「アニメーションダンス」って!

朝から雨。中庭の杏の木の桃色の花もみんな散ってしまった。天使館の白壁を背に霧雨に濡れる朱色の木瓜がますます鮮やかに見える。その足元に黄色いラッパ水仙が寒そうに肩を寄せあっている。

「アニメーションダンス」って何⁉︎ 昨日初めて知った言葉………面白そう………早速、YouTubeを開いて観る。
重力が皆無のロボットと水中をゆったり漂うクラゲの動きが絶妙にあわさった不思議なダンス。びっくり仰天!でも素敵。

稽古にきたミツキさんにiPadの不具合を見てもらう。昨日大切なI日を費やして自分で試みたけどダメだったことが、あっという間に解決する。ありがたい。

わたしの前方に若い人たちが乗った時間が飛んでいくのが見える。わたしは………事故を起こしませんように………と祈りながら、のんびりと後についていこう。

わかめちゃんの髪型

お彼岸も過ぎたのに、春は行きつ戻りつ、何をしているのかな、春は?

午前I番に訪問美容のカトウさんに髪をカットしてもらう………ああ、さっぱり!
前髪をサザエさんのわかなちゃんのように、両脇に剃りを入れてツーブロックに、後ろを刈り上げる。カトウさんはわたしのイメージどおりに手早くカットしてくれるから嬉しい。その上「カサイさんのようなお年でこの髪型がぴったりな方はカサイさんだけですよ」とうれしい言葉まで。
白髪の髪に鋏を入れながらカトウさんは「今小学6年生が卒業式で着物を着る(着せる?)お子さんが多く、着付け、髪結で忙しいです。でも、そうできるお宅はいいのですが………子どもまで格差に巻き込まれて…………最近はシングルマザーの方もいらっしゃるし………」などとおしゃべりしながらわかめちゃんが仕上がった。

YouTubeで、寝たきり老人のムツキ替えにリハビリパンツを履いていく後期高齢者の訪問ヘルパーさん。笑い話ではない本当の話だと「働く人材クライシス(7)」で小島美里さんが話されているのを聴いて、身につまされる。わたしのところに来てくれる食事介助の訪問ヘルパーさんは、皆わたしと同世代の方たち。支え合って生きなくては!

さぁ、春を探しに外に出よう………わかめちゃんになって。

今日は地震………春は忙しい!

昨日は春雷、今日は地震。午前中外出するアキラを玄関に見送ったあと、わたし1人になった途端、グラッと揺れた。続いて大きな揺れが来るかもしれないので要注意、とテレビのアナウンスが聞こえる。しばらくの間、物につかまり次が来るのを待っていたが来ないので………地震って怖いね、なんて心のうちで他人事のように思い、地震のことは意識の中から消えてしまう。

80年近く自然災害に遭わず過ごせて来たのは、全く奇跡にちかいこと、幸いだったこと、と感謝しなければと神妙な思いになっても、しばらくすると、それも消え、いつもの日々に全幅の信頼ををもって生きている。

春雷

今秋の舞台のための稽古が天使館ではじまった時、みるみる間に灰色の空が濃くなり………春雷!

我が家の構造は至って単純にできている。長方形の箱を三つ縦に並べて、真ん中は吹き抜け、両脇の箱の上下の西側に玄関と書斎、東側に寝室とキッチン。
玄関を開けると風がキッチンを通り抜け、夏は涼しく、冬は吹き抜けの居間を暖めると家全体が暖まる。

2年前の四月、ついに頸椎が脱臼して頭部を支えられなくなった私は、急きょ東の2階にある寝室から吹き抜けの部屋に降りて来た。

以来、吹き抜けの部屋は、病室・寝室・食事の部屋・診察室・美容室・応接間・制作室・飲み会・食事会………になっている。
わたしは今年の12月に80歳になる。ずいぶん多くの人が私のカラダを通り抜けていったなぁ〜。キッチンから中庭の杏の木を眺め………ぼぉーとしているとシジュウカラが花の蜜を啄みに………急に冷え込んできた。

雷もおさまり、天使館の明かりも消え、稽古をしていた連中が我が家に戻ってくる。

彼岸入り

長男のチカシから「お彼岸だからお墓参りに行ったよ」というLINEがきた。笠井家と高橋家の墓石の写真が添付されている。ありがたい。おじいちゃんたち、おばあちゃんたち、孫の来訪にさぞ喜んだろう!(それに引き換え、息子と娘の親不孝には呆れているだろうなぁ)

かつて私が長いこと鬱病で闇の中で生きていた。その頃のわたしの唯一の友はモルモット(次男のレイジがどこかで拾ってきた⁉︎)だった。白と薄茶のツートンカラーの小さな可愛い小動物を「めあ」と名付けた。「めあ」とすぐ仲良しになった私は、息子たちの面倒(お弁当作りとか洗濯とか)を全くみないで、木箱でつくった「めあ」の住処を毎日せっせと掃除して清潔にして、野菜や果物の残りを食べさせた。数年を一緒に過ごした後、ある冷たい冬の日の朝、毛布を敷いた木箱の中で、この可愛い小動物は冷たくなっていた。鬱病やみの私は深い悲しみの塊りになって「めあ」のために何もできなかった。チカシは中庭に小さな穴を掘り小動物を埋葬した。そして「海生(うみお)の墓」と書いた木片をたてた。以来、我が家をめったに訪れないチカシは、来ると必ず冷蔵庫から野菜を少し取って「海生の墓」に供えていた。

およそ12年前、古くなった家を建て替え、中庭が新しくなった。「めあ」は既に大地に還っていた。

天使館の2階に住むミツとナオカの家族チャボの姉妹が死んだ。ふたりは悲しみを堪えながら、ヒメツバキとクチナシの木の下にチャボ姉妹を埋葬して、純白の百合の花をお供えしていた。

ドイツ語で、モルモットのことを「Meerschweinchen 」(メアシュバインヒェン・海の子豚ちゃん)という。だから、わたしの別名は「めあ」だと密かに決めた。
Meerschweinchen /海豚/🐬/火を司る精霊…………闇の中で生きていた私を温めつづけた「めあ」。

彼岸の入り……死者たちのことを想う一日。

今日の朝日新聞の記事

今日の朝日の朝刊の一面「婚姻の自由 同性婚も」/札幌高裁「認めないのは違憲」という判断を下す。
(遅すぎない?)

国際面「イスラエル、食料配給所攻撃」(食事の配給を待つガザの子どもたちの写真が載っている)/「生命線」崩壊なら代償大きい」とガザ出身の報道官の記事。
(1942年18歳4ヵ月で強制収容所で死んだユダヤ人の少女ゼルマが夢見たイスラエルは今どこにあるの?)

「デンマーク女性徴兵」ノルウェー、スウェーデンに続いて欧州3ヵ国目、国防予算の増加とともに、軍の強化の一環として………その理由として「戦争をしたいから備えるのではなく、戦争を避けたいから備える」と「男女間の完全な平等」
(ずいぶん単純な理由。そんなこと言っていいの!)

「雨の歌」   ゼルマ・M=アイジンガー/秋山 宏訳

雨の力強い歌はざわめきとなり/ますます激しい音をたてる。/森でさえ沈黙に落ち、/あふれ流れる空がうたう歌に聞き入る。

雨水は空より泡立ちながら降り下り、/大地にあたって、激しく跳ね返る。/猛り狂う、稲妻の怒りに激しく濡れながら、/雨は川となり、轟々と奔騰する。

大地は立ちすくみ、背を丸め、/轟音に鞭打たれて喘ぐ。/疾駆する獣のまきおこす蹄の音のように、/沸騰する音が大気に溢れる。

やがて、滾る音はささやく音に、/あまくけだるいつぶやきに変わる。/屋根に滴がポトンポトンと落ちるー/幸せにうっとりした、遥かな接吻のように。

1941年8月1日   16歳11ヵ月

 

 

 

情けない自分

夜明け前に目覚める。携帯で天気予報を見ると、今日は一日中晴れの予報。頭の中で………アレをやって、コレをやって………今日の自分の素晴らしい活躍を想像する………でも、いつもその通りにはいかない。

アキラに促されてやっと起き上がり、着替えをして外にでる。朝9時に看護士さんが爪切りに来てくれる。その後すぐにケアマネさんがくることになっている。7時に家を出て8時に戻らなければ!グズグズしていられない。一つ一つ失敗しないように転ばないように細心の注意で行動しなければならない。

午前中でエネルギーを使い果たし、目覚めの自分はすっかり失せ、午後の自分はなんと情けないことか!

岡真里さんの『ガザとは何か』を読んだり、千章さんが送ってくれた岡真里さんのインタビューの映像をみたり………いろいろ考えているうちに、情けない自分を忘れて夜になる。

明日の朝は、どんな自分になっているだろう。

朝食を食べながら…………。

花粉症になったのかくしゃみが止まらない。その度に骨折した胸骨が痛い。
玄関脇のガードローべ、といったらカッコいいが、狭い一室に衣類と一緒に雑多なのもが詰め込まれている。10年以上放ったらかしにしていたその部屋を、遂に先日アキラが整理した。無造作に放り出された洋服を見て、ふっと、一年後にもこんなことがあるかしら?と脳裏を過った。結局、部屋の中にあるものを確認して元のところに仕舞い込んだだけ。でも、体のなかに滞っていた何かが清々しい水で流された。

先日、朝食を食べにアキラと府中街道沿いのデニーズまで歩く。モーニングセットを注文して………周りのお客さんを観察する。新聞を読む人、お喋りに夢中の二人連れ、静かに和食定食を食べる人、商談に熱がこもるおじさん………面白い、色々な人がいる………世界で今、とんでもないことが起こっていても、ここにいる人たちは一人一人知り合いではないけど、みな今の自分を生きている………わたしも何も考えずそっと仲間入りする。

『ゼルマの詩集』(強制収容所で死んだユダヤ人少女) から

「夕暮れI」    ゼルマ・M=アイジンガー/秋山 宏訳

空の青、かぎりなく澄み、
白い雲もほほえんでいる。
黒い、あるいは緑のたおやかな木々が
おまえを見つめ、声もなく言うー「ごらん!」

なにもかも、メルヘンに聞き入っているように静かな、
やさしい空気につつまれている。
小鳥たちもみな、うっとりしたように耳を澄ませているー
香りしか聞こえない。

勿忘草(わすれなぐさ)のうえに落ちた雪のように、
白い雲がきらめく。
やわい痛みも青々として、
木々のうえにふりそそぐ。

あの木たちは黒か、緑か?
おそらく木自身にもよくわからないだろう。
一つの窓の中で、青から浮き出た
一滴(ひとしずく)の赤がふるえる。木々が花咲く。

          1941年7月14日   16歳10ヶ月

朝、中庭にうっすらと雪が………。

朝目覚めたら、中庭にうっすらと雪がつもっている………今日の朝歩きはできない………と決め込んで………ぬくぬくと布団に包まっていると………淡い光がさしてきた。

テレビで漫画『ドラゴンボール』の作者が亡くなったと伝えている。享年68歳。まだお若いのに。合掌。 

わたしが初めて読んだ漫画は小学一年生の頃、雑誌「少女」に連載された『あんみつ姫』。真っ赤なお振袖の美しい着物を着て、キラキラ煌めくかんざしをさしたおきゃんなお姫さま。しかも名前があんみつ姫とは!戦後の復興に親たちは夢中。わたしたち女の子も男の子も江戸時代のお城にすむ可愛いおてんば姫に夢中。毎月雑誌が出るのを指折り数えて待っていた。夢がいっぱいあった!そのあと、雪村いずみ主演の映画も見た記憶がある。

ヘルパーさんに介助してもらい遅い昼食を済ませると、アキタが外歩きするという。急いでわたしも……子どもの頃を懐かしんでいる場合ではない………歩かなければ、歩けなくなる。
4時半も過ぎると、西空は茜色に染まり美しい。天平の道を南に下って左に曲がると、東の空は薄墨色に沈んでいく。鴉がガアガアとすぐそばで喚いている。暮れる前に家に着き、思い出した………今日は6時半から高橋巖先生のオンライン講座の日。スレスレセーフ。急いでiPadを開き「照応する宇宙」の講義を聴く。

春は別れが多いけど、ひとり、ひとり、光の方に向かって歩いている。

中嶋夏のこと

中嶋夏が、遥か海の向こうメキシコから宇宙の彼方に飛んでいってしまった。春先の冷たい雨の日、中庭に咲くクリスマスローズを眺めながら………メキシコかぁ〜遠いいなぁ〜………ナツゥーと呼んでみると………目の前に宇宙大に広がったナツが顕われた。

ナツとアキラはともにダンサー同士。わたしはダンサーではないナツの話しを聴く。10代の終わりに出会ってから60年。じっくりと3人でお喋りしたのはたった一回とは!
決して大きいとはいえない体にいっぱい病気を抱えて………体の痛み、辛さは決してもらさず………命が尽きるまで踊り………体をするりと抜け出して飛んでいってしまった。

誰にもいえない体の痛みや心配があると、いつもナツから………チャコ、私ね………と始まるラインがきて………アキラはどう?…………やっぱり無理している………踊り子だものね…………と、一人で納得して終わる。私はいつもフムフム聴くだけで、悲しいかな、何もしてあげられない。でもいいの、ナツも踊り子ですもの。

ナツは80歳になる歳まで、子どもにも大人にも、心や体に障害があってもなくても、どこの国の人でも、自分の体を惜しまず舞踏を与え、舞踏を愛していた。本当に、本当に。

今、中嶋夏は私の体のなかにすみ始めた。

3月1日 ミユさん来訪

今日から三月。お昼頃、10年以上前にニューヨークで出会ったミユさんが訪れた。今、35歳だというから、その当時はまだ24、5歳だったのか! 英語が堪能であきらのWSの通訳をしてくれた。

その後、アフリカの発展途上国に海外青年協力隊員としていくの。だから先ずフランス語を学ぶの。と話していた。

数年して、いくら貧しい国の子たちのお世話をしても、貧しいゆえに死んでいく。自分は何もしてあげられない。よし、医者になろう、と決意して日本に戻り、懸命に勉強して信州の医学部に入学。数年間かかって卒業し、この春から、北海道の病院にインターンとして勤め始めるの。と話していた。

そして、今日、早春の明るい日差しが差し込む暖かいキッチンに座って、アキラが作ってくれたスパゲッティを頬張りながら「わたし信じているの。明日はきっとよくなると…………だから今日も楽しく生きるの」と話してくれた。

今度、いつ会えるかな………きっとまた会えるね………信じている。

笠井叡ダンスの学校 2024年4月~2025年3月 月2回(土曜日) 全24回 天使館 

AKIRA KASAI DANCE SCOOL 2024~2025

新規年間ダンス学校

四月開校

カラダという書物を 読み解く まったく未知の 誰もやったことのない なにものかを

創出する あなたはそこで コトバの本源のチカラによって 動きに目覚める カラダから生まれるのではなく

コトバから生まれるダンス

筋肉がコトバに コトバが筋肉になる それは「意味を伝えるコトバ」ではなく 生命に満ちたカオスとコスモス

お申込み・問い合わせは kasai_uemura@yahoo.co.jp

春にむかって

鎖骨にヒビが入ってから(雨の日続きということもあり)朝歩きをサボっていたので、今朝こそ歩かねば!と張り切って外に出る。お日さまは暖かいのに北風ピューピュー冷たい。からだが砂袋のように重たく感じる。
史跡公園中央から天平の道へ直線コースへ。ときどき突風がピュゥ〜。動いているのはわたしなのに思わず前に進まされ、風がわたしを推してくれた。

去年のクリスマスに、小春さんから貰った大きなポインセチアの葉が落ちてきたので、萎れた葉っぱを取ってさっぱりと剪定し水をあげ、日当たりのいいベランダに出すと、残っている葉っぱが生き生きとしてきた。庭にいつの間にか、クリスマスローズが咲いている。亡き君子さんのボケの花の朱色も際立っている。その下にラッパ水仙の黄色も見える。春近し…………。

わたしが十六歳でアキラと知り合った頃のこと、仙川の桐朋女子学園の高校に在籍していた時、単身スクーターでヨーロッパに乗り込んで日本に凱旋した若き小澤征爾さんが、いち早く我が講堂にやって来て中高全女子学生を前にお話をしてくれた。当時、桐朋女子の隣に小澤征爾さんの母校の音楽科があった。先日、88歳の偉大な音楽家の訃報をニュースで知って、何故かとてつもない大きな温かさにからだが包まれた。

静かな一日の終わり。ゼルマ・メアバオムの詩は、あまりにも悲しすぎる。
ゲーテの『若きウエルテルのの悩み』をまた読もう………ドキドキするし、生き生きするし、なんといっても人間のことを教えてくれるので………。

「もし人間がーしかし人間というやつはどうしてこういう仕掛けになっているんだろうねーこうまでしつこく想像力をはたらかせて過去の不幸を反芻せずに、虚心に現在を生きて行けたら、今より苦痛がすくなくてすむんだがね。」    ゲーテ/高橋義孝訳

『わたしは憧れに満ちている』

冷たい雨の祝日。外は静か………アキラは昨日からきょうとにWSに出かけている。レイジがわたしの面倒を見にきてくれた。ありがたい。

明日でロシアのウクライナ侵攻から2年。テレビで2年間のウクライナ市民の様子、破壊されていく街………人々の苦しみ、悲しみ、痛み、不安……を映し出した映像を観る。

1月末に注文しておいたSelma Meerbaum-Eisingerの詩集『Ich bin in Sehnsucht eingefüllt』が届いた。早速、17歳の彼女が書いた詩を読んでみる。

ねえ 知ってる 雨がどうやって泣くのか?
わたしは どうやって行くの? 怖くて 真っ青になって。
わたしは 知らない、何処に行くのか。
わたしは もうどれだけ怖いか わからない。
それはわたしの国なの わたしの国ではないの
夜はわたしのもの いいえ わたしが夜のもの
わたしの唇 こんなに真っ白 震えてる
ほんとに 泣いてるの?
(久子/試訳)

ゼルマがミハイロフカのナチスの強制労働所に送還され死亡してから八十年以上も経った。
ゼルマの愛した国ブコヴィナ(現在のウクライナ)は、今どこにあるのだろうか?

ブコヴィナ(現・ウクライナ)のチェルノビッツ生まれのユダヤ系ドイツ人。

胸骨が痛い!

10日ほど前、胸骨にヒビが入ったのか、痛みがだんだん強くなる。もしかして骨折?…………コマッタモンダ…………日に日に痛みの範囲が広がっていく………今、水平生活に逆戻りしたら………もう、垂直生活は戻ってこないだろう。

「壊れていくカラダを恐れるな」と自分が言ったコトバを口の中で、呪文のように呟いてみる。

春の前触れのように暖かい一日。落ち込でいる私を、何処かでニコニコ笑って見ているヒトがいる。案外ノー天気なんだな、私というヒトは………明日はまた新しい自分にあえるだろう。

桜の園

北新宿に住むみな子さんから、朝のお散歩で撮った遠くに見える新宿の高層ビルと「円照寺」さんの枝垂れ梅の素敵な写真と、「桜の園」はどんなだろうと添え書きしたLINEをいただいたので、朝歩きで撮った「桜の園」の写真とお返事を打って(コレがたいへん。あちこち打ち間違い、文章半ばでスゥーと消え去ったり、ゴメンネ)送信できた。うれしい!

我が家から5分の私の好きな「桜の園」(私の勝手に命名)も年を追うごとに整備され美しくて手が加えられ、植樹した頃の自然な趣が失せてきた。きっと、桜が満開になっても、花の下で子どもたちがボール遊びしたり、家族みんなでお弁当を広げたり、花びらを集めておままごと遊びをしたり…………できないだろうなぁ。

ハイウッドの高樹さんが、拙書「畑の中の野うさぎの滑走 焼けた石の上を1匹のトカゲが過った」の………未来から記憶の風が吹いてくる………という私の言葉………記憶は過去なのにどうして未来から吹いてくるの? とはいえ、この言葉、気に入ったと言ってくれた………うれしいな。

子どもの頃、みんなで光の国に住んでいて、たのしかったよね………今のグレーの地球を生きる私たちに、きっと未来から記憶の風が吹いてくるよ、きっと。

いつまでも美しい「桜の園」でありますように…………おやすみ…………。

大きな地図帳を買った。

大きな地図帳を買った。重たくて………ツルツル滑って………手からすぐに落ちてしまう。目的地を探すまで………拡大鏡を使わなくてはならないし………キッチンの狭い机の上において………背を丸くし………頭を前に突き出して………私の身体には最もよくない姿勢!

Rose Ausländerの詩の中に出てくる「Czernowitz」って何処?「Pruth」って川の名前? 何処からどこまで流れているの?………Bukowina,Tannenberg,Dorna—Vatra………ドイツ語だったり、ポーランド語だったり、ルーマニア語だったり、ハンガリー語だったり、ウクライナ語だったり………。私が行ったことのないところばかり。

私の体に余る大きな地図帳。でも、買ってっ良かった。Rose Ausländer が私のカラダのなかに少しづつ入ってきた。

ローザさん………また明日会いましょう…………美しい夢をみますように…………。

四つの言語

雪の翌朝の光線………強すぎる………わたしのカラダを露わにする………すこしの間、わたしのカラダを心のなかに隠しておきたいと、いつも思う。どうしてだろう?………ヨワムシヒサコサン!

ローゼ・アウスレンダーは、自分が生まれた土地ブコヴィナのチェルノヴィッツについて書いている。

「あの特別な風景、特別な人間たち。空気の中に物語や神話が漂い、人はそれらを呼吸していた。四つの言語を持つチェルノヴィッツは一つの音楽都市だった。多くのアーティスト、詩人たち、芸術の、文学の、哲学の愛好家たちに場所を提供した」

Czernowitz vor dem Zweiten Weltkrieg (ローゼ・アウスレンダー詩集から)

Friedliche Hügelstadt
von Buchenwäldern umschlossen

Weiden entlang dem Pruth
Flöße und Schwimmer

Maifliederfülle

um die Laternen
tanzen Maikäfer
ihren Tod

Vier Sprachen
verständigen sich
verwöhnen die Luft

Bis Bomben fielen
atmete glücklich
die Stadt

第二次世界大戦前のチェルノヴィッツ

自由な丘の街
ぶなの森に囲まれた
Pruth川に沿った牧草地
筏と泳ぐ人

ライラックが咲き誇る5月

ガス灯に群がる
Maikäfer(黄金色)
死の舞踏

四つの言語
互いに通じあう
甘い風

爆弾の落下まで
生きていた 幸い
の街       (久子訳)

18歳の時にアウシュヴィッツ強制収容所で殺されたSelma Meerbaum-Eisingerも1970年パリのセーヌ川に身を投じて亡くなったパウル・ツェランも共にブコヴィナのチェルノヴィッツの生まれ!
ブコヴィナのドイツ語名はウクライナ………色々調べているうちに知らないことが多すぎる………Meerbaumの詩も読んでみたいな………ナチスに殺されなかったら、先日の2月5日が100歳のお誕生日だとFacebookが教えてくれた………。

雪が溶けたら、お日さまに向かって朝歩きをしなくては。

今日は立春

朝、ベランダが濡れて………見えない雨が降っている。でも、昨日は外歩きをサボったから………今日は歩こう……
見えない雨だから大丈夫………蜂蜜ひと匙、お白湯一杯………カートを押して歩き出す(もちろん、独り歩きは禁止)見守り役のアキラと一緒に…………すぐ近くをカラスの家族かな?………春がくるのを喜び合って合唱しながら飛んでいく。時折白いものが目の前をよぎっては消えていく。

一つ一つの行動が日々スローになっていく…………ノロノロデモイイヨ、と誰かが呟いている………キッチンで再読している吉増剛造著『詩とは何か』を夢中になって読んでいる時、ふっと目を上げて中庭の杏の木を見ると、つがいの小鳥が飛んできて膨らんできた裸の枝のあちこちを啄んで飛び去っていった。

今日は立春。新しい自分になれますように。

久しぶりのミツ

春近し………お昼過ぎ、めずらしくミツタケがわたしの外歩きに付き合ってくれたので、月末の忙しいゴタゴタ気分も一掃され、わたしの好きな如月が始まった。

都内の画廊で、チカシの写真展が今日から始まったらしい。テーマは「川」。Facebookで知った。
レイジは、今月中旬に行われる藤野のシュタイナーシューレ上級生のオイリュトミー発表会の作品指導で忙しいらしい。
ミツタケは、週末金沢でナオカさんとダンス公演を行う。

先日、ポロリと奥歯が取れた。痛くもない。残りの歯はあとわずか。どんどんカラダが枯れていく。
眠る前、ローゼ・アウスレンダー詩集『雨の言葉』を読む。深く眠れますように……………。

私は誰/Wer bin ich 加藤丈雄訳

絶望に陥ると
私は詩を書く

うれしいと
詩が自ずとわく
この私の中に

私は誰
もし
詩を書かないのなら      

一月の最後の日に思ったこと。

多摩総合医療センターの整形外科、松谷先生の予約日。ヘルパーの原さんに同行してもらいお昼前にタクシーで……明るい陽射し、もう春だ!病院行きなんてもったいないぞ………でも……予約票に従って、レントゲン室から………次は松谷先生の診察室へ………全て済ませて家に戻る………やれやれ家に戻り………疲れたなぁ。

ベルリンでビジョーから貰ったRose・Ausländerの詩集を開いて、序文「Alles kann Motiv sein」を読んでみたくなる………「Warum ich schreibe?」(なぜ、わたしは書くの?)で始まる文章…………書く・言葉を引き出す………何処から?………自分の内側から………外の世界から………。

病院の診察室で、先生に聞いてみる「喉に山があって、そこを食べ物が乗り越えていくんですけど、山が大きくなって道を塞いでしまったらどうなるのでしょう?」と。先生は「口から食べられなくなったら、胃に直接食べ物を入れる方法・胃瘻ですね………」とおっしゃった。

明日から、少しずつAusländerのドイツ語に挑戦してみよう。
一月の終わりの日に思ったこと。あたたかい1日。

冬のひかり

今日の日差しは美しい。キッチンからその美しい光を眺めていると、頭の中に「Nobody is here」ということばが浮かんかできた。アキラが三東瑠璃さんと大植真太郎さんに振付たダンス作品のタイトルだ。

今、吉増剛造『詩とは何か』を再読している。初めて読んだ時の新鮮な感動が蘇ってくる。

「詩作とか芸術行為というのは、「わたし」が主役ではないのです。自分が気がつかないことを、ふっと、………そんな仕草の中にこそ、おそらく「詩」というものは、少しだけ感じられるものでしょう。」

前読んだ時に赤線を引いた箇所。また、初めて出会った文章のように緑の色鉛筆で線を引く………少しずつ深く入っていく。

ヴィスワヴァ・シンボルスカの『終わりと始まり』を本棚から持ってきて開いたら、2012年2月7日の朝日の夕刊の切り抜きがでてきた。ロシア・ポーランド文学者 沼野充義の「ポーランド詩人・シンボルスカを悼む」という追悼記事。詩人は、2012年2月1日八十八歳で肺がんのためクラクフで亡くなった。

「クラクフ」って何処?ネットで調べてみると、東はウクライナ、西はドイツ、南はチェコとスロヴァキア、北はバルト海に囲まれた自然豊かな「平原」(クラクフの意味)で、ポーランドの南に位置していて、アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所もあり………。

「詩の好きな人もいる」   ヴィスワヴァ・シンボルスカ/沼野充義訳

そういう人もいる
つまり、みんなではない
みんなの中の大多数ではなく、むしろ少数派
無理やりそれを押しつける学校や
それを書くご当人は勘定に入れなければ
そういう人はたぶん、千人にふたりくらい

好きといってもー
人はヌードル・スープも好きだし
お世辞や空色も好きだし
我を張ることも好きだし
犬をなでることも好きだ

詩が好きといってもー
詩とはいったい何だろう
その問いに対して出されてきた
答えはもう一つやふたつではない
でもわたしは分からないし、分からないことにつかまっている
分からないことが命綱であるかのように

明日は、ドイツの友人ビジョーから貰った、ネシンボルスカと同時代の詩人、ローゼ・アウスレンダー(ドイツ系ユダヤ人)の詩を読んでみよう………ネリー・ザックス………パウル・ツェランの「誰でもないものの薔薇」も……………動乱の時代、他民族国家の中で生きた詩人たちの言葉に触れてみたい。

おやすみなさい…………明日も美しい日でありますように。

吉祥寺シアターに『ヘルマン』を観に行く。

昨夜、ミツタケの車で、川村毅 構成・演出「ヘルマン」を吉祥寺シアターに観に行った。
久し振りに………芝居?演劇?ドラマ?………ポスト・ドラマ!………というのかな、川村毅さんの大きな頭のなかから飛び出したヘルマン・ヘッセ。言葉あり、ダンスあり、映像あり………吉祥寺シアターの純白の舞台空間にヘルマンがいっぱい拡まって、おもしろかった。観にこられてよかった。

終演後、老いたノーベル賞作家・ヘッセ役の麿赤兒さん、新船洋子さん、川村毅さん、プロデューサーの平井佳子さん、世田パブの三上さおりさんらに、直接お目にかかることができた。みなさんお元気、なにより、なにより。嬉しかったな!

『編輯部からの手紙』   ヘルマン・ヘッセ/片山敏彦訳

「われわれに深い印象を残された
貴作の感動的な詩に対し厚くお礼を申します。
さて洵に遺憾ながら、当方の刊行物には
あの詩は多少不向きと存じます」

こんなふうにどれかの編輯部が
ほとんど毎日のように書いてくる。手紙は次第に積み重なる。
なんだか秋の匂いがする。そしてこの漂泊の子は
はっきり悟る、自分にはどこにもふるさとのないことを。

それで唯、自分のためにだけ、目的なしに私は書き
枕元のランプに向って読んで聞かす。
ランプもおそらく耳を籍さぬ。
しかし明かりをくれて黙っている。それだけでも有難い。
“ Brief von einer Redaktion”

大寒

今日は大寒。やっぱり朝から冷たくて寒くて………布団にくるまって灰色の空模様を眺めていて、いつまでも起きられない………コマッタモンダ………頭の中に、昨夜眠る前に想いえがいた「明日やりたいこと」が並んでいる。ベットの側の机の上には、読みたい本が積んであり………冷たい雨模様だから外には行けない………などと自分に言い訳してグズグズ怠けながらも………外歩きをしたい………と矛盾している。

去年の暮れに頂いた林浩平さん『全身詩人 吉増剛造』(論創社)。川崎三木男さんの『わが魂の航海術』(水平社)。榎本パソン了壱さんの『桃源紀』(螺旋社)………どれもこれも早く読みたい。

数年前、吉増剛造著『詩とは何か』を読んでびっくりした、すごい! 何が凄いのか、言葉にできないけど、わたしのカラダが喜んだことは確かなこと。今でもその時の感覚は忘れていない。

雨が降り出した………今日は稽古場も静かだ。「全身詩人」素敵な言葉………さぁ、ゆっくり読み始めよう。

陽が落ちる頃、霙に…………

食べ物(それも歯を失って入れ歯になってからは柔らかい食べ物)が食道を通る時、ヒョイと小さな瘤を越えて胃の方に向かうことが多くなってきた。以前は感じなかったことだ。瘤は少しずつ成長していく。これからどうなるのだろう。食べ物の通り道が塞がれてしまうのだろうか?………頭部は重たい。垂直になると首はどんどん前のめりになる。

水平生活が一番楽だけど、脚の筋力は落ち、寝たきりになり、食欲は失せ………あぁ、私のカラダのこの矛盾律………なんて、心配してもどうにもならない。

そうだ、昨日ヘルパーさんが明日は雪になるかもしれない、と言っていたのを思い出した。
ぬくぬくと怠けていないでお日さまのある今のうちだ。ダウンのオーバーで身をかため、外に出ると…………暖かな柔らかい陽差しに包まれて、私の行く手にうららかな春があった……あぁ、懐かしい曲……頭のなかにモーツァルトのクラリネット協奏曲第二楽章が聴こえてきた。美しい記憶の風がカラダを通り過ぎていく。

陽が落ちる頃、外は霙に………天使館の窓に灯りがつき、アキラの「金鱗の鰓を取り置く術」の講座が始まった。

1月11日の私

新年明けて、あれよあれよという間に時間が過ぎて今日はもう1月11日。3日前に神奈川KAATでの『魔笛』公演も無事に終わり…………寒い今日、一日中家の中で………空気が抜けたゴム風船のように………落ち込んで………さてどうしよう⁉︎………これが私の現実………この現実を肯定し、肯定し、肯定し………この現実の上の私を肯定し………あたまの迷宮の彼方に………飛んでいく自分を見た…………その時、アキラが「いちごミルクを作って食べない?」と言いながら2階から降りてきた…………いちごミルク!いいねえぇ〜突然胃が動き出す。

おおつごもり

去年の12月の末は、家族全員で旅行に行った。今年の大晦はアキラと二人。チカシはどうしているかな?レイジとヒロコは実家の片付けに。ミツとナオカは3日前から3人娘(チャボの姉妹)を連れて、車でどこへやら………。みんな自由に拡散したり収縮したり………というわけで、我が家はいたって静かな大つごもりを過ごしている。

以前、ドイツ人のプロデューサー・ビジョーから頂いたRose Ausländer 詩集からー

「Gemeinsam I 」 Rose Ausländer

Vergesset nicht
Freunde
wir reisen gemeinsam

besteigen Berge
pflücken Himbeeren
lassen uns trage
von den vier Winden

Vergesset nicht
es ist unsre
gemeinsame Welt
die ungeteilte
ach die die geteilte

die uns aufblühe
die uns vernichtet
diese zerrissene
ungeteilte Erde
auf der wir
gemeinsam reisen

「いっしょに」 加藤丈雄訳

忘れないで
皆さん
私たちはいっしょに旅してることを

山に登り
木苺をつみ
四つの風に
運ばれる

忘れないで
これは私たち
みんなの世界
分け隔てのない世界
ああ 区分されてはいても

それは私たちの花を咲かせてくれる
それは私たちを葬り去る
この引き裂かれた
分け隔てのない大地
そこに私たちは
いっしょに旅をしている

新しい年は、分け隔てのない大地を皆んないっしょに旅ができますように………。

ポスト舞踏派 『魔笛』

その時
秘密結社は消滅し、
すべての人間がフリーメイソンになる。

ポスト舞踏派新作公演
現代日本のダンスシーン最前線で活躍する
森山未來、辻󠄀本知彦、菅原小春、島地保武、大植真太郎が結集
W.A.モーツァルト歌劇『魔笛』に挑む!

『魔笛』公式ウェブサイト https://www.post-butoh-ha.com/


当日券についてのご案内

ポスト舞踏派『魔笛』では、当日券を公演前日より【ご予約制】にて発売します。
以下、ご注意事項を確認の上、フォームからお申込みください

【ご予約受付期間】
1月7日(日)18:00~ 1月8日12:00

【料金】
当日券(一般)6,500円 当日券(見切れ席) 5,000円
※U-25チケットはありません
※見切れ席は舞台の端や舞台の奥が一部見えないお席となりますのでご了承下さい

【発売枚数】
当日券(一般)15枚程度 当日券(見切れ席)30枚程度
※発売時の状況に応じて発売枚数を決定するため、上記は目安となります
※お申込みは1名様につき1枚までとさせていただきます

【購入方法】
下記フォームにてお申込みいただき、当日会場受付にてお名前を申しつけ下さい。
お支払いは現金のみとさせていただきます。
https://www.quartet-online.net/ticket/mateki2023

【ご注意】
※14:50までに受付にお越しになられない場合はキャンセル扱いとさせていただきます


【振付・演出・構成】笠井叡
【出演】森山未來、辻󠄀本知彦、菅原小春、島地保武、大植真太郎、笠井叡

【日時】
2024年1月8日(月・祝)15:00 開演(14:30 開場)

【会場】
神奈川芸術劇場KAAT <ホール>

【料金】
一般 6,000円 U-25 4,000円


主催:一般社団法人天使館
提携:KAAT 神奈川芸術劇場
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術等総合支援事業(創造団体支援))
独立行政法人日本芸術文化振興会

お問合せ:HiWood(ハイウッド) hiwood.info@gmail.com

『Müßige Gedanken』ー閑な思想ー

ティーファクトリーから来春の一月公演 川村毅 構成・演出「ヘルマン」のお知らせを頂いた。
チラシに「なぜ、今、ヘルマン・ヘッセかー ぼくの魂の、ほんとうの居場所を探してる」とあり、麿赤兒さんが出演………場所は吉祥寺シアター。これは面白そう………観にいきたい………いや観に行こう………あきらの公演『魔笛』も終っているし………ハンディーキャブを予約すればいけないことはない。嬉しい予定!

わたしがヘッセの詩と出会ったのは、昭和37年5月にみすず書房から上梓された片山敏彦訳『ヘッセ詩集』。
『ヘッセ詩集』が本屋に並んだ直後、300円で購入した。当時、詩を読む習慣があまりなかったわたしが、ヘッセの言葉になぜか惹かれ、今でも………そう。

「閑な思想」    

やがていつか、これらはすべてなくなるのだ。
愚かしく天才的な 数々の戦争も
敵の中へ悪魔のように吹きつける毒ガスも コンクリート製の沙漠もそして
荊の刺ではなく針金の緻密な刺を持っている森、数えきれない人間が
苦しみに顫えながら倒れている死の揺籠
たくさんの智能を絞り おびただしい骨折を支払って案出され
無数の卑劣な機智を用いて編み作られた死の大網
地の上に 空中に 海の上に張られた死の大網ーやがてこれらはなくなるのだ。
それらのものがなくなったとき 山々は青空に聳え
星々は 夜毎に光るだろう。
双子座・カシオペア・大熊座
それらは悠々といつまでも運行をくり返し
樹の葉 草の葉 朝露の銀にきらめいて
明けゆく日に向かい 緑の色を増すだろう。
そして永久に吹く風の中で わだつみは
巌と 蒼白い砂丘へと 幾重の波を打ち寄せる。
しかしそのとき 世界歴史はもうすんでいる。
血と痙攣とごまかしとの莫大な大河とともに
ほら吹きの世界歴史は
濁った塵芥の流れのように消え失せて
世界歴史の数々の表情は消え
その限りない貪欲も静まり 人間が忘失される。

われらが心をこめて魅惑的に
われらが倦むことを知らず数多く発明した
心を奪う珍奇ないろいろな代物も その時には 忘れられる。
編み作ったわれらの詩
従順な地球の周りに われらの愛が刻みつけたすべての形象
われらの神々や聖所や清祓の式
そしてABCも「一かける一」も その時にはすでにない。
われらの大オルガンのフーゲが与える神々しい大歓喜も
ほっそりと鋭い塔をもつわれらの堂宇も われらの書籍や絵も
言語も 童話も 夢も 思想も
そのときにはもはやなく 地にはもうどんな光輝もないだろう。
おぞましいすべてのもの 美しいすべてのものの没落を
静かに見まもった創造者は
すっかり空(くう)になった地上を永らく見つめる。
晴れやかに 彼をめぐって星々の
円舞の歌が鳴りひびき 星々の
きららかな光の中を ささやかな
われらの地球は陰鬱な地球として泳ぎつづける。
思いに耽り創造主は そこばくの粘土を取って捏ねる。
再び彼は 一人の人間を造るだろう。
彼に祈る一人の小さな息子
その笑いと仕草と七つの道具とに
創造主は 楽しみを賭ける。
その指は嬉しげに意のままに粘土を捏ねる。彼は喜びながら 形(かたち)を作るのだ。

上記の詩は、「ヘッセ詩集」(みすず書房刊)の冒頭にあげられている。訳者の片山敏彦の「序にかえて」によると、第二次世界大戦たけなわ以前にスイスに住むヘッセから直接に送られてきた「Müßige Gedanken」を訳したものだという。

19歳の私がこの詩を読んだ時、ヘッセの言葉がどれだけ私のこころに響いただろうか。
それから79歳の今もなお、私のこころにヘッセは住んでいる。

冬至が過ぎて。

午前中、和子さんがチョコレートのクリスマスプレゼントを持って訪れてくださった。いつもいつも優しく温かい和子さん。嬉しいな………ありがとう。

陽があるうちにと2人で散歩に出る。静かな真昼時………お喋りしながら朝歩きのコースをゆっくりゆっくり………和子さんは「キッチンに座って中庭を眺めていると、時々わたし、生きていたくない!と思うの。死にたいと少しも思わないのにね」という私の自分勝手なとんでもないな愚痴を黙って聞いてくれる………和子さんは「時々、思い出したくない嫌なことがフゥと出てくるの。そんな時はモグラ叩きでポンと叩くの。だからグラ叩きの毎日よ」と軽やかに応える。

和子さんとはビックリするほど長いこと同じ時間を歩いてきた………同じ方に向って。混じり合ったり、溶け合ったりしない。いつもとなりを歩いている途上の人………きっと、これからも。

4時にヘルパーのオガサワラさんが食事介助に来てくれる。ベッドを16度まで起こし、まず、口の嚥下体操から。ゆっくりゆっくりスプーンで食べ物を口に運んでくれる、誤嚥しないように注意して。食べ始めた時はまだ西の空が明るかったのに、終わる頃は日が落ちてすっかり暮れている。わたしと同年輩のオガサワラさん、すっかり暗く寒くなった夜のなかを次の仕事に自転車で向かう。ご無事でありますようにと心のなかでつぶやく。

冬至が過ぎて、これからは一日一日と日が延びて、ふたたび新しい季節がめぐってくる。

フランシス・ジャムの詩

久しぶりに実家の義姉と電話で長話をする。わたしとほぼ同年の彼女はクリスチャンホームで育ち、兄と結婚して環境も人間関係の作り方も考え方も異なる商家に嫁ぎ、妻として3人の子どもの母として舅・姑を送りわたしには想像できない苦労を重ね今がある。その商家の五人姉弟の末っ子として育ったわたしは、実家を飛び出してプロテスタントの親のもとで育ったアキラと結婚し、どうにか今までやってきた。

義姉は「結婚した時は、自分の育った環境とあまりにも違うのでビックリ!それからいろいろ大変なことがあったけど、信仰がわたしを救けてくれたの。祈りがあったの」と話してくれた。

信仰か! 思い返すと、わたしは迷宮空間を彷徨って今に至り、まだ、彷徨いつづけて心が定まらない。今まで何をしてきたのだろう。

  「序 詩」    フランシス・ジャム / 堀口大學訳

神さま、
あなたは私を人界に呼び出しなされた。
それで私は参りました。
私は、苦しみ 愛します。
あなたが下さった声で私は語りました。
あなたが私の父と母におおしえになり
両親が私に伝えた文字で私は書きました。
私は私の道を行きます、
子供たちに冷笑されながら、
頭を下げて通る重荷を背負った驢馬のように。
あなたの御都合のよい時
私はあなたの御心のままの所へ参ります。

寺の鐘が鳴りまする。

冬至に向かって………夜の闇は深くなり…………。

何故こんなに井筒俊彦著『神秘哲学』に惹かれるのだろうか。再読し始める。二度三度同じところを繰り返し読む。分かったつもりで読んでもすぐ忘れる。本文の至る所に赤や朱や紫や黄の色鉛筆で線が引いてある。

「神秘主義は……………かぎりなく遠く、しかもかぎりなく近い神、怒りの神と愛の神ー神的矛盾の秘儀を構成するこの両極の間に張り渡された恐るべき緊張の上に、いわゆる人間の神秘主義的実存が成立する。故に神秘主義は一つの根源的矛盾体験である。……………」序文から。

今日も1日暖かい穏やかな日。朝から植木の井上さんが中庭の伸び放題の植木の枝や雑草を瞬く間に刈り取ってくれた。あぁさっぱり! 天使館は『魔笛』の稽古。時々ダンサーたちが稽古の聖域から、中庭を通って日常空間キッチンにやってくる。ほっとした表情で………美しい。
食事介助のヘルパーさんがポストから新聞を持ってきてくれた。
イスラエル軍が「ハマス地下トンネルに注水開始」という記事。トンネル内には人質がいるらしい。胸が苦しい。

冬至に向かって、どんどん日が短くなり夜の闇が深くなり…………。

メフィストテレスのことば

先日、ガスの検針票と一緒に「検針票のペーパーレス化および書面(検針票・払込書)の有料化について」というチラシが一緒にポストに入っていた。紙の検針票は2024年10月まで。以降は、税込165円の払えば紙の書面を郵送してくれるという。やれやれ、また小さな長方形の文字盤にパスワードやら数字を打ち込んで会員登録をするのか………簡単便利といっても、指がふにゃふにゃ、おまけに視力の衰えた私にとっては便利とは 程遠い。登録完了までに恐ろしい時間が奪われる。銀行も買い物もチケット購入も………何もかも携帯の小さな長方形で事足りるらしい…………とはいうものの、こんな事に時間を費やすなんてバカらしい。いち辞めた、外に出よう。

戸外は師走とは思われない陽気。こよなく心地いいお日和でわたしのカラダは嬉しいけど………どこか狂っている。さぁ、いつものように………エム、エヌ、エム、エヌ………心に風を通して………エム、エヌ、エム、エヌ………どこからか力がながれてきた…………。

Grau,teurer Freund, ist alle Theorie
Doch grün des Lebens goldner Baum

「ねえ君、およそ理論なんていうものは灰色だ。ところが、生命の黄金なす樹木は緑したたるごとしさ」   井筒俊彦著『神秘哲学』 「第二章 プラトンの神秘哲学」

もうじきクリスマス

昨日も今日も1時間朝歩きした。クリスマスが近いというのに異常に暖かい。こんな日が続くとありがたいなと思うけど、なんとなく物足りない。

Stuttgart に住んでいた時、お向かいのバーバラはこの時期になると、毎日シュトーレンやクッキーを焼いてポーランドの親戚や友人に送っていた。まだ東西が冷戦中だった。バーバラは「あちらからくる手紙は、必ずどこか破られているのよ」と怒っていた。

2009年の春1ヶ月フランスのアンジェに滞在して、CNDC(国立ダンスセンター)でアキラがWSを行なった。集まったWS生の中にポーランドの女性がいた。彼女にはフランス人の養子になったポーランド人の恋人がいて、その彼と結婚しようかどうか真剣に悩んでいた。彼女は私に「このWSが終わっても私は国には帰らない。ポーランドは今とても貧しいの。私には兄妹がいっぱいいて食べていけないの。彼はフランス人の養子になったからお金にはこまらないわ」と話してくれた。
WS生にはイスラエル人もアラブ人もいた。2008年12月から2009年初頭にかけてイスラエルはガザ地区に空爆し多数の犠牲者が出た。そんな不穏な世界情勢のなか、復活祭の日アキラのWS生たちはみんな肩を寄せ合って卵に色付けをしてキリストの復活をお祝いした。

あれから、もうずいぶん経ったけど、みんなどうしているかなぁ〜。無事でありますように。

どんどん地球星は闇に向かって堕ちていく。

初冬の日差しのなかで、ちょっと独り歩き………。

朝9時にシンタロウクンが中庭からキッチンに入ってきた。公演のために2ヶ月ほどスウェーデンから帰国して日本に滞在中。この間にアキラの『魔笛』公演とミトウルミさんとのデュオ公演『nobody is here』で踊る。お家はスウェーデン。中庭に差し込む初冬の朝の光を背に、まずは珈琲一杯。そして、アキラと一緒に稽古場へ。リハーサルが始まった。

昼間の暖かい陽射しのうちに外歩きをしよう。ゴトゴトカートを押して一人で出かける。風もなく穏やかなお昼時。人の気配もなく静かだ。M、N、M、N………いつの間にか、MとNが歩いている。私はみえない。

カートに入れた携帯がなっている………アキラだ………一人で出てきたので心配しているのだろう………小さな長方形の奥から微かに音楽がきこえてくる………振り付けの真っ最中らしい………ゴメン、ゴメン、あまり気持ちがいいのでちょっと独り歩きがしたくなった………とモゴモゴいって一方的に携帯を切る………。

今日は今日。明日はわからない。生きることは素晴らしい!

もうじき79歳がやってくる。

メイ・サートンの『終盤戦 79歳の日記』(幾島幸子訳/みすず書房刊)の訳者あとがきに「著者は前々から八〇歳の誕生日に、生まれて七九年目の一年前の日記を出したいという思いがあったと書かれており、その望みどおり、七八歳の誕生日から書きはじめて七九歳の誕生日で終わっている。………」と、この本にたいするメイ・サートンの想いが書いてある。

私の生まれて七九年目があと十日後にはじまる。七八年目の終盤11月30日『今、ショパンを踊る』のリハーサルを見に、いずみホールに車で連れて行ってもらう。その前の三日間、歯痛でお多福さんになったワカメちゃん状態で外歩きができなかった。

今日から十二月。もうじき七九歳になる。今日の午後、キッチンからベランダにおりてみた。薄青の空に白い雲が綿毛のように浮かんでいる。我が家の杏の木の葉は上の方の枝にかたまってフラフラ風に揺られている。
あぁ、気持ちがいい!と思わず伸びをすると、稽古場から来春のあきらの新作『魔笛』の稽古にきていたトモくんがでてきて、同じように伸びをした。穏やかな初冬………もうじき私の七九歳がやってくる。

「夕ぐれの時はよい時」

「夕ぐれの時はよい時」   堀口大學

夕ぐれの時はよい時、
かぎりなくやさしいひと時。

それは季節にかかはらぬ、
冬なれば暖炉のかたはら、
夏なれば大樹の木かげ、
それはいつも神秘に満ち、
それはいつも人の心を誘ふ、
それは人の心が、
ときに、しばしば、
静寂を愛することを
知つてゐるもののやうに、
小声にささやき、小声にかたる…………

夕ぐれの時はよい時、
かぎりなくやさしいひと時。

若さににほふ人々の為(た)めには、
それは愛撫に満ちたひと時、
それはやさしさに溢れたひと時、
それは希望でいつぱいなひと時、
また青春の夢とほく
失ひはてた人々の為には、
それはやさしい思ひ出のひと時、
それは過ぎ去った夢の酩酊、
それは今日の心には痛いけれど、
しかも全くわすれかねた
その上(かみ)の日のなつかしい移り香(が)。

夕ぐれの時はよい時、
かぎりなくやさしいひと時。

夕ぐれのこの憂鬱は何所(どこ)から来るのだらうか?
だれもそれを知らぬ!
 (おお! だれが何を知つてゐるものか?)
それは夜とともに密度を増し、
人をより強き夢幻へとみちびく………

夕ぐれの時はよい時、
かぎりなくやさしいひと時。

夕ぐれ時、
自然は人に安息をすすめるやうだ。
風は落ち、
ものの響き(ひびき)は絶え、
人は花の呼吸をきき得るやうなきがする、
今までかぜにゆられてゐた草の葉も
たちまちに静まりかへり、
小鳥は翼の間に頭(かうべ)をうづめる………

夕ぐれの時はよい時、
かぎりなくやさしいひと時。

        
             

スクラップブック

11月25日のアキラの誕生日の夜から、のこりわずかになった歯のうちの奥歯が腫れだして、三日間ほど外歩きができなかった。お多福のように膨れたほっぺを氷で冷やし一日家の中………秋たけなわの日々なのに、外に出られず残念。

10月7日以来のパレスチナガザ地区の記事の切り取りが大学ノートにいっぱいになった。私の手に余る大きな新聞誌面をガサガサ広げて、気になる記事をハサミで切り取るのはかなり大変な作業ではある(鋏は重く曲がった指で誌面をまっすぐ切り取るのは難しい)。でも、絶望と悲しみの記事が続いていたが、双方が少なくとも人質解放に向かったという記事をスクラップできることはうれしい。いつもそのノートは私の枕元にある。今日は、解放された子どもたちが瓦礫の上にのって楽しそうに遊ぶ写真を貼ろう。うれしいね………よかったね………。

お多福さんのようなほっぺも、今日は大分元に戻って元気が出てきた。温かい紅茶を淹れて、先日頂いたシュトーレンを食べよう。

明日からまた寒くなるらしい………おやすみ。

 

 

 

 

 

うつくしい朝の空気

二日間、朝歩きをしなかったので、今日こそ歩かなければ………と歩き出すと、あぁ気持ちがいい……桜はすっかり葉をおとし、銀杏の葉は真っ黄色に染まって、柿の木は真っ赤な実で重たそう。ピッピッピッピッー………カウ〜カウ〜、カーウ〜カー………私は、エムエヌエムエヌと唱えながら、まわりと一緒に動いている。晩秋の朝の空気はクリスタルのように冷たくて透明。光は物の輪郭を際立たせる。

あぁ、全てはこんなに美しいのに…………!

小春日和の日

小春日和のような暖かな日差しが、吹き抜けの部屋に差し込む。ありがたいことに、昼間はストーブがいらない。洗濯機が止まったので、洗濯物を引き出して、陽が高いうちにベランダに降りて、物干し竿に干したい、と思うのだが、キッチンから外に出るのは禁止されている(実は、時々内緒で干しにでる………カラダの中に確実なものを感じる時は)。外は時折旋風のような突風が吹いている。危ない!確実に私のカラダはバランスを失うだろう。今日は、あきらに干してもらおう。

フェミニストの友人千章からメールが来た。いろいろな情報を教えてくれる。生きるのはしんどいなぁ~などとぶつぶつ言っている私は、贅沢者、怠け者だ!と反省する。

午後、訪問美容師さんに髪をカットしてもらう。サザエさんのわかめちゃんorちびまる子ちゃんのようにと注文。出来上がりを鏡で見て、わぁ〜可愛いじゃん。嬉しい、気に入った。ありがとう。

夕暮れ時は、いつも落ち込む。そっと鏡を覗いて、自分で自分んを呼んでみる「ワカメちゃん ちびまる子ちゃん。美しい夢を見ながら、明日までカラダを忘れてゆっくりおやすみ………」。

 

 

 

毛糸の手袋を編みながら想ったこと

朝日新聞の切り抜きから:

11月5日(日) 逃げる子、叫ぶ男性………「これは虐殺」/今にも泣き出しそうな小学生の男の子や「神よ!」と叫んで天を仰ぐ男性………/

11月14日(火) ガザの病院 機能停止/「未熟児ら15人死亡」報道………/スーダン 住民800人超死亡………/パリ「ダビデの星」落書き相次ぐ………/ヒズボラ、米に停戦対応要求………/

11月15日(水) 暗闇 消えゆく赤ん坊の声/ガザ 包囲されたシファ病院の医師 薬もない でも見捨てない………/

 

おしりにムツキを着けた小さな命たちが青いシートの上に転がっている写真。握りしめられた小ちゃな手……大きな頭部と萎えた脚………(生きることを知らないで、このまま死んでいくのだろうか? あまりにも可哀想……痛ましい!)

「神よ、救いたまえ」と祈るイスラム教徒のパレスチナの人々/ユダヤの人々にとって、イスラエルは神から与えられた約束の地。

楽園で知恵の実を食する前の、善も悪も知らない無垢な幼な子も贖う世界、そんな世界を創った神の世界は認められないという、イワン・カラマーゾフの無神論について、神っているの、いないの?

さまざまなことを想いながら………冬の朝歩きのために、マシュマロのようにふにゃふにゃの奇妙に変形した我が手にはめる毛糸の手袋をやっと編めた。不細工な出来だけどあったかい。でもまだ右手だけ。冬が終わる前までに左手が出来上がるだろうか、自信がないなぁ………!

 

 

 

 

 

 

 

 

急に、冬が来た。

急に寒くなった。夏のギラギラの太陽を、やっと、のりこえたのに………次は、冬の木枯らしかぁ………心細くなる。冬は着る物が多くなるし………とりわけ寒い朝はカラダが重いし…何をするにも時間がかかる………ぬくぬくと着替えもなしで、布団の中に居続ければ、確実に水平生活に逆戻りするだろう………などと想う前に起き上がり………動け!

外は、おお冷たい! 道傍の桜と楓の朽葉を拾って朝日に透かしてみる。葉一面に繊細な幾何学模様の線がはしっている。なんと美しいのだろう。

足早に走っていく中学生たち。ママチャリに我が子を乗せ風にむかって小学校に急ぐお母さんやお父さんたち。始業のチャイムが遠くで鳴っている。

気がつくと、私の口は「エム、エル、エム、エル………」と唱えている。なぜ「エム、エル」なのかわからない……全てが愛おしく感じる瞬間………。

晩秋から冬へ………クリスマスから新年へ………光と闇をくり返しながら螺旋状に時は進んでいく。

 

私のカラダは一つの宇宙

立冬を過ぎたとはいえ、朝の陽の光は肌に温かく、風は穏やかで過ごしやすい日。こんな日が続くといいなぁ〜。

今日は、午後からヘルパーさんに付き添ってもらい都立三多摩総合医療センターの整形外科を受診。かれこれ50年前、慢性関節リウマチの診断を下された病院。当時は都立府中病院といって、旧式な木造建の総合病院だった。まだリウマチ科がなかった。リウマチ患者の多くは女性が占め、朝起きるのが辛いけど、なんとか頑張ると昼からは家事育児はこなせる。もし男性の多くがリウマチに罹ったら朝の出勤に支障ができるから、リウマチ研究がもっと早く進んだ………などといわれていた時代。

約半世紀の間、山あり谷ありしながら、徐々に骨の崩壊と一緒に歩いてきて、遂にまた振り出しに戻ってきた。大きな立派な建物の中には、総合病院ならではの便利な機能を備えていて、病院内に一歩入ると、そこは日常空間とは切り離された時空間があり、病気という共通項を持った人たちが行き交い、細分化された診察室に向かって吸い込まれていく。

今日私が向かったのは、整形外科でも頚椎の手術の専門の先生のところ。私が右膝の関節や左肘の具合について口にすると、それはまたその専門医に………といわれ……早々に病院を退散したくなった。

病院を出ると、まだ穏やかな日差しが残っていてた。西空がオレンジ色に染まってゆっくりと日が暮れていく。私のカラダも一緒に暮れて……夜、ぐっすり眠って、新しい時がやってくる。

 

 

 

 

 

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「今、ショパン を踊る」

人の内側にめくれた耳の形は
ショパンを聴くためにある

バッハ、モーツァルトの音楽には
動物たちは耳をそばだてない

ベートーヴェンの音楽には
ライオンも耳を傾ける

しかし ショパンのピアノ曲は
蝶たちも踊り始める
暗いポーランドの森の中

瑞丈はショパンに似ている
裕子はショパンの母に
なおかは姉に
そして
美紀子はジョルジュ・サンドを
想わせるではないか

笠井 叡


「今、ショパン を踊る」

構成・演出・振付:笠井叡
出演:笠井瑞丈、上村なおか、浅見裕子、川村美紀子

日時:2023年12月5日(火)19:00開演
6日(水)19:00開演
7日(木)19:00開演
*開場は開演の30分前

会場:国分寺市立いずみホール
(JR西国分寺駅南口 ロータリー前)
https://www.kokubunji-izumihall.jp/access/

チケット:【前売】 一般 ¥3,500 学生 ¥2,500
【当日】 一般 ¥4,000 学生 ¥3,000


チケット購入:

★カンフェティ(セブンイレブン発券)
0120-240-540(平日10:00~18:00)
http://confetti-web.com/chopin-now

★Peatix
https://chopin-now.peatix.com

★当日精算ご予約フォーム
https://www.quartet-online.net/ticket/chopin-now


【公演WEBサイト】
https://www.kasaiuemura.com
お問い合わせ:笠井瑞丈×上村なおか
kasai_uemura@yahoo.co.jp
090-8309-5096

照明:森下泰(ライトシップ)
音響:角田寛生
舞台監督:金子美月
広報デザイン:宮添浩司

主催:笠井瑞丈×上村なおか
助成:芸術文化振興基金


今現在起きている戦争はヨーロッパの時代が終わりゆくことへの抵抗のようにも見える。パンデミックを経て世界の力関係が変化していく中で人間は一体どのような力を持ち得るのだろうか。作曲家フレデリック・ショパンにはその父の影響もあり音楽家というより革命家の血が流れており、その音楽の中には古典派やロマン派とは全く違った革命的な力がある。そして本作品の作者である笠井叡の言によれば、ショパンは「音楽そのものがダンスしている」のである。ここでは、古典とされる音楽が持つ革命的な力が、笠井瑞丈、上村なおか、浅見裕子、川村美紀子という4人の稀有なダンサーの身体と結びつき、ショパンその人の人生の如く燃焼し尽くすことで、ショパンの音楽の持つダンス性をまさに今「ダンスそのもの」として開示したい。古典、近代、現在を貫いてそれが今この時代の革命となり時代の閉塞を突破することで、人間が持っている力の可能性を信じる希望としたい。

子どもたちのコトバを奪わないで!

今日の朝日新聞朝刊一面の記事から…………「米国のアフガン戦争では、20年間で民間人4万7千人が犠牲になった。ガザではわずか4週間で死者が9千人を超えた。4割は子どもだ。」………毎日痛ましいニュースが伝えられる。

もうじきお酉さまがやってくるというのに、連日25度の暑さ!何処かおかしい。

文化の日の昨日、レイジが車で相模湖周辺のドライブに連れていってくれた。紅葉にはまだ早いけど、狭い車道の両側の樹々の葉は、落葉するのを待っているかのように秋風に揺れている。ゆく道に映る木漏れ日がうつくしい。

運転しているレイジに「小さい時、あなた、夜は暗くてこぅえ〜よ。と言ったのを覚えている?」と聞いてみると「覚えているよぉ〜。チカシは、どこまで行っても闇ダァ〜、って言ったね」すかさず私が「そうそう、ミツは、お味噌汁が天井に反射して映るゆらゆら動く光溜まりを見て、クミヒン、クミヒンと言ってた」というと、レイジ「アキラさんが、あれはドイツ語の“komm hin”(こっちにおいで)だ、と言ってたけどホントかなぁ?」などと楽しくおしゃべりしているうちに、私の頭の中に幼い子どもたちの懐かしい情景が浮かんでくる。

でも、大人になったレイジとこんな楽しい会話ができるのは、全くの幸運なのだ、と思わざるを得ない今日の世界の状況は、なんとかなしいことだろう。

幼い子どもたちからコトバを奪わないで‼︎

 

 

一年ぶりに病院に行く。

一昨日、レイジの運転するキャブで、叡に付き添ってもらい相模原の病院に行った。一年ぶりの診察。フロントグラスの向こうに、薄青色(み空色)が広がり、翁の髭のような白い雲が動いている。おもわず「あぁ、いやだな」と呟くと、隣で運転しているレイジが「大丈夫だよ」と言った。朝7時30分に家を出て、9時に病院に着く。

車椅子で、レントゲン撮影からMRI室。あのとんでもない音の塊を20分強制的に聴かされて、クタクタになって、主治医の先生の診察を受けに整形リウマチ科に。

名前を呼ばれて診察室に入ると、先生がいつもの元気のある声で温かく迎えてくれた。去年「では、来年また」と言われて時は「一年先、またここに来られるだろうか?」と心に過ったけど、今また私はここにいる。そして、何が変わったのか? 私の心をのせて走ってきたポンコツ車も、ついに修理不可能に。最善の注意をして運転することとのこと。

全てを済ませ昼過ぎに、レイジの車で病院を後にする。夏に戻ったかなような紺碧の青空を眺めながら、夢心地で家に戻る。ああ、疲れた! とりあえず、今朝起きたっぱなしのベットに。

一山乗り越えたように新しい風景がみえる。見慣れているはずの部屋の様子が新しくみえる。不思議! 心を軽くして、ノロノロ運転、まだ走れる。嬉しい!