手帳に記しておいたけど………時はいつの間にか通り過ぎてしまう。同伴者がいないと私は出かけるのが不可能なので、殆どの場合、観に行きたいなぁ〜行けるかなぁ〜と胸を膨らませて楽しんで時を過ごす。。気がつくと『ヒルマ・アフ・クリントン』展は、16日まで。まだ1日チャンスがある!すでに観た人の「これは必見。二度と観られない」などのFBの書き込みを読むと、あぁぁ、と気もそぞろになって、1日が早く通り過ぎますように、とキッチンに座って中庭を眺めて過ごす。

『オディロン・ルドン』展は、3月から始まって6月22日まで。パナソニック汐留美術館。二十歳の頃に初めて銀座の彌生画廊・フジヰ画廊で観たルドンの石版画。漆黒の闇に浮かぶ亡霊、目玉………静謐で、清らかな「朝日の中のキリスト」と題された石版。忘れ難い。もう一度あのブルーが美しいパステル画も観たい!今回のルドン展の図録の申し込みが現金書留で16日までと知り、せめて図録でも、と昨日叡が郵便局まで行ってくれた。間に合うだろうか。待つ楽しみ!

1日一回外歩きして、あとの時間は私の自由時間。周りの人は忙しく働いている人ばかり。私の時間はたっぷりあるのに1人外出禁止令を受けている私は、自由だけど不自由だ。梅雨特有の湿気の多い曇りの今日は、本棚から1964年10月14日〜24日の『REDON』(彌生・フジヰ画廊)の図録を引っ張り出して、当時のことを懐かしく想い浮かべて不自由な体から自由になって過ごした。

『ルドン』  中川一政

ルドンの作品には心境が漂う。われわれにとってはルドンは異教徒であるが、その心境に誘われる。/ その澄みわたった心境は澄みわたれば澄みわたる程、高貴になり神聖になる。…………。彌生画廊 フジヰ画廊 (1964/10/14〜24)  図録より抜粋