『春る夜(ハレルヤ)』オイリュトミーシューレ天使館第六期生卒業公演

昨日、西国分寺のいずみホールに、オイリュトミーシューレ天使館第6期生の卒業公演『晴る夜(ハレルヤ)   WINTERSONNENWENDE』を観に行く。

今期の卒業生は3名。2019年9月に船出して、翌年3月にはコロナ禍に見舞われ、数ヶ月無為な漂流を余儀なくさせられる。その後、世界中がディスタンス、ディスタンスで大荒れの大海原を………先生2名、生徒3名、音楽オイリュトミーのためのピアニスト3名、皆一緒になって、黙々と稽古に励み、転覆することなく、4年という歳月を経て、昨夜、無事に新しい港に着港した。

そして、昨日の卒業公演では、4年間それぞれのカラダのうちに育まれたものが形となって生まれた。美しかった。

プログラムの最後、ベートーヴェンの「32の変奏曲」では、五期生も加わって温かいエネルギーに充され、観る者と舞台がひとつに。素晴らしい体験!

グレーの雰囲気が当たり前になってしまった昨今、自分の身体の機能が日々失われていくのを見つめながらも、まわりの存在と一緒に呼吸できる歓びは、私に勇気を与えてくれる。まだまだ続く……残暑……透明な秋空………晩秋………冬至………凍てつく夜空の星々の輝きと大地の闇と……。

「秋の中で

感覚の興奮が鎮まる。

外光の輝きの中に

霧の暗いヴェールが 拡がる。

遠くから冬の眠りが 姿を現す。

夏は 私のなかに

すっかり身を委ねた。」

『魂のこよみ』から ルドルフ・シュタイナー/高橋巖訳

 

 

 

 

 

 

 

自分とのお喋り

今日は、朝から雲行きが怪しい………でも出かけるぞ………と歩き出すと………東の方から陽の光………時折、雨粒がポツン………風に吹かれて飛んでくる………いよいよ家に向かう直線コースの道に至る頃は………ザアザア降り………慌てず騒がず………やっと家にたどり着いた時はホッとした。濡れたカラダをシャワーで温める。

今日の予定は忙しい。午前中、訪問看護医のサトウ先生の診察。午後は、ヘルパーさんと一緒に眼科のノムラ先生の診察に、キャブで。白内障の手術で左眼は明るくなったけど、右眼が問題。瞳孔を開いて中を覗いた後先生が………レーザーの跡とか色々あって疲れ気味………と言われたので、思わず………大丈夫ですか?と訊くと………大丈夫だともいえない。このまま大事に使いましょう………というお答え………そうだよね、私のカラダはオンボロ車。先生の返事に納得する。

あぁ、くたびれた!

夜、サカモトさんと電話でおしゃべり。何もできないわたしでもお喋りはできる………嬉しいこと………明日は元気になるだろう………ユックリ オヤスミ ヒサコサン。

 

 

フランシス・ジャムの詩

軽井沢から国分寺の我がねぐらに戻って………やっと、カラダと心が静かになった。明日はもう立秋………桜の樹々の蝉たちの、一際真に迫った大合唱………分バスの石の椅子に座って遠く青空を眺めるていると………雄大な浅間山の上を一時も止まることなく、悠々と流れていく雲たち………爽やかな草原の風に揺ら揺らなびいている草花たち………が目に浮かぶ………昨日は泡のようにきえて………ヒサコサン、マエヲムイテ!………誰かがどこかで呟いた。

そうだ、旅の後は大洗濯。洗濯機が洗濯し、干すのはアキラ、たたむのは私の役目。ボンヤリしてはいられない。赤ちゃんみたいに小さくて、マシュマロみたいに柔らかく、サボテンみたいな形の私の手………ガンバレ、ガンバレ………と言いながら………丁寧に畳んでいく………いつになったら終わるのだろう………。

洗濯畳みの後は(天使館の明かりがついて、オイリュトミー講座が始まった)、私はフランシス・ジャムの純粋で美しい詩を取り出して読む。

「ぼくが死んだら………」

ぼくが死んだら、青い目の、小さな昆虫たちと同じ色の、

水の炎の青さの目のおまえ、ぼくが心から愛し、

『生きている花たち』の中の鳶尾(いちはつ)のような少女よ、

おまえはやってきてやさしくぼくの手を取るだろう。

おまえはぼくを連れて行くだろう、あの小道へ。

おまえは裸ではないが、でもぼくの薔薇よ、

おまえの清らかな首すじは

モーヴ色のブラウスの中で花咲くだろう。

ぼくたちは額にだってキスしないだろう。

ただ、手を取り合って、灰色の蜘蛛が虹を織る

さわやかな木苺に沿って

蜜のように甘い沈黙をつくるだろう。

そしてときおり、おまえはぼくの悲しみがいっそう大きくなるのを感じとって

ぼくの手をおまえのほっそりしたてのなかにいっそう強く握りしめるだろう。

ーそして、二人とも嵐の下のリラのように切なくなって、

何もわからなくなってしまう……何もわからなくなってしまうだろう………

(1887)    手塚伸一訳 続きを読む “フランシス・ジャムの詩”

軽井沢で黄金虫に会った。

昨日、車椅子で、軽井沢にやって来た。

8年前の七月の末、オイリュトミストのひろみさんを夏の青空に送った後の八月三日も、アキラと私は軽井沢にいた。

そして今日八月三日、ホテルの前に青緑の玉虫色をした黄金虫を見つけた。

私は、あっ、ひろみさんだ!と思った。

アキラは、黄金虫は神さま!と言った。

夏の夕日を受けて、小さなカラダが美しく青と緑にチラチラと光っていた。上を見上げると日没前の西空が、一面薄紫色に染まっていた。あっ、ひろみさんの色! 8年前の夕空と同じ色…

もう、二度と来られないと諦めていた軽井沢に、アキラに車椅子を押してもらいながらやってこられてよかった。ひろみさんが待っていてくれたんですもの、嬉しかった。

 

 

蝉の鳴き声

朝の目覚め……久しぶり灰色の空………アスファルトの道路脇が濡れている………夜半に雨が降ったらしい。

立ち並ぶ桜の樹々のなかで、さまざまな蝉が「我、ここに在り」と、命のかぎり鳴いている。

ミ〜ンミ〜ンミ〜ンミィン……シャシャシャシャア〜……ジジジジジジィージィージィー姿は見えない………響きの中に蝉の命が聞こえる……私のカラダに蟬のひびきが充される。

鴉が大声で鳴きながら、私の頭上で旋回してながら………仲間同士で会話をしている………「キョウモ ヨチヨチト ヒサコサンガ アルイテイクゾォー」………と言ってるみたい………バタバタと大きなカラスが、私の行手の道に影を落として飛び去っていく。

何時も、わたしは「エム〜ゥ エヌ〜ゥ」と、心に響かせながら歩いている。そうするとカラダに力が湧いてくるから不思議だ。

 

歩くこと と 生きること。

「命に危険な暑さです。適度にクーラーを使用して外出は避けましょう」とテレビのニュースが言っているのが聞こえてきた………でも、歩こう。

朝歩きを始めてから、もう2ヶ月にもなろうか。いつの間にか、歩かないと一日が始まらなくなった。だから、命が危険でも歩こう………朝のうちに。

歩くことと生きることは、確かに直結している。

 

 

白内障の手術をする。

左眼の白内障手術のため多摩総合医療センターに一泊した。

父親譲りでproblemの多い私の眼………頚椎変形で、首が持ち上げられず、視力検査もままならず………私の病気ゆえに眼球にメスを入れることに反対する先生もいらしたり……色々あったけど、雑草の間から健気に首を伸ばすかわいい花や杏の木にやってくる鳥たちが、日に日に周囲と判別できなくなってくるのが悲しくて………思い切って手術した。

今日、真昼間の光の中で天使館の白壁を背に紅紫色の百日紅の花が揺れて………杏の木の葉蔭にある鳥の巣も見える………光がいっぱい目の中に広がっている。

 

「八月の終り」     ヘルマン・ヘッセ/高橋健二訳

もう諦めていたのに、夏はもう一度力をとりもどした。

夏は、だんだん短くなる日に凝り固まったように輝く、

雲もなく焼きつく太陽を誇り顔に。

 

このように人も一生の努力の終りに、

失望してもう引っ込んでしまってから、

もう一度いきなり大波に身をまかせ、

一生の残りを賭して見ることがあろう。

 

はかない恋に身をこがすにせよ、

遅まきの仕事にとりかかるにせよ、

彼の行いと欲望の中に、終りについての

秋のように澄んだ深い悟りがひびく。

村山雄一さん

藤巻農園から今年の「葡萄便り」がきた………まだ七月、ずいぶん早いな………読んでみると「急な畑の規模縮小に迫られ、数量確保が難しく………数量限定、先着順でのお届け………」とあった。急いで、孫娘の所へ一件注文する。できるだけ多くの方にあの美味しい宝石のように美しい葡萄が届くよきますように…………。

脳梗塞でお体が不自由になられてからも、建築家としてお仕事続けていらした村山雄一さんが、今年五月に他界に逝ってしまった。

村山さんから、今は、わたしもあなたもヨチヨチ歩き「お互い 朽葉のように 地におちて いきましょう」というお便りが届いたのは、去年の初め。やさしい人だった。温かい人だった。強い人だった。Stuttgart では、我が男の子3人のおにいちゃん的存在。よく遊んでくれた。突然ドイツに連れてこられた息子たちは友だちもなく、兄弟三人だけで「明日のジョー」遊びの日々を過ごしていたので、村山さんが「日本で力石徹の葬式に行ってきた」とスラリと言ったから大騒ぎ………僕たちは力石徹の友だちを知っているんだぜ!何処にいても大丈夫、とドイツ生活に向かってジャンプ。

村山さん ありがとう!

私も、静かに、静かに、落ちる秋の朽葉のように、信頼して、落ちていきます。

 

「秋」    R.M.リルケ/富士川英郎訳

木の葉が落ちる 落ちる 遠くからのように

大空の遠い園生が枯れたように

木の葉は否定の身ぶりで落ちる

 

そして夜々には 重たい地球が

あらゆる星の群れから 寂寥のなかへ落ちる

 

われわれはみんな落ちる この手も落ちる

ほかをごらん 落下はすべてにあるのだ

 

けれども ただひとり この落下を

限りなくやさしく その両手に支えている者がある

 

 

 

『ハンチバック』を読む。

フェミニストのチアキさんから「市川沙央さん芥川賞受賞❣️」というメールがきたので、クーラーの効いたキッチンで、Kindleに入れた受賞作品『ハンチバック』をiPad miniで一気に読む。

重度の障害を持つ小説の主人公釈迦のカラダは、作家自身のカラダとオーバーラップし………生きれば生きるほどカラダは壊れていく、という………重く辛い現実………障害者と健常者………差別、差異………言葉、イマジネーションの圧倒的な力……素晴らしさ……読み終わってもなお、私の頭の中にさまざまな想念が渦巻いていて言葉が出てこない……いつの間にか中庭に闇が訪れて………天使館の窓に光が見える……アキラの稽古が始まったのだろう………明日の朝も、私の壊れかかったカラダを引きずって、桜の樹々に会いに行こう。

 

 

 

 

 

 

 

呉茂一先生と今半の牛肉

スーパーで万引きした女の人が捕まった……訊くと「あまり暑いのでアイスクリームが食べたかった」と。辛いな……悲しいな………痛いな………こんなに暑けりゃ、誰だってアイスクリームが食べたくなる………。

今朝の朝歩きは、久しぶりにお鷹の道コース。木陰があるので少し涼しいけど、石畳みの路はカートに相応しくない。汗だくになって家に辿り着く。

昼下がり、辺りは微睡んでいるかのように静かだ。外出は避けて、エアコンの効いた屋内にいること………などと言われなくても、朝歩きを済ませた私は、外に出ることはない。特別なことがない限り、日々の行動範囲は家の中と決まっている。

キッチンから、容赦なく中庭に照りつける太陽の光を眺めながら………ローマのマリアピアやナポリのマグダレーナ、パレルモのジョゼッぺ(大の女好きでお人好しの弁護士さん)………みんなどうしているかな………地中海沿岸世界の青空と海と光が目に浮かぶ………また行きたい!

ギリシア文学の碩学 故 呉茂一先生は、よくアキラの舞踏の会にお見えになった………ステッキを手に、ボルサリーノのステキなパナマハットを頭上に。公演の数日後、必ず、日本橋人形町の今半の牛肉が「踊られて、お腹が空いたでしょう」という添え書きととも届く。大学を卒業し、キャバレーの踊り子で生活しながらソロ公演活動をしていた若輩の私たちにとって………今半の牛肉! なんと嬉しく、美味しく、ありがたかったことか

「ギリシア・ローマ抒情詩選」『花冠』呉茂一訳 岩波文庫

さっぽう

やさしい母(かか)さま

ほんにわたしや、もう機(はた)を織る

気も出ませぬえ、

すらりとした

殿御をいとしと

おもふこころの切(せつ)なさに。

*

夕星(ゆうずつ)は、

かがやく朝が(八方に)散らしたものを

みな(もとへ)連れかへし。

羊をかへし、

山羊をかへし、

幼な子をまた 母の手に

連れかへす。

*

さらにまた 恋よ わが身を

ゆさぶりまはす、

手肢もとろかせ甘くて苦く、

どうせうもない

あの生(い)きものが。

 

 

 

 

 

 

 

 

雨に打たれて歩く。

空気がベッタリと身体中に貼り付いている。カーテンの隙間から、灰色の空が覗いている………起きなくては………歩かなくては………桜の園から遊園地………一本松から南に真っ直ぐ「天平の道」(私が名付けた)………雨粒が落ちて来た………「天平の道」を左に曲がって分バスの発着所で一休み。雨ガッパを着る………アキラは発着所の空き地を駆け足で10周………いよいよ本降りになってくる………急げ、急げ………でも急げない!………汗びっしょりになって、家にたどり着く。所要時間1時間。私の1日の仕事の大半はやり遂げた………そして………夜、日記を書いて………さあ、iPad miniに入れたkindleで本を読もう!……今夜は何にしようかな?………ゲーテの『イタリア紀行』で、ナポリに行ってみよう。いつも私を元気にしてくれるゲーテ先生……地中海地方の明るく、乾燥した空気を思い出しながら、だんだん眠くなって………。

 

 

 

 

「オイディプス王」を観る

朝から暑い………梅雨が明けたのかしら?

昨日は、久しぶりに観劇……ミツタケがソポソポクレスの悲劇「オイディプス王」のコロスの一人として出演するというので……ナオカさんが車で連れて行ってくれた。視力聴力ともに衰えがひどく、舞台上の人物はほとんど判別できず、ましてコロス役のミツが何処にいるのかさっぱり見えない………でも、役者たちのセリフは、集音器のおかげではっきりと聞こえ、お話の隅々までよく理解できた。面白かった………

目が覚めたのに、布団の中で、ダンスもいいけど、やっぱり演劇もいいな……など、グズグズしていると、「先に行くよ」とアキラ。………歩くチャンスを逸しては……急いで、ハチミツをひとなめして……外に出る。

コンクリートの道の行手に、小さな光の粒子が飛んでいる。大きな薄桃色の芙蓉の花がかすかに風に揺れて………私は暑い………暑い私が歩く………暑いが歩く………私はどこ?
今日も歩けた………明日はまた新しく。

 

 

 

七夕さま

子供ころ、七夕さまや夏祭りの日がくると、必ず母は私に、可愛い花柄の浴衣を着せてくれた。私は、嬉しくて嬉しくて、家中をぴょんぴょん跳ねまわっていたことを思い出す。その時の私は、織り姫さまだったり、星の妖精だったり、可哀想な灰かぶりひめにだったり……さまざまな人物になりきって有頂天………愉しかったなぁ。遠い昔の思い出。

七夕の翌朝、杏の樹に鶯がやってきて鳴いている。空気の重たい蒸し暑い梅雨日。レインコートを持って外歩きに出る。

40年間半身不随の妻の介護をしてきた夫が、車椅子ごと海に突き落とし死なせてしまった事件の初公判が今日開かれるらしい。81歳の夫、79歳の妻。何とも痛ましく、辛いニュースを聞く。

美しい詩が読みたい。

 

星と花    土井晩翠

同じ「自然」のおん母の
御手にそだちし姉といも
み空の花を星といひ
わが世の星を花といふ。

かれとこれとに隔たれど
にほひは同じ星と花
笑みと光を宵々に
替はすもやさし花と星

さればあけぼの雲白く
御空の花のしぼむとき
見よ白露のひとしづく
わが世の星に涙あり。

 

私の身体障害者手帳

六月二回の国分寺から名古屋行きでは、電車の乗り降り、新幹線のホームまでの誘導などJRの駅員さんが、車椅子に乗った私をケアしてくれたので、名古屋まで遠征できた。

何時も、アキラの海外ツアーに同行する際は、空港でも、列車移動の時も、必ず、車椅子お願いした。パリのドゴール空港から列車に乗り換えてアンジェへ………空港は広いし、アキラも私も言葉はチンプンカンプンでわからない………ノロノロの我がリウマチ車では時間に間に合うはずがない………まず、飛行機の乗務員から私を受け取った若いフランス青年が、車椅子をスルスルと空港内を走らせ……途中にあるコーナーに停め……ツギガクルマデ、ココデ………待て、と言っているらしい………アキラも私も内心……ホントニキテクレルノ?………一抹の不安がよぎるが、待つしかない………そうこうするうちに、やってきた、のっぽの青年………再び、スルスルと車椅子を押して走りだし………またストップ………ココデマテ………我々二人の不安は倍増するも………いやいや、人間関係は信頼が大切!………とカラダの力を抜いた途端、目の前にハンサム青年が現れ、有無を言わせず車椅子を走らせ、エレベーターで地上に下り”pardon,pardon”と言いながら、列車を待つ人々、熱い接吻に夢中の恋人たちを掻き分け、掻き分け、前に進む………怖くらいのスピードだ………あぁ無事席に到着……間に合った……私の目の前にやさしい若者の笑顔があった。”Merci beaucour “ ………またね、ありがとう!

今回のJRの方たちのケアを体験して、私の行動範囲が広がった………嬉しい!

あらためて自分の身体障害者手帳を開いてみる。取得年月日 1987年11月2日。「身体障害程度2級 * 慢性関節リウマチによる * 四肢機能障害」と記載。

障害者と健常者、社会的弱者………老害なんてとんでもない言葉。

明日の朝も歩こう、鳥も花も樹も空も風も一緒に………。

 

 

ふたつのカラダ

アキラの名古屋講座から戻って2日目。昨日はさすがに疲れて、朝歩きをサボる。

今朝は、輝く朝日に誘われて、アキラと外に出て歩き出すと、まだ夜の余韻が残す涼やかな風がカラダの中を通り抜け………少し脚が重たいけど歩ける………よかった!…………外歩きをサボった時間は取り戻せない………でも、心の内に新しいみえない時間が生まれ来た。

名古屋のオイリュトミー講座でみんなとともに在った時間は、私のカラダから消えることはない。わたしの中に、壊れて行くカラダと生きていくカラダとふたつがある。

 

講座二日目

講座二目。四時五十分に目覚める。外は大雨。アキラ雨のなか外歩きに出かける。

昨日のレクチャーは、インターバルと黄道十二宮、内と外、いのちとかたち…難しいけど、私にとっても深いテ-マたった。

今日は全国梅雨日。川の氾濫、土砂崩れ…みんなご無事でありますように。

名古屋講座一日目の朝

名古屋講座初日の朝。何十年と内外問わずあちこちとアキラの公演、講座に同行してきたので、荷造り、ホテル暮らしは慣れたもの、と思っていたが、大間違い! 去年4月15日に体が水平状態になってしまってから一年経って、どうにか歩けるようになったものの、体の機能はどんどん失われたいくので、大半のことはアキラにやってもらうことになる…着替え、食事の調達、物の出し入れ…この病病介護の珍道中いつまで続くだろう…⁈

ニジンスキ-の弁ではないけれど、ガンコ者同士、「動く」ことと舞踊が好きなのだ。

「案ずるより産むが易し」

「案ずるより 産むが易し」…老老介護or 病病介護⁈ のアキラと二人で名古屋に着く。明日は、笠井叡オイリュトミー講座1日目。ホテルにチェックインすると、アキラは早速、明日からの講座準備。私は、ベッドで体を伸ばし、壊れかかっている頚椎をやすませながら、携帯に入れたKindleで市川沙央「ハンチバック」を読み始めたが…いつの間にかうつらうつら…。。

今日は、車椅子の若い旅行者を多く見かけた…海外からの人も…みんな生きてることをたのしんでいる。JRの職員さんたちのケアも行き届いている。やっぱり来てよかった!

 

『ニジンスキーの手記』を読む。

明日からまた名古屋に行くことを決めた。今度は、数十年にわたって続いているアキラのオイリュトミー講座に同行する。私の危なげなヨチヨチ歩きを知っている食事介助のヘルパーさんたち、薬剤師のおねえさん、みんなポジティブに私を応援してくれる………でも、私自身自信があるわけではないのだけれど………あれこれ思い悩んでいても……時は過ぎて行くばかり……梅雨空を気にしながら、エィ荷造りだ………宅急便にお荷物をお願いして………心が落ち着いた。明日、懐かしい人たちに会えると思うと………嬉しい。

明日がやってくるまでのほっとした隙間の時間。愛読書の『ニジンスキーの手記』市川雅訳をキッチンに持ち出して、読む。

「………私は自然を愛す。私はロシアで育ったので、特にロシアの自然が好きだ。………私はどこに住もうと同じだ。私は神が望むところに住む。神が望むなら生涯旅するだろう。私は、あごひげも口ひげもない。………私はキリストに似ている。ただ、キリストは静かに凝視しているのに、私の目はキョロキョロしている。私は「動く」人間で、「動かない」人間ではない。私は、キリストとは異なった習慣を持っている。彼は不動を愛した。私は、動きと舞踊を愛する。」

プーチンのロシアはどうなっているのだろう? 今日も一日ニュースでロシアのことをやっていた。

ニジンスキーは、地球が痛むと自分のカラダが痛む、と言ってたらしい。

今日は眠たい日

朝から、どんより曇り空……あぁ眠たい………昨日、キッチンでうっかり転んだっけ………3800メートルの海底に沈むタイタニックを見に行ったら人たちはどうなっただろう?………あぁ眠たい…………今日は一日眠たい日。

ヘルパーさんが「鳥の巣はどうなってるかしら?」と、杏の木の方に首を伸ばし「まだありますよ。どんな鳥が来るのかしら………」と言いながら、雛の嘴に食べ物を与えるように、食事を上手にスプーンで私の口に運んでくれる。

どんより曇り空の一日が暮れてくる。私の眠たいカラダもやっとノロノロ進みだした。

 

『ひとり林に………』  立原道造

だれも 見てゐないのに

咲いてゐる 花と花

だれも きいてゐないのに

啼いてゐる 鳥と鳥

 

通りおくれた雲が 梢の

空たかく ながされて行く

青い青いあそこには 風が

さやさや すぎるのだらう

 

草の葉には 草の葉のかげ

うごかないそれの ふかみには

てんたうむしが ねむってゐる

 

うたふやうな沈黙(しじま)に ひたり

私の胸は 溢れる泉! たかく

脈打つひびきが時を すすめる

 

美しい日本語の響きを夢見ながら………明日までぐっすりおやすみ。

 

梅雨寒

梅雨寒。ニュースで、3800メートルの海底に沈むタイタニック号の見学ツアーの消息不明と言っている………続いて、終わりが見えないウクライナ侵攻のニュース………詐欺グループの事件などなど寒いニュースばかり。

2階の寝室から階下の居間に移り住んでもう一年過ぎた。この先、いつになったらまた2階に戻れるか………自信がないなぁ………中庭を見ると、とりわけ今年の額紫陽花は勢いがいい。天使館の壁いっぱいに広がって、細雨のなかで色鮮やかに咲いている………ボォーと何もしないで眺めていると………心もカラダも海の底に沈んでいく。

夕方、レイジがオイリュトミーの授業にくる。ひろ子さんがお願いした買い物を届けてくれる。寒がりのアキラはストーブのそばで、赤ワインを楽しみながらうつらうつら。

さぁ、本を読んで、日記をつけて………明日は元気になろうね ヒサコサン!

プーシキン 詩集より  金子幸彦訳

グルージヤの丘の上に夜のもやがよこたわり

わが前にアラグワの流れがどよめく。

わたしのこころはかるく またものわびしい。

わたしの悲しみは明るくかがやき

ただひとりの………君のすがたにみたされる。

わびしさを苦しめ乱すものもなく

こころはふたたび くもりなき恋にもえるー

恋をわすれるすべなきゆえに。

 

 

 

 

名古屋まで『フーガの技法を踊る』を観にいく。

やっぱり、J.S.バッハの「フーガの技法を踊る」を観に名古屋まで行ってよかった!
片山柊さんのピアノ、平山素子さんとアキラの踊り………もう会えない、と思っていた友人たちにも会えて………嬉しかった。

昨日のお昼前ホテルを出ると、街路樹がゆらゆらと風に揺れて光の粒子をあちこちに振り撒いていた。夏だ!

遁走するように名古屋を後にして東京に戻る新幹線で、私の頭はバッハの「フーガ」の主題のメロディがぐるぐる回る。高橋悠治さんからはじまってもう何度聴いただろう。螺旋状に登っていく光のような曲……まだまだ到達しない………。

公演ツアーの翌日は大洗濯。中庭の紫陽花が思いっきり広がって紫の花弁のグラデーションが美しい。4時に「お疲れでしょ? でも、思い切ってお出かけしてよかったでしょ? 楽しいことをいっぱいしなくては」と言いながら食事介助のヘルパーさんがやって来た。いつも温かくて、ほっとする。みんなに支えられて生きている。

 

雨の一日

明け方から雨。朝歩きは出来ない………ちょっと残念………でも、来週の素子さんとアキラの「『フーガの技法』を踊る」名古屋公演同行が決定し、みんなが私のために万全の体制を考えてくれているらしい……私は、体調に万全を期すために外歩きなし、と決め込んで、昨日チアキさんから送られて来た「 平和を求め軍拡を許さない女たちの会『安全保障のジレンマ』」のシンポジウム(2023.6.4)の動画(「戦前」さながらと言われる現在の状態について説明してくれる動画とチアキさん)を、ベッドに取り付けたiPadで寝ながら観ること(聴く⁉︎)にする。

「雨が止んでる。今から歩きに行くよ」というアキラの言葉に促され、iPadは一時ストップ………急いで出かける用意をし、外に出て………風もなくじっとりと重たい空気の中をカートにつかまり歩き出す………頭の中にさっき聴いた言葉がポツポツと浮かんでくる………戦争をすることは、許されている⁈………平和のためにする戦争?………大人の勝手の戦争で多くの幼子の命が失われ………戦争は人間同士の殺し合いだ……絶対してはいけない………上から、ポツポツ落ちて来た………いつもの分バスのバス停を横目に通り過ぎ………本降りになりつつあるなか、慌てず急がず(決して急げない)我が家に向かう。

雨に濡れた服をすっかり取り替えて………やっとひと息。

夜、暗闇の中の天使館の窓に灯が灯り、アキラのオイリュトミー初伝講座が始まった。

「カラマーゾフの兄弟」の『悪魔・イワンの悪夢』の章をまた読んでみる。ドストエフスキー描く登場人物は、どれも魅力的。どの人も私のなかいるみたい………。 続きを読む “雨の一日”

梅雨入り間近

雨の翌朝の光は清々しい………桜の森の樹々もたっぷり露を含んでまだ眠たげだ。

朝食の野菜スープにじゃがいもが必要だ、とアキラがいうので、今日の朝歩きは府中街道のコンビニまで………近頃はコンビニで野菜も売っている………長いこと買い物に出てない私はびっくり! お料理に役立たずの私に代わって、朝食は専らアキラが作る。タマネギたっぷりの野菜スープ……(アキラは超タマネギ嫌いだったはずなのに⁉︎)……賽の目に切ったパンをミルクとたまごに漬けてバターで焼いたフレンチトースト。ちょっと蜂蜜をかける。ふわふわで美味しい。ありがたいこと。

午前中、訪問看護医のサトウ先生の診察。寝たきりの私が歩けるようになったのはサトウ先生の的確なリハビリ指導と温かい励ましのおかげだと思っている。今日の診察で、急に関節の崩壊速度が増しました、と言うと、また簡単な体操を教えてくれた。安心する。

夕方、庭の朱色の光が次第に消えていくのを眺めていると、突然、杏の木の中で、ピーィ、ピーィ、と鳥の声がした………インコが巣に帰って来たのだ………姿は見えない。

まもなく梅雨入り………闇の中にガクアジサイの薄花色が、微かにうかんでみえる。

 

 

 

一年前の私

朝が来た………さぁ、思考が動き出す前に、カラダを垂直に………蜂蜜ひと匙舐めて………外に出よ。と、こんな具合にカートを出して玄関を開けると、お隣さんの緑の垣根から大きな黄色の百合が一輪、私の方に向かって咲いている。おもわず「おはよう」と挨拶した。陽はどんどん高くなる。今日はお鷹の道から………狭い石畳の遊歩道……散歩の人と行き交い、大きな御影石の門に咲く薔薇、草叢のなかの紫陽花、清流のムラサキツユクサなど………楽しんでる暇はない………ひたすら、転倒しないように意識を集中して歩く………高みの方のあちこちで鳥が鳴いてる。今日も歩いた。

午後の天使館は、来週に迫った平山素子さんとアキラの「『フーガの技法』を踊る」名古屋公演のリハーサル、ピアニストも交えて。

あぁ、名古屋まで観に行きたいなぁ………行けるかもしれないぞ⁉︎
昨年4月からつけ始めた「水平日記」で、去年の今日の私を読んでみる。

6月6日(月) 雨のち曇り

朝から曇り 

ひかりがこない

体のうちに

青空と白い雲

を描こう

食堂まで

歩いて行こう

アキラの朝食

一緒に

ミルクコーヒーを飲もう

杏の木

物干し

紫陽花 百日紅 椿 ボケ サツキ………庭の雑草たち

私と一緒に

生きていたものたち

こんにちは!

はじめまして! ワタシハヒサコ 

 

干からびた わたしのカラダに

冷たい水を 注ごう

干からびた大地からも

小さな草木が 芽を出すように

けなげな植物たち

 

初めから

闇を背負って 光に向かって 生きてきた

神さまの 懐で 眠っている

無垢なカラダ 

この世に うまれた 命とカラダ

時が始まり 動き出す

カラダに闇を背負って

命は 光に向かって 歩き出す

ひかりの国の 扉の前まで。

カラダに こびりついた……… 

何故か、この日の記述はここで終わっている。四月に寝たきりになって、よちよち歩きが少しできるようになった頃のことだ。痛みと絶望の日々だったヒサコサン、ずいぶん殊勝でしたね。はい……歩くこと、書くこと……これからも、止まらないように意識して。

だんだん力が失せてきた

朝寝坊して目覚めると、ミナコさんから「おはよう」のラインが入っていた。今コンサートを聴きに名古屋に向かっていところ………神奈川県民ホールで観たキッドピボットの「リヴァイザー」(クリスタルパイト振付演出)が想像・想定を超えていて、楽しんだことに加えて、初めてひらいたヤマボウシの清楚な花の写真が貼り付けてあった。ありがとう……丁度昨夜眠れぬままに、井筒俊彦の『ロシア的人間』のゴーゴリの章を読んだばかり。神奈川県民ホールまで行きたかったなぁ………。

仙台のお園さんからのライン………今日は低気圧がさって夏の日差しで、且つ暴風……どんどん伸びるお庭の雑草、風に大きく揺れる木、暴風で倒れた玉ねぎ、裏庭のジャガイモ……の映像も送ってくれた。うれしいな。

ベットのなかでモゾモゾしていると、アキラに促されて、さぁ朝の外歩き。蜂蜜をひと匙舐めて………昨日は雨で歩けなかった………今日の足は重たい………いつまで歩くことができるだろうか………日々、力が失せてくる………ふっと心まで縮んでくる………でも、歩いている、いつものコースを鳥の囀りを聴きながら、歩く。

夜、洗濯物を畳んで、今日の一日を言葉で書きとめよう。

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小鳥の巣

先日、お隣さんとインコの話をした翌日、我が家の中庭の杏の木の中ほどに、小枝を上手に重ねて作られた可愛い鳥の巣を発見。いよいよインコも我が家の一員。嬉しい!

昨日、チカシの写真集『Stuttgart』の日本写真協会作家賞の授賞式で、九段会館までキャブで行く。久しぶりの九段会館、大きく立派な素敵なビルに様変わりしていて、びっくり! 台風到来の予報でも、爽やかな晴れ日だったので、幸いだった。

今日は朝から蒸し暑い雨日。砂袋のカラダがずっしり重たい………嫌だな………外歩きは無理………さて何しようか………『ロシア的人間』(井筒俊彦)の、トルストイ、ドストイェフスキー、チェホフの各章を再読する。カラダを忘れて、アタマがぐるぐる回る。

日暮と共に、雨風が強くなり……ランダムに杏の木の葉がゆさゆさ揺れる………あの小さな鳥の家は大丈夫かしら………闇に紛れて見えない………。

「小鳥」

とおい他国(よそぐに)でふるさとの

ふるいならわしを守って

あかるい春の祭りの日に

一羽の小鳥を空にはなつ。

わが思いややにやわらぎ

たとえ一つの生きものにも

自由をあたえてやれたので

こころはふかく慰められる。    「プーシキン詩集」より 金子幸彦訳

明日の朝は、杏の木の小さな鳥の巣に温かい光がさしますように………おやすみ。

 

 

 

向こう三軒両隣

アキラと朝歩きをおよそ1時間して、フラフラになりながら我が家たどり着く寸前、お隣の奥さんに話しかけられ………「ねえ、見ました?黄緑色の大きな鳥を」………と言って携帯の写真を差し出し………「4羽も飛んできて、電線に止まったの。きっと番いのインコね」………そういえば、最近、我が家の杏の木に見慣れない大きな美しい鳥が、キーイキーイと鳴きながら飛んできて枝に止まり、せっせと何やら啄んでいるのを度々目撃する。差し出された携帯の写真を覗くと、確かに美しい黄緑色の鳥が4羽写っている………さらに奥さんは「裏のお家の庭では、大きなカラスがたくさんの椋鳥に囲まれて、突っつかれていたそうよ」と付け加えた。人間界に続いて、鳥の世界も大混乱。

朝のおしゃべりで、フラフラだった私のカラダがシャキッと……ヒサコサン、しっかりしなさい………という声が聞こえた。

今日の始まりは、お隣りさんとのお喋りから……「向こう三軒両隣」何げない言葉の交流。温かい。元気が出る。

 

 

『銀河計画』

昨日の夜は、天使館で20年前のアキラの作品『銀河計画』の公演映像を観てから、出演した伊藤キムさんとアキラのトークを聴いた。かつて観た舞台とはいえ、初めて観たように新鮮で面白かった。アキラ60代、キムさん30代だった二人が、そのまま並行移動して、今、アキラ80、キムさん60。場所は同じ天使館。

お二人とも今もまだ、ダンスに、自分に、カラダに、ことばに、人間に…………こだわり続けて、迷子になった地球星の銀河計画はまだ進行中のようだ。

願わくば、今もなお、悠久に流れる美しい銀河に、我れら地球星も加われますように……。

長田弘の詩

朝から雨降り。お昼前、アキラに傘をさしてもらい桜の樹々の様子を見に行く。大きな樹々はたっぷりと雨の滴を含んで、深緑の葉をいっぱい抱えて、ゆったりと立っている。誰もいない……………。

長田弘の詩集『人はかつて樹だった』を、読みたくなる。もう何回読んだだろうか。私にとって詩人のことばは、易しくて、石のように硬く、湧水のように冷たく美味しく、花びらのように薄くてやわらかく、耳元で囁くように聞こえる。飾らない、嘘がないことば。内が透けて見えてきて、外が霧のなかに消えていく。だから私は好きだ。

 

「森のなかの出来事」    長田弘

森の大きな樹の後ろには、

過ぎた年月が隠れている。

日の光と雨の滴でできた

一日が永遠のように隠れている。

森を抜けてきた風が、

大きな樹の老いた幹のまわりを

一廻りして、また駆けだしていった。

どんな惨劇だろうと、

森のなかでは、すべては

さりげない出来事なのだ。

森の大きな樹の後ろには、

すごくきれいな沈黙がかくれている。

みどりいろの微笑が隠れている。

音のない音楽が隠れている。

ことばのない物語が隠れている。

きみはもう子どもではない。

しかし、大きな樹の後ろには、

いまでも子どものきみが隠れている。

ノスリが一羽、音もなく舞い降りてくる。

大きな樹の枝の先にとまって、

ずっと、じっと、遠くの一点を見つめている。

森の大きな樹の後ろには、

影を深くする忘却が隠れている。

 

 

 

神さまの誤植

先日、一時帰国したアキラの弟、バーゼルに住むキヨシさんからメッセンジャーが来た。私の差し上げた拙著「畑の中の野うさぎの滑走〜」を面白くお読みくださったとのこと。なんと嬉しいことでしょう! その上、2刷目のためにと、誤植も見つけてくれた。もう充分、2刷目なんてとんでもない、と思ったけど、温かいきょうだいの心遣いにホロリ。

誤植の中でも「『霧の彼方へ』のために」の中に不用意に入り込んだ「8」の数字。キヨシさんは、無限大の印♾️かなと思ったのですが………と、さすが音楽家で天文家のキヨシさん、やさしい想いで読んでくださっている……実は私、内心「9」でなくてよかった………「8」は完全な入力ミスです。

「壊れていくカラダを 恐るな!/心の中の コトバたち/やがて 光と熱になって

壊れたカラダは⑧/青空の中に 溶けていく…………」

片山中蔵さん装丁の美しい本が手元に届き、ページをめくってを「8」を発見。一瞬冷や汗……否……これは「レムニスカート」……神さまがそっと置いてくれた♾️の印………と勝手に思っていたのです。

 

 

 

明け方の外歩き

ここ一年の間、アキラは、明け方の外歩きを欠かしたことがない。そこで、砂袋みたいな重たい私の朝のカラダには自信がなかったけど、清々しい夜明けの光と空気に誘われて、数日前から、アキラの外歩きに便乗してみると………歩ける、歩ける………何も考えず、ひたすら歩く……ひんやりとした空気がカラダを過ぎる…………鳥の鳴き声が天から降りてくる………毎日このように始まるといいな………今日も歩いた。

今日は、アキラのオイリュトミー初伝講座の日。夕方、チアキさんが、国分寺駅の出店で買ったという京都の柏餅を持って顔を見せてくれた。お喋りは愉しい。ありがとう。

世の中、ますます不透明になって…………私の生活はますますシンプルに………明日も歩こう。

 

 

 

 

 

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行きたいところ

朝から雨………中庭の草木が喜んでいる………ちょっとの間、雨足が弱くなったら外に出よう……と、誰もいない静かなキッチンでチャンスを狙って外を眺めていると、雨の勢いは増す一方………私の気持ちは落ち込む一方………。

マチス展に行きたいな………川村毅 新作・演出『カミの森』に行きたいな………平山素子さんとアキラの『フーガの技法』にも行きたいな………チカシくんの写真展にも………こころの中に、行きたいところがいっぱいある。

人工頭脳チャット何とかができたり、ウクライナの戦争もアフリカの民族内戦状態、日本の少子化問題、相次ぐ爆弾テロ、環境破壊、差別、虐待…………外には、不安なこと、悲しいこと、痛むことは限りなくある。

いつまでも、行きたいところがいっぱいある世の中でありますように。

 

 

こどもの日

こどもの日に相応しい明るい晴れ日。キッチンから眺めていると、中庭を初夏の風がさわさわと吹き抜けていく。樹々の葉も草花も気持ちよさそう。静かだ。子どもたちは何処にいるのだろう? それも当然、もう我が家の3人息子も、お隣のノリくん、ユカちゃん、お向かいのトモちゃん、キョウコちゃん、テルくん、タミちゃんの「こどもギャング団」も、今はおじさんおばさん。時代はどんどん進んでいる。どこに向かって?

昔を懐かしむのはやめて外に出よう、アキラと一緒にお鷹の道まで。………「ギャング団」の遊び場だったプレイステーションの跡にできた素敵な住宅群。玄関先には、住む人の思いがこもった美しい花々が植えられ、カートを押す私を大いに楽しませてくれる。ガレージにはピカピカの車。静かだ………今日はこどもの日。子どもたちは?

ホンダさんの家の庄屋門(江戸時代からあるのだろう)の横で、堂々と枝を広げている楡の木を見上げると、大きな鯉のぼりが青空を泳いでいる。風が吹いている。

 

 

 

 

 

麗しの5月

 5月1日。今日は、天国に住むアキラのお母さん、君子さんの107歳のお誕生日。

お散歩がこよなく好きだったお母さん。晴れの日、雨の日、風の日、暑くても寒くても、帽子を被り、ネックレスをつけ、カートを押して………どんどん歩くお母さん。

今日の私は、お昼前、リハビリのミルノさんとお鷹の道を歩く。ふと気がつくと、私は君子さんになっている。恐ろしいことにだんだん似てきた……気ままで、自由で、わがままで、頑固なところが………いつも、いろんなことを言い合って、ずいぶん、きついことを言ったよね、私は。ゴメンナサァ〜イ………上を見上げると、国分寺の杜の杉木立の間から、真っ青な空が覗いている。君子さんが謳っている。

Im wunderschönen Monat Mai    Heinrich Heine

Im wunderschönen Monat Mai,
Als alle Knospen sprangen,
Da ist in meinem Herzen
Die Liebe aufgegangen.

麗しの五月 蕾はじける頃 わが心には  恋の芽生えぬ

 

私の1日の仕事

垂直+水平生活の私の決まり。

1日の私の仕事は、歩くこと、食べること、洗濯をたたむこと、本を読むこと、書くこと。

今日は、夕方の雨上がりの道を、アキラに介助されて、史跡公園まで歩いた。つい先頃まで初々しい若葉だった桜の樹々も、曇り空の下で堂々と濃緑の枝を広げている。誰にも会わなかった。

1年ぶりに復活した私の部屋の本棚から、未だ読んでいない井筒俊彦の「神秘哲学」を見つけて、「ロシア的人間」に引き続き、何故か惹き込まれる。隣にあった石井桃子編・訳 富山妙子 画 「ギリシア神話」(のら書店)も………あらあら、時間がどんどんすぎていき………全てノロノロの私には、時間が足りないなぁ………カラダが反転した時、頭の中も一緒にクルリと反転………今まで、見過ごしてきたものが見えてきて、面白い。

日々のカラダの時間・空間は限られているけど、心は無限大に広がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶望から一日が始まる………。

今朝、目が覚め右手を動かすと、私の唯一の働き手である人差し指が、プンプクリンに腫れ上がり、布団の襟に触っただけでも痛い。すでに私の指は全て奇妙な形に曲がっていて、右手の人差し指も例外ではないものの、彼女(⁉︎)だけは私の意思に従ってくれる私の大切な恋人。絶望から一日が始まるとは…………デモ、マテヨ。40ネンモ、リウマチヲヤッテキテ、ゼツボウカラハジマッタ一ニチハ、ムスウニアッタ…………落ち着いて、深呼吸して………そこに、リハビリのミルノサンが玄関に現れ………タスカッタ!風ニアタリニソトニデヨウ………ミルノサンの「昨日と違って、今日は少し寒いですよ」との忠告に従って、コートを着せてもらい外に出て………そろりそろり動き出すと、カラダの中で血液が流れ始め……いつのまにか右の人差し指の腫れが消えて、心の中に美しい光がさしてきた。

私のカラダは私であって、私ではない………私の命は私であって、私ではない………。分かったようで分からない言葉が思い浮かんでくる。

 

 

一年振りに自分の部屋を訪問すると………。

黄砂だの、突風だの、大粒の雨がパラパラしたり、春は忙しい。私の周りの人々も忙しい………私といえば、ゆっくり慌てず………行動空間はいつも同じ。

一年振りに自分の部屋に入ってみた。あぁ、机の上の読みかけの本、引き出しの手紙や絵葉書、本棚の本たち……ノート、鉛筆、書きかけのメモ、公演のチラシ、助成金申請書類、床に散らばったクリアファイルetc………何もかにも一年前から時間がストップし、闇の中でひっそりとしていた物たち。さぁ、カーテンを開けて、光を入れて、風を入れて………一年前、もう二度と自分の部屋に入ることはできない、と思った………今、私のカラダは、すっかり変わってしまったけど………物たちは、私の剥き出しのいのちに温かい息吹を送ってくれる。嬉しいこと!

毎日、自分の部屋を訪問しよう………記憶の彼方から、私のカラダに新しい風が吹いてくる………。

 

「人間性の輝き」

いいお天気!何もしたくない気分に光が差し込んで………リハビリのミルノさんと外歩き。すっかり萌色に衣替えした「桜の園」から史跡公園ヘ………遠くにシルバーのシミズさんの声が聞こえる。呼んでみると、草取りの作業姿で「ずいぶん歩けるようになったねぇ!近いうちに庭を見にいくよ」と言いながら寄ってきてくれた。

いつものコースを一巡りして帰宅し、あらためて我が家の庭を眺めると、明るい陽射しを浴びて、まだ若くて柔らかな雑草たちがサワサワと春風に揺れている。

夜、朝日の夕刊「大江さん、知遇の恩義に報いたい」という中国の作家、鄭着(チョンイー)の寄稿文を読む。

「確かに戦争は残酷ですが、奥底まで透徹するならば人間性の輝きも見出されます。激戦中でさえ停戦し、両軍が戦死者の屍体を埋葬したり、釣った魚を輪になって焼きながら笑い合う等々。」

言葉に、音楽に、人間性の輝きを託されて、先に逝かれた大江健三郎、坂本龍一、そして今日、詩人の富岡多恵子の訃報を知る。

 

歩く〜歩け〜歩けば………

四月に入って、もう今日は8日。桜の頃も、あっという間に過ぎ去り、お隣さんの庭にローズ色の石楠花が見事に咲いているのが見え、我が家の桃の木にも、いつの間にか柔らかな黄緑色の可愛い葉が萌え出ている。

もう新しい何かが始まっているのに、カラダが言うことを聞いてくれず、何もしたくない日が続いて………コマッタモノダ………ベッドに張り付いて水平になっていると「歩けなくなるぞ!」と言う恐怖に襲われ、心まで落ち込んでくる。そんな時、折よく誰かが「ヒサコサン、散歩に行こう」と声をかけてくれたりすると………心中は「イヤダナ、メンドクサーイ」と思いながらも「はーい、行きまぁ〜す」と言うことにしよう、と思う。

外に出ると「よかった、歩ける!」。歩けることの喜びが細胞の隅々にまで行きわたり、生きる勇気が出てくるから不思議。うれしいこと。

77年間の私の日常が反転して、水平生活が日常になって一年。驚くほど歩幅は狭まくなり速度は落ちたけど………行く処はみなおなじ………みんな似たり寄ったり………と、誰かが言っていたな………そう、いく処は皆同おなじ。ゆっくり慌てず愉しく行こう。

明日もまた歩こう。

 

静かな三月の終わり

明日から4月。昔は、小学一年生の入学式の日に校庭の桜の木の下で、お母さんと手を繋いで、パチリ、と記念撮影したものだが………今年の我が「桜の園」の花は入学式まで我慢できるかな………今日、リハビリのヤマダさんと外に出ると、微かな風にも耐えきれず小さなピンクの花びらが行く道にひらひらと舞っている。ついこの前まで建築中だった「桜の園」の向かい側の空き地には、3軒も新しい真っ白な素敵な家が出来ていて、ガレージにはピカピカの車があり、もう生活が始まっている。

史跡公園から国分寺寺の方に曲がって、お鷹の道に沿って群生している大根ばなの清楚な青紫を眺めながら、家にたどり着く。

明日は、エイプリルフール。天使館でミツタケ×なおか企画の公演があるという。レイジとヒロ子は小旅行に出かけ………静かな三月の終わり。 続きを読む “静かな三月の終わり”

桜の樹の下で………。

今日も花曇りの一日。薄陽が差し出した昼下がり、アキラと「桜の園」から史跡公園を一巡り。1200年前の人々も歩いたこの道………遠くに桜の薄桃色が広がって見える………悠々とした時間が流れるなかで……人間って愚かだな、争いばかり………。

高橋悠治さんの『音の静寂 静寂の音』を読んでいて、夢中になりすぎて、電車を降り損ねたことがあった。時間を忘れた時の、あの感覚。なんと心地よかったことか!今でもカラダは覚えている。

井筒俊彦著『ロシア的人間』にも時間を忘れてのめり込んだ。雨の日、傘をさしながら読み続け、うっかり家の前を通り過ぎかかったことがある。懐かしい思い出。

心が痛むウクライナとロシアの戦争はいつおわるのかーいつ終われるのか?   今夜は、本棚からすっかりセピア色になった『ロシア的人間』を取り出して読もう。ロシアの人たち、ウクライナの人たちを想いながら………。

もう直ぐ四月。新緑の季節がやってくる。

 

 

 

花冷え

桜満開の日から花冷えの日々。今日も朝から雨………でも、ちょっと我が「桜の園」まで桜の様子を見に行く………雨の降る中、桜の花びらたちは肩を寄せ合うようにかたまって、心なしピンクが濃く見える。日曜日なのに誰もいない。

つい先だって、ヘルパーのお仕事を始められたみな子さんが、ご主人の作曲家、新実徳英さん(トクさん)とご一緒に来てくださった。わぁ〜嬉しい!でも、緊張するな。何故って、新実徳英著「生きることが  音楽!」(音楽之友社刊)を読んだばかり。音楽というものに密かに劣等感を抱いていた私、そのご本を読んでスゥーと私の何かがひらいた………本を読みながら、トクさんの生き方について行ったら、いつの間にか、美しい音の響きがカラダを満たし、カラダを解放してくれる……そうだ! 生きることが音楽。トクさん、ありがとう。

花冷えの日々も、美しく、楽しく、うれしい日々。

 

 

 

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懐かしいトウヒの香り

アキラの謡の先生の奥さまから、拙著「畑の中の野うさぎの滑走〜」のお礼に入浴剤をいただいた。美しいガラス瓶の蓋を開けると、ドイツトウヒの香りが漂ってきた。あぁ懐かしい………しばらく目を閉じて、カラダいっぱいドイツの匂いを聞く。

今頃ドイツは、どこの家庭も復活祭を迎える準備で大忙しだろう。街のお菓子屋さんの店先には、色とりどりに彩色した卵、大小さまざまなうさぎのチョコレートが並び………あかるい春の陽光のもと、ライラックの濃淡、真っ黄色のミモザ、純白のユキヤナギ……あちこちに溢れ咲いて……あぁ行きたいなぁ………ダメだ!………でも、今夜は、頂いたトウヒの精油で森林浴を楽しめる……嬉しいな。

一日一回は歩かなければ………夕方、桜の様子を伺いに………薄墨色に暮れていく空のもとに、満開の桜が、遠くまで、静かに悠然と並んでいる。誰もいない。一年前、二度とこの桜の園は見ることはない、と思ったのだが………。

少しずつ、少しずつ、止まらないで…………すべての人に美しい日が訪れますように。

 

 

雨の一日……あれこれと思い巡らすこと。

私が新聞の切り抜きをするのは、亡くなった君子さん(あきらのお母さん)譲りだと思っている。君子さんはいつも新聞を端から端まで読み、政治記事、珍しい花、動物、風景の写真入りの記事、お気に入り化粧水の広告記事まで、無作為にノートに貼って持っていた。その気持ちよくわかるな………新聞の切り抜きしている時、わたしは、お母さん(君子さん)になったような気がする………不思議だけど。

最近の切り抜きー朝日新聞夕刊(2023年3月15日)

「『流水の天使』クリオネの涙」大見出し「進む海洋酸性化『主食』の巻き貝(ミジンウキマイマイ)消滅の恐れ」小見出し(というのかしら?)………本文に「体は半透明で、鮮やかな赤色の内臓が透けて見える」とあり、横に海中を遊泳する可愛いクリオネの写真が掲載されている。素敵な天使の写真!思わず切り抜く。でも、落ち着いて本文を読むと「素敵」などと言っていられない、人間の負の側面の記事。痛ましい現実。

川村毅さんの芝居で「クリオネー神なき国の夜ー」を観に行ったのを思い出した。あれから随分経ったけど、また芝居を観に行きたいなぁ。熊さんのように大きい川村さん、可愛い小鳥さんのような平井さん……どうしてるかなぁ…………。

ベットで、三好達治の詩 「魚」を読む。

魚の腹は

白ければ光り

魚の腹は

たそがれかけてふくらむ

 

魚のこゑ

ちいちいと空にきこえ

光れる腹をひるがへす

 

雲間に魚の産卵をはり

魚はうれしや

たらたら たらたら

風鈴のやうに降りてくる

 

温かく、純な、やさしいことばに、ホッとする。三好達治は、イナガキタルホと同じ1900年生まれ。

雨の日は、あれこれと思い巡らしながら水平生活。晴れの日を待つ。

 

 

 

 

心は風船のように軽く………。

春が来た……青空の下に広がる大草原に行きたぁ〜い!と頭の中は紙ふうせんのように大きく膨れるけど………日を追うごとに、指先から力が抜けて………動作が鈍くなっていく。

昨日は雨。外歩きは断念して、フェミニストのチアキさんから送られてきた「……上野千鶴子さんが登場し、縦横無尽に語っている……今の日本で何が問題なのか……アクチュアルな社会の問題に疎くなっているかも、という人にはオススメ」の動画(何と2時間14分)をみる、否、聴く。私の頭はカラダから抜け出して、アクチュアルな社会問題に向かっている自分を見つける。チアキさんありがとう。

今日は、朝から素晴らしい晴れ日。我が「桜の園」を見に行かねば………と心は逸るが、密かに一人で外に出る自信はなし、もともと一人外出は禁止されている。結局アキラにサポートされて、桜の様子を見に行くことができ………そのまま、、暖かい春風に吹かれて………史跡公園を一巡り………小鳥や野の花、空の青、白い雲、ボール遊びをする子どもたちの声………カラダが風船のように軽くなり………うれしくなる。

心は風船のように光に向かい、カラダは砂袋のように沈んでいく。

今日の一日。心もカラダも美しい日々でありますように。

 

新しい春

今日は、曇り。リハビリのヤマダさんと40分外歩き。

昨年の春に始まった水平生活に少しづつ垂直生活が加わり、今は水平+垂直の生活に。そして、新しい春が巡ってくる。

その間に、2月ウクライナで戦争が勃発し、今も続いている………3月信頼する愛する友人を喪い………初の天使館公演「牢獄天使城でカリオストロが見た夢」に車椅子で舞台上に……9月秋田の鎌鼬美術館まで飛行機に乗って……11月のアキラの2公演に連日劇場通いし……大晦日、家族7人の家族旅行が実現する。年が改まり……庭にラッパ水仙の芽が覗いてくる頃……私の寝室兼応接間の部屋で、これから先の公演の企画会議がおこなわれ……時は進んでいく。

振り返ると、夢のような日々………昨日と明日が今日の中にあり……明日には新しい桜が開くだろう。

 

 

 

苺のように丸い字

今朝、未明の地震……あれから今日でもう12年。薄闇の天井を見つめていると、瞼のうちに、あの日の昼過ぎの、あの春のひかりが………未だ、時が止まったまま、地の底、水の底に眠る人々が………いつの間にか、天窓から真っ赤な朝の光が差し込んでいる。

昼間はコートを着ないで外に出られるから楽。桜はもう直ぐ……梅はおしまい………。

澁澤さんの最晩年の名著『フローラ逍遥』を本棚から引っ張ってきて開いてみる。

水仙、椿、梅、菫、チューリップ、金雀児、桜………目次に並ぶ25の花々。花の色から、形から、香りから、ギリシャ神話から、芭蕉、小学唱歌まで………澁澤さんならではの、植物・博物誌。面白い。引き込まれる。

若い頃、ある春の日アキラと二人で、静岡県登呂遺跡に遊びに行った帰り、真っ赤で大きな石垣苺と小さなプリムラの鉢植えをもって、北鎌倉の澁澤邸を訪ねた。携帯などない時代、急に思いついて人を訪ねても許されるようなのんびりした時代だった。あいにく澁澤さんはお出かけ。お家の人に持ってきたイチゴとプリムラを預けて、ついでに明月院などをぶらぶらして帰った。

後日、澁澤さんから、留守したお詫び、苺の美味しかったこと、かわいいプリムラのことなどに感謝の言葉を添えた葉書が届いた。和紙の葉書の上に書かれた字は、大きく太く力強く、まるで、私たちがプレゼントした石垣苺みたいだった。温かく懐かしい想い出。

 

 

 

『うたの不思議』

最近、ホームヘルパーのお仕事を始められたみな子さんが、鮮やかな黄色のミモザの花と新実徳英さんの「うたの不思議」という本を持ってきてくださった。その中か……

「十四歳」

谷川雁

はなびらのにがさを

だれがしってるの

ぴかぴかのとうだい

はだしでのぼったよ

かぜをたべた

からっぽになった

わたしいま十四(じゅうし)

うみよりあおい

はなびらのにがさを

だれがしってるの

だれが

 

それから、みな子さんが歌ってくれた、雁さんの詩を。うたって不思議………花瓶にいけたミモザも、部屋の白い漆喰の壁も、テーブルの茶碗も、本も、わたしのカラダも、美しい透明な声のひびきにうちふるえた。

 

 

 

路傍の花に話しかけられて………。

慢性関節リウマチは厄介な病だ、とつくづく思う。もう50年近くこの病と付き合ってきた。足の指、かかと、膝、頚椎、さまざまな不具合を修理修繕し、さまざまな薬を飲んできても、ジワジワと関節が崩壊し、変形し、カラダの機能が失われていく。新薬が開発されても、治癒ではなく寛解。膝に人工関節を入れてくれたイワサワ先生は、私のリウマチをクラシカルなリウマチだ、とおっしゃった………それはそうでしょう。先生の子どもの頃から、私はリウマチをやっているんですから………。そして遂に去年の復活祭の頃、aufstehen (立つ)ことができなくなり、絶望の極みに陥ったけど……落ちるところまで落ちたら上るしかないんだよ……という亡き父の声が何処かから聞こえ………今は水平+垂直生活を送っている。

リハビリの看護士さんに………背中とベットが糊でくっ付いてしまい、起きられない、と弱音を吐いたら………もう、糊はすっかり乾いていますよ。今日は花曇り、歩くにはとてもいい日です、さぁ行きましょう………と促され、外に出る。

確かに、風は冷んやり………でも、寒くなし………絶好の外歩きの日和。

各家の塀の中から覗いている、つばき、沈丁花、枝垂れ梅、ミモザ………を横目で見ながら通り過ぎると、うしろから甘い香りが追ってくる。路地沿いに、水仙、和すみれ、クロッカスなどが並び……オッ!アルイルナ、ヒサコサン……と声をかけてくれる。「桜の園」には、臨月間近の桜の樹の枝々が膨らみを帯びて、春の曇り空の下、時が来るのを待っている。