歯がとれた。残りの自分の歯は一つだけ。
いよいよあちこちが壊れてきた。50年前から走り続けてきてくれたリウマチ車だから、当然と言ったら当然のこと。運転してきた私としては、よくやってきてくれたと、こよなく愛おしい車。
と言いながら、今日は茄子と豚肉の煮物を作った………果たして、食べられるの、ヒサコサン⁉️
明日も何か作りたいな…………壊れた車でもまだヨロヨロ走ってるもん。
歯がとれた。残りの自分の歯は一つだけ。
いよいよあちこちが壊れてきた。50年前から走り続けてきてくれたリウマチ車だから、当然と言ったら当然のこと。運転してきた私としては、よくやってきてくれたと、こよなく愛おしい車。
と言いながら、今日は茄子と豚肉の煮物を作った………果たして、食べられるの、ヒサコサン⁉️
明日も何か作りたいな…………壊れた車でもまだヨロヨロ走ってるもん。
松岡正剛さんが亡くなられた。1944年1月25日のお生まれだから、43年11月25日生まれの叡と2ヶ月しか違わない。今年の1月横浜のKAATで行なったポスト舞踏公演『魔笛』を観にきてくださり「今度二人で対談をしよう」と話したんだ、と叡から聞いていたので、楽しみにしていたのに………大きな足跡を残されて…………先に逝かれてしまうなんて………。
アラン・ドロンが88歳で死亡、と新聞で読んだ。アランの8歳年下の私は、女学生の頃、アラン・ドロンに夢中だった。アラン・ドロンの映画が来ると、日曜の朝一番、友だちと西銀座の封切館にいそいそ出かけ、ドキドキしながら映像の中の若きドロンを見つめ、映画の後は、ペコちゃんの不ニ屋の寄ってハンバーグとあんみつを食べるのが定番のコースだった。遥か昔の想い出………アラン・ドロンを観るだけで幸せいっぱいになれるなんて………楽しかったなぁ!
今年になって、まわりの80代の友人知人………いつの間にか先に逝かれてしまう。老いていけば当然とは言いながら、淋しく、悲しい。
今日も暑いけど、1時間外歩きをした。からだを通り過ぎる風は優しく……太陽の熱は暑いけど、私の壊れていくからだを温めてくれる。わたしのあやしい聴覚に鳥の囀り、蝉の合唱が聞こえる。カラダはいつも世界と一緒に生きている………楽しいことも、苦しいことも、悲しいことも、明るいことも、暗いことも………。
千章さんが送ってくれた「田中美津という生き方」という動画を観た。つい先頃の8月7日に81歳で亡くなられた田中美津さんの77歳の時の映像。
お話を聴きながら………もう直ぐ私も80歳。ひとつ年上のおねえさんから「やっぱりこれでいいのだ!」とお墨付きをいただいたような気分になり………「嫌な男にお尻は触られたくないけど、好きな男に触られるお尻は欲しい」………「大義と欲望・言葉とカラダ」「個としてのおんな・面としてのおんな」「真ん中に立つこと」「自己肯定・自分を許すこと」などなど、同じ時代を生きた美津さんのいうことに……うんうん、そうそう………いちいち頷いたりしながら………「自分を許すこと・他者を許すこと」これが一番難しいな………いろいろ教わった。田中美津さん、ありがとう!この世で出会わなかったけど、彼方では…………。
「この大地にあって」 マフムード・ダルウィーシュ/四方田犬彦訳
この大地にあってまだ生に値するもの、
四月の躊躇い、夜明けのパンの匂い、女から見た男の品定め、アイスキュロスの作品、
愛の始まり、石の上の雑草、笛の悲しみに生きる母親、侵略者の記憶への恐れ。
この大地にあってまだ生に値するもの、
九月の最後の日、四十を過ぎて杏の実が熟れきった女、獄舎に陽が差し込む時間、生きものたちを真似る雲、
微笑を浮かべ死に向き合う者への賞賛、独裁者の歌への恐怖。
この大地にあってまだ生に値するもの、
女なる大地、全ての始まりと終わりを司る大地。かつてパレスチナと呼ばれ、のちにパレスチナと呼ばれるようになった。
わがきみよ、汝がわがきみであるかぎり、われに生きる価値あり。
『パレスチナ詩集』(ちくま文庫)より
この頃、朝歩きの前の「蜂蜜ひと舐め」が「チョコレート一片」になったのは、チョコレートが口の中で甘くとろけだすと………アルキタクナイナ………アツクテイヤダナ………とぶつぶつ文句をいうヨワムシヒサコが消えて歩きだす。ところが昨日の朝、最後のチョコレートを誰かが食べてしまい、ひとかけもなかったので「蜂蜜ひと舐め」でいつものコースを歩きだしたが、家あと一歩というところで、一歩も前に進めなくなってしまった。ガス欠だ!どんなに頑張っても、もうダメ、動かない。アキラに車椅子を持ってきてもらい、無事に家にたどり着くことができた。ナサケナイ。こんなこと初めて、自分でもビックリ⁉︎ 口の中でとろっとと溶ろける甘いひとかけのチョコレートが、わたしのリウマチ車に力をくれた。ありがとう。
今日の朝は、しっかり「チョコレート一片」を口に入れて歩いた。口の中に甘さとろけだし、カラダの隅々にまで浸透していく。昨日の朝と同じように暑かったけど最後まで歩けた。うれしい!
今日の朝日新聞一面の見出し「10万年 核ごみは眠る」………フィンランド・オルキルオト島の地下約450メートルにできた放射性廃棄物の最終処理場「オンカロ」(洞窟・フィンランド語)が、今月末に試運転を始めるという。放射能が一定程度まで減衰するのに10万年ぐらいかかるらしい! なんということか。10万年後の地球⁉️ 果たして、ごみだらけの惑星になって、相変わらずおひさまの周りを回っているか………人間も地球も宇宙から消えてどこにもいない………何にしても「美しい地球」は夢のはなし………地球は未来に向かって、少しずつ「美しい(?)ごみの星」に変容していくだろう………誰にも止められない。
「文化」のページの上野千鶴子さんの寄稿文「田中美津さんを悼む」を読む。ウーマンリブの旗手・田中美津さんが今月7日、81歳で亡くなられたという。わたしは田中美津さんの人となりは殆ど知らなかったが、上野さんの追悼文を読んで、同世代の女性という見えない繋がりを強く感じた。
上野さんは田中美津さんの生前の生き様を「爆弾テロや銃撃戦より、いま・ここの赤ん坊のおむつを誰が替えるのか、その方が生きることにとって、もっと切実で重要な問題だとつきつけ…………エリート男たちが『自己否定』を叫んだとき、子どものときの性虐待経験から『否定するほどの自己などない』と自己肯定を叫んだ。………『永田洋子はあたしだ』と宣言して………自分を『子殺しの女』と呼んだ。…………日本の女の被害と加害の錯綜する矛盾と葛藤を引き受けて、『取り乱し』をさらした。」と書いている。
同世代の女性といえば、永田洋子も私と同い年。拙著『畑の中の野うさぎの滑走〜』の中で永田洋子について2011年2月12日に触れている。
「数日前、新聞で死刑囚永田洋子さんが獄中で病死したとの記事を目にした時、こころのどこかが、哀しく、また『そうだったの』とどこかが軽くなった。親戚でも友人でもない私が、凄惨なリンチ殺人の犯人の彼女を『洋子サン』と親しげに呼んでしまうのは、ただほぼ同じ時に生まれた二人の女の子が、ある時から一方は死刑囚となり、もう一方は結婚して母親となり、同じ時間を同じ空気を吸っていきてきた、という見えない繋がりを感じるからだと思う。」
今日は忙しい………時間との競争だ………いつも、胸の中が渦巻いているのに………上手く言葉が出てこない。
7時外歩き………8時シャワーを浴び………アキラが用意した朝食(スープ・フレンチトースト・牛乳・ぶどう)を昨日から泊まり込み稽古のエミリーと一緒に食べ…………エミリー食後の洗い物と洗濯干し…………10時30分宅配の生協が届き………11時半ヘルパーの松元さん、家事援助………ヒサコその頃やっと朝食を食べ終え歯磨きに………
休む間もなく歯科の定期検診で訪問歯科医来訪。やれやれ、ほっと一息。
今、3時11分。あと20分で食事援助のヘルパーさんがきてくれる。
そして、夜は、エマニュエル・ユインがやって来る!嬉しいなぁ〜。
エマニュエルとアキラの協働作業が始まったのは2011年の5月から、と『畑の中の野うさぎの滑走〜』にある(こういう時に拙著は役に立つ)。
さぁ、エマニュエルをお迎えする準備をしよう…………といっても、何もできない私はキッチンで座っているだけ。情けない。
エミリーが国分寺の駅までお迎えに行ってくれる…………はやく会いたいな。
なんという暑さ! クーラーの効いたキッチンで中庭を眺めながら、本でも読むか。先ずは、千章さんが持ってきた雑誌『異文化の交差点・イマージュ』2021夏号をパラパラめくる。金満里さん主宰の劇団「態変」の刊行誌。54頁「大野慶人の言葉 第2回幼少時代②………大野圭子」を読む。軍服姿の大野一雄先生、赤ちゃんを抱いているちえさん、その横に赤ちゃんのお兄ちゃん、出征前の大野家の家族写真だろう。大変貴重な一葉。次女の圭子さんが、父親の慶人さんの言葉を丁寧に綴り伝えてくれる。
舞踏とは何か。
「まず、あなた自身が作品であるということ、あなたの生きてきた人生を大事にして、あなたが作品なんですよ」
晩年の大野慶人の稽古は必ずこの言葉から始まりました。
「外にテーマを求めるのでなく、『私が私に出会う』」。
いとも簡単に、難題を突き付けることからお稽古は始まっていたのです。
ー大野圭子さんの文章から抜粋ー
キッチンの椅子に座って、すっぽり懐かしい記憶の世界に浸り………外の暑さもわすれて………温かいひと時………角野隼人の弾くショパン「ピアノ協奏曲第一番ホ短調」を聴く…………明晰で透明な一音一音………美しい。
さあ、冷蔵庫で冷やしておいたカットスイカを食べよう。暑い一日も暮れていく。
千章さんから送られてきた「パレスチナ国連代表 ナダー・アブー・タルブッシの演説(日本語訳)」のyoutubeを開いてみる。
パレスチナ国連代表のナダー・アブー・タルブッシさん(女性)は開口一番、イスラエルにむかって「我々はパレスチナ自治政府ではありません。パレスチナ国です」とキッパリと断言した。スイス ジュネーブで行われた国連会議場で、多くの国の国連代表を前にしての10分間の演説。彼女の凛とした言葉の響き。先日映像で見た、汚れた人形を抱いて瓦礫の道を小走りに大人についていくガザの少女の眼差し。
「根をもつこと、それはおそらく人間の魂のもっとも重要な欲求であると同時に、もっとも無視されている欲求である。………軍事的征服が行われるたびに根こぎが生じる。………征服者がおのれの征服した国に住みついて現地の民族と混じりあい、みずから現地に根をおろす移住民となるとき、根こぎは最小限に抑えられる。…………征服者がおのれの掌握した地域になじまぬまま居坐るならば、服従を強いられる民族にとって、根こぎは死にいたる病となる。………」
シモーヌ・ヴェイユ『根をもつこと』を読み返したりしているうちに、中庭が真っ暗になっていた。
朝8時に家を出て1時間ほど外歩きをする。
太陽の光がギラギラ輝くなかに、エィ!と覚悟を決めてカートを押して外に出る。
あぁ、歩ける! 関節が喜んでいる! 蝉の声が聞こえる! 風がカラダをスゥーと通り抜ける!なんと優しい風なのだろう!
「ただ歩くだけ………行くところはない………ただ歩くだけ………」と言っていたあのガザのおばさんのカラダにも優しい風が吹いているだろうか? 蝉は鳴いているだろうか? 太陽は輝いているだろうか?
とにかく蒸し暑い夜だ。わたしは今日何かしただろうか?
午後になって、切り干し大根を作った。それだけ? 朝歩きはしなかった………なぜなら、わたしの1日の大切な仕事のひとつ「カラダに入れ・出す」のうち「出す」に時間がかかり、9時を過ぎてしまった。外の暑さはどんどん上がり、熱中症警戒アラートがなりそうな勢い。その上「出す」に集中してヘトヘトになってしまったので、いくらガンバリヤのヒサコサンでも外歩きに出るのを怯んだ。すると直ぐに頭の中に「バレリーナは3日練習を休むと、取り返すのに倍時間がかかる」と言っていた森下洋子さんの言葉が浮かんでくる。あぁ恐ろしや!「1日外歩きを休むと寝たきりになるぞ、ヒサコサン」と言う声に不安になる。やっぱりヨワムシヒサコサン………などグズグズしているうちに、お日様は高くなり、道に木陰はなく、道端の小さな草花たちもぐったり居眠りしているだろう…………優柔不断のヒサコサン、やっとココロを括って、切り干し大根を作り出しすと、久しぶりにみな子さんから「池袋の芸劇で『野うさぎ、トカゲと焼けた石』のチラシが目立って置かれたいました❣️」と写真付きのLINEが入った。
グズグズ贅沢な時間に浸っている場合ではないよ、ヒサコサン!
わたしの今日の1日。
やりたくても出来ないことが、日に日に多くなってきた。由々しきこと………と思うが、致し方ない。諦める・諦めない、を自分で線引きするのは難しい。読みたい本がキッチンのテーブル上にいつも控えているが、数行読むと目がトロンとしてくるとは………情けない。
あぁ、明日は、両国のシアターXで上杉満代舞踏公演「メランコリアーMの肖像」の日。満代さんは、わたしがリウマチに罹る前の数ヶ月間、一緒に大野一雄先生の稽古を受けた大先輩(わたしより6つ若いけど)。この機を逸してはいつ観に行けるかと思い、前々からレイジのキャブにお願いして車椅子を積んで……用意万端、楽しみにしていたのに………明日は隅田川の花火大会。開演時間と花火大会開始とぴったり重なっている。交通規制でシアターX周辺は入れないし、駐車場は⁉︎………断念せざるを得ない………願ってもできないことは悲しい。
明日はお出かけ無しなので、ゆっくりと切り干し大根とお茄子のそぼろあんかけを作ろうかな………できないかもしれないし、できるかもしれない…………何トイウ贅沢!ヒサコサン。
YouTubeでガザの映像を観る。少女がお人形を抱いて、ピンクのユックを背負って、数メートル前を行く大人(お父さんかな?)の後にくっついて歩いている………遅れないように、小走りで…………おばさんがインタビューに「ただ歩いているだけ………もう行くところはない………ここにいたら殺されるから…………ただ歩いているだけ………行くところはない」と応えている………絶望した顔で………胸が苦しくなる。
わたしの心の中で「畑の中の野うさぎの滑走」と「ガザの少女の歩行」が重なってくる。
最近、中庭の杏の木に繁茂した枝を目掛けて飛んでくる鳥がいる………今日も飛んできた。去年の今頃、その辺りに巣を作ったので………また同じところに住処を作りに帰って来てくれたのだろうか?
ドウゾ、ゴ自由ニ………セマイ処デスガ………ゴ一緒ニ、生キテ行キマショウ……ウレシク、タノシク……ヨロシクネ。
明日の朝もまた歩こう。
千章さんが、岡真里さんの最新の講演の情報を送ってくれた。先の『ガザとは何か』ーパレスチナを知るための緊急講義ーに続き、さらに緊迫する緊急事態を『ガザのホロコースト』(2024/7月5日)と題して行われた2時間10分という長時間の講演。息も切らさず一気に聴く。
いよいよ『畑の中の野うさぎの滑走………』の稽古が本格的に始まる。出演者のひとり京都の小倉笑さんも我が家に泊まり込みで稽古。どんな作品が生まれるのだろうか…………日々、体の機能が衰えていくのを感じながらも………楽しみは増していく。ぴょんぴょん跳ねる野うさぎさんたちが、わたしの周りをぐるぐる回る。
内村鑑三の『ヨブ記講演』を読む。
「イスラエルは神の選民たりといえども、神を求むる心はイスラエルの独占物ではない。人は各個人直接に神を求むるを得、神は各個人の心霊にその姿を顕し給う。この点においては国籍民族の区別は全く無いのである。そは実は個人的なるが故にまた普遍的である。故に神を求むる者をユダヤ人に限る要はない、異邦人でも宜いのである。」
『ヨブ記』は「特に国家なきアラビヤ人中よりその主人公を選びて、誰人といえども、いやしくも人である以上は、神を知り神の真理を探し得ることを示したのである。」
もはやガザの問題は、人間存在の、わたしの存在の問題になる。
蒸し暑い日が続いている。梅雨になって楚々として咲き出した紫陽花も次第に勢力を拡大し、隣に植っている紫式部やユキヤナギは陰でじっとしている。冷房の効いたキッチンのガラス戸を開けると、ムワァとした生暖かい水気をたっぷり含んだ空気が押し寄せてきた。よくみると、堂々とした紫陽花たちの後ろに百日紅の桃色の花が、一生懸命に首を伸ばしている。よかった!これから盛夏にむかって、もっともっと咲いておくれ。
3年前の夏の日の記録
2021年7月21日
カートを押して 地面に映る
自分の影に話しかけながら 歩く。
痩せぎすの 影のカラダ
遠い記憶が 今のように 喋りだす。
日傘をさした母さんと 手をつないで
一緒にあるいた 一本道。
午後の太陽が 鎮守の森に降り注ぎ
黒い木陰が 行手の道を区切っている。
あの真っ白な光の向こうが
今日いく おばあちゃんのお家。
たのしさだけが いっぱいの
おかっぱ頭の 女の子の頬に 汗が滴り………
空のどこかで 鳥たちが 囀っている
耕作機の音がして 湿った土の草いきれが 辺りにたちのぼる
壊れたカラダに すぅーと 光の風が通り過ぎた。
これでいい よくやったね と 私は影に話しかけた
時間も空間もなくなり カラダもコトバも
宇宙空間に 溶けていく。
九日は、アキラの新作『畑の中の野うさぎの滑走〜』のチケット発売日。
「いよいよ、カラダが壊れきた。指の関節が脱臼して力が失せ、冷蔵庫が開けられなくなった。これはゆゆしきことだ!自分のカラダのどこもかしこも壊れていくのを横目で見ながらも、面白いことがあれば、観たい、読みたい、聴きたい、行きたい、と心が動く。サポートなしには立ち行かないと知りながら………カラダを携えて生きていくのは、容易なことではないなぁ…………」『畑の中の野うさぎの〜』の2021年8月4日の記述。
拙著を読み返しすと、カラダが崩壊していく速度が加速していくのがわかる。半世紀以上、心と体のオッカッケゴッコをやってきて、遂に2年前、体が負けて水平生活をする羽目になったが、観たい聴きたい行きたい、の心が動いて、どうにか垂直生活にもどることができた。
それにしても、今夏の暑さは半端ではなさそう……果たして夏を越せるかな………と弱音を吐いていると………三人の女性ダンサーが雑草だらけの中庭に、ぴょんぴょん跳んでやってきて、グングン踊りだした………面白そぉ〜。
観たい聴きたい行きたいのヒサコサン、まだまだ十分時間はあるよ、と心が体を引っ張ってくれる。。

A Rabbit Slipping Across a Field, A Lizard Sliding Down a Hot Stone
振付・演出・構成・出演:笠井 叡
出演:KAi MiWA、川村美紀子、小倉 笑
『畑の中の野うさぎの滑走』
この笠井久子の著作を出発点に紡がれる、ポスト舞踏新作公演。今回天使館に集ったのは、柔らかな佇まいの中に底知れぬ狂気と大胆さを宿す3人の女性 —— KAi MiWA、川村美紀子、小倉 笑。笠井叡と共に、野うさぎの足跡を追って時空を駆け、遥か未来の人類像を描き出す!
9月6日(金)19:30
9月7日(土)14:00/18:00
9月8日(日)14:00
〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-8-1 TEL:03-5391-2111
※ JR・東京メトロ・東武東上線・西武池袋線 池袋駅西口より徒歩2分。駅地下通路2b出口と直結
※受付開始は開演の60分前、開場は30分前 ※開演後は入場いただけない場合があります
※8日は終演後にトークあり(詳細は決まり次第告知予定)
前売料金|整理番号付き自由席・税込
一般: 5,000円 U-25:4,000円
※早割りチケット(7月9日~7月22日)は各料金500円引き
※U-25チケットは当日要身分証
チケット取扱い|発売日:2024年7月9日(火)10:00~
・東京芸術劇場ボックスオフィス
☎ 0570-010-296(休館日を除く10:00~19:00)
🔗 東京芸術劇場ボックスオフィス
https://www.geigeki.jp/t/
・チケットぴあ(Pコード:527848)※7/23発売
http://ticket.pia.jp/pia/event.ds?eventCd=2424180
笠井 叡 Akira Kasai
舞踏家・振付家
1960年代に若くして東京を中心に数多くのソロ舞踏公演を行う。70年代天使館を主宰し、多くの舞踏家を育成する。79年から85年ドイツ留学。ルドルフ・シュタイナーの人智学、オイリュトミーを研究。帰国後も舞台活動を行わず、15年間舞踊界から遠ざかっていたが、『セラフィータ』で舞台に復帰。その後国内外で数多くの公演活動を行い、「舞踏のニジンスキー」という称賛を浴びる。代表作「花粉革命」は、世界の各都市で上演された。
KAi MiWA
ダンサー・振付家
2016年 アニメーションチームUNVISIONに参加。World Of Dance等、世界最高峰の大会にて優勝。2017年より振付演出家MIKIKO氏主宰カンパニー「ELEVENPLAY」に所属。2020年以降、米津玄師、松村沙友理(乃木坂48)、ゲスの極み乙女、羽生結弦、Perfume、三浦大知等の活動に振付やダンサーとして参加。舞台作品ではRhizomatiks × ELEVENPLAY 『Syn 〜身体感覚の新たな地平〜』に出演。2023年12月、私生活を見せる実験的公演『Prv Room Research』を行うなど常にアンダーグラウンドとメジャーシーンを横断し、”表現”を追求している。
川村美紀子 Mikiko Kawamura
ダンサー・振付家
1990年生まれ。16ヶ国33都市で活動、20作以上の振付作品を発表。劇場・路上・ライブ・映画出演にとどまらず、自身の書籍やオリジナルソング製作ほか、雑貨屋「川村産業」など多彩な活動を展開。 日本女子体育大学舞踊学専攻卒。受賞歴にトヨタ コレオグラフィーアワード、横浜ダンスコレクション ダブル受賞など多数。近年では「異路派」を始動、都内路上に出没中。https://kawamuramikiko.com/
小倉 笑 Emi Ogura
ダンサー・振付家・演出家
1996年、岐阜県生まれ。京都を拠点に活動。Monochrome Circus、康本雅子、大植真太郎、藤本隆行、mama!milk 等の舞台やコンサートに出演。ヨコハマダンスコレクション2022コンペティションⅠにて奨励賞を受賞。2021年より創作団体『SMILE』を立上げ、舞台作品創作やフェスティバル主催などを行っている。バーレスクや声楽の技術を駆使して、ジャンルに捉われず様々な活動を展開中。
この秋、笠井叡新作公演として上演される本作は、笠井久子の同名著作からインスパイアされて生まれたものである。
人類の歴史は、天の川のように、無限空間の中を流れている。この眼には見えない「川」の流れと共に生きる人魚のような人間は、無限時間の中のいったい何処を今、生きているのか。そして何処へ行こうとしているのか。目覚めた宇宙的意識によって、その現在の位置を測り、未来を方向づけるのは、ダンスである。未来の何を?——人間のカラダを、そして宇宙のカラダを、である。
ミクロコスモスとしての人間と、マクロコスモスとしての宇宙は、ともにカラダを持っている。そして人間が、ダンスを通して自身のカラダの中に「新しいカラダ」を生み出そうとするならば、宇宙もまた、植物が自身の中に未来の種を孕んでいるように、新しい惑星を自らの中に生み出そうとするだろう。
地球は今、ダンスとともにこの「新生惑星」を育てつつある。
今、人類が始めてしまった新しい戦争は、単なる破壊のための破壊で終わるだろう。勝者も、新たな領土も、何処にもない。そして地球は、虚無の闇の中を落下し続けるであろう。
おお、目覚めたウサギ、
おお、目覚めたウサギ、
お前は地球の破滅以前に、お前のカラダの中に、あの天上に輝く満月の中に、「新生惑星」を発見したのだ。宇宙の川を渡って、新しい惑星に移住するのだ。
おお、屈強なトカゲたち!
この川の岸辺から、何匹梯子のように並べば、あの輝く満月の如き新生惑星の淵に到達することができるか。お前たち並んでご覧。あたしが数えてあげるわ!
ひ ふ み よ い む な や こ と ・・・
一匹の目覚めたウサギが、この新生惑星に飛びついたとき、騙されたことに気付いたトカゲは、白いウサギの皮を全身剥ぎとった。それからウサギは、塩辛い海の水の中に沈められた。
無限の試行錯誤の末に、目覚めたウサギはあの輝く「月」に飛び移るであろうか?
ウサギ!
ウサギ!
何見て
跳ねる
ウサギ!
ウサギ!
何見て
跳ねる
十五夜
お月様
見て
跳ねる!
見て
跳ねる!
ミワ、ミキ子、エミ
見て跳ねる!!
見て跳ねる!!
原案:
畑の中の野うさぎの滑走一匹のトカゲが焼けた石の上を過った
―昭和・平成・令和を、笠井叡と共に生きる―
著者:笠井久子
判型:127×188/総頁:378頁/製本:並製
価格:2,800円(税込)
※公演会場で販売予定
音楽:角田寛生
衣装:北村教子
ドラマトゥルク:呉宮百合香
照明:吉田一弥
音響:稲荷森健
舞台監督:河内 崇
宣伝美術:ヤング荘
企画・製作:髙樹光一郎(一般社団法人ハイウッド)
制作:林 慶一
プロデューサー:笠井久子
主催:一般社団法人 天使館
提携:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京芸術劇場
協力:公益財団法人セゾン文化財団
お問い合わせ:一般社団法人ハイウッド
hiwood.info@gmail.com
拙著『畑の中の野うさぎの滑走 一匹のトカゲが焼けた石の上を過った』というタイトルで、9月にアキラがポスト舞踏公演をする。もう稽古は始まっている。
今回、思いのまま書き綴った日々の記録『畑の中の〜』を改めて読み返してみた。1971年、庭に稽古場天使館を建てた頃から、既に、地球星は緩やかに没落の方向に向かっていた、というのが読後感。昨日今日とその没落の速度は加速して、私の物質体が壊れていく速度と正比例している。みんな懸命に生きているのにどうして? コトバはフワフワと柔らかく飛んでいき…………幼い命は大人の身勝手で消えていき…………動物たちも食べ物を求めて里山から降りてくるし………地球はどんどん暑くなり………戦争は終わろうとしないし…………何が何だか分からなくなる…………フッと、もうこんな地球に生きていたくないな、なんて弱音を吐くヒサコさん………けど、まてよ!日々、思いのまま身勝手に雑草のような言葉を紡ぎだしてできた『畑の中の野うさぎの〜』がうまれた。私のリウマチ体に生きる力を授けてくれたのは言葉。
コトバは私の命、私のダンス。
ーわたしの恵みは、あなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるー
コリントの信徒への手紙Ⅱ
今朝、アキラの新作公演のチラシが届く。
芸劇dance ポスト舞踏公演『畑の中の野うさぎの滑走 一匹のトカゲが焼けた石の上を過った』
ー未来から 記憶の風が吹いてくるー
『畑の中の野うさぎの滑走』
この笠井久子の著作を出発点に紡がれる、
ポスト舞踏公演。
今回天使館に集ったのは、
柔らかな佇まいの中に
底知れぬ狂気と大胆さを宿す3人の女性
ーKAi MiWA、川村美紀子、小倉笑。
笠井叡と共に、
野うさぎの足跡を追って時空を駆け、
遥か未来の人類像を描き出す!
2024年9月6日(金)〜8日(日)
東京芸術劇場シアターイースト
蒸し暑くて嫌だなぁ……………なんて、キッチンからぼぉ〜と梅雨空の下の雑草だらけの我が中庭を眺めているうちに、うとうと居眠りしてしまった……あっ!野うさぎが三匹踊っている………夢か現か………?
白石かずこさんが亡くなられた………温かい何かがスゥーと飛んでいってしまった。哀しいな。でも、今ごろ、遥か彼方の星空で澄子さんと再会しているに違いない。
雑誌『詩と批評』の原稿をいただきに西荻に白石かずこさんを訪ねたときのこと………暑い夏の日で、アパートの扉を開けて、風通しのいい台所の丸椅子に片足を乗せ、短パン姿で、奥から聴こえてくるジャズのリズムにカラダをスゥイングさせて詩を書きながら、ドキドキするわたしをスゥーと温かく迎えてくれた。
寒い冬の日、中央線の西荻窪からミッキーマウスがいっぱいついた真っ白なふわふわのオーバーを着た白石さんが乗ってきた。ちょうど乗り合わせていたわたしを見つけるとワァ〜と近づいてきてハグする………私はびっくり………その自由さ、温かさ。
渋谷のカフェで、アキラも交えて3人でおしゃべり。かずこさんいきなりスカートを持ち上げ「お母さんの介護中なの………私、不器用だから湯たんぽのお湯をこぼしてしまったの……咄嗟にお母さんの方でなく自分に向けて………お母さんが火傷しなくてよかった………でも、こんなに腫れてヒリヒリ痛いの」とあたり構わず、太腿を見せてくれた………あぁ痛そう!
「スミコ、スミコ」と矢川澄子さんが大好きだったかずこさん。澄子さんの出版記念会で、巻紙に書いた長詩を張りのある美しい声で読み上げた………まっすぐに澄子さんに向かって。
アキラが女性5人を振り付けた作品「今晩は荒れ模様」は白石さんの詩集のタイトルからいただいた。世田谷パブリックシアターに公演を観にいらしたかずこさん。アキラの頬にスゥーと接吻して「嬉しいわ」と囁いた。
「ウーマンリヴの走りは、私」とそっとわたしの耳に囁いた白石かずこさんの声の響き、温かさ。忘れられない。
蒸し暑い日も暮れて、じっとりと湿った闇が中庭に居座っている。私は、もう長いことキッチンの指定席に座って、ことばが出てくるのを待っているのに出てこない。
そうだ、昨日はミツの誕生日だった。うっかり、母親のわたしが忘れていたとは!
ちゃんと、ナオカさんがケーキとローソクと花を用意して………「happy birthday to you」の歌に加わることができた………ありがとう。
1975年ミツの生まれた日も蒸し暑い曇り日だった。
そうだ、その日も今日と同じ「父の日」だった………アキラは年長さんのチカシと手をつないで幼稚園に。
ピアノの先生のおばあちゃん、キミコさんは、子どものピアノの発表会で府中の公民館に。
私は、もうじき2歳になるレイジと、お腹の中で「生まれたい」と言っている我が子と一緒に家で待つ。
「ただいまぁ〜」キミコさんが帰ってきた………あぁよかった………安心した途端に陣痛が始まった。
昨日のこと……48年前のこと……すこしづつ、カラダの中にコトバが生まれては消えて………生まれては消えて………。
猛暑日。茄子のそぼろあんかけを作った。よく頑張った! ヘルパーのトミサキさんがテーブルの上に……お粥さん(梅干しとワカサギの佃煮入り)、マカロニサラダと胡瓜の酢漬け、ささみの揚げ物、ヒサコ製茄子のそぼろあんかけ、朝の残りスープ(あきら製)、ヨーグルトとルイボス茶………をきちんと並べたお盆を私の前においてくれる……ありがとう。さぁ、ゆっくり食べよう………嬉しいな!
昨日の「天声人語」に五右衛門風呂のことが書いてあったけ………思わず、子どもの時のことが蘇った。東京大空襲の3ヶ月前に生まれた私が3歳の時、家族で石神井から明大前の東松原に引っ越した。その時、初めて自動車というもの(引っ越し荷物を積んだトラック)に乗った。運転手さんの隣のお父ちゃんの膝の上に抱っこされ、チイニイちゃんの好きなイチコウ(猫)を抱いて。どこまでも、いつまでも、真っ暗闇………走る、走る………お母ちゃんは……おねえちゃんたちは………おにいちゃんたちは………どこ?………いつの間にかコックリこっくり………気がつくと、お父ちゃんと一緒に、真っ黒なお風呂に浸かっていた………風呂の中に簀がある「あったかいだろう、五右衛門風呂だよ」とお父ちゃんが言った。辺りは真っ暗な土間。天井に、ボォ〜とした提灯の灯りだけが見えた。次の朝、濡れ縁のあるお庭に面した座敷にちゃぶ台を置いて、お父ちゃん、お母ちゃん、オオ姉ちゃん、チイ姉ちゃん、オオ兄ちゃん、チイ兄ちゃんとイチコウ、チビのワタシ、8人揃って朝ごはんを食べた。
遥か昔の記憶が今のことのように甦った。嬉しいな!
突然、夏が来ちゃった! と思わせるような暑い一日。中庭の紫陽花が隣の百日紅までのさばっている。
FBの映像で見たセラミックの包丁(よく切れる………ホントかな?)が欲しい。「ハシモツカエナイノニ、ドウスルノ、ヒサコサン」と、何処かで言っている………デモ、軽そうだし、一人で買い物に行けないし、騙されてもいいや(ネットの宣伝には注意、といつも言われている)と思い切って注文し、届いた。
さっそく柄を握ってみる。マシュマロのような私の手には大きすぎるが、軽くて肩の関節に負担がかからないので、とてもいい具合。朝アキラがホンダさんから買ってきたかぶら。てっぺんにチョロと髭がある可愛い頭の形のかぶら。スゥーと真っ二つに切ると、内側は真っ白でなんとも瑞々しい。ゆっくりゆっくり切ってみる。力を入れず薄く切れる。よし!これに胡瓜とミニトマトを加えて酢漬けを作ろう………と張り切ったがそう簡単にはいかない。
2年前の寝たきり状態の時、訪問歯科医のタツノ先生が、ほとんどの歯を失ったわたしに「入歯を作ってみませんか?」と聞いてくださった………えっ、顎関節も頸椎も変形しているのに………それから1ヶ月半、何度も何度もきてくださって………諦めていた私の歯が出来上がり、いよいよ調整にかかる時、私の義歯を作り始めた時にはすでに末期癌を患っていらしたタツノ先生はお亡くなりになった。抗がん剤治療の苦しみ決して表さず、私の口腔の診察に、いつも穏やかに静かに、何度も訪問してくださった。今私は、カブラと胡瓜とトマトの酢漬けをパリパリと食べられるようになったのも、タツノ先生が命と引き換えに下さったのだと思っている。だから、諦めないで、ゆっくりゆっくり料理に挑戦しよう。
明日は、何を作ろうかなぁ〜 茄子の煮浸し、肉じゃが………できるかな⁈ 夢は広がって………。
久しぶりにアキラと一緒に、近藤良平さん率いる「CONDORS」の公演『Here Comes The Sun』を観に彩の国埼玉芸術劇場まで行く。JRに車椅子ケアをお願いしたので老老介護の我々でも、無事に西国分寺駅から武蔵野線……途中乗り換え………埼京線与野本町駅まで行きも帰りもスムーズに行ってこられた。思い切って観にいってよかった!
学ラン姿のコンドルズのメンバー、みんなオジサンになっても踊っている。劇場が丸ごと家族のように温かく、愉快で、面白い………これは凄いこと!
わたしが初めて「コンドルズ」で踊る近藤良平さんを観たのは、今年の春閉館したこまばアゴラ劇場だった。まだ、みんな若く、勢いよく、奇妙なこと(たとへば、牛乳を何本も何本もゴクゴク飲む………大丈夫なの?とわたしは本当に心配した覚えがある)、若い彼らのユニゾンの踊りはキレが良く…………格好よかったり悪かったり………若かったなぁ………以来、きっとみんな、マルのとき……サンカクのとき………シカクのとき………ダエンのとき………コンガラガッタとき、さまざまな時を経て、それぞれが途上に向かって歩んできたのだろう。
みんなオジサンになっても踊っている………おばあさんになったワタシもワクワクして観ている………これは凄いこと!
美しい宇宙にひとりになった良平さん……「Here Comes The Sun」………もう大丈夫だよ………と遥かな光に向かって踊っていた。良平さんの想いが静かに会場な広がった…………素晴らしい!
一日が数秒で過ぎ去って消えていく。今日、わたしは何をしたのだろうか?
7時半に家を出て歩きだす。朝の光の中に、まだ夜の冷気がのこっている。砂袋のように重たい体をできるだけ垂直に伸ばし、視線はできるだけ遠くの方に………鴉の鳴き声…………風の音………水たまりに映った空の青と雲………路傍の花たち………わたしの周り全てが無感動に通り過ぎて行く。
今日一日、わたしは何をしたのだろうか?
日暮れどき、中庭でミツタケが親しい友人たちとバーベキューを始めた。やがて陽がとっぷり暮れて、わたしのベットからカーテン越しに、人影の間から肉を焼く赤い炎が見えた。

この、あなたに対する信頼だけが
今、産声を上げている新生惑星への、唯一の食物なのだ。
だから、俺が踊るとき、この新しい星も踊る。
2024年9月6日(金)~9月8日(日)
会場:東京芸術劇場 シアターイースト
振付・演出・構成・出演:笠井 叡
出演:KAi MiWA、川村美紀子、小倉 笑
主催:一般社団法人 天使館
提携:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京芸術劇場
今日、6月3日はカフカの没後100年の命日。早速、先日届いた分厚い本『カフカの日記』の年譜のページをあけてみた。
「四月末、ウィーン近郊キーアリングのサナトリウムへ。六月三日、死去。」とある。地図帳でキーアリングを探すが、見当たらない。ついでに、カフカの生地のチェコのプラハから周辺諸国にまで想いを馳せる。
現代詩手帖で「パレスチナの現代詩人たち」の抵抗の声を読んで、もう一度、1942年12月16日に18歳4ヶ月で東欧のミハイロウスカ強制労働収容所で亡くなったユダヤ人の少女ゼルマの叫び声を聴く。
わたしは生きたい。
わたしは笑い、重荷をふりはらいたい、
そして、闘い、愛し、憎みたい、
そして、両手で空をつかみたい、
そして、自由になって、呼吸し、叫びたい。
わたしは死にたくない。いや!
いやだ。
生は赤い。
生はわたしのもの。
わたしのもの、そしてあなたのもの。
わたしのもの。
なぜ、大砲はうなるの?
なぜ きらめく王冠のために
生命(いのち)は死ぬの? 『ゼルマの詩集』より 秋山宏訳
ユダヤ人ゼルマの魂の叫び、パレスチナの詩人たちの抵抗の声………わたしたちともにみな地球人。どこに向かっているのだろうか?
新宿区立大久保小学校6年3組のクラス会「八起会」開催も今回限りというお知らせに、幹事の方を含めて、14人のお名前が並んでいる。わたしがクラス会に出席したのは10数年前のことかしら?その頃は、時をおかずあきらの海外公演に忙しく、クラス会のお知らせを頂いてもお返事も忘れて………忙しい最中、幹事を引き受けてくださった方に感謝も忘れて………なんと無礼なこと、身勝手なことか………と今、気がつき………恥ずかしい限り………今回最期のクラス会の14名のなかに私の名前も載っている………嬉しい、懐かしい………寒い冬の日はあの木造校舎に囲まれた校庭で、男の子はめんこ、女の子はおはじき。ストーブ当番の子は用務員さんと一緒に炭を運んで教室のだるまストーブに焚べる。夏はプール遊び。戦後間もない頃のこと、遊び道具はなにもなかった。いじめっ子もいた。悪いことをすると先生に頭をこづかれた。廊下に立たされた子もいる。親たちは何も言わなかった。みんな忙しかった。その頃、死ぬことなんて考える子はいなかった。時間がなくなるなんて思いもしなかった。
そんな男の子と女の子も、今みんな80歳。最期のクラス会は傘寿のお祝い。一人外出禁止の私は行けない。お世話役の方達に感謝を込めて欠席のメールを送信すると、間髪入れず返信。その上、LINEも繋がる。その早業にびっくり!………ヒサコサン、これから、ラインでお喋りしましょうね。困ったことがあったらなんでも言ってね。助けに行くから。それから、キヨコさんにもラインが繋がったことを知らせたわ…………クヨクヨしている場合じゃ無い。子どもの頃からの繋がりはまだまだ続く。
今日から六月。Junebride………真夏の夜の夢………ワルプギスの魔女の宴………
静かな1日………あっ、中庭の紫陽花が咲き始めた。
今朝は、いつもの外歩きと反対周り(つまり時計回り)に一時間と少し歩いた。途中で出会った中年の女の人が、わたしの帽子に付いている大オニヤンマを見てびっくり。去年の夏流行った虫除けグッズ、なおかさんがくれたものだ。確かに、外側から自分の姿を思い描いてみると自分でも滑稽にみえる。面白いな。
何時も地面をみながら歩く私の頭のなかは、いろいろな想念が、生まれては消え生まれては消える。時には、書きとめなければ、と思うけど、家に着くとすっかり忘れてしまう。思い出せない。どこに行っちゃうのだろう。
顎関節が変形して喉が落ち込んだために発声がうまくできない。人は、私の言うことを聞き取りにくいだろうな、と思う。おまけに声が外に出ないから、わたしは大声のつもりで言っても、人には小さく聞こえるらしい。でも、嘆くことはない。そんなに大声で人に伝えなくてはならないことはない、と思うから。
だんだんとシンプルに生きるようになってきた。
夕方、注文しておいた『カフカの日記ー新版』(みすず書房)が届いた。
ひゃー! 二段組で本文だけで500ページ………カフカさん、わたしも一緒にお供させてください………と心のなかでお願いし、ゆうに4センチを超える真新しい分厚い本を開いた。
「なんと多くの日々が、またしても沈黙のうちに過ぎ去ってしまったことか。今日は五月の二八日だ。ぼくにはこのペン軸を、この一本の木切れを毎日手にとる決意さえないのか。自分にはそういう決意はないのだと、ぼくは本当に思う。ぼくはボートを漕ぎ、馬に乗り、泳ぎ、日向ぼっこをする。そのお陰でふくらはぎの調子はいいし、大腿の具合も悪くなく、腹の調子もまずまずだ。しかし胸はもうすっかりぼろぼろで、それにもし頸(くび)にめりこんでいる頭が…………」(谷口茂訳)
昨日、写真家の高橋恭司さんと美加さんがやってきた………美しい薔薇の花束とワインとチーズをもって。
恭司さんの写真………あの不思議な空のブルー………見ていると………あっちとこっちの中間に浮遊しているような……不思議な感覚になって………見ている自分が消えている………いつまでも見ていたい。
美加さんも不思議な人………美しい、温かい、慎ましい、優しい……などの形容詞を超えてる人。子どもの頃のわたしのこころに連れ戻してくれる…そっと私のこころを温めてくれる人。
素敵な人たち!
嬉しい時間………自分を見つめる時間………祈りの時間………すべてが許される時間……一瞬にして、さまざまな時が流れていく。
すっかり緑も濃くなり………もう梅雨?と思わせる湿気を帯びた微風が体を通り抜ける。早朝の朝歩き………小さな背中には少々大きすぎるランドセルを背に………思いっ切り走っていく子………うな垂れてボソボソと歩いていく子………赤ちやんを胸に抱っこしたパパの手に引かれていく子………新一年生かな?どんどん私を追い抜いていく………あっ前方から、いつも出会う新米ママささんがやってきた………わたし「そう7ヵ月なのぉ………可愛いおてて、マシュマロみたい!楽しみね。又ね」………とちょっとおしゃべりして………嬉しい気分になり………ひたすら、歩く歩く………今朝の「小鳥の里(わたしの勝手な命名)」の小鳥のお喋りは特別!愉しそうに輪唱している。
夕暮れ時、アキラに促されて2度目の外歩き………「やっぱり木の緑はいいね、真っ赤でなくて」と桜の樹々を眺めながら、髪を緑に染めたアキラが後ろで呟いてる……わたしは「桜の園」の樹々がみんな真っ赤だったらどうなるだろう?…………頭のなかで絵を描いてみる……………史跡公園の大銀杏は茜色の空をバックに黒々と立っていた。
未来から記憶の風が吹いてくる
ヒサコ「覚え書帖」から
「1980年の夏
イゾルデ・クルツ通りを 右に曲がって
地球の表面の 緩やかなまるみを 足裏に感じながら
子供たちの食べ物を求めて
土地のことばをもたないわたしは
「あぁ だぁ〜れも知らない この地で
これから 子どもたちと家族5人で 生きていくんだなぁ」
と スーパマーケットに向かって歩いた。」
先日、ファミレスでウエイトレスに代わりロボットが、注文の食事を運んで来てくれた。カタカタと微妙に揺れながらキッチンから狭い通路をやってくる。機械とは言え、なんとなく可愛く健気に見える。形は衝立状のものだけど、面白い。もしこれが、鉄腕アトムだったり、サザエさんのわかめちゃんだったり、セーラームーンだったりして………じっと見つめられたりしたら…………お食事するのも断然愉しくなるかも!………などと思ったりして………きっと、カスハラ、パワハラも解消するだろう。
視覚聴覚、運動機能を次第に失っていく私に、ロボットはもってこいのお相手かもしれない。
今は、自分のことだけを考えていればいい贅沢(⁉︎)な日々。それでもけっこう忙しいから不思議。ロボットくんだったら、何かと気が楽かもしれない。いろいろ愉しい夢を見ながら、おやすみなさい。
先週は2度も遠出(?)して、踊りの公演を観ることができた。15日は、アキラが慶應義塾大学の日吉の来往舎で、新入生を歓迎して、シューベルトの「未完成」他、を披露した。ここ数年間はコロナのため、この歓迎行事はオンライン配信のみ。やっと今年、大学生、高校生に加えて一般の方々にもご案内したので、大きなガラス張りのイベントテラス来往舎で、多くの懐かしい方々に邂逅し、みんないっしょに叡の踊りを観ることができ、嬉しかった!その上、天気に恵まれ、キャンパスには初夏のような爽やかな風が吹き渡り、思い思いの若者たちの自由な姿を眺めながら………あぁ私にもこんな時代があったんだ………と感慨深い思いでいっぱい。年々、登場する舞踏家たちと若者たちの歳の差がひらいていくのも面白い。レイジの運転するキャブ(身障者タクシー)にお願いして、思い切って出かけてよかった。
そして、昨日。キラキラの夏日。ミツ×なおか企画・プロデュース『Roll Roll Roll』ダンス展8日目
山田せつ子さんの「War & Roll」を観に行く。
覚書ノートから/5月19日 せつ子さんの踊りを観てー
「狭い白の部屋に おかっぱ頭の少女が 黒いワンピースを着て あるいている。
あっ 生まれたてのひよこのように 純な剥き出しのたましいが 少女のカラダから ポロっとおちて Roll Roll Roll 。
弱虫で 強靭 温かく まっすぐで 愉快で 明るくて 聡明で……………
少女は 自分のカラダから落っこちた魂を 白い部屋のなかの あちこちを 探して 探して………あっ みつかった!
そこで 少女は 深く人間の痛みを知っているその魂を 注意深く掴んで 空っぽになった自分のカラダのなかに 入れる。
黒いワンピースに包まれて ガラス細工のように繊細なたましいが 虹色にひかりながら 少女のカラダの中で 踊っているのを わたしは目撃する」
ミツがこの世に生まれる前からずっと踊り続けているせつ子さん。その美しい踊り、存在の有りように感動。
観られてよかった!わたしも Roll Roll Roll と密かに踊ってみたくなった。
今日。昨日の陽気は去って、もう梅雨入り? でもまだ、私のなかに昨日の踊りの美しい余韻が残っている。
朝から雨………今日の朝歩き………お休み………ふぅふぅ………ナマケモノメ…………ヒサコサン!
千章さんが送ってくれた『介護保険は崖っぷち………上野千鶴子』というサイトをYouTubeで聴く。
身につまされる思いだ。介護保険を使って、毎日一回私の食事の介助にヘルパーさんが来るようになって丸二年が過ぎた。寝たきり状態をどうにか切り抜けて、今では立ち上がり歩くことができるようになった。これは、ひとえにヘルパーさんたちのおかげ。みんな私と同世代のヘルパーさんたち!運命共同体………感謝して余りある。
上野千鶴子さんの話によると、ヘルパー職を希望する人が年々少なくなり、反対にヘルパーさんを必要とする人が多くなり………介護保険制度はいつの間にか改悪され………介護保険も風前の灯………。
そこで、思い出した………数日前に「天声人語」で知った『ウブントゥ』という言葉。
「ウブントゥはアフリカ南部の言語で『あなたという人間がいるから、私が人間でいられる』という意味………寛容さや助け合い、許しの概念を指す」2024・5・10「天声人語」から。
心から、わたしに「ウブントゥ」と唱えることができるだろうか?
明日もヘルパーさんがきてくれる………一歩でも前に進もう。
夏日のように暑い一日。残り毛糸がいっぱい入ったまま捨ておかれた籠から、若草色、薄紫、あお、蓬色の毛糸をとりだして鍵編みをやっていたら、アキラが食卓の向こうから「ワンちゃんが編みものをやってるみたい」と言って笑っている……やってる私も自分の手をよくよく眺めて可笑しくなる。
天使館の隅に忘れられたように(キッチンの私の定席からは見えない)白い野薔薇が風にゆられているのが目に入った時………そうだ、色あそびしたい!と………できないと諦めていた鍵編みに挑戦………美しい色の毛糸をとりだして編んでみた。
掌の皮膚は薄絹のサテンのようにスベスベ………サボテンのように変形している指で……唇をひん曲げながらかぎ編をしている格好は、きっと滑稽に見えるだろう………でも頑張った………曲がった指先から、淡い色合いの小さいコースターができた、うれしい!
あきらめずに………明日も美しい色を生みだそう。
端午のお節句も過ぎ………Im wunderschönen Monat Mai〜風薫る美わしの5月………を期待していたのに、今日は冬日…………おお寒! 朝日の朝刊一面に、2040年には65才以上の584万の人が認知症になり、軽度の段階の人も含めると3人に1人にあたるという記事が載っている………ということは今年80才のワタシは?………「1日の苦労は1日で足れり」………と構えてみても、日に日にリウマチカラダの機能は壊れていくし、物忘れも多く………96才の自分は果たして何処にいるのやら?
殺傷能力のある武器の輸出………ウクライナ………ハマスとイスラエル………相変わらずくらいニュースが多く………たまらないな………と新聞から中庭に目を移すと………数日前にシルバーの清水さんが草取りをしてくれて、サッパリとした庭の隅に、生前義母の君子さんが植えた野薔薇が咲いているのが目に入った。うれしい。
見てぇ〜大きく伸びた枝に真っ白い小さい花がいっぱい咲いてるよぉ〜。お母さん ありがとう!
Im wunderschönen Monat Mai,
Als alle Knospen sprangen,
Da ist in meinem Herzen
Die Liebe aufgegangen. Heinrich Heine
状況劇場の唐十郎さんが亡くなられた。中嶋夏もついこの間、突然メキシコで………山海塾の天児牛大さん………高橋巖先生………みんな、同じ時代の空気を吸って生きてきた人たち!
1960年〜70年代の学生運動と相俟って、アングラ芸術の中心地、歌舞伎町のお花園神社、風月堂、ゴールデン街、新宿文化劇場(アートシアター)………私が育った歌舞伎町はいつも溶鉱炉のように熱くグラグラ揺れていた。
1967年に、我が家から歩いて10分の花園神社で唐さんの紅テント劇場を観た。真っ赤なテントに入ってびっくり!………花園神社は私の遊び場だったのに………突然異界が降りてきて………目の前で繰り広がれるリズミカルな台詞、動き………に魅了されてしまった。
風月堂さん(父の商売仲間なので、父はいつもそう呼んでいた)にはいると、珈琲をすすりながら、タバコの煙の中で、時を忘れて口角泡をとばしている面々がいて…………新しい出会いがあり、新しい何かが生み出されて………予感にあふれていた。
あの熱いうねりの時代も鎮まって………新しい時がやってきた………でも、私のカラダの奥にあの時代の熱が燠火のように残っている。
「義務の観念は権利の観念に先立つ。権利の観念は義務の観念に従属し、これに依拠する。ひとつの権利はそれじたいとして有効なのではなく、もっぱらこれに呼応する義務によってのみ有効となる。」
「自分に救う手立てがあるときに、だれかを飢えの苦しみのうちに放置しない。これが人間にたいする永遠なる義務のひとつである。」 シモーヌ・ヴェイユ著『根をもつこと』(冨原眞弓訳)より
今日は憲法記念日。アキラの「日本国憲法を踊る」の初演は、2013年10月大野一雄フェスティバルのこと。
あれから11年………相変わらず民権を護るための戦争が地球上に蔓延している。
「hanachan」ことアートディレクターの花光潤子さんからLINEが入った。2024年5月5日(日)に開催される「かつてなく自由に名乗るための煙が立つ会」の案内状だ。さらに「六行会ホールでどのような『ダンス』がつくれますか?」あらゆる制約抜きにかつてなく自由なダンスの企画案6本公開……云々。
最近、書かれている日本語がなんだかよく分からないことが多い。困ったもんだ………そもそも会の名称からしてよく分からない? 私が思うに………
「火のないところに煙は立たない」……「火」………「人類に自由をもたらしたプロメテウス」………Vordenken(前思考)の人………ここまで考えて「かつてなく自由に名乗るための煙のたつ云々」が少しわかったつもり。
まったく間違えているかもしれないな………でも構わない………ヒサコさんは国立競技場のトラックを走るランナーたちから何十周も遅れて、トップを走っているつもりになっているんだから、オメデタイ人。
ー閑話休題ー 立原道造の詩を読んで「考えること」一休み。
音楽がよくきこえる
だれも聞いてゐないのに
ちひさきフーガが 花のあひだを
草の葉のあひだを 染めてながれる
窓をひらいて 窓にもたれればいい
土の上に影があるのを 眺めればいい
ああ 何もかも美しい! 私の身体の
外に 私を囲んで暖く香かをりよくにほふひと
私は ささやく おまへにまた一度
――はかなさよ ああ このひとときとともにとどまれ
うつろふものよ 美しさとともに滅びゆけ!
やまない音楽のなかなのに
小鳥も果実このみも高い空で眠りに就き
影は長く 消えてしまふ――そして 別れる
昨日の天気予報通り、今日は朝から中庭いっぱいに日が降り注いで………ベットの中からガラス越しに紺碧の空が見える。
5時半、アキラを起こして………雑誌の撮影で渋谷まで行くことになっているので………6時には家を出なければ………といっても何もできない私は、布団のなかでソワソワイライラ………やっと出かけてくれたので、ホッとする。
7時半に、近くに住むレイジの連れ合いヒロ子(通称ヒロチン)が、私の朝の着替えに来てくれる。今日は後で、天使館でレイジと一緒にWSをするという。着替え終わってから、蜂蜜入りお白湯を一杯入れてもらう。
忙しいところ来てくれてありがとう。
ヒロチンが玄関から消えてから………さぁ、ひとりでキッチンからこの初夏のひかりを眺めながら、たっぷり与えられた私の時間をどう過ごそうか!………カンガエルマエニ ウゴキナサイ………と、確かに聞こえた………ヨチヨチと壊れかかったカラダを動かして………ねじくれた手で洗いおけに浸かっている食器を洗い片づける………できた、うれしい!………
次は、ベランダに並んでいる小さな鉢植えに水をやりたいな………みんな喉が渇いていると叫んでいる………でも、ひとりで外に出ることは禁じられている………でも………でも………アキラが戻るまで辛抱してね……と心のなかで謝る。
仕事から戻ったアキラがたっぷりと水を注いでくれ………小さな花たちがよろこんだ。助かった!
いつもいつも枯れ木のようにカラカラ乾いた私のリウマチカラダも潤った気分になる。
昼の暑さがおさまった夕暮れ時、アキラと外歩き。ついこの前まで、たんぽぽで真っ黄色だった草地一面白い綿毛がふわふわと涼やかな風に揺れている………どこまで飛んでいくのかしら?
なんとなく憂鬱の日が続くので……………懐かしいフェデリコフェリーにの『道』をiPadで観た………やっぱり泣けた! なんといっても、まんまるい瞳のジェルソミーナのジュリエッタ・マシーナ………哀しく、うつくしく、愉しく、明るく、強く………アンソニー・クイーン演じる孤独な荒くれ者ザンパノの涙………ザンパノの大道芸人の知り合いのルイ・マットが、自分を役立たずの厄介者というジェルソミーナに「世の中のすべてが何かに役に立っている。それは神さまだけが知っている」と話しかけるシーン…………
ひたすら、悲しいお話だけど………とても温かく、うつくしい…………観てよかった!
私の物質的カラダもいよいよ役に立たなくなってきた………「デモ、イイヨネ」とどこかで誰かが言っている。
食事介助のヘルパーのオガサワラさんが「駅の方は大勢の人でしたよ」と言いながら玄関から入ってきた………そうか、今日からゴールデンウィークだ。明日は夏日のように暑くなるらしい。
昨日の夜ネットで注文した冨原眞弓著『シモーヌ・ヴェイユ』(岩波現代文庫 2024年4月12日 第一刷発行)が、早くも今日届いた。
ヴェイユの発した問いはまったく古びていない。いわく、ひとたび始まるや、戦争はなぜ終わらないのか。いや、終わらせようとする一方の努力が、なぜいつも他方によって挫かれるのか。人間の攻撃性は、なぜ自分に害をなす遠くの強者ではなく、罪なき近くの弱者にむかうのか。苦痛軽減の措置としての機械化や時短をもってしても、大半の労働はなぜ遊戯とはなりえないのか。いずれもおそろしいほど現代的だ。
ー「岩波現代文庫に寄せて」より…………
新聞もテレビも暗いニュースばかりが目につく。
遥か昔、三人の子供たちを寝かせてから、ヴェイユの本を読むの愉しみだったのが懐かしく、また読んでみたくなったので…………。
今日も1日雨。明日は晴れますように…………道傍の花に会いに行かなければ…………。
夏日のような暑い日の二日間の後の今日は、まさしく花冷えの日。
朝7時、雨がまだ落ちていないぞ、急げ………ハチミツひと舐め………外歩きに出る………奥山商店から山下パン屋(とっくに店じまいしている)………小鳥の里(何時も、鶯、ヒヨドリの鳴き声がする処)………「サクラの後はワタシタチの出番よ」と言いたげに咲き誇っている紅朱色の躑躅の生垣………淡い紫色のハナダイコンに囲まれた小さな弁天さま(真っ赤な鳥居の奥に)………いよいよ帽子に雨粒が当たってきた………急げ!………1時間と10分歩いて家に着き………暖かいお白湯を一杯飲んでホッとする。
「………それに春という季節がぼくのおびえがちな心を文句のないようにあたためてくれる。どんな木にも、どんな垣根にも花がいっぱいだ。いっそ黄金虫になりたい、そうしていいにおいの海をさまよい泳ぎ、自分の養分を存分に見つけ出せたらと思う。」『若きウェルテルの悩み』ゲーテ/高橋義孝訳
250年前のゲーテの若きウェルテルと「花びら地雷」に怯える今日のウクライナの若き兵士たち。
人間はどこまで愚かになれるのだろうか?
昨日、家を建て替えてから、アキラ、レイジ、ミツ、ナオカ四人が揃って庭の書屋(物置)の片付けをする。10年前に新築してから、なんと初めて!最初は、静かな書斎になるね、などと言っていたものだが…………書籍の他、公演で使った舞台衣装が山ほどあり………中庭にブルーシートを広げて、黙々と一枚一枚虫干しする。
さっぱりと整理されたが、この状態はいつまで続くだろうか、次はいつ虫干しできるだろう?
昨日、わたしの階下の居間のベット生活が3年目に突入した。いつまた2階の寝室に戻れるだろうか?
1980年の昨日、南回りKorean Airlinesの片道チケットをもって、家族全員で西ドイツStuttgartに飛んだ。成田〜マニラ〜ドバイ〜サウジアラビア〜チューリッヒ空港………列車で4時間→Isoldekurz Straße 52 liedenberg Stuttgart(ドイツの我が住処)にやっと着く…………やれやれ全行程30時間。
チカシ10歳、レイジ6歳、ミツタケ5歳、アキラ36歳、ヒサコ35歳。0
一晩明け、新しいWohnung(アパート)の窓から外を見ると………遥か遠くの森から………真っ白な樹氷におおわれて………時間が止まったかのように静寂が支配している………夢をみているような光景………すばらしく美しい!
あれから44年の月日が過ぎた。
花冷えはドイツ語で「Eisheilige」復活祭を前にしての聖なる冷たさ………さすがキリスト教の国の謂い。
家族で過ごしたドイツでの6年間は、わたしの「Heilige Zeit」。
オイリュトミミストの寺﨑礁クン(通称テラ)に腸揉みマッサージをしてもらう………あぁ、スッキリ!
テラがオイリュトミーシューレ天使館にやって来て以来30年余り、彼はすっかりオジサン、わたしはすっかりオバアサン。今や、日々の出来事の重要話題は「いれるとだす」。
テラは三兄弟の真ん中…………我が3人息子の真ん中のレイジ(やはりオイリュトミスト)と同い年…………なんとなく似たもの家族………みんなひとりひとり、あっちにぶつかったり、こっちにぶつかったりしながらも………であったり、わかれたり………歳を重ねてきた。
オジサンになったテラに、硬くなった腸を揉んでもらいながら「お母さんお元気?」と聞くと「元気ですよ」という返事…………よかったな、とても嬉しい!
夜遅く、まだ天使館の窓に明かりが見える。テラとレイジが七月の公演に向けてオイリュトミーの稽古をしているようだ。
「思い起こせば、それはなんと豊かな一章だったことでしょう!たくさんの挿し絵があり、しかも、それはとても美しい色のついたものでした。川岸の野外劇は次から次へと進み、堂々とした行列の場面となって展開して行きました。真っ先に登場したのは、紫のトラノオでした。水ぎわでそのふさふさした豊かな巻き毛を振り動かすと、水面に映った自分の顔が微笑み返しました。柔らかく、もの憂げなエゾアカバナが、桃色の夕焼け雲のように後に従います。ヒレハリソウは、紫と白とが手を結んで行列の仲間に加わりました。そして、ついにある朝、内気な野ばらがゆっくりと上品に舞台に進みでました。すると、人々は、あたかも弦楽曲の厳かな和音が舞曲の中に迷い込んだかのように、ついに6月がやってきた、と知るのでした。………」
10数年前、高橋茅香子先生の朝日カルチャー「英語翻訳塾」で出された課題を、訳出し提出した私のケネス・グラハム「たのしい川辺」の訳文の一部分。
今日の朝歩きがとても気持ちがよかったので、家にもどってすぐにiPadに保存してあるファイルを開く。
新芽が芽吹きだす季節になると、いつもこの部分が読みたくなる。活き活きと元気になるから。英文翻訳はいつも悪戦苦闘していた。でも、新しい課題は新しい世界に船出をするようでわくわくだった。
こんなワクワク感、AIの翻訳機にもあるのかな? あって欲しいと希うけど…………。
朝目覚めると、もう中庭に明るい光が溢れていた。昨日の朝日朝刊に高橋巖先生の死亡の告知が載っていた。
何故か、ここ数日間のふわふわした気持ちが落ち着いた。さぁ、朝歩きに出よう!
あるく、あるく、あるく………と口の中で発声しながら。時折り………あるけ、あるけ、あるけ、あるいは、歩こう、歩こう、歩こう、と発声すると………カラダが急に重くなり、あるく速度が遅くなる………何故だろう?
鳥の鳴き声、道端の草花の色、のそのそ道を横切る鳩、野良猫、子犬を連れて歩く人、走る子どもたち、カラダを通り抜ける風…………と同じ空間をともに……あるく、あるく、あるく………次第に、私のカラダは重力から解放されたかのように軽くなり…………見える世界と見えない世界の境もなくなり………ことばの力に包まれて無心にあるく………あっ、巖先生も歩いている…………。
あるく=「現在形」には、ミステリアスなことばの力がいっぱい詰まっているらしい。
先日、e-Tax(国税電子申告•納税システム)からわたし宛にメールが届いた。えぇ〜これって何!読んでみると「税務署からのお知らせ[宛名の登録確認及び秘密の質問等の登録に関するお知らせ]…………E-Taxの個人納税アカウントを持つことを全員に義務付けていますこのメール受信後24時間以内に………アカウントをご登録ください………」ですって! 要注意。
誰かにお願いしないと外の用事はできないので、iPadが私の代わりに用を足してくれる。とはいえ、最近巧妙に人を騙すメールがなんと多いことか。
「信頼」という言葉がだんだん信頼できなくなっていくなんて、嫌だな!
薄曇りの下で桜が満開した。先月末、遠くにある人、近くにある人、7日間の間に3人の方の訃報を聞く。
行先が見えず混沌とした日々でも、前を行く途上の人の温かさを受けながら微かにみえる光りの方へ………止まらないように………歩く歩く………我が「桜の園」で家族みんなで手作りのお弁当を食べお花見を愉しんでいるのを横目で見ながら………小鳥の鳴き声を聴きながら………歩く歩く………止まらないように…………。
信州の医学大学を卒業し、研修生として北海道に引っ越す前に、国分寺まで会いに来てくれた時、Miyuさんは……絶望しているけど、私には信じる力がある………と言っていた。
「文化に優劣はない」/Miyuさんのブログから
「ある時からずっと自分の中の大事なテーマなのだけど、簡単に理解できるようで、実は………毎日自分に問い直さないとすぐ、優劣つけがちになってしまう……………とりあえず協力隊に2年間いったら、最貧国と呼ばれたその国の人々の心があまり豊かすぎて、そこにあった自分の心も豊かになって…………あれれってなって、見てる世界は多分また変わった」…………「良いと悪いはひとつじゃない。私が医療の道に来た理由のひとつは、この人たちの存在だと思う。ずっとかんがえたいんだよね。人を文化と共に大事にもしたい。私も、私の文化と共に大事にされたいから」
私の娘といってもおかしくない若いMiyuさんも、微かにみえる光りを信じて止まらず、歩く歩く、力強い途上の人。
花のあとは、キラキラする若葉が萌いで………イースター………うさぎがあちこち走りまわり、卵を探しはじめる。
先月末、吉祥寺のアップリンクでナン・ゴールディンのドキュメンタリー映画『美と殺戮のすべて』が公開されたらしい。ぜひ観たい……観なければ!と気持ちは逸るけど………さて、いつ誰と行けるかしら?
名古屋から帰ったばっかりだし………みんな4月からの新しいスケジュールにそって活動が始まっているし……頭の中でグルグルと自分の予定を立ててみる………うまくいっても行かなくてもいいではないか………iPadで映画の予告編とか観た方の感想とかを読んだりすると……今でも身体中に嘘のない自分を背をって生きているナン・ゴールディンが思い浮かぶ。
30年前、ナン・ゴールディンさんと国分寺の旧い我が家の居間でアキラと一緒に3人でお茶をした。何を話を話したのだろうか? すっかり忘れたけど、その時の初対面とは思われない温かい雰囲気はなんとも言えず心地よかった。彼女は40歳前後で私たちは50歳前後の頃。
『美と殺戮のすべて』を観に行けなくても、ナン・ゴールディンの存在を思うだけでもいい。やっぱり、あの時あったナンさん、70歳になった今でも変わっていない。素敵だ!
三日間のアキラの名古屋オイリュトミー講座に同行し、昨夜無事に帰宅できた。やっぱり思い切って行って良かった! 遠く九州の、京都の、新潟の、名古屋の仲間たち………新しいメンバーも加わって30人余りの面々が、朝から夜まで、みっちりとコトバと音に取り組む姿に圧倒される。
桜シーズン到来とあって、春休みでもあり、行きも帰りも家族連れの旅行者で駅はごった返していた。構内に電車の事故で遅延のアナウンスが何度も繰り返されて聞こえてくる。
ホテルに着いてすぐに、山海塾の天児牛大さんの訃報を知った。享年74歳。
突然、からだの中に1980年6月フランスのナンシーの聖霊降臨祭の、あのキラキラした太陽の光と、さわさわした新緑の爽やかな微風が過ぎった。あの時、あそこで、初めて天児さんに会った。
その年の4月復活祭の時、私たちは家族で西ドイツに移住した。アキラが6月のナンシー国際演劇祭に招聘され、友人の車で家族全員でコルマールを経由でナンシーに向かった。行く道のあちこちに「山海塾」のポスターが貼ってあったのを思い出す。天児さんもアキラもまだ若かった。二人ともあれからずぅーと今まで踊り続けてきた。淋しい。
今日から4月。さすが、今朝は体が重い。朝歩きは、桜の園までと決めて出かけると、曲り角で仔犬を乳母車に乗せてあるいているおばあさん(わたしも)にであい………ちょっとだけおしゃべり………不思議とわたしの体に力が流れて、結局1時間歩くことができた。
家に戻って、高橋巌先生のオンライン講座の見逃し配信を聞く…………「今は復活祭の前の受難の時。体を心配する周りのものからきつく止められても、お許しくださるなら、今日ぜひみなさんと会ってともにシュタイナーの根幹の思想であるキリスト衝動を共有したいのです」………今、先生の声がわたしの心の奥におりていく。