ナポリ郊外のプッツオリを散策する。

ゲーテ先生の『イタリア紀行』のお供をして………懐かしいナポリまでやってきた。

一七八七年三月一日にナポリ郊外のプッツオリまで散策に出かけた日の夜のゲーテの記述。
「見るも無惨に荒れ果てた千古の栄華の跡、煮えたぎる熱湯、硫黄を噴出する洞穴、草木の育たぬ灰燼の山、不毛の不愉快な地域、そして最後にはそれと打って変わった四時鬱蒼たる植物が、一寸の地でも隙間さえあれば生い茂り、あらゆる死に絶えたものの上に蔽いかぶさって、沼沢や渓流のまわりにもはびこっている。……」(相良守峯訳)

ゲーテがナポリのプッツオリに散策したおよそ250年後、私もプッツオリを訪れたことを拙著『畑の中の野うさぎの滑走 一匹のトカゲが焼けた石の上を過った』の「 ローマ/ナポリツアー/ゲーテ『イタリア紀行』」2008年5月27日に書いている。

明日から懐かしいイタリアを………再びゲーテ先生と一緒に………ナポリからシチリアへ……南へ南へと明るい太陽にむかって旅ができる………嬉しい ワクワクする!

寝る前に………行方不明の小学五年生の無事を祈って………美しい明日でありますように………おやすみ。

桜が舞う道で…………。

朝覚めると……あぁまた朝が来ちゃったぁ〜。前夜寝る前に………サトウ先生から処方された睡眠薬一粒と脳に空気を送る装置CPAPを装着して寝むので………睡眠はバッチリ深く………身体はあってもない………昨日の夜と今日の朝の間に時間がない。
枕に重い頭をのせて………白い漆喰の天井に差し込む………春の明るい光を見ながら………頭に浮かんでくる記憶を手繰り寄せて………映画を見ているように………体を忘れて懐しみ………嫌だなと思いつつ………さてと身体を水平から垂直に。

やれやれ今日も一日オンボロリウマチ車を運転し…………はらはらと桜が舞う凸凹道をノロノロ走る。
あぁ!外はやっぱり気持ちがいい………曇り空から時折り光が差し………桜も欅も櫟木も………ひたすら時間のなかに不動で立っている。
砂利道に息絶え絶えのクロアゲハを見つけた。そっと手のうちにのせると………黒と黄色の美しい翅を羽ばたかせ…………やっとの思いでのろのろわたしの手首のほうに登ってくる…………もはや飛ぶことはできない…………そっと草地のうえに寝かせてあげた。

家に戻ると相変らず………トランプさんとイランの首脳との喧嘩!・行方不明の小5の捜索(無事でありますように)・桜の古木倒壊で犠牲者………痛ましく恐ろしいニュースの次は………楽しい一家団欒のお花見の情景………地球劇場を観ているような1日。

明日も………ノロノロ自分の足で歩かなければ………。

『死ぬ権利』

今日は雨の日。私の小さなメモ帳を開いたら………小さな新聞の切り抜きがハラッと落ちた。読んでみると「死を選ぶ権利」と言う見出しの朝日の記事だ(日付を記さなかったのは私の不手際。きっと去年のことだろう)見出しに続いて「英国で法制化へ」とある。
英国のイングランドとウェールズでは2029年までに、終末期の成人は自らの意思で致死薬を服用できるようになる見込み(勿論、服用するには厳しく高いハードルをクリアしなければならないが)。法案を提出した議員は「死は私たち全員、そして私たちが愛する全員に訪れ」………「極めて困難な状況でも死を選べない現状を」………『深刻な不公正』と述べたとある。

今はもっと深刻だ………「不公正」どころか………「戦争」という名目で「生」も「死」も選ぶことができないまま殺される………子どもたちも大人たちも。

地球上はどこもかしこも不安定………薬局で自由に致死薬が買える時代がやってきたら…………恐ろしい!

ヴェイユ著『根をもつこと』を読む。

中庭の杏の枝から初々しい若葉が生まれて………狭い庭の雨に濡れた土の上のあちこちに桃色の花弁が散らばっている………お隣さんとの間の野薔薇がいつの間にか大きく成長してわさわさ揺れている………外は風が強そうだ。
家の中にいると………相変わらず暗いニュースが聞こえてくる………戦争は終わりそうにない。

遥か昔の20代の頃の愛読書(!)だったシモーヌ・ヴェイユの『根をもつこと』(冨原眞弓訳)を取り出して読む。当時のわたしはヴェイユのどこに魅せられていたのだろうか?
今日読み返して………自分の死を前にヴェイユが渾身の力で「言葉の概念」にむかう真摯な姿。
平気で「嘘」が蔓延し………「言葉」が壊れて………「嘘と誠」の境界が曖昧になっていく昨今………その曖昧さに慣れいく自分に……疲れて鬱的気分に落ち込んでいた私に……生き生きとした新鮮な水を与えてくれた。
34歳で生涯を閉じたヴェイユに心から感謝!

「義務の観念は権利の観念に先立つ…………。義務はあらゆる条件をこえた領域に位置する。この世をこえたところにあるからである。………」(『根をもつこと』からの抜粋)

いよいよ明日はゲーテ先生とナポリに行く……楽しみ!

今年の桜に会いにいく

今日こそ早起き………史跡公園の今年の桜に会いにいく。穏やかな春の朝………ピィ〜ピィ〜ピィ〜………小鳥たちのお喋りも愉しそう………車椅子を押す私は…………ひたすら足の裏に意識を集中させ………凸凹の道路を見つめて歩く歩く………途中で車椅子にどっしり座りこみ………介助役の叡に車椅子を押してもらい………やっと頭上に広がる史跡公園の今年の桜に会えた! 

昨日の鬱的気分を払底して………そのままデニーズまで直行………モーニング(トロトロ玉ねぎとトマトのスープハンバーグ)を摂り………おなかも気分も満足し………暖かい日差しを浴びながら………自分で車椅子を押し家路につく。
「ヒサコサンはお腹が空くと人格が変わるね」と密かに囁かれる所以はここかもね!

夕方から天使館で………角田寛生さんの映像とダンサーたちの奇想天外な公演を目撃しビックリ。言葉にできないけど心底面白かった。

沈んだ心がふわふわと青空にむかい………からだに新鮮な水が流れる瞬間。ありがとう!

春眠暁を覚えず

桜満開のニュース………いち早く………西新宿に住むみな子さんから「近所の円照寺さんの枝垂れ桜満開🌸」のLINEが入る………うつくしい枝垂れ桜の前でトクさんが嬉しそうに立っている写真を添えて。

春眠暁を覚えず………うっかり朝寝坊したおかげで………今日の朝の外歩きの時間を逸してしまい残念。やっと春らしい明るい日がやってきたのに………一日中ソワソワ落ち着かず………テレビのニュースは暗いことばかりが映り………心がだんだん沈んでいく。

鬱的な気分でキッチンに座っていると………ホームヘルパーのオガサワラさんが食事を作りにやってきて………歯を失った私のための刻み食を用意………「お粥さんに納豆」「刻んだ黒豆に大根おろし」「豆腐入りじゃがいもsoup」「大根の煮物」を刻んで………「苺と林檎とヨーグルト」のデザート………などなど………美味しくいただく。

さすが高貴高齢者!のヘルパーさん………鬱的気分なんて贅沢な気分に落ち込んでいる場合ではない。

明日は早起きして………今年の桜に会いに行こう!

輝かしい未来に向けて………。

天使館のオイリュトミー公演が終わって………今週末は……「笠井瑞丈×上村なおか×角田寛生の印象核増幅の結果…」チラシの文章をを読んでも………ちっとも分からないけど………三人にダンサー岡本優と中家敷南……何より期待の映像作家中瀬俊介も加わり………………何やら計画しているらしい。面白そう!

朝目覚めると………あぁまた朝が来ちゃった………とがっかりして………いつもポンコツリウマチ車から自由になって大空に飛んでいけたら………と思いつつ………やっとエンジンをかけて動き出し………キッチンに座ってテレビのニュースに心を痛めたり………中庭の杏の木に小鳥たちが飛んでくるのみながら………ゲーテ先生にくっ付いてローマに行ったり…………ゲーテとは対極の『サド侯爵の生涯』(澁澤龍彦著)に惹かれたり……壊れつつあるものと生まれくるものと………微妙なバランスを保ってノロノロ進む。
後書で「『すべてをあからさまにいう』という単純なことがいかに体制にとって恐怖すべきことであったか」と記した亡き澁澤さぁ~ん………今や「すべてをあからさまにいう」を通りこし………人間地球船はヤクザに乗っ取られ………‥宇宙を彷徨っていまぁ〜す。

「破壊と創造」………今週末にむかって………中庭の向こうの天使館で………新しい熱が渦巻いているようだ。

ノロノロでもリウマチ車は観に行こう………たのしみ!

300年前〜300年後

天使館でオイリュトミー公演「真空律霊」を三日間観た。
バルトーク作曲「コズト」から始まり………R・シュタイナー作『黄道十二宮』(笠井叡訳)のマントラ12篇(12星座分)を間に音楽のオイリュトミーを入れて………純白の天使館に………言葉とカラダと音と動きの混じりけのない空間が拡がる…………美しかった!

今朝は雨………外歩きはできない……残念。桜の様子を見に行きたかったのに………。

マルキ・ド・サド(1740〜1814) ゲーテ(1749〜1832)モーツァルト(1756〜1791) マリー・アントワネット(1755〜1793)

300年前に同じ時代を生きた人々…………ひょっとすると………ゲーテとサドはイタリアのどこかですれ違っているかも………ゲーテは光を求めて南へ南へ………サドは闇にむかって………モーツァルト遺作のオペラ「魔笛」の初演は1791年9月30日…………マリー・アントワネットはフランス革命でギロチン台へ………。

人間臭い時代だった………私のあたまのなかに夢想は拡がって……300年後人間を乗せた地球船は宇宙のどこにむかっているだろう………果たして地球船はあるだろうか?

明日こそ桜を見に行こう。

「明日の晩はいよいよローマ……」

歯を失い……視覚・聴覚・触覚………感覚器官が消滅して………頭部は蝶番が取れかかった扉のようにゆらゆらと危うげだが………何故か心は軽くなっていく。

千章さんから「第三次世界大戦???」などと言うメールをもらったり………米国の著名な経済学者がインタビューで………今日の世界状況は今までに例が無いほど危険な状態………と発言。私の物質体と社会の行方がリンクしているみたい! 私の心までリンクしませんように………。

キッチンに座って………杏の花の蜜を吸いに飛んでくる小鳥たちを愛でながら………「明日の晩はいよいよローマである。」と『イタリア紀行』のゲーテ先生のお供をして………明日はローマだ!………と先生と一緒になってワクワクする。

「私は今まで常に空想や感情を抑制して、地方地方の自由な明確な観察をなし得んがために、地質学上の並びに風土上の眼識を働かせてきたが、そうすると不思議に歴史というものが生き生きと頭に浮かんできて、すべてが見違えるようになる。………」『イタリア紀行』(相良守峯訳)より抜粋

言葉と色と。

リウマチの語源は、古代ギリシア語のrheuma(リューマ)「流れる」からきているとAIが教えてくれた。古代ギリシャの哲人ヒポクラテスは「脳から悪い液体が体内の各臓器に流れ出し、関節に溜まることで痛みが生じると考えていた」とも。
あたっている!半世紀もリウマチの体と付き合ってきた私にとって、ヒポクラテスさんの言葉は頷ける(「脳から流れ出る悪い液体」はちょっとね?)要するに「流れ」が滞るのだ。私がいつもダラダラ「…」で言葉や文をつないでいくのは、一度ながれでた言葉が滞りなく続いていきますようにと願っているからかもしれない。いつも変だなと思いつつ、きちっと「。」「、」ですっきり決めないで………曖昧だ。でも、言葉は私の体に力を与えてくれる。

久しぶりに志村ふくみ先生の文章に触れ、食べ物を食べるように……呼吸するように…………色の世界の凄さ没頭した。

色も言葉も私の体の食べ物………おかげさまで………昨日の日がな一日の鬱状態から………今日は光の方向に。

滞りなく………流れて………止まらないように………。

初心者のためのダンス オープンクラス 2026年5月~2027年5月

講師 笠井叡
振付:ベートーヴェン作曲 ピアノ変奏曲第32番の振付作品
課題:イマジネーション空間とカラダの接点におけるインプロヴィゼーションの練習

 

2026年

5月31日(日)
6月28日(日)
7月19日(日)
8月9日(日)
9月20日(日)
10月25日(日)
11月29日(日)
12月27日(日)

2027年

1月24日(日)
2月28日(日)
3月28日(日)
4月25日(日)
5月30日(日)

 

天使館
17:00~20:00

参加費 3000円

初めての方は事前にご連絡ください。

080-5530-9168

オイリュトミー初伝講座 天使館 笠井叡 2026年5月~2027年5月

オイリュトミーとは、ルドルフ・シュタイナーによって提唱された、言葉と音楽とともに動くことによって
人間の感覚器官を生命器官に、人間の生命を運動器官に変化させるメソードです。
広く身体全体に人間の内的な可能性を広げる練習です。初めての方もどうぞご参加ください。

スケジュール

2026年

5月17日(日)
6月14日(日)
7月12日(日)
8月16日(日)
9月13日(日)
10月18日(日)
11月22日(日)
12月20日(日)

2027年

1月17日(日)
2月21日(日)
3月21日(日)
4月18日(日)
5月16日(日)

 

時間  18時~21時

場所  天使館 国分寺市西元町3-27-9(JR 国分寺駅南口下車徒歩20分)

電話  042-307-9758

参加費 1回5000円

初めてのご参加の方は、事前にご連絡をくださいますよう。

『金鱗の鰓を取り置く術』WS 2026年5月~2027年5月 講師 笠井叡

「金鱗の鰓を取り置く術」とは、カラダ、コトバ、声、天体と四季、
この四つの領域に共通して存在している「天火水地」の法則を、
天津神算木という道具を通して、体験的に学ぶ時間です。
初めての方もどうぞご参加ください。

2026年

5月16日(土)
6月13日(土)
7月11日(土)
8月15日(土)
9月12日(土)
10月17日(土)
11月21日(土)
12月19日(土)

2027年

1月16日(土)
2月20(土)
3月20日(土)
4月17日(土)
5月15日(土)

時間:午後18時から21時まで。

場所:国分寺天使館

参加費:3000円

優しい時間

キッチンからガラス戸を通してみると、中庭は春の陽光に溢れている。暖かそう………でも外の空気は冷たい。

「先ごろ仕舞った毛糸を取り出して また編もうかな 寒の戻りの昼下がり」ひさこ

昨年の春「お風呂の給湯器の消費期限がもう疾うに切れてます」と年に一回の定期検診でいわれたので、今年こそ交換しようと、今日工事の人に来てもらい新しい給湯器を取り付けた。マニアル本にある細かい説明は私の理解を超えているが…………ともかく…………この先10年は大丈夫らしい…………果して10年先の私は?

今日は東日本大震災から15年。あの日の昼下がり…………私は立川駅で各駅停車で国分寺に向かっていた。丁度西国に着いて電車の扉が開いた時…………荒波に揺れる船のように電車が左右に揺れ…………。あの時、立川で発車を待って停まっていた後発の特快に乗った人たちは………国立と西国の間で電車から降ろされて………線路に沿って歩いたと後で知って………各駅を選んで幸運だった!と思った。果たして私が線路上を歩くことができるだろうか?

杏の木から離れてある木瓜に真っ赤な花が咲いている………「あら、気が付かなかったの?久子さん もうとっくに咲いていましたよ。ほらコマドリが蜜を吸いに飛んできた」とヘルパーの小笠原さん。首を伸ばしてみるとつがいの小鳥が……チュチュと……花から花に渡っていく………可愛いわねぇ………としばらく二人して見惚れ………優しい時間。

わたしの思い込み

ついに2本残っている歯(残っていると言っても2本とも差し歯で自分の歯ではない)の一本がグラグラに………困ったな………訪問歯科医の先生に電話すると……インフルエンザに罹ってしまい………金曜日に診にきてくれることになった。火・水・木と3日間わたしの体の内側は………ピラネージ「幻想の牢獄」を想わせるな………などと自分に言い聞かせる。

昨夜いただいたミモザのプチ花束を………四角い小さなガラス瓶に入れて………机の上に置き眺めていると…………不思議に心が晴れる………そういえば昨日は「国際女性デー」ミモザはそのシンボルの花………ミモザの黄色はちょっと独特な感じがして魅力的。美しい黄色の内に深い緑が流れているかのようにみえる………。

食事介助の山内さんが「入れ歯が入れられない!それは困ったわね」と言いながら………冷蔵庫をのぞいて………たまご粥、かぼちゃスープ、りんごのすりおろし………などなどグラグラの歯でも食べられる(飲める)食事を作ってくれる………嬉しい。ありがとう!

気分も軽くなり………ゲーテの『若きウェルテルの悩み』Insel Verlag版のドイツ語を音読する。音読すると言っても………気道が半分で喉が落ち込んでいるので………声を外に出すのは難しい………ほとんどモゴモゴと口を動かすだけだけど。いつも最初の頁だけを繰り返して読む。

声を出して読むとゲーテの言葉一つ一つがわたしの体を生き生きとさせてくれる………意味は理解しなくてもいいと思っている。

ミモザの花の色に惹かれるように………ゲーテのドイツ語には不思議な力がある………とわたしの思い込み?

春のお告げ

晴れ。9時前に外に出る………おぉ寒む………北風………東側の家の間から明るい光が差し込むが……車椅子のハンドグリップを握る私のふにゃふにゃの手は一向温まらない。めげずに歩こう。ほぼ1時間ほどの朝歩きの後………冷え切ったフラフラのリウマチ車を…………暖かいキッチンまで運んでストップ。
ホッと一息………温めたミルクを飲みながら中庭を眺めると………隅の方で小さなラッパ水仙が小学一年生のように肩を寄せ合って整列しているのを発見!………桃色の杏の蕾がほころびだして…………。

「吹く風も肌寒く、春はどこかで戸惑っているかと思われる頃、日頃は手入れも怠っている畑の花壇に、何気なく目をやると、枯葉がこんもり盛り上がっている。おやっ、と思って枯葉をはらうと、そこにみっちり、十センチほどにのびたひとりしずかの群れがあらわれた。濃い緑色の葉がまだ濡れているようにピカピカ光って、白い花穂も初々しい。思わず「ほぉっ」と声をあげてしまった。まさにはるのお告げ。」
                                 志村ふくみ『母なる色』からの抜粋

杏の木

ホームヘルパーのトミサキさんが………中庭を見て「杏の花芽が膨らんできましたね」と教えてくれた。目を凝らしてみると………ホントだ……枝先の節々が小さく膨らんでいる。オイリュトミーシューレ天使館の第1期生が………四年間の課程を終え………10センチにも満たない杏の苗木を中庭に植えて………卒業して行った。あれからかれこれ四半世紀………杏の木はどんどん成長し………7年目にやっと花が咲き(人々から少しも顧みられずひたすら耐え抜いて)………以来………毎年春になるとピンクの花が咲き………風が吹くと花吹雪が舞う光景を………キッチンから眺めるという贅沢を味わっている。花が終わると「あれ アプリコットだ!」………洗濯干し場のコンクリートの上に熟し切ったオレンジ色の実が潰れて落ちる。麗しの5月になると………若葉が一斉に萌えいで………暑い夏に向かう。葉の繁茂した杏の木は………鳥たちの格好の休憩所だったのに………近頃は一向鳥の姿が見えない。

テレビで……イランからトルコに来る人………イランに行く人……みんな緊迫した顔をしている……イランの街にミサイルが落ちる映像が映る………地続きの国境の出入り口………いつまでも出入り自由であってほしい。

今朝も1時間ほど外歩きした………「春は名のみ〜」風が冷たかった………明日も歩けるかな………。

花冷え

花冷え……おお寒い………今日は………桃の節句………そういえば………叡と結婚した日………忘れてた! 58回目?

記念写真を取り出してみる。大野一雄先生、ちえ夫人、澁澤龍彦さん、矢川澄子さん、土方巽さん、吉岡実さん、加藤 郁乎さん、森谷均さん………疾うに鬼籍に入られている………お懐かしい方々のお顔を眺めて………彼方の世界も悪くないな………などと夢見ながら………寒い一日……ゲーテ先生の『イタリア紀行』のお供をする。

今日はヴェロナまで。
「古人の墓から吹いてくる風は、薔薇の咲く丘でも越えて来たように馥郁とただよっている。どの墓標もしんみりと心にせまり、いつも生気をつけてくれる。」(相良守峯訳)

あぁ、中庭に葉を重ねて………もっこりしたクリスマスローズに………いつのまにか真っ白な花が咲いている………うつむいて、恥ずかしげに………冷たい雨に打たれている。

ゲーテ先生のお供をして………。

一人で自由に出かけられないので、再びゲーテの『イタリア紀行』(相良守峯訳)を読みながら、ゲーテ先生のお供をしてイタリア旅行に出かけよう。何度読んでも面白く、読むごとにイメージが広がって深くなる。

今日は、ブレンナー峠を越えてトルポーレまでやってきた。さすがゲーテ先生の観察は、土地の人間に、生活に、言葉に、気候、風景、空気、鉱物、植物………多岐にわたっている。
以下、未知の土地トルポーレを逍遥しながら、ゲーテ先生が感じたこと、あれこれ。

❶トルポーレの家々の戸には錠前がない。窓はガラス板のかわりに油紙が張ってある。
❷「番頭に用を足すべき場所がないのかと尋ねたところ、下の中庭を指差した(あそこでおやり下さい!)私は尋ねた、(どこだい?)(どこでもお気に召した所で!)と彼は愛想よく答えた。」
❸「極度の暢気さがあまねく漲っているが………なかなか活気があり、勤勉………。」
❹「………女同士は、一日駄弁ったりわめいたりしていながら、みんな一緒になって何か仕事をするか、用事を足すかして………のラクをしている女を見かけたことがない」
❺最後に、鱒をご馳走になったゲーテ先生は言った「しかし私にとって、ほんとうの珍味は果物である。無花果、それから梨である。梨は、レモンが成長しているあたりまで行ったら、さだめし美味しいことだろうと思う」

ゲーテの時代(18世紀末)と今日の混沌とした情報社会とは隔世の感があるものの、『イタリア紀行』を読むと「本でも絵でも与えてくれない自分の感覚的印象」を大切にするゲーテは、私にとって励ましと、今を生きる勇気を与えてくれる。       

真貴子さんから仁美さんにバトンタッチ

昨夜遅く………三日間の名古屋オイリュトミー講座を終えて………無事に国分寺に着いた。
今日は、なんと暖かく陽射したっぷり 春の陽気か!外歩き最適とはいえ………さすがにグッタリとくたびれて………外を歩こうと思わない。

名古屋オイリュトミー講座の事務局を18年の間一手に引き受け続けてこられた中村眞貴子さんが、講座参加者たちの文章を制作編集し本の形に纏められた『名古屋に集った星々 2025』名古屋オイリュトミー研究会ー をキッチンでゆっくり拝読する。

あっという間に過ぎ去った18年の時間………参加した方々の思いは「ことば」にすると、ずっしり重く、豊かで、生き生きしている。時間の集積は目には見えないけど、確実に「カラダ」に、「魂」に、「チカラ」をあたえてきたのが読み取れる。凄いことだ!

18年間を縁の下で支えてこられた中村さんに、WS参加者の方々は感謝してあまりあるにちがいない。
ありがとう 真紀子さん!

さてこれからが問題。これから先はどうなるの?たった年に2回(3日間)のオイリュトミーの稽古で…‥…みんなそれぞれの「カラダ」に「ことば」にオイリュトミーの芽が出てきたのに…………花が開くまでもうひと息………新しい道案内人(原仁美さん)にバトンタッチすることになったので……あぁよかった!

昨日、みんなが支え合って初めての講座事務を乗り切り………笑顔の原さん。明るく、美しい!

帝国ホテルから名古屋まで………。

19日、叡が「第34回全税共 人と地域の文化賞」をいただき……その授賞式とお祝いのパーティーが帝国ホテルで行われ………その後の新幹線に乗ったので………昨夜遅く名古屋のホテル・ハミルトン・レッドの着いた。
今日から三日間名古屋オイリュトミー講座だ。講座の新しい窓口・原仁美さんが帝国ホテルから名古屋まで(帰りもまた)………私をケアしてくださるので本当に助かった………ありがとう!

ドイツから帰国してから……笠井叡名古屋オイリュトミー講座は年2回or3回続いている。今回何回目になるかしら? 参加する人たちも…‥仙台、新潟、京都、松江、東京から………さまざまな方面から呼吸するように集まってくる。

今回、えっ、帝国ホテルから!………着ていくものは?………お食事は?………少々不安、緊張だったけど………ゆっくり呼吸して体を整え………名古屋まで来ることができた………嬉しい! 

今、みんなに会えるのを楽しみにしながら……ホテルの部屋でiPadに向かっている。

またイタリアに行きたいな!

春になると広い草地が一面黄色に変わり………時が過ぎると………白い綿毛がふわふわと青空に向かって飛んでいく………朝の外歩きで楽しみだった一画が………すっかり整地され………杭が打たれ縄が張られ………人が入れないようになっていた。やがて新しい家が立ち並ぶのだろう。分バスの発着所の横の枝垂れ梅(桃かな?)が満開だったのに今日気がついた………でもいつもの小鳥の鳴き声は今日も聞こえない。さみしい…‥悲しい!
一時間10分の朝の外歩き終了………「よく歩いたね」と相変わらず自画自賛する。

家の中では………片方の蝶番が外れてゆらゆら揺れる扉のように………微妙なバランスをとって階下の居間(+私の寝室)をふらふらと歩く………2階の書斎にこもっているあきらを呼ぶときは………ヴァルドルフ学校で子どもたち使っていたペンタトーニックの木の笛を吹く(首の湾曲が進み声が出なくなってきたので)………耳も遠くなってきた………目も霞んできた………新車ではないので当たり前………81歳になるまで戦争体験をしないで生きてこられたのは(地球上のあちこちで戦争・紛争は絶えずあったのに)日本の平和憲法のおかげ……と思っている。

大好きなイタリアにまた行きたいな………その時のためにゲーテの『イタリア紀行』を読み始める(二度目)。

『とどめの一撃』ユルスナール

今日は春を思わせるような1日。朝食前に外歩き……真っ黒な桜の裸木が灰色に膨らんで見える樹々………史跡公園を巡って……分バスの発着所でいつも聞く小鳥たちのしゃべり……今日は聞こえない………カラスの声も……どこにいったの………春が来るというのに!

自分がだんだんノロマになっていく………恐ろしいな………‥と思いながらも………気がつくと………暖かいキッチンでこっくりこっくり。
私の仕事は洗濯物を畳むこと。これが私にとってはおお仕事。ねじくれた指先が言うことを聞いてくれない。でもピタッとたためると気持ちがいい………けど時間がかかる。

夕方、叡のオイリュトミー講座に参加する千章さんが………サツマイモを買ってきてくれた。話はもっぱら高市早苗のこと。女性学の彼女からみると………男性社会で抑圧され続けてきた女性が首相という権力を手にした姿だ………と言う。

夜、天使館で講座が始まった。居眠りする前に少しでも本を読もう……昨日読み終えたユルスナールの『とどめの一撃』をもう一度。反ボルシェヴィキ闘争のバルト海沿岸地方のリヴォニアでの話。作者はこの本が書かれたのは「人間ドキュメントとしての価値………のゆえでこそあれ、決して政治ドキュメントとしての価値」ゆえ」ではないと明言している。
二度続けて読むことで………ややこしい(私にとっては)話がより透明に広く深く浮かび上がってきて…‥頭がスッキリした。

嬉しい瞬間!

キッチンの小窓から覗くと お隣さんの白梅が満開。
広い庭一面に 早春の明るい陽が差している。

府中街道沿いの デニーズまで行って 
人々の間に………身をおきたいな
会話が行き交う 声のざわめき 
ナイフやホークが食器に触れる……微かな音・音・音
若い二人の……愉しげなお喋り
中年男性三人のボソボソ話……商談かな?
若いお母さんたちのグループが………元気いっぱいビールで乾杯!
お父さんが……幼子を連れてトイレに急ぐ………お母さんは携帯に夢中
店内を忙しげにクルクルまわる………定員さんの足音

大きなガラス窓から 武蔵野線の電車が走り去るのが見えた。
ほっと体から意識がぬける瞬間………嬉しい瞬間!

空に住む人・濱地弘子さんの詩

「は〜るよ来い は〜やく来い あ〜るきはじめたみよちゃんが………」の頃なのに……何となく憂鬱な日が続く………さぁさぁ元気を出してヒサコサン………扉を開けて歩きだせ……と50分ほど冷たい風のなかを車椅子につかまり……叡の監視付き{?)で外歩き。

冷蔵庫のなかに………リンゴ・大根のすりおろし・柚子の細切れ(柚子茶用)・甘藷(お腹にいい)などなどが入ったタッパーが並んでいる。食事介助のヘルパーさんたちが………歯を失った私のために作り置きしてくれたもの……なんと温かいこと………ありがとう! 

キッチンに座って………これもやりたい………あれもやりたい………と思いながらも………何もできない。
気がつくと………薄闇に消えていく中庭の杏の木のなかに入り込み………木の温もりに包まれて……うとうとしている私がいる。

3年前、癌の闘病から解放されて他界された草木染めの染織家・濱地弘子さんの詩集を、お嬢さんの真美さんからいただいた。

 「みのってしまった事がらのうえに
 
  ふりそそいでいる光

  穂波と風のすれあうあたり

  もう光と 区別がつかない

  ことがらが とけていく

  ことがらが とけていく」

『空のいちにち』  二〇二五年十二月十二日発行

詩・挿絵  濱地弘子
装丁    穐月 萌
発行者   家族のみんな

ゲーテ『イタリア紀行』また読みたいな………。

昨日の雪の日「国を二分する」と謳った衆議院選挙もあっという間に終わリ、今日の朝は、真っ白に覆われた中庭に明るい光が差し込んみキラキラ輝いている。杏も紫陽花も百日紅も椿………葉っぱの上にぽっこり白い帽子をのせて………久しぶりに潤いにうれしそう………早速、朝の外歩きに出る。おお寒い!雪の草地を通って吹いてくる風は冷たい………でも、歩けた……これで今日がはじめられる。

サド侯爵は1740生まれ………ゲーテは1749年生まれ………闇と光………同じ時代に同じヨーロッパで生きた二人の文学者………おもしろそう!ゲーテの『イタリア紀行』をまた読みたくなった。

フランス革命前後………モーツアルト、マリーアントワネット……ペテン師カリオストロみたいな人物が生きていた時代。なんといっても興味を惹くのは………1814年74歳で亡くなるサドの最後の恋の相手が56歳の年齢差のある少女(『サド侯爵の生涯』によると死の直前まで恋人同士だったという)………一方ゲーテはどうか!ゲーテ74歳の時………19歳の少女に熱烈に求婚したが叶わず………有名な悲恋の詩「マリーエンバードの悲歌」が生まれた。

世紀を重ねても、今日とさほど変わらない人間存在だけど………「言葉」はどんどん冷えてくる……おそろしい!

『サド公爵の生涯』読んで…‥。

澁澤龍彦著『サド侯爵の生涯』を読みおわる。読後感¿ 何と言えばいいのかな………81歳になった今、読んでよかった………。文庫版後書によると………この本は「昭和39年に上梓された桃源社版サド選集の別巻として」澁澤さんが書き下ろしたものとある。
叡と二人で鎌倉に初めて澁澤邸を訪ねた頃だ………まだ30代半ばの澁澤さんは『悪徳の栄え』の翻訳者であり「サド裁判」の被告人。原稿書きに忙しい澁澤さんは………突然訪ねた二十代そこそこの私たちの無作法をやさしく受け入れてくれた。パソコンも携帯もAIもなかった時代……時間はゆっくり進んでいた………。

澁澤さんは『サド侯爵の生涯』の最後に「『すべてをあからさまにいう』という単純なことが、いかに体制にとって恐怖すべきことであったかは、サドの数々の受難の歴史を振り返ってみれば一目瞭然であろう。すなわち、王の体制下では、サドは風俗壊乱罪………革命政権のもとでは穏健主義者………執政政治および第一帝政下では精神病院に閉じ込められるべき狂人………自分のみに禍が降りかかってこないような文章を、サドは1行も書かなかったのである。………」と書いている。

夜になって……雪が降ってきたらしい………外は静か………明日は衆議院選挙の日。

1月も今日でお終い。

明日はもう二月………「春近し」というのに気持ちがザワザワと落ち着かない。早春のひかりの風に揺らいでいる南天の実………直ぐそこにあるのを………確かめにいきたいけど………ベランダに降りる自信はない………。

今日は寝坊したので外歩きなし(少し残念)。11時にダンサーの森下真樹チャンが稽古に訪れ……叡稽古場へ。
さて、ゆっくりとポンコツリウマチ車を始動させなくては………と思うものの………なかなかエンジンがかからない………重ねて置いてある読みかけの新聞(数日前からの)をガサゴソと開くと………痛ましい記事ばかりが目に飛び込んでくる。菊池事件のこと、小学生の自殺、トー横たむろする少年少女を一斉検挙する、歌舞伎町のホストに多額のお金を失った女性。
歌舞伎町もトー横(当時は噴水広場だった)も………私の育った街………懐かしい………いってみたいな。

戦後間もない日本の復興期………歌舞伎町は夜の歓楽街、赤線青線地帯、ヤクザの町………でも、子どもたちは子どもたち、大人たちは大人たち………子どもたちは、毎日道路で石けりや縄跳びや鬼ごっこやけん玉で遊び………時々空き地に紙芝居屋さんが来てみんな立ちんぼで紙芝居をみると………おじさんがつくる綿飴を食べ………いよいよ歌舞伎町が夜の街に変身し大人たちの出番がはじまる頃……みんなと「さよなら」して家路についた。
こわい街、危ない街、でも人情がある街………子どもたちに「「死」という言葉はなかった。みんな生きていた。
さあ、ヒサコサン………懐かしんでばかりいないで………オンボロ車を少しでも前進させよう…‥明日のために!

三島由紀夫『サド侯爵夫人』

昨夜、大雪の金沢から無事にミツとなおかは帰宅できたようだ。今朝早く、叡は京都へ………大寒波襲来というのに私の周りは目がまわるように忙しい………私だけ暖かいキッチンでぬくぬくと座って甘酒を呑みながら………南天の実や杏の芽を啄みにくる番の雉鳩を眺めて………風は冷たいけど光のなかには春の気配がある………なんて……何と贅沢なヒサコサン!

みな子さんが、宮本亜門演出の三島由紀夫の『サド侯爵夫人』を新宿のサザンシアターに観に行ってきた、とメイルをくれた。オール男性キャスト……面白そう! 観たいな……でも一人ではいけない………残念無念。
大学時代………初演の『サド侯爵夫人』を………新宿東口の出来たての紀伊国屋劇場で観た。ルネ夫人・丹阿弥谷津子 モントルイユ夫人・南美江 アンヌ・村松英子………ルネ夫人の最後の一言には………学生だった私はびっくり仰天………当時 文学座のファンクラブ会員だった私はますます芝居に夢中になる………懐かしい!

ルネ夫人の最後の一言について………ユルスナールは書いている。
「いったい何が起こったのか。かつて牢獄の暗がりで対面していた夫のなかに、理想的な悪の化身を認めて愛していたサド侯爵夫人は、このだらしなく肥った男にむしろ嫌悪を感じたのか。それとも………修道院に引きこもって、遠くから夫のために祈っているほうが賢明だと考えたのだろうか。むろん、………夫の救いのために祈るのではなく、神に負わせられた呪われた創造主の人生を歩んでいくために祈るのである。それとも………、もはや格子によって隔てられていない夫に会うのが怖かったのだろうか。謎は以前よりもさらに深まって、サド公爵夫人の上に立ちこめるのである。」「三島由紀夫あるいは空虚のヴィジョン」(澁澤龍彦訳)より抜粋

三島由紀夫は澁澤龍彦の『サド公爵の生涯』を読んで、この一言の謎から『サド侯爵夫人』という戯曲を生み出したという。
私は今………我が家の本棚に並んでいる澁澤龍彦『サド侯爵の生涯』を取りだして………キッチンに座ってはまっている。

スズメさんたち……どこに消えたの?

近頃、雑草だらけの我が中庭にスズメがとんと来てくれなくなった……ワタシがオコメを撒いてやらないからかしら?………常連のハトもカラスもシジュウカラも来てくれない………なぜ? 

ヒサコの「水平日記」をみると…………

2022年
4月15日
ついに
自分のカラダを
自分で支えられなくなった。
予定されていたこと。
私の世界が反転したのです。

水平の私 が 鏡に映る 
垂直の私 を 見る

私のねぐら(my nest)から
すずめたちが 電線に並んで
何やら お喋りしている
のがみえる………瞼を閉じると……からだがスズメのお喋りを聞いている。

「あの人 ついに 水平になっちゃた」
「よく、カ-トを押して、歩いていたね」
「首が曲がって、自分の足元だけ見ながらね」
「そうそう 路傍に咲いている小さな花にあいさつしたりして」
………

すずめさん すずめさん
わたしも仲間に入れてくださいな。………

寝室を階下に移して、かれこれ4年。当時はベットから窓ガラスを通して………斜め前方の上の方に見える電線に………一列になって止まっているスズメたちを眺めながら………ベット上でiPadに「水平日記」を入力していた。3ヶ月の寝たきり状態から………懸命に努力して(自分でもよくやった!と思う)どうにか起き上がれるまでになった。その時、久しぶりに雑草だらけの中庭にスズメたち、キジバト、シジュウカラ、カラスが飛んできて、何やら啄んでは飛び去るのを目にした。その時の感動、喜びは忘れられない。私も鳥たちもいっしょに生きている!

今朝、冷たい風の中を「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」を唱えながら集中して歩いていると………介助役の叡が「鳥が一羽もいない!」と呟いた。えっ………ほんとだ………いつものように鳥の鳴き声がわたしの耳に響いてこない………
何処に消えてしまったの?

聴覚が衰えた私の耳でも……目には見えない鳥の鳴き声を………私の体は捉えることができる。
地球上に鳥の鳴き声が響かなくなる⁉︎………恐ろしい。

中上健次と出会う

名前だけは知っていて………81歳になるまで読んだことのなかった中上健次の小説にハマってしまった。1946年に生まれ1992年に死亡。若かりし頃の私と同時代に生きていた作家。今頃になって出会うとは!
今「中上健次短編集」(岩波書店)の『十九歳の地図』を読み返している。如何してこんなに………何に惹かれるのだろう………直球で言葉が私のからだにどんどん入ってくる………考える隙を与えてくれない……穢土と浄土が混ぜこぜになったような球が………私をめがけて投げてくる………あたると痛いけど………何故か温かく懐かしさが残る………不思議な小説。

ますますのめり込んでいく………。

iPhoneのupgrade

私の持つiPhoneに………たびたび「upgrade せよ」との命令(指令)?が来るので………upgrade してしまい……すればシステムの機能が向上し………使い勝手が良くなるのかと思ったら………大間違い………大失敗!
もともと今のiPhone購入時にauの人が全てsetupしてくれて………どうにか自分の必要な機能だけは使えるようになったけど………全て人任せで………iPhoneの機能について私はよく分かっていない。

自分の物質体が………もはやdowngradeしつつあるのに………it機器のupgradeは必要なし………とは思うものの………買い物も銀行も手紙も電話も読書も………何から何まで座ってできるのでとても助かる私の味方とも言えるけど………でも一つ間違えると灰色の迷宮にポツンと1人で迷い込んだようで薄ら寒い…………あぁ嫌だ……このアンビバレンツ!………誰か助けてぇ〜………とまた人を頼りにしなければない。

外をマイクで「高市政権は………」と言いながら車が通り過ぎた。あれ、もう選挙運動?………否、夕刻高市首相が解散総選挙を発表したらしい。

お隣さんの白梅が咲き始め………我が家の庭には雉鳩が南天の実を啄みにくる………今日は春のように暖かな一日………春に向かって………自然はゆっくり刻を刻み………世界はどんどん荒れ模様………さてどうなることやら………朝の外歩きだけは続けよう

言葉とカラダ

今月の9日、思潮社の「現代詩手帖」の元編集長だった桑原茂夫さんが八十二歳で旅立たれたことを知った。
叡と同い年…………淋しい!
桑原さんのおかげで………叡が20代半ばに書き始めた「受肉と位階制度のための宇宙論」が「現代詩手帖」に連載され………後に『天使論』(現代思潮社)として………叡の初めての著作が上梓された。1968年から70年ごろのこと………世の中は安保闘争、学生運動で熱気の坩堝状態…………それ横目において………ひたすら書き物に向かう叡の姿が懐かしく目に浮かんできた。

先日のテルプシコールの叡のソロ公演「詩的創造と破壊としての地球」に………叡の最初の舞踏のお弟子さん・岩切久美子さんが観に来てくださった………何年振りかしら?………五十数年前の彼女の来訪が………我が家の庭に稽古場を手作りで建てるきっかけをつくってくれ………稽古場「天使館」(旧)が設立された。

あまりにも懐かしく久しぶりの再会が嬉しく…………五十数年前に………何がきっかけで国分寺を訪ねられたの?………と尋ねると………当時の「現代詩手帖」を読み………編集部に電話をして住所を教えて貰った……と話してくれた。

言葉とカラダ………。

お腹が空くと人格が変わる………!

「ヒサコサンはお腹が空くと人格が変わるネ」と周りの人たちが言っている………(そうかなぁ〜そんなことはない!)………と私は内心そうは思わない………でも、案外自分のことはわからない。

視覚・聴覚・味覚・触覚………私の身体の感覚機能・運動機能はだんだんと失われていく………‥かなしい!
歯を失ってから………生きる楽しみの三分の一は消えた。今年のお正月は………お雑煮なし・磯部焼きなし・田作りなし・椎茸・黒豆………栗きんとんはまだしも………紅白のなます(母のなますは格別だった!)………無い無い尽くしのお正月だった…………かなしいなぁ〜。

叡のお母さん・君子さんは朝食にパンとミルク、ヴルスト(ソーセージ)などなど………しっかりタンパク質を体に蓄え………よほどの悪天候でない限り一日一回は………自分のオルガンのお稽古が終わると………帽子をかぶってカートを押し外歩き………この世とお別れするまで前を向いて生きていた。すごい!見習わねば………空の彼方からこちらを見ていてくださいね。こちらは混沌として曇り空。私の人格が変わるなんてまだしもです。

ガザの市民の人たち、幼い子どもたちに………食べ物を与えず命を奪っていく………飢餓殺人………いつ迄?

戦争に抗うにはアートしかない!

お年賀状をいただいた方に礼状も書かないまま………一日一日が………あれよあれよ……と飛んでいってしまう。実は、サボテン指で字を書くのが大層大変で………心のなかで「ごめんなさい」と勝手に決め込んみ………いただいた数々の賀状を読みながら………明るい年でありますように………と祈っている。

今朝の外歩きは………久しぶりに家を出てから家に着くまで完歩できた。所要時間1時間。明日はこの続き……とはいかないだろう………また、新たな意思と力を自分の内から生み出さなければ………「老いていく体」とはこういうことなんだ………と納得する………いつまで同じ距離を歩くことができるだろうか?

千章さんがYouTubeの情報を送ってくれた。岡真里さんの「蛮行に抗うパレスチナのアート」2時間近くの岡真里の話に耳を傾けたり………新聞でアメリカとヴェネゼエラ問題を読んでいると………ヘルパーのオガサワラさんが食事を作りに来てくれた………「この贅沢・幸いに感謝せよ。ヒサコサン!」と誰かに頭を小突かれる。

言葉を紡ぎ出し、色遊びしよう………明日も歩こう…………。

『詩的創造と破壊としての地球』

テルプシコール45周年記念『笠井叡ポスト舞踏公演』ー詩的創造と破壊としての地球ー (2026年1/5〜7)
も無事に終わり、今朝は7日ぶりに外歩き………歩けるかな?………と内心少々不安があったけど………冬の午前の暖かい日差しに包まれると………足が喜んで前に進んでいく………よかった!と思いながらも足の筋肉の衰えを感じ要注意 転倒は瞬時に起こる………頭の中を空っぽにして………南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏を唱えると………肩の力が、スゥーと抜けて………カラダがラクになる………50分ほど歩いて………我らのレストラン「デニーズ」でゆっくりお疲れ様の「モーニング」を摂る。

舞踏公演には懐かしい方々が観に来てくださり…………うれしい新しい年の始まりなのに………今日は何となく心がざわつく。新年3日にアメリカ軍のヴェネゼエラ攻撃………大変な状況をニュース、新聞、facebookで知る。
「詩的創造と破壊としての地球」………カラダは壊れていくけど………にっこり笑ってボチボチと歩いていこう。

お正月

あきらの年越稽古………国分寺寺の八幡さまをお詣りして………新年明けて午前2時床についた。
目覚めると………千章さんから2026年の初メール「 身体は老いても、スピリットは天翔るように!」
チョコレートケーキ・温泉たまご………諸々持って午後来てくれるという………新年早々嬉しいな!

初朝の外歩き………雲一つない真っ青な冬空………冷たい空気………史跡公園から府中街道に出てデニーズまで………45分完歩。元日の朝をファミレスでモーニングとは………81歳の初体験………結構 楽しい!

昼下がり………千章さん両手にビニール袋を下げて来訪………持ってきた桑茶を淹れて………あきらも加わりお喋り。フェミニストの千章さんの話題は………伊藤詩織さんのドキュメント映画から………ジェンダー・パレスチナ問題・セクハラ・人権差別問題と多岐にわたる………聞いているだけで世界が広がるのでありがたい。

映画の話の流れで………トルーマン・カポーティーの『冷血』のdvdを三人で鑑賞することになる。
カンザス州の寒々とした風景………ポツンと建つ白い一軒家………一家四人の惨殺事件(1970年ごろ)の話。

新年早々重たい話だね………と三人でホォと桑茶でひと息。

1月5日、6日、7日と中野のテルプシコール45周記念「笠井叡ポスト舞踏公演」ー詩的創造と破壊としての地球ー…………叡のソロ公演…………まだまだ踊り子生活は続く………。

「目覚むれば 新しい年 ここにあり」………。

萩原朔太郎『悲しい新宿』を読んで………。

戦後の新宿歌舞伎町に出来た「喫茶王城」(名前のとおり大型の喫茶店だった)が今は各階の空間を利用してイベントやダンスの公演などの文化交流の場となっている、と土方巽アーカイブの森下隆さんからきいた。もう久しく新宿に行っていない。歌舞伎町もさぞかし変わっただろうな。懐かしいぃ〜。
家族で新宿区西大久保に引越したのは、1951年の秋のこと。直ぐに私は大久保小学校の一年生に編入する。当時は今の新宿区役所も建っておらず、後に区役所通りとなる我が家の前の道は石ころだらけの道だった。引っ越した家から出て左に坂を下ると歌舞伎町内になり、1956年に施行された売春防止法までは赤線地帯で、その後も非合法で売春が行われていた青線地帯。家を出て右にまっすぐに行くと大久保小学校があった。

萩原朔太郎『悲しい新宿』というエッセイが青空文庫にあった!

「世田谷へ移つてから、新宿へ出る機會が多くなつた。新宿を初めて見た時、田圃の中に建設された、一夜作りの大都會を見るやうな氣がした。周圍は眞闇の田舍道で、田圃の中に蛙が鳴いてる。そんな荒寥とした曠野の中に、五階七階のビルヂングがそびえ立つて、悲しい田舍の花火のやうに、赤や青やのネオンサインが點つて居る。さうして眞黒の群衆が、何十萬とも數知れずに押し合ひながら、お玉杓子のやうに行列して居る。悲しい市街の風景である。」(冒頭の文章から)

朔太郎の『小泉八雲の家庭生活』も読み……おもしろい!
小泉八雲は、最晩年の二年間を新宿区の大久保小学校に隣接する屋敷で暮らし、大久保小学校の生徒に長いこと英語を教えていたという。ということは、小学生の私は毎日ラフカディオ・ヘルン(朔太郎の表記)の家の前をとおり学校に通っていたのだ。現在は、此処が八雲の終の住処だ、という立派な碑があるらしい。私が通っていた頃にはなかったけど。
今日の歌舞伎町………大久保小学校界隈はどんなだろう………想像もつかない。また行けるかしら? 続きを読む “萩原朔太郎『悲しい新宿』を読んで………。”

冷たい朝の始まり………師走の………。

今朝は殊更冷たい………身体の動きが鈍くて重くて悲しくて………ソンナコトデ ナキベソカクナ!………南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏…………さあ、頭を空っぽにして………口の中でモグモグ唱えて歩いていくと………身体の重さ消えてくる………不思議!………横目で道端の霜柱を見………頭上でカラスたちが会話しているのを聴き………一瞬のつむじ風に………肩を硬くし…………アブナイ………身体の力を抜いて息をはいて………からだの支点を下ろし………ただひたすら歩く………歩く………が、悔しいことに………天平の道の途中でgive upすると………途端に身体が重たくなり………車椅子にドタンと倒れ込み………叡に押してもらい………七重塔跡の凸凹道をいくと………ミツタケの車に出会う……なおかと一緒に彼女の実家・金沢に向かうところだという………「行ってらっしゃ〜い!雪道にくれぐれも気をつけてねぇ〜」と大声で言う。

このように今日という日が始まった………明日はどのように始まるだろう………わからない…………。

あと三日で大晦

イヴとクリスマスの二日間の天使館での公演『三島由紀夫を踊る』も無事終わった。ミツタケとなおかが企画構成、制作、音響照明………他スタッフ二人で諸々のことを準備し………出演者はミツタケ・なおか・叡に加えて久子サン!。クリスマスは寒雨………その上、開演時刻迫るなか国分寺駅で人身事故勃発………中央線が遅延………いろいろあったが………真っ白な天使館の空間に30数名の方が観に来てくださった………ありがとう。

今年は戦後80年……三島由紀夫没後55年………私が叡に出会ってから60数年………天使館創立半世紀………土方巽・澁澤龍彦・高橋巖・石井恭二あと3年で生誕100年………大野一雄・慶人も元藤燁子も白石かずこも中嶋夏も唐十郎も嵐山光三郎も………みんな彼方の世界に逝っちゃった…………さみしいなぁ。

もうすぐ大晦。叡82歳・久子81歳………新しい年も此方にいる限り踊るしかない。
気がつくと消えた先達友人たちを思い出して過ごす今年の暮れ。

私のトイレ図書館

 冬の薄陽を背に受けて 前を行く我が身の影と語りつつ 車椅子を押して歩く 今日は冬至

2025年の岩波の小冊子『図書』は、表紙・染色家志村ふくみの「裂」の写真、裏表紙「表紙に寄せて」12人の詩人による詩のコラボレーションだった。毎月送られてくるのを楽しみにしていた。判型も厚さも重さも私のサボテン指に適っていた。今は12冊揃って、私の安住の一番の場所トイレ!(失礼かしら?)の棚に置いてある。ー
今日は10月号を読んだ。小泉八雲についてのエッセイなど。小泉八雲の晩年の六年間(1903年亡くなる年まで)は新宿区西大久保の大久保小学校の子どもたちの先生だった。大久保小学校は私の母校………まだコマ劇場も新宿区役所もなかった戦後間もない頃、石ころだらけの道を真っ直ぐに大久保小学校に通った。その頃は八雲最晩年を示す碑はなかったな………今は立派な碑があるようだ………もう何年も新宿に行っていないあぁ〜………私の子どもの頃の今頃は、花園神社のお酉様から始まって、クリスマスまでジングルベルが街中に響いてキラキラ熱気が渦巻いていたけど………私の住む西大久保から大久保小学校の方は深い闇に包まれて静かだった………なんて私のトイレ図書館は居心地満点………何より毎月ふくみ先生に会える気分………せんせー お元気ですかぁ〜………と心の中で叫ぶ! 

何処に行ったの雀さん………。

 転倒は一瞬 目の前のコンクリートの灰色が 透明な冬の青空に変わった
 冬の朝 湾曲した首に重い頭を傾けて 車椅子を押して納豆を買い行く

身体の隅々まで意識を張り巡らせて………黙々と歩くこと1時間、目的の納豆を買った帰りは、見守り役の叡に車椅子を押してもらう。ぐったりと脱力して車椅子にすわた私の頭の上で………史跡公園から雀が消えた………と叡が呟いた。改めて眺めてみると………ほんと!一羽もいない。

そういえば………我が家の中庭にもスズメが来なくなった。まだ1人でベランダに降りることができた頃、古くなった玄米を庭に撒くとすぐに雀がグループで飛んできて、チョチョチョと雑草だらけの間を啄み、やがて用心深い彼らもベランダの上にまで来るようになったのに…………最近は一羽も見ないことに気がついた。
だんだんみんないなくなる………さみしいなぁ………。

 

ポインセチア

一昨年、去年、と頂いたポインセチアがキッチンの机の上で青い葉っぱを広げている………一向に赤く色づいてこない………枝の節から………土の下から………小さな葉が生まれてくる……可愛いことこの上なし………なんて勝手なことを言っているヒサコサン………頂いた当初は大きく立派な真っ赤な葉をいっぱいに広げたポインセチアだったのに………クリスマスが過ぎ………年が改まると………大きな鉢植えを冷たいベランダに追いやり………見向きもしない………ずいぶん邪険に扱っていたのはだあぁ〜れ?

クリスマスももう直ぐ。今年も大きな真っ赤な葉を広げたポインセチアを頂いた。美しい!


一昨年と去年のポインセチア

今年頂いたポインセチア

頭を刈ってさっぱりする。

携帯を開くと「update」せよ、という様な赤いマークに急かされて、update してしまった。失敗!新しい機能が加わり便利どころか不便になったワ。日々、自分の肉体という物質体が壊れていくのに、反比例するようにAIは日々更新していく。住みにくい世の中だワ………早く重たい物質体から自由になりたいなぁ〜と呟くと………世の中のせいにするな!と誰かに一喝される。

訪問美容師さんにカットをお願いした。「前髪は、ちびまる子ちゃん、或は、サザエさんのかわかめちゃんのように。耳の脇は剃りを入れて、後ろはできるだけ上まで刈り上げて」と注文する。出来上がった自分の顔を鏡で見ると………白いどんぐり頭のひょうたん顔が映っている………いいじゃん、と自画自賛………ああさっぱりした。

気分を変えて、先日購入した横尾忠則の「日記」読んでいると………中庭に大きな翼を広げて雉鳩が飛んできた。彼(彼女かな)は裸になった杏の木の枝に止まり………キョロキョロしてから………さっと庭に降り………草取りしたての雑草もない庭の土を啄んでいる。何処もかしこも飢餓状態!

ヘルパーのトミサキさんが、遅めの昼食を作ってくれる………お粥・納豆・生卵・海苔に佃煮・梅干・お味噌汁・きゅうりとミニトマトの酢漬け・タラのムニエル・大根おろし・バナナとアロエヨーグルト。
贅沢なお食事………あぁ 美味しかった! ありがとう。

幸せ気分で、再び横尾忠則さんの日記を読み続ける。

81歳を歩みだして………。

1944年12月10日に生を受けて………81歳を歩みだした。ますますリウマチ車の速度はノロノロになり朝の目覚めから就寝まで………あっという間に過ぎてしまう………その間わたしは何をやっていたのだろうか。

いつも私のそばから消えるもの………ボールペンと片方の靴下………私の必需品。ちょっとメモっておきたい時に筆力のない私の指でも軽く書けるボールペン………私の凸凹の足の裏は靴下なしでは歩けない「あぁ 神さま どうぞ わたしから、書くこと、歩くことを取り上げないでください」と祈る気持ちだ探しまわりると………フッと目の前に探しものが現れる………摩訶不思議! 歩みだしたら………とまらないで………。


81歳の日の自画像

色あそびをしたらこんな子が生まれた

雲ひとつない快晴の朝………いつも右に曲がる角を左に曲がっり………逆コースを歩く。車椅子を頼りに約1時間歩く。もう一息というところでギブアップ………家まで車椅子に座り………見守り役の叡に押してもらう。
1時間も歩けるのに………中庭の洗濯干し場に1人でおりることは禁止されている………とはいえ、名古屋まで、鎌倉まで…………ポーランドまで行ってしまった。
物質体のさまざまな機能が次第に壊れていく………おおくの人に支えられて生きている。

マシュマロのような指先で色鉛筆をつかんで色あそびをやってみたら………こんな子が生まれた。

今日は真珠湾攻撃の日………戦争が始まった日……あっという間に戦後80年。逆戻りしませんように……。

笠井叡ポスト舞踏公演 『詩的創造と破壊としての地球』

テルプシコール45周年記念
笠井叡ポスト舞踏公演

『詩的創造と破壊としての地球』

Planet Earth, Creative Catastrophe, Poetic Logos

出演:笠井叡
テキスト:城戸朱理『地球創世説』


2026年1月5日(月)~7日(水)

5日(月)pm7:00開演
6日(火)pm7:00開演
7日(水)pm5:00開演

会場:テルプシコール

〒164-0001 東京都中野区中野3-49-15-1F TEL:03-3383-3719(当日のお問合せ)
※JR.中野駅下車高円寺方向徒歩8分


照明:ソライロヤ
照明アシスト:早川誠司
音響:角田寛生
舞台設定:七感弥広彰
映像記録:髙橋哲也
宣伝美術:H,Yoshiko
企画・制作・主催:テルプシコール
協力:笠井瑞丈×上村なおか


チケット

*お支払いは当日、受付にて現金のみとさせて頂きます。
予約・前売:¥5000(電話予約は前日の20:00迄)
当日:¥5500
学生(要・学生証提示):予約・前売:¥4500 当日:¥5000


予約・問合せ:テルプシコール企画室

Mail:2017terpsichore@gmail.com
Tel. :03-3338-2728

冬が来た!

朝、玄関を開けると………おぉ冷たい!冬が来た。史跡公園の桜、櫟木、欅、銀杏………もすっかり冬支度をして、透明な冬の青空のもとで堂々として立っている………美しい。

いつまでも………歩いていたい………あそこの空までいけるかな?………「Abracadabra………」を唱えながら……1時間ほど歩いて………府中街道沿いのDennysまで…………モーニングを取る…………キッチンのわたしの定席を離れられる一時……iPadからも読みかけの本からも………自由になって………人々のさまざまな話し声や仕草や笑い声のなかに在ることは嬉しいこと。

今日は土曜日なので店内はお客さんでいっぱいだった………その様子も愉しい………帰りは車椅子に座って叡に押してもらって家まで………キッチンの定席に戻る。さぁたっぷり時間はある………周りには読みかけの本が積まれている……。

クリスマスがくる………Stuttgart が懐かしい………闇に包まれたあたたかい光!

もうあの時は消えてしまった………今、地球星のどこもかしこも白々しく………深い闇はどこにもない………。

厚くて重たい聖書を開いて………読みはじめた旧約聖書の続きを読もう………。

夜明け前のトイレ

夜明け前のトイレはつらい……布団の中で砂袋状態になっている体を起こし………ボーリングの球のように重い頭を湾曲した首で支え………体の重心を危うく保って……寒さのなかを尿意をこらえトイレまで辿り着かなければならない………歩くことに精神を集中して……決っして急いではならない。

歳をとるということはこういうこと、と納得した。そのことを公立保育園の保母さんを勤め上げた義姉のとし子さんに話すと「あぁ〜ら、歳取ったらお漏らしなんて恥ずかしいことではないのよ、そんな時リハパンを履くといいわ」と教えてくれた。力強いアドバイス。ありがたい。

今日の朝日の「折々のことば」はきもの研究家の中谷比佐子のことば『使い捨ておむつは便利ですが………汚れたというのがないのね。』

私の子育て時代は………紙おむつがなかったので………布おむつ………幸い……布おむつで赤ちゃんのお尻の汚れ感覚は目覚めていき………わぁ〜わぁ〜泣いてお母さんに気分の悪さを訴えた。

幼な子→成人→歳取った幼な子。天→地→天………ということかな!

今朝も「アブラカダブラ」の呪文を唱えながら……幼児の気分で外歩きをする。鳥の囀りを聴きながら………道端に恥ずかしげに咲いている小さな花にあいさつしながら………気持ちのいい朝だった。

 

 

 

買い物

今日から師走……といっても麗らかな小春日和………久しぶりに国分寺街道沿いにある「ダイソー」まで車椅子を押していく。店の中に入り………キラキラピカピカのクリスマスグッズ満載の棚を横目で見て………定員さんに手芸用品の在処を尋ねて……真っ直ぐ向かう。月曜日の午前中のせいか店内に人気はない。欲しいと思っていたズボンのゴム紐と毛糸をカゴに入れ………レジに行くと……あれあれ……人がいない………タッチパネルが並んでいる。あきらも私もモタモタしていたら……店員さんが代わりにやってくれたので助かった。

何年振りだろう……自分の目で見て自分の欲しいものを買ったのは……大成功だ!…………「でも、毛糸なんて買ってどうするの? ヒサコサン マシュマロのサボテンのような指で」いいじゃん………不細工なものでも……生まれてくるものは………なんでもいいじゃん……と自分に言い聞かせ……嬉しい気分で車椅子に座り……叡に押してもらい帰る。

玄関に、先日注文した横尾忠則の新刊『昨日、今日、明日、明後日、明々後日、弥の明後日』(実業之日本社刊)が届いていた。わぁ〜すごい!『聖書』と同じくらい厚い本。

「絵だってとっくに飽きてる。この日記だけでいいや。日記が終わった日が死」(帯の言葉より)