「片山 健の油彩画展」に行く。

11月になってから、穏やかな暖かい秋の日が続いている。雑草だらけの中庭も植木のイノウエさんがすっかり綺麗さっぱりにしてくれた。葉っぱを落とし剪定した杏の木には、早速、シジュウカラが番いで飛んできて、何やら、チュチュと啄んでいる。明るい日差しを浴びて楽しそうだなぁ。

11月3日の祝日の朝、前から私が是非いきたいと心で願っていた「片山健の油彩画展ー濃密な記憶と懐かしい匂い」……でもひとりでは行けない………と心のなかで泣きべそをかいていたら、葛城真さんが一緒に連れて行ってくれると、車で迎えにきてくれた。わぁ〜うれしい!

ほんのり色づき始めた井の頭公園の木々を眺めながら武蔵野市立吉祥寺美術館へ。その日は片山中蔵さんのトーク「油彩画としての片山健を語る」がある。中蔵さんは、4年前、美しい言葉だけをそっと残して、サヨナラはいらないと言って、サッサッと青空の住人になった詩人片山令子さんと健さんのご子息。中蔵さんのトークを聞きながら………令子さんが会場に来ている………濃密な記憶と懐かしい匂い! 健さんの絵は、私の体をマグマのように熱くしてくれる。

この春「畑の中の野うさぎの滑走 一匹のトカゲが焼けた石の上を過った』という私の本を企画編集して出版してくれた葛城真さん。その本に光がこぼれるような美しい装丁を施してくれた片山中蔵さん。令子さぁ〜ん みんな一緒に歩いていますよぉ〜。

「この春の 花粉は、いつもの30倍といわれています。花粉彗星が地球に衝突するような騒ぎです。閉め切った私の部屋にも花粉は侵入し、私の水彩画にも花粉は塗り込められました。    片山 健 」

 

 

 

 

10月

10月の最後の一日。暖かな秋日和、キャブに乗ってアキラと相模原国立病院まで行く。今月3回目。1回目は一年前に予約した日。この予約日の半年前の4月、突然水平生活になった時は………あぁ、もう10月の予約日には行けない。もう膝関節を入れてくれた先生に診てもらくことはできない………いよいよ私のリウマチ体も終末期………などと、寝たきりで、悲しんだり、諦めたり、心細い日々を過ごすうちに………どうしても、体の中の命が動いて……3ヶ月後には、ひとりでヨチヨチ歩き出し………一年前の予約日に先生に診てもらいに行くことができ………でも、診察後「2週間後、頚椎のMRIを」と言われ………2週間後、再びアキラと相模原に………MRIの結果……水平生活がベスト………でも、カラダはどんどん水平生活に慣れ親しんで衰弱していく……でも、リウマチによる頚椎の変形を手術するのは不可能に近い………要するに、ヨチヨチ歩きでもカラーをしっかりつけて、細心の注意をもって、水平生活と垂直生活を続けること。というわけで、3回目の今日は、前回採寸した装具(カラー)の出来上がりと、一年後の予約日を決める。

思いがけず、アキラと一緒の相模原までの3回のドライブ。いつのまにか色づいていく街路樹を眺めながら……澄み切った秋空を遠くに望みながら………動くことは生きること………などボンヤリと想い巡らしながら我が家へ……

明日から11月………世界中に美しい温もりの日々が訪れますように。

 

 

 

八巻美恵さんの『水牛のように』を読む。

久しぶりの秋の青空。朝まだき、よちよちと歩いてキッチンまで出掛けていき、先日頂いた八巻美恵さんの『水牛のように』開くと、「塩をつける」という文章がとびこんできて………

「食べようと手に持っただけで、すでに酸っぱい。すぼまった口の中には唾液が充満しくる。梅干しではありません。夏みかんです。」

………えっ、夏みかんに塩をつけて食べるって?とビックリした。先を読み進めると、美恵さんは、7、8歳の頃「超」がつくほど夏みかんが大好きで、小皿にもった塩をたっぷりなすりつけて、一個まるまるひとりで食べて「唇は真っ白に膨れあがり、歯はギンギンに………でも、少女の想像上の麻薬の効果のように全身は爽快に」なったそうだ。わぁ、すごい! 美恵さんらしいなぁ。私とさほど歳が違わない美恵さん。温かくて、優しくて、ちょっぴりクールで、いつも私を安心させてくれる。

美しく、可愛らしく、温かい手触りの美恵さんのご本『水牛のように』。読んでいると美恵さんの日々のかけらが呼吸するように私の体に入ってきて、全身爽快になる。これから毎日、ねぐらを抜け出し、よちよち歩いて出かけていき、キッチンで美恵さんに会える。うれしいなぁ❣️

 

「バラ色ダンス」を観る。

昨日急に、青山のゲーテ・インティトゥートに川口隆夫さんの構成・演出の「バラ色ダンス」を、ミツが誘ってくれたので観に行くことにした。ぜひ観たいなと思っていたが、すっかり諦めていた。車での往復、車椅子に長いこと座っていられるか………いろいろ不安はあったけど、行ってしまった。なんといっても、タイトルが「バラ色ダンスー純粋性愛批判ー序章」ですもの!

私が土方巽さんの「バラ色ダンス」を信濃町駅の隣の千日谷公会堂で観たのは、私がまだ二十歳そこそこの頃。舞台で繰り広げられるダンサーの一つ一つの行為を、ただただ魅入っていた自分を思い出す。会場入り口に大鴉がいる籠があったり、舞台の袖では、裸体の男の背中に、絵師が色鮮やかに女陰を描き始めたり………何も何かもびっくり仰天。意味はわからないけど何かが深く詰まっている未知の芸術世界……世の中は、安保闘争、ベトナム戦争、学生運動……熱気あふれた時代だった………観る方も演じる方も真剣そのもの………まだ学生だった私が観た土方さんの「バラ色ダンス」面白かった。

そして昨夜、78歳を前にして、今日の「バラ色ダンス」を観ることができ、再び、舞台で繰り広げられるダンサーの一つ一つの行為に、びっくり仰天……いつのまにか習慣化していた私のものの見方に、バラ色の照明をあててくれた舞台。やっぱり、思い切って観に来てよかった。面白かった。

ローマから、レイジ3人組の本番無事終了とのラインが来た。いつでもどこでも新しいものが生み出されている。

静かな夜………「カラマーゾフの兄弟」の続きを読む。さまざまな思いが、こころのうちに去来してくる。

 

 

 

 

神さまのことを考える。

曇天の寒い日。リハビリのはるかさんに見守られながら、桜の園から史跡公園………国分寺の山門………お鷹の道……家まで、40分歩く。

スベェトラーナ・アレクシェーヴィチの『亜鉛の少年たち アフガン帰還兵の証言 増補版』(奈倉有里訳)を読む。1979年から89年まで「国際友好」という善意の言葉のもとにアフガン侵攻に志願したソ連の少年たちの証言。79年から89年といえば、ほぼ同じ時期私たち家族はドイツにいた………

同じ頃『ベオグラード日誌』の著者山崎佳代子さんは、旧ユーゴースラヴィアの民族紛争下のベオグラードでNATOの空爆を家族と共に体験し………

今年2月24日に始まったウクライナの戦争は、日に日に空爆と報復が過激になり……今日まで続いている。いつでも何処でも殺しあっている。

「来る日も来る日も、人が奈落へと転落していくのを目にする。上昇するのはまれだ。ドストエフスキーの作中でイワン・カラマーゾフは言っていたー『獣は決して人間ほど残酷にはなれない、これほど巧みに、これほど芸術的には』と」          「亜鉛の少年たち/手帳から(戦地にて)」から

レイジ、ヒロコ、なおかのトリオは、目下ローマ、明日本番。アキラは、カリオストロとジャンヌと「カルミナ・ブラーナ」の稽古。冷たい雨が降っている。

神さまのことを考える。明日も美しい日でありますように………。

 

 

 

 

 

鎌鼬の里まで行ってしまった!

朝からキラキラした秋の日。キッチンの窓を開けると、ホンダさんのお庭を通って、涼しい風がやってくる。子どもたちの下校時間を知らせるチャイムと見守りのお願いのアナウンスが遠くに聞こえる。静かな夏の終わりの昼下がり。

先週の週末は、秋田の鎌鼬の里にいた。飛行機に乗って、大雨の中を秋田まで行ってしまった。自分もビックリ、周りもビックリ。

今も私のカラダのなかに鮮明に残る鎌鼬の里の情景。色、匂い、雨の音、刈り入れの済んだ畑、深緑の針葉樹の森、がっしりとした立派な古民家、出会った人々の素朴で純な心の温かさ。

かつて、この地に忽然と現れ、農家の主婦や娘さんたちの間にちゃっかり座って、細江英公さんのカメラにおさまった土方さん。目の前に降ってきた怪しげで、おかしげな男の立ち振舞いに、さぞかし農家の人たちは、驚き、ビックリしただろう。こうして、細江英公写真集『鎌鼬』が生まれ……秋に行われる1年に一度の「鎌鼬芸術祭」………懐かしい人にも会えたし………来てしまってよかった!

今日9月30日、11月の吉祥寺シアターの2公演(笠井叡『DUOの會』・新作「カルミナ・ブラーナを踊る」)のチケット発売日。

明日から、新しい時が始まる。

 

 

台風シーズン

9月の台風シーズンがやってくると、いつもアキラのお父さんを想い浮かべる。昭和29年9月25日の朝、学校の行きがけに書斎の窓の下からチラッとガラス窓を通して写る父親の影を見たのが、自分が父を見た最期だった、と随分前にアキラが話してくれた。

そのあと、札幌高等裁判所の判事だったお父さんは、出張のため函館に向い、洞爺丸に乗り…………台風による海難事故に遭い……亡くなった。享年41歳。

法律家の義父とらおさん。厳格で正直で超頑固オヤジ。飲み会で大声で安来節を歌うので、同伴の義母きみこさん、冷や汗たらたら………会いたかったな。天使館も我が家も、生前とらおさんが用意しておいてくれた土の上に建っている。

夜「カラマゾフの兄弟」の続きを少し読む。イワンとアリョーシャの会話から……

「ねばねばする春の若葉、青空が、おれは大好きなんだ。そうなんだよ! 知恵や論理なんて関係ないんだ。はららたと魂で愛するんだ。この生まれる力、この若い力を愛するんだよ………」

「はらわたと魂で愛するんだ」なんて、すごい! 私もそうありたいな………美しい日々でありますように。おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

太陽の恵み

朝方、目が覚めると、カーテン越しに秋の光が差し込んでいる。わぁ〜嬉しいな……何が嬉しいのか、さっぱり分からないけど………太陽の光は、壊れていく体に大きな恵みをもたらす。

水平生活も5ヶ月目になり、今では、昼間は長いこと垂直生活ができるようになり、自分でも驚いている。40年も前から、知らず知らずのうちに自分の物質体が壊れていくのを見てきて、遂に、もうダメだ、と思った時、何故か、目の中にピラネージの「幻想の牢獄」の版画が浮かんだ。吹き抜けの大広間の至る所に上方に向かう螺旋状の階段や梯子、橋が描かれているが、どれもどこかで切断されて……大広間の天井の小さな穴から、光が差し込んで………うろ覚えの版画が、その時の私の身体の内部の様子を写しているように思った。階段も梯子も橋も、上と下、横と横を繋ぐもの。光の差し込む広間は明るい。

あちこちと繋がらない体ではあっても、お日様を見ると嬉しくなるよ。

 

「これは世界にあてたわたしの手紙です」ディキンソンの詩

初秋の青空。洗濯日和。チアキさんがメーrで「ヒサコさんは懐が深い」ですって。とんでもない、チアキさん!  せめて、今からでも懐深い人間になりたいと希い、日々右往左往しながら青空を眺めている、私です。

陽が沈むと、天使館の窓が明るくなる。今夜は、11月のアキラの新作「カルミナブラーナを踊る」の稽古。

夜、エミリー・ディキンソンの詩を読む。

 

「これは世界にあてたわたしの手紙です

わたしに一度も手紙をくれたことのない世界へのー

やさしい威厳をもって

自然が語った簡素な便りです

 

そのメッセージをゆだねます

自然への愛のためにもー気立よいー同胞のみなさん

やさしく裁いてくださいーわたくしを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝の外歩き

朝、カート押して外歩きする(もちろん、アキラの監視付き⁉︎))。5ヶ月ぶり。あぁ、気持ちがいい! 涼やかな風が身体を通り抜けていく。二度と会えないと思っていた路端の花たち。残暑の光に向かって健気に首を傾け………「こんにちわ、お久しぶり」と声をかけると「ワタシタチハ、イツモ、コウシテ、ココニイルノヨ」と、おすまし顔で応えてくれる………嬉しいな………前方から軽トラがくる。アキラの小学校の先輩ホンダさんだ。私の横でスゥーと止まり、横目でにっこり。一言「元気かい?気をつけなよ」とボソッと言って、走り去る……ホンダさんの言葉のなかには、いつも温もりがある。人と出会うって、素晴らしいな。アキラに促されて、外歩きしてよかった!

夜、キッチンで、山﨑佳代子さんの『黙然をりて』から、詩一編を読む。

「春のこども、鎮魂」

小さな人が帰ってくる

つめたい海の群青を渡り

はらはらと雪の花となって

春まだ浅き森の道に舞いちり

その魂の名前となってよき言葉

として震える母の乳房をあたため

樹木に宿る精となり獣道を生き急ぐ

父のこごえた耳に旧い歌をかえすため

水底の暗い国から幼い子供が還ってくる

闇の中に、天使館の窓の明かりが見える。アキラのオイリュトミー初伝講座の時間。遠く異国に住み、言葉に命を注ぎ続ける詩人を想う。ウクライナの戦争はまだ終わらない。秋の虫の音を聴きながら、明日も、詩一編読もう。

山崎佳代子さんの言葉を想いながら……。

台風は過ぎたというのに、秋の空は……? 秋の長雨……?

キッチンまで出掛けて、山崎佳代子『そこから 青い闇が ささやき』ーベオグラード、戦争と言葉ー を読む。

「戦争が始まるというのは。私たちを取り巻く空気が一度に汚れて重たくなっていくことだ。どこを向こうが、この空気に晒される。呼吸を止めるか、ここを去るしかない」

初めて、山崎佳代子さんにお目にかかった時のこと。彼女は、ふらっと、京都で公演中のアキラの楽屋に入ってきた……ほのかな春の花の香りを纏って微風のように。嬉しかった。

「…………詩とは、静かな光に身を捧げること。そうでしょう?………」山崎佳代子『ベオグラード日誌』より。

……ことばは光、光はいのちだよね……と思う。

彼女の新しい詩集『黙然をりて』(書肆山田)の中から、

「 みえない水」

山の頂から流れ / 長い旅をした水は / 紙のコップに注がれ / 遠い国から歩き続けた / こどもの瞳をうつしている

ああ美味しい / 無垢な言葉に / みずは息還り

はじめて聞いた / 異国の言葉に震え / 桃色の喉を通りすぎ / きゃしゃな身体の中を / 歓びながら下っていった

灰色の空を眺めながら、旧ユーゴスラビア崩壊から今もなお、ベオグラードに住む山崎佳代子さんを想いながら………今なお続くウクライナの戦争………あれこれ想いながら………心の中の言葉の水が枯れないように………細くて小さい流れでも………止まらないように……私の今日の一日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つくつく法師

9月3日昼下がり。やっと青空が見えてきた。太陽の位置が傾いたので、私の巣にも陽射しが伸びてきて………次第に夜の時間が長くなり……地球は新しい今日を生み出しながら、ゆっくりと回っている、というのに………私の心は、行きつ戻りつ滑らかに回らない。困ったもんだ、と思いながらぼんやりキッチンから中庭の季の木を眺めていると、オーシンツクツク オーシンツクツク、とツクツホウシが、季の木の幹の葉影から………ヒサコサン、ボヤボヤするな!もう夏は戻らないよ……と告げている。

晩夏から初秋へ。光から闇へ。ボヤボヤしてはいられない。いつも、何かが(人間以外の)、本当のことを、教えてくれる。

 

 

 

 

 

 

明日から九月

昨日の朝日新聞一面の見出しに「絶滅危惧種出品 ヤオフク禁止へ」とあった。オオクワガタやメダカなど4000種類以上が絶滅の危機に瀕しているそうだ。

息子たちが子どもだったころ、暑い夏の遊びは、もっぱら国分寺の杜のくぬぎ林でクワガタやカブトムシを捕まえること、泉から流れる冷たい清流に足をつけて、メダカやザリガニを網でとること、夜になる小川に沿って蛍狩りに出かけること、だった。ある時、子どもらが話しているのを耳にした。「このクワガタた売れるんだってよ。これがお金になるなんて!売られるなんてちょっと可哀想。くぬぎ林に放しにいこうぜ」と、3人揃ってバタバタと走って消えた。ついこの間のことのように思い出す。

中庭の季の木に、大きなカラスが季の実を啄みにきた。 続きを読む “明日から九月”

ナマケモノのヒサコさんの今日の一日

今日と明日、天使館でアキラの「金鱗の鰓を取り置く術」の東京・京都合同ワークショップを行う。東京では、もう月に一回で、5年も続いている。最初、私も参加していたけど、3時間座っていると首が痛いのとか、なんのかんのと言って、早々と落ちこぼれた。今日は午前中から、京都から、名古屋から、新潟から、東京の参加者も含めて、20数名が集った。

天使館に一番近距離に住む落ちこぼれの私はといえば、天使館の窓から流れてくる、霊学に真摯に向かう人たちの熱いエネルギーをカラダに受け、向こうの世界とこっちの世界を行ったり来たり………落ちこぼれを自己反省したり、これでいいのだ、と自分勝手に自己満足したり………あいも変わらず ナマケモノのヒサコさんの 今日の一日。

天邪鬼のヒサコさんの一日

今日も、すっきりしない曇り空。午前中、アキラは、天使館でスウェーデンからやってきた大植真太郎さんに新作「カルミナ・ブラーナ」の振り付け。

私は、iPadに入れた亀山郁夫訳「カラマーゾフの兄弟」第一部第一編を巣の中で読了。以前、原卓也訳で読んだ時、何故だかとても惹かれて、もう一度読む本と決めていたのに、今や文庫本を持つことができない。幸いKindle版があったので再度挑戦してみたものの、今回は何故か惹かれない。視覚が怪しくなった私にとって、Kindle本は活字を大きくできるのは嬉しいが、行間から何も見えてこない。広大なロシアの大地の闇の深さ、温かさ、冷たさ…あまりにも人間的な愛憎、信仰………熱、匂い、煌めき、色合い………が浮かんでこない。あまりにも明快すぎて分かりやすすぎる。紙の本で読んだ「カラマーゾフの兄弟」は、難解だけど深くて面白かったのに。もう時間切れ。

相変わらず天邪鬼のヒサコサン。明日も美しい日でありますように。おやすみ………。

電子書籍ばかりでなく、紙の本が読みたくなる。

KuuKuuさんから「ハールハル ・マハ デープ」という本が届いた。呪文みたいなタイトルだなぁ。面白そう………と巣から起き出して、ヨチヨチとキッチンまで歩く。テーブルの上に本を置いて(指の力が失せて、紙の本が持てないので)その呪文みたいなタイトルの本を開いてみると、見開きページ毎にシンプルだけど力強い、人や動物、さかな、草花………のシックな風合いの色彩絵が現れ、時々、シンプルなことばが絵のなかで唄っている。

「天にも 地にも ため息は あふれている つつみきれず」

今日は、ここまで。明日またヨチヨチとキッチンまで歩いて、続きのページを開いてみよう。

つい先頃まで、夏の光の風に任せて誇らかに揺らいでいた紅紫の百日紅の花も、今日は力が失せて夕暮れの空気の中で小さく見える。夏から秋への移り変わりは、いつも素早い。 続きを読む “電子書籍ばかりでなく、紙の本が読みたくなる。”

眠れない夜に

いよいよ、秋に向かって様々な舞台活動が動き出す。今日は、午後私の巣の部屋で、ミツタケの「花粉革命」韓国公演のスタッフミーティング。

明日は、スエーデンから大植真太郎さんがアキラの新作の稽古のため国分寺にやって来る。

9月初めから、レイジとヒロ子となおかのトリオが、ローマ公演の稽古に入る。

明日は、川口隆夫さんとミツタケの「DUOの會」の通し稽古。

なおかの「朝の会」 ミツタケ×なおか企画「ナイトセッション」の会 その他諸々。

私の巣の周りはフル回転。

さて、私は何ができるだろうか?何もできない……巣の中で、ミンミンゼミの最期の鳴き声を耳にしながら、晴れない空を眺めていると………カラスさんが飛んできて、私の沈んだ心を見透かして、嘴をチョと傾けて、飛んでいってしまった…… 何もできない自分を責めても仕方がないよ。できないことはできない………ともかく、生きること、生きること。マルテのように。

今日は、私のところに一つも言葉がやってこなかった。

眠れぬ夜、ゲーテの美しい詩句をみつけ………おやすみ。

バラの季節過ぎたる今にして、

はじめて知る。バラのつぼみの何たるかを。

遅れ咲きの茎に輝けるただ一輪

千紫万紅をつぐないて余れり。

 

 

 

 

ユミちゃんのこと。

今朝目覚めると直ぐ、光のなかに秋の匂いがするぞ……灰色つづきで止まったままの秒針が僅かに傾き、もう後戻りはしないだろう。

小学5年生以来の友だち、ユミちゃんが電話してきた。

「ヒサコちゃん、あんた、歯がなくなったんだって? 今マーケットに来ているの。美味しそうなお粥さんがあるの。送るからね」

ユミちゃんと友だちになって70年近くなるが、今まで何回会っただろうか。どんな話をしただらうか。結婚し、子育てし、お姑さんに仕え、家計のために働き………時々、とんでもないところ、例えばアフリカのサバンナから絵葉書が送られくる。いつも一人でツアー旅行に参加する人。私へのお土産は決して忘れたことがない。会う機会のない私たちなので、会える折には、数回分の旅のお土産を持ってくる。私にはとてもできないなぁ、と思いつつも、お互いの生活には触れず、いつも心のどこかでお互いを案じながら、同じ時間、時代を歩んできた。

今でも、「ユミちゃん」「ヒサコちゃん」は変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

8月の今頃、いつも思い出すこと。

8月の今頃、いつも思い出すこと。

37年前の、あの痛ましい御巣鷹山飛行機墜落事故が起こった日の数日後、私は、成田空港まで送りに来たアキラとミツタケに「じゃあね、おばあちゃんの言うことをよく聞くのよ。またね………」といってから………果たして「またね」があるだろうか? 不安が過ぎる………でも仕方がない。決めたことは決めたこと………エィ、前に向かって進め!と心を決めて、できるだけ元気にいつも通りに「国分寺まで、車の運転、気をつけてね」と言い放ち、レイジを連れて、チカシのいるStuttgart に発った。

その日のフランクフルト直行便の機内は、バカンスをヨーロッパで楽しもうという日本人客で溢れていた。およそ12時間の飛行。フランクフルト空港にランディングすると、共に同じ時間を共有した運命共同体の仲間たち。大きな拍手と安堵の空気が機内いっぱいに広がった。私はその時、ふっと、見知らぬもの同士の命の繋がりを感じたのを今でも覚えている。

今日は終戦記念日。鳥のように大空を飛びたい、という人間の夢から人間が作った飛行機が、神風特攻隊の零戦機となって、多くの人間の命を奪うとは!

1944の暮れに生まれた私は、いつもこの日になると、亡くなった母がよく言っていたことを思い出す。

……空襲警報がなり、ヒューと焼夷弾が落ちる音が聞こえてくると、生まれたばかりのあなたと寝たきりのお父さんのお母さんを布団に寝かして、上のお姉ちゃんは下のお姉ちゃんの手を引いて、私は下のお兄ちゃんをおんぶして、上のお兄ちゃんの手を引いて、庭に作ったちっぽけな防空壕に逃げたの。お父さんは、徴用でいないし………あなたもおばあちゃんもあなたと一緒だったら淋しくないだろうと………。

後日、その時お隣の家に焼夷弾が落ち全焼したと聞かされた。幸い家の人たちは無事だったという。

今や地球星は大混乱。人と人の命のつながりも次第に感じなくなり、人間の夢から作った物体から逆襲され………空飛ぶカラスさん、どうすればいいのぉ〜? と聞いてみた。カラスさんは飛びながら何か言っている………そのままでいいんだよ〜。77年間、よく無事に生きてこられたことに感謝しながらね……と、言っているように私は思い込む。

 

ミンミンゼミが近くで鳴いている。カナカナが聴こえてくると、さぁもう秋だ。 続きを読む “8月の今頃、いつも思い出すこと。”

今日は、白い雲を眺めながら過ごす。

静かな日。もっぱら、雄大に広がる夏の青空を眺めて過ごす。一瞬もとどまらない白い雲。あそこはどこにあるの?…………あるの、ないの?…………恐ろしくなったので、考えることをやめて、ベットに私を置き去りにして、あの青空の白い雲と一緒にふわふわ浮いてみよう。

あそこはどこにあるの? あるの、ないの? その答えは、一向わからないけど、雲と一緒にふわふわ浮いた時の私の心は、喜び、生き生きし…………あの恐ろしさは、どこにいったのだろうか………と、私の巣でぼんやり横たわっていると………友だちになったカラスさんが………ヒサコサン、ヒサコサン、相変わらず、自分勝手なお思い込みが強いね。早くおやすみ。もう直ぐ、あなたの嫌いな夜の闇がやってくるよ…………とカゥカゥと鳴きながら、西に向かって飛び去っていった。

「白い雲」  ヘルマン・ヘッセ/高橋健二訳

おお見よ、白い雲はまた

忘れられた美しい歌の

かすかなメロディーのように

青い空をかなたへ漂って行く!

 

長い旅路にあって

さすらいと悲しみと喜びを

味わいつくしたものでなければ、

あの雲の心はわからない。

私は、太陽や海や風のように

白いもの、定めのないものが好きだ。

それは、ふるさとを離れたさすらい人の

姉妹であり、天使であるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

思い込んで………。

二日前の笠井瑞丈「喜びの詩」(セッションハウス)に行けるなんて……ましてや、作品に参加するなんて………でも、公演前の劇場稽古と本番の長時間、2回も国分寺から神楽坂へ……周りのみんなに支えられて、どうにかクリアできた。自分でもびっくり!

翌日は真っ青な夏空。目覚めと同時に、気分が真っ逆さまに落ち込みかけた時、電線のカラスさんがいつもはこちらに首を傾げてくれるのに、どうしたのか、その日はそっぽを向いて、さぁっと、中庭を低空飛行で飛び去った………自分の面倒は自分でみてね……と言ってるみたいに。

今朝、もうカラスさんが電線に止まって「おはよう。気分はいかが? 昨日は昨日。今日は今日。新しく始まるよ」と、言っているみたい……ほとんど私の思い込み………でも、枯れ木のカラダにしがみつく重たい心に朝の光が差し込んできた。

見ると、カラスさんはもういない。

 

 

 

 

カラスとともだちになる。

自分の巣に寝ながら、自分の両腕を上に伸ばして眺めてみた。カラカラでスカスカのねじれた細い枯れ枝の先に、奇妙に成長したサボテンみたいな手がついている。ずいぶん身勝手に酷使して結果だ。今まで私のためによく働いてきてくれたなぁ、と急に愛おしくなってももう遅い………と自己否定に落ち込みかけると…………さぁ、足を上げて、足首を回して………無心になって、枯れ木のような体を動かし始めたヒサコさん。

数学者の先生が「一」について…………人が立ち上がると、四百幾らかの筋肉が、とっさに統一的に働く。それが「一」というもの。「一つのまとまった全体」というような意味。「一の中に全体があるとみています。あとは言えないのです」…………と言っていたっけ………などとぼんやり思い浮かべながら…………ああ、そうか。私の体の中に全体があるのだ………私の体の中に宇宙がある………なんて凄いことか…………いつの間にか、自己否定から浮かび上がって………カラダの体操をしている。

また、電線に止まったカラスがこっちをみている。

悪魔の使いか、天使の使いか知らないけど、カラスさん、私の水平生活のおともだちになってくださぁ〜いね。

 

 

私の人智学

今日は全く自信がない。何に対して………生きることに? メソメソしないで、ヒサコさん、さぁベットで体を動かして…………おかげで、曲がっていた頚椎が少し真っ直ぐになってきて………心の空白に微かに光が差してくる。

『本当の人智学は生き物なのだ。それを生き物にするのは、一人ひとりの問題……』 『私の人智学』 「シュタイナーの人生論」の高橋巖先生の言葉より。

半世紀以上前に高橋先生に出会って、私は今まで何を学んできたのだろうか?

今からでも、私の人智学を今生きよう。

また、カラスが電線に止まって、私を見ているよ。

 

 

 

 

 

失敗

ようやく書いた文章が一瞬のうちに消えた。よくあることだ。とはいえ、ショック!

書いてどうなると言うような、自分勝手な思いを綴ったものだから、また書けばいいようなものだ……とすっかり諦めて、水平生活のねぐらから外を見上げると、電線に大きなカラスが止まっている。

カラスさん、首を傾げて何を考えているの?

ヒサコサン ヒサコサン もう直ぐ日が暮れる。くよくよしないで、おやすみなさい。新しい明日が来るよ。

 

ヘルパーさんと私

食事介助をしてくれるヘルパーさんが、私の昼食を介助した夕方に発熱。コロナに罹ったので、直ぐに事業所の人が私の抗体検査をしてくれた。結果は陰性。よかった!

煌めくような夏日というのに、心は晴れない。

要介護5の私は、週に2回清拭、週1回家事援助、1週間毎日遅い昼食を食べさせてもらう。みんな、さまざまな人生を歩んで来られた私と同年代のヘルパーさんたち。食べ物をスプーンで私の口元に優しく運んでくれる。一瞬一瞬の動きから温かさが私の体に流れてくる。そんな時、私は心から嬉しい気分に満たされると同時に、深い悲しみにおそわれる。なぜだろう?

今まで、一瞬でも見知らぬ他者を無心になって支えたことがあるだろうか。自分を無にして、全てを他者に委ねることができただろうか。

美しい日ほど、心は悲しく………薄墨色に日がくれると、心の内で小悪魔たちがチョロチョロ………動きだす。

「アマノジャクのヒサコさぁ〜ん、まだまだね。神さまの前には出られないよ」

と誰か何処かで呟いているのが聞こえる。

夕方の悪魔

真夏の昼下がり。キッチンの椅子に座って、中庭の杏の木が風に揺れているのを、いつまでも眺めている、飽きないで。

いつの間にか、壊れかかった私のカラダも、揺れる杏と一緒に揺れている。

揺れる 揺れる 揺れる……囁くように 笑ってるように お喋りしているように‥…

気がつくと、もうずいぶん光が薄くなり。杏の木も黙って静かにしている。

昼と夜の間。幽かな風が一枚の木の葉を吹き落とし………、

神の不在ー杏の木の中に小さな悪魔が見え隠れ…………

突然、あきらの声「こんなに暗い所で何してるの? さあさあ、パンがゆを作ってやるから、食べろ! 腹減っただろ」ですって。

杏の木とダンス。お腹が空いた。枯れ木のカラダに美味しいパンがゆ。嬉しい。感謝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツゥーブロック」という髪型にする。

今朝の目覚め。真っ青の青空、白い雲。夏が来たぁ………ひまわり、スイカ、朝顔、かき氷、ミンミンゼミ、蚊取り線香の匂い、田舎のおばちゃんの家で従姉妹たちと遊ぶ、鎮守の森の夜祭、海の家で食べる大きなおにぎりとたくわん…………夏休みの絵日記と宿題………瞼の中に次々と夏の光景が浮かぶ。

水平生活になって美容院に行けなくなった。さて困った。iPadで検索したら、美容院に来られない人専用の訪問美容があり、ホットした。

いよいよ訪問美容のその日「ツゥーブロックにしてください」と、ミツに教わった言葉通りに若い女性の美容師さんに言うと、手際よく鋏を入れて、30分くらいで出来上がり。

あぁ サッパリ、風通しよく、軽くて、何より、カッコいい、と美容師さんが翳してくれた手鏡に映る自分の髪型を見て、大満足。嬉しい!

でも、この髪型禁止の学校があるそうだ。どうして? さっぱりわからない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洗濯干し

夏の青空と白い雲。洗濯だぁ〜、と心が弾んだところで、自分の体に気がつく。主婦業の一つとして洗濯干しなど当たり前にやってきたのに、三ヶ月前突然100パーセント主婦業ができなくなり、何から何まで人の手を煩わせなくてはならないとは!

と思いつつもついつい、ベット上から「誰か、早く洗濯物を干してよぉ〜」と大声を出してしまった。

続きを読む “洗濯干し”

止まらないで!

雨降りの憂鬱な天気が続いている。時がストップしているかのよう。

私の「畑の中の野うさぎ………」を制作してくれたカツラギさんとヒトミさんがひまわりの花を持って来訪。グレーな部屋がグッと明るくなり、若い二人の屈託のない話し声で、止まっていた時が動き出した。よかった!

チアキさんがアキラのオイリュトミー初伝講座に出る前に、私のところに顔を見せてくれた。お久しぶり。いつも清々しい風に乗って現れるチアキさん。曇り日のしょぼくれた今日の私をすっかり吹き飛ばしてくれる。美味しい水を飲んだ感じ。

カズコさんから、ラジオ語学講座一覧表をいただいた。面白そう! 英語は何年もチカコ先生に朝日カルチャーで教えていただいたのにナマケモノのヒサコさん。また初めからやってみようかな。ありがとう!

相変わらず、外は雨の音。世の中は暗雲としたニュースばかり………でも、 続きを読む “止まらないで!”

今日の私。

水平から垂直へ、垂直から水平へ…………何回繰り返しただろうか。

自分のこころの中に微かに差し込む光を求めながら…………。

内面からひとつの言葉(自分の言葉)を生み出せたら……………

明日に向かって、止まらずに一歩でも前に進めるだろうに……

三ヶ月一歩も歩けなかった私は消えて、今日の私は、My nest(ねぐら)とキッチンの数メートルを行ったり来たりして過ごす。

百日紅の花が咲いて………

いつも朝目覚めると、青い空と白い雲が「おはよぉ〜」と微笑みかけてくれるのに、今日は、空も雲も「私たちは私たち。あなたは勝手にやって」と言ってる。空々しく、冷たい。どうしてなの?……悲しくなって…。キッチンまでヨチヨチと出ていき、椅子に座って中庭を眺めていると………。

光の粒子を孕んだ夏風が、すっかり大人になった杏子の木の枝振りを通り過ぎて行く。時期を過ぎた紫陽花の後ろに、赤紫色の百日紅の花が咲いている。

いつの間にか、気分は光のほうに向いて……夏の一日が過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

「Traurigkeit 」 ー悲しみー ヘッセの詩

七月。夏が一気にやってきたというのに、戦争はまだ続いている。あまりの暑さに、草も花も人間もぐったり。新聞の一面記事を読んでも「困ったもんだ」で済ませてしまう。みんな一生懸命に生きているのに…………誰も殺し合いなんか望んでないのに………

「悲しみ」  ヘルマン・ヘッセ/高橋健二訳

きのうはまだ命の火に燃えていたものが、

今日は死の手にゆだねられている。

花が一枚一枚、

悲しみの木から落ちる。

花の落ちつづけるのが見える。

雪が私の小みちに落ちるように。

足おとはもはやひびかない。

長い沈黙が近づく。

空に星がなく、

心にはもう愛がない。

灰いろの遠いかなたが沈黙し、

世界は老い、空虚になる。

こういう悪い時勢に

だれが自分の心を守ることができよう?

花が一枚一枚

悲しみの木から落ちる。

 

私の持っているヘッセ詩集は、「悲しみ」の次に「平和に向かって」一九四五年復活祭、バーゼル放送局の休戦祝典のためにー という詩で終わっている。1950年10月新潮社から出版されたこのヘッセ詩集を16歳のときに買ってから、いつも机の片隅にある、いまでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梅雨明け

梅雨が明けたらしい、まだ六月だというのに。ヘルパーの山内さんが「今日は暑いですよ。どこの紫陽花も、ぐったり萎れてかわいそう。少しは雨に打たれねければねぇ」と言いながら、パリッとした真っ白なエプロンをかけて仕事にかかる。

清々しい風が巣の中の私のカラダを通り抜け……私は重たい体を起こして巣を抜け出し………ヨチヨチとキッチンまで散歩する………高みから中庭に降りそそぐ太陽の光。立派に成長した濃緑の杏の木………垂直に立ってガラスの向こうを眺めると………草も木も花も鳥も虫も風も光も………懐かしい仲間たちの楽しげなお喋りが聞こえる………いつか再び、私もお仲間になれますよう………と思いつつ巣に戻り………水平生活に………夏の青空が私の頭上を覆う。

巣の中で眠れない時は、美しい、懐かしい詩を読みながら………夢の中へ………

 

「青いチョウチョウ」  ヘルマン・ヘッセ/高橋健二訳

小さい青いチョウが

風に吹かれてひらひらと飛ぶ。

真珠母の色のにわか雨のように

きらきらとちらちらと光って消える。

そのようにたまゆらのまばたきで、

そのようにふわりと行きずりに、

幸福が私をさし招き、きらきらと

ちらちらと光って消えるのを、私は見た。

 

 

 

 

 

 

 

そして自分の重荷の下で

 

 

 

 

 

 

私の巣

今、私は1日の大半を、階下の居間に置いた介護用ベット上で過ごしているので、ベットが私の生活圏であり、ねぐらであり、私の巣である。私は、親鳥を巣で待つ雛鳥のように、巣で毎日ヘルパーさんの食事介助を待っている。私の巣の周りは忙しい。訪問看護医の診察、訪問薬剤師の来訪あり、ある時はアキラがCDを聴きながら振付の構想を練ったり、秋に向かっての舞台制作の打ち合わせなどなど、私の巣は、四辻の真ん中にある。私の行動範囲は、居間からキッチン、玄関までの6メートルにも満たない。でも、私は、散歩と称して巣を抜け出し、1日数回よちよちと歩く。散歩のついでにキッチンの椅子で一休み。初夏に向かう中庭の緑が一斉に、私のカラダに「お久しぶり、ヒサコサン!」話しかけてきた。風に物干し竿の洗濯物がひらめいている。そこは、かつての私の古巣。過去の時間は戻らない。今、私は新しい時間を生きよう。さぁ、巣に帰って、夕暮れの懐かしい優しいひと時に身を委ねよう。

 

 

 

 

 

夢の中で踊っている

あぁ美しい青空と白い雲! いつまでも眺めていたい………いっときも止まらない………今日の光と青空と白雲のダンス。水平生活の私は、my nest(私のねぐら)から抜け出して、窓ガラスをするっりと通り大空のダンスに仲間入り…………重力を持たない私の壊れたカラダが自由に踊っている………夢の中で…………目を開けると、窓際のガラスの向こうに、濃紺の青空と白い雲を、私の巣の中から眺めていた。

夏日のような今日の始まり。横から縦に、縦から横に、少しづつ。死に向かい、生に向かい………。

 

「春のことば」 ヘルマン・ヘッセ/高橋健二訳

どの子どもでも知っている。春の語ることを。

生きよ、伸びよ、咲け、望め、愛せ、喜べ、新しい芽を出せ、

身を投げ出し、生を恐れるな!

どの老人でも知っている。春の語ることを。

老いたる人よ、葬られよ、

元気な少年に席をゆずれ、

身を投げ出して、死を恐れるな!

 

 

 

 

 

夏至も過ぎて

吹き抜けの居間に置いたベットが私の居場所になり、水平生活を始めてから二ヶ月。夏至も過ぎて梅雨も明けたのかな、と思うような蒸し暑い夏日。介護保険で要介護5に認定され、今週から毎日食事介助にヘルパーさんが来てくれる。

午前中、ミツがシャワーに入れてくれる。あぁサッパリ!
仙台のお園さんがラインで「近頃は、猫でも出産前妊婦検診があるそうで、家の猫が受けたら、3匹生まれますって」と送ってくる。へぇ〜、随分時代が違うね………。

午後、長男のチンが前触れなしに現れる。「ヒサコサン、どう?カリフラワーのスープを作ってきたよ。それと、アイスクリーム」早速、一口。あぁ美味しい!

夕方、ヘルパーさんが食事の介助に来てくれる。まず、嚥下訓練から。

一年の半分が過ぎ………美しい夕暮れ。淡い青空に小さな真綿の塊が浮かんでいる。

わたしの周りで、静かに時間が進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あわい」オイリュトミー公演の映像を観て想う

オイリュトミストのノリちゃんが送ってくれた、5月の「あわい」オイリュトミー公演の記録映像を観た。美しい! オイリュトミーを観ると、いつでも「美しい」と感じるは、なぜかしら?

私が、初めてオイリュトミーなるものを目にしたのは、1979年の早春だった。Stuttgart のオイリュトメイムから、ゲイルさん(女性)とレーバーさん(男性)が来日してオイリュトミーを披露してくれた。その時「わぁ美しい」と感じた不思議な気持を今でもよく覚えている。それ以来、私の生活には、いつもオイリュトミーを学ぶ人たちがいる。上手く動ける人、動けない人、器用な人、不器用な人………さまざまな人がオイリュトミーを学んでいくうちに、知らず知らずのうちに各々のカラダが美しくなっていく。各々の内面の美しさが、カラダを通して現れてくるのかもしれない。

「あわい」公演の映像を観ながら、5人のオイリュトミストの「あわい」にながれる美しい空間に心からの拍手をした。

今日「あわいの空間創り」は、至難の業。翻って、今日こそ「あわいの空間創り」は、緊急課題。

 

 

 

生と死へのベクトル

物質体が壊れたら、元には戻らない。新しい物資体を作らなくてはならない。

私が、自分の体を自分で支えられず、水平生活になって2ヶ月経った。砂浜に流れついた痩せた流木のようにベッドに横になり、ついに私の体は修正不可能となり、枯れ木が朽ちるにまかせて土に還るように、静かに死者の国に赴こう、などと思ったけど、そう美しい小説風にはならない。2階から階下に居場所を移して、ベット生活を始めて一週間もすると、なんとかして体を水平から垂直にしたいという気持ちが湧いてきた。主治医の先生は、頚椎が脱臼しかかっているので、もしカクッと頚椎が滑ったら、首から下は麻痺、あるいは、即死。でも、首、肩、背中………身体中の筋肉を鍛えて、座る、立つ、歩く を練習すれば、垂直生活が出来るようになる、と言われた。

そこで、よし、少しでも垂直に、を目指して練習を始めたが、変形した頚椎が重たい頭部を支える時の、耐え難い神経の痛み………やっぱり、朽ちていく体を水平にして、静かに無為の時間に身を委ねようか……と自分で決めた生と死へのベクトルがくるくる変わる。

生きるって大変! それにしても、早く梅雨が明けないかな……太陽の光が恋しい。

「処世のおきて」  ゲーテ/高橋健二訳

気持ちよい生活を作ろうと思ったら、

済んだことをくよくよせぬこと、

めったに腹を立てぬこと、

いつも現在を楽しむこと、

とりわけ、人を憎まぬこと、

未来を神にまかせること。

 

 

 

 

 

「自転車泥棒」を観る。

一日中、灰色の空。時間も空間もひっそりとして動いてくれない。

iPadでイタリア映画の「自転車泥棒」を観る。白黒の映像が流れ出すと、体がすっぽりローマになった。あぁ 懐かしいローマの街。テベレ川沿いの遊歩道。路上電車。バス停。石畳の坂道。たまご型の松。石造りの建物。広場の噴水。中世から今日までのローマの原風景は変わらない。

頑固で、温かくて、怒りっぽくて、陽気で……愛すべきイタリア人気質。可愛い 可愛い息子ブルーノ。真面目で頑固なお父さんのアントニオ。素敵な映画!

イタリアに、また行けるかしら? 行きたいな…………。

いつの間にか、外は闇に覆われていた。

 

 

生きること・踊ること

ミツタケ×なおか企画の天使館公演「バッハのフーガの技法を踊る」も、昨夜無事に終わってホッとした。4月からの稽古、本番前の通し稽古、続いて4回の本番。その全てを、私は天使館から中庭を挟んで5mの母家の居間に天使館と並行に置いたベット上にいたので、観客やダンサーやスタッフと生の舞台を共有できなかった。でも、1日遅れの映像を観ることができた。こんなことは初めて。

今年の初めから、アキラも私も見事にカラダが壊れ、母家で老々介護生活が始まった。

生きること……生活すること……動くこと………踊ること………止まらないで…………。

天使館と母家は、いつも一緒に進んで行く。

 

 

初夏の夕暮れ

初夏の夕暮れ。ベットから空の色の移り変わりを眺めているうちに、瞼が重くなって、うとうとと………そう、今日の午後、2人がかりで支えてもらって、ひさしぶりにシャワーを浴びることができたのだ。あぁ、さっぱりした! ありがたいこと。

うとうとから目を覚ますと、空の色は一面灰色に変わっていて、みるみる間に昏くなり、外のものは、すべて夜の闇に深く沈み………やがて、新しい光が昇ってくる。

「太陽は、昔ながらの節で、

兄弟たちの星の群と歌い競い合い、

その定まった旅の軌道を、雷鳴の歩みで、

今日もまた動いていく。

天使らは太陽の神秘を究べくもないが、

それを見ただけで勢いづけられる。

不可解で崇高な宇宙の営みは、

天地創造の日と同じに壮麗だ。」 ゲーテ「ファウスト」ー天上の序曲ー高橋義孝訳

 

薔薇の季節

6月といえば、June Bride、妖精たちの祝祭「真夏の夜の夢」、ヨーロッパは薔薇の季節………美しいだろうなぁ〜、いきたいなぁ〜…………子どもたちと森で遊んだ、懐かしいStuttgart の日々を思い出しながら………。

昨日、訪問医の佐藤先生の診察を受けて………座る、立つ、腕をまわす………毎日、無理せずに体を動かすこと(痛みをともなっても)………  動くと痛むは生きてる証拠……リハビリは裏切らない………さぁ、前に向かって………少しずつ、ゆっくりと。

私のベットから真っ青な空と白い雲(羊さんのよう)が見える。夏至に向かって、どんどん昼の時間が伸びてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

純白の紫陽花

今日は、2002年、黒姫で亡くなられた矢川澄子さんのご命日。ちょうどその日、亡き吉岡実さんの13回忌の法要が巣鴨のとげぬき地蔵院の真性寺で行われ、お墓にお参りした後、故人のお気に入りのお蕎麦屋さんに親しい詩人や絵描きや編集者たちが集って吉岡さんを偲ぶ和やかな宴がもたれ、梅雨前の美しい夕陽を見ながら帰宅した。出がけに食卓に置いた新聞を広げると、三面の片隅に「矢川澄子さん自死」という記事が目に飛び込んできた。えぇ……………自死ですって? 数ヶ月前に黒姫のお宅に伺って、二人で清々しい新緑の林の中を散歩し、夕食は、庭の春草を摘んできて、澄子さんの天ぷらの手料理。食後は、黒々と深い闇の黒姫の森へ蛍狩りに………夜明けまで、何を話していたのだろうか、すっかり忘れてしまったが………「あなたが結婚した日に、私は澁澤と別れたの。だから、あなたが結婚何年めか、すぐ分かるのよ」と、にこりとした澄子さんの笑顔は忘れられない。翌30日、アキラと共に黒姫に向かった。白い棺の前に純白の紫陽花が一輪置かれていた。生前の燈子さんが挿木をした紫陽花が、今年初めて咲いたのです、と家人の方がそっと教えてくれた。

その日から20年、昨日に引き続き今日も、梅雨入り前の爽やかな夏日。

天使館では、昨日から平山素子さんとアキラの「フーガの技法を踊る」が始まっている。

映画鑑賞

寝ながらiPadアームスタンドという代物をベットに取り付けてくれたので、早速、iPad miniを付けてVideo配信されている往年の名画「カサブランカ」を観た。愛、恋、信頼、信念、裏切り、虚栄心、嫉妬、差別、貧富、人情………戦時下にあっても、人間臭さがいっぱいの美しいラブロマンス映画。

主演のハンフリー・ボガードの男の渋さも素敵だけど、なんといっても光のオーラに包まれた気品あるイングリット・バークマンの美しさに魅了される。

なんとこの作品は、1942年に制作された。私が生まれる2年前のこと。今日でも充分、新鮮で新しい。

それにしても、寝ながら映画鑑賞できるなんて! 私の女学校時代の楽しみの一つは、日曜日に友だちと西銀座の封切館に行って、洋画鑑賞することだった。親は、何故か西銀座の封切館だったら、昼間の時間だったら、帰りに不二屋のレストランでハンバーグのランチを食べるのだったら、高校一年生の女学生の仲良し二人だけで、銀座に映画鑑賞に出かけるのを許してくれた。テレビも携帯も、コンピュータもないあの頃の遊びは、映画、しかも洋画、を観ること。あぁ 懐かしい。

 

 

 

 

時間も空間も動かない。

すっかり、太陽から見放されてしまったのかしら? 私のベットから少しも青空は見えない。

時間も空間も、息をひそめているかのように動かない。

午後、訪問薬剤師の二人の女性が、私の薬を届けに来てくれた。お医者さまが処方した薬を家まで届けてくれるなんて、アキラも私も、これまでの人生で初めてのことなので、いささか、もったいなくもあり、申し訳なくもあり、でも、ありがたかった。おまけに、玄関の扉が開き風がスゥーと入って来ると、それまでじっとしていた時間空間が動き出し………「ごめんくださぁ〜い」と言う人の声を聞いて、あぁ軽くなった!

ある時「歳とるって、大変なことなのよ」と呟いた、亡くなったアキラのお母さんの言葉を思い出し、まったくその通りと共感する。今頃になって共感するなんて、遅すぎるよ、ヒサコサン。きっと空の向こうで、お母さん ニコニコしてるだろうな。

星のごとく 急がず、しかし、休まず………ゲーテの言葉を拝借しながら………

さぁ 立つ・座る・歩く・足踏み の練習をしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

私の時間は私の時間

いつかは読もうと思いつつ読み過ごして来たゲーテの「若きウェルテルの悩み」を読んでみた。リルケが「マルテ」を書き始めたのも20代後半、「ウェルテル」もゲーテの20代半ばの作品。

体の機能は、ますます衰えていくというのに、今まで見えなかったものが、見えてくるから恐ろしい。時間切ればかりだ!
もっと早く出会えばよかったのに、と思ってみても仕方ない。私の時間は、私の時間………頭の中を空にして、ゲーテの「ウェルテル」に耳を傾けているうちに………生きること、死ぬこと、愛すること、かけがえのない自分自身を生きること、意志すること………人間の純粋な魂の言葉が、今この時、私のカラダに静かに響いてきた。

まさしく滑り込みセーフ!

午後、50年来途上の友であるカヨコさんが、美味しいプリンを持っておしゃべりに来てくださった。去年、長いことヨルダンでペトラ遺跡の博物館建設に貢献してこられたご主人を亡くされ………話は自然に、紀元前1200年のペトラ神殿のことに………大きな流れの中で、みんな途上を生きている………カヨコさんのお話を聞きながら、砂漠の中で長い時を経た太古の遺跡が、今、日没の燃えるような朱色の太陽を背にして、私の頭の中に忽然と浮かび上がった。

今日の練習

「今日の練習」
水平から垂直。座る。立つ。足踏み100回。支えてもらいトイレまで歩く。

一ヵ月振りに、中庭の杏、桜の緑が、曇天ばかり眺めていた私の目に飛び込んでくる。
あぁ美しい! 
部屋の中の乱雑に置かれた物たちー机、椅子、コップ、新聞、手紙、紫陽花の鉢、本ーなどなどが、突然、それぞれの存在を主張し始め、にぎやかになる。

立つということは、すごいこと。

あれこれと思い巡らす

今日はヘルパーさんの日。洗濯は今日、明日からまた雨らしい、と言って、手ぎわ良く、洗濯、掃除…にとりかかる。ありがたいこと。

約100cm×200cmの方形が、私の生活空間になってから、およそ一ヵ月余り。二か月前世田谷パブリックの「カリオストロ〜」の舞台に出演していた私は、何処に行ってしまったのだろう。

あれこれ、思い巡らしているうちに、西の空が薄らと茜色に染まってきたのが、広いガラス窓の向こうに見える。

お隣の奥さんが、お庭に咲いたマ-ガレットの花を持ってきてくれた。

なんと、清楚で美しいのだろう。

「麗しき五月」

うるわしい五月なのに、曇天の日々。
天道虫さん お陽さまを連れてきてくださいな。

 「いと麗しき五月」
       ハインリッヒ・ハイネ
            片山敏彦訳

 なべての莟 花とひらく、
 いと麗しき五月の頃
 恋はひらきぬ
 わがこころに。

 諸鳥の さえずり歌ふ
 いとも麗しき五月の頃
 われうち明けぬ、かの人に
 わが憧れを 慕ふ思ひを。

『マルテ…』の続きを読む。

朝早く、みな子さんが、今日の蓼科の様子を収めた映像をLINEで送ってくれる。
遠く蓼科山の上に広がる青空、白い雲。
鳥の囀り、芽吹きはじめた美しい樹々。
風は、まだ冷たいかしら?

YouTubeで、モ-ツァルトのクラリネット協奏曲を聴く。

「マルテの手記」の続きを読む。
ボ-ドレイルの名前がでてきたので、「悪の華」の、かの『腐肉』に寄り道。更にランボーに。いつまでたっても「マルテ」は、進まない。

それにしても、枯れ木のようなカラダでベットに横たわり、視覚聴覚機能も衰えつつある今になって、多くの人が若い頃、とっくに通過したであろう詩人たちのコトバにびっくりしている私自身に、びっくり⁈

でも、本物のコトバに出会った安心感で、密かにうれしくなりながら、白い天井を眺めている。