2008.5.19

職を失った知人を、知り合いの制作会社に紹介したら、パソコンが扱えないと言う理由で、一日で解雇。もっともな話だ。少人数で、いくつものプロジェクトの制作を並行して進めるのには、パソコンなしでは不可能というもの。加えて社長曰く「今では小学生でもインターネットは出来ますからねぇ」と。
派遣でアルバイトをしている若い友人から聞いた話。派遣社員は番号で呼ばれ、社員同士しゃべってはいけない―ということもあるそうだ。それもそうだろう。派遣会社に登録する多くの人の名前をコンピュータに入力し、派遣先に振り分けて行く作業は、番号の方が速く正確なのかもしれない。
有難いこと(?)に、コンピュータが人間を指図してくれる。。。。現場で働くのは人間なのに。。。。お互い話するなとは(!)。。。。“人間は本質的に“Mitsein”共存在“とハイデガー先生だって言っているのに。。。。
人間は将棋の駒ではない。駒だって、将棋をする人にとって不可欠な物であり、人間を楽しませてくれて、幸せにもしてくれる。そんな時、駒は単なる木の塊ではなくなり、駒自身の実存的姿が露れるといえるのでは。では、どうしたらいいのか。どこかおかしい、とみんながそう思っているのだが。。。。
そうは思いつつも、暗黙裡に、コンピュータの中で、記号化され、個々バラバラにされていく人間存在はどこにいくのか。。。。うっすらした不安な気分がブレンドされた空気を呼吸しているような毎日。これでは世の中“うつ”の人が多くなるのは当然だ。
昨日、コンドルズ公演「大いなる幻想」を観に行こうと、彩の国さいたま芸術劇場に向う途中西国分寺の駅でケイタイを忘れたのに気が付いた。“どうしよう・・・急に四川省のような大地震が起ったら・・・何か急用の時には・・・電話帳はないし、どうしたらいいのやら・・・”楽しい気分がとたんに半減し、不安がミックスされた気分と共に劇場へ。結局、コンドルズの面々のいつもながらのパワフルなダンスに、ケイタイ不ケイタイの不安はどこへやら。地震もなかったし、急用もなし。メデタシ、メデタシ。
★覚え書き
「物質利用には物質に使用されぬ警戒が必要であり、これが真に物質を尊重する所以である」
―稲垣足穂ー