午前中、叡に介助されて、タクシーで北口の眼科に行く。眼圧を測ったり、視力検査したり、瞳孔を開いて、水晶体をのぞいたり………結果は、今緊急を要する事態ではないので、今まで通りの目薬で………ということになった。クリニックを出ると、まだお昼には程遠いい。暑くも寒くもない陽気なだ。タクシーを使わずに家まで車椅子で歩いて帰ろうと叡が言って、途中、大型スパーマーケットの中を覗いたり、懐かしい昭和を思いださせる北口商店街の裏道を通り、表通りに出ると目の前に近代建築の国分寺駅があった。駅ビルの中は、縦横無尽にさまざまな人々が忙しく行き交っている。電車に乗る人、買い物をする人、旅行に出かける人、会社に行く人、待ち合わせをする人…………みんなそれぞれの目的地に向かって動いている。かつてわたしもその動きのなかにいたのだ。心の中で駅の雑踏を歩く自分を思い描いてみた。何時迄も人々の動く姿を見ていたい、と思った。今日、私は車椅子からその様子を活き活きとした風景を見ているように見ている自分がいた。
「感謝」に感謝。
つい三日前、いつも楽しみにしている朝日の文化欄の「どこからか言葉が」を切り抜いて、毎月第三日曜に掲載される谷川俊太郎の書き下ろしの詩を読んだ。居間に差し込む暖かな冬の陽射しを背中に受けながら『感謝』という詩を読んだ。いつも、壊れていく自分の身体を見つめながら、あっちこっちに揺れ動く気持ちが詩人の言葉に触れて………あぁ、これでいいんだ………となぜか、ほっとした。
今日は雨の日。朝、叡が用意してくれた朝食を一緒に食べて、外に出た。おお寒い!でも、厚いダウンの防寒コートを着ているから平気だ。いつもの凸凹道を見詰めながら、ひたすら歩いているうちに、些細なことで叡と口喧嘩する。だんだん失われていく自分の体に腹が立って、叡に八つ当たりしてしまった。失敗。老老介護の身でありながら、まだまだこの世の人間を卒業できないとは、情けない!
深く垂れ込めた雨雲の彼方で、カラスが二羽、あっちから、こっちから、がなり合っている。
「感謝」という言葉をここにおいて旅立たれた詩人は、冬の青空でにこにこ笑いながら、わたしの失敗をみて長閑に愉しんでいるだろう。
詩人の「感謝」に心から感謝!
鴉と出会う
今日は、昨日と打って変わって寒い。でもこれが本来の寒さだ。朝、外に出ると、薄っすらと陽が差して空気がおいしい。角を曲がると桜の樹々もすっかり葉を落とし、道端に黄色の朽葉が風に吹き寄せられて溜まっている。露口さんの前で、薄紫のジャケットを着た中年の女の人が箒で枯葉を集めていた。亡くなった君子さんのところにピアノを習いにきていた少女かしら? いつもレッスンでソナタを弾く彼女のピアノを聴きながら子育てをしていたのを懐かしく思い出した。しばらくいくと、一羽のカラスが私の方に寄ってきた。漆黒の大きなカラス。ポーの大鴉『never more』が心に浮かぶ。喪失と悲しみ………現在と永遠………美しく恐ろしい………突然、私に寄ってきたカラスが大きな翼を広げて飛び去っていった。
午後、スウェーデンに住む大植真太郎くんがプリンを持って訪れくれた。舞台の仕事で来日中とのこと。叡と久しぶりに話している間、わたしはヘルパーさんの山内さんに食事を作ってもらいお喋りしながら、美味しくいただく。
夜、柄谷行人の『定本 日本近代文学の起源』の続きを読む。頭の中に大きな時間が流れ込んでくる。
小春さんのポインセチア
昨年の今頃、ダンサーの小春さんから大きなポインセチアをいただいた。クリスマスに向かって外の闇が深まるにしたがい、重なるように大きく広がった紅色の苞葉が、家の中をどんどん元気づけてくれた。
今年になって、外に春の陽光があふれてもなお、小春さんのポインセチアは衰えをみせなかった。
そこで、よし!今年のクリスマスまで、と思い、iPadで園芸のサイトを開き、思い切って元気な葉をチョッキン、チョッキンと切り落とし、剪定というものを初めてやってみた。まだ元気な葉っぱを切るのは忍びなかった。それら、丸坊主になったポインセチアの鉢をベランダに置いた。
初めのうちは、毎日ベランダを覗いてようすを伺って水やりも怠らなかった。やがて、極暑の夏が巡ってくる頃、ベランダの端でカラカラに乾いているポインセチアの鉢を目にしても気にしなくなり、やがて「花」の存在までも忘れてしまった。
つい先ごろ、ベランダの隅に泥だらけになった鉢を目にし、あっ、まだ在る!新しく生まれてきた小春さんのポインセチアだ。
すっくと伸びた枝に初々しい浅緑の苞葉が伸びてきている。天気予報始まって以来といわれた猛暑の夏を通り越して、新しい命が生まれてきた。
さぁ、今日から大切にしてあげよう………わたしって、勝手なもんだ!でもうれしい。
あと2週間でアドベントがはじまる。クリスマスの頃、生まれてきた新しい葉っぱを真っ赤に染めるのは私の役目。できるかどうか、ちょっと自信がない…………!
ふわふわの子羊
やることが、ますますスローになる。いつもいつも何かが溜まっていく。
ナニヲ アセッテ イルノ? と鏡に映ったドングリ顔の自分に聞いてみる。歯を失い、唇が引っ込んで、ほっぺがポッチャリふくらんだ顔を見ながら、百面相遊びをする……だんだん………溜まっていた何かが……マシュマロのように柔らかくなって………晩秋の青空の白い雲になってふわふわ動いている………唇を真一文字に結んで………目を細めて笑い顔をしてみる………愉快な顔、面白い顔、可愛い顔!……アセルコトハ ナイ。
(A)『無垢の歌』 ウイリアム・ブレイク
[2] 羊飼い
なんと楽しいことだろう、羊飼いの楽しい身の上は!
彼は朝から夕べまで歩き回る。
彼は一日じゅう自分の羊の後を追い、
彼の舌は神への称賛に満ちている。
だって、彼は子羊の無邪気な呼び声を聞き、
母羊のやさしい返事を聞くんだから。
彼が見守っているあいだ羊たちは平和でいられる。
だって羊たちは羊飼いが近くにいるのを知っているから。
(ーイギリス詩人選(4)ー 松島正一編)
今朝の外歩き。夜半の雨の水たまりに映った青空にふわふわの子羊が見えたので。
せつ子さんのダンスをみた。
せつ子さんのダンスをみた。
山田せつ子ソロダンス公演「いま ここに います」会場:神楽坂セッションハウス
…………孤独ではあるけれど、不幸ではない、沢山の声が私を踊りに呼び寄せる、踊りながらこの世界のかたちを見る、私をダンスに誘うものはそうしたものなのでしょう。………
パンフレットのせつ子さんのことばをよんだ。
大人がもつ自信のなさと、世界の全てに無垢な眼差しをむける少女をカラダを合わせもつせつ子さんは、重力に身を委ねて静かに踊りはじめた、少女がひとり遊びをするように。
なんとうつくしい指先なのだろう! なんと軽やかな足さばきなのだろう! 舞台空間に削ぎ落とされた純粋運動の線の軌跡が、硬質の鉛筆画のように描かれていく。
あっ、せつ子さんのカラダが重力から自由になった。見上げると、「孤独ではあるけど、不幸ではない」ものをいっぱいもったせつ子さんが「いま ここに います」と、温かい眼差しを世界にむけて、綺羅星のように夜空に輝いているのをみた。
冬日が来る。
「現実を見ることが大事だとよく言われているが、私は夢を見ることのほうが大切なのではないかと思っている。………私はバレエダンサーになることを熱望している。しかし、その道はとても険しく、十分な収入を得ることが難しいとも言われる職業だ。………私は、保証された将来よりも、夢を実現させようと全力疾走をすることを大事にしているため、夢を見られる限りは見続けたい。………諦めなければならない時がくるかもしれないけれど、それを恐れて夢を持たないのは、何かに夢中になれる機会を失うことになる。実現を求めて全力を尽くすことが、たとえ将来どんな道を選ぼうと、糧になると信じている。…………」今日の朝日「ひととき」高校二年17歳の山本萌椛さんの投稿記事から。輝く未来に向かって、全力疾走する萌椛さん。がんばれ!
今月から始まった朝日の連載小説「夫を亡くして」(門井慶喜・作)が面白い。明治に生きて、26歳で自殺した北村透谷の奥さん、ミナさんの伝記。まだ8回目で、透谷にであうまえのミナさん。まるで現代っ子!
萌椛さんとミナさん。わたしが新聞で出会った二人の若い女の子。新アメリカ大統領にトランプ氏…………。
急に寒なる。暖房をつけた部屋で新聞に目を通しながら、うれしくなったり、ため息をついたりの木枯らし一番の今日の一日。 続きを読む “冬日が来る。”
南椌椌さんの詩集『ソノヒトカヘラズ』を読んで………
家を数日間留守にして帰宅すると、翌日は大洗濯と決まっていた。今思うと、海外ツアーからツアーにと綱渡り的な生活をよくしてきたものだ。その頃は、荷造りは素早くできたし、帰宅翌日の大洗濯もこなせたのに………名古屋オイリュトミー講座から家にもどってもう数日経つのに、なかなか日常が戻ってこない。天気も曇り日が多く洗濯日和とは言えないし………その間、外の世界はアメリカ大統領選、強盗事件、北朝鮮のミサイル発射………物騒事件が続いて………あたまがくらくら………でも慌てることはない………ゆっくり ゆっくり とまらないで………丁寧に深呼吸して………。
まめ蔵のシェフのMinami KuuKuu さんから、詩集『ソノヒト カヘラズ』という美しい本が届いた。うれしい!
「ソノヒトカヘラズ 1」から数行を書き写してみる。
「………
ソノヒトはいつも黒ずくめ
そっけなく、悲しみをたしなみカメラにぶら下がって
踊り子を四十年撮り続けていたが
とんと稼ぎには無縁だった
………」
日々の営みのなかに、なにげなく真実がかくれている、と詩人は教えてくれる。ありがとうkuukuuさん!
叡の名古屋オイリュトミー講座に同行する。
今日の名古屋は曇空。明日にむかって雨になるらしい。今日から三日間「笠井叡オイリュトミー講座」会場 長円寺開館ホールで行われる。もう何年この講座が続いているのか………わたしはいつ頃からオイリュトミーの講座、合宿などに叡と同行するようになったのか………もう、すっかり忘れてしまったが………今日、再び、わたしは名古屋にいる。宿舎の廊下を車椅子を押して、歩く練習をして、午後から始まる講座の初日に備えている。身体は確実に崩壊に向かっているが………意識は重たい身体を引っ張って、止まってはくれない………再び、名古屋で仲間たちに会えると思うと、不思議に重たい身体も軽くなり、温まることを意識は知っている。
わたしのねぐらは居間 兼 客間
急に寒くなった。一階の居間兼客間が私のねぐらになって、今年で3回目の冬を迎える……このままだとわたしは終生この居間兼客間に居続けることになるだろう、と思う。まとまらず、何となく中途半端な生き方をしてきてしまった私らしい終の住処だ。あれこれ思い悩むことなかれ!
明後日から叡の名古屋の講座に同行する。新幹線の車椅子席も予約したし、昨今、交通機関の身体障害者へのケアは素晴らしく、安心して出かけられようになったのはいいことだ。とはいえ、宿泊の準備に一苦労。今日は一日中「寒かったらどうしよう」とか「薬を忘れないように」とか、明日宅急便で名古屋に送るスーツケースを用意するのにかかってしまった。
思い返せば、リウマチと診断されてからも、スーツケースの準備をして、叡と一緒にあちらこちらと、公演に、WSに、と旅をしてきた……あの頃荷造りはお手のものだったのに………。
心も身体もゆらゆら揺れながら、中途半端な旅がつづいて………仲間と会えることが唯一の楽しみ。
多摩総合医療センターリウマチ科受診日
今日は、多摩総合医療センターリウマチ科の年一回の受診日。早朝から叡と出かける。まずX線から……撮影技師から「今日は時間がかかりますよ」といわれて撮影開始。わたしの捻くれたリウマチ身体をあちこちに曲げたり伸ばしたり、角度を変えたり、上下左右、側面から、頭部を除く全ての関節を撮影した。よく町の病院の待合室に貼ってある骸骨の絵と並べたら……オモシロイかも、見てみたい!
撮影に1時間はかっかった。次はドクターの診察。初診の一年前は、わたしの大雑把な状態を聞かれただけだったけど、今回は身体の内部の骨の構造の映像がある……今、私の一番の懸念の右膝、左肘などのことをお聞きできる。希望をもって待合室で診察の順番を待つこと1時間。やっと入室許可のベルがなり、ホッとしたのだが………あの膨大に撮ったレントゲン写真は、一枚も見せられず、説明もなく………何処にあるの?………「調子はどうですか?………そうですか、膝については膝の専門医を紹介しますよ……頸椎が変形して気道が狭いと思われるなら、耳鼻咽喉科を受診してください………では、また一年後に予約を入れておきます」
とっくに12時を過ぎてしまった。ドクターも叡もわたしもお腹が空いてきた………もうやめよう………1年先の予約表をもらって……診察室を退出した。
何のために、わたしのリウマチ体の骨の写真をあんなにたくさん撮ったのだろうか?
帰宅して、疲れた顔でキッチンに座っていると、ヘルパーのヤマウチさんが「さあさあ、まずこれを飲んで………」と暖かいポタージュスープを目の前においてくれた。
あぁ美味しい。温かさが骨身に染みわたる。
老老介護
昨夜、天使館での叡のソロ公演第二夜(先週の木曜日に第一夜)が終わった。およそ四十人くらいの方々が、暗い夜道を国分寺駅から観に来てくださった。はじまりは19時30分。秋とはいえ湿気を含んだ蒸し暑い夜。照明は三男ミツタケ、映像係は上村なおか、受付は原仁美。なんともシンプルな手作り公演。叡は、澁澤龍彦訳のマルキ・ド・サド著『閨房哲学』のテキストを喋りながら、無音のなかで、ピンク・フロイドの音のなかで、約90分を踊った。毎回、新しい。
わたしの今朝の外歩きは欠かせない……6時半起床………午前中からレッスンがある叡は、わたしの朝食を作る暇はない………えぃ、今朝はデニーズでモーニングを………と雨がぱらつく中をカッパを着て、車椅子を押して出掛ける………。
曇り空から小鳥たちの愉しげなおしゃべりが聴こえる。濁声のカラスが一羽、低空飛行で頭上を過った。
「車椅子 我がいのちをのせて 死者の国へ赴く」なんて頭を捻りながら、今日も老老介護の日が続く。
見えない顔
今日の朝歩き:
仏さま顔して心で怒っているわたし………そんなわたしを見ているわたし………年の数だけわたしの顔がある………いつまでたってもほんとの自分がみえない…………頭のなかで堂々めぐりしながら歩いていたら、家の前に着いていた。
『笠井叡 舞踏をはじめて』小野寺悦子著(ライター・編集者の小野寺さんが、2019年春から40回にわたって叡をインタビューして纏められた著書)が届いた。面白そう!長いこと一緒に暮らしているけど「灯台下暗し」分かっているようで分かっていない。何故か、ワクワク、ドキドキする本。うれしい。
吉祥寺にある南椌椌さんと山田せつ子さんのカレー屋さん「まめ蔵」が、48歳になったという。開店の時の初々しい「まめ蔵」の顔を懐かしく思い浮かべ………開店当時の初々しさを秘めながらも立派に大きくなった今の「まめ蔵」を思った。よかったね。おめでとう!いつか、また食べに行きたいな………
と、ここまで書いた時、中庭から、近所に住むレイジのパートナーの裕子さんが、お願いした買い物を届けに来てくれた………別れ際「闇バイトの強盗が流行っているから、直ぐに鍵をかけてくださいね」………と言って帰って行った。昨今、みえない顔が多すぎる。恐ろしい。
歩くって、いいね!
「車椅子 あなたが乗るのよ といわれても 押して歩く 身体障害者のわたし」短歌(?)
朝歩きの時、パーキンソン病を患っていらっしゃるご婦人が、おひとりで杖も持たず歩いているのに出会う。史跡公園から真っ直ぐの道で、向こうからと、こっちからと、バッタリ鉢合わせ。背の高い彼女は視線をまっすぐに直立の姿勢で、わたしは、車椅子につかまり背中をまるくして、視線はひたすら地面に向けて。お互いにかなり接近するまで気がつかなかった。一瞬立ち止まった。目が合った。意識と意識が重なった。大丈夫、
倒れない! 危ういバランスを保ちながらも、歩き続ける。
周りの人の心配はいかばかりか……………そんな周りの不安な気持ちを払いのけて、歩く、歩く………。
今日も出会った。彼女は右側、わたしは左側、同じ方向に向かって………思うように動かない足を器用に動かして、わたしを抜いて、早足で歩いて行く………後ろから「歩くっていいよね」と、こころであいさつを送る。
また、明日も会うかな?………会えるといいね。
岡真里さんの講演『《ガザ》が明らかにしたもの………』
木枯一番の日 腸揉みのテラさんきてくれる……硬くなった腸を………ゆっくりゆっくり………柔らかくほぐしていく………特製青汁をコップ一杯頂いて、おしまい。数時間後、お腹の中が動き出し………数日間の苦しみがスッキリ………テラさんありがとう。
午後になって、千章さんから届いた岡真理さんの最新の講演動画を開いてみる。ハマスがイスラエルに侵攻して一年………岡真里さんの講演は題して「《ガザ》が明らかにしたもの イスラエルによるガザへのジェノサイド攻撃から1年」。ガザの今に至るまでの状況、そして、今現在の状況を、克明に、正確に世界に伝える岡真里さんの息も切らさない講演に惹き込まれ、聴き入る。気がつくと先程までの明るい陽射しがすっかり消え、中庭の杏の朽葉がチラホラと寒そうな風に舞っているのがみえた。
朝日のー「どこからか言葉が」谷川俊太郎さんの書き下ろしの詩『思うだけ』を読んだ。ホッとする………そう、今のわたしは、思うだけしかできない。いつも思っている。
手に入れたいとは思わなかった
触れたいとも思わなかった
ただそこにあると思っていた
見えなくていい聞こえなくていい
でも確かに在るとおもっていた
なんと呼べばいいかわからなかった
言葉にしようとすると世界にまぎれる
だが消え去ることはなかった
動くでもなく静止するでもなく
無いと言うことはできなかったが
在ると言うとなくなってしまいそうで
言葉がもどかしかったから
ただ心で思っていた
書くのをやめて窓を開けた
空気が動いて匂いが入ってきた
走って行く子どもの声がした
思うだけでいい………
と思った
「『明けの鐘から夕べの鐘まで』より」フランシス・ジャムの詩
昨夜の天使館。笠井瑞丈×上村なおか主催/ダンス現在vol.35「笠井叡 ポスト舞踏公演『フランス人よ!共和主義者たらんとせば いま一息だ』」(マルキ・ド・サド『閨房哲学』より)を観る。
今日は、叡の母・君子さんの命日………薄日のさす朝の道を車椅子を押して歩きながら………鳥のお喋りを聴きながら………薄紫のお気に入りのコートを身につけ、カートを押して、背中を丸くして歩く君子さん………今、私の歩いている道を一緒に歩いている。
きっと昨日、叡の踊りを観て、これから雲間から見える青い秋空にむかってかえって行くのだろう。
またきてくださぁ〜い、お母さん!
『明けの鐘から夕べの鐘まで』より フランシス・ジャム /手塚伸一訳
ぼくが死んだら………
ぼくが死んだら、青い目の、小さな昆虫たちと同じ色の、
水の炎の青さの目のおまえ、ぼくが心から愛し、
『生きている花たち』の中の鳶尾のような少女よ、
おまえはやってきてやさしくぼくの手を取るだろう。
おまえはぼくを連れて行くだろう、あの小道へ。
おまえは裸ではないが、でも僕の薔薇よ、
おまえの清らかな首すじは
モーブ色のブラウスの中で花咲くだろう。
ぼくたちは額にだってキスしないだろう。
ただ、手を取り合って、灰色の蜘蛛が虹に織る
さわやかな木苺に沿って
蜜のように甘い沈黙をつくるだろう。
そしてときおり、おまえはぼくの悲しみがいっそう大きくなるのを感じをとって
ぼくの手をおまえのほっそりした手の中にいっそう強くにぎりしめるだろう。
ーそして、二人とも嵐の下の
リラのように切なくなって、
何もわからなくなってしまう………何もわからなくなってなってしまうだろう………
(1887年)
記憶の風………。
千章さんが、期間限定で無料公開されてるYouTubeの情報(今年度ノーベル文学賞を受賞したハン・ガンさんに平野啓一郎さんがインタビューしている)を送ってくれた。テーマは光州事件を描いた『少年が来る』について。1980年5月韓国で起きた反政府騒乱事件。
ちょうどその1ヶ月前の4月19日に私たちは家族で西ドイツに移住し、5月にナンシーの演劇祭に招聘され、初めてのフランスで、風薫る5月の光あふれる聖霊降臨祭を愉しんでいた………記憶の底から、限りなく当時の風景が浮かんでくる。
早速、千章さんが送ってくれた映像を開けてみる。ハン・ガンさんは1970年生まれ(長男チカシと同い年)だという。彼女が10歳の時に起きた自国の残虐な事件をテーマにした小説。平野さんの問いに答える彼女の面立ち、話し方は限りなく静かで、冷静で、温かで、深い。11月に重版が出るらしい。早く、読みたい。
クリスチャン・レームのこと
朝日の「緊急連載『ノーベル平和賞被団協に』」の記事を読んで思い出した。
シュタイナー学校時代のチカシの親友、クリスチャン・レームのことを懐かしく思い出した。今から30年以上前のことだ。ある年の夏休み、休暇を日本でということで、チカシと一緒に国分寺の我が家にやってきてたクリスチャンは、開口一番「Hisako,ich fahre morgen früh nach Hiroshima」(ヒサコ、ボクハ アス ソウチョウ 広島ニイキマス」と言ったのには驚いた。日本は初めて、日本語はダメ………どうやっていけるの………わたしはレーム夫人から直接「息子を頼みます」とお願いされているし、チカシはやっと実家に帰ったと………すやすやダウン………わたしはついていけないし………心配だらけだ………結局、断固とした意思を貫くクリスチャンに折れて………翌朝早く起きて、お弁当を持たせて送り出し……………暗くなって、満足した彼の顔を見て………やっとホッと一息………緑茶を入れて、道中の話を聞くと………「まず、広島の平和記念公園にいけたので、これからゆっくり日本を観光できる。嬉しいな。何も困ったことはなかったよ。おばさんのお弁当美味しかった。ありがとうございます」ですって!
クリスチャンのお母さんレーム夫人は、自分の家を不良少年少女の更生施設にして、自分の三人息子も施設の子たちと差別なく育て、共同生活し「わたしはここにいる子みんなのお母さん、寮母さんよ」という。いっぱいイヤリング・ネックレスを身につけ、バッチリと化粧し、とても寮母さんとは思えないほど派手で自由な女性………いやぁ〜、心の広さ、温かさ、思いやり………わたしはすっかり彼女に魅了され………子育てとは、生きるとはこうあるべきだ!と嬉しいものをいただいた。
朝日の記事の続き。最後は「被爆者団体と、唯一の戦争被爆国の政府。日本の被団協の歴史は、日本政府との闘い、すれ違いの歴史でもある。」と結ばれている。
30年前のクリスチャン少年の真摯な行動、レーム夫人の心の広さ、を思いだし、励まされる。しっかりしなくては、ヒサコサン!
秋の日
朝目覚めるとカーテン越しに、中庭に秋の陽が溢れて見える…………わぁ〜たまらない………わたしのカラダはあの光のエネルギーを受け止められるだろうか?………怠けもののリウマチカラダが呟く………さぁ、体を垂直にして………チョコレートを一粒口にして………外に出る………あぁ、清々しい空気とひかり………秋だ!
車椅子を押して史跡公園まで行くと、シルバーの清水さんが多くのお仲間と黙々と雑草を刈りながら、時折通る車に注意するよう、一人一人に気を配って声をかけている。みんな高齢者たち。わたしにも「よく、歩けるようになったね………近いうちに草取りに行くからね、ちょっと待っててね」と声をかけてくれた。嬉しい。
朝日の朝刊で、韓国の作家ハン・ガンさんが、今年のノーベル文学賞を受賞、という記事を読む。アジアの女性として初めて。1970年生まれ。まだお若い! おめでとう………読んでみたいな。
ついでに「天声人語」………今年のノーベル物理学賞の一人トロント大のジェフリー・ヒントン名誉教授は「『アイデアというものは間違いと証明されるまで捨ててはいけない』と考えたそうだ」さらに、急速なAI関連の発展にヒントン氏自身が「『我々は、自分より賢いものを持った経験がない。手に負えない脅威がある』。先日の会見での発言だ。」
200年前に生きていたゲーテの『科学方法論 分析と綜合』(木村直司訳)から
「ひたすら分析に没頭し、綜合をいわば恐るような世紀は正しい道にあるとは言われない。なぜなら、呼気と吸気のように、両者がいっしょになって初めて科学の生命をなすからである。 誤った仮説も全然ないよりましである。なぜなら、ある仮説が誤りであることは、恥でもなんでもない。しかし、それが固定化され、広く承認され、一種の信仰告白となり、だれもそれを疑ったり研究することが許されなくなることが、ほんらい禍であって、幾世紀もその被害を受けるのである。」
「自分より賢いもの」って何? 「神?」「大自然?」それとも「電子頭脳?」
また、あたまがこんがらがってきた。考えるのはやめにして、黒糖を溶かしたお白湯を飲んで………。
明日も美しい日でありますように………おやすみ。
高橋巖著『ヨーロッパの闇と光』を再読する。
「芸術作品との出会いには二通りの仕方があるようだ。われわれは、生きることの喜びと悲しみ、成功と失敗、栄光と屈辱、悟りと迷いをくりかえしながら、人生の年輪が加わるにつれて、作品の中のそれまでなにげなく見すごしてきたところに重要な意味を見出したり、作品の呼びかけにあらためて耳をかたむけたりする。そういうとき、われわれは作品に感動するとともに、それまでに過ごしてきた自己の人生の重みを、たとえその作品が光につつまれ、天上的な美しさに輝いていたとしても、感じぬわけにはいかない。」
高橋巖著『ヨーロッパの闇と光』(新潮社 昭和四十五年二月十日発行)から
今から100年先は?
今日の朝日の『天声人語』で、今から104年前(1920年)『日本及日本人』という雑誌の「百年後の日本」という特集記事について読んだ。では、今から100年先の2124年の「地球は?」「日本は?」「人間は?」どうなっているだろうか。もちろん、その時、わたしはこの世から消えている。
100年なんて、アッという間に過ぎる。102歳を前にして叡の母は2019年10月に亡くなり、わたしも間も無く80歳。『天声人語』に「大正の未来予想に話を戻せば、『人間が之から先、だんだん幸福になって行くか』は『疑問』だというのもあった」当たりだ。
拙著『畑の中の野うさぎの滑走 一匹のトカゲが焼けた石の上を過った』のたった数十年間の日々の記録でさえも、あらためて通読してみると、地球はだんだん昏くなり、人々はバラバラになって、孤独になっていく様子が透けて見え………困ったな…………。
でもこうして、毎日、新しい日がやってきて、わたしはこうして毎日、何かを呟く、自分に向かって………そして、詩を読む………音楽を聴き…………毎日、食事介助のヘルパーさんとお喋りをする………そして、自分の心をのぞいて………自分のことばをさがし………遠くで病んでる人のことを想い………動いている………。
夜になって、急に寒くなった。明日も雨かなぁ…………美しい日でありますように。おやすみ
久しぶりのリルケ
今朝も雨………でも、いいや………カッパを着て外歩きにでよう………いつも歩く道は決まっている…………いつも同じ場所で同じ鳥が囀っている………いつも同じ場所で同じ虫が鳴いている……………でも、昨日は今日ではない。
今日の新しい出会いが、重く乾いたわたしの朝のカラダに瑞々しい水を注いでくれる………前に首部を垂らし、ビニールカッパにパラパラと雨の打つ音を耳にしながら、黙々と歩ていると………頭のなかがこんがらがってきた………困ったな………と思って目を上げると家の前にいた。
細江英公先生もべらちゃんも、あっという間に彼方の方へ逝っちゃった。悲しいことが多過ぎるよ。
今日は一日中雨………外は静かだ………暮れるのが早くなる。久しぶりにリルケの詩を読もう。
「秋」 リルケ/高安国世訳
木の葉が散る、遠いところからのように散る。
どこか空の遥かな園が冬枯れていくように。
木の葉は否むような身振りで散ってくる。
そして夜々、重い大地は
星々の間から寂寥の中へ落ちてゆく。
私たちはみな落ちる、
そうして他の人々を見るがいい。落下はすべてにある。
だがこの落下を限りなくおだやかに
その手に受け止めてる一人のひとがある。
志村ふくみ先生 百寿❣️
染色家の志村ふくみ先生が百寿を迎えられたという。なんと、おめでたいことだろう! もう久しくお目にかかっていない。「草木染めと織」という自然作業と、「色とは?」という理念の認識作業の困難な二つの道を追求されていく先生の後ろ姿は、女のわたしに多くを気づかせ、多くを与え続けてくださる。感謝してあまりある。いつまでもお健やかに美しい日々をお過ごしくださいますように。
つつましい眼差しで見るがよい、
永遠の織女の絶妙の技を。
踏むひと足で動く千の糸、
かなたこなたへ梭が飛び、
糸と糸は相会して流れ去り、
一打ちは千の結び目を作る。
織女はそれを乞い求めてきたのではない。
彼女は永劫の日から経を張っていた、
永遠の織匠が心やすく
緯をうちこむことができるようにと。
ゲーテの『色彩論』(木村直司訳)から。
10月1日
なんとなく心が晴れない…………秋が来たような………来ないような………曖昧な時がすぎていく。
家事援助に来てくれたミブサンに………もし地震が発生したら、ヒサコサン、四中まで歩けますか?………と聞かれて………歩けないわ、と答えて………思わず頭のなかに、ニュースで見た度重なって自然災害に見舞われた能登半島の人々の顔が浮かぶ。痛ましい。………なんとなく心が晴れない、などと言ってる場合じゃないよ、ヒサコサン! 80年近く無事に生きてこられたことに感謝しなくては。
今日の朝方、西国分寺の近くの住宅街で強盗事件が発生、とニュースで見る。恐ろしい。
まめ蔵のKuukuu さんが、べらちゃんの愛知県岡崎市で執り行われた今日のご葬儀に参列され、心のこもった告別式だったとメッセンジャーで知らせてくれた。心が少しあかるくなった。ありがとう、Kuukuuさん。
10月1日の独り言。
青函連絡船「洞爺丸」が沈没した日から70年
70年前の昨日、青函連絡船「洞爺丸」が沈没した。犠牲者となった1155人のうちの一人は叡の父親笠井寅雄(享年41歳)だ。『洞爺丸遭難追悼集』のなかに中学一年の女子生徒が「お父さん。お父さん。なぜ死んだのでしょう」とむなしく問いかける言葉がある、と朝日の天声人語で読んだ。あの日、10歳だったアキラも今年の11月で81歳になる。
義父寅雄は、生前子どもたちの将来のために、と用意した国分寺の土地を、見ることも住むこともなく、亡くなってしまった。
その土地に1971年に手造りの稽古場を建て、アキラと私は白亜の城「天使館」と名付け、8年間舞踏の稽古場として活動した。
その手造りの稽古場「天使館」も、33年前に新しく建て替え、オイリュトミーシューレ、ダンス学校、アキラの講座、縁のあるダンサーの公演、WS、劇場公演のための稽古場………芸術創造の現場として活躍し、今に至る。
今日の夜、中村駿ソロ公演『Existence Op.1-14』(ダンス現在 vol.34)が天使館で行われた。
駿くんのチラシの言葉は
「本作品は今年5月に初演を迎えた生まれたての作品です………改めてこの作品に向かってみると、“孤独”や“匿名性”といったイメージをお借りして創作をしていることに気づきました。初演を経て言葉にできなかったメッセージ性が少し見えてきた気がします。」そして、最後に「表現する私と見ていただく皆さまで、この作品が何を表現し、この場所で何が生まれているのか想像し合えたら嬉しいです。」と結ばれている。
なんと新鮮で、まっすぐな言葉だろうか! 漆喰の白壁に映し出される美しい映像。無音の中で黙々と動き続けるダンサー。空間が若くあつい熱で息づいているのを感じた。素晴らしかった。
白亜の城、稽古場「天使館」は、時代とともに未来に向かって、螺旋状にあたらしく生まれ変わりながら、いつまでも生きていってほしい。
見えないエネルギー
昨夜、高橋巖先生の『ヨーロッパの闇と光』新潮社初版本を再読し終わった時、写真家の細江英公先生がお亡くなりになったことを知り、目に見えないエネルギーが私のカラダの中にリアルに流れてくるのを実感し、今まで、わたしは何を見て感じてきたのか自分に呆れてしまう。大いなる先達と、この世で出会い、お話する機会も多々あったのに………今は、その出会いを心から感謝し、わたしの中に流れてくるエネルギーを自分でしっかり受け止めななければ、と思う。
いつまでたっても、迷いがある、カラダがあるかぎり。
今朝は昨日と打って変わって暑い朝。さあ、今日も歩こう
秋が来た!
「暑さ寒さも彼岸まで」……やっと夜のクーラーから解放され………お墓参りもままならず(お父さん、お母さんゴメンネ)………今朝の外歩き、木綿の長袖ジャケットを着込んで出かける………秋が来た!
連休最後の日…………家の中も外も静かだ………本を読もう。
高橋巖著『ヨーロッパの闇と光』を再読する。
………ゲーテ(対象的思惟)・ヴァーグナー(愛の思想)・パルジファルとグラール伝説・グラール探求者ーフリードリヒとクレー………
先生の文章から、言葉から、わたしのうちにたしかな何か(言葉にできない何か)が流れてくる。
「グラール探求者ーフリードリヒとクレー」から
「………矢印というシンボルには人間の本質を暗示する力がある。それはいかに私がこの流れ、この湖、この山をこえて、到達距離を特定の方向へ向ってひろげようとしているかを示す。人間は肉体上の無能力とは反対に、理念的には地上的超地上的なものを任意に踏破出来る能力をもつが、このことが悲劇の根源でもあるのだ。能力と無能力との対立が人間存在の基本的在り方を示し、半ば翼をもち、半ば地上に囚われているのが人間である。そしてこのような対立が非常に容易に精神の頽廃をまねきやすい状態だ、ということをクレーは非常によく知っていたに違いない。………」
『踊る音:奏でる身体』公演を観て。
曇りの朝………8時10分過ぎに歩き始めると………頭のなかに「全てのものは振動する」という言葉が浮かんだ………そうだ!昨夜観た、ハープ奏者の渋川美香里さんとオイリュトミストの定方まことさんのコラボ企画『踊る音:奏でる身体』〜イタリアの古き旋律との共鳴〜 の当パンで読んだ言葉だ………国立芸小ホールの薄暗い舞台上、装飾を施した美しいハープが1台、上方からのスポットライトの光の輪のなかで音が奏でられるのを待っている………やがて現れたハープ奏者の指が静かに弦に触れると………音が響きとなってカラダのなかで振動する………音に共鳴して流れるように踊りだすオイリュトミスト。
客席の1番前に用意してくれた身障者席に座って、私の身体も振動し、共鳴し、踊りだした。
昨夜の舞台が、私のカラダのなかの遥か美しい風景となって記憶の層に重なっていく。ありがとう!
ベルイマン『野いちご』を観ながら………。
もう、少しは涼しくなったかな………と思って………今朝8時過ぎに外に出ると………すでに昨日の今頃より暑く………日差しは立派にわたしの肌に向かって………風の梵もなし………行くての道の真ん中に大鴉が一羽フラフラと歩いている……漆黒の鴉も……この暑さには参るよね………などなど………体の外と内が一つになって……予定のコースを歩く。
昨日と今日と続けて、イングマール・ベルイマンの映画をiPadで観る。その昔、夢中になった映画監督の映画だ。「野いちご」「処女の泉」「七つの封印」「鏡の中にある如く」………内容はすっかり忘れてしまったけど、夢中にだったという感覚はカラダの中に鮮明に残っているので、もう暑さに飽き飽きした昨日今日は、クーラーで冷やしたキッチンで、ベルイマンにどっぷり浸かる。60年の時を隔て、今、ベルイマンがわかった。おそらく今日の若い人にはえらく古臭く映るでだろうモノトーンの映像から浮かんでくる表象は、今のわたしにピッタリ。
いつの間にか、雑草の中庭の地面の方から闇が上ってきた………空はまだ明るい夏空がみえる。
「子羊が第七の封印を解いたとき、天に、半時間ばかり静けさがあった。」ヨハネによる黙示録 8章1節
ついこないだのこと。
朝外に出ると、微かに霧雨が降っている………大丈夫、大丈夫………と歩きだし………いつものコースを一巡り………我が家の前の道までやってきた時………後ろから、車で畑から戻ってきたホンダさんが「よく頑張ったね」と声をかけてくれた………ありがとう………うれしいな………心のなかに子どもの自分がいた。
さぁ、今日こそ冷蔵庫にある油揚げとコープで注文した切り干し大根を使って煮物を作るぞ!と張り切って台所に立ったものの、ひん曲がった指では思ったようにうまくはいかない。お揚げを湯通して刻み、水で戻した大根と合わせて油で炒め………一つ一つの動作が危なっかしい………調理台を油や醬油やだし汁で汚しながら………お鍋に蓋をしてコトコト煮る段にやっと至る………ああ疲れた。
そこに、ヘルパーのヤマウチさんが「あれあれ、何してたの?」といいながらキッチンに入ってきた………あゝ助かった………ヤマウチさんは鍋の蓋をとって「あら、美味しそうじゃない。でも少し硬いわ……さぁそこに座って」と言って、サッサと切り干し大根を柔らかくして、わたしの前に出してくれた。あぁ美味しい。うれしいな。
あと2ヶ月足らずで80歳になる私だけど、まだまだ人に甘える子どもが心のうちにいるみたい………敬老されるなんて、恥ずかしい。
明日は十五夜。子どもの頃、母の実家の縁側で、いとこたちと一緒に夜空を眺めながらお団子を食べたのは、ついこないだのこと!
ダンスはわたしのDarstellung ・表象
特別なことがないかぎり、わたしが外に出るのは朝歩きの時だけ(それも、アキラの監視!?付き)。あとは家のなかを、一応主婦らしき仕事を何やかやと危なっかしい足取りで、あっちに行ったりこっちに行ったり、結構忙しい(わたしの身にとっては)。一度キッチンのわたしの指定席にドッカリと座ってしまうと、立って体のバランスを整えるまで時間がかかるし、勇気がいるし、楽ちんの方に気持ちが動く。だから、できるだけ続けて動くようにとは思うものの、長続きしない。体は楽を求める。困ったもんだ!
視覚聴覚が衰え、その上、歯を失って発音できない言葉があったりして。話が相手にうまく伝わらない。困ったもんだ!
昼下がり、椅子にどっかり座り、iPadでメールとFacebookを見る。
10月にトラムで公演する山崎広太の案内状が来た。山田せつ子が11月にセッションハウスでソロ公演。11月から、KUJIRAI KENTARO のグループが、イギリス・ローマ・仙台・東京とツワー公演。ミツタケ×なおかの公演もある。ダンス公演の案内が満載。どれもこれもみんな素敵。
あぁ 芸術の秋…………観たいな………行きたいな………よし行こう!………でもどうやって?
ナントカナルサ………わたしのカラダは躍っている。
ダンスはわたしの「Darstellung」・表象・象徴
暑さは続き、秋はまだ…………。
朝9時を過ぎてから外に出るなんて、遅い!………と自分で自分に腹を立てながら………すでに翳るところもなくギラギラと太陽が降り注ぐ道を、自分を乗せる車椅子を自分で押しながら歩き出すと………頭の中に………さまざまな表象が浮かんでは消える………さあ意識を集中して…………出掛けに口に入れた一片のチョコレートの甘味が口の中に残っている間は大丈夫(私のお呪い)だ、暑さに負けない、と思いながら………… 1200年前の天平の道の真ん中をノロノロあるていると……ふっと、後ろから数台の車がゆっくりとついてくるのに気がついた。失礼しました!…………ドライバーさんたちのやさしいお心遣いに励まされ、感謝しつつ………気狂いじみた暑さを乗り切って家まで辿り着く。所要時間1時間………やれやれ、いつまで続くのこの暑さ………地球温暖化!天災?人災?……………つべこべ考えず、さぁ、シャワーを浴びて………サッパリと………私の今日をそろりそろりと始めなくては…………明日は明日………カラダがあるかぎり、時は巡ってくるだろう。
夏の記憶
『畑の中の野うさぎの滑走 一匹のトカゲが焼けた石の上を過った』公演が終わって三日経った。
九月五日東京芸術劇場ウエストホールに小屋入りしてから八日の楽日まで、自然の光がギラギラ煌めく極暑の外界と裏腹に、真冬並の寒い劇場内の客席の端から舞台を眺めていた。
照明家の作り出す光………音響家が出す人工的な音の響き………若い三人の女性ダンサーと叡………夏の間、一緒にご飯を食べたり、洗濯したり、お風呂に入ったり、合宿したり………家族のようだったみんなが………純白の舞台空間で………自分のカラダを背負って踊っている………一人ひとりが輝く惑星のように………惹かれるようにスルリとわたしも非日常空間に入り込み……神さまから与えられた裸体で………舞台監督のマルキに支えられ………黒い靴をはいて………純白の舞台をよこぎった。
また、朝歩きの日々がはじまる。
今日も1時間あるく。日が照ると、異常に暑く、曇ると、風に秋の気配を感じる。三日前の舞台が、遥か遠くの風景のように夏の記憶のなかにきえていく。
昭和3年生まれの三人の偉大な先達。
秋はいつ来るの? 今日は、今週末から始まるアキラの新作『畑の中の野うさぎの〜」公演の、天使館での最終稽古。出演者のひとりKAiMiWAさんの差し入れ、ウサギとお月様を可愛くデコレーションしたプリンをみんなで美味しくいただく………さぁ、これから本番に向かって………明日は劇場の仕込み………明後日、ダンサーたちの小屋入り………そして、いよいよ本番………さて、どうなるか!ドキドキする………半世紀以上も続けてきたのに………いつまでたっても、初めての気分とは⁉️
1970年前後、学生運動が次第に、内ゲバに傾いっていった頃………稽古場「天使館」ができた頃………ともに昭和3年生まれの、澁澤龍彦、土方巽、高橋巖………の三人の大先達に出会い、導かれ、今もなお、彼方の世界から静かに導いてくださっているのを感じる。
霧雨の中の朝歩き。鳥の声………風のそよぎ………三人の偉大な先達の面影がカラダに巡って………今日も歩けた。
こころのなかで、死の世界と生の世界がグラデーションになって現れては消える………不思議だけど、おもしろい。
肉体があるかぎり、いつも新しい明日にであう………未来から記憶の風が吹いてくる。
『ヨーロッパの闇と光』高橋巖著を読む。
台風一過、澄み切った秋空……とはいかない9月1日。朝歩き1時間20分。湿った風が確かに秋を告げている。
今日も高橋巖先生の『ヨーロッパの闇と光』のなかにスーと入り込んで、1日があっという間に過ぎた。
明日は、また新しい時がやって来るだろう。
昨日の続きを読みおえる。
朝の外歩き………いつものコースより先に進み………鳥の森(私の勝手な命名)まで足を延ばしてみる。所要時間1時間20分。歩けた! これから秋に向かって少し自信がついた。うれしい。
昨日の「柄谷行人『力と交換様式』を読む」の続きを読み終える。知らないこと、初めてのことがたくさんあるけど、今わたしの頭の中にあるモヤモヤしたもにのに「希望」のひかりを与えてくれた。読んでよかった。もう一度読もう。
書架にある高橋巖先生の『ヨーロッパの闇と光』(新潮社1969年刊)を読む。
「芸術作品との出会いには二通りの仕方があるようだ。われわれは、生きることの喜びと悲しみ、成功と失敗、栄光と屈辱、悟りと迷いをくりかえしながら、人生の年輪が加わるにつれて、作品の中のそれまでなにげなく見すごしてきたところに重要な意味を見出したり…………」序 1 廃墟 より。
温かい文章………「未来」から「過去」から「今」を歩くわたしのからだに、生きる力が流れてくる。
「柄谷行人『力と交換様式』を読む」を読んでみる。
朝の外歩き1時間…………昨夜の雨で濡れたコンクリートの道に桜の朽葉があちこちに貼り付いて………すぐそばの葉叢から蝉の鳴き声が聞こえる………必死だ!………風は冷たい………刻は秋に傾いて………あたらしい刻がくるのだろうか?
文春新書の「柄谷行人『力と交換様式』を読む」の中で自国中心主義、民族紛争、国家間の戦争が避けられない理由を読んだ。
「………帝国は古代と中世にあったものであり、帝国主義は、資本主義後に生じたものに過ぎないのです」
「帝国主義は、帝国を否定するものです。」
「ペルシア帝国、ローマ帝国、モンゴル帝国他の帝国では、異なる民族が、お互いのアイデンティティ–を保ったまま、平和共存できた。」
「近世以後の国民国家には、このような原理がない。したがって、自国中心主義、そして、民族紛争に傾きやすく、国家間の戦争が避けられないのです。」
最近の新聞は暗いニュースばかり………柄谷行人さんの続きは明日読もう………難しいけど、惹き込まれる。
歯がとれた。
歯がとれた。残りの自分の歯は一つだけ。
いよいよあちこちが壊れてきた。50年前から走り続けてきてくれたリウマチ車だから、当然と言ったら当然のこと。運転してきた私としては、よくやってきてくれたと、こよなく愛おしい車。
と言いながら、今日は茄子と豚肉の煮物を作った………果たして、食べられるの、ヒサコサン⁉️
明日も何か作りたいな…………壊れた車でもまだヨロヨロ走ってるもん。
カラダがあるかぎり………。
松岡正剛さんが亡くなられた。1944年1月25日のお生まれだから、43年11月25日生まれの叡と2ヶ月しか違わない。今年の1月横浜のKAATで行なったポスト舞踏公演『魔笛』を観にきてくださり「今度二人で対談をしよう」と話したんだ、と叡から聞いていたので、楽しみにしていたのに………大きな足跡を残されて…………先に逝かれてしまうなんて………。
アラン・ドロンが88歳で死亡、と新聞で読んだ。アランの8歳年下の私は、女学生の頃、アラン・ドロンに夢中だった。アラン・ドロンの映画が来ると、日曜の朝一番、友だちと西銀座の封切館にいそいそ出かけ、ドキドキしながら映像の中の若きドロンを見つめ、映画の後は、ペコちゃんの不ニ屋の寄ってハンバーグとあんみつを食べるのが定番のコースだった。遥か昔の想い出………アラン・ドロンを観るだけで幸せいっぱいになれるなんて………楽しかったなぁ!
今年になって、まわりの80代の友人知人………いつの間にか先に逝かれてしまう。老いていけば当然とは言いながら、淋しく、悲しい。
今日も暑いけど、1時間外歩きをした。からだを通り過ぎる風は優しく……太陽の熱は暑いけど、私の壊れていくからだを温めてくれる。わたしのあやしい聴覚に鳥の囀り、蝉の合唱が聞こえる。カラダはいつも世界と一緒に生きている………楽しいことも、苦しいことも、悲しいことも、明るいことも、暗いことも………。
『田中美津という生き方』
千章さんが送ってくれた「田中美津という生き方」という動画を観た。つい先頃の8月7日に81歳で亡くなられた田中美津さんの77歳の時の映像。
お話を聴きながら………もう直ぐ私も80歳。ひとつ年上のおねえさんから「やっぱりこれでいいのだ!」とお墨付きをいただいたような気分になり………「嫌な男にお尻は触られたくないけど、好きな男に触られるお尻は欲しい」………「大義と欲望・言葉とカラダ」「個としてのおんな・面としてのおんな」「真ん中に立つこと」「自己肯定・自分を許すこと」などなど、同じ時代を生きた美津さんのいうことに……うんうん、そうそう………いちいち頷いたりしながら………「自分を許すこと・他者を許すこと」これが一番難しいな………いろいろ教わった。田中美津さん、ありがとう!この世で出会わなかったけど、彼方では…………。
マフムード・ダルウィーシュの詩を読む。
「この大地にあって」 マフムード・ダルウィーシュ/四方田犬彦訳
この大地にあってまだ生に値するもの、
四月の躊躇い、夜明けのパンの匂い、女から見た男の品定め、アイスキュロスの作品、
愛の始まり、石の上の雑草、笛の悲しみに生きる母親、侵略者の記憶への恐れ。
この大地にあってまだ生に値するもの、
九月の最後の日、四十を過ぎて杏の実が熟れきった女、獄舎に陽が差し込む時間、生きものたちを真似る雲、
微笑を浮かべ死に向き合う者への賞賛、独裁者の歌への恐怖。
この大地にあってまだ生に値するもの、
女なる大地、全ての始まりと終わりを司る大地。かつてパレスチナと呼ばれ、のちにパレスチナと呼ばれるようになった。
わがきみよ、汝がわがきみであるかぎり、われに生きる価値あり。
『パレスチナ詩集』(ちくま文庫)より
チョコレートひとかけら
この頃、朝歩きの前の「蜂蜜ひと舐め」が「チョコレート一片」になったのは、チョコレートが口の中で甘くとろけだすと………アルキタクナイナ………アツクテイヤダナ………とぶつぶつ文句をいうヨワムシヒサコが消えて歩きだす。ところが昨日の朝、最後のチョコレートを誰かが食べてしまい、ひとかけもなかったので「蜂蜜ひと舐め」でいつものコースを歩きだしたが、家あと一歩というところで、一歩も前に進めなくなってしまった。ガス欠だ!どんなに頑張っても、もうダメ、動かない。アキラに車椅子を持ってきてもらい、無事に家にたどり着くことができた。ナサケナイ。こんなこと初めて、自分でもビックリ⁉︎ 口の中でとろっとと溶ろける甘いひとかけのチョコレートが、わたしのリウマチ車に力をくれた。ありがとう。
今日の朝は、しっかり「チョコレート一片」を口に入れて歩いた。口の中に甘さとろけだし、カラダの隅々にまで浸透していく。昨日の朝と同じように暑かったけど最後まで歩けた。うれしい!
今日の朝日新聞
今日の朝日新聞一面の見出し「10万年 核ごみは眠る」………フィンランド・オルキルオト島の地下約450メートルにできた放射性廃棄物の最終処理場「オンカロ」(洞窟・フィンランド語)が、今月末に試運転を始めるという。放射能が一定程度まで減衰するのに10万年ぐらいかかるらしい! なんということか。10万年後の地球⁉️ 果たして、ごみだらけの惑星になって、相変わらずおひさまの周りを回っているか………人間も地球も宇宙から消えてどこにもいない………何にしても「美しい地球」は夢のはなし………地球は未来に向かって、少しずつ「美しい(?)ごみの星」に変容していくだろう………誰にも止められない。
「文化」のページの上野千鶴子さんの寄稿文「田中美津さんを悼む」を読む。ウーマンリブの旗手・田中美津さんが今月7日、81歳で亡くなられたという。わたしは田中美津さんの人となりは殆ど知らなかったが、上野さんの追悼文を読んで、同世代の女性という見えない繋がりを強く感じた。
上野さんは田中美津さんの生前の生き様を「爆弾テロや銃撃戦より、いま・ここの赤ん坊のおむつを誰が替えるのか、その方が生きることにとって、もっと切実で重要な問題だとつきつけ…………エリート男たちが『自己否定』を叫んだとき、子どものときの性虐待経験から『否定するほどの自己などない』と自己肯定を叫んだ。………『永田洋子はあたしだ』と宣言して………自分を『子殺しの女』と呼んだ。…………日本の女の被害と加害の錯綜する矛盾と葛藤を引き受けて、『取り乱し』をさらした。」と書いている。
同世代の女性といえば、永田洋子も私と同い年。拙著『畑の中の野うさぎの滑走〜』の中で永田洋子について2011年2月12日に触れている。
「数日前、新聞で死刑囚永田洋子さんが獄中で病死したとの記事を目にした時、こころのどこかが、哀しく、また『そうだったの』とどこかが軽くなった。親戚でも友人でもない私が、凄惨なリンチ殺人の犯人の彼女を『洋子サン』と親しげに呼んでしまうのは、ただほぼ同じ時に生まれた二人の女の子が、ある時から一方は死刑囚となり、もう一方は結婚して母親となり、同じ時間を同じ空気を吸っていきてきた、という見えない繋がりを感じるからだと思う。」
時間と競争する。
今日は忙しい………時間との競争だ………いつも、胸の中が渦巻いているのに………上手く言葉が出てこない。
7時外歩き………8時シャワーを浴び………アキラが用意した朝食(スープ・フレンチトースト・牛乳・ぶどう)を昨日から泊まり込み稽古のエミリーと一緒に食べ…………エミリー食後の洗い物と洗濯干し…………10時30分宅配の生協が届き………11時半ヘルパーの松元さん、家事援助………ヒサコその頃やっと朝食を食べ終え歯磨きに………
休む間もなく歯科の定期検診で訪問歯科医来訪。やれやれ、ほっと一息。
今、3時11分。あと20分で食事援助のヘルパーさんがきてくれる。
そして、夜は、エマニュエル・ユインがやって来る!嬉しいなぁ〜。
エマニュエルとアキラの協働作業が始まったのは2011年の5月から、と『畑の中の野うさぎの滑走〜』にある(こういう時に拙著は役に立つ)。
さぁ、エマニュエルをお迎えする準備をしよう…………といっても、何もできない私はキッチンで座っているだけ。情けない。
エミリーが国分寺の駅までお迎えに行ってくれる…………はやく会いたいな。
暑い一日を乗り越える。
なんという暑さ! クーラーの効いたキッチンで中庭を眺めながら、本でも読むか。先ずは、千章さんが持ってきた雑誌『異文化の交差点・イマージュ』2021夏号をパラパラめくる。金満里さん主宰の劇団「態変」の刊行誌。54頁「大野慶人の言葉 第2回幼少時代②………大野圭子」を読む。軍服姿の大野一雄先生、赤ちゃんを抱いているちえさん、その横に赤ちゃんのお兄ちゃん、出征前の大野家の家族写真だろう。大変貴重な一葉。次女の圭子さんが、父親の慶人さんの言葉を丁寧に綴り伝えてくれる。
舞踏とは何か。
「まず、あなた自身が作品であるということ、あなたの生きてきた人生を大事にして、あなたが作品なんですよ」
晩年の大野慶人の稽古は必ずこの言葉から始まりました。
「外にテーマを求めるのでなく、『私が私に出会う』」。
いとも簡単に、難題を突き付けることからお稽古は始まっていたのです。
ー大野圭子さんの文章から抜粋ー
キッチンの椅子に座って、すっぽり懐かしい記憶の世界に浸り………外の暑さもわすれて………温かいひと時………角野隼人の弾くショパン「ピアノ協奏曲第一番ホ短調」を聴く…………明晰で透明な一音一音………美しい。
さあ、冷蔵庫で冷やしておいたカットスイカを食べよう。暑い一日も暮れていく。
千章さんが送ってきた………。
千章さんから送られてきた「パレスチナ国連代表 ナダー・アブー・タルブッシの演説(日本語訳)」のyoutubeを開いてみる。
パレスチナ国連代表のナダー・アブー・タルブッシさん(女性)は開口一番、イスラエルにむかって「我々はパレスチナ自治政府ではありません。パレスチナ国です」とキッパリと断言した。スイス ジュネーブで行われた国連会議場で、多くの国の国連代表を前にしての10分間の演説。彼女の凛とした言葉の響き。先日映像で見た、汚れた人形を抱いて瓦礫の道を小走りに大人についていくガザの少女の眼差し。
「根をもつこと、それはおそらく人間の魂のもっとも重要な欲求であると同時に、もっとも無視されている欲求である。………軍事的征服が行われるたびに根こぎが生じる。………征服者がおのれの征服した国に住みついて現地の民族と混じりあい、みずから現地に根をおろす移住民となるとき、根こぎは最小限に抑えられる。…………征服者がおのれの掌握した地域になじまぬまま居坐るならば、服従を強いられる民族にとって、根こぎは死にいたる病となる。………」
シモーヌ・ヴェイユ『根をもつこと』を読み返したりしているうちに、中庭が真っ暗になっていた。
優しい風が私のカラダを通り抜けていった。
朝8時に家を出て1時間ほど外歩きをする。
太陽の光がギラギラ輝くなかに、エィ!と覚悟を決めてカートを押して外に出る。
あぁ、歩ける! 関節が喜んでいる! 蝉の声が聞こえる! 風がカラダをスゥーと通り抜ける!なんと優しい風なのだろう!
「ただ歩くだけ………行くところはない………ただ歩くだけ………」と言っていたあのガザのおばさんのカラダにも優しい風が吹いているだろうか? 蝉は鳴いているだろうか? 太陽は輝いているだろうか?
もう行くところはない………ただ歩くだけ。
やりたくても出来ないことが、日に日に多くなってきた。由々しきこと………と思うが、致し方ない。諦める・諦めない、を自分で線引きするのは難しい。読みたい本がキッチンのテーブル上にいつも控えているが、数行読むと目がトロンとしてくるとは………情けない。
あぁ、明日は、両国のシアターXで上杉満代舞踏公演「メランコリアーMの肖像」の日。満代さんは、わたしがリウマチに罹る前の数ヶ月間、一緒に大野一雄先生の稽古を受けた大先輩(わたしより6つ若いけど)。この機を逸してはいつ観に行けるかと思い、前々からレイジのキャブにお願いして車椅子を積んで……用意万端、楽しみにしていたのに………明日は隅田川の花火大会。開演時間と花火大会開始とぴったり重なっている。交通規制でシアターX周辺は入れないし、駐車場は⁉︎………断念せざるを得ない………願ってもできないことは悲しい。
明日はお出かけ無しなので、ゆっくりと切り干し大根とお茄子のそぼろあんかけを作ろうかな………できないかもしれないし、できるかもしれない…………何トイウ贅沢!ヒサコサン。
YouTubeでガザの映像を観る。少女がお人形を抱いて、ピンクのユックを背負って、数メートル前を行く大人(お父さんかな?)の後にくっついて歩いている………遅れないように、小走りで…………おばさんがインタビューに「ただ歩いているだけ………もう行くところはない………ここにいたら殺されるから…………ただ歩いているだけ………行くところはない」と応えている………絶望した顔で………胸が苦しくなる。
わたしの心の中で「畑の中の野うさぎの滑走」と「ガザの少女の歩行」が重なってくる。
最近、中庭の杏の木に繁茂した枝を目掛けて飛んでくる鳥がいる………今日も飛んできた。去年の今頃、その辺りに巣を作ったので………また同じところに住処を作りに帰って来てくれたのだろうか?
ドウゾ、ゴ自由ニ………セマイ処デスガ………ゴ一緒ニ、生キテ行キマショウ……ウレシク、タノシク……ヨロシクネ。
明日の朝もまた歩こう。
ガザの問題
千章さんが、岡真里さんの最新の講演の情報を送ってくれた。先の『ガザとは何か』ーパレスチナを知るための緊急講義ーに続き、さらに緊迫する緊急事態を『ガザのホロコースト』(2024/7月5日)と題して行われた2時間10分という長時間の講演。息も切らさず一気に聴く。
いよいよ『畑の中の野うさぎの滑走………』の稽古が本格的に始まる。出演者のひとり京都の小倉笑さんも我が家に泊まり込みで稽古。どんな作品が生まれるのだろうか…………日々、体の機能が衰えていくのを感じながらも………楽しみは増していく。ぴょんぴょん跳ねる野うさぎさんたちが、わたしの周りをぐるぐる回る。
内村鑑三の『ヨブ記講演』を読む。
「イスラエルは神の選民たりといえども、神を求むる心はイスラエルの独占物ではない。人は各個人直接に神を求むるを得、神は各個人の心霊にその姿を顕し給う。この点においては国籍民族の区別は全く無いのである。そは実は個人的なるが故にまた普遍的である。故に神を求むる者をユダヤ人に限る要はない、異邦人でも宜いのである。」
『ヨブ記』は「特に国家なきアラビヤ人中よりその主人公を選びて、誰人といえども、いやしくも人である以上は、神を知り神の真理を探し得ることを示したのである。」
もはやガザの問題は、人間存在の、わたしの存在の問題になる。
蒸し暑い日
蒸し暑い日が続いている。梅雨になって楚々として咲き出した紫陽花も次第に勢力を拡大し、隣に植っている紫式部やユキヤナギは陰でじっとしている。冷房の効いたキッチンのガラス戸を開けると、ムワァとした生暖かい水気をたっぷり含んだ空気が押し寄せてきた。よくみると、堂々とした紫陽花たちの後ろに百日紅の桃色の花が、一生懸命に首を伸ばしている。よかった!これから盛夏にむかって、もっともっと咲いておくれ。
3年前の夏の日の記録
2021年7月21日
カートを押して 地面に映る
自分の影に話しかけながら 歩く。
痩せぎすの 影のカラダ
遠い記憶が 今のように 喋りだす。
日傘をさした母さんと 手をつないで
一緒にあるいた 一本道。
午後の太陽が 鎮守の森に降り注ぎ
黒い木陰が 行手の道を区切っている。
あの真っ白な光の向こうが
今日いく おばあちゃんのお家。
たのしさだけが いっぱいの
おかっぱ頭の 女の子の頬に 汗が滴り………
空のどこかで 鳥たちが 囀っている
耕作機の音がして 湿った土の草いきれが 辺りにたちのぼる
壊れたカラダに すぅーと 光の風が通り過ぎた。
これでいい よくやったね と 私は影に話しかけた
時間も空間もなくなり カラダもコトバも
宇宙空間に 溶けていく。
