タツノ先生の入れ歯

下の入れ歯が二つに割れてしまった。歯を失うことは命の半分を失うことに等しいと思う。その命の半分を補うために入れ歯を作るのだ。

3年前の秋、私がようやく寝たきり状態から脱出し、少しの時間椅子に座われるようになった時、訪問歯科医のタツノ先生が「入れ歯を作りましょう」と言った。「えっ!作れるんですか?」顎関節の変形で口が十分に開かない、上下の噛み合わせが悪い………などで寝たきりになった時、私はとうに入れ歯を作ることは諦めていたのに。タツノ先生はしずかに「頑張ってみましょう」と言った。その時、既に先生が末期癌と闘っていた、と後から知る。クリスマスを迎える頃、入れ歯つくりも最終段階に。先生は「次の訪問は私が治験で入院するので二週間先です」と言った。でも、何故か1週間後にできあがった入れ歯をもってきてくれた。「治験にも入れなかったんです」と言って、しずかに、的確に、助手に指示を与えているタツノ先生に、私は長男爾示の写真集『Stuttgart 』を「もしお時間のある時にでも」とそっと差し出した。1週間後の調整の予約日はキャンセルになった。その数日後病院からタツノ先生の訃報を聞いた。

今日、タツノ先生が命を注いで作ってくれた入れ歯を、タツノ先生の意思を受け継いだ先生がしっかりと補強してもってきてくれた。そして、タツノ先生は「入れ歯を作ればもっとしっかり歩けるようになる」と私のことを気にかけていたこと、写真集を大変喜んでいたことを話してくれ、携帯で生前のタツノ先生が写真集『Stuttgart 』を開いてみている映像を見せてくれた。

あの時の先生の「頑張ってみましょう」のことばがなかったら、今の私はいない。