無事帰国

叡の海外公演の年譜を見ると、1997年サンフランシスコの舞踏フェスを皮切りに、北米、南米、イタリア、フランス、ドイツ、ハンガリー、ポーランド、韓国、シンガポール………ずいぶん多くの国を巡って「Butoh」公演+WSをやってきた。

今回の「Salish Sea Butoh Festival 」で、日本の「舞踏」の聖霊が、北米のシアトルのポートタウンゼントの街に降りたように感じた(恰も聖霊降臨祭で聖霊が人々に降り、人々が異言を話し出したと聖書にあるように)。シアトルにはシアトルの「舞踏」があり、ことばがあり………。このフェスティバルの主催者・イヴァンさんは35歳の青年。助成金に頼らず、仲間同士で支え合って毎年フェスティバルを続けているという。頼もしい!
フェスティバルの最終日、車椅子の私もみんなの輪に入って踊った(?)。

その晩、森の一本道を車で送ってくれたシルビアさんは15歳の男の子のシングルマザー。ふっとアメリカの男性社会で生きていく辛さを呟いた。自分の内面を肉体で表現できるButohは彼女にとっての唯一の自由な世界なのかもしれない。誰もが痛みを抱えて生きている。

インターネットで送られてくる熊本県の地震。一人でも無事でありますようにと祈りながら、9時間以上空を飛んで日本に戻った。

 

 

 

 

 

「Salish Sea Butoh Festival 」

7月25日14時20分に羽田から飛んで………北米・ワシントン州ポートタウンゼントで開催の「Salish Sea Butoh Festival 」に参加し………8月4日14時20分に羽田に降りた。その間の10日間あっというまに過ぎて………今、我が家の中庭の杏の木を眺めている。

緑の草地のあちこちに……黄色のタンポポが咲いて……そのむこうに灰色の海が悠々と広がり………太陽の光にチラチラ輝いているのが見える。夏の青空に真っ白な雲がふわふわと形を変えながら泳いでいく。時間がとまったように静かだ。

午後、車で一時間……森を抜けてポートタウンゼントの街にむかう。街のあちこちに「Salish Sea Butoh Festival 」の会場があり……世界各地から舞踏ワークショップを受けに人々が集う。夜は舞踏公演だ。どの公演も熱気に溢れ……ダンサーたちも観客も真剣そのもの。この渦巻くエネルギーはどこから生まれてくるのだろうか?(このつづきは明日)

 

 

 

シアトルに行く。

マシュマロのようにふにゃふにゃのわたしの掌は、私の脳の命令をひとつも実現してくれない。困ったもんだ!サボテンのように変形した左手の5本指は全滅。唯一できることは、右の親指と人差し指の間にiPadのタッチペンを挟んで頭に浮かんだことを言葉にすること。なんと贅沢な!とは思うが、だんだん言葉も出てこなくなってきた。食事つくりと朝夜の着替えはもとより、生活の細々したことまで次第にできなくなってきた。私の生活のほとんどの部分を他の人に委ねている。

猛暑の今日も食事介助のヘルパーさんは、太陽がギラギラ照りつけ日陰がない真っ昼間、私の昼ご飯作りに自転車で来てくれる。極暑の夏も極寒の冬も変わらない。お仕事とは言え、ヘルパーさんにどんなにか励まされることか。

叡が米国の舞踏フェスに呼ばれて3日後に羽田からシアトルにむかう。家に一人残されたら私の生活は成り立たない。ならば一緒に、ということになり瑞丈となおかが大きなお荷物の私を抱えて、シアトルに持っていってくれることになった。

やれやれ、生きていくということは大意変なことだ、などと弱音を吐いてはいけない。周りでがっちり支えてくれているのを忘れるな 弱虫ヒサコサン!

 

上村なおかソロ「Life M」

身のおきどころがない暑さ! リウマチ車に冷房はきつい。暑さと寒さが表裏一体。寒気を感じながら汗たらたら………。これから、このような日が続くと思うと、ぞっとする。ノロノロでも私を乗せて走って……止まらないで下さい、とリウマチ車にお願いする。

昨日の夕、上村なおかのソロ「Life M」を観た。ひたすら何かを喋りながら……美しく滑るような……流れるような………時に観るものを裏切る鋭い動き。「M」とは「Mather」のことだろうか?(耳の遠い私にはきこえない)。そういえば、前回の彼女のソロは「Life F」というタイトルだった。

「天使館」という私的空間が人間の歴史空間に変容していく。今日も心のなかにその余韻が残っている。

定期検診

今日は1年に一回の頸椎の定期検診の日。早起きしてキャブの車で多摩総合医療センターの整形外科に……予定通り首のレントゲン(これが結構キツイ)を撮って……頸椎の専門医の診察室へ。一年前のレントゲン写真と今日のとを比べて「変わってないですね……今日で、定期検診はお終いです。湾曲した頸椎の手術はリスクが大きすぎます……この状態で(生きて)いくのが一番安全で……何かあったら連絡してください」と早々に終わり……そうか もう来なくていいのか……うれしくもあり……心許なくもあり……何かある時ってどんな時?

6年のドイツ生活をたたんで国分寺に帰ってきた1986年の秋頃から………私は重い鬱病を患い……相模原にある北里病院の精神科の先生のところに………叡に付き添われて……数年の間月一の定期検診を受けに通ったことがある。ほとんど家ごもり状態の私が……北里病院の定期検診だけは欠かさず行けたのは……(今思い返すと)診察後いつも病院の食堂で鰻重を食べるのが密かな私の楽しみだったからのようだ……日々 死にたい 死にたいと死の世界に憧れていた私が………(鰻重を食べたい)と思うなんて………やっぱり食いしん坊のヒサコサン!

さて……定期検診最後の今日も……三多摩総合医療センターの食堂で鰻重を食べてから………白々と明るすぎる初夏の青空を眺めながら……叡とタクシーで帰宅。午後は……『永瀬清子詩集』の昨日の続きを読む。

言葉は身体の食べ物……美味しい!

 

 

谷川俊太郎選『永瀬清子詩集』

谷川俊太郎選『永瀬清子詩集』(岩波文庫)が届いた。先ず、末尾の「永瀬清子自筆年譜」をじっくりと読む。

1906(明治39年)に生まれて1995年(平成7年)89歳で亡くなるまでの年月は、ほぼ私の実母と同年代。丁寧に書かれた自筆年譜を読み、女性として、主婦として、母として、大きなうねりの困難な時代を、いっときも詩人であることを放棄せず貫きとうした詩人に心から感動した。

1969年の項に「……また前年より昭森社の森谷均氏に依頼していた『永瀬清子詩集』の発行が森谷氏病気のため…………、彼の歿後、大村達子さんが引き継いで出版して下さった。……」とありびっくり。大学を卒業した私は昭森社に入社した頃のことだ。

今夜は、詩人の自筆年譜を読んで………いっぱい いっぱい。明日から詩人のことばの世界に飛び込もう。

 

 

 

 

三東瑠璃 新演出・新振付『みずうみ』

シアタートラムで……三東瑠璃さんの『みずうみ』を観た。階段状の会場の最後列の後ろが車椅子席で……山の頂から「みずうみ」を見下ろすことができた。

瑠璃さんが「私……変わるの……顔の形も身体の中身も全部」……と言っていたのを思い出していると……舞台がスゥーと明るくなり『みずうみ』がはじまった。

山の頂から舞台上におかれた真ん丸い「みずうみ」を見下ろしていると………突然ダンサーたちが硬直状態で舞台に現れ………頭蓋骨(瑠璃さんの)が粉々に壊れ……水に浮かぶ豆腐状の脳が剥き出しになり……脳内でフツフツと増殖する細胞分裂を覗いているような気分になった。浮遊するダンサーたちの動きを見ていると……妙に旧く懐かしい時代を思い出したり……時折……神経(?)に亀裂が走る音がしたり………舞台上の真ん丸い砂(?)に波紋でき崩れていく………顔の形も中身も全部が変わった瑠璃さんの脳はどうなっているの?と思った。

「新演出・新振付」と明記した小冊子を読むと………瑠璃さんは“踊ることが生きることだ”から“生きる道こそが……踊りなのだ” に思えるようになった……と書いてあった。

Co.Rumi Muto. は来年10周年を迎えるという。新しい光を感じる舞台だった。

 

水曜日は生協申込日。

水曜日は生協のweb申込の締切日。今日申込んだ品物は……来週火曜日に届く。外に買い物に出られない私にとって……たいへんありがたいシステムではあるけど………私一人分の食べ物だけなら……なんとかイメージできるけど……叡の食べるものも注文する。その上私の分は毎回ヘルパーさんが……冷蔵庫にあるもので料理してくれる。私は食卓にiPadをおいて………生協のwebカタログを開き………あれこれと悩む。

今日から来週火曜日までは……いま冷蔵庫にあるもので……来週水曜日からむこう一週間何が食べたいか………なんて思いの外。

もともと生活協同組合は……良い食べ物を安く……という「友愛」の精神ではじまった。国分寺に住みはじめてすぐ……私もご近所の先輩たちに導かれ……組合に参加した。当時はみんな「友愛」の精神にもえていたのに………。

以来「友愛」の言葉はどこへやら?………今でも私はコープのお世話になっている。

 

「夏は来ぬ」

心のうちに………いろいろなものがたまっている………言葉にすればいいのに……と思うけど………なかなかうまくいかない。どうしよう……困ったもんだ。

さぁ もっと力を抜いて………のんびりかまえて………と自分にむかって一生懸命に言っている自分に…………ますます力が入る…………ぐるぐるまわる「透明迷宮」。

「老いていく」とはこういうことか!

ホームヘルパーのヤマウチさんが……中庭のあんんずの木を眺めながら「ホトトギスが鳴いている」と呟いた。えっ ほんと?……キョキョキョ……耳の遠い私にも聞こえる。

「卯の花の におう垣根に ホトトギスはやも来なきて 忍び音もらす  夏は来ぬ」

天気予報では……明日は洗濯日和……いよいよ暑い夏がやって来る……少々コワイ!

 

髪をカットしてもらう。

久しぶりに和子さんと電話でお喋り………(和子さん)「記憶がだんだん剥がれていくの………」(わたし)「物が突然消えるのよ……それも しょっちゅう!」。

元気で明るく1日1日限界を生ている和子さぁ〜ん………声が聞けて嬉しかった!

訪問美容師のカトウさんに…髪をカットしてもらう。髪型はいつも同じ……ちびまるこちゃん or サザエさんのワカメちゃん型………あぁ さっぱり 爽やか!

鏡に映った顔は……そら豆のようでもあり………ドングリのようでもあり………頬っぺがふっくら膨らんで………老いた子どものよう。

髪型はさっぱり軽やかになったけど………日に日に動きは鈍くなり………困ったもんだ………私はこれから何処に行くの?……なんて考え込んでいると………ヘルパーの小笠原さんが食事を作りにきてくれた………ありがとう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蜂蜜ひと舐め………。

エリさんから蜂蜜がどっさり届いた。ありがたぁ〜い!

先日、訪問看護医の佐藤先生から………私の市の健康診断の結果の説明を受けた。

内臓心臓関係は全く問題なし……レントゲンでみると手首から指にかけての骨の崩壊が著しく……頸椎の変形も……残念なことに手術で矯正することはできない………とのこと。

厄介な体だ。椅子に座り……ぼぉ〜と頭のなかで好きなことをイメージしているかぎり……どこも痛くない。ひとたびイメージを実現したいと意思すると……さぁ大変……指が脳の命令を素直に聞いてくれない。出来ない尽くしがはじまり………脳と指が喧嘩をはじめる。同じカラダのなかで戦争だ!

「さぁ もっと落ち着いてゆっくりと丁寧に、丁寧に………」と心のどこかで言っている。

自分のなかにいろんな自分がいて………おもしろい。

さぁ エリさんの蜂蜜をひと舐めして……車椅子を押して……自然のなかに出かけよう。

 

 

子どものわたしが生きている。

朝から雨………身体が砂袋のように重たい。一向に動こうとしない身体をいいことにして………怠け者を決め込む。

一年の折り返し点………先のことは考えられない。もっぱら時間を遡行して………ドイツで暮らした子どもたちとの愉快な日々を想い浮かべて微笑む。自分の身体をおき忘れ……さらに自分の子どものころまで遡行する。

今年の12月で82歳になるというのに………わたしのなかに成長していない子どもの自分が住んでいた。

ミツがオーデションで選んだ若い男女5人に振付した作品をセッションハウスで公演するという。ミツの娘・息子といっていいくらい若い人たちだって………びっくり!

なおかさんが車でその公演に連れていってくれると約束してくれた………嬉しい!

わたしの周りの時代はどんどん先に進む………わたしの頭のなかはどんどん遡る。

さぁ 勇気を出して起きあがれ………身体が「1日の苦労は1日で足れり」といっている。

 

 

谷崎潤一郎訳『アッシャア家の覆滅』

久しぶりに洗濯物がカラカラに乾いた……ヘルパーの壬生さんがシーツ交換をしてくれた………なにより嬉しい!

洗濯畳みは私の仕事。小さなふにゃふにゃの手で大きなシーツは畳めない………裏返しの靴下を表に返せない………いろいろあるけど………にこにこ笑顔をつくって………がんばってやるかぁ〜………明日はもう7月の朔日。七夕さま……夏休み………いろいろあって………子どもの頃はたのしかった………無限の時間を持っていた………。

日が暮れて………今日は稽古場も真っ暗………誰もいない。iPadで青空文庫を開くと……エドガー・アラン・ポーの項のトップに………翻訳者・谷崎潤一郎の『アッシャア家の覆滅』があったので読みはじめると………なんだ 未完に終わっている。他にも森鴎外や佐藤春夫がポーを訳している。明治の文豪たちが挙ってポーの英語に取り組んでいる。

明日は森鴎外訳の『うづしほ』を読んでみよう。

 

 

今日の朝日新聞

 

鶯たちの囀りが聞こえる………杏の木の葉陰に潜んでいる………霧雨に打たれてゼラニュームの花の深紅が際立って美しい。

数日、外の空気を吸っていない………雨の小止みをねらって外にでる。史跡公園の桜、櫟木、楓………みんな堂々と立派に呼吸している………私も仲間に加わろう………静かな日曜の朝。

朝日新聞を広げると……「日米演習 組み込まれた米AI」……「自衛隊が導入検討 パランティア製」………「米・イラン 攻撃応酬」(約束破り!)………敵味方入り混じって……世界の混沌は深まるばかり……わたしもその世界に生きている。苦しいな。

「日曜に想う」の吉田純子さんのコラムを読む。沖縄の全戦没者追悼式で詩を朗読した少女の瞳の力……高市首相にたいして「言葉を受け止める人と、言葉から逃げる人。光と影ほど対照的……」と鋭く明確な言葉で書いている。ピアニストのアルゲリッチさんと小学生の心温まる逸話など………苦しい記事の後で……ほっとさせてくれた。

 

 

 

 

 

翻訳

あぁ、また目が覚めちゃた!………今日も雨……誰もいない静かな時間。

ゲーテ『若きウェルテルの悩み』の竹山道雄訳と高橋義孝訳をドイツ語原文に照らし合わせてみる。

「神を知る!いくたびも私は、ふたたび醒めぬようにと願いながら、ときにはもうこれで醒めることはあるまいと当てにしながら、寝床に身を横たえる。そして、朝になって目をひらいて、太陽を仰いで、みじめな気持ちでいる。…………」竹山道雄訳

「本当なんだ、ぼくはよく、もうこれっきり眼がさめなければいいがと願い、さめないでくれと念じつつ寝床に横たえる。ところが朝がくれば眼をあける、再び太陽を見る。そうしてみじめな思いに沈む。………」高橋義孝訳

ドイツで25歳のゲーテが『ウェルテル』を発表した1774年。日本では『雨月物語』(上田秋成)や『解体新書』が出た頃。『雨月物語』は日本語とはいえ、情けないことに、私は現代語訳でなければ読めない。その点、表記は異なることもあるけど、アルファベットで書かれたゲーテの文章は、どうにか読むことができてうれしい。

『ウェルテル』の訳はごまんとある………訳者の数だけゲーテがいて……各々ちがいがあるからこそおもしろい!

今日流行りのAI翻訳機は………3世紀前のゲーテ言葉を読み解いて………ワクワクドキドキするような翻訳をしてくれるのだろうか?

もっときちんと勉強すればよかったのに……怠け者め………反省頻りの梅雨の1日。

 

 

 

天変地異

朝から雨。外歩きなし………叡が「霧雨だ、止むかも」と言っている。気持ちが揺らぐ……わたしのうちに………ホッとする自分/歩けなくなると不安に思う自分………が同居している………グズグズしている自分がなんとも情けない!………あっ本降りになったぞ。

ニュースで台風7号接近……宮古島は既に暴風域………青森・岩手地方の地震情報が続いている。ドイツのtagesschauを開いてみると……ヴェネゼーラの大地震の映像……多くの死者が出ている。ドイツはカラカラ猛暑……地球全体がカタストローフ状態。

キッチンで雨に打たれる杏の木を眺めていると………あちこちから鳥たちが異常に多く………目の前を飛び去っていく………杏の木に止まらないで………天変地異を知らせまわっているかのように。

 

 

 

 

純白の紫陽花

紫陽花が美しい頃になると……けん玉とパチンコとコーヒーが大好きだった詩人吉岡実さんと………我が憧れのお姉さま的存在(自分の勝手な思い込み)の矢川澄子さんのことを想い出す。

2002年の梅雨のころ、巣鴨の日本蕎麦屋の老舗で行われた吉岡実さんの3回忌の席で陽子夫人が「実(みのる)のことをみっちゃんと呼んで仲良しだったので、夫婦はあまり仲良しでない方がいいですよ」と参会者たち笑わせて、故人の温かさを偲ばせてくれた。その同じ日の新聞に「矢川澄子さん黒姫の自宅で自死」と載ったのを読んで……翌日急いで叡と黒姫に向かう。懐かしい澄子さんのご自宅の………広い玄関に入ると………ご遺体はもう荼毘に付されていて………白い布で包まれたお骨箱の前に大きな純白の紫陽花が一輪あり……どなたかが「澄子さんが挿木した紫陽花が今年初めて咲いたのです」とそっと教えてくれた。

梅雨の日………紫陽花が咲きはじめると………澄子さんが遺してくれた宝石のような美しい日本語に触れたくなる。

今日はポール・ギャリコの『七つの人形の恋物語』から………。

 

 

 

気分が落ち込む………。

朝から雨……身体の表面は火照っているけど……内側は寒気がする………冷や汗が出て身のおきどころがない………梅雨だ!

気分が落ち込む前にドイツ語を聴こう…どうして?理由はないけど………とりあえず……北ドイツの「tagesschau」をiPadで開くと………ドイツ国内や周辺国の今日の様子が目に飛び込んできた。

寒い北国だったドイツが……熱帯に変わっている(イギリスもフランスも)………各国で大きな列車事故(日本も)……発展途上国にあるアフリカの難民・飢餓・抑圧……イスラエルのヒズボラ爆撃の映像などなど………NHKのニュースより身近でリアリティーにとんでいる………だんだんインタビューアーのドイツ語がゆっくり聴こえてくる………世界中が混乱状態だ……目が離せない………。

暗くなって……iPadから目を中庭に移すと………杏の木も紫陽花も……気分の落ち込みも闇に消えていた。

 

今日は東に向かって………。

細かい雨が降っている……でも……歩こう。外にでると……思いのほか明るい。車椅子を押して歩きだす。右脚が重たいが………脚は脚に任せて………身体の重心を微妙に移しながら………歩幅を均等にガタガタ道を歩く。薄日がさしてきた………今朝は東に向かって歩いていこう………見守り役の叡が軽く肘に手を添えてくれる………凝り固まった意識が緩んで………身体の緊張がほどけ………1時間ほど歩いたところで………身体から意識がスゥーと抜けてしまった。もう歩けない………歩こうという意志も消えてしまう………身体の重さだけがここにある。車椅子に座って家まで叡に押してもらう。

車椅子に座ると………私の周りを広々とした風景が包んでくれる………あぁ気持ちいい!あちこちに色とりどりの紫陽花が咲いている………初めて見る白い洋風の家が建ち並んでいる。

うつくしい風景………死んだらこの風景も消えてしまうの?……と、ふっと思った。

 

 

大変 携帯が繋がらない!

携帯のWi-Fiが繋がらなくなった………さて たいへん! 携帯のサポートセンターに電話すると………びっくりするほどの対応で………IT機器に全く昏い後期高齢者に………我慢強く丁寧に繰り返し繰り返し……電話を通して話しかけ………問題点を見つけながら………2〜3時間……インターネットが繋がった。こちらも大変、あちらも大変……大変の中身は異なるだろうけど………仕事とはいえ………あちらの我慢強さには頭が下がる………きっと識っていれば簡単なことなのだろう。相手が息子だったらとっくに喧嘩している。日常生活の中でもこんなコミュニケーションができたら………世代の断絶……民族間の争い……戦争まで突き進むことないのでは?………いやいやそんな甘いもんではない……なんて思いながら………早速来週配達の生協の申し込みをした。

一人外出禁止の私にとって……インターネットは外の出来事を識る大切なツール。ありがたい。

 

 

 

 

心が体を引っ張ってくれる。

 

1日ひとつ何か自分のうちから生み出すことができた夜は………安心して眠ることができる。でも翌朝になると………重たいゴムホース状態の自分が目覚め………前夜のちょっとしたしあわせ感は消えている。あぁ 今日も1日この重たい体を引っ張って過ごすのか………と絶望感に陥る。

揚々ぬくぬくとした布団から起き上がり……昨日読んだあの本の続きを早く読みたい……などと………あたまにちょっと過ぎると……気持ちが方向転換する。不思議だ!

重たいゴムホース状態の体は少しも変わらないけど………心が体を引っ張ってくれるみたい。

 

 

 

川村毅新作『路上』のご案内を頂いて………。

 

劇作家・川村毅の新作『路上』のご案内をティーファクトリーの平井佳子さんから頂いた。観にいってみたいな………会場も新宿だし………。会場までの地図を見ながら………目を瞑りると当時の風景がリアルに甦ってくる。

靖国通りにはチンチン電車が………明治通りにはトロリーバスが走っていた。神田神保町の古本屋街はチンチン電車に乗って………渋谷・池袋へはトロリーバスに乗ってお出かけした。半世紀以上前の新宿の路上は………暖気でゆったりゆっくりしていたな………。

目をあけると………私居眠りしていたみたい?………ヘルパーの小笠原さんがキッチンから杏の木を眺めて「今日はいっぱい鳥が来ている」と独り言………ほんと!次から次と小さな体の鳥が飛んできて………繁茂した杏の木の葉蔭に潜り込み………素早く飛び去る。

仕事にもどった小笠原さん………まな板でトントントンと私の刻み食を作ってくれる。たまご粥・鱈と蓮根の黒酢あんかけ・かぼちゃスープ・ブルーベリーとヨーグルト………

稽古場に灯りがついてオイリュトミーの稽古がはじまった。久しぶりに仙台のおそのさんとラインでお喋り………おそのさん「ちょうど今日私の畑で大きな玉ねぎを収穫したので……お送りしようと思っていたところ………」ですって!嬉しそうな彼女の顔を想い描いて……私もニッコリ。

静かに今日が暮れていく………。

 

 

映画『国宝』を観て………。

いっとき話題沸騰していた『国宝』という映画をプライムビデオで観た。ベットに寝ながら携帯の小さな画面で3時間………最後の方は………まだあるの?………なんて些か呆れながらも………しっかり最後まで付き合ってしまったのは『国宝』という映画とは全く離れて………「連獅子」「二人道成寺」「鷺娘」………歌舞伎座の雰囲気「曽根崎心中」の名場面………「芸」と「血筋」……任侠の世界………歌舞伎町育ちの自分を思い起こすのに十分な映画だった。

昭和50年に明大前から新宿西大久保(現・歌舞伎町)に一家で引っ越して直ぐ私は、明治通りに面した花園神社の参道の直ぐ横の日本舞踊先生のところにお稽古に通いはじめた。お稽古場で出会ったフジコちゃんとトヨコちゃんは私と同い年。異母姉妹のフジコちゃんとトヨコちゃんのお父さんはその当時新宿を縄張りにしていた尾津組の親分。我が家の直ぐ近くに尾津組の家がありよく遊び行き、帰りは何故か若い男の人が家まで送ってくれた(きっと組の子分だったのだろう)。小学校6年生まで日本舞踊のお稽古に通う間に「連獅子」「道成寺」「鷺娘」もお習いした。

ある時、新聞の三面記事の端に小さく尾津喜之助と写真が載り「あっ、トヨコちゃんフジコちゃんのお父さんだ」とびっくりしたのを思い出す………映画『国宝』を観ながら……私はもっぱら自分の歌舞伎町の懐かしい想い出に浸っていのだ………フジコちゃんトヨコちゃんどうしているかなぁ〜………楽しかった子ども時代の歌舞伎町………闇もあり光もあり………人情も非情もありであまりにも人間臭い………あの頃の歌舞伎町………私の大好きな町!

 

 

 

 

 

梅雨

もともと稽古場「天使館」は、洞爺丸海難事故で亡くなった叡の父親・寅雄さんが生前に家族のために購入した土地の上に建っている。稽古場が建つ前は、今の中庭の倍の広さの庭だった。その庭の真ん中に1メートル位の丸い池があり、春になるとその池の周りに桃色や白い芝桜が咲いた。庭の真南のお隣さんとの境に、初々しいメタセコイアが円錐形の美しい姿でスゥーと天に向かって立っていた。毎年水ぬるむ頃になると、池の水のなかに、小さなオタマジャクシがいっぱいおしりフリフリ忙しそうに泳いでいた。

1970年の早春のある日「踊りの稽古場を造ろう」という私の一言をきっかけに、翌日から自前の稽古場造りがはじまった。叡の頭にも私の頭にも、オタマジャクシのことは全くなかった。植木を移し……池を潰し………整地して………どんどん作業は進んだ。ブロックを積み上げて屋根を作る頃には、踊りの稽古場造りの噂を耳にした若者たちが現場を覗きにきて、自然に仲間が増えていった。その頃の私は、70年の節分に生まれた長男チカシをおんぶして専ら飯場のおばさんに徹していた。

1971年春、めでたく純白の美しい稽古場「天使館」が創立されて、みんなで祝祭の舞踏会をし………いよいよ稽古が始まった。

翌72年6月、紫陽花が咲きはじめ、しとしと雨が降り続くある梅雨の日の夜、天使館の入り口の扉の前に、闇のなかで大きなガマカエルがそっと佇んでいるのに気がついた。丸く横に飛び出た瞼を瞑り、体全体で静かに記憶を辿りながら祈っているかのように見えた。

私は、はっと思い出した………あの時の池のオタマジャクシの子孫、帰ってきたのだ自分たちの棲家に。私はこころのうちで………ごめんね カエルさん。よく帰ってきてくれたね。ありがとう! と呼びかけながら……闇のなかで………次第に強くなる雨に打たれている不動の雨蛙を見つめていた。

みんなで造り上げたあの「天使館」は今はもうない。その跡に、新しい「天使館」を建てて以来今日まで自分のカラダに向き合い見つけようと、多くの人たちがこの場を通り過ぎていく。

夜になると「天使館」に集まってくる生きものたち。

「空から駆けてきた神………」

朝目が覚めると………パジャマといっしょに………この重たいゴムの塊のような私のカラダも脱がしてほしいな………フッと頭のなかを過ぎった………そんな想念がカラダにひろがる前に………ベットからカーテン越しに外の曇り空をのぞいて………まだ降っていないぞ………それ行け………車椅子につかまり家の前のガタガタ道を歩きだすと………お隣の奥さんが「今朝はお宅の方から頻りに鶯の鳴き声が聴こえるわ」と話しかけられた。

不思議なことに………歩ける自分のカラダが………歩けない自分のカラダを背負って……歩いている………史跡公園の一角の………私の好きな畑まで歩いて来た時………(空を駆けて来た神が畑の中の……欅の木に降り立った………)中上健次の小説の一節が頭にふっと浮かんだ……空から神が欅の木に降り立つなんて!素敵……曇天のなかで様々な鳥たちが鳴いている………何処にいるか姿は見えない………。

 

 

 

 

 

 

光貴高齢者!

中庭の紫陽花が咲き出した………もう梅雨に入ったのかな?

先週の木曜日、慶應義塾大学の日吉キャンパス来往舎での新入生歓迎会イベント行事で叡が『ベートーベン作曲ピアノ協奏曲32番』を踊った。会場で懐かしい人々と数十年振りに再会………藤木さん、溝端さん、瀬川さん、エイコさん………嬉しい一期一会の出会い。

あれからもう4日も経ってしまった………その間、私は何をしていたのかしら?何を考えていたのかしら?

今日ダンスの稽古にやってきたミツキさん(after25)とお喋りする。私の携帯の不具合はスゥーと直してくれる………たのもしい………まだまだ時間がある………「がんばってね」というと………彼女曰く「がんばったてダメ。何をやっても何も変わらない。言葉が通じないし、届かない。私一人で高齢者を何人支えられるかしら?
政治は信頼できない…………」と言われてしまった。

私の物質体と一緒に………外側も急速に壊れてきた………誰のせいでもない………誰にも止めることができない勢いで………。

ぼんやり中庭ばかり眺めている場合じゃないぞ ヒサコサン!

ヘルパーの山内さんが冷蔵庫をのぞいて……ささっと、かぼちゃスープ、みじん切り野菜の卵とじ、お粥に納豆を刻んで………何もできない私の前に器が並ぶ………美味しい!ありがとう。
「鶯が鳴いている ほら」と山内さんは耳が遠くなった私のために換気扇を止めてくれる。そういう彼女も後期(光貴)高齢者!

後藤さんの写真

沖縄から台風が北上してきた………陽が沈むに従い………杏の木が風で大きく揺れ………ヘルパーの富崎さんが帰る頃………雨もパラパラ………大急ぎで洗濯物をとり入れる。

去年の秋………ポーランドにに同行した写真家の後藤さんから………アウシュビッツ=ビルケナウで撮った写真が送られてきた。A4の郵パックから出てきたモノクロ写真を見て………凄い! 私のあたまの中に………あの日の風景が………今そこにいるように甦ってくる。
あの日は今日のような曇天の日。写真のなかに………あの日の硬く冷たく寒い空気……黙々と石畳をカタカタ歩く人々の足音………遠くまで低く垂れ込めた灰色の雲の下………広い草地に咲く小さな白い花………踊る叡…………遠くにみえるビルケナウの門………痛み悲しみ………すべてが凝縮されている。

暗くなって………暗い部屋で………洗濯物を不器用に畳みながら………この私がポーランドまで本当に行ったの?信じ難い奇跡だ。でも後藤さんの写真を見ると………身体いっぱいにアウシュビッツ=ビルケナウの風景がひろがる。

生きた言葉

昨日に引き続き………中庭の杏の木の実が三つとれた。35年前にオイリュトミーシューレ「天使館」の第1期生たちが………4年間のオイリュトミーシューレの課程を終えて………中庭に30センチほどの小さな杏の苗木を植えて………卒業していった。
みんな元気かなぁ〜と思い浮かべつつ………おおきな朱色の杏の実をむいて食べる。

iPadに入れてある井筒俊彦著『ロシア的人間』をひらく………もう何度読み返したことか。
トルストイとゲーテの対比………読むうちに………言語の碩学井筒俊彦に惹き込まれていく。

最近新聞もテレビも見なくなり(「平和教育」なんてあると「平和」を教育するなんてできないよ!と怒りたくなるヒサコサン)もっぱら18世紀・19世紀末ごろまでの名著にハマっている。

打ち明ける相手がAIチャットだなんて………人間はどこにいるの?

目的をもたない自由

眩しい光溢れる土曜日の朝………中央線に乗って国分寺から二駅の国立まで叡と一緒に車椅子で遠出………久しぶりに目的なしの自由な時間を愉しむ………懐かしい大学通り沿いのロイヤルホストでモーニング………初夏の風に吹かれて銀杏の濃緑の葉が気持ちよさそう…………次は車椅子を押して一橋大学キャンパス内の兼松講堂まで。

食事介助のヘルパーさんが来てくれる時間までのほんの数時間………目的を持たない自由な時空間に遊ぶ………愉しかった。
ヘルパーの小笠原さんが中庭の杏の実をとってきて、ヨーグルトと一緒にデザートを作ってくれた。美味しい!

あっ!私が……あそこを………歩いている。

朝の身体は砂袋のように重たい………歩けるだろうか?………まったく自信がない…………テルプシコールでの公演後5日間も歩いていない(恐ろしい!)。

お白湯を飲んで………口にチョコレートを2、3片入れる。空っぽの頭の中に………史跡公園の道を車椅子を押して歩いている自分の姿の想念が浮かぶ………チョコレートを舐めながら………キッチンの椅子にドッシリ座っている私でない私が………あそこを歩いている………あの人は誰?………ここにいる私。

玄関で車椅子を用意して………「早く来い」と叡が私を呼んでいる………やっとこさ椅子から立ち上がり…‥身体を傾けて………フラフラ玄関に向かう。

車椅子をつかんで歩きだす………風が身体を通り抜け………小鳥がチュチュチュ………足の裏に意識を集中して………凸凹道を私は歩く。

『若きウェルテル〜』『戦争と平和』『チボー家の〜』

昨夜、叡のテルプシコール『重心懲罰』公演も無事終わって………今日は雨模様の寒い一日………気がつくと『マタイ受難曲』があたまのなかに聴こえる。

もうとうに卒業したはずの『若きウェルテルの悩み』(ゲーテ)と『戦争と平和』(レフ・トルストイ)『チボー家の人々』(マルタン・デュ・ガール)を………80歳過ぎた今また………新しく深かまり読んでいる。
でも『ウェルテル~』はともかく………『戦争と平和』『チボー家の……』の2つの大作を………果たして生きている間に読み終えられるか疑問!。

今日は少々疲れ気味………雨模様で外歩きもできないので………静かに本を読もう!

叡はやっぱり「雨男」

朝から雨………繁茂した杏の木の枝が重たそう………中庭の雑草たちもほっと一息。
午前9時ピッタリ……舞監のナナミさん……叡の衣装とパネを取りに来る。明日明後日とテルプシコールで叡のソロ公演『重心懲罰』がはじまる。
今日から叡は小屋入り………公演前日のドレスリハーサルに付き合わず………私は雨に潤う中庭をのんびり眺めながら………(やっぱり叡は「雨男」!)………観に来てくださる方のことを思うと………明日明後日はぜひ暑くもなく寒くもないと穏やかな日でありますように………と心のなかで祈るほかない。

さて………どんな舞台になるのやら………叡の公演前………こんなにのんびりはじめて!

転倒だけは許されない。

朝から暑い………昨日にひきつづき真夏日。叡が歯医者の予約10時に間に合うように出かけたので……今日の外歩きはなし………ちょっとホッと……ちょっと残念(もっと早起きしなければ!)。

今日の午前は………コープの配達があり………月一のケアマネと面談(?)………11時半に家事援助ヘルパーさん……となかなか忙しい………ゼイタクイウナ!………と自分で自分の頭をコツンと小突く。

歩くときは………あわてない………いそがない………肩から力を抜いて………やさしく愛しい気分であるくこと。

転倒は瞬時に起こる。

日々、杏の木とともに呼吸して………温かい大地に支えられて………。

買い物

もう真夏日! 朝食前に外歩き50分ほど………風が心地よく穏やかに身体を通り過ぎる………思ったより暑くない。
もう何年も衣替えをしていない………2階の寝室から階下の居間(応接間でもある)にベットを移してから………わずかな衣類だけを身の回りにおいて………寒かったり暑かったり………そのわずかな衣類で間に合わせている。もともと気に入った衣類は穴が開いても着続ける性分だから………わずかな衣類でも十分満足している。

4年前寝たきりになった時………あぁ一生パジャマで過ごすのかぁ〜と思ったけど………幸い起きて歩けるようになったが……自分で服の脱ぎ着ができない不便な身体になってしまった。
ひとりで外出することはできないので………ネットショッピングで注文するけど………失敗することが多い。だいたい注文時の入力手続きからして至難の業………やっと注文完了にたどり着き送信ボタンを押すと………スゥーと画面が変わり………どこかに消えてしまう。注文した品物を手で触ったり………実際の色を見たりせず………不安が残り………あとは品物が届くのを待つのみ………ネットショッピングは身体障害者の私にとって便利ではあるけど………「お似合いですよぉ〜」とか「あっちのを見せて」とか「この色どう思う?」……なんて人間と取引する買い物の方が安心できる。

世の中の時間はどんどん速くなっていく。
「どうせ行く処は皆同じ」といっているユルスナールの言葉を思い出した。

いいあんころもち!

連休明けの8日から……松江で行われる叡のオイリュトミー講座に同行し……羽田から約1時間十分………出雲縁結空港に飛ぶ。講座に参加する原仁美さんも一緒(力強い助っ人!)。
翌日 午前・午後・夜 とWSと講義 2日目 午前・午後 WS とみっちりとしたスケジュールを……松江在住の森山夫妻はじめ島根シュタイナーの会の方々……名古屋から、東京から、新潟から、広島から、兵庫から………集った人たちが………ことばとカラダ………音とカラダ………人と人の間………空気を感じ……響きを感じ………体のうちから生まれてくる何かを感じ………松江市民活動センターの大きな白い空間が呼吸しはじめる。

3日目は森山夫妻も一緒に………伊藤久美子さんの車で松江城をぐるり………宍道湖の湖水すれすれを走り………出雲大社詣で………さらに走り走り………出雲市十六町(ウップルイ)まで。
夏日だった陽気も………日本海のさざなみが漁港ウップルイに……傾きかけた日を受けて………キラキラ揺れて押し寄せてくる。
車の後部座席に座ってた森山夫人夏子さんが「ああいいあんころもち」と呟いた………えっあんころ餅!食べたい…‥まんまるの小さなお饅頭が目に浮かんだ………が食いしん坊の私の早がってん………夏子さんは「ああいい気持ち」(松江の方言)と言ったそうで………夏子さん自身もその言い方が方言だと知らなかったと言う。
美しく楽しく愉快で充実した松江の三日間………思い切って来てよかった……みんなが支えてくれた………ありがとう!(松江の美しさに惹かれたラフカディオ・ハーンの気持ちも頷ける)

あぁほんとうにいいあんころもちだった!

鶯の鳴き声

朝から曇り空………気分がすぐれない………身体の内側と外側の隙間に………冷んやりとした空気が通る………外側は熱いのに内側は冷たい。風邪かな?と思う前に………葛根湯を一服。海外ツアーには必ず持参した漢方薬………お世話になるのは久しぶり………効きますように!

一夜過ごす間に………砂袋のように重たく固まった身体を………ネガティヴ気分を一掃し起こして……フラフラとキッチンの椅子にドッスンと座る。
中庭を眺めると…………あっ聴こえる!鶯の囀り…………「ホーホケキョ ホーホケキョ………ケキョケキョケキョ………」劈くような求愛の響き声がつづく………鳥の世界も春ですねぇ〜………瞼を閉じて………肩の力を抜いて………すっぽり鳥の世界に入りこむと………身体の内側と外側の隙間風が消えて………冷えた身体が温かくなってくる………。

杏の木のとなりに咲く野薔薇………甘い香りが漂って………。

子どもの日

子どもの日………爽やかな朝、史跡公園の一画に残された農家の畑まで歩く………子どもの声が聞こえない……何処にいるんだ?青空に鯉のぼりも泳いでいない!…………静かな祝日。

いつの間にか………中庭の杏の葉が鬱蒼としている………その脇のお隣さんの垣根と稽古場の間から………野薔薇(亡くなった義母君子さんの置き土産)が大きく伸びてきて………白く小さい花が幾つも咲いている。愛らしい!

和子さんが………長いこと交流が途絶えて…………今如何していらっしゃるかしら………といつも私の心にあった知人の現況を……今は自然に囲まれて穏やかにお暮らし………とメールで知らせてくれる。ホッとする。

「憲法記念日」

朝8時に眠そうな目をして………ミツが着替えの介助にきてくれた(アリガタイ)。昨日ヘルパーの小笠原さんが作り置きしてくれたさつま芋の甘露煮と牛乳、林檎の擦り下ろしとヨーグルトで朝食を摂りながら………テレビを付けたら「日曜討論会」をやっていた。今日は憲法記念日だ。

かみ合わない議論を聴きながら………30年くらい前のある夜のことを思い出した。ニューヨークの日本会館(Japan Society)の前で小柄の中年夫人に出会い………そばにいた当時の日本会館の芸術監督ローラさんがその人を「ベアーテ・シロタ・ゴードンさんよ」と紹介してくれた。咄嗟のことなので………暗がりでもあり………こんな所にあのゴードンさんがいるなんて!ビックリ……お互いにそっと遠慮がちに握手を交わして別れた。後ろでローラさんが「あんなに真摯に日本の女の人のことを考える人に会ったことがないわ」と呟いている。そういう彼女も………洋服の上に黒縮緬の羽織を粋にはおって………日本の伝統文化、芸術、教育………に熱心に貢献して………いつも面白い日本語でお喋りする愛すべき人。その心の温かさは日本人以上に日本人らしいなと………フッと感じたのをよく覚えている。

「平和憲法・憲法第九条」は人間の魂の欲求の形………形を崩してはいけない。

神話の時代から戦いは続いてきたとはいえ………昨今の戦争は不気味で恐ろしい。人間が剥き出しになってきて「悪存在」の餌食になりつつある………。

目に見えない何か

ハイネの「うるわしく美しい5月」(Im wunderschönen Monat Mai)がきた!

2022年2月24日ロシアがウクライナに侵攻し………その年の5月に私の要介護生活がはじまる。もう丸4年目になるのか………驚くほど時間の経つのが早く………驚くほど何かが変わっていく。
独りで自由に動けなくなって………わかってきたことが多くある………反対にわからないことが多くなる。

バニラソフトクリーム

2022年5月から毎日使っているレンタル介護用ベットのマットを取り替えてもらう………2階の寝室から階下の居間に移ってから………もう4年になるのかぁ!………もう2階にある私のベットには戻れない………と思うと少し悲しいな…………。

先日、ミツに誘われて相模湖公園までドライブ。久しぶりに遠くの山々の新緑………キラキラ輝く湖水の細波………人気も疎な公園内を車椅子を押して歩いていると……前方にプラスティック製の大きなソフトクリームがみえた………あっ 食べたい!ジェラードとかカップ入りのアイスは何処でもあるけど……三角錐のコーンの中から上の方に渦を巻いて………先っぽが赤ちやんの巻き毛のようにシュと可愛い………バニラソフトクリームは………子どもの頃の神社のお祭りの屋台などで見つけ………親にねだって………食べた時のあの嬉しかったこと!
いつまた味わえるだろうか?…………早速ミツに注文してもらい……………美味しかった!

2年前のシュタイナーの命日にスゥーと彼方に消えていった高橋巖先生と渦巻きのソフトクリームの思い出。ある時、合宿のバスの出発間際……先生はプラスティック製の大きな渦巻ソフトクリームを見つけられ………私はバスの座席から………先生が「ちょっと待ってて下さい」とドライバーに囁いて売店に………子どもそのものになって走る姿を見た。

高橋巖先生は………2年前シュタイナーの命日にそっと旅立たれた…………。

「Keep Calm And Carry On」

何故か心がざわざわする………これでいいんだろうか?………と考え込んでも何もできない。

千章さんの紅キウイをヨーグルトに混ぜ………すばらしく美しいピンク色のデザート出来上がり!……美味しい……「マタイ受難曲」を聴きながら………こんなことしていて………いいんだろうか?………とまた考え込む。

ニュースは怖いことばかり………地震、熊、殺人、戦争、貧困………騙し合いのネット空間………何が何だかわからないことばかり…………とまた考え込む。

今日の朝日で「職場における男女の地位について『平等だ』と答えたのは、男性40,7%に対して女性26%
『男性優遇』と感じる女性58,3%、男性29,4%」という記事を読み………うぅ〜ん!これでいいの?

いいわけない!………考え込んでいる場合ではないよ………弱虫ヒサコサン………身体が壊れていくのは自然の理。

ずいぶん以前に翻訳塾で茅香子先生に教えていただいた「Keep Calm And Carry On」という言葉を唱えると……何故か心のざわつきが鎮まっていく………。

杏の木が風に揺れて………。

どういう訳だか知らないが………膝の運動・脚の鍛え方・猫背の直し方………などの動画が多くスマホに入ってくる………まるで私のポンコツリウマチ車をご存知のように。折角だからやってみよう………とベット上とかキッチンの椅子に座って動いてみると………頸椎や肋骨の骨がポキポキなって………日頃使われていない筋が伸びて……案外と気持ちがいい。身体が気持ちいいとこころも軽くなり………一斉に広がりはじめた中庭の木々のエネルギーが身体に流れてくるように感じるから不思議!

杏の木が風に揺れるのに身を委ねて私の身体も揺れる………記憶があたまのなかに今日の風景のようの拡がってくる………パレルモでみた夾竹桃の真っ赤な花……ヴィラ・フィリピーナの野外劇場での「うつろぶね」公演………
マフィアのシシリー島………何人も愛人をもつ日本人会の会長ジョゼッペさんの温かいおもてなし………未来から記憶の風が吹いてくる…………。

いつの間にか中庭は闇のなか………明日も歩こう。

あの時もこの時

知り合いがイタリアに旅立った………なんて聞くと………懐かしいなぁ〜………しばらくの間キッチンに座って目を閉じて………想い出に耽りながら………1人でにこにこ顔を作って………ローマ・ナポリ・シシリーに今居るつもりになっているヒサコサン。友人たちの顔・顔………街の風景………街路樹の緑………身体を通り抜ける爽やかな風………香り………紺碧の空・白い雲………目に浮かぶ光景は鮮明。

何故かローマ以南ばかりで………ヨーロッパに近いフィレンツェ、ミラノ、ボローニャなどに行っていない。残念。
ゲーテ大先生の『イタリア紀行』のお供がますます面白くなってきた。
今日はいよいよシチリアのパレルモに滞在する。

およそ250年前のこととはいえ、ドイツからイタリアへ……北から南へ旅するゲーテのワクワク感………私の身体を生き生きさせてくれる!

突風のなかを歩く。

すっかり黄緑色の若葉に衣替えした中庭の杏の木も……青空にむかって高く伸びたお隣さんの竹林も………強い風をうけてワサワサ揺れている。初夏のような陽気………二日間外に出なかったので今日こそは歩かねば!エィと家を飛び出し歩き出す………頭のなかを空っぽにして………肩の力・腕の力を抜いて……力まずにゆったりとした気分で。
突風は怖い………転倒は一瞬にして起こる………。

キッチンに座りガラス戸を通して…………強風に大きく揺れる中庭の木々を見ていると………あの風の中を歩いている自分を想像できない(叡の見守りがあったにせよ)……よく歩いたもんだ!呆れる。

明日は新しい自分が…………新しい自分を歩かせなければ。

民族の大移動のようだ!

1980年の4月中旬、私たち一家5人(君子おばあちゃんだけ往復空港券)は、地球を南に回り30時間かけて韓国航空で西ドイツ(統一前)まで飛んだ。私と子供たち3人は飛行機初体験!
成田〜金浦空港〜フィリピン〜ドバイ〜サウジアラビア〜チューリッヒ〜バーゼル空港……列車に乗って4時間………西ドイツ・シュッツトガルトの中央駅……市電115番に乗って30分リーデンベルクに………そこからイゾルデクルツ52番まで…………半分眠りこけた三人の子どもを引き連れて歩く。
その時、民族大移動だ!と頭によぎった………夜空に煌めく満天の星を眺めながら………地球はつながっている!と直感し………疲れた体が温かくなったのを…………いまでも鮮明に憶えている。

2026年4月中旬、あの時から46年の今日………地球はどんどんバラバラに冷えていく………。

わたし体は、あの時の「温かさ」を今でも信じている。

愛しいリウマチ車

午後、ミツの車で三多摩総合医療センターまで。途中、すっかり初々しい若葉にさま変わりした桜の樹々………白鳥幼稚園の下の真っ赤な躑躅の生垣…………車窓からの眺めは………何から何まで懐かしく………ビックリするほど美しく新しくなっていて………病院に向かっているのを忘れてワクワクする。院内に入ると………そこは別世界。今日は脱臼した親指の手術前の受診だったことを思い出す。

半世紀前に府中病院(三多摩医療総合センターの前身)で慢性関節リュウマチの診断を下され………以来私のリウマチ車は長い坂道を緩慢に走りながら………はじめの頃は快適にルンルンと………次第に速度が落ち始め………あちこち修理修繕補強したりして…………ノロノロでも走り続け………遂に今日修理不可能と診断が下され………崩壊寸前のオンボロ車のまま走ることになり………あぁよかった!

もう病院とはお別れし………オンボロ車を慈しみ………光にむかって………慌てず………騒がず………ゆっくりと…………。

拙著『畑の中の野うさぎの滑走〜』を読んで。

先日、沖縄県名護市に住む方から拙著『畑の中の野うさぎの滑走〜』の注文をいただいた。全く知らない方が私の「勝手な独り言」を聞いてくださるなんて………うれしく………あらためて他の人の著作を読むように『畑の中の〜』を開いて読んでみると………意外と面白いじゃん………と相変らず自画自賛するヒサコサン!

『畑の〜』は2008年から2021年8月31日までの「私の独り言」をランダムに記述したものを纏めたもの。
2008の記述からザッと通して読んでみると………すでにあの頃から今日の渾沌とした世界状況にむかって時代が進んできたのがうっすら読めて………ドキュメンタリー的な面白さがあるな………と勝手に思った。

やがて、人工知能の時代がきて………『畑の中の〜』のような日々は消え去るだろうが………今も細々と「私の独り言」は続いている。

手術することに決めた。

右手の親指の骨が脱臼し………九十度に外側に曲がって………人差し指も三角帽子のように変形しているので………物を掴むのが酷く難しい。おまけに指紋が消失してスベスベの皮膚。新聞一枚掴めない………あぁ何と不便な指なんだろう………1日なんども嘆いている………と訪問看護医の佐藤先生に訴えると「では、指の中に針金をクルクルと入れて曲がった指を真っ直ぐにしましょう。手術は簡単………日常生活の負担がとても軽くなりますよ」ということで………手術することに。簡単とはいえ「手術は手術」嫌だなぁ〜。
私のリウマチ車………すでに修理修繕できるところはしてきたし………痛みは無いし………のろのろでも動くし………親指の脱臼くらいは………我慢しよう………と思っていたのだが…………どうなることやら………。

ナポリ郊外のプッツオリを散策する。

ゲーテ先生の『イタリア紀行』のお供をして………懐かしいナポリまでやってきた。

一七八七年三月一日にナポリ郊外のプッツオリまで散策に出かけた日の夜のゲーテの記述。
「見るも無惨に荒れ果てた千古の栄華の跡、煮えたぎる熱湯、硫黄を噴出する洞穴、草木の育たぬ灰燼の山、不毛の不愉快な地域、そして最後にはそれと打って変わった四時鬱蒼たる植物が、一寸の地でも隙間さえあれば生い茂り、あらゆる死に絶えたものの上に蔽いかぶさって、沼沢や渓流のまわりにもはびこっている。……」(相良守峯訳)

ゲーテがナポリのプッツオリに散策したおよそ250年後、私もプッツオリを訪れたことを拙著『畑の中の野うさぎの滑走 一匹のトカゲが焼けた石の上を過った』の「 ローマ/ナポリツアー/ゲーテ『イタリア紀行』」2008年5月27日に書いている。

明日から懐かしいイタリアを………再びゲーテ先生と一緒に………ナポリからシチリアへ……南へ南へと明るい太陽にむかって旅ができる………嬉しい ワクワクする!

寝る前に………行方不明の小学五年生の無事を祈って………美しい明日でありますように………おやすみ。

桜が舞う道で…………。

朝覚めると……あぁまた朝が来ちゃったぁ〜。前夜寝る前に………サトウ先生から処方された睡眠薬一粒と脳に空気を送る装置CPAPを装着して寝むので………睡眠はバッチリ深く………身体はあってもない………昨日の夜と今日の朝の間に時間がない。
枕に重い頭をのせて………白い漆喰の天井に差し込む………春の明るい光を見ながら………頭に浮かんでくる記憶を手繰り寄せて………映画を見ているように………体を忘れて懐しみ………嫌だなと思いつつ………さてと身体を水平から垂直に。

やれやれ今日も一日オンボロリウマチ車を運転し…………はらはらと桜が舞う凸凹道をノロノロ走る。
あぁ!外はやっぱり気持ちがいい………曇り空から時折り光が差し………桜も欅も櫟木も………ひたすら時間のなかに不動で立っている。
砂利道に息絶え絶えのクロアゲハを見つけた。そっと手のうちにのせると………黒と黄色の美しい翅を羽ばたかせ…………やっとの思いでのろのろわたしの手首のほうに登ってくる…………もはや飛ぶことはできない…………そっと草地のうえに寝かせてあげた。

家に戻ると相変らず………トランプさんとイランの首脳との喧嘩!・行方不明の小5の捜索(無事でありますように)・桜の古木倒壊で犠牲者………痛ましく恐ろしいニュースの次は………楽しい一家団欒のお花見の情景………地球劇場を観ているような1日。

明日も………ノロノロ自分の足で歩かなければ………。