2008.3.27

まる5年住んだドイツから帰国したのは、今からかれこれ20年以上前の春のこと、久しぶりに我家の夜を過ごした翌朝、懐かしく暖かい綿蒲団から離れがたく、ぐずぐずしていると「デデッポッポー、デデッポッポー」とこれまた懐かしい鳴き声が聴こえるではないか。山鳩だろうか。その親しみのこもった濁音が、枕に頭をのせている私の耳に水平に聴こえて来た。雀の鳴き声も直ぐそばで聴こえる。ああ、日本の春の和やかさ。そろそろと起き出して国分寺のお寺まで出てみると、桜が満開だ。汗ばむほどの暖かさが、思わず身も心も柔らかくしてくれる。桜の花びらが輪廓を失い、色が流れ出して、空気をピンクに染めている。すでに膨らみだした新芽も、春の陽光の中に浅黄色を滲ませている。私の身体も春の色合い。すべてが融け合い、まるで母親の懐のよう。
今から四半世紀も前の春のこと、ドイツの地で初めて夜を過ごした次の日の朝、鳥の声で目が覚めた。ピッピーと張りつめた空気を鋭く振動させ、私の頭の上に垂直に響いてきた。なんと清らかな鳴き声か。それから辺りを散歩しに出た。整然と並んだ家々の垣根には黄色や赤や紫や白など様々な色の花が咲き乱れ、透明な空気の中でそれぞれの花びらの輪廓を際立たせている。冷たい大気に光の粒子が燦々と輝いている。
   地面に近く 美しい蝶が
   注意ぶかい自然に向って
   つばさの本をひろげて
   色刷りの模様をみせている    R.M.リルケ
さまざまな春の体験から・・・・。