30年ぶりの手紙

昨日、叡のもとにスイスから一通の手紙が届いた。ドイツの友人クルツ・リヒターからだ。なんと30年ぶり。1980年の春、子どもたちと一緒に、西ドイツ(当時はまだ東西が分裂していた)のシュツットガルトに渡った直後、クルツは私達家族を車で、森の奥にある滝を見に連れて行ってくれた。彫りの深い顔に、あごひげを蓄え、長髪を頭の後ろで縛り、ヒッピーのようなジーンズ姿のカッコいいその青年は、とても優しく、突然コトバも通じない異国に連れてこられてしまった我が三人の息子たちも、おにいちゃんのように慕って、大喜びで、楽しく遊び、和やかで暖かい私達のドイツ生活の始まりをプレゼントしてくれた。私がクルツにあったのはその時一回だけで、叡もそれからは疎遠になり、30年間全く音信不通だった。
便りには「アキラ、元気かい。君の家族は無事か?日本は大変だね。今僕は、スザンネとポールと一緒にスイスの田舎に住んでいる。家はでっかい。君の家族も充分住めるよ」とだけ書いてあった。ポールは、きっとスザンネ(当時からの恋人)との間にできた息子だろう。
3月11日、一瞬にして多くの「いのち」が失われ、多くの方々の生活の根拠が消え去ってしまった。
あまりにも重い悲しい現実。失われていく見知らぬ人々の「いのち」―地球上のすべての「いのち」―が、私の「いのち」とともに在り、つながっているんだと、今になって本当に気づくなんて、なんと愚かで、遅すぎる私なんだろう。
今日は、昨年の秋から計画していた文集『天使館』の後書きを書くのに、コトバをさがして、丸一日かかってしまった。
ありがとう、クルツ。あなたのシンプルなコトバは、イノチのミズだよ。