『銀河計画』

昨日の夜は、天使館で20年前のアキラの作品『銀河計画』の公演映像を観てから、出演した伊藤キムさんとアキラのトークを聴いた。かつて観た舞台とはいえ、初めて観たように新鮮で面白かった。アキラ60代、キムさん30代だった二人が、そのまま並行移動して、今、アキラ80、キムさん60。場所は同じ天使館。

お二人とも今もまだ、ダンスに、自分に、カラダに、ことばに、人間に…………こだわり続けて、迷子になった地球星の銀河計画はまだ進行中のようだ。

願わくば、今もなお、悠久に流れる美しい銀河に、我れら地球星も加われますように……。

長田弘の詩

朝から雨降り。お昼前、アキラに傘をさしてもらい桜の樹々の様子を見に行く。大きな樹々はたっぷりと雨の滴を含んで、深緑の葉をいっぱい抱えて、ゆったりと立っている。誰もいない……………。

長田弘の詩集『人はかつて樹だった』を、読みたくなる。もう何回読んだだろうか。私にとって詩人のことばは、易しくて、石のように硬く、湧水のように冷たく美味しく、花びらのように薄くてやわらかく、耳元で囁くように聞こえる。飾らない、嘘がないことば。内が透けて見えてきて、外が霧のなかに消えていく。だから私は好きだ。

 

「森のなかの出来事」    長田弘

森の大きな樹の後ろには、

過ぎた年月が隠れている。

日の光と雨の滴でできた

一日が永遠のように隠れている。

森を抜けてきた風が、

大きな樹の老いた幹のまわりを

一廻りして、また駆けだしていった。

どんな惨劇だろうと、

森のなかでは、すべては

さりげない出来事なのだ。

森の大きな樹の後ろには、

すごくきれいな沈黙がかくれている。

みどりいろの微笑が隠れている。

音のない音楽が隠れている。

ことばのない物語が隠れている。

きみはもう子どもではない。

しかし、大きな樹の後ろには、

いまでも子どものきみが隠れている。

ノスリが一羽、音もなく舞い降りてくる。

大きな樹の枝の先にとまって、

ずっと、じっと、遠くの一点を見つめている。

森の大きな樹の後ろには、

影を深くする忘却が隠れている。

 

 

 

神さまの誤植

先日、一時帰国したアキラの弟、バーゼルに住むキヨシさんからメッセンジャーが来た。私の差し上げた拙著「畑の中の野うさぎの滑走〜」を面白くお読みくださったとのこと。なんと嬉しいことでしょう! その上、2刷目のためにと、誤植も見つけてくれた。もう充分、2刷目なんてとんでもない、と思ったけど、温かいきょうだいの心遣いにホロリ。

誤植の中でも「『霧の彼方へ』のために」の中に不用意に入り込んだ「8」の数字。キヨシさんは、無限大の印♾️かなと思ったのですが………と、さすが音楽家で天文家のキヨシさん、やさしい想いで読んでくださっている……実は私、内心「9」でなくてよかった………「8」は完全な入力ミスです。

「壊れていくカラダを 恐るな!/心の中の コトバたち/やがて 光と熱になって

壊れたカラダは⑧/青空の中に 溶けていく…………」

片山中蔵さん装丁の美しい本が手元に届き、ページをめくってを「8」を発見。一瞬冷や汗……否……これは「レムニスカート」……神さまがそっと置いてくれた♾️の印………と勝手に思っていたのです。

 

 

 

明け方の外歩き

ここ一年の間、アキラは、明け方の外歩きを欠かしたことがない。そこで、砂袋みたいな重たい私の朝のカラダには自信がなかったけど、清々しい夜明けの光と空気に誘われて、数日前から、アキラの外歩きに便乗してみると………歩ける、歩ける………何も考えず、ひたすら歩く……ひんやりとした空気がカラダを過ぎる…………鳥の鳴き声が天から降りてくる………毎日このように始まるといいな………今日も歩いた。

今日は、アキラのオイリュトミー初伝講座の日。夕方、チアキさんが、国分寺駅の出店で買ったという京都の柏餅を持って顔を見せてくれた。お喋りは愉しい。ありがとう。

世の中、ますます不透明になって…………私の生活はますますシンプルに………明日も歩こう。

 

 

 

 

 

続きを読む “明け方の外歩き”

行きたいところ

朝から雨………中庭の草木が喜んでいる………ちょっとの間、雨足が弱くなったら外に出よう……と、誰もいない静かなキッチンでチャンスを狙って外を眺めていると、雨の勢いは増す一方………私の気持ちは落ち込む一方………。

マチス展に行きたいな………川村毅 新作・演出『カミの森』に行きたいな………平山素子さんとアキラの『フーガの技法』にも行きたいな………チカシくんの写真展にも………こころの中に、行きたいところがいっぱいある。

人工頭脳チャット何とかができたり、ウクライナの戦争もアフリカの民族内戦状態、日本の少子化問題、相次ぐ爆弾テロ、環境破壊、差別、虐待…………外には、不安なこと、悲しいこと、痛むことは限りなくある。

いつまでも、行きたいところがいっぱいある世の中でありますように。

 

 

こどもの日

こどもの日に相応しい明るい晴れ日。キッチンから眺めていると、中庭を初夏の風がさわさわと吹き抜けていく。樹々の葉も草花も気持ちよさそう。静かだ。子どもたちは何処にいるのだろう? それも当然、もう我が家の3人息子も、お隣のノリくん、ユカちゃん、お向かいのトモちゃん、キョウコちゃん、テルくん、タミちゃんの「こどもギャング団」も、今はおじさんおばさん。時代はどんどん進んでいる。どこに向かって?

昔を懐かしむのはやめて外に出よう、アキラと一緒にお鷹の道まで。………「ギャング団」の遊び場だったプレイステーションの跡にできた素敵な住宅群。玄関先には、住む人の思いがこもった美しい花々が植えられ、カートを押す私を大いに楽しませてくれる。ガレージにはピカピカの車。静かだ………今日はこどもの日。子どもたちは?

ホンダさんの家の庄屋門(江戸時代からあるのだろう)の横で、堂々と枝を広げている楡の木を見上げると、大きな鯉のぼりが青空を泳いでいる。風が吹いている。

 

 

 

 

 

笠井叡 名古屋オイリュトミー講座 2023年6月7月

「天の淵駒」とは、天体の外輪のことです。
西洋では、この領域は黄道十二宮、アジア圏では十二支と呼ばれています。
母の胎に受胎する以前の、人間の生きた気形透明体が、この天の淵駒と一体でした。
そして、人間のカラダは、この黄道十二宮にまで、広まっているのです。
これは本当の話です。
いよいよ、宇宙時代が始まるのです。列強諸国はいまや、月の公転軌道内の空間をヴァーチャルな戦場空間として分割統治し始めていますが、ここで言うのはその事ではありません。この「天の淵駒」にまで至る、この神聖空間は、ただ人間一人一人の「個体」と結びついているのです。
黄道十二宮で、今、何が起きているかを、私たちは知らなければなりません。
そのためには一人一人の個体のカラダが、黄道十二宮との結びつきを、新たに作り上げてゆくことが必要です。

 

◆言葉のオイリュトミー

十二宮の十二の力と、その身体感覚
テキスト ルドルフ・シュタイナー作「12の気分」

◆音楽のオイリュトミー

ヨハン・セバスチャン・バッハ作
アンナ・マグダレーナ小曲集「メヌエット」をインターヴァル作品として練習します。

◆講義
一つの宇宙の、その誕生から死滅まで

 

■スケジュール

●2023年6月30日(金)
13:45~16:30 オイリュトミー実習①
17:30~19:00 講義①

●2023年7月1日(土)
09:30~12:15 オイリュトミー実習②
13:45~16:30 オイリュトミー実習③
17:30~19:00 講義②

●2023年7月2日(日)
09:30~12:15 オイリュトミー実習④
13:45~16:30 オイリュトミー実習⑤

■会場

長円寺会館 ホール
名古屋市中区栄 2-4-23 (地図
052-231-0955

■受講料

全参加 30,000円
実習1単位 5,000円
講義1単位 3,000円

■講師

笠井叡

■お問い合わせ/お申し込み

中村 090-2575-1201 E-mail: umiushi-do.mkn@nifty.ne.jp

■主催

名古屋オイリュトミー研究会

麗しの5月

 5月1日。今日は、天国に住むアキラのお母さん、君子さんの107歳のお誕生日。

お散歩がこよなく好きだったお母さん。晴れの日、雨の日、風の日、暑くても寒くても、帽子を被り、ネックレスをつけ、カートを押して………どんどん歩くお母さん。

今日の私は、お昼前、リハビリのミルノさんとお鷹の道を歩く。ふと気がつくと、私は君子さんになっている。恐ろしいことにだんだん似てきた……気ままで、自由で、わがままで、頑固なところが………いつも、いろんなことを言い合って、ずいぶん、きついことを言ったよね、私は。ゴメンナサァ〜イ………上を見上げると、国分寺の杜の杉木立の間から、真っ青な空が覗いている。君子さんが謳っている。

Im wunderschönen Monat Mai    Heinrich Heine

Im wunderschönen Monat Mai,
Als alle Knospen sprangen,
Da ist in meinem Herzen
Die Liebe aufgegangen.

麗しの五月 蕾はじける頃 わが心には  恋の芽生えぬ

 

私の1日の仕事

垂直+水平生活の私の決まり。

1日の私の仕事は、歩くこと、食べること、洗濯をたたむこと、本を読むこと、書くこと。

今日は、夕方の雨上がりの道を、アキラに介助されて、史跡公園まで歩いた。つい先頃まで初々しい若葉だった桜の樹々も、曇り空の下で堂々と濃緑の枝を広げている。誰にも会わなかった。

1年ぶりに復活した私の部屋の本棚から、未だ読んでいない井筒俊彦の「神秘哲学」を見つけて、「ロシア的人間」に引き続き、何故か惹き込まれる。隣にあった石井桃子編・訳 富山妙子 画 「ギリシア神話」(のら書店)も………あらあら、時間がどんどんすぎていき………全てノロノロの私には、時間が足りないなぁ………カラダが反転した時、頭の中も一緒にクルリと反転………今まで、見過ごしてきたものが見えてきて、面白い。

日々のカラダの時間・空間は限られているけど、心は無限大に広がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平山素子×笠井 叡「フーガの技法」を踊る

Dance Dance Dance @ YOKOHAMA 2021の「エリア50代」で初演された、笠井叡振付・平山素子のソロダンス『J.S.バッハ作曲“フーガの技法”1.2.6.9番によるダンス』が、スケールアップして愛知県芸術劇場にて再誕!クラシックからポップスまで様々なフィールドに活躍を広げる片山柊(ピアノ)による生演奏で、笠井と平山の2人が全14曲を踊るノンストップの60分!

 

 

愛知公演

◉2023年6月15日(木)19:30/16日(金)18:30
◉会場:愛知県芸術劇場小ホール
◉チケット発売日|2023年4月14日(金)

チケット料金(全席自由・整理番号付)
一般 4,500円/U25 3,500円/高校生以下 2,500円/ペアチケット 8,000円(枚数限定・公式サイトのみ扱い)
当日 5,000円(一般・U25・高校生以下共通)

・愛知県芸術劇場オンライン・チケットサービス https://www-stage.aac.pref.aichi.jp/event/
・愛知芸術文化センター内プレイガイド(地下2階)
TEL:052-972-0430(10:00〜19:00/土日祝休は18:00まで/月曜定休、祝休日の場合は翌平日)
・alfalfaオンラインチケット https://alfalfalfa.net/fugue2023/#ticket

演出・振付・ダンス:笠井叡
ダンス:平山素子
ピアノ:片山柊
音楽:J.S. バッハ「フーガの技法」

企画制作:NPO alfalfa
主催:愛知県芸術劇場、NPO alfalfa、一般社団法人 天使館

お問い合わせ
NPO alfalfa E-mail info@alfalfalfa.net
愛知県芸術劇場 TEL 052-211-7552(10:00-18:00)/E-mail contact@aaf.or.jp

 

横浜公演

◉2023年9月2日(土)17:00 /3日(日)14:00
◉会場:横浜赤レンガ倉庫1号館3Fホール
◉チケット発売日|2023年6月2日(金)

演出・振付・ダンス:笠井叡
ダンス:平山素子
ピアノ:佐藤浩一
音楽:J.S. バッハ「フーガの技法」

企画制作:NPO alfalfa
主催:主催|横浜赤レンガ倉庫1号館(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)、NPO alfalfa、一般社団法人 天使館

お問い合わせ
NPO alfalfa    E-mail info@alfalfalfa.net

 

【出演者情報】

笠井 叡
演出・振付・ダンス

1943年生まれ。60年代に大野一雄、土方巽に出会い、舞踏家として活動を始める。71年天使館を設立。79年〜85年ドイツに留学し、オイリュトミーを研究。帰国後、94年に『セラフィータ』で舞台に復帰。これまでに、「牢獄天使城でカリオストロが見た夢」「桜の樹の下には -笠井叡を踊る-」「高丘親王航海記」など多くの作品を輩出し続け、2001年初演『花粉革命』は代表作として世界各都市での上演を果たす。14年芸術選奨文部科学大臣賞受賞、22年江口隆哉賞受賞。

平山素子
演出・ダンス

静謐さと昂揚を自在に奏でるダンサーとして観客の熱い支持を集め、06年S.ザハロワ(ボリショイ劇場バレエ団)に『Revelation』を提供し振付家として頭角を現す。07年新国立劇場『LIfe Castubg』で朝日舞台芸術賞、08年『春の祭典』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、江口隆哉賞受賞。16年スペイン・バスク地方やアイヌ伝承音楽とのコラボレーション作品『HYBRID』では大規模な欧州ツアーを成功させた。筑波大学体育系准教授。
http://motokohirayama.com

片山 柊
ピアノ( 愛知公演 )

北海道小樽市出身。東京音楽大学大学院修士課程(ピアノ)を修了し、現在東京音楽大学助手、桐朋学園大学作曲科に在籍。ピアニストとしてピティナ特級グランプリおよび聴衆賞ほか受賞多数。作曲家としては第28回奏楽堂日本歌曲コンクール作曲部門第1位(2位なし)。2021年世界的舞踊家、イスラエル・ガルバンの日本ツアー「春の祭典」にピアニストとして同行し好評を博した。現在作曲を土田英介、加藤真一郎の各氏に師事。
https://syukatayama3.wixsite.com/syukatayama

佐藤浩一
ピアノ(横浜公演)

ピアニスト/作曲家/編曲家。83年生まれ。神奈川県横浜市出身。バークリー音楽大学卒業。ジャズ/即興/室内楽/ポストクラシカル/ポップス/映画音楽など幅広いフィールドで活動。繊細なタッチで研ぎ澄まされた音色を放つピアニスト。作曲家としても独自のメロディーセンス・ハーモニーセンスを持つ楽曲を多く発表、また編曲家としてもストリングスなどのオーケストレーションを探求。伊藤ゴロー、福盛進也、挾間美帆m_unit、原田知世、象眠舎などにピアニストとして参加。21年、全て自らの作曲による2枚組のアルバム『Embryo』をnagaluからリリースし、唯一無二の音楽世界で聴衆を魅了する。TVドラマ「絶対正義」(2019年)の劇中音楽の作曲・ピアノ演奏を担当。映画「劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン」(2020年)や映画「ラーゲリより愛を込めて」(2022年)の劇中音楽のピアノ演奏を担当。
http://koichisato.com/

絶望から一日が始まる………。

今朝、目が覚め右手を動かすと、私の唯一の働き手である人差し指が、プンプクリンに腫れ上がり、布団の襟に触っただけでも痛い。すでに私の指は全て奇妙な形に曲がっていて、右手の人差し指も例外ではないものの、彼女(⁉︎)だけは私の意思に従ってくれる私の大切な恋人。絶望から一日が始まるとは…………デモ、マテヨ。40ネンモ、リウマチヲヤッテキテ、ゼツボウカラハジマッタ一ニチハ、ムスウニアッタ…………落ち着いて、深呼吸して………そこに、リハビリのミルノサンが玄関に現れ………タスカッタ!風ニアタリニソトニデヨウ………ミルノサンの「昨日と違って、今日は少し寒いですよ」との忠告に従って、コートを着せてもらい外に出て………そろりそろり動き出すと、カラダの中で血液が流れ始め……いつのまにか右の人差し指の腫れが消えて、心の中に美しい光がさしてきた。

私のカラダは私であって、私ではない………私の命は私であって、私ではない………。分かったようで分からない言葉が思い浮かんでくる。

 

 

一年振りに自分の部屋を訪問すると………。

黄砂だの、突風だの、大粒の雨がパラパラしたり、春は忙しい。私の周りの人々も忙しい………私といえば、ゆっくり慌てず………行動空間はいつも同じ。

一年振りに自分の部屋に入ってみた。あぁ、机の上の読みかけの本、引き出しの手紙や絵葉書、本棚の本たち……ノート、鉛筆、書きかけのメモ、公演のチラシ、助成金申請書類、床に散らばったクリアファイルetc………何もかにも一年前から時間がストップし、闇の中でひっそりとしていた物たち。さぁ、カーテンを開けて、光を入れて、風を入れて………一年前、もう二度と自分の部屋に入ることはできない、と思った………今、私のカラダは、すっかり変わってしまったけど………物たちは、私の剥き出しのいのちに温かい息吹を送ってくれる。嬉しいこと!

毎日、自分の部屋を訪問しよう………記憶の彼方から、私のカラダに新しい風が吹いてくる………。

 

「人間性の輝き」

いいお天気!何もしたくない気分に光が差し込んで………リハビリのミルノさんと外歩き。すっかり萌色に衣替えした「桜の園」から史跡公園ヘ………遠くにシルバーのシミズさんの声が聞こえる。呼んでみると、草取りの作業姿で「ずいぶん歩けるようになったねぇ!近いうちに庭を見にいくよ」と言いながら寄ってきてくれた。

いつものコースを一巡りして帰宅し、あらためて我が家の庭を眺めると、明るい陽射しを浴びて、まだ若くて柔らかな雑草たちがサワサワと春風に揺れている。

夜、朝日の夕刊「大江さん、知遇の恩義に報いたい」という中国の作家、鄭着(チョンイー)の寄稿文を読む。

「確かに戦争は残酷ですが、奥底まで透徹するならば人間性の輝きも見出されます。激戦中でさえ停戦し、両軍が戦死者の屍体を埋葬したり、釣った魚を輪になって焼きながら笑い合う等々。」

言葉に、音楽に、人間性の輝きを託されて、先に逝かれた大江健三郎、坂本龍一、そして今日、詩人の富岡多恵子の訃報を知る。

 

歩く〜歩け〜歩けば………

四月に入って、もう今日は8日。桜の頃も、あっという間に過ぎ去り、お隣さんの庭にローズ色の石楠花が見事に咲いているのが見え、我が家の桃の木にも、いつの間にか柔らかな黄緑色の可愛い葉が萌え出ている。

もう新しい何かが始まっているのに、カラダが言うことを聞いてくれず、何もしたくない日が続いて………コマッタモノダ………ベッドに張り付いて水平になっていると「歩けなくなるぞ!」と言う恐怖に襲われ、心まで落ち込んでくる。そんな時、折よく誰かが「ヒサコサン、散歩に行こう」と声をかけてくれたりすると………心中は「イヤダナ、メンドクサーイ」と思いながらも「はーい、行きまぁ〜す」と言うことにしよう、と思う。

外に出ると「よかった、歩ける!」。歩けることの喜びが細胞の隅々にまで行きわたり、生きる勇気が出てくるから不思議。うれしいこと。

77年間の私の日常が反転して、水平生活が日常になって一年。驚くほど歩幅は狭まくなり速度は落ちたけど………行く処はみなおなじ………みんな似たり寄ったり………と、誰かが言っていたな………そう、いく処は皆同おなじ。ゆっくり慌てず愉しく行こう。

明日もまた歩こう。

 

静かな三月の終わり

明日から4月。昔は、小学一年生の入学式の日に校庭の桜の木の下で、お母さんと手を繋いで、パチリ、と記念撮影したものだが………今年の我が「桜の園」の花は入学式まで我慢できるかな………今日、リハビリのヤマダさんと外に出ると、微かな風にも耐えきれず小さなピンクの花びらが行く道にひらひらと舞っている。ついこの前まで建築中だった「桜の園」の向かい側の空き地には、3軒も新しい真っ白な素敵な家が出来ていて、ガレージにはピカピカの車があり、もう生活が始まっている。

史跡公園から国分寺寺の方に曲がって、お鷹の道に沿って群生している大根ばなの清楚な青紫を眺めながら、家にたどり着く。

明日は、エイプリルフール。天使館でミツタケ×なおか企画の公演があるという。レイジとヒロ子は小旅行に出かけ………静かな三月の終わり。 続きを読む “静かな三月の終わり”

桜の樹の下で………。

今日も花曇りの一日。薄陽が差し出した昼下がり、アキラと「桜の園」から史跡公園を一巡り。1200年前の人々も歩いたこの道………遠くに桜の薄桃色が広がって見える………悠々とした時間が流れるなかで……人間って愚かだな、争いばかり………。

高橋悠治さんの『音の静寂 静寂の音』を読んでいて、夢中になりすぎて、電車を降り損ねたことがあった。時間を忘れた時の、あの感覚。なんと心地よかったことか!今でもカラダは覚えている。

井筒俊彦著『ロシア的人間』にも時間を忘れてのめり込んだ。雨の日、傘をさしながら読み続け、うっかり家の前を通り過ぎかかったことがある。懐かしい思い出。

心が痛むウクライナとロシアの戦争はいつおわるのかーいつ終われるのか?   今夜は、本棚からすっかりセピア色になった『ロシア的人間』を取り出して読もう。ロシアの人たち、ウクライナの人たちを想いながら………。

もう直ぐ四月。新緑の季節がやってくる。

 

 

 

花冷え

桜満開の日から花冷えの日々。今日も朝から雨………でも、ちょっと我が「桜の園」まで桜の様子を見に行く………雨の降る中、桜の花びらたちは肩を寄せ合うようにかたまって、心なしピンクが濃く見える。日曜日なのに誰もいない。

つい先だって、ヘルパーのお仕事を始められたみな子さんが、ご主人の作曲家、新実徳英さん(トクさん)とご一緒に来てくださった。わぁ〜嬉しい!でも、緊張するな。何故って、新実徳英著「生きることが  音楽!」(音楽之友社刊)を読んだばかり。音楽というものに密かに劣等感を抱いていた私、そのご本を読んでスゥーと私の何かがひらいた………本を読みながら、トクさんの生き方について行ったら、いつの間にか、美しい音の響きがカラダを満たし、カラダを解放してくれる……そうだ! 生きることが音楽。トクさん、ありがとう。

花冷えの日々も、美しく、楽しく、うれしい日々。

 

 

 

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懐かしいトウヒの香り

アキラの謡の先生の奥さまから、拙著「畑の中の野うさぎの滑走〜」のお礼に入浴剤をいただいた。美しいガラス瓶の蓋を開けると、ドイツトウヒの香りが漂ってきた。あぁ懐かしい………しばらく目を閉じて、カラダいっぱいドイツの匂いを聞く。

今頃ドイツは、どこの家庭も復活祭を迎える準備で大忙しだろう。街のお菓子屋さんの店先には、色とりどりに彩色した卵、大小さまざまなうさぎのチョコレートが並び………あかるい春の陽光のもと、ライラックの濃淡、真っ黄色のミモザ、純白のユキヤナギ……あちこちに溢れ咲いて……あぁ行きたいなぁ………ダメだ!………でも、今夜は、頂いたトウヒの精油で森林浴を楽しめる……嬉しいな。

一日一回は歩かなければ………夕方、桜の様子を伺いに………薄墨色に暮れていく空のもとに、満開の桜が、遠くまで、静かに悠然と並んでいる。誰もいない。一年前、二度とこの桜の園は見ることはない、と思ったのだが………。

少しずつ、少しずつ、止まらないで…………すべての人に美しい日が訪れますように。

 

 

雨の一日……あれこれと思い巡らすこと。

私が新聞の切り抜きをするのは、亡くなった君子さん(あきらのお母さん)譲りだと思っている。君子さんはいつも新聞を端から端まで読み、政治記事、珍しい花、動物、風景の写真入りの記事、お気に入り化粧水の広告記事まで、無作為にノートに貼って持っていた。その気持ちよくわかるな………新聞の切り抜きしている時、わたしは、お母さん(君子さん)になったような気がする………不思議だけど。

最近の切り抜きー朝日新聞夕刊(2023年3月15日)

「『流水の天使』クリオネの涙」大見出し「進む海洋酸性化『主食』の巻き貝(ミジンウキマイマイ)消滅の恐れ」小見出し(というのかしら?)………本文に「体は半透明で、鮮やかな赤色の内臓が透けて見える」とあり、横に海中を遊泳する可愛いクリオネの写真が掲載されている。素敵な天使の写真!思わず切り抜く。でも、落ち着いて本文を読むと「素敵」などと言っていられない、人間の負の側面の記事。痛ましい現実。

川村毅さんの芝居で「クリオネー神なき国の夜ー」を観に行ったのを思い出した。あれから随分経ったけど、また芝居を観に行きたいなぁ。熊さんのように大きい川村さん、可愛い小鳥さんのような平井さん……どうしてるかなぁ…………。

ベットで、三好達治の詩 「魚」を読む。

魚の腹は

白ければ光り

魚の腹は

たそがれかけてふくらむ

 

魚のこゑ

ちいちいと空にきこえ

光れる腹をひるがへす

 

雲間に魚の産卵をはり

魚はうれしや

たらたら たらたら

風鈴のやうに降りてくる

 

温かく、純な、やさしいことばに、ホッとする。三好達治は、イナガキタルホと同じ1900年生まれ。

雨の日は、あれこれと思い巡らしながら水平生活。晴れの日を待つ。

 

 

 

 

心は風船のように軽く………。

春が来た……青空の下に広がる大草原に行きたぁ〜い!と頭の中は紙ふうせんのように大きく膨れるけど………日を追うごとに、指先から力が抜けて………動作が鈍くなっていく。

昨日は雨。外歩きは断念して、フェミニストのチアキさんから送られてきた「……上野千鶴子さんが登場し、縦横無尽に語っている……今の日本で何が問題なのか……アクチュアルな社会の問題に疎くなっているかも、という人にはオススメ」の動画(何と2時間14分)をみる、否、聴く。私の頭はカラダから抜け出して、アクチュアルな社会問題に向かっている自分を見つける。チアキさんありがとう。

今日は、朝から素晴らしい晴れ日。我が「桜の園」を見に行かねば………と心は逸るが、密かに一人で外に出る自信はなし、もともと一人外出は禁止されている。結局アキラにサポートされて、桜の様子を見に行くことができ………そのまま、、暖かい春風に吹かれて………史跡公園を一巡り………小鳥や野の花、空の青、白い雲、ボール遊びをする子どもたちの声………カラダが風船のように軽くなり………うれしくなる。

心は風船のように光に向かい、カラダは砂袋のように沈んでいく。

今日の一日。心もカラダも美しい日々でありますように。

 

新しい春

今日は、曇り。リハビリのヤマダさんと40分外歩き。

昨年の春に始まった水平生活に少しづつ垂直生活が加わり、今は水平+垂直の生活に。そして、新しい春が巡ってくる。

その間に、2月ウクライナで戦争が勃発し、今も続いている………3月信頼する愛する友人を喪い………初の天使館公演「牢獄天使城でカリオストロが見た夢」に車椅子で舞台上に……9月秋田の鎌鼬美術館まで飛行機に乗って……11月のアキラの2公演に連日劇場通いし……大晦日、家族7人の家族旅行が実現する。年が改まり……庭にラッパ水仙の芽が覗いてくる頃……私の寝室兼応接間の部屋で、これから先の公演の企画会議がおこなわれ……時は進んでいく。

振り返ると、夢のような日々………昨日と明日が今日の中にあり……明日には新しい桜が開くだろう。

 

 

 

苺のように丸い字

今朝、未明の地震……あれから今日でもう12年。薄闇の天井を見つめていると、瞼のうちに、あの日の昼過ぎの、あの春のひかりが………未だ、時が止まったまま、地の底、水の底に眠る人々が………いつの間にか、天窓から真っ赤な朝の光が差し込んでいる。

昼間はコートを着ないで外に出られるから楽。桜はもう直ぐ……梅はおしまい………。

澁澤さんの最晩年の名著『フローラ逍遥』を本棚から引っ張ってきて開いてみる。

水仙、椿、梅、菫、チューリップ、金雀児、桜………目次に並ぶ25の花々。花の色から、形から、香りから、ギリシャ神話から、芭蕉、小学唱歌まで………澁澤さんならではの、植物・博物誌。面白い。引き込まれる。

若い頃、ある春の日アキラと二人で、静岡県登呂遺跡に遊びに行った帰り、真っ赤で大きな石垣苺と小さなプリムラの鉢植えをもって、北鎌倉の澁澤邸を訪ねた。携帯などない時代、急に思いついて人を訪ねても許されるようなのんびりした時代だった。あいにく澁澤さんはお出かけ。お家の人に持ってきたイチゴとプリムラを預けて、ついでに明月院などをぶらぶらして帰った。

後日、澁澤さんから、留守したお詫び、苺の美味しかったこと、かわいいプリムラのことなどに感謝の言葉を添えた葉書が届いた。和紙の葉書の上に書かれた字は、大きく太く力強く、まるで、私たちがプレゼントした石垣苺みたいだった。温かく懐かしい想い出。

 

 

 

『うたの不思議』

最近、ホームヘルパーのお仕事を始められたみな子さんが、鮮やかな黄色のミモザの花と新実徳英さんの「うたの不思議」という本を持ってきてくださった。その中か……

「十四歳」

谷川雁

はなびらのにがさを

だれがしってるの

ぴかぴかのとうだい

はだしでのぼったよ

かぜをたべた

からっぽになった

わたしいま十四(じゅうし)

うみよりあおい

はなびらのにがさを

だれがしってるの

だれが

 

それから、みな子さんが歌ってくれた、雁さんの詩を。うたって不思議………花瓶にいけたミモザも、部屋の白い漆喰の壁も、テーブルの茶碗も、本も、わたしのカラダも、美しい透明な声のひびきにうちふるえた。

 

 

 

路傍の花に話しかけられて………。

慢性関節リウマチは厄介な病だ、とつくづく思う。もう50年近くこの病と付き合ってきた。足の指、かかと、膝、頚椎、さまざまな不具合を修理修繕し、さまざまな薬を飲んできても、ジワジワと関節が崩壊し、変形し、カラダの機能が失われていく。新薬が開発されても、治癒ではなく寛解。膝に人工関節を入れてくれたイワサワ先生は、私のリウマチをクラシカルなリウマチだ、とおっしゃった………それはそうでしょう。先生の子どもの頃から、私はリウマチをやっているんですから………。そして遂に去年の復活祭の頃、aufstehen (立つ)ことができなくなり、絶望の極みに陥ったけど……落ちるところまで落ちたら上るしかないんだよ……という亡き父の声が何処かから聞こえ………今は水平+垂直生活を送っている。

リハビリの看護士さんに………背中とベットが糊でくっ付いてしまい、起きられない、と弱音を吐いたら………もう、糊はすっかり乾いていますよ。今日は花曇り、歩くにはとてもいい日です、さぁ行きましょう………と促され、外に出る。

確かに、風は冷んやり………でも、寒くなし………絶好の外歩きの日和。

各家の塀の中から覗いている、つばき、沈丁花、枝垂れ梅、ミモザ………を横目で見ながら通り過ぎると、うしろから甘い香りが追ってくる。路地沿いに、水仙、和すみれ、クロッカスなどが並び……オッ!アルイルナ、ヒサコサン……と声をかけてくれる。「桜の園」には、臨月間近の桜の樹の枝々が膨らみを帯びて、春の曇り空の下、時が来るのを待っている。

桃のお節句

3月3日、桃のお節句、叡と結婚して55年。

昨年の3月3日。笠井叡新作・天使館ポスト舞踏公演『牢獄天使城でカリオストロが見た夢』世田谷パブリックシアターで初日を迎えた日。それは新旧の天使館メンバー17人が出演した天使館として初の記念すべき公演だった。いつもは制作側にいる私も、その日は出演者のひとりとして車椅子に乗って舞台上にいた。忘れがたい思い出の日。

同じ日、拙著『畑の中の 野うさぎの滑走 一匹のトカゲが 焼けた石の上を 過った』が上梓され、パブリックの楽屋に真新しい本が届く。制作してくれた若い編集者たちの温かい心がこもっている本。何と嬉しいことだろう!

アートディレクター榎本了壱さんが『畑の中の〜』を、3月28日のFacebookで拙著を紹介してくださった。

「………笠井久子さんの日記。2008年3月からのものだけれど、何度も過去の記憶にフィードバックするから、久子さんの全記録(抄)に近い。夫で舞踊家の叡さん、3人の息子(爾示、禮示、瑞丈)たち、大野一雄、土方巽らの舞踏家、舞踊家、数多のアーティスト、文化人たちとの濃密なエピソードの数々。ドイツでの出来事。叡さんの舞踊活動を支える協働の日々。雲母の上に描かれた手紙のように、透明に重層的に綴っていく驚き。表紙カバーには小さな扉がくり抜かれている。これは笠井さんの国分寺のお家の扉で、その原型は、北鎌倉の澁澤龍彦邸にある。3月3日の発行日は、久子さん、叡さんの結婚記念日。恥ずかしながら偶然にも、私の結婚記念日でもある。」

そして、今日の3月3日。あの日も、春の光が満ちあふれた暖かい日だった。羽織袴の大野先生と留め袖姿のチエご夫妻に結婚の証人になっていただき結婚し………式に参列くださった澁澤龍彦さん、矢川澄子さん、土方巽さん、吉岡実さん、加藤郁乎さん………もう疾うに、みなさま旅立たれ………あれから55年………私は今日も水平・垂直(半分寝たきり)生活をしながら、春の美しい青空を眺めている。

さまざまな事おもひ出す桜かな   芭蕉

 

三月一日

三月一日。四谷二丁目にある実家の菩提寺愛染院に、ミツの車に乗って、アキラとなおかと一緒に四人でお墓参り。卒塔婆をあげてもらい、持っていった花をいけて………親不孝な娘の私。次はいつ会いに来られるだろうか………? 帰り久しぶりに祖父母の代から続いている老舗「天ぷら 船橋屋」(今は4代目)で昼食。お隣の、やはり老舗喫茶「ローレル」でお茶。私の娘の頃と少しも変わらない昭和の雰囲気。懐かしい!
去年、水平生活になった時には、もう二度といけない、と諦めていた新宿の街………望外のよろこびの春の一日。

夜、ネットで、共同通信の速報記事を読む。「広島市教育委員会が、市立小中高校の平和教育の教材から漫画「はだしのゲン」を削除する方針を決めた問題で、69年前の3月1日に米国のビキニ水爆実験で被ばくした第五福竜丸の記述もなくすことが1日、市教委への取材で分かった。」1954年3月1日に第五福竜丸の久保山愛吉さんは被爆した。

私たちの国は、どこに向かっているのだろうか?

 

「白バラの祈り」ゾフィー・ショルの言葉………私のノートの覚え書きから

「So ein herrlicher, sonniger Tag, Ich soll gehen.

Was liegt on meinem Tod,

wenn durch unser Handeln Tausende von Menschen aufgerüttelt und geweckt werden.」

Sophie Scholl    1921 —1945

 

 

歩いて行く………

朝、目が覚めると、外はほんのり白みかけているが、天井はまだ闇が勝っていた。2階の書斎で謡の稽古をしているアキラの声が聞こえ……うとうとして、再び目覚めると、天窓をの向こうに2月末の真っ青な空が見えた。

お昼前、リハビリのミルノさんが来る。血圧を測ったもらうと異常に低いという……朝からカラダがだるいのはこのせいかしら?少々ふらつくけど、ミルノさんにサポートされて外に出る。お向かいの家の路沿いに小さな黄色い水仙の花が並んでいる。その先は出来上がり寸前の新築の家………その先の家の前には、色とりどりのすみれが溢れているプランター………毎日歩くところは同じだけど、毎日新しく初めて出会うものばかり………歩いて行く………歩いて………行く………

 

あれから一年……まだまだ続く。

今日で、ロシアによるウクライナ侵攻1周年。あれから、信じがたいこと、痛ましいこと悲しいことが多くありすぎる………みんな、日本人、ウクライナ人、ロシア人、トルコ人……何々人、何々人なんて、イチ辞めた!と一斉に叫んで………みんながみんな地球人だぁ〜いのちに区別・差別なし。みんな同じだぁ〜………と大声で叫んでいる自分を、ベット上でうとうとしながら夢想していたら、玄関からリハビリのヤマダさんが元気に入ってきた。あっ、忘れていた、今日はリハビリの日だった。私の要介護5の生活ももうじき一年。

花ぐもりのなかを、史跡公園から七重の塔、桜の園(私が勝手につけた名前。桜の芽が膨らんでいる)を一巡り、ヤマダさんと歩く。私の娘と言っていいくらいの若いリハビリの先生が、歩きながらボッソと「どうして人は戦争するのでしょうね?誰も望んでいないのに………」と言った。私が心の中で(そうね、どうしてでしょうね……)と呟いていると、「はい後ろから車が来ましたよ」と言って、そっと私の肩に手を置いて、注意を促してくれる。背中に温かいぬくもりが広がった。

夜、藤村の『夜明け前』の続き(皇女和宮の降嫁から)を読む。まだまだ夜明けは遠い。

 

 

 

 

 

燃える窓枠

天窓から夜明けの光が差し込む。昨日の朝の光とはまったく違う。窓枠が燃えるような朱色の光で照らされている。空気は冷たい。首と肩が冷え切っている。布団が重たい。窓枠の燃えるような朱色の光は決して優しくない。鋼鉄のような意志で私を見ている。私は粘土の塊のような自分のカラダを探るように、首を伸ばし、頭を左右に曲げ、氷のような足の指先を動かしてみる。光の意志が私に起きる力を与えてくれる。

 

 

 

藤村『夜明け前』をのろのろ読みながら………。

午前中、チアキさんからメール。アキラのオイリュトミー初伝講座(何年経っても初伝だ)に天使館にくるから、ちょっと顔を見にくるという。どんな情報が聞けるかな?

午後、ヘルパーのオガサワラさんが庭を見て「椿が咲いてる……あれはボケかしら?」と言っている。ベットにいる私からは見えない。あっ、鳥が2羽飛び去った。

チアキさんがシフォンケーキを持って、玄関から入ってきた。フェミニストの彼女の話はいつも刺激的。昨今の情けない日本の政治家たち……防衛費増額から外交問題まで、彼女の頭の回転についていくのがやっとだ。今は、錠剤での妊娠中絶を認可するように運動していうとか。小柄で優しい彼女のどこにそんな熱いエネルギーが隠されているのだろうか?

私はノロノロと藤村の『夜明け前』をまだ読んでいる。私の頭は100年以上前の日本を彷徨っている。いつになったっら夜が明けるのだろうか……?

雪の日の翌日、相模湖までドライブする。

春の雪の翌日は、いつも快晴。わぁ〜何処かいきたいなぁ〜、と思わず自分のカラダを忘れる。暖かいベットの陽だまりで寝そべっていると、ミツがやってきて「20分ぐらいしたら、ドライブに行こう」と誘ってくれたので「丁度、散歩に出ようと思っていたところなの」と言うと「絶対にひとりで外に行ってはダメ」ときついお達し。

本当に不便なカラダになってしまったなぁ………嘆きいじけて哀しくなる、でもグットタイミング、ぐずぐずしてはいられない。新鮮な外の世界に向かって、エィ!と、でんぐり返しをする。

国立インターから相模湖方面へ………フロントガラスの前方に見える山並み、ガラス窓の細い隙間から入ってくる風………早すぎる春の陽気に包まれて、カラダをリクライニングした車の助手席に委ねていると、心の中で………不便なカラダになってしまった、なんていじけた自分が恥ずかしくなってくる。

もうじき、お雛様。桃の節句だ。亡き母が座敷に桐の箱を持ち出して、赤い毛氈の段々に一つ一つ丁寧に箱からお人形出して並べるのを手伝った嬉しく楽しかったあの頃。

今ドイツはファシングフェストが始まる頃。復活祭に向けて40日間の受難週(断食)に入る前に、大人も子ども、老若男女みんな一緒になって飲んで食べて仮装して、春の到来をお祝いするカーニバル。レイジとミツに大きな水玉模様のピエロの衣装を作ってあげたのを、つい昨日のことのように懐かしく思い出す。

『青いチョウチョウ』  ヘルマン・ヘッセ / 高橋健二訳

小さい青いチョウが

風に吹かれてひらひらと飛ぶ。

真珠母の色のにわか雨のように

きらきらとちらちらと光って消える。

 

そのようにたまゆらのまばたきで、

そのようにふわりと行きずりに、

幸福が私をさし招き、きらきたと

ちらちらと光って消えるのを、私は

見た。

 

 

 

 

落ち込む

春めいた穏やかな日。午前中、ヘルパーのヤマウチさんが掃除、洗濯干し、ゴミの整理………諸々の介助に来てくれた。今まで私がやってきたことをやってくれる。ありがたい………私がやるべきことなのに!と思うが、できない。ヤマウチさんが働く側で 私はベッドに寝てiPadで藤村の『夜明け前』を読んでいる。こんなことをしていていいのだろうか……と落ち込みかけていると、ヤマウチさんが「はい、お水を飲んで。お隣さんの白梅、咲き始めましたよ」と氷入りの冷たい水を持ってきてくれた。

あゝ美味しい!…………私のやるべきこと⁉︎…………今や世界は昏くなりつつあり……だから、日々を美しく愉しく生きていかねば。

「よろこびと苦しみとが、同じくらいの感謝の思いを生じさせるならば、神への愛は、純粋である。」    シモーヌ・ヴェイユ/田辺保訳

 

 

 

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新しいカラダ

立春………春めいて………と言っても、私の生活は変わらない。外歩きは、リハビリの介護士さんと週2回、アキラが時間がある時に一緒に歩いてくれる。何時も45分から1時間。1人で外出することはできない………不便なもんだ! でも、天使館で行うダンス公演には5メートルも離れていないので観に行く。他の公演や展覧会も、家のものが車で行く時は、お願いして便乗する。何と贅沢なことだろう、と思う。

去年の春まで、やりたいことは自分でできた。自分で自分を支えられなくなり、次第にカラダがでんぐり返って立てるようになると、カラダも心も新しくなっていた。慣れ親しんでいた風景も、詩も、音楽も、踊りも、人々も………初めて出会ったかのように新鮮に心に入ってくる。頭の中もスッキリとシンプルになり………今、私は、多くを人に委ねて生きている、感謝を込めて。

 

 

 

 

『川口隆夫 大野一雄について』を観る

私は、いつもアキラに怒られる「人は、そんなに自分の思い通りにならないんだよ」と………心の中で、そんなことは分かっている、と思わず言いかけるが、待てよ、自分のことは分かっているようで分からないものだ、と思い直す。

先日、諏訪淳「眼窩裏の火事」展覧会場にて特別開催『川口隆夫 大野一雄 について』を観に、なおかさんが車で府中美術館に連れて行ってくれた。雑木林の遥か遠くの空が茜色に染まるころ、美術館前の林の中に、川口さんが出没。戸外と屋内とたっぷり2時間。物質的カラダを失っても尚、おどり続けられる大野一雄先生の魂は、ひたすら大野先生の動きをコピーして差し出す川口さんのカラダに、彼方の領域から降りて来て、するりと入った。ナンシーの舞台で聴いた壮大なパイプオルガンの響き。懐かしいピアノ曲の数々………当時の観客の熱気のこもった拍手……でも、今私の目の前で次々と踊られる隆夫さんの踊りに熱気あふれる生々しさはない。張り詰めた静寂の空気の中で、ただひたすら美しい!不可思議な舞台。

会場で懐かしい方々にお会いできたのも嬉しかった。なおかさんありがとう。

今日は1時間アキラと外歩きする。もう春の香りがいっぱい。言葉を探し、歩いて、読んで、音を聴いて………みんなに支えられて………感謝して………おやすみ………。

 

 

 

 

 

美しすぎる冬の日は…………

今日は、リハビリの日。11時にミルノさんが来てくれる………美しい晴れ日なのに、美しすぎて、外に出たくない………朝から背中に根が生えて、ベッドから起きられない……どうしよう。

グズグズしているうちに、玄関に明るい声「こんにちは」………あっ、ミルノさんだ。今日は、体が重いので……疲れているので……心の中の囁きを聴きながらも、一方で、明日という日は無い、と囁いている。よし、勇気を出して………。。

外に出ると、あぁ気持ちがいい光と風 ミルノさんありがとう、と心の中で呟く。

午後、最近ヘルパーのお仕事を始められたミナコさんが電話をくれた。規則正しく静かに暮らす100歳の一人暮らしの老婦人のことを話すミナコさんの声を聞いているうちに、からだの中で固まっていた私の心がだんだんほぐれてくる。ミナコさんありがとう。

寝る前に、ヘッセの詩を読む。

「慰め」 Glück                    高橋健二訳

数多くの生きて来た年々が

過ぎ去り、何の意味ももたなかった。

何ひとつ、私の手もとに残っているものもなく、

何ひとつ、私の楽しめるものはない。

 

限り知れぬ姿を

時の流れは私のところへ運んで来た。

私はどれ一つとどめることができなかった。

どれ一つとして私にやさしくしてくれなかった。

よしやそれらの姿は私からすべり去ろうと、

私の心は深く神秘的に

あらゆる時を遥かに越して、

生の情熱を感じる。

 

この情熱は、意味も目あても持たず、最近の一切を知り、

戯れている時の子どものように

瞬間を永遠にする。

 

 

 

 

大寒

目が覚めると、天窓から朝日が差し込んでいた。雪ではないのね……昨夜の天気予報では、都内でも夜半には雪……日本中が厳しい寒さに見舞われる……と。

長男が生まれた1970年の1月も極寒の日々だったのを思い出す。出産予定日は、モーツアルトの誕生日1月27日とあって、ぜひその日に、と密かに期待していたのに見事に外れ、アキラも出産のためにオフにしたキャバレーの仕事も致し方なく再開し、立春の日に東北に出かけてしまうと、その夜、やっと陣痛が始まった。以前、義母の君子さんが「障子の桟が見えなくなるくらいまで我慢して……」と、言われていたのを思い出し、波のようにやってくる痛みに、不安と頑張りがないまぜになった極寒の冬の一夜を過ごし、しらじらと夜が明ける頃、近所の産院で男の子が生まれた。

節分の日。春の始まり………とはいえ、さあそれから1ヶ月が大変。寒い夜中の慣れない授乳。寒さと眠さとの闘い。子育てってこんなに大変なんだ……春が待ち遠しいな………でも、私の体内にいた赤ちゃんは、世界を全幅に信頼して私の隣で眠っている。今、全く無力のこの子を護ってあげられるのは、私だけと思うと愛しい気持ちが私の体を満たす。

昔も今も、戦争時でも平時の時でも、命の誕生の痛みと喜びは変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

27年前の今日

コロナウイルスが世の中に浸透し始めてから3年経つ。初めは……緊急事態宣言……外出自粛……ディスタンス……ディスタンスの日々。外に出るのが怖かったけど、今は人間が怖くなってきた。

食事介助のヘルパーさんが「今日は、阪神・淡路大震災が起こった日です。あれからもう27年経つんですねぇ」と考え深げに教えてくれた。そうか、あれは27年前のことか。

その時、私は、アキラとレイジと女性ダンサー1人と4人で、ドイツのザクセン州大学都市ゲッティンゲンに滞在中だった。ホテルのテレビの画面から次々と流れてくる映像を観て、何やら日本が凄いことになっている⁉︎………初め、ホテルの部屋の椅子に座ってテレビを観ている日本人である自分と日本の阪神地方を映す凄まじい映像が、私の中で結びつかなかった。

それから3ヶ月後の3月に地下鉄サリン事件が起こった。その時も、私はドイツのシュツットガルトのホテルの部屋でテレビを観ていた。次々と地下鉄の階段から担架で運び出されてくる人々………毒ガスが空から撒かれるのでは………家族は大丈夫だろうか?………一緒に同行した私たち日本人は、いろいろなことを想像しては、ドイツと日本のディスタンスはどうにもならず、ひたすら家族の無事を祈ることしかできなかった。

あれから27年。世界はどう変わっただろう。自然災害、テロ事件、民族戦争、難民問題……地球を覆うコロナ禍………闇に向かって傾いた地球星………何処に向かっていくのだろう。

今年の大寒は1月20日……続いて……立春、雨水、啓蟄、春分………季節は巡り………今、我が家の中庭の草木は、じっと我慢して春の光を待っている。

 

 

 

心の中にさまざまな時間が流れている。

朝が明けるのが日に日に早くなる。

昨日の午前中、ニューヨークのヒメナとシゲさんがやってきた。何年振りだろう。アキラの舞踏学校に入学するために、初めて日本に来たヒメナは、確か22,3歳だったから……もうあれから20年経っている。彼女のパートナー・シゲさんがアメリカに渡ったのは、30年前だそうだ。コロンビア人のヒメナと日本人のシゲさんは、当時全くの無法地帯だったブルックリンでダンススタジオ“CAVE ”を立ち上げ、以来、2人でダンス活動を精力的に続けている。私たちも”CAVE”に何度訪ねたことか。

シゲさんに「最近のブルックリンは如何?」と聞いた。「僕が住み着いた頃は、酷くて、怖くて、汚くて。アキラさんたちが来てくれた頃は、カジュアルな街で住み易かったけど、今は、お金持ちの街。高層ビルがバンバン建ち、”CAVE”はその谷間で30年前のまんまです」。まるで絵本の『ちいさいおうち』みたいだね………最初、ヒメナと国分寺であった時、彼女は「私の想っていた東京は、こんなじゃなかった」と、大粒の涙を流して泣いていたっけ……ずいぶん時間が経ったけど………気持ちはあの頃と変わらない。また会えて嬉しいかった。

今日は3月の陽気とか。アキラは名古屋のWSに出かけ………レイジから「ジェフ・ベックが死んだ!ショック」とラインが入る。レイジの嘆きは如何許りか。78歳。私と同い年。

夜、藤村の『夜明け前』の続きを読む。あれやこれや心の中にさまざまな時間が流れている。

 

『シュタイナー哲学入門』を読む。

美しい日。朝食後、アキラが私の枕元に、少年合唱団の曲を入れた小型CDラジカセをおいて、市役所に出かけたので、しばらくの間、ガラス窓を通して差し込む冬の暖かいひだまりの中で、手、脚、頭………を動かし………あぁ気持ちいい、と思った時、気がついた。今日は成人の日。市役所はお休み! アキラは市役所に着くまで、今日の祝日に気がつかないだろうなぁ〜。でも、暖かい晴れ日だし、歩くことは何より良し。心配無用。

静かな時間。何度も読み返してきた高橋巖先生の『シュタイナー哲学入門』を、再び読了する。

2023年が始まって、いよいよノロノロになっていく私の体と頭の働き。でも『シュタイナー哲学入門』の新入生になる度に、心の内で新しい自分と出会うことができるから、何度でも入門する。

夜は、藤村の『夜明け前』の続きを読もう。今を生きるのにこんがらがってしまう私の頭を、19世紀末に生きた人々が見えない光で私の道を照らしてくれる。嬉しい。

生きるって素敵なことだ!

 

 

 

 

 

七草爪

今日は七草。朝食に生協で注文しておいたインスタント七草粥セットを食べる。

YouTubeで、シュッツの「十字架上の七つの言葉」を聴きながら新聞を読む。聴覚がどんどん怪しくなってきた。幸い、器械から流れる音は鮮明に届く。視覚も全くもって自信がない。だから、新聞を読むのも大変だ。おまけに、私のマシュマロのようにフニャフニャで幼児のように小さい手には、大きな新聞紙面は手に余る。大きく広げた一枚の紙をガサガサと床に落とす。でも、面白そうな見出しが目に入ると読みたくなるので、自分で自分が可笑しく思うような格好で、読む。

今日の記事から………「レンタルなんもしない人」というサービスがあることを教わり………今日は「七草爪」の日。爪の「切り始め」で邪気を払う日。グットタイミング、きょうは、私のサボテンさんの棘のように伸び切った爪を訪問看護師さんが切りにきてくれる日。

七草粥も食べたし、爪も切ったし………ふにゃふにゃの小ささな自分の手の形を眺めていると、なんと愛らしく可愛いことよ!と、愛おしさにみたされ、だんだんカラダが春めいて………明日も美しい日がやってくるだろう。

 

今年の私の課題『踊り子になる』

お正月ですもの、せめてお餅が食べたくて……小さく刻んでお雑煮に入れて、ちょこっと食べたら(もちろん内緒で)、老人介護の経験のあるレイジに「毎年お正月、喉にお餅を詰まらせてなくなるご老人が何人いると思うの!」と言われ、こっぴどく叱られた。 初春早々初黒星。

昨日、訪問看護医の佐藤先生が今年初の定期検診に来て下さった。長年服用してきたリウマチ薬をやめて、足のステップ、腰をくねらせたり回したり、背中を反らしたり曲げたり………体を動かすこと、という指示をいただく。そこで、今年の私の課題は『踊り子になる』に決めた………できるかな!?

指先から次第に力が失せていく。包丁が握れない、青菜が刻めない、じゃがいもの皮が剥けない………料理ができない………できない尽くしの私に代わって、80歳を前にアキラがまな板の上で青菜を刻み、慣れない料理をしている。ヒサコは居間で、バッハの「ゴールドベルク協奏曲」に乗って………踊っている。

 

 

 

やっぱりノロノロ!

やっぱりお正月から私のリウマチ車は、ノロノロだぁ〜。

今日のやったこと。日頃欠礼している方に年賀はがきを15枚書く。一人一人のお顔を思い浮かべながら、筆で住所を書いた。変形した指には、万年筆、ボールペン、鉛筆、すべてダメ。字を書くなら筆ペンがベスト、と分かったときは嬉しかったな。自分の書いた字を見て……ナカナカ、イケルジャン⁉︎………と自画自賛する。下手な字でも心を込めることができる.楽しいことが増える。

藤村の『夜明け前』の続きを読む.半蔵の結婚の祝儀のところ。脱線して、妻籠と馬籠の地図を調べる。面白い。まだまだ序の口。最後のページまで行き着くだろうか?

 

 

 

 

2022年から2023年へ。

暮れの29日に、すべてを放ったらかして、家族全員7人が2台の車に分乗し、2泊3日の旅行に出る。行き先は箱根仙石原。キッチン付きの貸別荘。3日分の食料、寒さ対策の毛布、小型ストーブ、レイジのギター………私の車椅子。

3年前のStuttgart 旅行が初めての家族旅行。その時、再び7人全員で旅行できるとはよもや思わなかった。その後世界はコロナ禍とウクライナ戦争………世界はだんだん暗くなり………でも、また家族旅行が実現した.楽しかった、面白かった、嬉しかった!………でも、また次があるだろうか?

キット、アルヨ、ヒサコサン。

そして今日.新しい年がやってくる。自分の体が崩壊していくのを自分で見つめながら愉しく生きるって、どうしたらいいの?と自分に問いかけていたら……ジブンニショウジキニ………と言う声が、ふっと頭の中を過った。

カーテン越しに差し込んできた元日の清々しい光を眺めながら、ぬくぬくと暖かいおふとんからなかなか出られなぁ〜い。相変わらず、弱虫だなぁ。でもいいの、私は私のペースで。ノロノロいこう。

すべての人に美しい日々が訪れますように。

明けましておめでとう!

 

お日さまと追いかけごっこ

大晦まであと4日。冬至、クリスマス………お日さまと追っかけごっこの毎日。私は何時も、みんなより3周くらい遅れてノロノロ歩いている。

クリスマス前、友人に小さなシュトレンをプレゼントしたいと思い、ネットで注文。送信したつもりが届かなかったことが判明。理由はわからない。楽しいことを思いついても実行できない………カナシムコトナイヨ、ヒサコサン………。

23日、キャブでアキラと鎌倉文学館の『高丘親王航海記』展に。お亡くなりになる直前まで、澁澤さんが奥さまの龍子さんと交わされた筆談メモ「サトイモがたべたい……ポテトサラダもいいな………」続いて、次の小説の構想、主人公の名前などなど。それから間も無く、読書中に一瞬にして彼方の世界へ。「生」がそのまま「死」に移行して、今も生きている澁澤さん。あの懐かしいしゃがれ声を聞いた。会えてよかった。嬉しかった。

25日。二人の知り合いから、お身内の訃報が届く。

26日。リハビリの看護士ミルノさんと史跡公園を一周り。小鳥の声、カラスの鳴き声………陽射しの中は暖かい………日陰は冷たい………あっ、突風。おお寒い………。

今日。前から気になっていた島崎藤村の『夜明け前』を青空文庫からiPad に入れて読み始める。面白い。私の頭のなかは、150年前日本の未来に向けて揺れ動く木曽路の人々の心と一緒にいる。

 

 

 

 

チカコ先生の本「ひとりのときに」

昨日、高橋茅香子先生から新しく出されたご著書「ひとりのときに」を頂いた。早速、読み始める。一つ一つの言葉が私の体の隅々に、真っ直ぐに入ってくる。

茅香子先生の翻訳塾の扉が開くと、目の前に広大な大海原が広がっていた。その大海原に向かって、先生は自由に楽しげにスイスイと泳ぎだす。気がつくと、私もふわふわユラユラとあちこちに目をとられながら泳いでいる。私にとって初めての海。深く、温かく、冷たく、優しく、厳しく、穏やかな、時に、荒海。随分長いこと泳いでいたなぁ。毎回の課題提出に悪戦苦闘。でもいつも新しい海に飛び出すドキドキ感が好きだった、嬉しかった。楽しかったなぁあの頃。私は先生から、何と多くの宝物をいただいたことだろう。言葉にするのは難しい。

私がいただいた宝物の一つ。生きることは、真に言葉に向かうこと、決して疎かにしないこと。

美しいご本「ひとりのときに」に感謝と愛を!

 

いつの間にか歳を重ねて………。

一昨日、すんなり77歳を通り過ぎて、今日はもう78歳になっている。

その前の前の日、上村なおか(ダンス)×島岡多恵子(ピアノ)『of 』を観る。動きと音……純な青と茶……混ざらず…溶け合って………思い切って来てよかったな。冬の夜空にコールドムーンが静かに浮かんでいた。

そして昨日、禮示の初の舞踏公演『一つの魂、二つの受肉』を天使館で観る。オイリュトミーとダンス……混ざらず溶け合って………。

今日。お昼前、サンルームのように暖かい部屋から、えい!と心の中で気合を入れて外に出る。冷たい風がスゥーと体を通って吹き抜ける。カートにつかまり歩き出すと、高みから冬の暖かいお日さまが私の体を包んでくれる。

静かな、冬の一日。

 

サッカーの話

サッカーについては全く無知の私でも、ベッケッンバウワー、リットバスキー、ルメニゲ、シューマッハ………などの名前ぐらいは知っている。1980年代、家族でStuttgart に住んでいた頃、3人の息子たちのお喋りによく登場した名前だからだ。彼らも、今や、50歳前後のオジサンたち。でも、3人よると、何時も子どもに戻る。

先日、珍しく我が家に集った3人。サッカーの話題で盛り上がった。

………週末になると、よく、ネッカースタジアムに行ったよね………そうそう、1番安い3マルク席…………5ペニッヒ(5円)の辛子パン(1番安い、ソーセージ無しのホットドック)を食いながら…………ヘェ〜そんなパンあったの?(と私)………結構美味いんだ、これが…………サインをくださいと手紙を書いて、受付のおばさんに渡すと、忘れた頃に、チーム全員のサインとアドレス入りの写真がきた!………早速、3人でリットバスキーの家に行って玄関のベルを押すと、奥さんが出てきて………そうそう、本人はいないけど、ぼくたち一人一人にサイン入り写真をくれ………嬉しかったよね………それから、ネッカースタジアムの試合後に、外に出てきたベッケンバウワーにバッタリ。覚えてる?思わず手を出し、握手しちゃたね。おまけにサインも貰った。けどあの時レイジはいなかった。なぜ?……ぼくは、学校でバイオリンの発表会だったんだよ。家に帰って話を聞いて、ぼくだけサインをもらえなくて、悔しくて悔しくて、一晩中ゴネたら、アキラさんが出てきて、どうしたと思う………よし、オレがサインしてやる、と言って、紙にーFranz Anton Beckenbauerーと、スラスラと書いてくれた。それでぼくのゴネは収まった……さすがアキラさん「太陽がいっぱい」のアラン・ドロンばりだ!………と、チカシとミツと私、今初めて聞いた話に呆れたり、笑ったり、話は尽きない。

今年は、初めて日本がドイツに勝ったとか。サッカーファンにとって、それがどれほ凄いことなのか、私には分からないけど、みんなの話はこよなく懐かしく、愉しく、嬉しい。

そこで思い出した生前の澁澤龍彦さんのこと。「戦争の勝ち負けは、スポーツとかジャンケンがいい」と、言われていたとか⁉︎   アキラ父さんの偽サインの発想もさることながら、戦争の勝敗をスポーツとかジャンケンで、という発想も面白い。さすがシブサワさん!

悲しいことに、今日のスポーツ界も何もかも暗雲飛び交う曇空。全き青空にお住みのシブサワさん、さぞかしお嘆きだろう。

 

 

2022年12月1日

今年4月中旬、突然、水平生活を余儀なくすることになった時、あゝこれで全ておしまい………もう舞台で踊りを観ることはないだろう………と、諦めてみたものの、私の命を運ぶリウマチ車は修理不可でも、命はまだまだ………と、どこかで誰かが言っている。よし!では、すこしづつ、水平から垂直を練習して………ついに、私は、諦めていた11月の公演『DUOの會』と『カルミナ・ブラーナ』を観ることができた。嬉しかった。とは言うものの、コロナのおかげで、アキラは出演を降板せざるを得なかった。

半世紀に渡っての公演活動で、アキラが舞台を降板したのは初めて。何が起こっても致し方ないとはいえ、それもコロナ故とは、さぞかし無念なことだっただろう。自然界も人間界もすべてが病んでいく………崩壊していく…………。

そして、今日は12月1日。今年最後の月。やがて、クリスマスがやってくる。深い闇のなかに温かく、美しい光りが灯りますように。

 

濃密な時間

いよいよ今週、来週と、吉祥寺シアターで二つの天使館主催公演が始まる。

笠井叡『DUOの會』と新作『カルミナ・ブラーナを踊る』の二つ。いやはや、半世紀以上前からアキラの公演に携わってきた私にとって、私のリウマチ車が崩壊寸前の今になって、こんな濃密な時間がやってくるなんて………!

毎日、私の水平・垂直生活とアキラのダンス生活が同時並行で動いている。同じ時空間(つまり私のベットがある居間で)の中で、ヘルパーさんがいたり、ダンサーがいたり、家族がいたり、看護医の先生がいたり、インタヴューの記者がいたり、食べたり飲んだり、話し合ったり……だんだん動きが鈍くなっていく情けないヒサコサンだが………先月MRIの結果、私の物質体はこれ以上修理修正は不可能という判断されて、何故か、心のうちがスッキリ、明るくなり……今からは、自分に最もふさわしいことをすること、と自分に言い聞かせた。

弱い自分と強い自分。水平から垂直へ。濃密な時間。今を深く生きること………頭の中がぐるぐる回り………眠くなる。いつも、美しい日でありますように。おやすみ

 

 

濃密な時間。長くではなく深く生きる。