雪がふる日

目が覚める……雪だ! 朝の外歩きは無理。やったぁ!………と内心で言い訳をする怠け者のヒサコサン………歩きたいの?歩きたくないの?……と自分に問いかける。

早朝、雪のなか自転車で仕事場に急ぐホームヘルパーさんのことを思う。仕事とはいえ私と同年輩のヘルパーさんたち………坂道の多い国分寺………雪道で滑りませんように。

木偶の坊のようにキッチンから中庭に降るボタ雪を眺めていると……次第に雪が雨に変わり………サァと陽がさしてあかるくなった………よかった………と思う反面………もっともっと雪が降って……辺り一面すっぽり雪に包まれて銀世界になればいいのに………などと思ったりしている相変わらず曖昧なヒサコサンよ!

ミンナニデクノボートヨバレ/ホメラレモセズ/クニモサレズ/サウイフモノニ
ワタシハナリタイ」

 

賢治の「雨ニモマケズ………」を口の中で唱えながら絵を描いた。

 

外歩きと脚の筋力の関係

昨日、装具士が石膏で私の足の型をとって、出来上がるまで4、5週間かかるという。楽しみというより、緊張の日々………外歩きの時間と脚の筋力は正比例しているから。

今日の火曜日は忙しい……生協の配達……ケアマネさんと月一の面談……家事介助のヘルパーさん………爪切りの介護看護士さん………食事介助のヘルパーさん。りんごを一口に切って、八朔の皮を剥いて、明日の朝のスープの具を刻んで……「タッパーに入れて冷蔵庫に入れておきますね。夜にでも召し上がれ」と、まだ陽がある春の夕暮れどきに我が家を後にした。みんな、温かい!
今日の絵、やっぱりヘンテコになった。

 

 

 

 

 

ヘンテコなものが踊っている

雨の日。傘をもって叡が出かけた。しばらくしてLINEが入った。「雪が降りそうな寒さ。手足、硬直!」やれやれ、心配してもどうしようもない、無事を祈るのみ。

中庭のベランダに、昨日咲きはじめた杏子の花びらがチラホラ雨に濡れて張り付いている。今まで気にしていなかったクリスマスローズに純白の花がいくつも見える。

絵を描いたら、ヘンテコなものが踊っているような絵になった。わたしがダンスしているのかなぁ…………!

考える前に動きだすこと。

あっ、冷たい!朝外に出ると……寒の戻りかな?……昨日は穏やかな春日だったのに、何故かこころが混乱して………家に籠もり……悶々としていたので…………今日こそは考えるより先に動け……と外に出た。

高齢者用の柔らかいシューズは、左右の脚の長さが違う私には少々心許ないけど、足の指が痛くないので………まぁいいか………ひんやりする風を体で受けとめセッセと歩く。久しぶりに通る道……途中………ブロック塀の道端に並んだプランターや鉢植えに、水仙が咲き新芽がすくすく伸びている。2月に見た時は真っ黒な土ばかりだったのに………通りがかりにその家の人が大きな檸檬色の八朔をもいで「無農薬よ」と言って下さったのも、その時だ………新鮮で、瑞々しくて、美味しかったこと! 温かく、無造作で、飾らない笑顔。

3年前のちょうど今頃、お料理が大好きで、人のおもてなしが大好きだった文子さんが亡くなられた。10歳年上のお姉さん、文子さんも、いつも温かく、無造作で、飾らない笑顔の人だった。

鳥と兄妹になる

鈴木俊貴『僕には 鳥の言葉が わかる』を読んでから、朝歩きの時に鳴いている鳥の声が急に鮮明に耳に入ってくる。おもしろいし、たのしい! 春めいた今朝、車椅子を押して2、3メートル歩くと、直ぐ近くで………ジジジジ………と私を迎えてくれた………シジュウカラだな………勝手な思い込みかもしれないけど………鳥たちと兄妹になった気分。草地に屯しているハトたちとも………目の前を堂々と低高飛行で横切るカラスとも………グッとお近づきになれた。

桜の蕾が膨らんできた。欅も青空に向かって大きな伸びをしている。私のカラダも一緒になって伸びをする。すべては光に向かって動いている………と思い込みながら!暖かい春の日差しのなかで。

 

 

 

 

 

世界でただ一つの靴

朝一番、国立市障害者福祉センターに向かう。私の靴を作る第一歩。右足指の変形が進み唯一の靴が履けなくなった。冬が終わって春になると一斉に世の中には、春めいた美しい色合いのカッコイイ靴が無数に溢れ出るけど、私の履ける靴は一つとしてない。

昭和62年(1987年)11月2日に国立市障害者福祉センターで身体障害者手帳を交付されてからの私は世間の靴屋さんと縁はないのだ。今までの靴も私だけの物だった。

今日から、2回目の、世界で唯一つの、私のための、靴造りが始まった。市役所に申請ー医師の判定ー装具屋ー見積もりー許可ー型取り開始………まだまだハードルはいっぱいある。ここでめげてはダメ!花が舞って新芽が吹き出す頃には出来上がるかなぁ〜。

唯一で最後(たぶん)の私の靴のために未来に楽しみをいっぱい作っておこう。

東京大空襲の日

1945年3月10日の東京大空襲の日から80年。その前年の暮れに生まれた私は物心ついた頃、母や姉たちからその日のことをよく聞かされた………お父さんは軍に狩り出されて風船爆弾を作りに工場に行っていて留守。家には母さんと90過ぎの寝たきりおばあちゃん、10歳のお姉ちゃんをかしらにあなたも含め子どもら5人………遠くから空襲警報が聞こえてくると……生まれて3ヶ月のあなたと寝たきりおばあちゃんを座敷に布団を並べてねかして、母さんと姉兄4人は庭に造った小さい防空壕に急いだの…………上の姉ちゃんは上の兄ちゃんをおんぶして、下の姉ちゃんは一人で歩き、母さんは下の兄ちゃんをおんぶして………いっぱいいっぱいだったの………おばあちゃんと赤ちゃんのあなた。ふたりだったら淋しくないよね……と思って………狭い防空壕の中で母さんと4人の子どもは抱き合って……座敷に置いてきた2人の無事を必死で祈りながら………恐ろしい焼夷弾の炸裂音を耳を塞いで聞いていた………低空飛行で攻撃してくるB29の連隊がやっと去って行き………辺りが静かになると急いで外に出て……あった、家が、よかった!………でもお隣さんは焼夷弾の爆撃を受けて燃えている……もし、我が家だったら、あなたは今ここにいないの………哀しい話だけど………。

そんな話から80年の時が過ぎた。祖母も父母も2人の姉ももうここにはいない。

80年の間今日まで、戦争技術、武器………恐ろしいほど発展し止まらない………相変わらず人間同士の殺し合いは続いている。

新しい靴

朝目覚めると………カーテン越しに明るい日差しがいっぱい………歩きたい!
右足の親指の関節が変形して火山のように盛り上がり唯一の靴が履けなくなった。朝の外歩きができない。どんどん脚の力が萎えてくる。「歩こう」という意思も薄くなる。枕に重たい頭を委ね……漆喰の天井を眺めていると………体がゆったりして………日に日に混迷していく世界を思うと………もう歩かなくてもいいかな………などと知らぬ間に考えたりしている。あぶない!

中庭の杏の枝に薄桃色の蕾がほころびかけて来た………史跡公園の桜を見にいかねば。

指を痛めない高齢者用の室内ばきを履いて………車椅子につかまり………叡と一緒に外に出る………おお、なんて冷たくて美味しい空気でしょう!「ジュジュ」と四十雀が鳴いている。真っ青の空に綿毛のような白い雲が一点浮かんでいる。

私の足に合った靴を装具士さんが作ってくれる。復活祭の頃にはできるだろう。そうしたら、新しい靴を履いて、車椅子にのって、3月4日から国立近代美術館で始まっている「ヒルマ・アフ・クリント展」を観に行こう。

 

 

 

 

 

 

雪の日

千章さんから「ミモザが早くも五分咲きです」というメールがきた。

春先のローマの夜のくらい街灯に照らされたミモザの黄色……国分寺からはるばるStuttgart にやってきた時に初めて目にしたレンギョウの黄色………長い鬱病の闇の底から救い出してくれたラッパ水仙の黄色………。

昨日は、久しぶりに中野のテルプシコールに舞踏公演『UBUSUNA異聞』を観に行く。幸い暖かい春日。目の前で踊る4人のダンサー。光の方に向かって生み出そうとしている。純な眼差し………真摯に世界に向かって………新しい芽が確実に伸びていく。うれしい! 続きを読む “雪の日”

ゼレンスキーとトランプの話し合い

ウクライナのゼレンスキー大統領とアメリカのトランプ大統領の会談の様子をテレビで観た。

大河の急流を下っていく筏の上での国を背負って2人が話し合う………どちらも譲れない………バランスを崩すと急流にぽちゃんと投げ出される………いつも最初に投げ出されるのは筏の端に乗っている子どもや女たち………流れはいよいよ激しくなっていく………筏がひっくり返りませんように祈るばかり。

 

東京ドームへ行く。

昨日、知り合いに招かれて、車椅子で叡と、東京ドームに行ってきた。

5万人入るというイベント会場。想像を絶する………この機を逸して行くことはない、行かなくては!と意を決してでかけた。幸い春風が心地よい日和………JR水道橋駅から、ぞろぞろドームに向かう若者たちに混じってドームの近くまで行くと、巨大な昆虫の背中の一部が見えてきて………さて、どうやって入り口を見つけたらいいやら………あちこちで尋ねると、腰にたくさん携帯をつけたアテンドの方が入り口まで誘導してくれたので、大助かり………それからは、警備員の方や案内係の方にお任せしてイベント会場内の車椅子席まで無事到着………自分が何処にいるのかわからない………大きなすり鉢状の向こうの客席にいっぱい豆粒のように人の顔が並んでいる………ショーが始まる………歌うひと、踊るひと、演奏するひと、観るひと………巨大なドームの中で一体となって熱の塊になっていく。すごい!

ドームのイベントは………多くの雇用を生み………多くの企業の収益をあげ………全て経済構造の効果の中に組み込まれているのだが………ここで有事が起こったら………なんて考えることもなく………観る人たちは、差別もなく、いじめもない世界で、自由に自分の夢をゆだねられる時………演じる人は、自分を全開してそれに応える………その純粋な交換関係に感動!………わたしも自分の歳も体も忘れてドームの揺らぎに身をまかせる。

こんな体験は二度とないだろう。やっぱり思い切ってよかった!

 

ギリシャ悲劇『オイデュプス王』を観に行く。

昨夜「パルテノン多摩」になおかさんの車に乗せてもらい、ギリシア悲劇「オイデュプス王」を観にいくことができた。一昨年同じ劇場で初演を観た。今回はその再演。16人のコロス役にダンサーとしてミツタケが参加している。
ミツタケから「ヒサコサン、よく筋書き読んで………複雑だからね………長いから眠らないように」………という助言をもらい………真っ白の「パルテノン多摩」大ホールに向かう。車椅子席に落ち着き、集音器をつけ………しずかに明かりが客席から舞台にフェイドチェンジする。舞台上には天井に向かって細くなっていく階段がみえる……舞台が明るくなり………コロスたちの踊りがはじまり……主役のオイデュプス王の長台詞の声が場内に響き渡ると………観客の視線が舞台に集中し………劇場空間が一つの球になっていくよう……その温かい球のなかで、不覚にもわたしは夢を見た……ローマのパンテオン宮殿の丸天井から差し込むひかり………B.C.600年から円形劇場で演じられ…‥今日も演じられるギリシャ悲劇………すごい!なんてぬくぬくしながら………集音器に入ってくる演者たちの台詞を聞いたり、時々夢をみたりしながら………コロスたちのうねりのような熱の踊りで終わった。面白かった………思い切って観にきてよかった!
古代ギリシアでは、煌めく星空のもと野外の円形劇場で上演したという。現在のアリーナで行われるエンターテーメントのようなものと言えるかな。みんながますます困難になっていく日常の人間関係から解放されて、みんなが思い思いに愉しめる時間。
古代から現代まで人間関係の苦しみ、かなしみ、喜び……は変わらない。

そして、3年前の今日2月24日、ロシアのウクライナ侵攻が始まった。
その日、初めての天使館公演『牢獄天使城でカリオストロが見た夢』の出演者全員揃っての通し稽古の初日だったが、出演者複数にコロナ感染者が出たために公演初日の前日まで全員ディスタンス、稽古なし。公演前日の3月2日に保健所の公演許可が降り、無事に公演を実行できた。幸いだった。

あれから3年、ますます人間関係は難しくなっていく。

9

ゼルマの詩

ベル・エポック(Belle Époque)=美しい時代………敗戦前夜に生まれて80年の間、今日まで、戦争もなく、ひどい天災に見舞われることもなく、自由に、楽しく、わがままに、いいたいことを言って、生きてこられたのは、偶然にわたしに与えられた「Belle Époque」というもの。幸いに感謝しなくては!

でもこれからは、わからない。世界は懲りずに憎しみあいを続けている。19世紀末の「Belle Époque」が世界の崩壊に傾いて行ったように………地球船は人間をのせて何処にむかってくのだろう…………。

強制収容所で死んだ、チェルノヴィツ生まれの少女、ゼルマ・M=アイジンガーが15歳で書いた詩。

 色彩
雪白の雪の上はとても青く
緑の樅の木々はとても黒く
静かにかけていく鹿が
どうしても断ち切れない悲しみのように
灰色にみえる

雪の調べに足音がぎしぎしとまじる
風が白いヴェールをかぶった木々に
雪片を吹きもどす
ベンチが夢のようにたたずんでいる

光たちが落ち 影とたわむれるー
果てしのない輪舞
遠くの灯火が雪明かりから借りた
くすんだ光をまたたいている      1939年12月18日 15歳4ヶ月

ゼルマの生地は、現在のウクライナ。戦争はいつ終わるのだろうか?

新しいタイヤ

手術を決めて張り切って大病院に乗り込んだ昨日。車椅子を押してくれるヘルパーの律子さんと病院内をうろうろしながら5時間を費やした。
今日は冬にもどったように寒くて冷たい日。もう間違えても自分の体にメスを入れようなどとは考えることはやぁ〜めた………お隣さんの梅が満開………春はもうそこまで…………史跡公園の桜も待っててくれる。

わたしの魂をのせて50年走り続けてきてくれた私のリウマチ車も、ついにkaputt(壊れた)寸前。修理工場に行って修理工場長に「魂の重みに耐え得る車に修理してください」とお願いしたのです。すると、工場長さんは車のあちこちを調べていいました。「車体も相当にくたびれていますから、お望みのように修理しても………果たしてエンジンがかかるかどうか………そぉ〜と、タイヤ交換したらどうでしょう」というわけで、私のオンボロ車に見合った新しいタイヤを作ることに決めました。車体を壊さないように新しいタイヤでノロノロでも止まらないように走れれば………❣️

新しい靴ができるのを夢見ながら…………。

楽しみが待っててくれる。

金曜日「手術を決めた!」と大見得を切ったものの久しぶりの関節手術………今回は足の親指なので今までの関節の修理修繕ほど大きくない………とは思うものの………明日のリウマチ外科を受診を心に思うと緊張気味。

そこにフェミニストの千章さんが開口一番………「パウル・クレーの顔見たことある?久子さん」………と元気にやって来た………そういえば、画家の顔は見たことないなぁ………日本でクレー展を観たのは鎌倉美術館で叡と結婚した頃のこと、帰り北鎌倉の澁澤龍彦邸に寄ったのを思い出したのに………繊細で美しく温かい透明な色彩のクレーの抽象画はすぐに目に浮かぶが画家の顔は思い出せない。

現在、愛知県立美術館で開催中のパウル・クレー展を観てきた千章さん「額が広く、大きな瞳、鋭い視線………あのがっちりしたハンサムな男の顔と『天使の涙』の結びつき、びっくりだわ」と。
ついでに、スウェーデンの画家ヒルマ・アフ・クリントのアジアで初の大回顧展が国立近代美術館で3月初旬から6月まで開かれることも教えてくれる。優しいな………こころが温まる。観に行きたい!

親指の手術をクリアして、我がポンコツリウマチ車、もう少しがんばって走っておくれ。

志村ふくみ先生の裂

今月号の岩波書店の小冊子「図書」表紙は、志村ふくみ先生の栗と矢車五倍子で染めて織られた《室内》と題した古裂。栗色の方形に、矢車五倍子色の縦の線、横の線が微妙な間隔で入っている。見ていると遠くにある部屋に引き込まれていくような感じがして不思議だ。

以前、よく嵯峨野のふくみ先生の仕事場を訪ねた。大きなお部屋の突き当たりの小さい庭に藍がめが仕込んであり、長い廊下には織り機に草木で染められた無数の縦糸が織られるのを待っているようにしかけられていた。
部屋の棚の大きな籐の入れものには織り物の切れ端がいっぱい入っていた。帰り際、先生は籐の入れ物のなかから織りの切れ端を下さった。

昨年の九月に先生はお元気で百歳を迎えられたと聞いた。懐かしい思い出。

頂いた「裂」でブックカバーを作った。いつもそばにある、今日も。

手術を決めた!

春うららのような陽気。午前中、叡に車椅子を押してもらい、知念医院に。お鷹の道沿いのサザンカの花びらがちらほらと清流にながれていく。真っ青な空に向かって欅の枝が広がって…気持ちいい!
春が来る…「手術を受けよう」と閃く。手術は真っ平、なんて言っている場合ではない。
あるかねば!
梅、桜、沈丁花、レンギョウ、ミモザ、ライラック、小手毬、つばき、ハナミズキ、木蓮、桃、杏、躑躅、紫式部、紫陽花、百日紅…

日が暮れて、なおかさんがマイケ-ファ-(🐞)のチョコレートを持って現れた、バレンタインのプレゼントですって❤️すっかり忘れてた。まだまだ楽しいことがやってくる。、
あるかねば🐜

情けない気分、飛んでいけぇ〜

くの字に突起した足の親指のテッペンが膿んで噴火口のようだったのが、知念先生に処方された抗生物質を飲んでやっと瘡蓋になったのに、二日間靴を履いて歩いたら、また噴火口になってしまった。がっかり。もともと関節リウマチは免疫体の病気だから、いつも傷口は治りにくい。
歩かなければ、どんどん脚の筋肉は衰えていく。親指の噴火口から菌が入ったらたいへん。手術は真っ平ごめん。全てが綻びていくような情けない気分に浸っている時、和子さんからメールが届いた。

………近くの池に白鷺が棲みついて、青鷺、小鷺もやってきます。カワセミも枝に止まって鮮やかな青色で空を切るようにダイブする姿を見せてくれます…………

とあり、美しい鷺の写真が添付してある。彼女は毎日彼らに会いに池に行くらしい。鷺はスピリチュアルな鳥で、幸せを招く鳥だとも。

私の覚書帖から
「………ひとは兵隊が存在するためには子供が必要だと考えている。兵隊は子供を殺戮し、大地を灰で埋める。私はロシア人だから、大地がどういうものか知っている。私は耕すことは出来ないが、大地が暖かいことや、暖かさなしでは、パンが存在しないことを知っている。………」『ニジンスキーの手記』(市川雅訳)

情けない気分、飛んでいけぇ〜。

言葉が宇宙でダンスする。

宏佳さんの詩はいつもスリリング。だから好きだ。ことばが、パァと変身したり、ふわふわ浮いたり、落下したり、コロコロ転がったり、急にあたらしく生まれたり………詩人の体から純で簡素な言葉がスルスルでてきて………宇宙でダンスしているみたい…………いつのまにか私の体も宇宙船に乗せられている。面白い!

同人詩誌「void 11号」の招待席に掲載された宏佳さんの詩。

 予感の夏  小松宏佳

「ちいさい金魚が
 けんめいに
 宙を泳いでいる
 すとん
 と落ちたりぷはっ。
 と鳴いたりする
 しずかに窓をあけると
 空気は透明なゼリーである
 金魚のひれは
 さような
 らと 書いている
 ひとふり ひとふり
 遠い体を予感する
 緑が道をあけてまっている」

やっぱり、小松宏佳は「宇宙人」だ。

左足の親指の関節が赤く盛り上がり腫れてきた。もう手術は真っ平!と、朝いちになおかさんの車で新井薬師のシュークリニックに向かう。20年以上前に、お団子みたいに変形した私の足でも履けるコッペパン型の革靴を作ってくれた靴屋さん。私の靴のカルテもあった。ありがたい。親方の客に阿ない職人の矜持は20年前と全く変わらない。以前は無駄口を叩かない「おっかない親方」も歳を重ねて穏やかに。よかった!

朝イチで出たので、帰り車のなかは春先の陽気でポカポカ。久しぶりに走る玉川上水に沿った五日市街道。桜並木も枝を思いっきり広げて気持ち良さそう。

またこの街道を車で走れるかな?…………ふっと思った。

私の唯一の靴(2021年2月9日撮影)

「香り」の不思議

先日、朝日新聞で「多和田葉子のベルリン通信」を読んだ。
「どの町にもその町独特の香りがある。町全体の香りもあれば、特定の街角、ある店の前を通る時にだけ気づく香りもあるが、町全体の香りはその中で暮らしていると気がつかなくなる。…………」
                             (多和田葉子のベルリン通信から)

そこで思い出した。何年か前の私の誕生日にチカシが高級なアロマティックルームスプレー(3瓶セット)をプレゼントしてくれた。その訳を………彼は嬉しそうな顔をして………「ヒサコサン、これを天井の方に向かってシュッとひと吹きするとね、あのStuttgartのIsolde-Kurz-Straße 52 の僕たちのBohnung(集合アパート)の玄関を入った時の香りがするんだ。懐かしい匂い」………と言った。

早速、居間の天井をめがけてシュッとひと吹きすると、イゾルデ・クルツ通り52番の集合住宅の重たいドアを押して入った時に感じるドイツの香りが居間に漂いはじめた。日本にはない香りだ。

一瞬にしてStuttgartのIsplde-Kurz-Straße 52 の時空間がからだに広がって………。

みんな高貴高齢者!

久しぶりに、みな子さんからLINEが入った。お元気そうで………よかった………途中で他所から電話が入り、おしゃべりは一時中断。その続き、コロナ禍で中止されていた看護のボランティア活動の再開(4年ぶりだそうだ)のこと、四月の歌の発表会で三曲トクさんの伴奏で参加することなどを、LINEで送ってくれた。

病院で看護のボランティアをするみな子さん………トクさんの伴奏で歌うみな子さんの真剣な美しい眼差しを目に浮かべて、うれしくなりニコニコひとり笑い。

お昼過ぎ、ヘルパーのリツ子さんが食卓に「煮魚、ポテトサラダ、お粥、スープ………」を並べてくれた。
美味しそう!早速いただく。デザートにと九州の友人が送ってくれた無農薬の蜜柑をむいてくれる。

みな子さんもリツ子さんも私も…………みんな高貴高齢者⁉️

夜、玄関に届いた本『僕には鳥の言葉がわかる』を読み始める。朝の外歩きで鳥たちとおしゃべりしたいから。

キラキラ光る氷の柱

一週間ぼど、朝の外歩きをしなかった…………その理由は名古屋に行ってたから…………その言い訳はもう通用しない。今日から寒くなる………とニュースで聞かされている………ますます、布団の中に潜り込みたくなるけど、ますます、歩けなくなる不安が大きくなる………ユルスナールの言葉「習慣には祭儀的なものがあり………最後には個人を超えるものになる」を口の中で唱えて………エイィ!と起き上がり………外に出る。

おお冷たい………空気は新鮮で美味しい………突き当たりの道を右に曲がると………短く刈り込まれた萌黄色の草地一面に、小さい透明な氷柱が、早春の朝日をうけてキラキラ輝いている。この冬初めて霜柱を見た。美しい!重たい頭を上に向けると、桜や、欅や、くぬぎの木の枝々が、ふっくらと灰色に膨らんでいる。春はもうそこまで………。

変形した足の親指の皮膚が革靴に擦れて膿んできた。歩くと痛い………訪問看護医の佐藤先生から、関節に菌が入ったら大事になる、と早い手術を勧められている。が、もう手術はやりたくない。

春になって暖かくなると全身の血流が良くなり、親指の腫れも引いてくる。もう何年も繰り返してきたことだが………もう限界かな…………革靴を履かなければ………でも、履かなければ、外にでられない………やがて、歩けなくなり………水平生活に逆戻り!

はてどうしたものか? 頭の中がぐるぐる回る。

 

春にむかって。

叡の名古屋講座に同行して、4日間家を離れ帰宅して、今日で2日目。やっと自分の日常(自分のからだと向き合う生活)の戻る。ゆっくりと、名古屋での三日間をお思い返して目に浮かべてみる。

もう二度と来ない時間。フィルムを巻き戻すように出会った人たちとの会話が、一瞬一瞬、記憶の層から現れて、今の私のカラダに生きたリアリティーを与えてくれる。

想いと行為がずれていく。自分のカラダと会話する。身体は正直で可愛い。想いは欲張りで威張っている。

春にむかって、想いも可愛い笑顔でカラダに向かおう。

みんなの熱をもらって……。

今日、東京を出る時は、冷たい風が心地いいほど春めいた陽気だったが、ここ名古屋に着いて、車椅子で駅に降りると「寒い!」と思わず肩を縮こませた。明日から三日間叡の名古屋オイリュトミー講座(年2回30年以上続いている)。名古屋からはもとより、東京から、新潟から、京都から、福岡から、松江から、岐阜から、時には仙台から………あちこちから参加者が集い、三日間午前・午後・夜と「実習と講義」を、畑を耕すように自分のカラダと魂を黙々と熟す。三日間の講座のお終いには、練習した音楽と言葉のオイリュトミーの成果を参加者の半々で、お互いに見合う。その時が、感動的だ!一音一音を失うことなく、全体が和音になってみえてくるから。

「カラダ」って摩訶不思議だな、明日からの三日間が楽しみ……と思っていたら、明日、東京から参加する千章さんからメールで、歴史学者が語る「ホロコーストとパレスチナ」という情報を送ってくれた。大切な考察。

今日は、国分寺から原さんとご一緒できた。壊れそうなわたしのカラダも、みんなの熱をもらって、危ういところで壊れない。

春近し

早寝早起きを励行しようと決意したが、一向実行できない。もう今日は10時過ぎ。せめて今日のことを書き留めておかなくては。

朝の外歩き。いつもの1時間のコースを、なんと45分で回る。途中、八朔の木のある家の門で、そこの家の主婦が「おはやいですね」私の歩く速度を言ったのだろう。「これ召し上がります?」と、木から大きなハッサクの実をとってくれた。パッとカラダの中に爽やかな甘酸っぱい風が過ぎる。

午後、天使館オイリュトミーシューレを卒業した松生さんの車で、藤野シュタイナー学園高等部の体育館まで。微かな光をおびた薄曇りの空にむかって、春を待つ林の枝が拡がっている。体育館では、高校生にオイリュトミーを指導している禮示を中心に4人のオイリュトミストが企画した「芸術体験 『オイリュトミー』」。目前で披露されるオイリュトミーを、高校生たちはかなり集中してみていた。いい芸術体験だっただろう。
「特に本公演をご覧いただく高等部の皆様にとっては、日頃のオイリュトミーの授業で練習している動きが数多く出てきますので…………普段稽古している動きの意味や、自分の作品への活用の仕方のヒントになれば幸いです」とプログラムにあった。

今日は、モーツァルトの誕生日。長男チカシの出産予定日だったが見事に外れ、55年前の節分2月3日に生まれ…………春近し。

忙しい一日

3日朝の外歩きを休むと………心が分裂する………歩きたい/歩きたくない………Aufhebend………と布団のなかでぐずぐずして、やっと起き上がる。
今朝の外は、北風で冷たかった………よしよし、歩けるじゃん………と心のなかで安心する。

イスラエルとハマスが人質を解放し始めた。とりあえずよかった。双方の人質全員が解放されるまで続いて欲しい。相手を否定し合っていては、いつまでも戦争は終わらない。

昼間、テラに腸もみをお願いし、続いて訪問美容の加藤さんに髪をカットしてもらい、短いどんぐり頭になり、さっぱりした。ありがとう!

夕方、叡のオイリュトミー初伝講座に来た千章さんがちょっと顔を見せてくれた。彼女はいつも光に向かって思考している。いいな!

天使館で初伝講座が始まった。私の覚書帳にあるユルスナールの言葉をまた書き留めておこう、明日の朝のために。

「習慣のなかには祭儀的なものが有るからです。起きて台所に降りて火を点し、小鳥たちに餌をやり、テラスから太陽を見上げる、それは一種の祭儀であり、最後には完全に個人を超えるものになるのです。」

星空に包まれて………。

冷蔵庫の製氷器が故障、暖房が点かない………次から次と故障し始める………機械に意地悪されているみたいに。
幸い冬場だし、大寒とはいえ3月並みの暖かさ………氷も暖房も切羽詰まってはいないので………「即日解決!」なんてネットに出てくる情報に惑わされず解決できた。よかった!

シュトゥットガルトに住んでいた頃は、もちろんネット社会なんてなかった。
中央駅から市電で銀の森を抜けてリーデンベルクの駅で降り、イゾルデクルツ通り52番の我が家に向かう途中、左手に大きな老人ホームの高層ビル、右手には広い草地があった。ある冬にしては生暖かい春を思わせる夜、その広い原っぱに小さなサーカス団が休んでいた。団員たちは思い思いの格好をして、タバコをふかしたり、草地に寝っ転がり、満天の星空を眺めたり。檻の車に動物たちもいたと思う。原っぱの向こうは漆黒の森。目を凝らして見ていると………アレ、アレ、アレ………星空から、スル、スル、スル………金のブランコが降りてきて、薄いピンクのワンピースを着た痩せっぽちの女の子が、星空に包まれ夜風に揺れて、思いっきりブランコを漕いでいるのを見た。
翌朝、日が昇るとすぐに草地に行ってみた。サーカス団の車も人もいなかった。もちろん、星空からのブランコなんてあるわけない。でも、アレは夢だったの?

今でも心の中にはっきり浮かぶ情景。もう半世紀近く前のことなのに。

「わがまま」で行こう

飛ぶ鳥跡を濁さず………とありたいけど………飛ぶ鳥跡を濁す………仕方ない、これで行こう。日に日に指の力、腕の力が薄くなっていくので。あちこちにゴメンネ、と思いながら「わがまま」でいこう。

トランプ大統領の就任式

大寒とはいえ、暖かい1日。先週末、横浜まで遠出した余波がようやくおさまって自分のペースに戻ることができた。

トランプ大統領就任式の一大パフォーマンスをテレビで観た。善し悪しを超えて、出来る出来ないは問題外、人々の魂に熱風を吹き込む。シンプルで分かりやすい言葉………自信満々な動き………ガッチリした肉体………カッコいい振り付け………すごいソロダンス?………面白いけど、これからが本番………どうなることやら!

悠治さんと叡の即興セッション

金曜日の夜、久しぶりに天使館で、悠治さんのピアノ、叡のダンスで、即興セッションを観る。翌日、横浜の赤レンガ倉庫で行われた「JaDaFo Dance Talk2025」のシンポジウムで、前日の悠治・叡のセッションを観た詩人の椌椌さんは、ふたりのことを「ふたりのモンスター」と称した。確かに、86歳と81歳。すごい。

シンポジウムのには、お天気で暖かかったので、横浜線に乗って車椅子で行った。JRの障害者対応はとても行き届いているので、安心で、ありがたい。帰りは、色とりどりのイルミネーションが夜空に浮かぶ美しいヨコハマの夜景を見ながら、車椅子で桜木町まで。

冷たい朝

今週は72候の暦で「きじはじめてなく」というらしい。小寒につづいて、来週は大寒。今日の朝歩きは冷たかった。

ハン・ガン『少年が来る』を読み終える………。

「過去が現在を助けることはできるか?」「死者が生者を救うことはできるのか?」
ハン・ガンさんのことばが私の胸に直球を投げかける。

今日の朝日新聞の大見出し「尹大統領を拘束」ー戒厳めぐる内乱容疑ー…………。

明日の朝も「歩く、歩く、歩く」と唱えながら、冷たい空気を胸いっぱい吸って、歩こう。

 

 

初めての油絵

朝方、キャンバスに向かって油絵を描いている夢を見た。
ずいぶん以前、まだ絵筆を持つことができた頃、突然、絵(それも油彩の)を描きたくなり、公民館の油絵教室に申し込んだ。月に2回公民館に通って、夢中になって油彩画を描いた。色を重ねて、重ねて………次の朝、下地から浮かび上がってくる色を見るのが楽しみだった。前日の夜の光のなかで………これはすごい!………と喜んだ色は、明るい朝の光のなかでみると、なんと凡庸で、つまらない色!と、いつもがっかりした。それでもめげずに、数年間油絵を描いていた。やがて、指の変形が進み、硬くなった絵の具のチューブが出せなくなり、筆を持つことが困難になり………少しも上達しないまま、絵を描くことをやめた。今でも、物置にガラクタになった私の油絵が何枚も入っている。

今朝、夢から覚めても嬉しい気分がつづいた。あの頃より、もっと自由になって絵を描けるかもしれない、と想うだけでも楽しい………。

9時に外に出て歩き出すと、ヘルパーの小笠原さんが「おはよー、ヒサコサン」と言いながら自転車で追い越していった。お仕事に行くのだろう。
なぜか今日は鳥の鳴き声がなかった。


初めての油絵「バラ」

岩波書店『図書』1月号が届く。

「若き詩人へ」 

裂は私の心であり旅路である。
裂と常に一緒に今日まで生きてきた。
辛いときも寂しいときも、
裂をともにすることが、私には最大の慰めだった。
裂は友達であり、自分の魂でもある。
     *
裂はどんなに小さくなっても、
語りかけてきます。
やさしく、愛らしく。
     *
あまりに身近で気づかないかもしれないけれど、
裂はいつもいつもあなたたちの心を、
優しく包んで守ってくれる。
裂を大事にしてください。       (志村ふくみ・染織家)  
                      岩波書店『図書』1 2025 より

ハン・ガン『少年が来る』を読む。

さみしくなると、和子さんに電話する。自分勝手で、ご迷惑な話だと思うけど………彼女の「は〜い、こんばんわ」という透き通る声を聞くとホッとするので。

身体のあちこちが奇妙にねじくれてくる。だんだんと壊れていく身体………考えても仕方ない………外側から自分を観察すると……意外と面白い自分を発見し………だんだんとたのしくなって、愉快になって………笑顔の自分に変わっていく………。

日が暮れて、ハン・ガンの『少年が来る』に引き込まれる。言葉にできない不思議な感覚。呼吸するように身体に入ってくる。

木漏れ日のなかを歩く。

昨日、年賀状をいただいた方に、せめて「元気にしております」とお知らせしたいので、寒中のお見舞いを書いて投函できたので、一安心。

午前中、車椅子を押して桜の木々の木漏れ陽のなかを歩く。冷たい風が心地いい。頭上すぐに……キキィキキィ……と鋭い鳥の鳴き声。今日は鴉の声は聴こえない………ここは穏やかで静かだ………地球上の至る所で生きる場所を求めて、多くの難民が右往左往しているというのに。

韓国の光州事件は1980年5月18日に勃発したことを、この度ハン・ガンの『少年が来る』で知った。ちょうどその1ヶ月前の4月19日、私たち家族5人は揃って、当時西ドイツ・バーデン-ビュルテンベルグ州の州都シュトゥットガルトに移住し、美しい森に囲まれた郊外のアパートメントで異国の地の生活を始めた。ハン・ガンと同年生まれの長男は、弟2人を伴って、すぐ近くにあるEichenheim(オークの森)で終日戦争ごっこをして遊んでいた美しい日々。

いつまで歩くことができるかわからない。いつ骨が崩れるかわからない。でも、今日のような穏やかな日を与えられたことは幸いというより他にない。

  世界はなぜこれほどに暴力的で、苦痛に満ちている?
  と同時に、世界はなぜこれほどに美しいのか?

ハン・ガンのこの2つの?マークに応えてくれるのは………未来から吹いてくる記憶の風かもしれない………。

何もできない私にできることは、風にむかって歩くことだけ…………。

子どもたちのことば

「どこまでいっても、闇ダァ〜」と長男チカシ。「夜は暗くてコエェ〜よう」と次男レイジ。「あっ、くみひんだぁ〜」と三男ミツタケ。幼い息子たちが思わず発したことば。忘れられない。

チカシは、冷たい冬のドイツの森の中で。レイジは、闇夜の国分寺で。ミツタケは、煤けた漆喰の天井に映るひかりの水たまりをみて。

「くみひん」は、三人だけの共通言語。
「komm hin」こっちにおいで、という意味?
天に浮かぶ光の水たまり?
三人にしかわからない。

雨の日

明日は七草粥を食べる日、とヘルパーの山内さんが薄暗く小雨の降る中を帰っていった。そう言えば、ドイツで今日は「神さまが顕れる日」(エピファーニアス)だ。日本では明日、神さまがおかえりになる日。

久しぶりの雨。カラカラの東京にはいいお湿りだけど………静かな一日。

岡真里さんの『世界』の記事「ナクバという《ジェノサイド》抗すべきは「大量虐殺」だけではない」を読み返す。かなりの長文。イスラエルがガザ地区の大学、大学教授たちの多くを、爆撃で絶滅していく。文化、教育機関の破壊の恐ろしさを叫ぶ岡真里さんの必死な声がわたしの魂を揺さぶる。

ハン・ガン 「光と糸」(ノーベル文学賞受賞記念講演)のなかのことばを書いてみる。

 現在が過去を助けることはできるか? - 過去が現在を助けることはできるか? 
 生者が死者を救うことはできるのか? - 死者が生者を救うことはできるのか?
 
 世界はなぜこれほどに暴力的で、苦痛に満ちている?
 と同時に、世界はなぜこれほどに美しいのか?

キッチンに座って、背もたれに重たい頭を委ねて、瞼を閉じ、頭のなかで、岡真里さんのガザの現状を想像してみる。ハン・ガンさんのことばを反芻する。頭のなかで四つの?マークがぐるぐる回っているうちに、うとうと夢をみていた。気がつくと隣で、叡がニンニクを炒めて、パスタを作っている………何もできない私だけど、まだ歩くことはできる。鳥の声を聴ける。道端の小さい花は見える………。

正直に生きるのは難しい。

今、1月3日の23時24分。あと36分で新年の三が日も終わる。今年の密かなわたしの抱負は、自分の言葉で正直に書くこと………自分を正直に生きること………だったのだが。
自分でもびっくりするほどの速度で、身体の機能を失っていく………といっても、それが自分の正直な現実。

どんどんどんどん時は素早く飛んでいく………反比例するように、欲深い自分がみえてくる…………いいではないか、自分のなかにたっぷり時間があれば…………なんて、殊勝な自分もみえる。正直に生きることは難しい。
八十年も生きてきて、まだまだダメな自分に出会う。

もう直ぐ、1月4日になる。さあ、夢の世界でのんびり、のんびり。


小さな包丁を購入して、胡瓜、ミニトマトのカンタン酢漬けを作ってみたくなった。簡単だけど超難しい!

お正月

春うらら……おだやかなお正月。お昼前、史跡公園をまわり1時間ほど歩く。途中で車でお出かけのお隣さんのご夫婦に会い、新年のご挨拶をする。玄関の謹賀新年の松飾りも我が家だけ。遠くで太鼓の音がする。
今年はどんな年になるのだろう? もう一歩、歩きだした………新しい時間にむかって。

「こころに うかぶ ことば を
 そのまま かけば いい
 そのまま こえに だせば いい
 あたまで えがいた かたち を
 そのまま えがけば いい………」

なんて、ぼんやり考えながら、キッチンに座わり中庭に目をむけて、叡の用意してくれたおせちを食べる。


鳥の美しさ。奇跡のよう。

 

 

大つごもり

わたしの10歳年上の長姉は、生前大晦になると必ず黒豆を煮て、弟妹の家族みんなに分けるのが彼女の喜びだった。艶やかな漆黒の黒豆、それはそれは美味しかった。その姉が亡くなってからもう何年になるのだろうか?

今日は2024年の大晦日。朝日が高くなってから、史跡公園周辺をいつも通り車椅子を押してひと回り。
車も少なく、人影もなく、何処の家も音もなく静まり返っている。1人だけ、スーツケースを引っ張って分バスの発着所に急ぐ男の人とすれ違った。仕事納めをして地方の実家に帰省するのだろう。

外歩きから帰ると、あきらがキッチンのガラス拭き、玄関の掃除………に取り掛かる。わたしは何もできない。
いつもキッチンに座って中庭を眺めるだけのわたしは、新しい年になっても何も変わらず、キッチンに座って中庭を眺める日々をおくるだろう。

窓拭き、外回りの掃除を終えたあきらがキッチンに顔を出した時、中庭の杏の木、天使館の白い壁が、静かに闇の中に消えていくのを、透明になったガラスをとおしてみえた。


帽子をかぶった自画像 2024/12/31

今年の一年

今日からお正月三ヶ日まで、ホームヘルパーさんはお休み。冷蔵庫には、ラップで包んだスープの材料(じゃがいも、人参、玉葱)、チンすればいいだけのお惣菜が入った小さな耐熱容器に数種類並んでいる。その他、きゅうり、トマト、カブ………などの生野菜の酢漬け、生協で頼んだおせちが少々。お休みする間、わたしとアキラが困らないようにヘルパーさんたちが用意してくれた。これで安心。ありがたい!

今日の朝日に、2024年の一年の出来事が時系列で載っていた。わたしの一年は?と目を閉じて思い浮かべてみたけど、何も思い浮かばない。今在ることにリアリティを感じられれば「良し」と思っている。

スケッチブックを開いてみたら、今年の6月6日の色あそびがあったので………

色遊びをする。

机の引き出しに、STOCKMARの蜜ろうクレヨン16色の箱を見つけた。子どもたちがヴァルドルフ学校に通っていた頃、ランドセルに必ず入っていたクレヨン。懐かしい。

年の瀬、周りじゅうが忙しい時。煤払い、おせちの準備………わたしは何もできず、キッチンに座っている。
そうだ!色遊びをしよう。上手く鉛筆も握れないけど………やってみた。


八十歳の誕生日にいただいた花籠をもって。

悲しい時、さみしい時、色はいつもわたしを慰めてくれる。

わたしの部屋

消費税が8%に引き上げられる前に、耐震対策もできない古い家を壊して新しくした。それまで、私の居場所はキッチン。子供たちが自由に行き来する場所に座って、目を見張る。みんなで食事をする。縫い物も、洗濯物を畳むのも、夜、子どもらが寝静まると、そこで、家計簿を付け、本を読み、手紙を書き、日記をつける。キッチンがわたしの場所だった。
新築の家には、玄関脇にわたしが待望していた「小さなわたしの部屋」を作った。リウマチで立ったり座ったりが不自由になりつつあったわたしにはとても快適な空間。嬉しかった。
さて、ゆっくり本が読めると思いきや、あきらの海外ツアーの仕事で、ほとんど家を空ける日々が続き………わたしの待望の部屋も物置と化して、今に至る。やっぱりわたしの居場所は「キッチン」だ。

みんなが忙しい年の瀬。掃除も洗濯も食事作りもできなくなったわたしは、読みたかった本を「小さなわたしの部屋」から持ち出してきて、キッチンに座って衰えた視力を頼りに読む。わたしの年の瀬の1日。

正直な自分

何事もなくクリスマスが過ぎていった。

カードに絵を描いてあの人に贈ろう………小さなクッキーをあの人に………美味しい蜂蜜はあの人に………たくさんの想いが次から次と湧いてくるけど、その想いをとどけられない自分に気づく。正直な自分ってどこにいる? 

朝の身体は絶望的な鉛のカラダ。どこに希望があるのだろうか? まだ何かを求めるの………オカシイヨ!
正直な自分になろう………子供の頃の自分。カラダと心がぴったり重なっていた………時間も空間もなかった………生きることに正直だった懐かしい自分を思いだしながら………カラダと心がずれてしまった今の自分だからこそ………ほんとうの自分がみえてくるかもしれない………正直な自分になろう。

昼下がりのお喋り

ふっと、身体の力を抜いてみる時がある。すると、肩に力を入れて、やたらと急いでいる自分が見えてきて、自分で可笑しくなる。

今日の昼下がり、久しぶりに、加代子さんと和子さんと三人でお喋りする。40年以上も同じ時間を同じ方向に向かって歩んできた友人たち。後期高齢者になった今も同じ方向にむかって「今の時代」を歩いている。歩きずらい時代、でも、同時代の人たちと一緒に歩いていかねば!

2人のお友だちとお喋りしている時、ふっと肩から力が抜け、身体が軽くなった。肩に力を入れて急ぐことはない。みんな共に見えない糸で引っ張りあって生きている。

3人のおしゃべりは尽きない。

シジュウカラに合う。

朝食を済ませて急いで外に出ると、もう11時だ。明るい日差しではあるが、北風がぴゅーぴゅー寒い。
風に吹き寄せられた道路の朽葉をカサカサと踏み付けて車椅子を押していく。右膝の人工関節が重い。指先が冷たい。風は怖い。でも何かにむかって歩く。何処に向かって?確かなのは、今、自分が歩いていると感じていることだけ。怖いのは風だけ。心のなかは無感動。

自動車道を一羽の小鳥が歩いてきた。頭をピョコピョコ忙しく動かして、コンクリート上の何かを啄んでいる。白とグレーのツートンカラーだ。青色の筋が少し見える。直ぐ前の私には気づかず、すっかり道路を横切って、横道に行ってしまった。

家に帰って、Safariで国分寺の鳥を検索してみた。国分寺で観察される鳥は多いそうだ。私があった小鳥はシジュウカラだ。写真で見ると、とても美しい。光がある。

冬至

今日は冬至。冷たい冬の闇が深まってくると、およそ四半世紀前のドイツの生活が懐かしくなる。

ちょうど今頃になると、毎年隣村のパゾットさんは、彼の息子ロベルトとチカシを連れて、車でシュベービッシュアルプにクリスマス用のもみの木を採りに行き、プレゼントしてくれた。

お向かいのバーバラ・ベルガーさんは、今頃はシュトレンやクッキー作りに忙しく、降誕祭当日、我が家の三人の男の子、バーバラの一人息子クヌーツ、幼稚園のお友だちを招いて、ローソクで素敵に飾ったテーブルを囲んで、みんなでケーキを食べ、ワイワイと楽しいクリスマスのお祝いをした。

外は凍てつくような寒さ………うちは温かいひかりに包まれて………子どもたちのたのしい笑い声………。

あの時からかれこれ25年の時が過ぎて、今日、またドイツ東部の都市のクリスマスマーケットに車が突入。多くの犠牲者が出たとニュースで見た。数年前、ベルリンで同じ事件があった。

わたしのドイツのクリスマスは夢だったのか? 

スゥーと闇から光へ。

名古屋の中村眞貴子さんが緑のコーデュロイのバルーンパンツを作ってくれた。早速履いてみる。タップリと履きやすく暖かい。普段着にするのは勿体無い、と思ったけど、今はお出掛けすることは滅多にない。ならば家のなかでおしゃれしよう。気分が変わる。

毎日、一人でキッチンから中庭の葉をすっかり落とした杏の木を眺めている。新聞は気が滅入るような記事が多い。買い物もAmazonで、銀行関係もネットバンキングで、手紙もメイル、LINE………すべて、机上のiPadでことが足りる。電子書籍で読書もできる。一人外出禁止の私にはありがたい………でも、あぁ〜疲れる!
今日もネット注文中、文字がスゥーと飛んでいってしまい、突然闇のネット世界に落とされた。緑のバルーンパンツのルンルン気分もスゥーと消えて周り中が掴みどころのない灰色世界。不安と焦燥でiPadの文字盤をあちこち叩いているうちに、スゥーと光の世界に戻った、まるで奇跡のよう。
でもどうして?そのプロセスは永遠にわからない。

去年巣を作った杏の枝に鳥が戻ってきた。かなり長いこと止まって、あちこち眺めている。つがいの一羽も飛んできて、お喋りしている………小鳥さん、何を喋っているの?………一羽がスゥーと飛び去ると、つづいて一羽もあとを追い、冬空のなかに消えさった。

私の身体は有機体

建物も立派で最高の設備が整っている総合病院は、病人にとって救いの場所だ。多くの人が、自分の病んでる箇所を取り除いてくれる人に出会えれば、と期待に胸を膨らませて総合病院を訪れる。男、女、子ども、乳児、年齢もさまざまだ。受け入れる病院側も、医師たちも大変。期待と応答は必ずしも一致しない。

わたしの病歴は長く、半世紀になる。私という1つの肉体のさまざまな箇所が少しずつ病んでくるという厄介なリウマチ。総合病院では、頸椎は頸椎の医師、手は手、足は足、気道は耳鼻科………私の身体を部分に分けて、その専門分野の先生に治療してもらうことになる、というのが総合病院を受診してみて分かった。統一体である私の身体は有機的に結びつき動いているのに、限りなく部分に分かれていく。…………

先日読んだ新聞記事。
「デカルトの説では、精神以外のものはすべて物理法則に従う物質で、人間の身体さえも客体だ。それを冷徹に分析し利用する自然科学や、身体を部分に分け治療する医学が発達した。この説は身体も意識も持たない人工知能(AI)に行き着く。身体を通さず情報だけを組み合わせて体系化するAIに大きき依存する未来こそ、デカルトの描いた世界のとうたつてんではないか。それはディストピアになりかねない。」
朝日新聞 「科学季評」山極寿一 (2024/12/12)より

今日は2時間かけて、5年前膝に人工関節を入れてくれた先生を訪ねると、会うなり「わぁ〜よく来たね」と
一言、満面の笑顔で迎えてくれた。触診もしてくれた。患者の話に耳を傾けて、レントゲン写真を見ながら、納得のいく説明をしてくれた。細切れでない私を診てくれる先生だった。
早起きし、2時間かけてやってきてよかった!