死の練習

昨日は朝から雨。歩けなかった………寒かった………宮古、陸前高田……秋田地方……朝から頻繁に地震情報が携帯に入った………気が滅入る1日だったけど………今日は光がさしている………うれしい!

熟知した路面だけど一瞬も意識を外せない………バランスを崩したら転倒する。不思議なことに………頭のなかはいつも何か考えている………足の裏に意識を集中し……頭は思考している………鳥の鳴き声がする………。叡に「左に」と言われ、私の後ろに数台の車が控えているのに気づく………「ごめんなさい」優しい運転手さんたち!

マルグリット・ユルスナールが言うには、人間には二つの種類があるという。「より良くより自由に生きるために、死をその頭のなかからおっぱらってしまう人間」と「逆に肉体の感覚や外部世界の偶然を通して、死が自分に送ってくれる一つ一つに死を感じれば感じるほど、ますます自分が賢明に強く生きていることを自覚する人間」だ。「この二つの種類の人間は混じり合わない、前者が病的偏執と呼ぶものは、後者にとっては英雄的な訓練なのである。………」ユルスナールは「どちらをお選びになるかは」あなたのご自由よ………。(『三島由紀夫あるいは空虚ののヴィジョン』からの抜粋)

そう言われても難しい。とりあえず、体がある限り、感覚を開いて、自由に、明るく、楽しく、穏やかに……。ゆっくり死の練習をしていこう。