一人で自由に出かけられないので、再びゲーテの『イタリア紀行』(相良守峯訳)を読みながら、ゲーテ先生のお供をしてイタリア旅行に出かけよう。何度読んでも面白く、読むごとにイメージが広がって深くなる。
今日は、ブレンナー峠を越えてトルポーレまでやってきた。さすがゲーテ先生の観察は、土地の人間に、生活に、言葉に、気候、風景、空気、鉱物、植物………多岐にわたっている。
以下、未知の土地トルポーレを逍遥しながら、ゲーテ先生が感じたこと、あれこれ。
❶トルポーレの家々の戸には錠前がない。窓はガラス板のかわりに油紙が張ってある。
❷「番頭に用を足すべき場所がないのかと尋ねたところ、下の中庭を指差した(あそこでおやり下さい!)私は尋ねた、(どこだい?)(どこでもお気に召した所で!)と彼は愛想よく答えた。」
❸「極度の暢気さがあまねく漲っているが………なかなか活気があり、勤勉………。」
❹「………女同士は、一日駄弁ったりわめいたりしていながら、みんな一緒になって何か仕事をするか、用事を足すかして………のラクをしている女を見かけたことがない」
❺最後に、鱒をご馳走になったゲーテ先生は言った「しかし私にとって、ほんとうの珍味は果物である。無花果、それから梨である。梨は、レモンが成長しているあたりまで行ったら、さだめし美味しいことだろうと思う」
ゲーテの時代(18世紀末)と今日の混沌とした情報社会とは隔世の感があるものの、『イタリア紀行』を読むと「本でも絵でも与えてくれない自分の感覚的印象」を大切にするゲーテは、私にとって励ましと、今を生きる勇気を与えてくれる。
