花粉症になったのかくしゃみが止まらない。その度に骨折した胸骨が痛い。
玄関脇のガードローべ、といったらカッコいいが、狭い一室に衣類と一緒に雑多なのもが詰め込まれている。10年以上放ったらかしにしていたその部屋を、遂に先日アキラが整理した。無造作に放り出された洋服を見て、ふっと、一年後にもこんなことがあるかしら?と脳裏を過った。結局、部屋の中にあるものを確認して元のところに仕舞い込んだだけ。でも、体のなかに滞っていた何かが清々しい水で流された。
先日、朝食を食べにアキラと府中街道沿いのデニーズまで歩く。モーニングセットを注文して………周りのお客さんを観察する。新聞を読む人、お喋りに夢中の二人連れ、静かに和食定食を食べる人、商談に熱がこもるおじさん………面白い、色々な人がいる………世界で今、とんでもないことが起こっていても、ここにいる人たちは一人一人知り合いではないけど、みな今の自分を生きている………わたしも何も考えずそっと仲間入りする。
『ゼルマの詩集』(強制収容所で死んだユダヤ人少女) から
「夕暮れI」 ゼルマ・M=アイジンガー/秋山 宏訳
空の青、かぎりなく澄み、
白い雲もほほえんでいる。
黒い、あるいは緑のたおやかな木々が
おまえを見つめ、声もなく言うー「ごらん!」
なにもかも、メルヘンに聞き入っているように静かな、
やさしい空気につつまれている。
小鳥たちもみな、うっとりしたように耳を澄ませているー
香りしか聞こえない。
勿忘草(わすれなぐさ)のうえに落ちた雪のように、
白い雲がきらめく。
やわい痛みも青々として、
木々のうえにふりそそぐ。
あの木たちは黒か、緑か?
おそらく木自身にもよくわからないだろう。
一つの窓の中で、青から浮き出た
一滴(ひとしずく)の赤がふるえる。木々が花咲く。
1941年7月14日 16歳10ヶ月