心と体の追っかけごっこ

九日は、アキラの新作『畑の中の野うさぎの滑走〜』のチケット発売日。

「いよいよ、カラダが壊れきた。指の関節が脱臼して力が失せ、冷蔵庫が開けられなくなった。これはゆゆしきことだ!自分のカラダのどこもかしこも壊れていくのを横目で見ながらも、面白いことがあれば、観たい、読みたい、聴きたい、行きたい、と心が動く。サポートなしには立ち行かないと知りながら………カラダを携えて生きていくのは、容易なことではないなぁ…………」『畑の中の野うさぎの〜』の2021年8月4日の記述。

拙著を読み返しすと、カラダが崩壊していく速度が加速していくのがわかる。半世紀以上、心と体のオッカッケゴッコをやってきて、遂に2年前、体が負けて水平生活をする羽目になったが、観たい聴きたい行きたい、の心が動いて、どうにか垂直生活にもどることができた。
それにしても、今夏の暑さは半端ではなさそう……果たして夏を越せるかな………と弱音を吐いていると………三人の女性ダンサーが雑草だらけの中庭に、ぴょんぴょん跳んでやってきて、グングン踊りだした………面白そぉ〜。

観たい聴きたい行きたいのヒサコサン、まだまだ十分時間はあるよ、と心が体を引っ張ってくれる。。

『畑の中の野うさぎの〜』を改めて読んでみた。

拙著『畑の中の野うさぎの滑走 一匹のトカゲが焼けた石の上を過った』というタイトルで、9月にアキラがポスト舞踏公演をする。もう稽古は始まっている。
今回、思いのまま書き綴った日々の記録『畑の中の〜』を改めて読み返してみた。1971年、庭に稽古場天使館を建てた頃から、既に、地球星は緩やかに没落の方向に向かっていた、というのが読後感。昨日今日とその没落の速度は加速して、私の物質体が壊れていく速度と正比例している。みんな懸命に生きているのにどうして? コトバはフワフワと柔らかく飛んでいき…………幼い命は大人の身勝手で消えていき…………動物たちも食べ物を求めて里山から降りてくるし………地球はどんどん暑くなり………戦争は終わろうとしないし…………何が何だか分からなくなる…………フッと、もうこんな地球に生きていたくないな、なんて弱音を吐くヒサコさん………けど、まてよ!日々、思いのまま身勝手に雑草のような言葉を紡ぎだしてできた『畑の中の野うさぎの〜』がうまれた。私のリウマチ体に生きる力を授けてくれたのは言葉。
コトバは私の命、私のダンス。

ーわたしの恵みは、あなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるー
                             コリントの信徒への手紙Ⅱ

『畑の中の野うさぎの滑走…………』

今朝、アキラの新作公演のチラシが届く。

芸劇dance ポスト舞踏公演『畑の中の野うさぎの滑走 一匹のトカゲが焼けた石の上を過った』

ー未来から 記憶の風が吹いてくるー
『畑の中の野うさぎの滑走』
この笠井久子の著作を出発点に紡がれる、
ポスト舞踏公演。
今回天使館に集ったのは、
柔らかな佇まいの中に
底知れぬ狂気と大胆さを宿す3人の女性
ーKAi MiWA、川村美紀子、小倉笑。
笠井叡と共に、
野うさぎの足跡を追って時空を駆け、
遥か未来の人類像を描き出す!

2024年9月6日(金)〜8日(日)
東京芸術劇場シアターイースト

蒸し暑くて嫌だなぁ……………なんて、キッチンからぼぉ〜と梅雨空の下の雑草だらけの我が中庭を眺めているうちに、うとうと居眠りしてしまった……あっ!野うさぎが三匹踊っている………夢か現か………?

白石かずこさんのこと

白石かずこさんが亡くなられた………温かい何かがスゥーと飛んでいってしまった。哀しいな。でも、今ごろ、遥か彼方の星空で澄子さんと再会しているに違いない。

雑誌『詩と批評』の原稿をいただきに西荻に白石かずこさんを訪ねたときのこと………暑い夏の日で、アパートの扉を開けて、風通しのいい台所の丸椅子に片足を乗せ、短パン姿で、奥から聴こえてくるジャズのリズムにカラダをスゥイングさせて詩を書きながら、ドキドキするわたしをスゥーと温かく迎えてくれた。

寒い冬の日、中央線の西荻窪からミッキーマウスがいっぱいついた真っ白なふわふわのオーバーを着た白石さんが乗ってきた。ちょうど乗り合わせていたわたしを見つけるとワァ〜と近づいてきてハグする………私はびっくり………その自由さ、温かさ。

渋谷のカフェで、アキラも交えて3人でおしゃべり。かずこさんいきなりスカートを持ち上げ「お母さんの介護中なの………私、不器用だから湯たんぽのお湯をこぼしてしまったの……咄嗟にお母さんの方でなく自分に向けて………お母さんが火傷しなくてよかった………でも、こんなに腫れてヒリヒリ痛いの」とあたり構わず、太腿を見せてくれた………あぁ痛そう!

「スミコ、スミコ」と矢川澄子さんが大好きだったかずこさん。澄子さんの出版記念会で、巻紙に書いた長詩を張りのある美しい声で読み上げた………まっすぐに澄子さんに向かって。

アキラが女性5人を振り付けた作品「今晩は荒れ模様」は白石さんの詩集のタイトルからいただいた。世田谷パブリックシアターに公演を観にいらしたかずこさん。アキラの頬にスゥーと接吻して「嬉しいわ」と囁いた。

「ウーマンリヴの走りは、私」とそっとわたしの耳に囁いた白石かずこさんの声の響き、温かさ。忘れられない。

昨日はミツの誕生日だった!

蒸し暑い日も暮れて、じっとりと湿った闇が中庭に居座っている。私は、もう長いことキッチンの指定席に座って、ことばが出てくるのを待っているのに出てこない。

そうだ、昨日はミツの誕生日だった。うっかり、母親のわたしが忘れていたとは!
ちゃんと、ナオカさんがケーキとローソクと花を用意して………「happy birthday to you」の歌に加わることができた………ありがとう。

1975年ミツの生まれた日も蒸し暑い曇り日だった。
そうだ、その日も今日と同じ「父の日」だった………アキラは年長さんのチカシと手をつないで幼稚園に。
ピアノの先生のおばあちゃん、キミコさんは、子どものピアノの発表会で府中の公民館に。
私は、もうじき2歳になるレイジと、お腹の中で「生まれたい」と言っている我が子と一緒に家で待つ。
「ただいまぁ〜」キミコさんが帰ってきた………あぁよかった………安心した途端に陣痛が始まった。

昨日のこと……48年前のこと……すこしづつ、カラダの中にコトバが生まれては消えて………生まれては消えて………。

お料理に挑戦

突然、夏が来ちゃった! と思わせるような暑い一日。中庭の紫陽花が隣の百日紅までのさばっている。

FBの映像で見たセラミックの包丁(よく切れる………ホントかな?)が欲しい。「ハシモツカエナイノニ、ドウスルノ、ヒサコサン」と、何処かで言っている………デモ、軽そうだし、一人で買い物に行けないし、騙されてもいいや(ネットの宣伝には注意、といつも言われている)と思い切って注文し、届いた。

さっそく柄を握ってみる。マシュマロのような私の手には大きすぎるが、軽くて肩の関節に負担がかからないので、とてもいい具合。朝アキラがホンダさんから買ってきたかぶら。てっぺんにチョロと髭がある可愛い頭の形のかぶら。スゥーと真っ二つに切ると、内側は真っ白でなんとも瑞々しい。ゆっくりゆっくり切ってみる。力を入れず薄く切れる。よし!これに胡瓜とミニトマトを加えて酢漬けを作ろう………と張り切ったがそう簡単にはいかない。

2年前の寝たきり状態の時、訪問歯科医のタツノ先生が、ほとんどの歯を失ったわたしに「入歯を作ってみませんか?」と聞いてくださった………えっ、顎関節も頸椎も変形しているのに………それから1ヶ月半、何度も何度もきてくださって………諦めていた私の歯が出来上がり、いよいよ調整にかかる時、私の義歯を作り始めた時にはすでに末期癌を患っていらしたタツノ先生はお亡くなりになった。抗がん剤治療の苦しみ決して表さず、私の口腔の診察に、いつも穏やかに静かに、何度も訪問してくださった。今私は、カブラと胡瓜とトマトの酢漬けをパリパリと食べられるようになったのも、タツノ先生が命と引き換えに下さったのだと思っている。だから、諦めないで、ゆっくりゆっくり料理に挑戦しよう。

明日は、何を作ろうかなぁ〜 茄子の煮浸し、肉じゃが………できるかな⁈ 夢は広がって………。

『Here Comes The Sun』を踊る良平さん。

久しぶりにアキラと一緒に、近藤良平さん率いる「CONDORS」の公演『Here Comes The Sun』を観に彩の国埼玉芸術劇場まで行く。JRに車椅子ケアをお願いしたので老老介護の我々でも、無事に西国分寺駅から武蔵野線……途中乗り換え………埼京線与野本町駅まで行きも帰りもスムーズに行ってこられた。思い切って観にいってよかった!
学ラン姿のコンドルズのメンバー、みんなオジサンになっても踊っている。劇場が丸ごと家族のように温かく、愉快で、面白い………これは凄いこと!

わたしが初めて「コンドルズ」で踊る近藤良平さんを観たのは、今年の春閉館したこまばアゴラ劇場だった。まだ、みんな若く、勢いよく、奇妙なこと(たとへば、牛乳を何本も何本もゴクゴク飲む………大丈夫なの?とわたしは本当に心配した覚えがある)、若い彼らのユニゾンの踊りはキレが良く…………格好よかったり悪かったり………若かったなぁ………以来、きっとみんな、マルのとき……サンカクのとき………シカクのとき………ダエンのとき………コンガラガッタとき、さまざまな時を経て、それぞれが途上に向かって歩んできたのだろう。

みんなオジサンになっても踊っている………おばあさんになったワタシもワクワクして観ている………これは凄いこと!

美しい宇宙にひとりになった良平さん……「Here Comes The Sun」………もう大丈夫だよ………と遥かな光に向かって踊っていた。良平さんの想いが静かに会場な広がった…………素晴らしい!

今日、わたしは何をしたのだろうか?

一日が数秒で過ぎ去って消えていく。今日、わたしは何をしたのだろうか? 
7時半に家を出て歩きだす。朝の光の中に、まだ夜の冷気がのこっている。砂袋のように重たい体をできるだけ垂直に伸ばし、視線はできるだけ遠くの方に………鴉の鳴き声…………風の音………水たまりに映った空の青と雲………路傍の花たち………わたしの周り全てが無感動に通り過ぎて行く。

今日一日、わたしは何をしたのだろうか?

日暮れどき、中庭でミツタケが親しい友人たちとバーベキューを始めた。やがて陽がとっぷり暮れて、わたしのベットからカーテン越しに、人影の間から肉を焼く赤い炎が見えた。

カフカ没後100年

今日、6月3日はカフカの没後100年の命日。早速、先日届いた分厚い本『カフカの日記』の年譜のページをあけてみた。
「四月末、ウィーン近郊キーアリングのサナトリウムへ。六月三日、死去。」とある。地図帳でキーアリングを探すが、見当たらない。ついでに、カフカの生地のチェコのプラハから周辺諸国にまで想いを馳せる。

現代詩手帖で「パレスチナの現代詩人たち」の抵抗の声を読んで、もう一度、1942年12月16日に18歳4ヶ月で東欧のミハイロウスカ強制労働収容所で亡くなったユダヤ人の少女ゼルマの叫び声を聴く。

 わたしは生きたい。
 わたしは笑い、重荷をふりはらいたい、
 そして、闘い、愛し、憎みたい、
 そして、両手で空をつかみたい、
 そして、自由になって、呼吸し、叫びたい。
 わたしは死にたくない。いや!
 いやだ。
 生は赤い。
 生はわたしのもの。
 わたしのもの、そしてあなたのもの。
 わたしのもの。

 なぜ、大砲はうなるの?
 なぜ きらめく王冠のために
 生命(いのち)は死ぬの?   『ゼルマの詩集』より 秋山宏訳

ユダヤ人ゼルマの魂の叫び、パレスチナの詩人たちの抵抗の声………わたしたちともにみな地球人。どこに向かっているのだろうか?

 
 

六月

新宿区立大久保小学校6年3組のクラス会「八起会」開催も今回限りというお知らせに、幹事の方を含めて、14人のお名前が並んでいる。わたしがクラス会に出席したのは10数年前のことかしら?その頃は、時をおかずあきらの海外公演に忙しく、クラス会のお知らせを頂いてもお返事も忘れて………忙しい最中、幹事を引き受けてくださった方に感謝も忘れて………なんと無礼なこと、身勝手なことか………と今、気がつき………恥ずかしい限り………今回最期のクラス会の14名のなかに私の名前も載っている………嬉しい、懐かしい………寒い冬の日はあの木造校舎に囲まれた校庭で、男の子はめんこ、女の子はおはじき。ストーブ当番の子は用務員さんと一緒に炭を運んで教室のだるまストーブに焚べる。夏はプール遊び。戦後間もない頃のこと、遊び道具はなにもなかった。いじめっ子もいた。悪いことをすると先生に頭をこづかれた。廊下に立たされた子もいる。親たちは何も言わなかった。みんな忙しかった。その頃、死ぬことなんて考える子はいなかった。時間がなくなるなんて思いもしなかった。
そんな男の子と女の子も、今みんな80歳。最期のクラス会は傘寿のお祝い。一人外出禁止の私は行けない。お世話役の方達に感謝を込めて欠席のメールを送信すると、間髪入れず返信。その上、LINEも繋がる。その早業にびっくり!………ヒサコサン、これから、ラインでお喋りしましょうね。困ったことがあったらなんでも言ってね。助けに行くから。それから、キヨコさんにもラインが繋がったことを知らせたわ…………クヨクヨしている場合じゃ無い。子どもの頃からの繋がりはまだまだ続く。

今日から六月。Junebride………真夏の夜の夢………ワルプギスの魔女の宴………
静かな1日………あっ、中庭の紫陽花が咲き始めた。

分厚い『カフカの日記 新版』が届いた。

今朝は、いつもの外歩きと反対周り(つまり時計回り)に一時間と少し歩いた。途中で出会った中年の女の人が、わたしの帽子に付いている大オニヤンマを見てびっくり。去年の夏流行った虫除けグッズ、なおかさんがくれたものだ。確かに、外側から自分の姿を思い描いてみると自分でも滑稽にみえる。面白いな。

何時も地面をみながら歩く私の頭のなかは、いろいろな想念が、生まれては消え生まれては消える。時には、書きとめなければ、と思うけど、家に着くとすっかり忘れてしまう。思い出せない。どこに行っちゃうのだろう。

顎関節が変形して喉が落ち込んだために発声がうまくできない。人は、私の言うことを聞き取りにくいだろうな、と思う。おまけに声が外に出ないから、わたしは大声のつもりで言っても、人には小さく聞こえるらしい。でも、嘆くことはない。そんなに大声で人に伝えなくてはならないことはない、と思うから。

だんだんとシンプルに生きるようになってきた。

夕方、注文しておいた『カフカの日記ー新版』(みすず書房)が届いた。
ひゃー! 二段組で本文だけで500ページ………カフカさん、わたしも一緒にお供させてください………と心のなかでお願いし、ゆうに4センチを超える真新しい分厚い本を開いた。

「なんと多くの日々が、またしても沈黙のうちに過ぎ去ってしまったことか。今日は五月の二八日だ。ぼくにはこのペン軸を、この一本の木切れを毎日手にとる決意さえないのか。自分にはそういう決意はないのだと、ぼくは本当に思う。ぼくはボートを漕ぎ、馬に乗り、泳ぎ、日向ぼっこをする。そのお陰でふくらはぎの調子はいいし、大腿の具合も悪くなく、腹の調子もまずまずだ。しかし胸はもうすっかりぼろぼろで、それにもし頸(くび)にめりこんでいる頭が…………」(谷口茂訳)

髙橋恭司さん、美加さん

昨日、写真家の高橋恭司さんと美加さんがやってきた………美しい薔薇の花束とワインとチーズをもって。
恭司さんの写真………あの不思議な空のブルー………見ていると………あっちとこっちの中間に浮遊しているような……不思議な感覚になって………見ている自分が消えている………いつまでも見ていたい。

美加さんも不思議な人………美しい、温かい、慎ましい、優しい……などの形容詞を超えてる人。子どもの頃のわたしのこころに連れ戻してくれる…そっと私のこころを温めてくれる人。
素敵な人たち!
 
嬉しい時間………自分を見つめる時間………祈りの時間………すべてが許される時間……一瞬にして、さまざまな時が流れていく。

未来から記憶の風が吹いてくる

すっかり緑も濃くなり………もう梅雨?と思わせる湿気を帯びた微風が体を通り抜ける。早朝の朝歩き………小さな背中には少々大きすぎるランドセルを背に………思いっ切り走っていく子………うな垂れてボソボソと歩いていく子………赤ちやんを胸に抱っこしたパパの手に引かれていく子………新一年生かな?どんどん私を追い抜いていく………あっ前方から、いつも出会う新米ママささんがやってきた………わたし「そう7ヵ月なのぉ………可愛いおてて、マシュマロみたい!楽しみね。又ね」………とちょっとおしゃべりして………嬉しい気分になり………ひたすら、歩く歩く………今朝の「小鳥の里(わたしの勝手な命名)」の小鳥のお喋りは特別!愉しそうに輪唱している。

夕暮れ時、アキラに促されて2度目の外歩き………「やっぱり木の緑はいいね、真っ赤でなくて」と桜の樹々を眺めながら、髪を緑に染めたアキラが後ろで呟いてる……わたしは「桜の園」の樹々がみんな真っ赤だったらどうなるだろう?…………頭のなかで絵を描いてみる……………史跡公園の大銀杏は茜色の空をバックに黒々と立っていた。

未来から記憶の風が吹いてくる

ヒサコ「覚え書帖」から
「1980年の夏
イゾルデ・クルツ通りを 右に曲がって
地球の表面の 緩やかなまるみを 足裏に感じながら
子供たちの食べ物を求めて 
土地のことばをもたないわたしは
「あぁ だぁ〜れも知らない この地で 
これから 子どもたちと家族5人で 生きていくんだなぁ」
と スーパマーケットに向かって歩いた。」

ロボットくん

先日、ファミレスでウエイトレスに代わりロボットが、注文の食事を運んで来てくれた。カタカタと微妙に揺れながらキッチンから狭い通路をやってくる。機械とは言え、なんとなく可愛く健気に見える。形は衝立状のものだけど、面白い。もしこれが、鉄腕アトムだったり、サザエさんのわかめちゃんだったり、セーラームーンだったりして………じっと見つめられたりしたら…………お食事するのも断然愉しくなるかも!………などと思ったりして………きっと、カスハラ、パワハラも解消するだろう。

視覚聴覚、運動機能を次第に失っていく私に、ロボットはもってこいのお相手かもしれない。
今は、自分のことだけを考えていればいい贅沢(⁉︎)な日々。それでもけっこう忙しいから不思議。ロボットくんだったら、何かと気が楽かもしれない。いろいろ愉しい夢を見ながら、おやすみなさい。

続けて、踊りを2回観に行く。

先週は2度も遠出(?)して、踊りの公演を観ることができた。15日は、アキラが慶應義塾大学の日吉の来往舎で、新入生を歓迎して、シューベルトの「未完成」他、を披露した。ここ数年間はコロナのため、この歓迎行事はオンライン配信のみ。やっと今年、大学生、高校生に加えて一般の方々にもご案内したので、大きなガラス張りのイベントテラス来往舎で、多くの懐かしい方々に邂逅し、みんないっしょに叡の踊りを観ることができ、嬉しかった!その上、天気に恵まれ、キャンパスには初夏のような爽やかな風が吹き渡り、思い思いの若者たちの自由な姿を眺めながら………あぁ私にもこんな時代があったんだ………と感慨深い思いでいっぱい。年々、登場する舞踏家たちと若者たちの歳の差がひらいていくのも面白い。レイジの運転するキャブ(身障者タクシー)にお願いして、思い切って出かけてよかった。

そして、昨日。キラキラの夏日。ミツ×なおか企画・プロデュース『Roll Roll Roll』ダンス展8日目
山田せつ子さんの「War & Roll」を観に行く。

覚書ノートから/5月19日 せつ子さんの踊りを観てー
「狭い白の部屋に おかっぱ頭の少女が 黒いワンピースを着て あるいている。
あっ 生まれたてのひよこのように 純な剥き出しのたましいが 少女のカラダから ポロっとおちて Roll Roll Roll 。
弱虫で 強靭 温かく まっすぐで 愉快で 明るくて 聡明で……………
少女は 自分のカラダから落っこちた魂を 白い部屋のなかの あちこちを 探して 探して………あっ みつかった!
そこで 少女は 深く人間の痛みを知っているその魂を 注意深く掴んで 空っぽになった自分のカラダのなかに 入れる。
黒いワンピースに包まれて ガラス細工のように繊細なたましいが 虹色にひかりながら 少女のカラダの中で 踊っているのを わたしは目撃する」

ミツがこの世に生まれる前からずっと踊り続けているせつ子さん。その美しい踊り、存在の有りように感動。
観られてよかった!わたしも Roll Roll Roll と密かに踊ってみたくなった。

今日。昨日の陽気は去って、もう梅雨入り? でもまだ、私のなかに昨日の踊りの美しい余韻が残っている。

 

『ウブントゥ』

朝から雨………今日の朝歩き………お休み………ふぅふぅ………ナマケモノメ…………ヒサコサン!

千章さんが送ってくれた『介護保険は崖っぷち………上野千鶴子』というサイトをYouTubeで聴く。
身につまされる思いだ。介護保険を使って、毎日一回私の食事の介助にヘルパーさんが来るようになって丸二年が過ぎた。寝たきり状態をどうにか切り抜けて、今では立ち上がり歩くことができるようになった。これは、ひとえにヘルパーさんたちのおかげ。みんな私と同世代のヘルパーさんたち!運命共同体………感謝して余りある。

上野千鶴子さんの話によると、ヘルパー職を希望する人が年々少なくなり、反対にヘルパーさんを必要とする人が多くなり………介護保険制度はいつの間にか改悪され………介護保険も風前の灯………。

そこで、思い出した………数日前に「天声人語」で知った『ウブントゥ』という言葉。

「ウブントゥはアフリカ南部の言語で『あなたという人間がいるから、私が人間でいられる』という意味………寛容さや助け合い、許しの概念を指す」2024・5・10「天声人語」から。

心から、わたしに「ウブントゥ」と唱えることができるだろうか?

明日もヘルパーさんがきてくれる………一歩でも前に進もう。

色はいのち

夏日のように暑い一日。残り毛糸がいっぱい入ったまま捨ておかれた籠から、若草色、薄紫、あお、蓬色の毛糸をとりだして鍵編みをやっていたら、アキラが食卓の向こうから「ワンちゃんが編みものをやってるみたい」と言って笑っている……やってる私も自分の手をよくよく眺めて可笑しくなる。

天使館の隅に忘れられたように(キッチンの私の定席からは見えない)白い野薔薇が風にゆられているのが目に入った時………そうだ、色あそびしたい!と………できないと諦めていた鍵編みに挑戦………美しい色の毛糸をとりだして編んでみた。
掌の皮膚は薄絹のサテンのようにスベスベ………サボテンのように変形している指で……唇をひん曲げながらかぎ編をしている格好は、きっと滑稽に見えるだろう………でも頑張った………曲がった指先から、淡い色合いの小さいコースターができた、うれしい!

あきらめずに………明日も美しい色を生みだそう。

『美わしの五月』は何処?

端午のお節句も過ぎ………Im wunderschönen Monat Mai〜風薫る美わしの5月………を期待していたのに、今日は冬日…………おお寒! 朝日の朝刊一面に、2040年には65才以上の584万の人が認知症になり、軽度の段階の人も含めると3人に1人にあたるという記事が載っている………ということは今年80才のワタシは?………「1日の苦労は1日で足れり」………と構えてみても、日に日にリウマチカラダの機能は壊れていくし、物忘れも多く………96才の自分は果たして何処にいるのやら?

殺傷能力のある武器の輸出………ウクライナ………ハマスとイスラエル………相変わらずくらいニュースが多く………たまらないな………と新聞から中庭に目を移すと………数日前にシルバーの清水さんが草取りをしてくれて、サッパリとした庭の隅に、生前義母の君子さんが植えた野薔薇が咲いているのが目に入った。うれしい。
見てぇ〜大きく伸びた枝に真っ白い小さい花がいっぱい咲いてるよぉ〜。お母さん ありがとう!

Im wunderschönen Monat Mai,
Als alle Knospen sprangen,
Da ist in meinem Herzen
Die Liebe aufgegangen. Heinrich Heine

新宿の紅い火は消えない

状況劇場の唐十郎さんが亡くなられた。中嶋夏もついこの間、突然メキシコで………山海塾の天児牛大さん………高橋巖先生………みんな、同じ時代の空気を吸って生きてきた人たち!

1960年〜70年代の学生運動と相俟って、アングラ芸術の中心地、歌舞伎町のお花園神社、風月堂、ゴールデン街、新宿文化劇場(アートシアター)………私が育った歌舞伎町はいつも溶鉱炉のように熱くグラグラ揺れていた。

1967年に、我が家から歩いて10分の花園神社で唐さんの紅テント劇場を観た。真っ赤なテントに入ってびっくり!………花園神社は私の遊び場だったのに………突然異界が降りてきて………目の前で繰り広がれるリズミカルな台詞、動き………に魅了されてしまった。

風月堂さん(父の商売仲間なので、父はいつもそう呼んでいた)にはいると、珈琲をすすりながら、タバコの煙の中で、時を忘れて口角泡をとばしている面々がいて…………新しい出会いがあり、新しい何かが生み出されて………予感にあふれていた。

あの熱いうねりの時代も鎮まって………新しい時がやってきた………でも、私のカラダの奥にあの時代の熱が燠火のように残っている。

憲法記念日

「義務の観念は権利の観念に先立つ。権利の観念は義務の観念に従属し、これに依拠する。ひとつの権利はそれじたいとして有効なのではなく、もっぱらこれに呼応する義務によってのみ有効となる。」

「自分に救う手立てがあるときに、だれかを飢えの苦しみのうちに放置しない。これが人間にたいする永遠なる義務のひとつである。」 シモーヌ・ヴェイユ著『根をもつこと』(冨原眞弓訳)より

今日は憲法記念日。アキラの「日本国憲法を踊る」の初演は、2013年10月大野一雄フェスティバルのこと。

あれから11年………相変わらず民権を護るための戦争が地球上に蔓延している。

『かつてなく自由に名乗るための煙が立つ会』を考える。

「hanachan」ことアートディレクターの花光潤子さんからLINEが入った。2024年5月5日(日)に開催される「かつてなく自由に名乗るための煙が立つ会」の案内状だ。さらに「六行会ホールでどのような『ダンス』がつくれますか?」あらゆる制約抜きにかつてなく自由なダンスの企画案6本公開……云々。

最近、書かれている日本語がなんだかよく分からないことが多い。困ったもんだ………そもそも会の名称からしてよく分からない? 私が思うに………
「火のないところに煙は立たない」……「火」………「人類に自由をもたらしたプロメテウス」………Vordenken(前思考)の人………ここまで考えて「かつてなく自由に名乗るための煙のたつ云々」が少しわかったつもり。
まったく間違えているかもしれないな………でも構わない………ヒサコさんは国立競技場のトラックを走るランナーたちから何十周も遅れて、トップを走っているつもりになっているんだから、オメデタイ人。

ー閑話休題ー 立原道造の詩を読んで「考えること」一休み。

音楽がよくきこえる
だれも聞いてゐないのに
ちひさきフーガが 花のあひだを
草の葉のあひだを 染めてながれる

窓をひらいて 窓にもたれればいい
土の上に影があるのを 眺めればいい
ああ 何もかも美しい! 私の身体の
外に 私を囲んで暖く香かをりよくにほふひと

私は ささやく おまへにまた一度
――はかなさよ ああ このひとときとともにとどまれ
うつろふものよ 美しさとともに滅びゆけ!

やまない音楽のなかなのに
小鳥も果実このみも高い空で眠りに就き
影は長く 消えてしまふ――そして 別れる

ふわふわ揺れる綿毛

昨日の天気予報通り、今日は朝から中庭いっぱいに日が降り注いで………ベットの中からガラス越しに紺碧の空が見える。
5時半、アキラを起こして………雑誌の撮影で渋谷まで行くことになっているので………6時には家を出なければ………といっても何もできない私は、布団のなかでソワソワイライラ………やっと出かけてくれたので、ホッとする。
7時半に、近くに住むレイジの連れ合いヒロ子(通称ヒロチン)が、私の朝の着替えに来てくれる。今日は後で、天使館でレイジと一緒にWSをするという。着替え終わってから、蜂蜜入りお白湯を一杯入れてもらう。
忙しいところ来てくれてありがとう。

ヒロチンが玄関から消えてから………さぁ、ひとりでキッチンからこの初夏のひかりを眺めながら、たっぷり与えられた私の時間をどう過ごそうか!………カンガエルマエニ ウゴキナサイ………と、確かに聞こえた………ヨチヨチと壊れかかったカラダを動かして………ねじくれた手で洗いおけに浸かっている食器を洗い片づける………できた、うれしい!………
次は、ベランダに並んでいる小さな鉢植えに水をやりたいな………みんな喉が渇いていると叫んでいる………でも、ひとりで外に出ることは禁じられている………でも………でも………アキラが戻るまで辛抱してね……と心のなかで謝る。

仕事から戻ったアキラがたっぷりと水を注いでくれ………小さな花たちがよろこんだ。助かった!
いつもいつも枯れ木のようにカラカラ乾いた私のリウマチカラダも潤った気分になる。

昼の暑さがおさまった夕暮れ時、アキラと外歩き。ついこの前まで、たんぽぽで真っ黄色だった草地一面白い綿毛がふわふわと涼やかな風に揺れている………どこまで飛んでいくのかしら?

『道』ジェルソミーナを観る

なんとなく憂鬱の日が続くので……………懐かしいフェデリコフェリーにの『道』をiPadで観た………やっぱり泣けた! なんといっても、まんまるい瞳のジェルソミーナのジュリエッタ・マシーナ………哀しく、うつくしく、愉しく、明るく、強く………アンソニー・クイーン演じる孤独な荒くれ者ザンパノの涙………ザンパノの大道芸人の知り合いのルイ・マットが、自分を役立たずの厄介者というジェルソミーナに「世の中のすべてが何かに役に立っている。それは神さまだけが知っている」と話しかけるシーン…………
ひたすら、悲しいお話だけど………とても温かく、うつくしい…………観てよかった!

私の物質的カラダもいよいよ役に立たなくなってきた………「デモ、イイヨネ」とどこかで誰かが言っている。

食事介助のヘルパーのオガサワラさんが「駅の方は大勢の人でしたよ」と言いながら玄関から入ってきた………そうか、今日からゴールデンウィークだ。明日は夏日のように暑くなるらしい。

なんとなく憂鬱な日

昨日の夜ネットで注文した冨原眞弓著『シモーヌ・ヴェイユ』(岩波現代文庫 2024年4月12日 第一刷発行)が、早くも今日届いた。

ヴェイユの発した問いはまったく古びていない。いわく、ひとたび始まるや、戦争はなぜ終わらないのか。いや、終わらせようとする一方の努力が、なぜいつも他方によって挫かれるのか。人間の攻撃性は、なぜ自分に害をなす遠くの強者ではなく、罪なき近くの弱者にむかうのか。苦痛軽減の措置としての機械化や時短をもってしても、大半の労働はなぜ遊戯とはなりえないのか。いずれもおそろしいほど現代的だ。
ー「岩波現代文庫に寄せて」より…………

新聞もテレビも暗いニュースばかりが目につく。
遥か昔、三人の子供たちを寝かせてから、ヴェイユの本を読むの愉しみだったのが懐かしく、また読んでみたくなったので…………。

今日も1日雨。明日は晴れますように…………道傍の花に会いに行かなければ…………。

花冷え

夏日のような暑い日の二日間の後の今日は、まさしく花冷えの日。

朝7時、雨がまだ落ちていないぞ、急げ………ハチミツひと舐め………外歩きに出る………奥山商店から山下パン屋(とっくに店じまいしている)………小鳥の里(何時も、鶯、ヒヨドリの鳴き声がする処)………「サクラの後はワタシタチの出番よ」と言いたげに咲き誇っている紅朱色の躑躅の生垣………淡い紫色のハナダイコンに囲まれた小さな弁天さま(真っ赤な鳥居の奥に)………いよいよ帽子に雨粒が当たってきた………急げ!………1時間と10分歩いて家に着き………暖かいお白湯を一杯飲んでホッとする。

「………それに春という季節がぼくのおびえがちな心を文句のないようにあたためてくれる。どんな木にも、どんな垣根にも花がいっぱいだ。いっそ黄金虫になりたい、そうしていいにおいの海をさまよい泳ぎ、自分の養分を存分に見つけ出せたらと思う。」『若きウェルテルの悩み』ゲーテ/高橋義孝訳

250年前のゲーテの若きウェルテルと「花びら地雷」に怯える今日のウクライナの若き兵士たち。

人間はどこまで愚かになれるのだろうか?

昨日という日

昨日、家を建て替えてから、アキラ、レイジ、ミツ、ナオカ四人が揃って庭の書屋(物置)の片付けをする。10年前に新築してから、なんと初めて!最初は、静かな書斎になるね、などと言っていたものだが…………書籍の他、公演で使った舞台衣装が山ほどあり………中庭にブルーシートを広げて、黙々と一枚一枚虫干しする。
さっぱりと整理されたが、この状態はいつまで続くだろうか、次はいつ虫干しできるだろう?

昨日、わたしの階下の居間のベット生活が3年目に突入した。いつまた2階の寝室に戻れるだろうか?

1980年の昨日、南回りKorean Airlinesの片道チケットをもって、家族全員で西ドイツStuttgartに飛んだ。成田〜マニラ〜ドバイ〜サウジアラビア〜チューリッヒ空港………列車で4時間→Isoldekurz Straße 52 liedenberg Stuttgart(ドイツの我が住処)にやっと着く…………やれやれ全行程30時間。
チカシ10歳、レイジ6歳、ミツタケ5歳、アキラ36歳、ヒサコ35歳。0
一晩明け、新しいWohnung(アパート)の窓から外を見ると………遥か遠くの森から………真っ白な樹氷におおわれて………時間が止まったかのように静寂が支配している………夢をみているような光景………すばらしく美しい!

あれから44年の月日が過ぎた。

花冷えはドイツ語で「Eisheilige」復活祭を前にしての聖なる冷たさ………さすがキリスト教の国の謂い。

家族で過ごしたドイツでの6年間は、わたしの「Heilige Zeit」。

テラとレイジ

オイリュトミミストの寺﨑礁クン(通称テラ)に腸揉みマッサージをしてもらう………あぁ、スッキリ!
テラがオイリュトミーシューレ天使館にやって来て以来30年余り、彼はすっかりオジサン、わたしはすっかりオバアサン。今や、日々の出来事の重要話題は「いれるとだす」。

テラは三兄弟の真ん中…………我が3人息子の真ん中のレイジ(やはりオイリュトミスト)と同い年…………なんとなく似たもの家族………みんなひとりひとり、あっちにぶつかったり、こっちにぶつかったりしながらも………であったり、わかれたり………歳を重ねてきた。

オジサンになったテラに、硬くなった腸を揉んでもらいながら「お母さんお元気?」と聞くと「元気ですよ」という返事…………よかったな、とても嬉しい!

夜遅く、まだ天使館の窓に明かりが見える。テラとレイジが七月の公演に向けてオイリュトミーの稽古をしているようだ。

英語翻訳塾

「思い起こせば、それはなんと豊かな一章だったことでしょう!たくさんの挿し絵があり、しかも、それはとても美しい色のついたものでした。川岸の野外劇は次から次へと進み、堂々とした行列の場面となって展開して行きました。真っ先に登場したのは、紫のトラノオでした。水ぎわでそのふさふさした豊かな巻き毛を振り動かすと、水面に映った自分の顔が微笑み返しました。柔らかく、もの憂げなエゾアカバナが、桃色の夕焼け雲のように後に従います。ヒレハリソウは、紫と白とが手を結んで行列の仲間に加わりました。そして、ついにある朝、内気な野ばらがゆっくりと上品に舞台に進みでました。すると、人々は、あたかも弦楽曲の厳かな和音が舞曲の中に迷い込んだかのように、ついに6月がやってきた、と知るのでした。………」

10数年前、高橋茅香子先生の朝日カルチャー「英語翻訳塾」で出された課題を、訳出し提出した私のケネス・グラハム「たのしい川辺」の訳文の一部分。

今日の朝歩きがとても気持ちがよかったので、家にもどってすぐにiPadに保存してあるファイルを開く。

新芽が芽吹きだす季節になると、いつもこの部分が読みたくなる。活き活きと元気になるから。英文翻訳はいつも悪戦苦闘していた。でも、新しい課題は新しい世界に船出をするようでわくわくだった。

こんなワクワク感、AIの翻訳機にもあるのかな? あって欲しいと希うけど…………。

あるく、あるく、あるく……

朝目覚めると、もう中庭に明るい光が溢れていた。昨日の朝日朝刊に高橋巖先生の死亡の告知が載っていた。
何故か、ここ数日間のふわふわした気持ちが落ち着いた。さぁ、朝歩きに出よう!

あるく、あるく、あるく………と口の中で発声しながら。時折り………あるけ、あるけ、あるけ、あるいは、歩こう、歩こう、歩こう、と発声すると………カラダが急に重くなり、あるく速度が遅くなる………何故だろう?

鳥の鳴き声、道端の草花の色、のそのそ道を横切る鳩、野良猫、子犬を連れて歩く人、走る子どもたち、カラダを通り抜ける風…………と同じ空間をともに……あるく、あるく、あるく………次第に、私のカラダは重力から解放されたかのように軽くなり…………見える世界と見えない世界の境もなくなり………ことばの力に包まれて無心にあるく………あっ、巖先生も歩いている…………。

あるく=「現在形」には、ミステリアスなことばの力がいっぱい詰まっているらしい。

税務署からのお知らせ

先日、e-Tax(国税電子申告•納税システム)からわたし宛にメールが届いた。えぇ〜これって何!読んでみると「税務署からのお知らせ[宛名の登録確認及び秘密の質問等の登録に関するお知らせ]…………E-Taxの個人納税アカウントを持つことを全員に義務付けていますこのメール受信後24時間以内に………アカウントをご登録ください………」ですって! 要注意。

誰かにお願いしないと外の用事はできないので、iPadが私の代わりに用を足してくれる。とはいえ、最近巧妙に人を騙すメールがなんと多いことか。

「信頼」という言葉がだんだん信頼できなくなっていくなんて、嫌だな!

薄曇りの下で桜満開

薄曇りの下で桜が満開した。先月末、遠くにある人、近くにある人、7日間の間に3人の方の訃報を聞く。

行先が見えず混沌とした日々でも、前を行く途上の人の温かさを受けながら微かにみえる光りの方へ………止まらないように………歩く歩く………我が「桜の園」で家族みんなで手作りのお弁当を食べお花見を愉しんでいるのを横目で見ながら………小鳥の鳴き声を聴きながら………歩く歩く………止まらないように…………。

信州の医学大学を卒業し、研修生として北海道に引っ越す前に、国分寺まで会いに来てくれた時、Miyuさんは……絶望しているけど、私には信じる力がある………と言っていた。

「文化に優劣はない」/Miyuさんのブログから
「ある時からずっと自分の中の大事なテーマなのだけど、簡単に理解できるようで、実は………毎日自分に問い直さないとすぐ、優劣つけがちになってしまう……………とりあえず協力隊に2年間いったら、最貧国と呼ばれたその国の人々の心があまり豊かすぎて、そこにあった自分の心も豊かになって…………あれれってなって、見てる世界は多分また変わった」…………「良いと悪いはひとつじゃない。私が医療の道に来た理由のひとつは、この人たちの存在だと思う。ずっとかんがえたいんだよね。人を文化と共に大事にもしたい。私も、私の文化と共に大事にされたいから」

私の娘といってもおかしくない若いMiyuさんも、微かにみえる光りを信じて止まらず、歩く歩く、力強い途上の人。

花のあとは、キラキラする若葉が萌いで………イースター………うさぎがあちこち走りまわり、卵を探しはじめる。

写真家ナン・ゴールディン

先月末、吉祥寺のアップリンクでナン・ゴールディンのドキュメンタリー映画『美と殺戮のすべて』が公開されたらしい。ぜひ観たい……観なければ!と気持ちは逸るけど………さて、いつ誰と行けるかしら?
名古屋から帰ったばっかりだし………みんな4月からの新しいスケジュールにそって活動が始まっているし……頭の中でグルグルと自分の予定を立ててみる………うまくいっても行かなくてもいいではないか………iPadで映画の予告編とか観た方の感想とかを読んだりすると……今でも身体中に嘘のない自分を背をって生きているナン・ゴールディンが思い浮かぶ。

30年前、ナン・ゴールディンさんと国分寺の旧い我が家の居間でアキラと一緒に3人でお茶をした。何を話を話したのだろうか? すっかり忘れたけど、その時の初対面とは思われない温かい雰囲気はなんとも言えず心地よかった。彼女は40歳前後で私たちは50歳前後の頃。

『美と殺戮のすべて』を観に行けなくても、ナン・ゴールディンの存在を思うだけでもいい。やっぱり、あの時あったナンさん、70歳になった今でも変わっていない。素敵だ!

名古屋講座に同行する。

三日間のアキラの名古屋オイリュトミー講座に同行し、昨夜無事に帰宅できた。やっぱり思い切って行って良かった! 遠く九州の、京都の、新潟の、名古屋の仲間たち………新しいメンバーも加わって30人余りの面々が、朝から夜まで、みっちりとコトバと音に取り組む姿に圧倒される。

桜シーズン到来とあって、春休みでもあり、行きも帰りも家族連れの旅行者で駅はごった返していた。構内に電車の事故で遅延のアナウンスが何度も繰り返されて聞こえてくる。

ホテルに着いてすぐに、山海塾の天児牛大さんの訃報を知った。享年74歳。
突然、からだの中に1980年6月フランスのナンシーの聖霊降臨祭の、あのキラキラした太陽の光と、さわさわした新緑の爽やかな微風が過ぎった。あの時、あそこで、初めて天児さんに会った。
その年の4月復活祭の時、私たちは家族で西ドイツに移住した。アキラが6月のナンシー国際演劇祭に招聘され、友人の車で家族全員でコルマールを経由でナンシーに向かった。行く道のあちこちに「山海塾」のポスターが貼ってあったのを思い出す。天児さんもアキラもまだ若かった。二人ともあれからずぅーと今まで踊り続けてきた。淋しい。

今日から4月。さすが、今朝は体が重い。朝歩きは、桜の園までと決めて出かけると、曲り角で仔犬を乳母車に乗せてあるいているおばあさん(わたしも)にであい………ちょっとだけおしゃべり………不思議とわたしの体に力が流れて、結局1時間歩くことができた。

家に戻って、高橋巌先生のオンライン講座の見逃し配信を聞く…………「今は復活祭の前の受難の時。体を心配する周りのものからきつく止められても、お許しくださるなら、今日ぜひみなさんと会ってともにシュタイナーの根幹の思想であるキリスト衝動を共有したいのです」………今、先生の声がわたしの心の奥におりていく。

「アニメーションダンス」って!

朝から雨。中庭の杏の木の桃色の花もみんな散ってしまった。天使館の白壁を背に霧雨に濡れる朱色の木瓜がますます鮮やかに見える。その足元に黄色いラッパ水仙が寒そうに肩を寄せあっている。

「アニメーションダンス」って何⁉︎ 昨日初めて知った言葉………面白そう………早速、YouTubeを開いて観る。
重力が皆無のロボットと水中をゆったり漂うクラゲの動きが絶妙にあわさった不思議なダンス。びっくり仰天!でも素敵。

稽古にきたミツキさんにiPadの不具合を見てもらう。昨日大切なI日を費やして自分で試みたけどダメだったことが、あっという間に解決する。ありがたい。

わたしの前方に若い人たちが乗った時間が飛んでいくのが見える。わたしは………事故を起こしませんように………と祈りながら、のんびりと後についていこう。

わかめちゃんの髪型

お彼岸も過ぎたのに、春は行きつ戻りつ、何をしているのかな、春は?

午前I番に訪問美容のカトウさんに髪をカットしてもらう………ああ、さっぱり!
前髪をサザエさんのわかなちゃんのように、両脇に剃りを入れてツーブロックに、後ろを刈り上げる。カトウさんはわたしのイメージどおりに手早くカットしてくれるから嬉しい。その上「カサイさんのようなお年でこの髪型がぴったりな方はカサイさんだけですよ」とうれしい言葉まで。
白髪の髪に鋏を入れながらカトウさんは「今小学6年生が卒業式で着物を着る(着せる?)お子さんが多く、着付け、髪結で忙しいです。でも、そうできるお宅はいいのですが………子どもまで格差に巻き込まれて…………最近はシングルマザーの方もいらっしゃるし………」などとおしゃべりしながらわかめちゃんが仕上がった。

YouTubeで、寝たきり老人のムツキ替えにリハビリパンツを履いていく後期高齢者の訪問ヘルパーさん。笑い話ではない本当の話だと「働く人材クライシス(7)」で小島美里さんが話されているのを聴いて、身につまされる。わたしのところに来てくれる食事介助の訪問ヘルパーさんは、皆わたしと同世代の方たち。支え合って生きなくては!

さぁ、春を探しに外に出よう………わかめちゃんになって。

今日は地震………春は忙しい!

昨日は春雷、今日は地震。午前中外出するアキラを玄関に見送ったあと、わたし1人になった途端、グラッと揺れた。続いて大きな揺れが来るかもしれないので要注意、とテレビのアナウンスが聞こえる。しばらくの間、物につかまり次が来るのを待っていたが来ないので………地震って怖いね、なんて心のうちで他人事のように思い、地震のことは意識の中から消えてしまう。

80年近く自然災害に遭わず過ごせて来たのは、全く奇跡にちかいこと、幸いだったこと、と感謝しなければと神妙な思いになっても、しばらくすると、それも消え、いつもの日々に全幅の信頼ををもって生きている。

春雷

今秋の舞台のための稽古が天使館ではじまった時、みるみる間に灰色の空が濃くなり………春雷!

我が家の構造は至って単純にできている。長方形の箱を三つ縦に並べて、真ん中は吹き抜け、両脇の箱の上下の西側に玄関と書斎、東側に寝室とキッチン。
玄関を開けると風がキッチンを通り抜け、夏は涼しく、冬は吹き抜けの居間を暖めると家全体が暖まる。

2年前の四月、ついに頸椎が脱臼して頭部を支えられなくなった私は、急きょ東の2階にある寝室から吹き抜けの部屋に降りて来た。

以来、吹き抜けの部屋は、病室・寝室・食事の部屋・診察室・美容室・応接間・制作室・飲み会・食事会………になっている。
わたしは今年の12月に80歳になる。ずいぶん多くの人が私のカラダを通り抜けていったなぁ〜。キッチンから中庭の杏の木を眺め………ぼぉーとしているとシジュウカラが花の蜜を啄みに………急に冷え込んできた。

雷もおさまり、天使館の明かりも消え、稽古をしていた連中が我が家に戻ってくる。

彼岸入り

長男のチカシから「お彼岸だからお墓参りに行ったよ」というLINEがきた。笠井家と高橋家の墓石の写真が添付されている。ありがたい。おじいちゃんたち、おばあちゃんたち、孫の来訪にさぞ喜んだろう!(それに引き換え、息子と娘の親不孝には呆れているだろうなぁ)

かつて私が長いこと鬱病で闇の中で生きていた。その頃のわたしの唯一の友はモルモット(次男のレイジがどこかで拾ってきた⁉︎)だった。白と薄茶のツートンカラーの小さな可愛い小動物を「めあ」と名付けた。「めあ」とすぐ仲良しになった私は、息子たちの面倒(お弁当作りとか洗濯とか)を全くみないで、木箱でつくった「めあ」の住処を毎日せっせと掃除して清潔にして、野菜や果物の残りを食べさせた。数年を一緒に過ごした後、ある冷たい冬の日の朝、毛布を敷いた木箱の中で、この可愛い小動物は冷たくなっていた。鬱病やみの私は深い悲しみの塊りになって「めあ」のために何もできなかった。チカシは中庭に小さな穴を掘り小動物を埋葬した。そして「海生(うみお)の墓」と書いた木片をたてた。以来、我が家をめったに訪れないチカシは、来ると必ず冷蔵庫から野菜を少し取って「海生の墓」に供えていた。

およそ12年前、古くなった家を建て替え、中庭が新しくなった。「めあ」は既に大地に還っていた。

天使館の2階に住むミツとナオカの家族チャボの姉妹が死んだ。ふたりは悲しみを堪えながら、ヒメツバキとクチナシの木の下にチャボ姉妹を埋葬して、純白の百合の花をお供えしていた。

ドイツ語で、モルモットのことを「Meerschweinchen 」(メアシュバインヒェン・海の子豚ちゃん)という。だから、わたしの別名は「めあ」だと密かに決めた。
Meerschweinchen /海豚/🐬/火を司る精霊…………闇の中で生きていた私を温めつづけた「めあ」。

彼岸の入り……死者たちのことを想う一日。

今日の朝日新聞の記事

今日の朝日の朝刊の一面「婚姻の自由 同性婚も」/札幌高裁「認めないのは違憲」という判断を下す。
(遅すぎない?)

国際面「イスラエル、食料配給所攻撃」(食事の配給を待つガザの子どもたちの写真が載っている)/「生命線」崩壊なら代償大きい」とガザ出身の報道官の記事。
(1942年18歳4ヵ月で強制収容所で死んだユダヤ人の少女ゼルマが夢見たイスラエルは今どこにあるの?)

「デンマーク女性徴兵」ノルウェー、スウェーデンに続いて欧州3ヵ国目、国防予算の増加とともに、軍の強化の一環として………その理由として「戦争をしたいから備えるのではなく、戦争を避けたいから備える」と「男女間の完全な平等」
(ずいぶん単純な理由。そんなこと言っていいの!)

「雨の歌」   ゼルマ・M=アイジンガー/秋山 宏訳

雨の力強い歌はざわめきとなり/ますます激しい音をたてる。/森でさえ沈黙に落ち、/あふれ流れる空がうたう歌に聞き入る。

雨水は空より泡立ちながら降り下り、/大地にあたって、激しく跳ね返る。/猛り狂う、稲妻の怒りに激しく濡れながら、/雨は川となり、轟々と奔騰する。

大地は立ちすくみ、背を丸め、/轟音に鞭打たれて喘ぐ。/疾駆する獣のまきおこす蹄の音のように、/沸騰する音が大気に溢れる。

やがて、滾る音はささやく音に、/あまくけだるいつぶやきに変わる。/屋根に滴がポトンポトンと落ちるー/幸せにうっとりした、遥かな接吻のように。

1941年8月1日   16歳11ヵ月

 

 

 

情けない自分

夜明け前に目覚める。携帯で天気予報を見ると、今日は一日中晴れの予報。頭の中で………アレをやって、コレをやって………今日の自分の素晴らしい活躍を想像する………でも、いつもその通りにはいかない。

アキラに促されてやっと起き上がり、着替えをして外にでる。朝9時に看護士さんが爪切りに来てくれる。その後すぐにケアマネさんがくることになっている。7時に家を出て8時に戻らなければ!グズグズしていられない。一つ一つ失敗しないように転ばないように細心の注意で行動しなければならない。

午前中でエネルギーを使い果たし、目覚めの自分はすっかり失せ、午後の自分はなんと情けないことか!

岡真里さんの『ガザとは何か』を読んだり、千章さんが送ってくれた岡真里さんのインタビューの映像をみたり………いろいろ考えているうちに、情けない自分を忘れて夜になる。

明日の朝は、どんな自分になっているだろう。

朝食を食べながら…………。

花粉症になったのかくしゃみが止まらない。その度に骨折した胸骨が痛い。
玄関脇のガードローべ、といったらカッコいいが、狭い一室に衣類と一緒に雑多なのもが詰め込まれている。10年以上放ったらかしにしていたその部屋を、遂に先日アキラが整理した。無造作に放り出された洋服を見て、ふっと、一年後にもこんなことがあるかしら?と脳裏を過った。結局、部屋の中にあるものを確認して元のところに仕舞い込んだだけ。でも、体のなかに滞っていた何かが清々しい水で流された。

先日、朝食を食べにアキラと府中街道沿いのデニーズまで歩く。モーニングセットを注文して………周りのお客さんを観察する。新聞を読む人、お喋りに夢中の二人連れ、静かに和食定食を食べる人、商談に熱がこもるおじさん………面白い、色々な人がいる………世界で今、とんでもないことが起こっていても、ここにいる人たちは一人一人知り合いではないけど、みな今の自分を生きている………わたしも何も考えずそっと仲間入りする。

『ゼルマの詩集』(強制収容所で死んだユダヤ人少女) から

「夕暮れI」    ゼルマ・M=アイジンガー/秋山 宏訳

空の青、かぎりなく澄み、
白い雲もほほえんでいる。
黒い、あるいは緑のたおやかな木々が
おまえを見つめ、声もなく言うー「ごらん!」

なにもかも、メルヘンに聞き入っているように静かな、
やさしい空気につつまれている。
小鳥たちもみな、うっとりしたように耳を澄ませているー
香りしか聞こえない。

勿忘草(わすれなぐさ)のうえに落ちた雪のように、
白い雲がきらめく。
やわい痛みも青々として、
木々のうえにふりそそぐ。

あの木たちは黒か、緑か?
おそらく木自身にもよくわからないだろう。
一つの窓の中で、青から浮き出た
一滴(ひとしずく)の赤がふるえる。木々が花咲く。

          1941年7月14日   16歳10ヶ月

朝、中庭にうっすらと雪が………。

朝目覚めたら、中庭にうっすらと雪がつもっている………今日の朝歩きはできない………と決め込んで………ぬくぬくと布団に包まっていると………淡い光がさしてきた。

テレビで漫画『ドラゴンボール』の作者が亡くなったと伝えている。享年68歳。まだお若いのに。合掌。 

わたしが初めて読んだ漫画は小学一年生の頃、雑誌「少女」に連載された『あんみつ姫』。真っ赤なお振袖の美しい着物を着て、キラキラ煌めくかんざしをさしたおきゃんなお姫さま。しかも名前があんみつ姫とは!戦後の復興に親たちは夢中。わたしたち女の子も男の子も江戸時代のお城にすむ可愛いおてんば姫に夢中。毎月雑誌が出るのを指折り数えて待っていた。夢がいっぱいあった!そのあと、雪村いずみ主演の映画も見た記憶がある。

ヘルパーさんに介助してもらい遅い昼食を済ませると、アキタが外歩きするという。急いでわたしも……子どもの頃を懐かしんでいる場合ではない………歩かなければ、歩けなくなる。
4時半も過ぎると、西空は茜色に染まり美しい。天平の道を南に下って左に曲がると、東の空は薄墨色に沈んでいく。鴉がガアガアとすぐそばで喚いている。暮れる前に家に着き、思い出した………今日は6時半から高橋巖先生のオンライン講座の日。スレスレセーフ。急いでiPadを開き「照応する宇宙」の講義を聴く。

春は別れが多いけど、ひとり、ひとり、光の方に向かって歩いている。

中嶋夏のこと

中嶋夏が、遥か海の向こうメキシコから宇宙の彼方に飛んでいってしまった。春先の冷たい雨の日、中庭に咲くクリスマスローズを眺めながら………メキシコかぁ〜遠いいなぁ〜………ナツゥーと呼んでみると………目の前に宇宙大に広がったナツが顕われた。

ナツとアキラはともにダンサー同士。わたしはダンサーではないナツの話しを聴く。10代の終わりに出会ってから60年。じっくりと3人でお喋りしたのはたった一回とは!
決して大きいとはいえない体にいっぱい病気を抱えて………体の痛み、辛さは決してもらさず………命が尽きるまで踊り………体をするりと抜け出して飛んでいってしまった。

誰にもいえない体の痛みや心配があると、いつもナツから………チャコ、私ね………と始まるラインがきて………アキラはどう?…………やっぱり無理している………踊り子だものね…………と、一人で納得して終わる。私はいつもフムフム聴くだけで、悲しいかな、何もしてあげられない。でもいいの、ナツも踊り子ですもの。

ナツは80歳になる歳まで、子どもにも大人にも、心や体に障害があってもなくても、どこの国の人でも、自分の体を惜しまず舞踏を与え、舞踏を愛していた。本当に、本当に。

今、中嶋夏は私の体のなかにすみ始めた。

3月1日 ミユさん来訪

今日から三月。お昼頃、10年以上前にニューヨークで出会ったミユさんが訪れた。今、35歳だというから、その当時はまだ24、5歳だったのか! 英語が堪能であきらのWSの通訳をしてくれた。

その後、アフリカの発展途上国に海外青年協力隊員としていくの。だから先ずフランス語を学ぶの。と話していた。

数年して、いくら貧しい国の子たちのお世話をしても、貧しいゆえに死んでいく。自分は何もしてあげられない。よし、医者になろう、と決意して日本に戻り、懸命に勉強して信州の医学部に入学。数年間かかって卒業し、この春から、北海道の病院にインターンとして勤め始めるの。と話していた。

そして、今日、早春の明るい日差しが差し込む暖かいキッチンに座って、アキラが作ってくれたスパゲッティを頬張りながら「わたし信じているの。明日はきっとよくなると…………だから今日も楽しく生きるの」と話してくれた。

今度、いつ会えるかな………きっとまた会えるね………信じている。

春にむかって

鎖骨にヒビが入ってから(雨の日続きということもあり)朝歩きをサボっていたので、今朝こそ歩かねば!と張り切って外に出る。お日さまは暖かいのに北風ピューピュー冷たい。からだが砂袋のように重たく感じる。
史跡公園中央から天平の道へ直線コースへ。ときどき突風がピュゥ〜。動いているのはわたしなのに思わず前に進まされ、風がわたしを推してくれた。

去年のクリスマスに、小春さんから貰った大きなポインセチアの葉が落ちてきたので、萎れた葉っぱを取ってさっぱりと剪定し水をあげ、日当たりのいいベランダに出すと、残っている葉っぱが生き生きとしてきた。庭にいつの間にか、クリスマスローズが咲いている。亡き君子さんのボケの花の朱色も際立っている。その下にラッパ水仙の黄色も見える。春近し…………。

わたしが十六歳でアキラと知り合った頃のこと、仙川の桐朋女子学園の高校に在籍していた時、単身スクーターでヨーロッパに乗り込んで日本に凱旋した若き小澤征爾さんが、いち早く我が講堂にやって来て中高全女子学生を前にお話をしてくれた。当時、桐朋女子の隣に小澤征爾さんの母校の音楽科があった。先日、88歳の偉大な音楽家の訃報をニュースで知って、何故かとてつもない大きな温かさにからだが包まれた。

静かな一日の終わり。ゼルマ・メアバオムの詩は、あまりにも悲しすぎる。
ゲーテの『若きウエルテルのの悩み』をまた読もう………ドキドキするし、生き生きするし、なんといっても人間のことを教えてくれるので………。

「もし人間がーしかし人間というやつはどうしてこういう仕掛けになっているんだろうねーこうまでしつこく想像力をはたらかせて過去の不幸を反芻せずに、虚心に現在を生きて行けたら、今より苦痛がすくなくてすむんだがね。」    ゲーテ/高橋義孝訳

『わたしは憧れに満ちている』

冷たい雨の祝日。外は静か………アキラは昨日からきょうとにWSに出かけている。レイジがわたしの面倒を見にきてくれた。ありがたい。

明日でロシアのウクライナ侵攻から2年。テレビで2年間のウクライナ市民の様子、破壊されていく街………人々の苦しみ、悲しみ、痛み、不安……を映し出した映像を観る。

1月末に注文しておいたSelma Meerbaum-Eisingerの詩集『Ich bin in Sehnsucht eingefüllt』が届いた。早速、17歳の彼女が書いた詩を読んでみる。

ねえ 知ってる 雨がどうやって泣くのか?
わたしは どうやって行くの? 怖くて 真っ青になって。
わたしは 知らない、何処に行くのか。
わたしは もうどれだけ怖いか わからない。
それはわたしの国なの わたしの国ではないの
夜はわたしのもの いいえ わたしが夜のもの
わたしの唇 こんなに真っ白 震えてる
ほんとに 泣いてるの?
(久子/試訳)

ゼルマがミハイロフカのナチスの強制労働所に送還され死亡してから八十年以上も経った。
ゼルマの愛した国ブコヴィナ(現在のウクライナ)は、今どこにあるのだろうか?

ブコヴィナ(現・ウクライナ)のチェルノビッツ生まれのユダヤ系ドイツ人。

胸骨が痛い!

10日ほど前、胸骨にヒビが入ったのか、痛みがだんだん強くなる。もしかして骨折?…………コマッタモンダ…………日に日に痛みの範囲が広がっていく………今、水平生活に逆戻りしたら………もう、垂直生活は戻ってこないだろう。

「壊れていくカラダを恐れるな」と自分が言ったコトバを口の中で、呪文のように呟いてみる。

春の前触れのように暖かい一日。落ち込でいる私を、何処かでニコニコ笑って見ているヒトがいる。案外ノー天気なんだな、私というヒトは………明日はまた新しい自分にあえるだろう。

桜の園

北新宿に住むみな子さんから、朝のお散歩で撮った遠くに見える新宿の高層ビルと「円照寺」さんの枝垂れ梅の素敵な写真と、「桜の園」はどんなだろうと添え書きしたLINEをいただいたので、朝歩きで撮った「桜の園」の写真とお返事を打って(コレがたいへん。あちこち打ち間違い、文章半ばでスゥーと消え去ったり、ゴメンネ)送信できた。うれしい!

我が家から5分の私の好きな「桜の園」(私の勝手に命名)も年を追うごとに整備され美しくて手が加えられ、植樹した頃の自然な趣が失せてきた。きっと、桜が満開になっても、花の下で子どもたちがボール遊びしたり、家族みんなでお弁当を広げたり、花びらを集めておままごと遊びをしたり…………できないだろうなぁ。

ハイウッドの高樹さんが、拙書「畑の中の野うさぎの滑走 焼けた石の上を1匹のトカゲが過った」の………未来から記憶の風が吹いてくる………という私の言葉………記憶は過去なのにどうして未来から吹いてくるの? とはいえ、この言葉、気に入ったと言ってくれた………うれしいな。

子どもの頃、みんなで光の国に住んでいて、たのしかったよね………今のグレーの地球を生きる私たちに、きっと未来から記憶の風が吹いてくるよ、きっと。

いつまでも美しい「桜の園」でありますように…………おやすみ…………。

大きな地図帳を買った。

大きな地図帳を買った。重たくて………ツルツル滑って………手からすぐに落ちてしまう。目的地を探すまで………拡大鏡を使わなくてはならないし………キッチンの狭い机の上において………背を丸くし………頭を前に突き出して………私の身体には最もよくない姿勢!

Rose Ausländerの詩の中に出てくる「Czernowitz」って何処?「Pruth」って川の名前? 何処からどこまで流れているの?………Bukowina,Tannenberg,Dorna—Vatra………ドイツ語だったり、ポーランド語だったり、ルーマニア語だったり、ハンガリー語だったり、ウクライナ語だったり………。私が行ったことのないところばかり。

私の体に余る大きな地図帳。でも、買ってっ良かった。Rose Ausländer が私のカラダのなかに少しづつ入ってきた。

ローザさん………また明日会いましょう…………美しい夢をみますように…………。

四つの言語

雪の翌朝の光線………強すぎる………わたしのカラダを露わにする………すこしの間、わたしのカラダを心のなかに隠しておきたいと、いつも思う。どうしてだろう?………ヨワムシヒサコサン!

ローゼ・アウスレンダーは、自分が生まれた土地ブコヴィナのチェルノヴィッツについて書いている。

「あの特別な風景、特別な人間たち。空気の中に物語や神話が漂い、人はそれらを呼吸していた。四つの言語を持つチェルノヴィッツは一つの音楽都市だった。多くのアーティスト、詩人たち、芸術の、文学の、哲学の愛好家たちに場所を提供した」

Czernowitz vor dem Zweiten Weltkrieg (ローゼ・アウスレンダー詩集から)

Friedliche Hügelstadt
von Buchenwäldern umschlossen

Weiden entlang dem Pruth
Flöße und Schwimmer

Maifliederfülle

um die Laternen
tanzen Maikäfer
ihren Tod

Vier Sprachen
verständigen sich
verwöhnen die Luft

Bis Bomben fielen
atmete glücklich
die Stadt

第二次世界大戦前のチェルノヴィッツ

自由な丘の街
ぶなの森に囲まれた
Pruth川に沿った牧草地
筏と泳ぐ人

ライラックが咲き誇る5月

ガス灯に群がる
Maikäfer(黄金色)
死の舞踏

四つの言語
互いに通じあう
甘い風

爆弾の落下まで
生きていた 幸い
の街       (久子訳)

18歳の時にアウシュヴィッツ強制収容所で殺されたSelma Meerbaum-Eisingerも1970年パリのセーヌ川に身を投じて亡くなったパウル・ツェランも共にブコヴィナのチェルノヴィッツの生まれ!
ブコヴィナのドイツ語名はウクライナ………色々調べているうちに知らないことが多すぎる………Meerbaumの詩も読んでみたいな………ナチスに殺されなかったら、先日の2月5日が100歳のお誕生日だとFacebookが教えてくれた………。

雪が溶けたら、お日さまに向かって朝歩きをしなくては。